挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界落語 作者:朱雀新吾

踵裁き【天狗裁き】

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

87/117

踵裁き【天狗裁き】⑦

 九楽は怒濤の様に押し寄せる拍手と歓声の波に、とてつもない満足感と、今まで味わった事のない高揚を感じていた。いつまでもこの快感に浸っていたい。そう思う程の中毒性がその場所(高座)にはあった。

 九楽は初めて一福の落語を見た時の事を思い出していた。
 衝撃的だった。
 何もかもを忘れる程の力を感じた。
 口先一つで目の前の争いを諌め、人々を笑顔に変えていく。それは最早魔法を超越していた。
 ハナシカと名乗る彼なら、自身に課せられた運命や宿命を笑い飛ばしてくれるのではないか。
 そんな予感さえ感じた。
 だが、まさか、自分自身が演じる事になろうとまでは、予想出来なかったが。

 高座から降り、のぶをが憑依から離れると、一気に物凄い疲労がクランエに襲い掛かってくる。
 許容範囲以上の能力を無理矢理引き出したのだからそれも当然だった。

 客席に帰ると、仲間達は拍手で迎えてくれた。
 ラッカもたいしたものだと頷いている。
 ナナセやイヘブコから向けられるそれは、完全に尊敬の眼差しだった。
 ミヤビだけが頬を赤らめて、照れた表情を浮かべていたが、口許で小さくお疲れ様と、言ってくれた。

「お見事でした」
 そして、自分をけしかけた張本人が、話しかけてくる。
 彼が一番、いつもと変わらない、普通の様子だ。
 クランエは少々恨みがましい視線を含めて、言った。
「……一福様。もう、これっきりでお願いします。そもそも何で、私だったのですか?」
「決まっているでしょう?のぶを様が乗り移れる人間がクランエ師匠しかいなかったからですよ」
 一福は肩をすくめて飄々と言うが、そんな言葉を素直に信じる程クランエはお人好しではない。
「一福様、貴方は一体何を企んでいるのですか?」
「いえ、企むと言った程でもありませんよ。『こうなったら楽しいだろうなー』ぐらいの子供の夢みたいなものです」
 そう言ってはぐらかし、一福は最後まで真意を話そうとはしなかった。

「ああー!ちかっぱ気持ち良かったばい!ラクゴって素晴らしかー!!」
 当然、のぶをも大満足である。
 夢が叶い、興奮冷めやらぬ様子で大声を上げている。

「いやでも、演ってみても思ったっちゃけど、なしてこげん懐かしかとかいなねー」
「のぶを様、それに関しては、何となく心当たりがあるんですよね……」
 一福がそう告げると、のぶをは目をひん剥いて詰め寄ってくる。
「ほんなこつですか?教えちゃりい?教えちゃりい?ジンさんはケチくさかけん教えてくれちゃらんとですよ」
「いえ、ですが確信を得た訳ではありませんので、それはまたしっかりと裏を取ってからで宜しいでしょうか」
「はあ、そうでしゅか」
 そう言って一福は、のぶをの懇願をやんわりと断った。

「そうたい!お礼ばしたかー!!九楽様には勿論、一福様にも!」
 その言葉に一福は丁重に断りを入れようとする。
「いえいえ、今回はとにかくクランエ師匠が全ての功労者ですから。あたしは何もしてませんから……」
「なんば言いよっとね!一福様!一福様の一番の望みは、分かってますけん。早速行きましょう!!」
「いや、のぶを様、一体何を……」
 言葉を遮られ、元気よく宣言され、何をされるのか不安になった次の瞬間には、一福は意識が朦朧とし始めた。

 いや、意識がぐっと下に降りていく感覚、とでも言おうか。
 意識が頭から胸、胸から腹、腹から腰、腰から膝、膝から足首、足首から…………踵へ、降りていく感覚。
 意識が踵と一つになる感覚。
 踵をプラットホームとして、そこから旅立って行く感覚。
 感覚。感覚。感覚。
 全身が踵となり、感覚の塊となる感覚、とでも形容するのが一番分かりやすい感覚である。

 ターミナルの森羅万象は愚か、宇宙の理にすら到達する。一福はそんな錯覚すら覚えた。

 のぶをの声が脳内に響き渡る。

――有名な古いことわざにこの様な言葉があります、一福様。
――そう、ご存知「踵には宇宙が宿る」という言葉です。
――その証拠に「踵」という言葉には「重力」の「重」という単語が含まれています。
――これは決して偶然ではありえないのです。
――重力の重ですからね。踵は宇宙と完全に繋がっています。
――つまり、それこそが踵が元来は宇宙に存在したという証明。
――更には「重力」に「足」が生えるという事で、踵が宇宙を飛び越えるという意味となります。
――踵は宇宙より出で、生きとし生けるものの隣にいる。
――それこそ「踵is Almighty」というあの有名な格言に集約されとります。
――そう、世の理の全ては踵に起因するのです。
――この常識とまでに昇華された定説に対して、踵学の権威「カカロット=マルコム」は生前、興味深い言葉を残しています。
――「踵は必ずその人間の後ろを向いている。つまり、踵は過去を見つめているのだ」と。
――実に興味深いです。そう、踵の風雲児と謳われた「トカカ=ザンギエフ」がそれまで提言していた踵学を根本から覆す意見でしたからね。
――ただそう考えますと、確かにマルコムの学説には頷ける点が多く存在するのです。
――踵は本人からは見えにくくなっています。それは即ち「過去を嘆くよりも未来を見据えるべき」という踵からのメッセージなのではないか、と言う事です。
――ザンギエフの「踵宇宙説」とマルコムの「踵時空説」。真っ二つに派閥を分けたこの二つの説の答えは一体どこにあると思いますか。
――あたしはね、一福様。どちらも正解なのでは・・・・・・・・・・・・ないかと思っています。
――「踵は宇宙であり、現在であり、過去であり、未来である」。
――そう考えると、全ての辻褄が、ミッシングリンクが、パズルのピースが、完全に一致するのです。
――踵は次元を超え、時空を超え、ありとあらゆる生命と共にある。
――そう、それこそが踵だったのです。
――その境地に到達した時、あたしは涙が止まりませんでした。
――母なる踵の海に命を捧げる事を誓いました。
――さあ、一福様。共に踵に祈りを……。

 直接脳内に聞こえてくる何故か標準語ののぶをの言葉に耳を傾けながら、一福は思った。
――全く意味が分からない…………と。

 踵と共に更なる深みに、一福は落ちていく。
 踵を巡る旅である。
 踵から踵。
 踵を経て、踵に終わり、そして再び踵が始まる。
 踵を全て理解し、望む踵へと、辿り着いた。
 踵オブワールド、ワールドオブ踵。
 踵の精霊は更なる高みに。
 踵神の誕生である。
 踵神のぶを。
 踵
 踵
 踵
 踵
 踵
 踵
 踵


 何もかもをなんとなく漠然と理解しながら、一福は次元の回廊をただただ、流れて行く……。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ