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異世界落語 作者:朱雀新吾

クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】

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クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】③

 クランエが去り、何故か隣にダマヤが座っているという、全く予想していなかった理解不能な状況の中、ミヤビにとって初めてのラクゴが始まろうとしていた。
 リュートの音が鳴り、太鼓が響く。
 ターミナルのものとは違う、異世界情緒に溢れた曲が流れ出す。
 それだけの事で、先程までの酒場の空気が一変し、まさに異文化の扉が開かれる雰囲気と形容するに相応しい状況となった。

 この太鼓をクランエが叩いているのだ。
 現金な事に、ミヤビはそれだけでなんとも誇らしく、嬉しくなってくる。

――クラ兄、凄い。頑張れ。

「えー、どうも皆様連日の大賑わいで、誠にありがとうございます。毎度お馴染み、楽々亭一福でございます」

 割れんばかりの拍手の音でハッとする。
 クランエの太鼓を聴き入っていたミヤビの正面の台に、いつのまにか細身で見慣れない衣服を着た男が座り、喋っていた。

――この人がラクラクテイイップク。
 ミヤビはその人物をじっくりと観察する。
 容姿に関しては、噂通りであった。失礼だが、何の変哲もない優男である。
 だが、噂には続きがある。物凄い話術の持ち主で、一度聴いた者を虜にする魔法を使うと言われている。
 その噂を鑑みてもう一度男を見てみると、どことなく魔術師の様な胡散臭さを感じる様な気もする。どちらにしろ、ミヤビにはまだ判断がつかない。

「えー、あたしももう三十路を越えてちょっと経ちますが、やはり嫁さんが欲しいな、なんて思う事もありまして。ですが夫婦となりますと寝食を共にする訳ですからね、価値観や生まれや身分の違いなんていうもので、色々と大変になってくるんでしょうね」


「ううむ、この枕は『紺屋高尾』?『延陽伯』?嫁に関わる噺である事に違いはないだろうが。縁の話がないから『井戸の茶碗』ではないと思うが……」
 突然、隣のダマヤがぶつぶつと一人言を始め、ミヤビは目を丸くした。

「まあですが、その中でも何が大事かって言いますと、言葉が通じるのが一番ではないかと思ったりするんです。え?当たり前だ?いえね、あたしも今こうやって皆様の前でお話させて頂いてますが、これが言葉が通じないだなんて事になったらと思うと、本当にゾッとしますね。いや、まあ違ったら違ったでその言葉を覚えるしかないんですけどね。こういう生業ですから、ええ」
 そう言って苦笑いする一福。

「言葉が通じる?分かった!『延陽伯』だ!!ミヤビ殿『延陽伯』ですぞ!」
 一福の発する言葉で何らかの確証を得たらしく、今にも立ち上がらんばかりの勢いで晴れやかに叫び声を上げるダマヤ。
 周囲の客は「またあのおじさんだよ……」と慣れた表情で、遠巻きに見つめている。
「ほれ、ミヤビ殿!『延陽伯』ですな!知っておりますか?『延陽伯』というのはですな、身分の高い嫁をアホが貰うという……。ミヤビ殿?何故返事をなさらない?聞いておられますか?!ミヤビ殿おおお!!」
「…………」
 只々、ミヤビは俯いて他人のふりをしていた。
――恥ずかし過ぎる。嫌だ。
 絶対に知り合いとは思われたくなかった。
 だが、ダマヤはそんな彼女の気など当然理解出来る訳もなく、不気味にニヤニヤしながら名前を連呼してくる。
「ほれほれミヤビ殿!ダマヤですぞ?お分かりになりますか?ミヤビ殿?『延陽伯』ですぞ!?」

――もうやめて!私が一体何をしたと言うの?クラ兄、助けて!

 絶望の淵でミヤビが切に願った、次の瞬間である。
「あのー、ダマヤ様。ミヤビに色々と解説して頂くのは大変ありがたいのですが、今日はその役目は私にお譲り下さいませんか?誘ったのは私ですから」
 出囃子を終えて、元の席へと帰ってきたクランエがダマヤに注意してくれた。
「なに?私を邪魔者扱いするというのか?」
 ダマヤが明らかに不満そうに突っかかるが、クランエは涼しい顔で対応する。
「いえいえ、そんな訳ございません。ですがほら、ミヤビも立場上、あまりダマヤ様と仲良くしていては、大臣の心証に響くやもしれませんし。それにそれはミヤビの心証と言うよりは、ダマヤ様御自身に降りかかってくる可能性の方が高い様な気もしますよ?」
「ううむ、それは確かに……一理あるやもしれん。あの大臣は理不尽極まりないからな」
 クランエの理路整然とした説明に、ダマヤも食い下がらざるを得ない。
「それなら、私は少し離れた席に移動するかな」
「ええ、もし私で分からない事がありましたら、すぐにダマヤ様を頼りたいと思いますので、宜しくお願いします」
「うむうむ」
 ダマヤは満足そうに頷いた。ミヤビはクランエの見事な対応に舌を巻いた。ダマヤと行動を共にする様になったこの数ヶ月で、手綱の握り方はすっかり熟知したようだ。流石は百年に一人の天才召喚師である。

「全く……空気の読めない男だな。すみませんのうミヤビ殿。そういう訳で恋のサポートが出来なくなってしまいました」
 忌々しい表情でクランエを盗み見てそう言うダマヤに、ミヤビは笑顔を返す。
「いえいえ、お気持ちだけで十分ですので。本当にありがとうございます」
「それではミヤビ殿。くれぐれも大臣に宜しくお伝え願いますぞ。ダマヤはよくやっていると、是非お伝え下され」
「あはは。考えておきます」

――やはりそれが狙いだったか。
 大臣の秘書官であるミヤビに取り入り、宮廷視聴者の地位へと復帰する。ダマヤの考えそうな事であった。
 それならばクランエへの気持ちを材料に自分を脅せば良いものを。その術に気がついていないのか、ただ人が良いのか、ミヤビは離れていくダマヤの背中を見つめ、その憎めない一面を思った。


 クランエがミヤビの横へ再び座る。
「突然席を離れてすまなかったな」
「ううん。クラ兄凄い!太鼓上手だったよ」
「ありがとう。だが、もっと練習しなければならないのだ。いや、あれはなかなか奥が深いものでな」
 そう言って太鼓について語るクランエは随分楽しそうだった。その笑顔にミヤビは思わずハッとしてしまう。

 子供の頃、クランエはいつも俯いて、暗い表情ばかりしていた。
 ミヤビの兄であるピートから言わせれば、ラッカも似たようなものだったそうだ。だが、そもそもミヤビがラッカと初めて会った時は、既に今のラッカの片鱗を覗かせる程に元気で、減らず口だったからあまりピンとこないというのが正直な感想である。

 クランエを初めて見つけた(・・・・)日の事をミヤビははっきりと覚えている。
 ラッカやピート達と宮廷を探検していた時に、偶然クランエの「部屋」を発見したのだ。
 その「部屋」の中でクランエは膝を抱えて座り込んでいた。
 ミヤビ達を見た瞬間の、彼の怯え切った表情は今でも夢に見る。
 一体どれだけ絶望的で過酷な運命を背負い、受け入れ、彼はあの場所にいたのか。
 生まれた瞬間から、希望を知らずに育った者にとっては、地獄でもそれこそが日常そのものとなる。
 クランエは「姫」よりも「勇者」よりも「救世主」よりも、ずっと逃れられない運命と共に生まれてきたのだ。

 そんなクランエを救ったのは、ラッカの力と立場、ピートの知力、そして、自らの才能であった。
 クランエは持てる全てをサイトピアの為に尽くす事を条件に、ある程度自由のきく立場を手に入れた。
 兄から聞いた話によると、ラッカは国王に直訴しに行ったそうだ。
 ミヤビ自身は何もしていないし、未だに彼が一体何者なのかは、推測だけで、はっきりとした確信は持てていない。
「マツエイ」だとか「ノロワレタチ」といった言葉を兄達の口から聞いた気がするが、何分その頃のミヤビはまだ小さかったので、しっかりと記憶出来ていなかった。
 ミヤビはただ、そんなクランエが徐々に、少しずつ心を開き、打ち解けていくのが嬉しくて、いつも話しかける様にしていただけだ。
 それだけしか出来なかった。だが、それだけでミヤビは満足だった。

 当時の恩から、クランエはラッカに対して今でも尊敬や崇拝よりも更に深い感情を抱いている。
 ラッカの為なら望んでその命を差し出すだろう。
 ミヤビの兄のピートの様に。

 思えば不思議な縁もあったものである。
 過酷な「運命」を背負いあったラッカとクランエ。その二人の邂逅すら奇跡に近い様な気がする。
 そして、そんな二人に強く魅せられた兄妹。
 彼らに比べたら何百倍も恵まれた環境に生まれ、育ち、何百分の一の責任もその肩に担っていない存在。

 兄のピートが死んだ時も、ラッカの事を憎む気持ちには一切なれなかった。
 ラッカを庇ったと聞いた時、最も兄らしい最期だと妙に納得してしまった程だ。
 兄はそれでこの世に生を受けた役目を果たしたのださえ思った。

 兄が死んだ時、何よりもラッカの状態の方が明らかに異様だった。
 ミヤビはあの時のラッカの表情は、今でも忘れられない。
 ピートの死をミヤビに告げた時の、ラッカの顔である。
 ただ一言「すまない」と呟いたラッカ。
 そこには、空っぽの人間が立っていた。
 何もかもを無くしてしまった男がそこにはいた。
 中身がごっそりとえぐられ、空洞になってしまったかの様に。人間の形をした塊がミヤビの前にあった。
 肉親であるミヤビ自身よりも、彼の絶望は深かったのだろう。
「ラッカ兄さんは、大丈夫?」とミヤビは逆に聞いてしまった。

 その時、ミヤビは喪失感と同時に、兄を羨ましく思った。
「勇者」の中でそんなにも大きな存在になっていた兄が、誇らしかった。

 そのラッカも最近になってようやく何かを取り戻した様に意欲的に行動している。へらへらした笑顔は相変わらずだが、その瞳の奥に暖かい光が灯った事にミヤビは気がついていた。クランエも当然気がついているだろう。

 ピートに会ったのだと言っていた。
本当に会ったのか夢で会ったのか、ただなんとなくそんな気がしただけなのか、ラッカは詳しく教えてくれなかったが、何かが彼の身に起きた事は確実だろう。

 ラッカにしてもクランエにしても、その変化にはラクゴが関連しているのではないかと、ミヤビは秘かに推測していた。
 それだけではない。サイトピアの様々な情勢が変わり始めた事も、ラクゴが原因なのではないだろうか。
 何故なら、変化の始まった時期と、ダマヤが異世界召喚を失敗して宮廷を追い出された時期とが、ピタリと合致するからである。
 つまり、ハナシカ、ラクラクテイイップクがターミナルに召喚されてから、何もかもが動き出したのではないか。そう、ミヤビは考えていた。

 だが、ダマヤのお蔭で肝心の大臣の目は曇り、ダマヤ憎くてラクゴまで憎い状態である。
 宮廷にも流れてくる様になったラクゴの噂はとうの昔に無視出来ないレベルにまで膨れ上がっている。

――こうなったら、秘書官の私が見極めなくてはならない。
 ミヤビはそう決意を固め、クランエへの思慕の念とは別に、初めての落語に挑んでいた。
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