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異世界落語 作者:朱雀新吾

抜けドラゴン【抜け雀】

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抜けドラゴン【抜け雀】④

「それから勇者ラッカとドワーフの王子ミギチカは、次の日も朝からじゃんじゃん酒を飲んでは大騒ぎ。そして、夜になると、溜まったツケの代わりに衝立にドラゴンを描いて、月の光に当て、外へと解放します。だがドラゴンはやはりとてつもなく強かった。前日と変わらず、流石の勇者ラッカでも歯が立たず、噛み殺される寸前で衝立を壊して、助かる。ええい、このままでいられるかと、次の日も二人で朝から飲んではツケの代わりにドラゴンを描き、月の光に当てる。それの繰り返しです。この『一旦飲んでツケの代わりに絵を描く』というただ一人、酒場の店主だけが損をし続ける段取りをわざわざ入れる必要があるのかという突っ込みは、当然皆様あるでしょうが、この落語の登場人物は誰一人そんな疑問に気が付きません。まあ、落語とは元来そういうものですから。細かい事気にしてたら笑えませんよ、お客さん」

 一福の妙に達観した言葉に客がドッと沸く。
 その話術で話にのめり込ませて置きながら、ふと素に戻っては客を笑わせる。
 客の雰囲気を見つつ、隙あらばアドリブを放つ。一福の集中力の成せる業である。

『ぐわあああ!!』
『ラッカ!溶けてる!オレ溶けてるから!!』
『うるせえよオクラ!』
『ええい、ドラゴンよ!私が相手だ!オクラを溶かすでない!』
『ミギチカ!』
『ミギー!!』

「連日連夜の戦闘に、ドラゴンと勇者の戦いを一度観ようってんで、見世物の様に人は集まります。ドラゴンが見れる酒場として極楽酒場は大賑わい。普段落語を観に来ている様な常連のエルフやドワーフなんかも『それじゃあついでにドラゴンも観て行こうか』なんて具合です。ですが、このエンシェントドラゴンが、何度も言いますが本当に強い。ミギチカ王子も加勢しますが、やはり敵わない。そもそも契約は一対一で行わないといけませんので、加勢をしてはいけないんです。だってそうでしょ?百対一でドラゴンと互角になった所で、一体誰と契約すればいいんですか?そもそも、それじゃあ多勢に無勢で、ドラゴンだってかわいそうってなもんです。『契約は一体につき一人』と決まっているんです。必ず一人の力で互角にやりあわなくてはならない。
そうこうして負けがこんできますと、いよいよ店にある衝立が無くなってしまいます。勇者ラッカは『今日から何にドラゴンを描こうかな』と悩みながら『まあ、宿にあるものならなんでもいいか。壁でも床でも。あ、そうだよ二面鏡があったじゃねえか。あれでもいいし。まあ何に描いても、ピンチになったらぶっ壊しゃあいいんだからよ。壁だろうが床だろうが店だろうが』なんて物騒な事を考えながら酒場を訪れます。
さて、ここで満を持して登場しますのが、極楽酒場に居候しております一人の噺家でございます。
その噺家は一日何席か酒場の高座で落語をして客を呼ぶという事で、まあ、重宝されておりました。
確実に売り上げに貢献しておりましたからね。
いやあ、そのなんとも素晴らしくて面白い最高にハンサムな噺家が……」

「おい!お前の事だろうがイップク!」
 一福の回りくどい言い回しに客が笑いながら突っ込む。
「茶化さないでよお客さん。野暮だねまったく。違いますよ、そんなんじゃないんですから。もう、分かっている癖に……」
 一福が嬉しそうに呟くと、客席で暖かな笑いが起こる。
 まさしく、平和そのものであった。

「その日はいつもより少し、朝早く来すぎてしまった為、ミギチカ王子はまだ部屋で寝ておりまして。勇者ラッカは開店前の酒場に入れてもらい、カウンターで水を飲んでいました。そこへ話かけてきたのが、件の噺家です」
『ラッカ様、最近、随分騒がしいようで』
『ああ旦那、悪いな。うるさくて眠れねえだろう?』 
『まあ、あたしは夜は大体部屋でネタを繰っていますから。集中していて実はあまり気が付いていませんね』
 噺家のあっけらかんとした言い様に、勇者ラッカは思わず呆れて口を開く。
『頭の上でドラゴンが暴れまわってるってのに、気が付かないだって?旦那もよっぽどだねえ。落語の虫が頭に湧いてんじゃねえの?』
『あはは。その通りです。で、何が起きているんですか?』
『ああ、実はな……』
 勇者ラッカはかいつまんで事情を説明した。
 するとその噺家はふうんと頷いて、訳知り顔で呟いた。

『はあ、なるほど。そいつは「抜け雀」ですねえ』
『「抜け雀」?なんだいそりゃあ』
『今回の落語ですよ』

「そこで噺家は勇者ラッカの隣の席に座ります。すう、と息を吸い、ゆっくり吐く。次に声を出した瞬間――世界が変わります」

――  ――  ――  ――

 えー、日本橋から東海道を西へ二十里半、品川宿より数えて九番目の宿が小田原宿で、江戸を出て初めての城下町となります。
 そんな小田原宿に現れたみすぼらしい男が一人。どれだけの格好かと言いますと、黒羽二重はまあ、日に焼けて赤羽二重。紋付も紋の白いところが真っ黒。
 そんな男に誰も客引きはしないが、袖を引いたのが、夫婦二人だけの小さな旅籠の主人。
 男は悠然と『泊まってやる。内金に百両も預けておこうか』と羽振りの良い事を言い出しますが店主は『いやいや、内の店は後払いで結構です』と笑って断ります。
 さてそれから数日、散々飲み食いしたその男に『いい加減ツケが溜まってきたから申し訳ないが少し支払いをして欲しい』と店主が言いに行きます。
 すると男は『金などないぞ』とあっさり言い放ったから店主はびっくり。

『え?だって内金に百両だって仰っていたではありませんか……』
『百両もあれば嬉しいなあ……と。俺はそう言っただけだ』
『そんなあ……。まいった。おらあ文無しを泊めてしまったんだ』

 宿場の店主は大層肩を落としますが、男は旅の絵師だそうで『よし、ツケのカタに宿場の衝立に絵を描いてやろう』と言い出します。『店の衝立に勝手に絵を描かれても困る』と嫌がる店主の言葉も聞かずに半ば無理やり描いたのが、雀の絵です。
 五羽の雀の絵の描かれた衝立だけを置いて、男は宿場を去っていきました。
『なんだいこんな雀の絵……。売れるもんか!あーあ、もう店を閉めるしかないなあ……』
 打ちひしがれ、大損をしたと思っていた店主ですが、それからすぐに不思議な事が起こります。
 なんと、朝になると雀が絵から抜け出して、外を飛び回り、また絵に帰ってくるではないですか。
 さあ、それからというもの、不思議な絵が置いてある宿場があると噂が噂を呼び、大賑わいの大繁盛。連日連夜のお泊り、予約でいっぱいです。

 そしてこの雀の絵がとうとう藩主・大久保加賀守様の目に留まる事となります。
『うむ、実にこの絵は素晴らしい。店主よ、どうか千両で売ってくれぬか』
 そう頼まれます。それには店主も大喜び。ですが律儀な人柄の店主は、あの絵師に一言断りを入れてからではないと売れないと、藩主様に頼んで、待ってもらう事となります。
 そして、それからしばらく経ったある日。とある老人が衝立に描かれた雀を見たいとやって参ります。
 その老人は衝立に描かれた雀を見ますと、すぐにこう言い放ちました。

『これではならんな。おい店主。この雀、このままだと、死ぬぞ』
 それには店主も大慌て。
『ええ、そんな?!本当ですか?』
『ああ本当だ。見てみろ。この絵には雀が羽を休める止まり木がない。止まり木が無ければ雀はいずれ力尽き、死ぬ』
『ひええ、そういう訳にはいかないんですよ。藩主様が御所望なんですから。千両ですよ?これを死なせたら私の首もなくなります』
 絶望してしまう店主を一瞥して、老人は言いました。
『なら、筆を持て』
 そしてその老人は衝立に籠と止まり木をササッと描くと、去っていきました。
 籠と止まり木を描いた事で、雀は羽を休める事が出来る様になり、危機は免れました。
 更にはその描き足した絵が再び藩主様の目に触れ『これは二人の名人の合作により、更に絵に磨きがかかった。よし、倍の二千両で買おう』と仰られます。
 店主が目を回す程喜んだのは、言うまでもありません。

 さあ、それからしばらく経って、宿場に再びやってきたのが、待ちに待ってました、初めに雀を描いた男。
『雀は元気か』と訊ねてきたので『別の絵師の御老人が来られて、籠と止まり木を描いていかれました』と告げると、サッとその顔色が変わります。
『なるほど……籠と止まり木か!それは失念しておった。店主、その絵を見せてくれ!』
 直ぐに二階へと案内して、衝立の前へ。
 籠と止まり木の描かれた絵を見た男は、思わず衝立の前に平伏して叫びます。
『ああ、御無沙汰しております父上!お恥ずかしい限りです』
 その言葉に今度は店主が驚きます。
『父上?じゃあ、あの御老人の絵師様は貴方様のお父上なのですか?』
『ああ、そうだ。絵の修業もせずに遊び呆けていた私は父上に勘当されていたのだ』
 その話を聞き、すっかり感心してしまった店主が言います。 
『はあ、そうなんですか。ですが旦那、親子に渡って名人じゃあないですか。藩主様だって認めてらっしゃる。こんな立派な雀を描いたんだ。お父上だってお喜びになられますよ』
 それに対して男は首を横に振り、こう言いました。
『いや、俺程の親不孝はいない。親をかごかき(・・・・)にした』

――  ――  ――  ――

 噺家が落語を終えると、勇者ラッカはパチパチと拍手を送った。
 いつの間にか起きてきて、横で聞いていたミギチカも大したものだと感心している。

『「抜け雀」というお噺でございました。ダイジェストですがね』
『なるほどな。確かに、今の状況と細かい所は違っても大体は似ているな。絵から飛び出してくる所はそのままだしな。で、スズメってのはどんな怪物なんだい?』
 噺家はその質問に笑って答える。
『いえいえ、雀はあたしの世界では本当にかわいらしい小鳥の事ですよ』
『は?なんだよそれ!こっちはドラゴンだぜ?』
 勇者ラッカは呆れて天井を仰いだ。

『やってらんねえな、まったく……。あ、そういえば、最後はどういう意味だよ。「カゴカキにした」ってヤツ。なんであれでサゲになんの?』
『ああ、それは俺も不思議に思ったのだ。妙な服を着た口が達者な人間よ。教えてくれないか』
『楽々亭一福という噺家でございます。はじめまして、ミギチカ王子』
 噺家はミギチカに挨拶をして、説明を始める。
『「かごかきにした」というサゲはですね。あたしの世界の昔の職業に「駕籠かき」というものがありまして。まあ、人を箱に乗せて移動させる、こちらで言う「馬車便」みたいなものと思って頂ければ結構です』
『なるほど。それで?』
『で、その「駕籠かき」という職業の人間にはろくでもない荒くれ者が多く、あまり良い評判がなかったといいます。まあ、職業差別的な意味合いもあったとは思うんですがね。ですから、悪い意味の例として使われる事が多く「親を駕籠かきにした」なんていうと「とんでもない親不孝をした」という意味になるのです。この話のサゲとしては絵師として「親に鳥籠を描かせた(・・・・・・)」という意味と「駕籠かき」という言葉をかけた、洒落になっているんですね』

 噺家の丁寧な説明を聞き、納得して頷く勇者ラッカとミギチカ。
『ふうん、なるほど。つまりは、親不孝って意味なのね。ターミナルで言う「親にツケを払わせる」みたいなもんか』
『ああ、ターミナルではそういう言い方をするんですか?』
『ああ、そうだな。一緒だな。親不孝って意味だ』
『なるほどなるほど。「親にツケを払わせる」ですね』
 今度は噺家が熱心に頷いていた。

『で、落語に話を戻すけどさ。まあ、簡単に言ってみりゃあ息子の絵には欠点があったという訳だろ?』
『ええ、それが今回の件で言う所の「ドラゴンが強過ぎる」という事でしょうね。まあ、それだけではないのかもしれませんが……』
 勇者ラッカと噺家は今の状況と落語との共通点を探し、分析を始めた。
『実際の落語なら、この後親父がやってきて、絵に籠と止まり木を足すんだよな?』
『ええ、ですからこの場合、ドワーフ王がやってきて、ドラゴンとの契約に必要な何かを描き足されるのでしょうね。手懐ける為の……「手綱」あたり、でしょうか』
 噺家の言葉に勇者ラッカは瞳を輝かせる。
『おお!そういう事だなきっと!おいミギチカ。衝立にサッと手綱を描けば良いんだよ、お前が』
『ミギチカ王子。手綱は描けますか?』
 二人に訊ねられるミギチカだが、残念そうに首を振った。
『いや、無理だな。私は修行不足でな。まだ物は描けないのだ。いや、描ける事は描けるのだが、そこに魂を込められない。それでは意味がない。ただの絵でしかないからな』
『絵から抜け出すドラゴンは描けても、手綱は描けないってのか?なんだかあべこべだな』
 腑に落ちずに首を傾げる勇者ラッカにミギチカは説明する。
『ドラゴンは生まれた時から俺の魂と共にいるからな。だから18歳になったらほぼ無条件で描けるのだ』
『ふうん。そういう事ね』 
『だが、イップク殿が言った様に、父上なら絵の中のドラゴンに、直接契約印を施した手綱を描くなど容易い事』
 その言葉に勇者ラッカは思わず声を上げる。
『絵に直接契約印?それで従えた事になるのかよ?』
『ああ、なるだろうな』
 ミギチカは確信を持って頷いた。
『へー、そいつは便利なもんだなあ。月の光を当てて出てきた時にはドラゴンは忠実なしもべって訳だ』
『ああ、だが簡単ではないぞ。その域まで到達するのに、血の滲む様な修練が必要なのだからな』
 誇らしげにそう言うミギチカに、噺家が微笑みながら話しかける。
『王子はお父上を、尊敬されているのですね』
『ああ、当然だ。偉大なるドワーフ王だからな』
 ミギチカは胸を張って頷いた。

『じゃあミギチカの今の力でドラゴンを何とかする方法を考えないとな。あ、そうだ。肉は描けるか?絵の中に肉を描いてさ。肉で手懐けようぜ!俺って天才じゃね?』
『ラッカ、お主何を聞いておった。俺は物は描けないのだ。肉など描ける訳がなかろう』
 その呆れかえった物言いに少し腹を立てながらも、勇者ラッカは肩をすくめる。
『あ、そう。だったら聞くけどさ。お前は何だったら描けるの?』
『……ドラゴンだけだ』
 ミギチカの返答に、勇者ラッカは絶句する。
『……ドラゴンだけなの?』
『ああ。俺はまだドラゴンしか描けん。だが、ドラゴン描きなら自信があるぞ。なんせ、最強のエンシェントドラゴンだからな』
『そいつが最強過ぎる所為で今俺達は困ってんだよ』
 勇者ラッカは呆れて、力無く突っ込む事しか出来なかった。 

『ミギチカが契約印付の手綱は愚か、肉も書けないってんなら、強行突破しかないんだよな。でも、どう考えた所で強行突破は無理だ。ドラゴンの力が強過ぎるという振り出しに戻っちまうよな。「手綱」じゃなくてもいい。なんとかして、強さを半減させる方法はないものかね……』

 ミギチカは手綱を描けない。
 というかドラゴンしか描けない。
 ドラゴンは強過ぎる。
 契約は一対一でしか成立しない。
 衝立は残っていない。
 壁に描くか、床に描くか。あ、二面鏡があるか……。

『ううむ……何も思いつかん!』
 今ある情報を漠然と頭に並べてみるが、お手上げであった。
 頭を抱えて考え込んでしまった勇者ラッカに、噺家はのんびりと笑いながら声をかける。

『まあラッカ様、もうしばらくお待ちなさいな。近いうちにミギチカ王子のお父上であるドワーフ王が現れて「手綱」を描いてくれますよ、そうしたら「抜け雀」の様に万事上手くいきますから……』
『それが気に入らねえんだよ……』
『はい?』
 噺家が思わず聞き返す。
『気に入らねえって言ってんの。いい加減……落語の思うがままってのも』
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