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異世界落語 作者:朱雀新吾

クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】

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クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】④

「落語に出てきます『長屋』というものを、どう説明しようかなんて思っていたのですが、サイトピアの町並みなんかを見ていますと、あたしのいた世界よりも、家がズラーッと並んで、隣とは壁一枚を隔てているなんて建物が断然多いんですね。ええ、それが『長屋』です。そういう訳で説明する手間が省けました」
 そう言うと一福はへへと、人好きのする笑顔を浮かべた。 
「まあ、そういった場所で巻き起こる、皆さんお馴染みの間抜けな男が嫁さんを貰うお話で………………ええ、あります。それでは『ミス・バミューダ=トライアングル』という一席でお付き合い願います」

――え?今のは?
 一福が話している途中で一瞬、遠くを見つめ、不自然な間が空いたのをミヤビは見逃さなかった。
 心ここにあらずといった表情を浮かべた後、ハッと目が覚めた様に、驚いた顔をして、すぐに続きを話し始めたのだ。
 一体何だったのだろうか。
 隣のクランエを見ても、別段おかしな事が起きたといった雰囲気ではない。
 一福の一挙手一投足も見逃さない様に注意していた自分だからこそ、今の間に気がついたのだろうか。
 それか、自分が慣れていないだけで、今の一福の動作は特に不思議がる様な事でもなく、元来ああいうものなのかもしれない。
 きっと、そうなのだろう。
 そう結論づけると、すぐにミヤビは高座に意識を戻した。

 一福が扇子でトンと、地面を叩く。
 その瞬間――世界が、変わる。

『ロックや、いるかい?』
『ああ、これはジンさん。どうされました』
『いや、どうといっても別に。ただ顔を見に来ただけじゃよ。と、普段ならこう言うんだが、今日は本当にお前さんに用があって来たんだ』
『ほう、そいつは珍しい。ジンさんにも目的みたいな大層なものがあるんですね』
『人を何だと思っているんだロック』
 ジンさんは心外だとロックに向かって眉をひそめる。

 異世界落語のメインキャラクターの名前はロックに決定していた。御隠居はジンさんである。
「ちりとてちん」で固定キャラとしての名称が通用する事が分かった為、異世界落語にも特定の登場人物に名前を付けたら、客も馴染みやすくなるのではないかと、一福は考えたのだ。
 勿論、喜六と甚平さんからもじっている名前である。

『いや。お前さんもぼちぼち年頃じゃろう?一つ嫁さんを世話させてもらおうかと思ってな』
 ジンさんのその言葉に跳び跳ねんばかりに喜ぶロック。
『嫁さんですか?ええ?いや嬉しいな。本当に、もらえるの?ちょうだいちょうだい。嫁さんちょうだい!!』
『ちょうだいって……お前さん、おもちゃじゃないんだから』
 ジンさんは苦笑しながら突っ込みを入れる。

『いや、お前さんが乗り気なら全く構わないんじゃがな。それでは早速縁談を進めさせてもらうとしましょう。だが、これは先に言っておかなくてはならないんじゃが、実はその嫁さんとなる方には少々……キズがあってな』
 少々言い難そうにそう告げるジンさん。ロックは一遍に表情を曇らせ、大きくため息をついた。
『やっぱり……。いや、そんな事だろうとは思っておりました。それはそうですよね。何の問題もない人がオイラん所に嫁になんて来てくれませんよね。ええい、皆まで言うな!分かっている……。その嫁さん、ステータスの「にんたい」が3なんでしょう?』
 ロックは掌をジンさんにバシッと向けると、言い切った。
『でも、オイラが「にんたい」45と、こう見えて結構あるから、まあ、大丈夫でしょう。 あ、でも「かしこさ」が3だと困るよ?オイラも6しかないんだからさ。夫婦足しても10にならないんじゃあ話にならない』
『何を言っておるんじゃお前さんは』
 一人で勝手に話を進めていくロックに、ジンさんが思わず突っ込む。

『あれ?違うんですか?じゃああれですか?「うつくしさ」が3ですか?3かー。3はちょっとなー……。んー、でも女性を顔で選ぶのも男としてどうかと思いますし。よし!ならこうしましょう!「うつくしさ」3でもいいから「おもいやり」50に「くうきよみ」30で手を打ちましょう!』
『だからさっきから何を言っておるんじゃお前さんは』
 ロックのあまりにもの暴走に、ジンさんはとうとう笑ってしまった。

 それと同時に客もドッと笑った。
 その瞬間、ミヤビは酒場全体が柔らかな、春の風のような空気に包まれるのを感じた。
 ターミナルの人間に馴染み深いステータスを巧みに話に盛り込み、テンポ良く続く会話。
 これがラクゴ。
――これだけの見事なステータストーク。ひょっとして彼の元いた世界にもステータスという概念があったのだろうか。
 ミヤビはそう冷静に分析した。 

 ちなみに参考までに述べるなら、クランエの「おもいやり」が125でダマヤの「くうきよみ」が2である。ターミナルにとってステータスは、戦闘に於いてのみでなく、個人の性格にも密接に関係していた。

 そして、ミヤビは彼がシャーマンではないかという噂が何故起きるのかも理解した。
 先程まで自分達に向かって喋りかけていた人間と、今現在左右を交互に見ながら物語を紡いでいる二人の人間、合わせて三人物は、声といい話し方といい表情といい、全くの別人なのだ。これはミヤビからしてみても、魔法を使って別人の霊を憑依させているとしか思えない。
 これだけの霊と専属契約をしていて、一体どれほどの見返りをラクラクテイイップクは払っているのだろうか。霊魂契約の相場を考えるならば「人数×時間」で既に寿命の半分は持っていかれている計算である。

『まあ、お前さんがそんなにステータスの話をしたいのなら、なぞらえても構わんがの……』
 ジンさんはそう言うと煙草筒にタバコ草をぎゅっぎゅっと詰め込み、人差し指を筒の先端に向けると、無詠唱で火を発生させる魔法を使い、煙草に火をつけた。
『フー』
 そして、その口からはゆっくりと煙が吐き出される――様にミヤビの目には映った。

――あれ?
 ミヤビは目を疑った。
 よく見れば煙は出ていないし、火も起きていない。
 更に、一福が手に持っている物は短めの棒で、煙草筒ですらなかった。

『フー。いや、確かに嫁のステータスは気になる所ではあるがな……』
 ジンさんはうんうんと頷きながら、ロックの先程の言動を肯定する。 
『フー。だが、なんでもステータスで表されるという訳でも……フー、ないからのう』

 分かっていても油断すると、また一福が煙草を「実際に吸っている」と錯覚してしまう。
 スパスパと煙草を吸ったと思った瞬間「違う違う。ほら、何もないじゃない」「いや、でもあれは実際に吸っているよ、絶対」「何言ってんの?見てごらんよ。煙草なんて持ってないよ」「いや、でも……」と心の中で二人のミヤビが言い合いを始めるのだ。
 これは一体どういう事なのか。
 訳が分からずミヤビがしきりに首を捻っていると、隣でクランエが笑っていた。
「ミヤビ。あれは、振りだよ」
「振り?」
「ああ、落語では異世界の伝統的な道具を使用する事により、物語に必要な様々な物をまるで本当に存在しているかの様に見立てるんだ。今はあの一福様が持っている『扇子』という物を、煙草筒と見立てているんだな」
 クランエの丁寧な説明に、ミヤビは感心しながら頷く。
「へー、そうなんだ。本当に煙草を吸っているのかと思って、びっくりしたよ」
 その言葉にクランエは嬉しそうに笑った。
「そうだろう。初めて落語を観た者は、必ず驚きを覚える。私もそうだった。一福様が本当にチンチローネを食べていると思ってしまったのだ」
「へー。そうなんだ。本当に吸ったり食べたりしたらダメなの?」
「ああ、それでは情緒がなくなってしまうからな。あくまで『振り』なんだ」
「へー」
 クランエの丁寧な説明に、ミヤビは素直に感心した。

 一福がゆっくりと煙草を吸う仕草で、観客からは惜しみない拍手が送られている。
 サブリミナル姫などは、隣のジンダ=スプリングから戦闘用の指揮棒を拝借して、しきりに煙草を吸う振りを真似していた。

『うーむ。だが確かにお前さんの言う通り、夫婦にとって「にんたい」と「おもいやり」が大事なのは確かじゃ。ひょっとすると、一番大切なものかもしれん』
 ジンさんはそう言いながらうんうんと頷く。
『ですよね。「にんたい」と「おもいやり」が何より大事。「うつくしさ」が少しくらい低くても、気にしませんよ』
『あ、ちなみに容姿に関しては何の心配もいらん。先方の「うつくしさ」は250じゃからな』
『に、250!!??』
 サラッと言われたその数字に、ロックは目が飛び出す程驚愕する。

「うつくしさ」250とは実際、とんでもない数字であった。
「サイトピアの宝石」と謳われたサブリミナル姫が225である。
 絶世の美女である事は間違いない。

『その方はエルフでな。500年前に衰退したとある貴族のたった一人の生き残りなんじゃよ。年齢は520歳だったかな。まあ、エルフに年齢は関係ないから、それはそれはとても美しい方じゃ。ほれ』
 ジンさんが壁に向かって指を差して魔法を使うと、お見合い写真さながら、美しいエルフの姿が映し出される。
『はー、う、美しい……本当ですなあ!!これは250はある!』
 その美貌にロックは思わず溜息をついた。
『この方が、結婚したがっているのじゃ』
『結婚したいんですか?520歳なのに?こんなに美人なのに?今までしなかったんですか?』
『貴族といっても、ずっと家にこもりっきりだった訳ではなく、ある時は冒険者、ある時は軍人等、様々な経験を得た、魔法や知識もずば抜けた、それはそれは行動的でハイスペックな方でな。色々な分野で有名なのじゃ。でじゃ、森羅万象あらゆる事に手をつけて、さあ後は何をやり残していたのかと考えたら、未だに結婚だけしていない事に気がついたそうでな』
『はあ、そうなんですか?なんだか「かしこさ」が低い感じの話ですけど、まあそういうものなのかもしれませんね』
 ロックは首を捻りながらも、妙に納得する。
『まあ、エルフってそういう抜けている所ありますよね。周りが見えないと言うか。それなのに世の中で自分が一番まともだみたいな顔をしているんだから、質が悪い』

 サラッと口にするエルフ批判に対して、客はゲラゲラ笑っている。
 ドワーフなどは「よく言ったまさしくその通り!」と手を叩いて喜んでいる。

『それならその「キズ」っていうのは何なんですかジンさん?早く教えて下さいよ!』
 いてもたってもいられず、といった調子でロックは訊ねる。
『うーん。それならある意味「かしこさ」が高過ぎると言ったらいいのかのう?いや、実はその方、言葉が丁寧過ぎるんじゃ。なんせ500年以上も様々な世界で生きてきた方じゃろう?知識や経験が豊富なのでな、色々と難しい言葉を使われるのじゃ』
 ジンさんのその話を聞き、ロックは拍子抜けした様にきょとんとした顔をした。
『……え?言葉が丁寧過ぎる?そんだけですか?』
『ああ、そうじゃ』
『そんなの何の問題もありませんよ!!ノープロブレム!!それだけであんな美人が嫁に来るんでしょう?
構いませんよ!よし、すぐにオイラが頂きましょう。さあ、早く下さい。ちょうだいちょうだい嫁CHO-DAI!!』
『だからおもちゃあげるみたいに言うんじゃないって。だが、お前さんがそんなに欲しいと言うのなら、善は急げじゃ。先方にも話をして、早速準備をしましょうかね』
『やった!話が早いぜジジイ!愛してるよ!ひゃっほう!!』
 美人のエルフ嫁をもらえて、大喜びのロックであった。
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