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異世界落語 作者:朱雀新吾

クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】

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クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】⑦

「一福様、こちらです。この路地を曲がってしばらく進めば目的の服屋ですので。まあ、服屋とは言いましても武器や防具も扱う雑貨屋ではありますけど」
「ああ、そうですか。ミヤビ様、本当にありがとうございます。お恥ずかしながらまだサイトピアの城下町には慣れていませんで。すぐに迷子になってしまうんです」
 頭を掻きながら笑う一福を見て、ミヤビが頷く。
「無理もありません。この辺りは道が複雑に入り組んでいますからね」
「この前など、天気が良かったのでちょいとお城のお堀まで散歩に出掛けようかと思いましたが、すぐに道に迷ってしまい全然目的地に着かないんです。それで、30分掛けてへとへとになりながらようやく路地を抜けたら、スタート地点の極楽酒場に戻ってきてました」
 そう言って一福がわざとらしく肩をすくめて溜息をつくと、ミヤビは弾かれた様に笑った。
「あはは、私も子供の頃城下町に遊びにきては、よく迷子になっていました」

 サイトピアの城下町は、敵に攻め込まれた際の防衛上の理由から、迷路の様に造られている。
 旅人や、慣れていないエルフやドワーフが迷う事など頻繁で、最近、その為に憲兵を増員したばかりである。

「迷子になられた時は、どうされていたんですか?」
「そういう時はクラ兄がいつも探し出してくれたんです」
「ほう、クランエ師匠が……流石ですね。昔から頼りになったとみえる」
「ええ」
 ミヤビは嬉しそうに頷いた。
 クランエはミヤビが道に迷って泣いていると、直ぐに探し出し、目の前に現れてくれた。
 何故そんなに早く見つけられるのか不思議だったが、とにかく嬉しくて、わざと迷子になる事もあった程だ。
 そんな思い出の詰まった街を、今、ミヤビは一福と二人で歩いていた。

――どうしてこんな状況になったのか。
 まさか、今日が初対面の一福と、二人きりになるなんて。
 当然、ミヤビは予想だにしていなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「おいミヤビ、どうだったよ?」
 落語が終わった後、直ぐにラッカがミヤビ達の席へとやってきた。
「凄かった。面白かった。シャーマンみたいだね」
 ミヤビが興奮した面持ちで正直な感想を述べると、ラッカは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「あはは、そうだろうそうだろう。旦那は凄いからなあ」
 それはまるで自分が褒められたかの様に誇らしい表情だった。

 ミヤビの横のクランエもそれを聞き、熱心に頷いている。
「いや、まさにラッカ兄さんの言う通りだ。ミヤビどうだ!一福様は!素晴らしい方だろう!いや、本当に立派な方なのだぞ。博識で、優しくて、包容力もあり、極めつけは面白い!最高の男性だろう!な?そう思うだろう?な?な?な?」
「あ、ええ……そうね」
 ラッカどころではない。ウザい程一福を誉めちぎり、ミヤビに同意を求めてきた。
 ミヤビは少々怪訝に思ったが、クランエも、大臣がいつまでも落語を嫌っている現状を憂いていて、ミヤビに過剰にアピールしているのかもしれないと、幾分好意的に捉える事にした。

「どうもラッカ様にクランエ師匠」
 そこへ、舞台を終えた一福が挨拶にやってきた。
「お疲れ様です、一福様。あの、こちらは私の連れでして……」
「ああ、どうも」
 クランエは早速ミヤビを紹介する。
 ミヤビは一歩前に出ると、一福の目をしっかりと見て自己紹介する。
「初めまして一福様。ミヤビ=ブルースと申します。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、ラッカ様やクランエ様からお話しはかねがね聞いております。どうぞ宜しくお願い致します」
 そう言って一福とミヤビは握手を交わした。

 ミヤビは既に目の前の楽々亭一福という人物に対して、好感を抱いていた。
 職人の人柄はその作品に触れれば理解出来る。
 あれだけの素晴らしい業を修得している者が、己自身を磨いていない訳がない。
「救世主」としてはともかく、人物としての評価は既に最高値であるといえた。 

「一福様、実は謝らないといけない事がございまして……」
 そこで突然、クランエが申し訳なさそうに一福に話し掛ける。
「今日この後、街へと繰り出し、一福様の服を共に選んで差し上げるという約束をしておりましたが、先程急な仕事が入ってしまいまして、無理になってしまいました」
「え!そうなの?」
 そこで驚いたのはミヤビである。
 そんな話、全く聞いていなかった。ひょっとしたら落語の観覧中にクランエに緊急思念が入ってきていたのかもしれない。
「ああ、そうなのだ……。そうだ、すまないがミヤビ。私の代わりに一福様を街の服屋までご案内して、一福様に合った服を選んで差し上げてくれないか」
 クランエはまさに名案だと言わんばかりに顔を輝かせながら、ミヤビに頼む。
「それは、私は構わないけど……」
「それは良かった。それでは一福様、申し訳ございませんがそういう事で宜しいでしょうか?」
「ええ、分かりました。お仕事頑張って下さい」

 クランエはそのまま酒場の外へ颯爽と走り去っていった。

 普段のミヤビであったならその時に気がついていただろう。
 クランエが自分との予定を入れておきながら、何故一福とも別の約束をしていたのだろうかという事に。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 そういった訳で、ミヤビと一福は二人で城下町を歩いていた。
 周囲には店が並んでいる。サイトピア商店街である。

「召喚されてからずっと着物でしたからね。いい加減こちらの服を調達しなくてはと思っていたのです。今まではお客さんの魔法屋さんに破格の値段でクリーニング魔法をかけてもらって何とかしてきましたけど、やはりいつまでも御厚意に甘えている訳にもいけませんからね」
 クリーニング魔法は医師が緊急の治療の際などに部屋や患部を清潔にする為に使用される特殊魔法である。後は富豪が屋敷を掃除する際などもあるが、極端に用途が限られている希少魔法なので、魔法屋でかけてもらっていたなら、割引してもらっていたとしても5000ヒップは下らなかっただろう。
「ですからクランエ師匠に服屋に連れていって欲しいとお願いしていたのですよ」
「なるほど、そうなんですか」
 相槌を打ってから、ミヤビは質問をする。
「一福様、そのキモノという服はやはり異世界の伝説の装備なのですか?」
 上から下まで一枚の布で仕立てられた服など、ターミナルでは見た事がない。どういう仕組みで装備しているのか。腰の部分に巻いている太い布が何か決め手になっているのは間違いない。異世界ではハナシカしか装備出来ない服ではないかと、ミヤビは考えていた。
 だが、一福は笑って手を振り、ミヤビの意見を軽く否定する。
「あはは、伝説なんて滅相もございません。どこでも手に入るものですよ。ただ、確かに普通の人達はそう着用しないのは確かですが」
「そうなんですか。でも、ステータスは凄いんでしょう?」
「いえいえ、オクラホマスタンピードさんに視てもらいましたけど、防御力3のすばやさマイナス10でした。
これが動き易そうに見えますか?」
「いいえ」
 着物の袖を持ち、広げて見せる一福に、ミヤビは正直に答えた。
「でしょう?足下が窮屈になるので、魔法使いさんのローブよりも動き難いんですよ」
「あはは、そうなんですか」

――それでも、魔力プラス等の付加効果があるのかもしれない。
 ミヤビは笑いながらも、まだしっかりと着物を見つめて分析していた。

 クランエとのデートを楽しみにしていたミヤビだったが、こうなったら仕方がない。
 この機会を利用して、ハナシカの謎に迫ろう。
 彼は本当に救世主なのか。それともやはりダマヤの勘違いなのか。
 話を聞いて、見極めるのだ。
 ミヤビはそう決意していた。


「ようイップクさん。お出掛けかい?また今度寄席に行かせてもらうよ」
「これはこれはエルフの御隠居。それは是非お待ちしております。それに、また一緒にお茶でも飲みながら、あたしにサイトピア将棋を教えて下さい」
「ああ、任せておくれ」

「あ、イップク師匠。この前やった噺で、ちょっと意味が分からなかった言葉がありまして……」
「ああ、貴方は魔法学校の生徒さん。何でしょう?……『普請』ですか?ああ、確かに説明していませんでしたね。まあ、簡単に言えば家を建てたり工事したりと、つまりは建築工事といった意味ですね。あとは、何か?『持参金』ですか。お嫁さんが持参してくるお金の事なんですが、こればかりはサイトピアに同じ風習が無いと分かりませんよね。あ、『持参銀』ならある?ああ、そういえばターミナルでは金より銀の価値の方が高いんでしたね。いやはや、勉強になりますね。また色々教えて下さいね」
「はい!これからも応援してます!」

「イップクの旦那。今度は是非うちでもラクゴやって下さいよ」
「あはは、『地獄食堂』の店主さん。機会があれば、それは喜んで」
「いえね、実はもう『極楽酒場』の店主には話してあるんだよ。ほら、旦那は元々あちらのお抱えだからさ。しっかりレンタル料を払うって言ってんだけど、それは貰えないの一点張りでさ」
「あはは、それは人の良いあの方らしい話ですね。それならその分、あたしのギャラを弾んで下さいな」
「はっはっは!こいつは一本取られたな!」

――ハナシカの謎に迫る。
 そう意気込んでいたミヤビだったが、先程から全く一福に話し掛ける事が出来ない。
 すれ違う人が次々に一福に声を掛けてくるからだ。
 道は覚えていなくても、ターミナルにはすっかり馴染んでいる様子である。
「凄いです一福様。すっかり人気者ですね」
「いえいえ、異世界から来た新参者ですから、皆様気を使ってくださっているだけですよ。有難いことです」
 謙遜という文化はあまりターミナルには根付いていない。だが、褒め言葉にふんぞり返らず、自らを一歩下げ、謙虚に話をする一福を見て、ミヤビは清々しい気持ちになった。

「でも、落語は凄かったです。本当に別人みたいでした」
「あはは、ありがとうございます」
「一福様の世界でも落語は人気なのでしょう?」
 その言葉に一福は大きく首を振って否定する。
「いえ、それがお恥ずかしながら、それほどでもないんですよ。やはり時代は漫才やバラエティ番組でして、寄席小屋よりもテレビの方が主流ですからね」
「はあ、そうなんですか」
 ミヤビは言葉の意味はよく分からないが、なんとなく意外といった顔で答えた。
「どこの世界でも、新しいものが生まれれば最初は持て囃されるものです。こちらの世界でも今は目新しくて皆さん喜んでくれておりますが、その立場に胡座をかいていたらすぐに相手をしてもらえなくなります。芸人として常に腕を磨いておかなくてはならないのです」
「なるほど」
 それは職人全般にも言える事だった。武器や防具にしても、流行りがあれば廃りもある。
「慢心は身を滅ぼす」という言葉は異世界でも同様らしい。

「そもそも落語とは、何なんですか?」
 ミヤビは一番気になっていた事を率直に訊ねた。
「人々に寄り添いながら生まれ、育ってきた話芸ですかね」
 返答は直ぐに返ってきた。一福は落語の事をあくまで芸と言う。技術でもなく魔法でもなく兵器でもなく兵法でもない。ミヤビはそこが不思議だった。

「でも、よくあんなにとっさに話を思い付きますね。感心してしまいます」
「ぷっ!」
 何の気なしに放ったミヤビのその一言で、一福が吹き出した。
「あれ?何か私おかしな事を言いましたか?」
 慌てるミヤビに一福が首を振る。
「いえいえ、大丈夫です。すいません笑ってしまって。でも、まさか即興だと思われていたとは。ふふふ、即興ではありませんよ。考えながらは無理ですよあんなの。ですが『三題噺』というものもありますから、あながち間違っていないとも言えます」
「あ、そうなんですか。私はてっきりあの場で考えながら落語をやられていると思ってしまいました」
「いえいえ。申し訳ありませんが、違いますね。更に言いますと話自体もあたしが考えている訳ではないのですよ。いや、異世界アレンジは当然させてもらってますけど。大元は、ずっと昔から伝わっているものなのです。それを、口から口へと受け継いでいくのが噺家という職業です。言ってみれば魔法なんかと同じかもしれませんね」
「じゃあ昔の人が作った話を受け継いでいってるんですね。本当に魔法みたい。一体どれくらいの年月を伝わってきたのですか?」

 それを聞かれた一福は嬉しそうに頷き、えへんと語りだす。

「約300年前が起源と言われております。そもそも滑稽話の源流は安楽庵策伝様の語りが収められた『醒睡笑』という本でして、策伝様は『落語の祖』と言われておられます。では『噺家の祖』はと言いますと、京都は露の五郎兵衛、大坂には米沢彦八、江戸にて鹿野武左衛門といった方々がほぼ同時に現れ、落語を演じ、世を賑わせたのです。上方は路上、江戸はお座敷と、語る場所は大まかに言えば違ったんですが、そこの部分に於いて上方は『笑い』重視、江戸は『粋』重視の風潮が生まれたのではないかとあたしは睨んでおります。ですがそもそも地域性として上方は笑いに関して特殊と申しますか、お国柄として、家庭や仕事を差し置いても貪欲に笑いを重視する傾向があると言いますか、一つのステータスとして扱われるのです。上方落語から派生する噺が多いのには、そういった根本的な笑いに対する熱量の差があるのかもしれませんね。かといって江戸が遅れているという訳ではなく、江戸には江戸の間、文化があり、それぞれが己の地域を鑑みて成長し、受け継がれていったのだと思います。今では上方と江戸の良い部分をハイブリッドさせた形の落語も残ってきて、まさにそれこそ人々の待ち望んだ落語の流動性、柔軟性を示す良い機会となったのではないかと…………」
「…………」
 そこで一福はようやく目の前にいるミヤビがポカンとした表情を浮かべている事に気が付いた。
「ああ、すいませんミヤビ様。あたしが喋ってばかりで。しかも分からない言葉だらけで。すっかり置いていってしまいましたね」
 バツの悪い表情で謝る一福にミヤビは笑って首を振る。
「いえいえ、構いません。凄く興味があります。一福様は本当に落語がお好きなんですね」
「ええ、これしか取り柄がありませんから」
 そう言ってはにかんで笑う一福の表情は輝いていた。
 ミヤビは質問を続ける。
「覚える時はどうされるんですか?」
「これはもう反復練習のみですね。台本に起こす人もいればそうでない人もいます。あたしは頭の中の記憶をこじ開けて師匠の落語を思い出しながらネタを繰るタイプです。あ、練習する事を『ネタを繰る』と言いうんですけどね」

「技術なんかも凄いですよね。 煙草を吸う『振り』でしたっけ。本当に吸っているのかと思ってしまいました」
「ええ。扇子は色々なものになりますからね。こうやって、正眼に握って刀。斜に構えて槍。箸に筆。開いて手紙……」
 話しながら一福は流れる様な手さばきで扇子を持ち替え、次々と様々なモノに見立てていく。
 ミヤビはその瞬間毎に、本当に目の前に刀や槍が現れた様な錯覚を覚えた。
「あとは手ぬぐいなんかも財布や縄なんかに見立てて、色々使えるんですが、ここで全部教えてしまいますと今度寄席に来る楽しみがなくなってしまいますからね。これぐらいでご勘弁願います」
 滑稽に舌を出す一福に、ミヤビは笑った。

 そんなミヤビを横目に見ながら、一福は言った。
「ミヤビ様は落語に随分と興味があるようですね。いえ、落語と言うよりか……『救世主』にですかね?」
 ミヤビは思わずハッと息を呑んだ。
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