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異世界落語 作者:朱雀新吾

魔剣オクラホマスタンピード【死神】

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魔剣オクラホマスタンピード【死神】②

 お馴染み極楽酒場。そこでは楽々亭一福の落語が始まっていた。

 その日のネタの題名は「死神」。


「とあるうだつのあがらない冒険者の男が、道をとぼとぼと歩いています」

『あー、金もなければ仕事(クエスト)もない。住む所もなければ生きがいもない。俺は全く運がないねえ。こうなったら盗賊にでもなって近所から金目のもんでも盗んでくるしかないな』
 そう言いながら辺りをジロジロと物色する男。
 とある貴族の館に目をつけ、盗みに入る決意をした。
『あーあ、何でこんな事になっちまったんだ。本当に俺はついてないな……。こりゃあ死神でも憑いてるんじゃねえのかな』

《ケケケ……ご明察》

『ん?』
 背中から声が聞こえたので振り向いてみると、そこには痩せ細った、眼光鋭く、大きな牙と真っ赤な舌をチロチロと覗かせた、魔物が立っていた。
『うわ!!魔物だ!』
 驚いた男は剣を抜くと、異形に向かって構える。
《無駄無駄。お前じゃオレには敵いっこねえよ。それにオレは厳密に言えば、魔物じゃねえ》
『魔物じゃねえ?ど、どこからどう見ても……魔物じゃねえか!』
 震えながら言う男に、魔物ではないという「それ」は余裕の表情で首を振る。

《違う、違うよ。んだよ、さっきてめえで言ったじゃねえか。オレはなあ、死神さ》

『死神?死神ってのは、骸骨が黒いローブ着て鎌を持っている、あれじゃねえのかよ?お前の格好とは違うよ』
《ありゃあ、それこそ魔物の死神じゃねえか。あれはオレ達本物の死神を真似て生まれた魔物なんだよ。一緒にされちゃあたまんねえぜ。オレが本家本元の元祖なんだからよ》
 死神はしゃがれた声を震わせてそう言った。
『そうなのか。そこらへんの区分はよく分かんねえけどよ。まあ、分かった。で、な、何なんだよ死神様が、まさか、俺をとり殺しに来たのか?』
 男が恐る恐る聞くと、死神は笑いながら首を振る。
《いいや、お前はまだ寿命がたんまりある。そんなヤツを殺したとあっちゃあ死神の名折れだ》
『ふうん。死神にも色々ルールがあるんだな』
《ああ、今現れたのはだな、ちょっとしたきまぐれで、お前に協力してやろうと思ってだ》
 死神の言葉に、男は首を傾げる。
『協力?』
《金が欲しいんだろう?》
『あ、ああ。そりゃあ、欲しいさ』
《じゃあ僧侶になりな》
 突然の転職の勧めに、男は口をあんぐりと開けて驚く。
『はあ?僧侶?俺が?何言ってんだよ?俺は魔法も使えねえんだぜ』
《大丈夫だ。魔法はオレが授ける。そして、他の死神が視える様にしてやるよ》
『死神が視える様に?』
 死神は男の瞳をジッと見詰めると、魂に直接語りかける様に、ゆっくりと言った。

《いいか、今からオレの言う事をようく聞きな。聞くだけじゃ駄目だぜ。言った通りに行動するんだ。まずは弱っている人間を探せ》

『弱っている人間?』
《ああ、病人って事さ》
『病人を探してどうすんだよ』
《決まってんだろう。助けるのよ。僧侶のお前がな》
 死神の中では男が僧侶になる事は既に決まっているらしい。有無を言わさぬ迫力に男は口を挟めなかった。
《病人が見つかったら、まずはそいつのベッドをよく見てみな。枕元か足元にオレと同じツラした、死神がいる筈だ。で、ここが肝心なんだが。もし、枕元に死神がいたら駄目だ。そいつは確実に助からない『神よ、この者に健やかなる眠りを……』みたいな事を言って帰ってきな。だけど、足元にいたらしめたもんだ。そいつはまだ助かる》
『本当か?どうすりゃいいんだ?』

 喰いついてきた男に死神はニタッと笑いかけ、言った。 

《呪文を唱えるのさ。いいか、よく聞いて覚えろよ。「アジャラカモクレンダイオキシンテケレッツノパ」だ。そう唱えて手を二回叩け。すると死神は消え、とり憑かれていた人間は元気になる》

『本当か?』
《嘘だと思うならやってみな。ちょうどあそこの家に病人がいる》

 死神が指差した場所。そこは最前まで男が盗みに入ろうと思っていた貴族の館だった。


 そこでは死神の言う通り、館の主人の娘が病に伏していた。
 医者も僧侶にもかかったが、どちらにも匙を投げられ、後は天に召されるのを待つのみ、といった状態である。
『ああ、誰か娘を救えるものはいないのか、誰でもいい、助けてくれ』
 館の主人が途方にくれていると、そこへ一人の男がやってきた。
『すみません。旅の僧侶ですが、こちらに病の者はいませんか?』
 男の身なりはどう考えても僧侶には見えない。主人はそのみすぼらしい冒険者の格好をした男に訝しげな表情を浮かべるが、男は構わず言う。
『俺、いや、私に見せてくれませんかな』
『……入りたまえ』
 普段なら絶対にこんな風体の者を館に上げはしないが、こうなったら藁にもすがる思いと、男は入室を許された。

 男が通された部屋では、美しい娘が息も絶え絶えになりながら、ベッドに横たわっていた。

――さて、死神は枕元か足元か……。
 男が注意深く視ると、言われた通り、ベッドには死神がいた。
 そして肝心の場所は……。

――足元だ。よし!

 男は娘の前に立つと、出来る限り重々しい雰囲気を作り出し、死神から授かった呪文を唱える。 
「アジャラカモクレンダイオキシンテケレッツノパ!」
 そしてパンパンと手を二回叩く。

 すると、娘の足元にいた死神がフッと姿を消した。

 すぐに効果は現れた。
 苦しそうだった娘の息が整い始め、ゆっくりと目を覚ましたのだ。

『お父様……私は、助かったのですか?』
『おお……娘よ。我が娘。娘よ……。娘ーーー!!!』

 それには貴族の主人も大喜び。
 沢山の褒美を授かり、男の生活は一気に潤った。

 更には、奇跡の僧侶として口から口へと噂を呼び、一躍時の人。

 僧侶の衣装に身を包み、病人の家に行っては死神が枕元か足元かを確かめる。
 足元にいたら『アジャラカモクレンダイオキシンテケレッツノパ!』と呪文を唱えて手を叩き、息を吹き返らせる。
 男は『奇跡の僧侶様だ!』と持て囃される。

 死神が枕元にいる事もあった。そんな時は言われた通り『これはもう助かりませぬ。天命ですな。神よ、この者に健やかなる眠りを……』。そう言って、家を出た途端その病人が死んでしまう。
 それはそれで『やはりあの方は只者ではない……』と畏怖された。

「そして男はあっという間に富も名誉も女も、全てを手に入れます。ですが、悪銭身につかずと言いますか、元々が、落ちぶれるには落ちぶれるだけの理由があった、だらしのない者だったのでしょう。金が手に入ったら、あらゆる贅を尽くし、使えるだけ使ってしまい、すぐに底をついてしまいます。だが、男には死神から授かった魔法があると、タカをくくっております」

『まあ、かまわねえよ。金が無くなったら、ちょちょいと僧侶をやって「アジャラカモクレン……」と稼げばいいんだからよ』
 そんな軽い気持ちでいた男だが、想定外の事態が起きた。
 僧侶をやろうにも、行く家行く家の病人に憑いている死神が、枕元という事が続いたのだ。

 枕元に死神がいる病人には魔法は効かない。元々天に召される運命なのだと死神から聞いていた。
 だが、仕事を断っていては、金にならない。
 かと言って現実問題、死神が枕元にいるものだから、どうしようもない。
 悶々としている男だったが、そんなある日、宮廷から使いがやってくる。
 姫が病に伏しているとの事。それは大変と行ってみたが、残念ながら死神は姫の足元ではなく、枕元にしっかりと陣取っていた。

『いや、これは俺でも無理です。姫様には申し訳ありませんが。えーと、健やかなる眠りを……はい』
『待ってくれ!頼む!なんとか姫を助けてくれ!』
 男がそう言って去ったら病人が必ず死ぬという噂を知っていた従者。簡単に帰す訳にはいかない。

『いや、頼むと言われても……枕元だもんなー』
 どうしようもなく困り果てる男に、従者は言う。
『もし、姫を助けてくれたなら、褒美として1000万ヒップをとらせよう!』
 それには流石に男の目の色が変わる。
『1000万ヒップ……?そりゃあ、これまでの断った仕事分でもお釣りがくるな……』
 金に目が眩んだ男は、何とか手がないか考えた。
 そんな時、ふと死神を見ると、たまにウトウトと眠そうにしている事に気が付いた。

『そうだ……』
 そこで妙案が浮かぶ。

『何とかしてみよう。城の中で屈強な男を四人。そうだな、選りすぐりの騎士を四人、連れてきてくれ』

 従者は男の言う通り、力自慢の騎士を四人呼びつけた。
 男は騎士達を姫の寝ているベッドの四隅につかせて言った。

『いいか。俺が「せーの」と合図をしたら、姫のベッドを回転させて、頭と足をひっくり返してくれ』

 従者も騎士達も意味が分からないが、何かの呪い(まじない)の一種で、それで姫が助かるのならと、真剣に頷いた。

 それからは皆、定位置につき、じっと時間が流れるのを待った。
 男は死神の様子を注意深く窺う。

 すると、しばらくして死神がウトウトし始め、眠ってしまった。

――しめた。

 そこで男は騎士達に目配せをして、慎重に合図を出す。

『せーの』

 次の瞬間、サッと姫のベッドが回転し、姫の頭のあった場所が足、足のあった場所が頭に変わる。
 突然の事に、ハッと目を覚ました死神が、あっけにとられた顔で辺りを見回す。
 その隙を逃すまいと、男は早口に呪文を唱える。
『アジャラカモクレンダイオキシンテケレッツノパ!』
 すぐさまパンパンと手を二回叩くと死神の姿がフッと消えた。

 そして、姫は元気を取り戻した。

 従者は大喜びで男の功績を称える。

『まさに奇跡だ。よくやってくれた。約束通り1000万ヒップをとらせよう』
『ありがとうございます!やったぜ!!』

 起死回生の大逆転を決め、男は上機嫌で宮廷を後にした。





 城を出ると、そこには死神が立っていた。





《よう》
『おお、あんたか。久しぶりじゃねえか』
 男は笑顔で死神に話しかける。
《……さっきの、見てたよ》
 さっきのと言われ、すぐに姫を救った機転の事だと思い至る。
『ああ、そうか。へへ、どうだ。考えただろう?』
《ああ、凄い凄い。たいしたもんだ》
『だろう?』
 死神が手を叩いて褒めてくれるので、男はいよいよ得意気になる。
『ああ、そうだ。久しぶりに会ったんだから、飲もうぜ。1000万ヒップが手に入ったんだ。俺が奢るよ』
《ケケケ、良いぜ》
 死神は快く了承する。
『へえ、誘っといてなんだが、死神も酒飲むんだな。ただ、まだ昼間だからなあ。やってる酒場がねえなあ』
《それなら、オレの行きつけがあるぜ》
『死神の行きつけ?はあ、そいつは面白いな。是非連れてってくれ』
《ああ、オレについてきな……》

「男はそのまま死神の案内で、あちらを曲がりこちらを曲がり、いつの間にか町の外へ出て、辿り着いた場所は、巨大な岩壁にぽっかりと佇む洞窟でした……」

『ひゃあー。死神の行きつけって言うからどんなもんかと思ったら、こりゃあ確かに「死神の行きつけ」って感じだねえ。やだよ?「蝙蝠の蒲焼」とか出されても』
 驚きながらも呑気にそう言い、死神の後をついていく男。

 洞窟の奥へ進むと、大きく開けた空間にたどり着く。
 そこで男は思わず声を上げる。
『……なんだよここは』
 そこにあるのは空洞だけではなかった。

 自然に作られた岩のテーブルに無数の、まさに星の数程ありそうな、蝋燭が立っていたのだ。

 火の点いた蝋燭、消えている蝋燭、太い蝋燭、細い蝋燭、長い蝋燭、短い蝋燭と、そこには、様々な形の蝋燭の灯火が幽玄に揺らめいていた。

『なあ死神さんよ。これは何だ?これが死神居酒屋の看板なのかい?』
 辺りは不気味で、明らかに居酒屋といった雰囲気ではなかったが、男はまだ軽口を叩く。
 それに対して死神が返すしゃがれた声も、同じ軽さを含んだものであった。
《これか?看板じゃねえよ。これはなあ……人間の寿命だよ》
『寿命?』
《ああ、見てみろよ。この長い蝋燭を……》
 死神は男の斜め前にある長い蝋燭を指差す。
《それは、お前の国の国王の寿命さ》
『へー、王様ももう結構な年だが、なかなかあるもんだねえ。これなら我が国は安泰だ。で、その隣の、細くて健気だけど、まだまだ結構な長さがあるヤツは?』
《ああ、それは姫のだな》
 その返答に男は嬉しそうに声を跳ね上げる。
『へえ、これが姫さんか。俺が命を救ったおかげで、こんなに長くなれたんだな』

《……ああ、そうかもしれねえな》

 死神の、何かを含んだ様なその口ぶりに、男は気がつかない。
『お、あはは、これは何だ?コイツのは短いなあ。こんなの今にも消えちまうぜ』
 そう言って男は、溶けて無くなる寸前の蝋に、芯が何とか刺さっている状態の蝋燭を見て、笑った。

 死神も一緒にそれを見てケタケタと笑い、これもまた先程と同じく、本当に軽々しい口調で言った。

《おおそれか、それはな……お前の寿命だよ》



『………………へ?』



 男は固まり、自分とその蝋燭とも言えない蝋の塊を交互に指差す。

『これが……俺の?』

《ああそうさ。それがお前の寿命だ》

 死神の即答に、男はへへへ、と笑う。

『いや、何言ってんだよ。悪い冗談はよしとくれよ。だ、だって言ってたじゃねえかあんた。俺と初めて会った時に《寿命はまだまだある》って』
《ああ、言ったな。確かにオレは言った》
 死神のその言葉に男はホッと胸を撫で下ろす。
『そうだろう?だったら……』
《お前が余計な事をするからだよ?》
『……え?』

 しゃがれた声で、死神はやれやれと仕方なさそうに首を振る。

 男は空気が喉にべったりと張り付く様な息苦しさと、何とも言えぬ居心地の悪さを感じた。
 つい先程まで感じていたご機嫌な気分も、達成感も、霧の様に消え失せていた。

《城で、姫さんを助けたなお前。ベッドをひっくり返して……》

『あ、ああ。いや、だってあれは……』

《オレは言った筈だぜ?枕元にいたら諦めろと。なあ、お前聞かなかったか?》

『いや、でも俺はその、上手く機転を利かして……』

《いいから答えろよ》

『ひ……あ、いや』
 男の口から思わず小さな悲鳴が漏れる。

《お前の御託なんてどうでもいいんだよ。なあ、オレは言ったよな?言わなかったか?》

 大きな声ではない。脅している様な口調でもない。死神は子供に言い聞かせる様な、優しい口調である。だが、心臓を鷲掴みにされるように重たく、湿った響きを、その言葉は含んでいた。 

『いや、は……。あの、あれは。そういう……つもりじゃ……』

 死神の問いかけに、男は上手く声を出せず、ただうんうんと壊れた玩具の様に頭を縦に振り、言い訳をなんとか並べる。

《いやはや、とんでもねえ事をしてくれたな……》
『いや、あの、その。す、すいません……知らなかったんです』

 男は既に自分がしでかした事が大変な禁忌であった事に気がついていた。
 泣きそうになりながら、死神に頭を下げる。許しを請う。
 だが死神は全く困った顔を見せずに、やはり軽々と――恐ろしい事を口にした。

《いや、いいんだよ。別にオレには何の関わりもねえ事だからな。ただお前さんが死ぬだけの事だからよ》

『死…………!!お、おれが!?』
 男は驚いて自分を指差す。

 死神は頷き、淡々と説明を始める。

《ああそうだ。お前の機転で姫さんは助かった。お見事だ。だけどな、短かった寿命を延ばす事なんて誰にも出来やしねえ。「無い」所から「有る」を持ってこれねえんだよ。姫さんと、つまり、お前の寿命と入れ替わったんだ。なあ、誰も困りゃしねえよ。何なら国の為にはこの方が良かったくらいだ。だから安心して、お前、死ね》

『いいいいいい!!い、いやだよおおおおお!!!』

 大きく震えながら、首を振る男。
 死神の足元にしがみついて、必死に懇願する。

『何とかしてくれよ!頼むよ。知らなかったんだ。上手くいったと思ったんだよおおお!?知ってたらやらなかった姫さんなんてどうでもいいんだ俺はただ金が欲しくて…………なあ、頼むよおおおお!!』

《駄目だよ。やっちゃあいけねえ事をやったんだ……ヘッヘッへ。死ねよ》

『そんなあああ!!!!死にたくねえんだよおおおお!い、嫌だよ、た、助けて……ねえ、お願いですから……お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします』
 男は地面に突っ伏し、涙を流し、鼻水を流し、体面を全て失い、死神に醜く命乞いをする。


 その緊迫感に、客は誰も言葉を発しない。
 固唾を呑んで一福の落語に見入っている。


『い、命が助かるなら、何でもするから。し、しますから』

 男のその言葉に、死神がようやく反応を示した。

《そうだなあ、じゃあチャンスをやろうかね。ここに新品の蝋燭がある。これにお前の今にも消えそうな蝋燭の火を移してみろ。もし、火を移すことが出来たら、お前の寿命はその分だけ延びる。もししくじったら、そのまま死ぬぞ。いいな。やってみな》

 男は震えながらコクコクと頷き、死神から新しい、まだ長い蝋燭を受け取り、自分の蝋燭と向き合う。

『は、はい……や、やってみます……やります……火を……蝋燭の火を……』

《ケケケケケ、どうした?もう震えてるぜ……そんなんじゃあ震動で消えるぞ。消えると死ぬんだ。死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬぞ死ぬヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ》

『や、やめてくれよ。声をかけないでくれ。お願いだから黙っててくれよお。ハァ……ハァ……』

 男は必死に懇願するが、その姿を死神は心底嬉しそうに眺めると、再び喋り出す。

《ヘヘへ…………おいおい大丈夫かよ……汗がだらだら垂れてるぜ、そんなんじゃあ汗で火が消えちまうぜ……そんなに息をハアハアするなよ……息で消えちまうぜ。泣くなよおい。涙で消えるぜ》

『ああああ、黙ってくれ……黙って見ててくれ……頼むから……よおお……』

《ケケケケケ》

 男は必死に新しい蝋燭を自分の灯火に近づけるが、なかなか火は移らず、段々と小さくなる。

『ああああああ!!な……なんでつかねえんだよおお……。おい!つけよ!つけってば!……う、うそだろう。そうだ、うそだ……。こんなんで死ぬなんて…………ありえねえ……だろ。は、ははははは、ハッタリに……決まってる……』

 そして…………。

『あああああ…………火が……ああ……。火が………………消え…………た……』

 台詞と共に一福が高座の上に倒れこむ。
 すると、酒場の灯りが全て消え、暗闇となった。


 再び灯りが点いた時、一福は高座にいなかった。

 その場に静寂が響き渡る。

 それから直ぐに、酒場に割れんばかりの拍手が巻き起こった。
+注意+
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