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異世界落語 作者:朱雀新吾

クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】

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クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】⑫

 服屋を飛び出したミヤビは、街外れにある川のほとりまでやって来ていた。
 そこで、川に向かって熱心に衝撃魔法を唱えている。
 詠唱の度に水飛沫が上がるその光景に、通行人は魔法の練習だと思い、特に興味もなさそうに通り過ぎていく。

 ショックだった。誘われたと思って浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。
 全ては、自分と一福を良い仲にする為の筋書きだったのだ。
 乙女の気持ちを踏みにじるクランエの行為を思い返すと、怒りがわいてくる。
 走り去る前に一発痛い目に合わせてやれば良かった。ミヤビは後悔していた。

――絶対に許さない。一発ぶっ飛ばしてやらないと、気がすまないんだから。

 ミヤビは深呼吸し、集中して魔力を練ると、今までで一番大きな衝撃波を――川に放った。
「…………はあ!!」

「ミヤビ!」
 その瞬間、クランエが自転送で目の前に姿を現した。
「ミヤビ、すまなかっぶはあああああ!!」
 ミヤビの願い通り、クランエは空高くぶっ飛ばされた。
「きゃああああ!クラ兄??」
 放物線を描きながら飛んでいくクランエを見ながら、ミヤビは思わず悲鳴を上げる。
 そのまま宙を舞い、ザブンと川へと落ちた。
「クラ兄いいいい!?」

 川から上がると、クランエは濡れた服も気にせずに、直ぐ様ミヤビに頭を下げる。

「すまなかった。 お前の気持ちも考えずに、最低な事をしてしまった」
「……クラ兄の馬鹿」
「その通りだ、私は本当に馬鹿者だ。どうか、許して欲しい」
「…………」
 つい先程までは絶対に許さないと思っていたミヤビだったが、自転送まで使って追いかけてきてくれた事と、偶然ではあるが、クランエを思いきりぶっ飛ばした事で、不思議と胸はスッとしていた。

「もう二度とあんな事しないで。次やったら一生口きかないから」
「分かった。約束する」
「そ、それに。私、好きな人いるし」
「そうか……」
 目の前に……とは言えなかった。
 代わりにミヤビは真っ直ぐクランエの瞳を見つめる。
 クランエは正面から目線を受け止める
「ええと……。その、まあ、だから、許してあげる」
「ああ、ありがとう」
 何故かミヤビの方が恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。そんな自分が嫌になった。

「一福様は?」
 話をはぐらかす様に聞いたミヤビはクランエの返答に驚く。
「ああ、胸ぐらを掴まれて、怒鳴られたよ」
「凄い。一福様、そんな男らしい所もあるんだ。意外だな」
 今日が初対面で意外も何もないが、見た目や物腰からは、そんな印象は感じられない。
「あの人は、本当に素晴らしい方だよ。賢く聡明で、慈愛に満ちて。だが、人間だ。だから素晴らしいんだな」
 清々しい表情でそう言うクランエは、どことなく吹っ切れた様だった。

「ねえ、覚えてる?叱られた時や落ち込んだ時、いつも私はここに来ていたって事」
「ああ、覚えているとも。お前はいつもここにいたな」
「そういう時はお兄ちゃんが迎えに来てくれた」
「ああ」
 迷子になった時はクランエだったが、そういった時は兄であるピートの役目だった。
「でも、もういないんだね。お兄ちゃん」
 事実を口にすると、胸が締め付けられる様な気持ちがした。そう、兄はもういないのだ。

「ああ、でも私が来ただろう?」
 クランエは当たり前の様にそう答える。 
「ピート兄さんが亡くなった時、私が代わりにミヤビを守ると、幸せにすると決めたんだ。兄代わりとしてな」
――兄代わり、さえなかったら最高なのにな。
「うーん、なんだかちょっと惜しいのよね。クラ兄は」
「なんだそれは。どういう意味だ?」
「知らなーい」
 ミヤビは拗ねた様にそっぽを向く。
 だが、それでも良い様な気がした。恋人ではなくても、特別な存在である事には変わりない。
 今はこれで満足だ。
 ミヤビは自分にそう言い聞かせた。

「私は、恵まれているな」
 体の中から絞り出す様に、クランエは呟いた。
「本当に恵まれている。未熟な私の周りには素晴らしい人ばかりがいる。ピート兄さんやラッカ兄さん、一福様、そしてミヤビ。お前に救われて、私は今こうして生きていられるんだな」
 クランエはそう言ってミヤビを見る。
「感謝しかない。だから、幸せになって欲しかったんだよ」
「クラ兄……」
 思わずミヤビの目から涙が零れた。

 恵まれている、と言ったのだ。
 この国に囚われたクランエ。憎みこそすれ、感謝など普通は感じる事は出来ないだろう。
 そんな境遇でも、彼は恵まれていると言ってくれる。
 それが何より嬉しく、クランエの優しさが身に染みた。

 平凡な自分の近くにクランエやラッカの様に、自らの運命に立ち向かいながら、必死に生きている者がいる。その力に、支えに、少しでもなれているのであれば、こんなに嬉しい事はない。それはピートも同じ気持ちだったに違いない。

 そこでミヤビは何故か今日観た落語を思い出した。
 言葉の通じない、身分の違う二人が、心を通わしていく物語。
 あの愉快な二人の様に、自分達もなりたいと思った。
 妄想も勘違いも過ちも、全てをひっくるめて、笑顔で生きていきたい。

 一福の言葉を思い出す。
 自分は何もしていない、ただ落語をしただけだと、彼は言った。

 ミヤビはその言葉を理解した。
 落語がなんとかするのではない。
 落語に触れた人々が、何かを変え始めたのだ。

 そして確信を持った。
 ダマヤ様は、人違いをしていない。
 救世主は、間違いなく召喚されていた。

 自分も、変わらなくてはならない。
 この人の側にいたいと願うのならば。
 自分に何が出来るのか、それはまだ分からない。だが、今ここで伝えられる言葉がある筈だ。
 そこから、始めよう。

 ミヤビはそう決意すると、クランエを真っ直ぐに見つめて言った。
「クラ兄、諦めないで。きっと何とかなるから。絶対、大丈夫だから。私がついているから」
 その言葉にクランエはハッとする。
「ミヤビ……。お前」
 クランエはミヤビが自分の素性に気付いている事を悟った。
 それでも、ミヤビは一緒にいてくれると、言っているのだ。
 それは、無謀とも呼べる言葉だった。
「…………」
 そのミヤビの振り絞った勇気を、先程までのクランエなら、自らの臆病と覚悟の無さ故、突っぱねていた事だろう。
 だが、今は違う。
 ここでそんな真似をしたら、あの噺家に今度はどんな目に合わされるか。

 後悔だけは――したくなかった。いや、してはいけない。

 それが、自分を叱咤してくれたあの人に対する唯一の恩返しだ。

 クランエは意を決して口を開く。
「ミヤビ、こんな最低な男だ。愛想も尽きたと思うのだが、聞いて欲しい事があるんだ」
「なに?」
「何故、昔から私はお前を誰よりも早く探し出せるのか、不思議に思った事はないか?」
「それは……」
 クランエは話し続ける。
「召喚師には『固定座標』といって、特定の場所、特定の人物に座標を設定する事が出来るのだ。だが、設定出来る座標は、人、場所に限らず一つだけ。そして、それは一度定めると一生解除する事は出来ない。昔から召喚師はその座標を大切な家族や、愛する者に設定してきた」
「それって……」
「ああ」
 クランエはミヤビの目をみて、しっかりと頷く。

「私の座標は、ミヤビ、お前だ。私と一緒に、生きてくれるか?計り知れぬ苦難の道を共に歩んでくれるか?」
「ええと……それって、つまり」
 頭では理解は出来ている。だが、あまりにもの急展開に、ミヤビの心臓がついていかない。

――あれ?いつからそんな話になったの?何で?いや、それは勿論嬉しいけど。あれ?

「あの、クラ兄。ついさっきまで兄代わりって話をしていたでしょ?それは……?」
「ああ、それも撤回だ。今からクラと呼んでくれ」
「ええ!?」
 ミヤビは驚きの声を上げた。
 クランエがいつの間にか男らしくなっている。

――あれ?あれ?どういう事?急展開過ぎて訳が分からないんだけど。
 ミヤビの回路は完全に混乱していた。

――いや、落ち着こう。ひょっとしたら兄代わりとか恋人とか、そういうのじゃなくて、とても仲の良い友達として、みたいな話かもしれないし。ここであんまり期待したらよくない。クラ兄は……じゃなくて、クラ……は超がつくほど鈍感なんだから。うん、そうに決まってる。恋人とかそういうのじゃ、ない――。

 そう脳内で結論付けたその時――ミヤビはクランエに強く抱き締められた。
「…………!!!」

――えええええ??何でええええええ?何がどうなったのおおおおおおお????

 叶わないと思っていた恋の、あまりにもの展開の速さのせいで、驚きが優先して、純粋な感動を感じる事が出来なかった。
 それだけが、唯一のミヤビの後悔であり、後日落ち着いた時にやり直しをクランエに求めたが、同じく落ち着いたクランエは、了承してはくれなかった。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 そんな二人を空中から見守る二人がいた。
 レフトドラゴンの背中に乗った一福とラッカである。

「ラッカ様、覗きはあまり良い趣味とは言えませんね」
「覗き?おいおい旦那何言ってんだよ。遮るものも何もない、こんなに堂々とした覗きがどこにあるよ」
「ちょ、ちょっと、あんまり動かないで下さい。あたしは勇者様と違って凡人ですからね。落ちたら死ぬんですよ」
 普段は飄々としている一福が顔を青くしてそんなことを言うものだから、ラッカはたまらず吹き出す。
「旦那も面白くなってきたな。にしてもクラも、なかなか大胆な奴だな。もっと尻込みするかと思って見に来たらよ」
 それにはオクラホマスタンピードが笑いながら答える。
「まあ、あいつは今『くうきよみ』が0だからな」
「なるほど。自分でブレーキをぶっ壊したって事か。傑作だねえ」
 ステータスの再分配。それがクランエのギフトだった。
「で、プクよ。クラの野郎は、元々何のステータスの数値をそれぞれに分配していると思う?」
 オクラホマスタンピードの問いに一福は肩をすくめる。
「さあ、『まりょく』ですか?」
「違う。聞いたら笑っちまうぜ」
「まあ、何となく察しはつきますよ」
 そう言って一福は口の端を軽く持ち上げた。
「さあ旦那……。色々と動き出したみたいだな。面白くなってきたぜ。これから忙しくなりそうだ!」
 ラッカはレフトドラゴンの上で腕を組んで仁王立ちになり、楽しそうに笑った。

 今後、クランエの人生には多くの試練が待ち受けている。

 だが、多くの人々と出会い、学び、救い、救われ、己の運命をその手で切り開いていく事となる。

 敵味方問わず、様々な異名で呼ばれる男。

「裏切りし天才」

「呪われし血の種族」

「忘却の歴史が生んだ忌み子」

「サイトピアのジレンマ」

「マドカピアのジョーカー」

「囚われし魔族の王子」

 その名をクランエ=イビル=マドカピア。
 生まれながらに業を背負い、罪を被り、歴史の重責を受ける存在。

 彼もまた、後生に名を残す、英雄の一人である。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 次の日、ミヤビが執務室へ行くと、大臣が血相を変えて話しかけてきた。

「おお、ミヤビか。聞いてくれ、昨日なんと宮廷にダマヤが侵入してな。大変だったのだ。そ、それが、下着姿にハルバード(斧槍)という出で立ち。もう、気が狂ったとしか思えんぞ。やはりあやつは二度と宮廷には……」
「大臣!」
 話を遮り、ミヤビはバンと大臣が座っている机を両手で叩いた。
「な、なんだ、どうした」
 大臣が驚いてミヤビを見る。
 優秀な秘書官はすう、と息を吸い込むと、矢継ぎ早に語り始める。
「大臣に申し上げます。異世界より召喚された噺家は、サイトピアの為となります。協力を要請しましょう。武力としての協力は出来ないと申しておりますが、その他なら出来る範囲の助力はしても良いと、確約を得てきました」
 それを聞いて大臣の頭にカッと血がのぼる。
「お主!何を勝手な事をしておるのだ」
「勝手をします。何故なら彼は救世主なのですから。このまま蔑ろにしていたのでは、大臣が反逆罪に問われてしまうかもしれませんよ」
「馬鹿な!」
 大臣は驚愕に顔を歪めて叫んだ。

「手始めに、勇者ラッカが売り払った聖剣を見つけ出してくれるそうです」
「聖剣を?出来る筈がないだろう」
 そう吐き捨てる大臣に、誰かが話しかける。

「出来たら、ダマヤ様を宮廷に復帰させて頂けますか?」

 その声は執務室の扉の外から聞こえてきた。
「誰だ!?」
 思わず大臣が訊ねると、ミヤビが大声でその人物を呼び出す。
「さあ、それでは登場してもらいましょう。『噺家』楽々亭一福様です!」
「どうもー、お久しぶりでーす」
 執務室の扉が開くと、細身の男が陽気な笑顔を浮かべて立っていた。身に纏っているのは、以前見た異世界の衣服であるキモノではなく、サイトピア製の革の服だった。
 大臣は愕然とした。
「何でこやつを宮廷に入れておるのだお主は!」
「私は大臣の秘書官ですから」
「だ、だから、何だ?何を言っておるのだ?」
 質問の答えになっていないミヤビの発言を、大臣は更に問いただす。
 ミヤビは突き刺す様な視線で大臣を見据え、こう言った。
「私には大臣が間違った方向に進むのを、阻止する使命があります」
「な…………」
 その言葉に大臣は絶句した。昨日までの秘書官と同じ人物とは思えない。まるで別人だった。
「私の為だとかどうでもよい。明らかに私の意図に反しておるではないか。これは厳罰ものだぞ!」

「ちなみに大臣、一福の入廷を許したのはわらわじゃぞ」

 いつの間にか、ハナシカの隣にサブリミナル姫が笑みを浮かべて立っていた。
「姫様!」
「大臣よ。わらわが友人を、わらわの意思で呼んだ事に……何か不満でもあるのかの?」
「いえ、何も……」
 相手が姫では流石の大臣も文句は言えない。食い下がる大臣。だが、やはり我慢出来なくなり、顔を上げると申し訳なさそうに姫に意見を述べる。
「ですが、このハナシカなるものは、あのダマヤが間違えて召喚した者なのですぞ!あの、変態ハルバード男が!」
 それに対して、サブリミナルは涼しい顔で受け流し、ミヤビに目配せをする。
「ミヤビよ……言ってやるがよい」
「はい!」
 元気よく返事をすると、大臣の前に立つ。

「私はいつも聡明で理性的な大臣を本当に尊敬しています。大臣の秘書官である事に、誇りを持っております」
「なんだ突然?気色の悪い……」
 手のひらを返すかの様な称賛の言葉に大臣は面喰らう。
「ですから大臣には個人的感情に走らず、国益を一番に考えてもらいたいのです。そして、そんな大臣に今一番欠けているもの。それが……ダマヤ様なのです」
 その名を聞き、大臣は再びいきり立つ。
「ダマヤだと?あの変態ハルバード男など、私にはこれっぼっちも必要ないわ!一体何を言っておるのだ」
「ほら、やっぱり足りてない」
 全く訳が分からない大臣に、ミヤビは満面の笑みを浮かべて、言った。

「だから、大臣には『にんたい(変態)』と『おもいやり(重い槍)』が必要だと、申しております」

おあとがよろしいようで。
次回、「聖剣キャンドルサービス【火焔太鼓】」でお会いしましょう。
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