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異世界落語 作者:朱雀新吾

クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】

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クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】⑩

「あ、一福様。これなんてどうですか?」
 ミヤビは服屋の商品を手に取って掲げる。
 一福はそのサイトピア情緒に溢れる太陽の刺繍の入った服を見て、苦笑する。
「うーん。ちょっと派手ですかね」
「あら、そうですか?でしたらこれは?」
 今度はミヤビは月の刺繍の入った服を手に取る。
「いや、太陽が月になりましても、全体的なデザインは一緒ですから、派手ですよね……」
 ミヤビはあら、と舌を出す。
「あ、それならこれはどうですか。重厚ですよ」
 そう言ってミヤビが勧めたのは、場違いに置いてある、鉄の鎧にハルバード(斧槍)だった。
 それを見て一福は思わず吹き出した。
「いや、ミヤビ様。あたしは鎧や武器の類いは装備出来ませんから……。一歩も動けなくなってしまいますので」
「冗談です。見たら分かりますよ」
 明るく笑うミヤビを見て、一福は目を丸くする。
「いやはや、こいつは一本取られました」
 そして二人は顔を見合わせ笑いあった。



「おお、なんだか良い雰囲気ですね、ラッカ兄さん」
 店の入り口から中をこっそり覗きながらクランエが言う。

「で、これからどうするんだよ。後をつけた所で、要は本人達の気持ち次第だろ?良い雰囲気ならこのまま勝手に上手くいくかもしれねえ。さあ、俺達は退散しようぜ」
 ラッカがそう提案するが、クランエは承知しない。
「いえいえ、まだまだです。私は二人をもっと親密にする計略を考えておりますから」
「お前なあ……」
 ラッカは呆れて溜息をついた。

「そもそも、何で旦那の相手がミヤビなんだよ。他にも適当な女はいただろう」
「いえいえ、何を仰います。一福様に相応しい女性を考えたら、ミヤビを置いて他はありません」
 クランエはキッパリと言い放った。。
「家柄も良く、器量も人柄も申し分ない。優れた能力を持ち、細やかな心配りも出来る。私だって、彼女の笑顔にどれだけ救われたか分かりません。才色兼備とはまさに彼女の為に使われる言葉です。即ち、一福様にピッタリなのです」
「…………」
――なんでそうなんだよこのクソ馬鹿野郎の唐変木が……。そこまで分かってて、何で自分の気持ちとなるとこうも鈍感になれるのかね。
「え?何か言いましたか?」
「いや……何でもねえよ」
 ラッカはふてくされた様にそっぽを向いた。
「で、どうすんだよ計略ってのは?聞かせてくれよ。まさか俺が悪漢に扮してあの二人を襲ってなんて……ヤツじゃないだろうな」
 そんなラッカに、クランエは氷の様に冷たい視線を送る。
「何を言っているんですか?そんな馬鹿馬鹿しい事する訳ないじゃないですか。ラッカ兄さんはステータスが身体能力に偏り過ぎているんですよ。もっと頭を使った方が良いですよ」
 遠慮なしにズバズバと意見を言うクランエ。それにはラッカもカチンとくる。
「んだよ、だったら聞かせてもらおうじゃねえか」
「ええ、先程の落語になぞらえて、作戦を考えました。名付けて『愛のバミューダ=トラアングル』です」
「ふうん、まずはどうするんだよ」
 ラッカの問いに、クランエは自信満々で答える。

「ええ、まずは今着ている一福様の服を転送魔法で消します」

「ちょっと待て」
 片手を顔の前に差し出し制止すると、ラッカはクランエをマジマジと凝視した。
「……はあ?お前何言ってんの?」
「聞こえませんでしたか?『まずは一福様の服を消します』と言ったのです」
「そういう事じゃねえよ。『何馬鹿な事言ってんの?』って言ってんの。旦那の服消してどうするつもりだよ」
「決まっているでしょう。ミヤビと親密になってもらう為です」
 クランエはあくまで理路整然と答える。
「ハプニングでエッチなシチュエーションが男女の仲を深めると、この間読んだ文献に書いてありました。更に驚くべき事に先程の落語でもロックが似たような事を一人でやっていたではないですか。着替えを覗く練習でしたよね」
「いや、そうかもしんねえけど。唐突過ぎるし、服消えるのってそもそも着替えじゃないし……ていうか逆じゃねえ?」
 混乱した頭を傾けながらラッカは必死におかしな点を指摘する。
「逆?逆とはなんですか?」
「なんで旦那が下着姿見られんだよ。せめてミヤビの服を転送して消せよ」
 ラッカがそう言った瞬間、クランエは烈火の如く怒り狂った。
「何を言っているんですか!!ミヤビが下着姿を見られたらかわいそうではないですか!!それであの子が泣いたらどうするんですか!!墓前のピート兄さんに何て報告するんですか!!非常識にも程がある!ラッカ兄さん、見損ないましたよ!今度そんな事言ったら絶交ですからね!」
「…………」
 ポカンと口を開けて、(オーク)の形相と化したクランエの、矢のような説教を受け止めるラッカ。
――いや、旦那は良いのかよ……。ていうか、お前完全にミヤビに惚れてんじゃねえかよ。本当に大馬鹿野郎のクソ野郎の勘違い野郎のクソ野郎だな。

「そこで先程の落語よろしく一福様が『キャー、エッチ!』と叫び声をあげるという寸法です」
「いや、旦那はキャーとは言わんだろうが……。そもそも言った所でどうなるんだよそれで。一体何が始まるんだよ」
 もう、何もかもがおかしい。
 クランエは基本的に馬鹿が付くほど真面目だが、一度スイッチが入ってしまうと、本当に馬鹿みたいになってしまう所がある。まさに今はそのパターンであった。

「ええい、ここであれこれ言っていても仕方がありません。早速行きますよ!」
「行動力パネえなお前!」
 有言実行、クランエは直ぐに詠唱を始める。
「ターミナルの次元を司りし神シュナイゼルよ……物質を動かし現す業をこの手にお与え下さい。世の摂理を歪める事、どうかお許し下さい。願わくばXの身に付けし衣服をYの下へ転送下さい………座標設定。Xを『楽々亭一福』。Yを『クランエ=…………』」

 クランエの額からは汗が吹き出ている。
 それもそうである、転送魔法はかなりの魔力を使う。
 天才召喚師といえども、その身にかかる負担は変わらないのだ。

 ラッカはそんなクランエを眺めながらぼんやり考えた。
 こいつの執念は一体何なのだろうか。
 多分、本気で一福と、そしてミヤビに幸せになって欲しいのだろう。
 昔からそうだった。身内にはとことん優しく、自らをなげうっても尽くそうとする。
 いや、自分が幸せになれる筈がないと、諦めているのかもしれない。

――仕方ない。やるだけやってみろよ。いいよ、俺だけはお前の味方だよ。

 そう心の中で決めると、ラッカは陰から二人を覗いて、クランエの作戦の遂行、つまり一福の服が消える瞬間を見守る事にした。
 確かに突然一福が下着姿になったら、ハプニングといえるだろう。何かが始まるかもしれないし、終わるかもしれない。いや、終わるよ絶対。

 クランエの詠唱もそろそろ終わる。あとはただその時を待つのみ。
 するとそこに――。

「おや、これは一福様にミヤビ殿ではないですか。奇遇ですな」
「これはダマヤさん、どうされたんですか」
「いえ、たまにはぶらっと買い物でもしようかと思いましてね」
「へえ、そうなんですか」
――ダマヤがのほほんとした顔で店に現れた。

「…………」
 ラッカはもう、嫌な予感しかしなかった。

「おい……クラ待て。絶対に嫌な予感しかしねえ状況が生まれちまったんだが。ちょっと待て。おい、聞いてんのか。大体こういう風に誰かのアイディアを真似しようって時、落語では良い事が起きた試しはねえじゃねえか。おい、クラ。クラってばよ」
「……Xの衣服をZと設定。このZから「下着」を除外。Zのみ、つまり衣服のみを転送。くれぐれも間違えぬ様何卒……」
 クランエは転送魔法の詠唱に集中していて聞こえない。
 多大な労力を使って、彼は今、一人の男性の服を脱がそうとしているのだ。

 そして、ラッカの制止は空しく失敗し、クランエの詠唱が終わる。

「……いざ行かん!転送魔法、発動!」

 転送魔法が発動される。
 しかし、一福の服は消えなかった。

 代わりに、一福の隣のダマヤが一瞬でパンツ一丁になった。

「きゃあああああああああ!!」
 店内にダマヤの悲鳴が響き渡った。

「だあ!だから言ったのに!」
 ラッカが頭を掻きむしりながら地団太を踏んで悔しがる。
 クランエは少し疲れた表情で口を開いた。
「……失敗しました」
「見てたよ!ていうか知ってたよ!何で唱えちゃうかね!忠告したのに」
「ですが何故ダマヤ様の服が転送されたのでしょう。座標は一福様に設定したのですが……」
 腑に落ちない顔でクランエは自らの両手の上に転送されてきたホカホカのダマヤの服を見つめる。
「分かんねえけどよ。何か設定を間違ったんじゃねえの?」
「そんな筈は……」

 そうこうしている間に一福はミヤビに勧められた商品の服を手に試着室へと入っていった。
「おい、旦那が試着室に行っちまったよ。どうすんだよ?ていうか突然下着姿になったダマヤのとっつぁんは無視かよ」

「よし、それなら次はミヤビを一福様が着替えている試着室に送り込みましょう。それなら二人っきりになりますし、ハプニング感も増します」
「おま、それって、人物転送じゃねえかよ」

 人物転送は現在のサイトピアの召喚師でも片手で数えられる程の者しか使えない、自転送の次に高度な魔法であった。
 クランエは複数人を同時に転送させる事も出来る凄腕ではあるが、やはり魔力の消耗と負荷はそれ相応に喰らう事になる。
 それをクランエは今、女性に男性の着替えを覗かせる為に唱えようとしていた。

 再びクランエは詠唱を始める。
「ターミナルの次元を司りし神シュナイゼルよ……物質を動かし現す業をこの手にお与え下さい。世の摂理を歪める事、どうかお許し下さい。願わくばXの元へYを転送下さい………座標設定。Xを『楽々亭一福』。Yを『ミヤビ=ブルース』場所はXの入りし『試着室』。『試着室』をZと設定……」

「あ、この服いいなー。店員さん」
 パンツ一丁になってしまい、仕方なく店で服を買おうと物色していたダマヤが店員に話しかける。
「ああ、それならお客様に似合うと思いますよ」
「これってびっしり字が書いてあるけど、魔法だよね?何の詠唱が書いてあるの?」
「ああ『フンババ』です」
 それを聞いて、ダマヤは顔を輝かせる。
「え?マジ!?私、今年前漏だからぴったりかもー」
「それは素晴らしいですね。ぜひこの『フンババパジャマ』上下とも御試着されてみて下さい」
「うん♪」
 そう言ってダマヤは上機嫌で一福の隣の試着室へと入っていった。

「…………」
――なんだこの茶番は。
 ラッカは嫌気が差した。
「おい待てクラ。これはもう確実だぞ。俺知ってんだ。テンドンってヤツだ」
 だがクランエは集中していてラッカの声は聞こえていない。
「そこもさっきと一緒かよ!おいクラやめろ。一旦落ち着け!俺には分かるんだ!あれだろ?ミヤビが旦那じゃなくて、ダマヤのとっつぁんの試着室に現れるんだろ!?絶対そうだ、決まってる」
「そんな筈はありません、座標は完璧です。ミヤビは一福様の試着室に転送されるに決まっています」
「いや待てって、それはさっきもそうだったんだろうが」
 ラッカの話を聞かずに、クランエは早口で詠唱を最後まで唱えきる。

「いざ行かん!人物転送魔法、発動!!」
 するとフッと――ミヤビの姿が消えた。

「きゃあああああああ!!エッチいいいい!!」
 次の瞬間、試着室からダマヤの悲鳴が響き渡った。

「ほらあああ!!言ったじゃん!!ミヤビが旦那じゃなくて、ダマヤのとっつぁんの試着室に現れるって、俺言ったじゃん!確実に現れてるじゃん!」
 ラッカは地面に膝をつき、悔しそうに叫ぶのであった。


 次に、クランエはリブキゴを一福の足元に座標設定して召喚してみたが(これも何故ミヤビにでなく、一福になのか、ラッカは突っ込まなかった。次言うと絶交されるから)やはりダマヤの足元に現れ、ダマヤが悲鳴をあげる。

 どうやら座標が上手く設定出来ていない様だった。

 ラッカが首を捻りながら不思議がる。
「どういう事だ?ひょっとしてあれか?ダマヤのとっつぁんが旦那なのか?」
「何をわけの分からない事を言ってるんですか。そんな訳ないじゃないですか…………いや、待てよ」
 ラッカの意見を馬鹿にする様に笑っていたクランエだったが、ふと真剣な面持ちになる。
「確かに……。これだけ一福様に座標を設定してもダマヤ様ばかりになるのは、おかしい。ラッカ兄さんの言う通り、本当に二人は同一人物なのではないでしょうか?そう言われてみたら、今まで、一福様とダマヤ様が同じ場面に登場した事など、なかったような……。ですよね、ラッカ兄さん?」
「ですよねじゃねえよ。今まで何度もあったわそんな場面。会話もガンガンしてんじゃねえかよ。クラ、お前何言ってんだ?」
 いよいよクランエは完全におかしくなっていた。
「もういいだろう。やめようぜ、こんな事。言ってるだろう?旦那はサイトピアの()じゃないんだから」
 ラッカの言葉にクランエが眉を顰める。
「サイトピアの()じゃない?何を言ってるんですか?サイトピアの為ですよ。決まっているでしょう。一福様の様な賢者はサイトピアに必要なんです」
「いや、そうじゃなくて。損とか()の話じゃなくてさ。終わったら旦那は元いた世界に解放(・・)してやれよ」
「一福様に()を飲ませてミヤビに介抱(・・)させる作戦?なるほど、それも、いいかもしれませんね」
 クランエはポンと手を打って、妙案だと頷く。
「だからそんな事一言も言ってねえってば。そもそも、端から見れば(・・・・・・)旦那達にスッポン(・・・・)みたいに張り付いているお前はおかしいって。スッポン(・・・・)みたいに張り付いてさ」
 そのラッカの発言に、クランエは目を突き出して怒り狂う。
裸を見れば(・・・・・・)すっぽんぽん(・・・・・・)?服だけでなく下着事、転送させるんですか?それはやり過ぎなのではありませんか!!二人は今日が初対面ですよ。まだ早いですよ!!こら!!」
 聞き間違いで怒られるラッカはたまったもんじゃない。
「違うってクラ。少しは落ち着け(・・・・)よ」
オチ等つけ(・・・・・)られませんよ。私は噺家ではないのですから」
「……いやいや、十分落語だよ」

 ダメだこいつは。ラッカは呆れた様に両手を広げて天を仰いだ。
「ミギチカといい、なんか最近俺突っ込んでばかりなんですけど。ハチャメチャ勇者っぷりが全然発揮出来てねえじゃねえか」
 首を振って嘆くラッカに、オクラホマスタンピードが話しかける。

「まあ、無理もないわな。今クラは『いたさ』が急激に増えているからな。まさかの300越えだ」
「増える?そんな事あるのか?」
「特異体質だよ。いや、ギフトか?呪いかな?」
「ふうん……」
 そこまで聞いたラッカは知っているのか、興味がないのか、どちらとも言えない反応を取る。
「おやおや『まりょく』も上がってんな。いや……再分配してんだ。何だコイツ。こんなの初めて見るぜ。おいラッカ。一体クラは何者なんだ?」
「さあな。大した事じゃねえよ……」
「…………ふうん」
 ラッカの反応に、魔剣が不敵に笑った、気がした。

 そんな二人の会話は聞こえていないらしく、クランエが真面目な顔で次の提案をする。

「ラッカ兄さん。今度はダマヤ様を座標にしてみましょうか。ひょっとしたら精神が入れ替わっているのかもしれない」
「んな訳ねえだろう。まあ、気のすむようにしてくれ」

 見ると、ダマヤは勧められたフンババの詠唱が書かれた服を着て、ハルバード(斧槍)を持っている。相手は凄腕店員らしく、ダマヤは気持ちよくもてはやされている。
「いやー、格好良いですね。そのパジャマにそのハルバード(斧槍)。お客さんなら完全にマッチしてますよ。凄いですね」
「えヘヘ、えヘヘそうかなー。買っちゃおっかなー。装備出来ないけどー」
 ダマヤはおだて上げられてにやつきが止まらない。

「では、まずは服を転送してみましょう」
 クランエがパチンと指を鳴らすと、フンババの詠唱が書かれた服が消えた。つまり、ダマヤが再び下着姿になった。
「きゃああああああああああ!!エッチいいいいいい!!!ひいいいい!!!」
 お馴染みのダマヤの悲鳴がこだまする。
 クランエはステータス上昇の所為か、いつの間にか無詠唱である。疲労も少なくなっている様だ。ラッカもオクラホマスタンピードもその事に気が付いていたが、もうお互い触れなかった。
「服は失敗せずに転送出来たな。じゃあ、もう邪魔されない様に次はどっか遠くへ飛ばしちまえよ」
「ああ、そうですね」
 ラッカの無情な提案に、直ぐに了承するクランエ。
「どうせなら宮廷が良いんじゃねえの?とっつぁん、喜ぶぜ」
「ああ、そうですね」

 クランエがダマヤに向けてパチンと指を鳴らすと、悲鳴を上げているその姿が一瞬で消えた。下着姿でハルバード(斧槍)を持ったまま宮廷に転送されたのだ。

「さあ、邪魔者はいなくなった。これでいけるんじゃねえか」
 ラッカは清々した表情でクランエに笑顔を見せる。クランエも爽やかに笑い返す。

「よし、心置きなくミヤビを旦那の試着室に送り込め!」
「はい!」
 再びクランエがパチンと指を鳴らすと、ミヤビの姿が消えた。
「よし!作戦成功だ!今度こそ旦那の試着室に行っただろう!」
 ラッカとクランエは喜びの声を上げる。
「これで二人の距離は縮まったに違いありません」
「そうか、まあ、良かったな。でも、今まで何故失敗してたんだ?」
 そこでクランエがようやくある事に気が付く。
「……ひょっとして、一福様が本名じゃないからじゃないでしょうか」
「え?そうなの?旦那って本名じゃねえの?」
「ええ、『芸名』や『高座名』だと言うそうでして」
「はあ、なるほど……そういう事か。座標が上手く設定出来ない訳だ」
 それを聞いてラッカは完全に納得した。

「じゃあそういう時ってどうなるんだ?設定した座標の人物の名前が違ったら?」
「その時は基本的に座標の近い別の誰かの前に現れる様になっています」
「ああ、なるほど。それで旦那の近くにいたとっつぁんが被害をこうむったんだな」
「ええ、そういう事です」
 そこでラッカはふと、ある疑問を抱いた。
「あれ?じゃあさ、さっきのミヤビも、一福の旦那の所には転送されないんじゃねえの?」
「ああ、そうですね。どこか近くにいた者の所に転送されたんでしょうね」
 つまり結局ミヤビは一福の所へは行っていないのだ。クランエは残念そうな表情を浮かべる。
「折角頑張って二人をくっつけようとしているのに、全く上手くいきませんね」
「ああ、そうだな。ていうか、近くに誰かいたか?ミヤビはどこに転送されているんだ?」
 それに対してクランエは首を振る。
「いや、近くには、覗いている私達以外には、誰も…………あ」
 そこで二人はある事に思い至った。そして、二人の背後に誰かが立っている事にも、同時に気が付いた。

「ふうん、そういう事だったんだ……」
「ミ、ミヤビ……」
 振り返ると、そこにはミヤビが立っていた。

「二人でコソコソと、私と一福様を、くっつけようとしていたんだ……」
「いや、ミヤビ。これは、その、違うんだ」
「あのなミヤビ、俺は本当に違うぞ!何度もクラに言ったんだからな。本当だぞ!」
 静かな怒気に満ちたミヤビを前に、クランエとラッカは大いに狼狽える。
 普段はめったに腹を立てる事はないが、一度怒ると怖いのは兄のピート譲りであった。

 これは殴られても仕方がない。二人は顔を腕で覆い、目を瞑った。
 だが、いくら待っても罵声も暴力も浴びせられない。
 ゆっくりと目を開いてハッとした。
 ミヤビの表情は、深い悲しみに満ちていた。
「ミヤビ……」
「触らないで!!」
 クランエが思わずその肩に手を置こうとすると、ミヤビが叫んだ。

「……クラ兄に誘われて、楽しみにしてたのに。 私、一人で舞い上がっていただけなんだね……。本当……馬鹿みたい」

 ミヤビの瞳から涙が零れ、地面に落ちた。
 次の瞬間、ミヤビは踵を返し、走って店を出ていった。
「ミヤビ!!」
 クランエが叫んだ時には、まるで転送魔法を使ったかの様に、その視界からミヤビは姿を消していた。
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