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異世界落語 作者:朱雀新吾

踵裁き【天狗裁き】

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踵裁き【天狗裁き】④

――のぶを踵を専らとし、顎にも突出す。

 昔からよく言われている言葉通り、老人の容貌は踵の精霊のそれであった。
 皆が既視感を覚えたのは、そういう訳だったのだ。

「精霊様が自ら足を運ばれるなんて、驚きました」
 一福が驚きを隠さずにそう言うと、踵の精霊のぶをは恐縮した様にペコペコと頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ、突然弟子にして欲しいなんち、すまんこってすたい」
「いえいえ。ですがまたどうして?」
「いえー、さっきも言いましたばってん、まずは当然、ラクゴがちかっぱ面白いっちゅうのもあるとですが、何だか懐かしい感じがしたとですばい。あのー、やっぱりあの意地の悪か人の言う通り、あたしには無理とかいな?」
 心配そうに訊ねるのぶをに返答したのは一福ではなかった。
 どこからか低い声が聞こえてきた。
《そうだ。諦めろ。お主には不可能なのだ》
 のぶをは声のした方角、ナナセの横を見る。そして、みるみる顔を輝かせた。
「あんらー、ジンさんやなかね。懐かしか―。何十年ぶりやろうね」
《ふん、軽々しく話しかけるでない。我はまだ貴様を許した訳ではないぞ》
 そのジンの態度に呆れた様に顔をしかめるのぶを。
「うわー、あんたまだあん時の事ば根にもっとうとね?何遍も言いよっちゃろうが。あれはゴマやって」
《いや、あれは完全に虫であった。サブレから手足の様な細いものがはみ出しておったからな。あれは完全に虫だ》
「ゴマに決まっとろうが。なして仲間の精霊に虫ば送りつけないかんとね。ちょっと考えたら分かろうもんそげんこつ」
《精霊となって500年も経たない新参が、何を対等に物を言うか》
「いや、やけんそこらへんの記憶があたしはなかとよー。聞きたかー。教えて欲しかー」
《ふん、誰が貴様なんぞに教えてやるものか》
「かあー、この人ほんなこつやおいかんー」
 二人は次から次、矢継ぎ早に言い合う。

 風の精霊ジンと踵の精霊のぶをは仲が悪い。昔ジンが風邪を引いた際にのぶをがお見舞いでくれた踵サブレに虫が入っていたのを注意した時、のぶをがそれはゴマだと言い張ったからだ。その後ジンは虫だ、のぶをはゴマだと言い合いになり、最終的には精霊界を巻き込む風と踵の大戦争になった。

 その事からターミナルでは虫が合わない事を「風と踵の関係」と呼んでいる。
 風と踵は1パーセントも通じ合う事がない。
 大臣とダマヤ。ナナセとダマヤが、ずばりその関係に当たる。

「駄目ですよお二方とも、喧嘩をしては。ここは皆が笑顔で、仲良くする所なのですから」
「そうです。一福様の言う通りですよ。ってあれ?」
 のぶをとジンの会話に一福がそう口を挟むのを聞いて、ナナセが首を傾げる。
「一福様、ジンさんの声が聞こえるんですか?」
「ええ、聞こえますよ。あれ?他の皆さんは聞こえませんか?」
 一福が言うと、ナナセ以外の皆は揃って首を横に振る。
「私は契約して、ジンさんが乗り移っている状態ですから当然ですけど……一福様だけに何故聞こえるようになったのでしょうか?」
 以前は確かに一福にも聞こえなかった筈だ。それが一体、どうしてしまったのだろうか。

《…………》
「あ、ジンさん何か隠しとっちゃないとー?神妙な顔ばしとうばい」
 のぶをがそう指摘するが、ジンはぷいとそっぽを向いてしらを切る。
《ふん。我は何も知らん。気のせいだろう》
「あんたは『木の精』やなか、『風の精』やろが!お♪今のラクゴっぽかったっちゃないとね?ねえ、イップク様、今の落語っぽかったっちゃなかですか?」
「ええ、まあ。ははは」
 満面の笑みでとてつもないドヤ顔を向けるのぶをに一福はどう答えたものか分からず、ただ愛想笑いを返した。
《ふん、くだらん。ラクゴ等、興味もないわ》
「あー、そんなこつ言ったって、ジンさんの方がちかっぱこすか真似ばしよろうもん。知っとうっちゃけん」
《何を言っておるか》
「だって、ジンさんは名前ば落語に出してもろうとるやないの」
《……それは別のジンの事だろうが。主な登場人物。近所の物知りな御隠居。ジン=ベインの事であろう》
 そう言ってすぐさま指摘するジン。
 ナナセは何だかんだ言ってジンさんも落語知ってるんじゃん、と内心思ったが、精霊界のビッグ二人の口喧嘩に巻き込まれても大変なので、口には出さなかった。
「それでん羨ましかとばい。あー、なしてこげん懐かしいっちゃろうか」
《それは決まっておろう。元々貴様は……》
 ジンはそこまで言いかけたが、すぐにそれ以上口にするのを止めた。
「ん?どげんしたとね、ジンさん?」
《いや、何でもない……》

 二人の会話が中断した所を見計らい、一福が意を決した様に声をかける。

「のぶを様。どうやら深いご事情があるようで。私も普段からのぶを様の事をマクラやネタで使わせて頂いてますし。ここはあたしに出来る事でしたら、何でもやらせて頂きます」
「ほんなこつですか?イップク様!ありがとうございます!嬉しかー。ちかっぱ嬉しかー」
 のぶをは目に涙を浮かべて跳ねて飛んでの大喜びである。
 こうして、一福の、踵の精霊のぶをに対する落語レッスンが始まった。

【レッスン①】 冒頭

 極楽酒場店内。二人は向かい合わせに座っている。
 のぶをの表情は真剣そのものである。
「では、私の言った通りに後からついてきてください」
「はい」

 すう、と息を吸い込むと、一福が声を出す。
『こんにちわジンさん。お元気ですか』
『おお、誰かと思ったらお前さんかい』

 そこまで言うと、一福が目線で、のぶをに後を追う様に促す。

『こんにちわジンしゃん。元気しとったとね?』
『おお、誰か来とんしゃるばいと思うとったらお前さんやったとね』

 一福が続きを演じる。

『まあ、上がりなさいな』
『上がらしてもらいます。どうでしょう、派手に上がりましょうか陽気に上がりましょうか、それとも……陰気に上がりましょうか?』

 のぶをが続く。

『まあ、あがりーよ』
『ほいたら上がらしてもらうけんね。どうかいな、やかましく上がっちゃろっか?つやーに上がっちゃろっか、ばってん……しろしく上がった方がよかとかいな?』

「はいストップ」

 そこで一福が片手を差し出し、一旦中断した。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 最初から分かり切っていた事だが、ここで改めて全員が思った。

……訛りが酷い、と。


【レッスン②】 チンチローネの食べ方

「チンチローネは好物ですけん。大丈夫ですたい。まかせんしゃい!しゃい!しゃい!!」
 自信満々ののぶをにまずは一福が手本を見せる。
「まず、口の中で舌を丸めて、上の歯より少し後ろ側につけます。そして……勢いよく吸います」

『ズズズズズズズズ!!!』

 これには周りで見ているラッカ達もおお、と感嘆の声を上げる。

 次に一福が手のひらを差し出し、のぶをを促す。

「…………」
 のぶをはジッと目を閉じ、精神を集中させる。そして、カッ!と見開くと、一気に動作に移る。

『ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………』
 のぶをの口からダンジョンで石像が動いた時の音が鳴った。

「ストップ。逆にそれのやり方教えて下さい」


【レッスン③】 正座

 冒頭の台詞とチンチローネの振りを練習している間、正座をしていただけで、のぶをはすぐに我慢の限界がやってきた。
「ぎゃあ。ちかっぱいたかー!正座はだめしかー!」
 しまいには悲鳴を上げ、コロンと転がってしまった。

「うーん、正座が出来ないのは困りましたね。まあこれも慣れではありますが……」

「踵座なら得意っちゃけどね」
「踵座?」
「こうするっちゃん」
 のぶをは正座の状態から柔軟につま先と踵を反転させ、踵が地面につく様に座った。
「おお、それは凄い。ですが……お客さんが集中出来なくなりますね。それだけで十分な芸ですからね」
《というか、気味が悪いわ》
 そのジンの意見に、ナナセも同感であった。



 いよいよ弟子入りは難しくなってきた。周囲のそんな雰囲気を察して、のぶをは寂しく笑いながら一福に頭を下げる。

「一福様、どうやらあたしは無理ば言ってしもうたとですね。弟子入りは諦めるばい……」
「のぶを様……」
「しょんないですもん。あたしには精霊としての仕事もありますし。一日三回の、ターミナルの人々の踵状態をチェックする『踵パトロール』を欠かす訳にはいきませんち」
「そうですか……」
 一福は「踵パトロール」について凄まじく関心を抱いたが、のぶをのしんみりとした雰囲気を鑑みて、何とか質問するのを我慢した。

 のぶをは眩しそうに空を見上げる。

「ああ、一度でいいけん、高座に上がってみたかったー……」

「……あの、のぶを様」
 そこで一福がある提案をする。
「あたしが落語の登場人物として、登場させるでは、駄目ですかね?もうすでに何作かはお名前は使わせてもらってますが。くすぐりやマクラではなく、メインキャラクターとして」
「ああ、それは良いかもしれませんね」
 クランエが笑顔で頷いて、イヘブコから借りた台本を目の前に掲げる。
「でしたら、ちょうどこの落語が良いかもしれませんね」
「クランエ師匠。それは先程の台本ですか?もう、覚えたのですか?」
「ええ、一度読みましたので。大体は」
「凄いですね」
 一福は素直に感心する。
「記憶力がなくては、詠唱等も覚えられませんからね」

 のぶをは一福の提案をとても喜んだ。
「ジンさんごたる登場人物になれるとは嬉しかです。でも……やっぱり演じてみたかったばい。なんか懐かしかともあるばってん、一度でよかけん、自分の力で笑いを取ってみたかったってのもあるっちゃんね」

 踵の精霊のぶをは大のお笑い好きでも有名である。
 自分をネタに幾らでも笑い話をする事を良しとしている。だが、やはりそれは人から笑われている事であり、勿論それに何の不満もなく、嬉しくてたまらないのだが。それでも一度、自分自身の力で人を笑わせてみたいのかもしれない。

 笑いが好きなら、それは当然の感情であった。

 そんなのぶをに心を打たれた一福は、しばらく考え込んでいたが、意を決した様に顔を上げ、新たな提案をする。

「……では、最終手段です。のぶを様は誰かに乗り移ったりとかは、出来ませんか?ほら、ナナセさんとジン様の様な感じで」
「ああ。それなら出来ますばい」
「なるほど!」
 一福の言葉で即座に何をするのか理解したのだろう。クランエがそれは名案だと、顔を輝かせる。

「のぶを様が一福様に乗り移って、落語を体感してもらうのですね!いやあ、なんともそれは素晴らしいアイディアです!!」

「いいえ、違いますよ」
「え?」
 だが、一福は笑いながら首を振り、クランエの言葉を否定する。
「あたしにじゃ、ありませんよ」
「一福様では……ない?」

 どういう事か。
 では一体誰なのかと真剣に考えるクランエ。

 そして、一福は目の前にいるその人物を指差すと、口の端を持ち上げ笑い、言った。


「のぶを様に乗り移ってもらい、落語をするのは……貴方です。クランエ師匠」
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