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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

観覧車のばあい

作者:ゆゆめ
裏野ドリームランドへ行くという話を聞いて、真澄ますみは皆の後についてきた。

実に十年ぶりに訪れる。

真澄が小学生だった頃の夏、祖父に連れられ いとこ達と遊びに行ったのが最初で、そして最後だった。
裏野ドリームランドはその日を境に、閉園した。
――凄惨な事故があったのだ。



十年前のあの日、たくさんのひとで賑わっていた遊園地の中で一番人気だったのはジェットコースター。
到着早々、他のいとこ達と共に真っ先に目指したが、追ってきた祖父に真澄だけが制止された。
真澄は生まれつき身体が弱く、あまり心臓に負担をかけてはいけなかったからだ。

「真澄くん、ごめんなあ。他の乗り物にしよう?」

ふわふわの真澄の髪を撫でつけながら、祖父がなだめた。

(もっとお兄さんになってつよくなったら、のれるかな)

真澄はじぶんの身体に訊いた。もっと大きくなって身体が丈夫に育ったら……だめだと止められ続けた全てのことに挑戦しようと強く思っていたのだ。

「お城はあとでみんな揃ったら行こう、メリーゴーラウンドもちょっと遠いなあ」

祖父はジェットコースターの長い長い列に並ぶ 他のいとこ達へ視線をやった。
今日の祖父は大変だ、ひとりでわんぱくな子どもたちの面倒みないといけないのだ。
どうしようかと考える祖父の後ろでゆっくりと時間をかけて周っている観覧車、真澄はそれをずっと眺めていた。

「観覧車でいいよ。ジェットコースターより大きいみたい」

観覧車の頂上は遊園地一の高さ、どのアトラクションよりも空に近いところにいける。

(いいな)

のんびりした観覧車が本当はたいくつなのを知っていたけど、ジェットコースターに乗る他のいとこ達の姿を空から見つけてみようと思ったのだ。

そうと決まれば! 真澄はグっと手を引かれた。
いまのはてっきり祖父かと思ったが、祖父の両手は空いている。

『★』 いたずらしたのはウサミーくんだった。

真澄はぽかんとして、ピンク色のちょっとふとっちょなウサギを見つめた。
彼は、ウサミーくん。裏野ドリームランドのメインマスコットで、遊園地のいろんな場所に現れて遊んでくれる。……のだが、さいきんはあまり現れないから、きっと園内のどこかで上手におサボりしてるんだ……なんて不名誉なウワサを立てられている かわいそうなきぐるみだった。

『→』 ウサミーくんは観覧車を指して、エイ・エイ・オー! とやってみせた。

ウサミーくんは祖父にぺこりとお辞儀をすると、改めて真澄の手をとり観覧車へ案内してくれた。

ウサミーくんはやり手だ。
ずっと手をつないで観覧車の列に並んだから、真澄がウサミーくんのぶんまで“のりものチケット”をおごってあげなくてはいけなくなった。これがあのおサボりに関するウワサの真相かなと、真澄は思った。

「いやいや……だめですよウサミーくんは」

煙突みたいに長い帽子をかぶった観覧車の受付係のお兄さんが、きれ顔でウサミーくんの乗車を制止した。

『!』 ウサミーくんは驚愕した。

「だめ、です」

『▼』 そして愕然とうなだれた。

「ウサミーくん、ご案内ご苦労さまです」

観覧車の係のお兄さんは、ウサミーくんに敬礼した。

「園内には、他にもウサミーくんを待ってるおともだちがまだまだいると思いますので……はやいところ向かって下さい。いま、直ぐ、に!」

受付係のお兄さんは、ウサミーくんを「しっし」とあしらった。さらに、のんびりぷらぷら歩きだしたウサミーくんに向けて拡声器を構え「ダッシュッ!」と声を投げた。
「おサボりー」とか「恨みのウラミー」とか、どこからともなくウサミーくんをからかう声が響いた。

「お待たせしました、坊っちゃん」

観覧車の受付係のお兄さんは日に焼けた健康そうな顔でニコッと微笑むと、ひとり残された真澄を呼び、観覧車のカゴの扉を開けてくれた。
受付係のお仕事は列の整理や“のりものチケット”の回収だ、だから本当はひとりの子どものお客のためだけにカゴの扉の開閉なんてしないはず。
ウサミーくんが荒らしてしまった乗り場、その整理のために観覧車のリーダー格である受付係のお兄さん自らが対応してくれたのだろう。

「あ、あの… 」

真澄は言おうか迷った。ウサミーくんに真澄の“のりものチケット”を一枚渡したままで、そのままいなくなってしまったことを。
しかし観覧車は動いてまわっている、せっかくお兄さんが扉を開けてくれたカゴもどんどん地上から離れようとしている……真澄の後には観覧車を待つ客がたくさんいて、皆が不満そうな顔をしている。

「大丈夫、観覧車は何も怖くないよ。園内が全て見渡せるから一周まわって戻ってきたらどんなだったか、感想を教えて下さいね」

真澄はこの際“のりものチケット”はあきらめた。
観覧車のカゴに乗り込むと、受付係のお兄さんはカチっとロックをかけ安全点検してから敬礼した。

「地上からしっかり見守っています、グッドラック!」


真澄は座席に座って窓の外を眺めた。
受付係のお兄さんの姿がどんどん小さくなっていく……観覧車はゆっくりと空へ上っていった。
真澄は窓ガラスに手をつき下をのぞく……いまの真澄が、青い空や遠くの景色よりだんぜん気になるは、観覧車の係の人たちの黒い制服のカッコよさだ……なかでも受付係のお兄さんだけ特別で被っている長い黒帽子……(いいないいな)真澄も被ってみたくなってしまった。
でも、夏場にあれは、凄く暑そうだ。

少しはなれたところ……ウサミーくんが歩いてる、キョロキョロしながら一緒に遊んでくれる子どもをまた探しているのかも……(ズルだなぁ)真澄はクスっと笑った。

上空から見渡す夏休みの裏野ドリームランドは、本当に賑わって混雑していた。
家族連れ、男の人女の人、ペットなんかも連れてる人もいる。

「みんな小さくみえる」

この時、この遊園地の中で、……真澄はとても特別な気分だった。
真澄みたいな子どもがひとりで遊園地の乗り物にのっている。
観覧車の頂上だ。いまのこ遊園地の中の一番高い場所にいるのが、身体が弱くてジェットコースターにも乗れないくらいのか細い真澄だったのだ。

「すごい……!」

グラグラ揺れる車内をいったりきたり、大はしゃぎだ。
観覧車の他のカゴと比較しながら、いまやっと頂上の位置についたことがわかり、真澄は興奮して声を上げた。何せひとりきりだから、恥ずかしいことなんてないのだ。

(ジェットコースターよりもすごく高い場所)……何だか、一番人気のものに別の形で勝った気がしていた。
観覧車、意外と楽しいかもしれない……真澄は夢中になって外を眺めた。

いま、スタート地点を出発した一台のジェットコースター。
真澄はおや?と思い、目で追いはじめた。何せ、とてもよく見える……シートはどこもぎゅうぎゅう詰め、めいっぱいにひとが乗せられて走って、ああ大変、バランスがあんなに不安定で……。

真澄が観覧車の頂上から見ていたこのジェットコースターが、のちに脱線して大事故を起こしたのだった。

あとは……、あの日のことで真澄が覚えているのは……、とにかく慌てたひとびとが一斉に走って逃げて、倒れて踏まれて轢かれてという大混乱だ。
あまりにショックな光景で、真澄はこのあとのことは覚えていない。


長い帽子の受付係さんの印象が強かったから、たぶん彼が助けてくれたのだろうと何度も思い出そうとするのだが、どうしてもだめで、ぼんやりとする……。


――結局、十年も経ってしまった。


夏。――真澄は いとこ達と再会した。

あの日、一緒に遊園地に行って以来、全員が一堂に会したことはなかった。
皆、成人しそれぞれの人生を歩んでいたが、それとなく伝わってくる よそよそしさから心の底にはあの日の遊園地での出来事をトラウマとして抱えているのだと皆がみな察していた。

それでも全員集まれば、やはり共通の話題はあの日のことになる。
誰がはじめたか……おのずとあの遊園地の話になってきたので……真澄も寄っていき、耳を傾けた。


裏野ドリームランドは、事故の直後に閉園している。もうマップにも載ってない。

ちょうど今年で十年経つが、ここ数年どうも奇妙なウワサが囁かれているという。

大事故があった日付けのあたり、世間ではちょうど盆にあたる頃の夜、廃遊園地がひっそりと稼働しているというのだ。
淡い色の光がポゥ…と灯って、アトラクションがゆっくりとまわっているらしい。

ウワサの出所は不明だ……。
なぜなら、裏野ドリームランドが「おばけ遊園地らしい」とひとから聞いて、ウワサを聞いたひとが言ったひとに尋ねると、そのひともウワサで聞いたことを言っただけいう。
本当に行ったひとがいないのだ…。
では確かめに行こうと車を走らせ遊園地を目指しても、裏野ドリームランドという場所はどうにも見当たらないのだという。


「だめもとで、行ってみない?」

いとこのひとりが、車を出して皆を連れて行くと提案した。
ひとりは賛成して車に乗り込んだが、もうひとりは反対した……絶対に行かないと座りこむ。
このままではだめだ、真澄はいまの観覧車を見たいなと強く思った。だから「車を、出して」とお願いした。真澄が強く自分の意見を言うなんて珍しかったのだろう。
いとこ達は話し合って、やっぱり全員で車に乗り遊園地を目指すことに決めてくれた。
すぐに出発した……もう日暮れだったので、ちょうど良かったのだ。



到着早々、ウサミーくんが迎え入れてくれるとは思わなかった……。

まっ暗闇の中に、大きな入園ゲートだけがポゥ…と浮かぶように灯っていた。
その灯りの下で、あのウサミーくんがぴょんぴょん跳ねながら手を振っていたのだ。真澄たちの到着を知って、待っていてくれたのだろう。

暗くても裏野ドリームランドのへ道は実に簡単だった。むかし祖父が車で連れてきてくれた通りの分かりやすい道だのままだったのだ。
広い駐車場には車が何台も停まっていたし、営業スタイルが変わっただけで、意外と普通に稼働しているのでは? と皆が思ったくらいだ……。
いま、ウサミーくんに連れられ、園内に足を踏み入れるまでは。


入園ゲートをくぐったあとの広い園内は、真っ暗闇だった。
がらんとした何もない空間。しかし皆、何かの気配は感じていた。

『※』 ウサミーくんはぴたりと止まった。

ここまで案内してくれたウサミーくんだったが、両手を広げて皆を制止すると、じぶんの身体の中に手を入れてガサゴソとなにか探しはじめた。
ずいぶんと時間がかかるものだ。ウサミーくんの中はきっとぐちゃぐちゃなのだろう、雑な探し方を見せられて真澄はクスリと笑ってしまった……。

『1』 ウサミーくんは、はじめの子に渡した。ジェットコースターが灯った。

『2』 ウサミーくんは、にばんめの子に渡した。そしてその子を抱きしめた。アクアツアーが現れた。

『3』 ウサミーくんは、さんばんめの子に投げつけた。その子はずっと怖がっていた子だ。ミラーハウスが輝いてその扉が開くと同時に回転しはじめた。

真澄のいとこ達はそれぞれ遊園地の目的の場所へ散っていった。そして、

『……4』 ウサミーくんは、最後に真澄の前に立った。真澄に向けて何かさし出している。


――“観覧車 ますみくん”


これは……むかしウサミーくんが持っていってしまった真澄の“のりものチケット”だ。
懐かしがって受け取ると、ウサミーくんはくるりと回って遠くを指した。
真っ暗な中に、あの日乗った大きな観覧車がパッと現れた。
観覧車の大きな車輪やカゴひとつひとつに明かりが灯って、夜の闇を背景にゆっくりとまわっている。
夜の観覧車なんて初めてだ……なんて綺麗なんだろう、真澄はうっとりと見つめてしまった。
カゴの中にまばらに見える黒い影はひとか、観覧車に乗るお客だろう。
なんだ、ちゃんと他にお客はいたのだ、じぶんも早く向かわなくては……。
真澄は、ふわふわと引き寄せられるように懐かしい観覧車へ向かった。


さて。皆をばいばいと見送ったウサミーくんは、もうお疲れだ。
最後に体の中からじぶんのタイムカードを探しだすと、遊園地中央に現れた 大きなお城の中へ消えていった。


観覧車を目指す真澄だったが、通りすぎた背後の空間にふと何か存在を感じた。
振り返ると、ぼんやりとメリーゴーラウンドが現れていた。
台上に人影は見当たらなかったが、オルゴールのメロディが鳴り響くと、壮麗な彫刻の木馬たちはゆっくりと廻り出した。
メリーゴーラウンドがひとりでに回転をはじめると、園内の方々から淡い玉のような光がポゥ…と現れ、ふわふわと宙を漂いながらメリーゴーラウンドへ集ってきた。
大きい玉や小さい玉、それぞれ廻るメリーゴーラウンドに浮かび上がって灯っていき、明り飾りのような幻想的な輝きを放った。


「乗りますか?」


不思議な光景に足を止めていた真澄に声がかかった。

「坊っちゃん、乗りますか?」

懐かしい。この声は覚えている。

真澄が振り返ると、煙突みたいに長い帽子を被った観覧車の受付係さんが、あの日のままの姿で立っていた。
いや、立っていたのはメリーゴーラウンドからだいぶ離れた先だ。受付係のお兄さんは、誰もいない観覧車乗り場で受付台にゆったりと肘をついて真澄の到着を待った。


「やぁ。十年ぶりだね」

真澄が“のりものチケット”を渡すと、お兄さんはニコッと笑った。

「ますみくん、っていう名前だったんだ」

むかしは日焼けしていて健康そうなひとだったのに、いまの受付係のお兄さんはなんだかとても白い顔をしている。

「大丈夫ですよ、背中が悪いだけだから。さあ扉を開けますね」

受付係のお兄さんは平然としていたから、真澄も気にしないことにした。
それよりも当時と変わらぬ黒の制服は本当にカッコいい、真澄はこの憧れを伝えたかったが……いまは、せっかくお兄さんが開けてくれた観覧車のカゴに乗車しなければ。

「ますみくんのカゴだよ。一周まわって戻ってきたら、今度こそどんなだったか、感想を教えて下さいね」

真澄が乗り込むと、受付係のお兄さんはカチっとロックをかけ安全点検してから敬礼した。

「グッドラック!」



――真澄を乗せたカゴがゆっくりと上昇をはじめた。

地上では受付係のお兄さんがずっと見守ってくれている。

観覧車の係さんは、いまはもうあのお兄さんひとりだけなのだろうか……と考えたところで真澄は気づいた……係のひとだけでない、他の乗客はどうしたのか。
遠くから観覧車を眺めた時は、まわる観覧車の全てのカゴに黒い人影が映っていたはずだ……。

先ほど下の受付台でお兄さんと喋ってた時も、お客は誰も乗り降りしなかった。

(観覧車はずっとまわり続けていたのに)

急に不安になった真澄は、窓に顔をつけ必死で他のカゴの内部のぞいた。

(あのカゴも、このカゴも、あれも、あっちも)

見えるものの中は全て空だ。

(誰もいない)

へたり、と真澄は座席へすわり込んでしまった。
やはりこの裏野ドリームランドは「おばけ遊園地」だったのだなと、ため息をついた。

ゆっくりまわる観覧車、真澄の乗るカゴはようやく頂上へたどり着いた。

外は裏野ドリームランドの輝く夜景だ。
これらは全て幻なのだろうかと見ていた真澄だが……ふと、向かい側の座席にいる黒い人影に気づいた。
座席の上に膝を立てて座り、窓ガラスにぺたっとくっついて外を眺めている……黒い子どもの影だった。

不思議と怖い感じはしない。

これと同じカゴの中に真澄もいるのわけだが、子どもの影はどうしてか いまの真澄と同じ空間にいるようには思えなかった。

真澄に心当たりがある。

十年前のこの観覧車のカゴに乗った、真澄自身の気がするのだ。
あの日、遊園地のどのアトラクションよりも高く上った瞬間で、この観覧車から見える景色に興奮していたその時の真澄自身なのだ。

そのすぐ後に、子どもの影がいったりきたりカゴの中を走りまわる姿をみて、真澄はやはりなと確信した。

――そして、

(そろそろだ)

頂上を通過してしばらく、降下するカゴの中で 子どもの影がぴくりと動き、一点を注目して見るように窓ガラスにその頭を押しつけた。

これはあの日、ジェットコースターの様子がおかしいと気づいた時だ。
真澄はこの先、園内で何が起こったか記憶があいまいだ。
子どもの頃の影と同じように窓の外をのぞき込み、一番人気のアトラクション……ジェットコースターの場所を確認した。

闇の中に浮かび上がるジェットコースターは、しっかりとライトアップされている。
その光が明るく、明るい。とても明るい……ジェットコースターからのびた輝きが……園内に白い明るさと鮮やかな色彩をもたらした。

――まるで、あの日になったのだ。

いま、スタート地点から一台のジェットコースターが発進した。

(おや?)

真澄はただ、いとこが乗っているのか確認しようと見てたのだが、それにしてもひとがたくさん乗っている……シートはかなりぎゅうぎゅう詰めだ……明らかに車体に乗せていい人数を越えている。
まだ大したスピードも出てないのに、グラグラと危なっかしく揺れている。

このジェットコースターが気になるが、真澄を乗せたカゴはどんどん地上へ近づき様子が見えづらくなっていく。

コースターの部品がパンと弾けるように飛んでいき、……真澄が一瞬よそへ目をやった隙に……あのジェットコースター、さらにおかしなことが起きている!
コーナーで車輪が浮いたり火花が散ったり、乗客の合間から煙も出ている……「キャー」と恐怖に怯えた悲鳴が上がっているが、あれは乗ってるひとたちの悲鳴だったか、下で見てたひとたちの悲鳴だったのか。

限界だ、地上へ近い真澄にはもう確認できない。
それでも真澄は必死で窓に張りつき、ジェットコースターの様子を見ようとした。

観覧車の外では、遊園地を歩いていた全ての人が大慌てでゲートへ殺到していた。
家族連れ、男の人女の人、飼い主とはぐれたペットだって歯を剥きだして必死で逃げていた。
とにかく異常な危険を察したひとびとが一斉に走り出し、慌てて倒れて踏まれて轢かれてドミノ倒し、誰かの上げた悲鳴でまた悲鳴を上げたり……園内はあっという間に大混乱だ。

――真澄は焦った、まだカゴの中なのだ。

真澄のカゴが地上へ着くと、観覧車乗り場の従業員は皆逃げてしまったようで、先ほどの受付係のお兄さんひとりだけが残ってカゴの開け閉めをしていた。
真澄のカゴにも慌てて駆けてきて、ロックを解除しようとしてくれたのだが……、

もう真澄は、その後ろに見てしまっていた……、

ついにレールから脱線したジェットコースターが観覧車の方角めがけて飛び出してきていたのを……。

ずっとカゴの中から、お兄さんに気づかせようと窓ガラスを叩いていたのだ……、

お兄さんは気づかない、怯えた真澄が「出して」と急かしているだけだと思っているのだろう……、

(違う、後ろ、違う、後ろ)

真澄のあまりの動揺に、やっと気づいたお兄さんが後を振り返ると、コースターは地面に落下しつつも なおはね上がり暴走して、たくさんのひとを撥ねては捲き込み、車輪で轢き散らしながら突っ込んできた。

「逃げてーーーッ!」

真澄は窓を叩いて悲鳴を上げた。

「逃げて……ハァっ、」

呼吸がうまくできない、それでも真澄は必死でお兄さんを急かした。胸が苦しい、痛い、痛い。
その一瞬、窓一枚を隔てたお兄さんと目線が合った。冷静な顔だ。――とっさに判断して、彼は覚悟を決めたのだ。

――無理に助け出して捲き込まれるより、カゴの中にいた方がこの子が助かるかもしれない……。

「なるべく、ガラスがいかないといいんだけど……、ごめんな」

(お兄さん……?)

真澄はパニックだ。――どうしてお兄さんは涙を流して笑ったの。

(どうして、どうして)

真澄は苦しい胸を押さえながら窓を叩き続けた。

それから。ゆっくり、物事が見えた。

お兄さんは両手を広げて真澄のカゴを抱えた。
なるべく窓ガラスの部分を覆うようにしてくれたのは、さいごの言葉の通りだったのだろう。――彼はそのまま目をつむった。

後ろでは人間の体が捲き上がる、男の人も女の人も、その一部も、もう殆どちゃんとしたひとの乗っていない暴れ狂った真っ赤なコースターが煙を上げながら迫ってきて、窓の外のお兄さんの体を背後からえぐるように強くぶつかった。
もう、本当は、それほどの速さはなかったのだと思う、しかし衝撃はもの凄く、真澄のカゴが大きく揺れ、その窓ガラスにはお兄さんの口から出た赤い血がべったりとついて流れていった。

(出して……)

(カゴから出して。お兄さんを助けなきゃ……。)

「出して……」

真澄が強くそう思った時、すでにカゴの外に立っていた。

あの日はそのまま、遊園地で見つけた祖父や他のいとこ達について帰っていったのだ。


――なら、なぜだろう。

いま、このカゴの中にいる真澄の……子どもの頃の影は、なぜ床に倒れたままなのだろう。
夜の観覧車はとっくに地上に戻ってぴたりと停止していたが、真澄は茫然と床を見つめたままだった。

そこに こんこん、とノックの音がして、真澄は はっと気づいた。
あの受付係のお兄さんが、扉を開けたまま待ってくれていた。
ずっと見つめていた床の上には、もう何の影もない。

「ますみくん、おかえり」

お兄さんは少し屈んで、ふわふわの真澄の頭を優しく撫でた。

「怖かったでしょう、よく頑張ったね」

思わずお兄さんを見上げようとして気づいた、真澄の目線がだいぶ低くなった。

「そうそう。ますみくんは、そんな顔だったね」

真澄は子どもの頃の姿に戻っていた。

やっと自分の姿を思い出したのだが、そもそも「姿」というものが先ほどまであったのかも怪しい。
あの日から……誰に話しかけても通じず、気づいてもらえず。
そんな事がもう十年も続いていた……ような気がする……なにせぼんやりとしていたもので……。
――つまりそれが、

(そうか。しんでたんだ)

真澄は自分の両手をしげしげと眺め、納得した。

「人間がしぬって、ぽん、て感じなんだな……」

ふふっと笑って真澄はつぶやいた。

「ええ! そんなことないです、僕は一瞬だったけど、凄く痛かったですよ!」

お兄さんは、驚いた声を上げながら真澄の髪をぐしゃぐしゃに撫でた。

「あの……ぼくの声が聞こえるの?」

真澄はおそるおそる尋ねた。

「聞こえますよ、姿も見えます」

――ますみくんがようやくこっち側に来てくれたからね。

「ぼく、お兄さんに謝らないといけないです」

せっかく身をていして真澄を庇ってくれたのに、まさか持病の発作でしんでしまうとは……真澄は深く頭を下げた。

「でも“それ”さえなければ、僕の判断、間違ってなかったでしょう」

お兄さんはニコッと笑った。

確かに、真澄はコースターに捲き込まれはしなかった。
持病それさえなければ、いまも生きていたのかもしれない。

「ますみくん。僕はこの十年間ずっと、裏野ドリームランドで働いています」

お兄さんはゆっくりと立ち上がると、黒の帽子を取って脇に抱えた。

「観覧車は特に人手不足で……きみ、もし良ければ観覧車の係員になりませんか?」

突然の申し出だったが、真澄は二つ返事で了承してしまった。

「もっと考えればいいのに……!」

お兄さんに笑われた。

「あの……心ぞうのよわい、子どもでよければですけど」

真澄はこの十年間、おそらく ただふわふわと姿もなく漂っていただけなのだ。
だから憧れの観覧車で雇ってもらえるのなら、万々歳だ。

「わかりました、すぐにドリームキャッスルで“契約”しましょう」

ドリームキャッスルという遊園地の中央にある大きなお城で、この廃遊園地の支配人と契約をしなければならないのだという。
それができれば晴れてドリームランドの夢の住人になれるのだという。

「大丈夫ですよ、きみは裏野ドリームランドにゆかりのある子どもだからね……」


今日は観覧車は「おしまい」。お兄さんは帰り支度を始めた。

園内を眺めて待っていた真澄はふと思い出してしまった……他のいとこ達のことだ。

「僕もあまり詳しくは知らないんです、でもきみと一緒に来た 子どもたちは生きてるよ」

――いまのところはね。

「ところで、もうひとつ気になっていたね」

お城を目指すはずだったが、お兄さんは遠くで輝くメリーゴーラウンドを指した。

「あれは魂ですよ」

メリーゴーラウンドに浮かぶたくさんの淡い光のことだ。
あれが魂だというのなら……、あれが、あの事故に巻き込まれてしんだひとの数だろうか。

「なにせお盆ですからね、他からのお客さんも遊びに来て交じってますよ……今夜のきみのようにね」

お兄さんは首を振り、固まる真澄を気遣うようにその肩へ手を置いた。

「僕ら裏野ドリームランドの従業員の仕事は、夜の遊園地の運営です。観覧車係はひとりきりで大変でしたが、これで安心です」

観覧車受付係のお兄さんは、疲れていたのかふぅとため息をついた。
そして、ぽつりとつぶやいた。

――まあ不満があるとしたら、背中の怪我が十年経っても治らないってことくらいですかね。


それを聞いてしまった新米観覧車係の真澄は、気まずそうに目をそらした。

「観覧車」おしまい。

「夏のホラー2017」企画用にこちらは短編としましたが、続きは連載版にて他のアトラクションの場合も追加していこうと思います。

つぎは「アクアツアー」

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