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異世界落語 作者:朱雀新吾

抜けドラゴン【抜け雀】

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抜けドラゴン【抜け雀】③

『あはは……光当たっちゃった』
『ラッカ!!今すぐ衝立から離れろ!!!』

「ミギチカ王子のその剣幕に、勇者ラッカも流石に気圧されまして、軽く舌打ちをしながらも、言われた通り衝立を置いて下がります。さあ、固唾を飲んで衝立を見ていますと、はじめは何も起こらないのではないか、と思う程の静けさ。ですが、ゆっくり……本当にゆっくりと……絵の中のドラゴンが伸びをしまして、ブルッと首を振り、口を開けたかと思いますと次の瞬間、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!っと衝立から抜け出し、そのまま窓の外へ出て、屋根へと登って行ったから、大変です」

『うわああ!!ミギチカ!てめえ、ドラゴンが絵から飛び出したじゃねえか!』
『だから言ったではないか!』
 勇者ラッカは条件反射で素早く魔剣オクラホマスタンピードを抜くと、片手に構える。
 背中から様子を見ていた魔剣が珍しく震えた声で語りかける。
『おいラッカ、ちらっとだけ見たから分からんが。というか見間違いであって欲しくてたまらんが……あれはエンシェントドラゴンじゃねえか?言っとくけど、アイツの炎はオレでも溶かすぜ』
『マジかよ……』
 ともかく後を追わねばと窓外の庇に手を掛け、ひょいと屋根の上へと登る勇者ラッカ。

 ミギチカと店主はいつの間にか一階へ降りており、酒場の外に出ていた。
 ドラゴンにしてはさほど大きくない体躯ではあるが、その落ち着いた雰囲気に気圧されてしまいそうになる。
 こんな感覚は久しぶりだった。
『おいおいラッカよ……間違いないぜ。あれは、エンシェントドラゴン様ですよ』
 オクラホマスタンピードに言われずとも、既に勇者ラッカは確信していた。
 凍る様な銀色の鱗に透き通る青い瞳。明らかにただのドラゴンではない。
 瞬き一つ出来ずに美しいドラゴンを見つめながら、勇者ラッカはミギチカに向かって叫ぶ。

『おい!ミギチカ!これお前のドラゴンだろ?倒していいのか!?』
『そのドラゴンは俺の魂で出来ている。倒したら俺も死ぬんだが、それならそれで、まあ構わん!』
『そんな事聞いて倒せるかよ!何言ってんだよてめえ馬鹿じゃねえの!?』
 ラッカはびっくりして友を見下ろした。

 そこで、つい目を離してしまった。
 ゾクリ――と背筋が凍る。
――あ、このままこの場にいると、死ぬ。
 本能がそれを告げる。
 ドラゴンを振り向く手間が惜しい。勇者ラッカは屋根に手をつき必死に真横に転がる。
 次の瞬間、業火が隣を通過する。見なくても分かる、自分が今立っていた場所だ。
 その一吹きで――酔いは一遍に醒めた。

 着地した次の瞬間には臨戦態勢を取っていた。オクラホマスタンピードを構え疾風の如く間合いを詰め、ドラゴンの眉間目掛けて容赦なく刀身を振り降ろす。

 だがドラゴンはその巨躯からは信じられない身軽さで、首をひょいと移動させ、なんなくかわす。
『なんて器用な首なんだ!ぐわあ!』
 すぐにその首を翻し、ぶつけられる。物凄い衝撃と共に、勇者ラッカは跳ね飛ばされた。
『ぐおおお!!』 
 空中で無防備な状態となってしまう勇者ラッカ。彼は全身に鳥肌が立つ程の恐ろしい光景をその目の端に捉えた。ドラゴンがゆっくりと口を開け、再び自分に向けていたのだ。その瞳は明らかな知性を宿していた。
 過去に対峙した数々のドラゴンの様に、血走った眼ではなく、冷静にラッカを見つめ、そして――殺そうとしている。
――違う、こいつはそもそもモンスターなんかじゃないぞ。それよりももっと高等な何か、そう……神に近い存在だ。
 次の瞬間、勇者ラッカ目掛けて無慈悲な業火が放たれた。
『くっそおおおおおお!!』
 身体に渾身の力を込め、なんとか空中でくるりと宙返りし、体を躱す。
 反転した頭の真下を熱い塊が通過していく。髪の毛がチリチリと焦げる臭いがして、たまらない。
『うおおおおお!』
 両足と片手でなんとか屋根に着地する。直ぐに魔剣をふるい反撃を開始するが、それは最早ドラゴンを倒す為ではなかった。こちらから仕掛けなくては、また火を吐かれてしまう。それを阻止する為だけの攻撃だった。
 いくらオクラホマスタンピードを振っても、掠りもしない。捉えたと思っても、鋼の様な歯でガキンとくわえられる。完全に見切られているのだ。
『くそお!!剣が届かねえ!!んだよ!オクラてめえしっかりしやがれ!』
『え!?そこでオレに八つ当たりかよ!』
『魔剣の癖になんかねえのかよ!お前何の為に口があるんだよ!火でも吐き返せよ!』
『無茶言うなよ!オレの口は巧みで美しいリリックを奏でる為にあんだよ!』
『うるせえこの減らず口!』
『なんだと口だけ勇者!』
 口喧嘩をしながらも、攻撃は難なくかわされている。体力だけがどんどん消耗していく。

 一福が扇子を剣に見立てて両手に持ち一人で演じる大立ち回りに、観客は目を奪われていた。
 狭い高座の上で、屋根上の死闘を視せる。
 まさしく名人の妙技であった。

『屋根から飛び降りろラッカ!逃げるんだ!』
『馬鹿野郎!絶対勇者様がそんな情けない事出来るかよ!』
 こうは言っていても、逃げる時は一目散、烈火の如く逃走するのが絶対勇者ラッカ=シンサなのだが、この時は売り言葉に買い言葉、妙なスイッチが入ってしまい、引くに引けなくなっていた。

 だが、いくら考えても対抗手段が思い付かないのも事実。隙を見せたら火を吐かれ、こちらの攻撃は届かない。

――倒すだとか、ミギチカが死ぬとか……じゃねえ。話にならねえ。こいつは、俺が今まで戦ったドラゴンの中でも、一番だ。このまま戦ったら……死ぬのは俺だ。こいつには到底敵わない。さあ、どうしたもんか。
 勇者ラッカがそう認識し、額から流れる汗を拭った、次の瞬間――信じられない事が起こった。
 目の前のドラゴンの姿が忽然と消えたのだ。

『な……!!んだ?』
 勇者ラッカは驚愕したが、一切油断せずにそのまま剣を構え、周囲を見渡す。
『…………』
――何が起きたんだ?

 緊張の糸を切ったのはミギチカの声だった。
『おーい、ラッカ。もう大丈夫だぞ!』
『…………』
 先程の件があるから迂闊によそ見をするのは怖かったが、ゆっくりと下を見てみる。
 すると、ミギチカの両手には半分に折られた衝立が握られていた。
――なるほどな、衝立を壊したのか。
 ミギチカが絵を破くと同時に目の前からドラゴンが煙の様に消えていったのだ。

『あー……死ぬかと思った』
 勇者ラッカは、はあはあと苦しそうな息を吐くと、屋根を蹴り地面に飛び降りた。

 着地と同時にミギチカが声をかけてきた。
『やあ、無事か、ラッカよ』
『無事かじゃねえよ!言えよ!先に!「絶対に月の光を当てるな」って!』
『言ったではないか「絶対に月の光を当てるな」と』
 確かにミギチカは言っていた。勇者ラッカは一度口ごもったが、すぐに言い返す。
『…………「ドラゴンが出てくるからね」って言えよ!』
『おお、そうか。次からは気をつけるとしよう』
『次からはじゃねえよ!!』


 緊迫のシーンから移り変わり、客は安心して笑っている。場面転換と共に雰囲気の変化をつけて、緊張と緩和を強調させる。一福はその点に細心の注意を払って、演じていた。


 勇者ラッカはそこである事を思い出した。
『ていうかお前、他の宿でもこれやってただろう?ドラゴンの絵を描いただろう?』
『お、それを何故知っておる。サイトピアに着いてから、二、三軒だがな。何故知っておるのだ?』
『噂になってるからだよ!「絵から抜け出すドラゴンがいる」ってよ!』

「その当時、夜になると絵から抜け出すドラゴンが現れると、実際に城下で噂となっておりました。勿論、ミギチカ王子の仕業であります」

『ていうか、お前他の宿ではどうしたんだよ。ドラゴンが絵から出てくるのにそのまま放って出て行ってたのか?大事になったらどうするんだよ』
『それなら心配いらん。あのエンシェントドラゴンは神獣だ。我々よりも幾倍も聡い。敵意がない限りそうそう攻撃はしてこん。普通の者ならドラゴン相手に戦おうなどとは思わんからな。戦意を保ってられるのはお主ぐらいだ』
『いや、俺、ヤツに普通に先制攻撃されてなかった?襲いかかった訳でもないじゃん。敵意なんてなかったよ?』
 勇者ラッカの訴えに、強い語気でミギチカは答える。
『何を言っておるのか!剣を構えるだけで十分だ。特にお主が携えているのは魔剣ではないか。魔剣の切っ先を向けるとは神獣に対してなんたる無礼!貴様!こら!!』
『あのー、何で説教されているんすかね?俺?』
 何故か強く説教され、何とも釈然としない思いを抱く勇者ラッカ。
『それに、今迄の宿の者には、あらかじめ言っておいておる。「どうしようもなくなったら、絵を破け」とな。そもそも、先程の様に初めから俺は「絶対に月の光を当てるな」と言っているのだ。サイトピアの国民は約束を破る者達ばかりだったという訳だな。本当に恐ろしいのは、人々が心の中に飼う浅ましさに満ちたドラゴンと言う訳だ……』
 そうしみじみと呟くと、目を細めて夜空を見上げるミギチカ。
『何言ってんだよコイツ。訳分かんねえよ……』
 勇者ラッカはマイペースなのか馬鹿なのか分からないドワーフの王子に戦慄を覚え、ゴクリと息を飲んだ。

『あのなミギチカ。ダメだって言われたら、そりゃあ誰でもやってみたくなるだろうがよ。逆効果なんだよ』
『ふ、なるほどな。それは考えもしなかった。ひょっとすると俺は月の光を当ててはならんと言いながらも、誰か他の者があのドラゴンを使役するのを願っていたのかもしれんな。俺にはあやつを使役するのは無理なのだ。だから他の誰かなら、とな……』
 神妙な顔のミギチカに、勇者ラッカが問いかける。
『……そういえば自分では力不足だとか言ってたな。ひょっとして、お前が勘当されたのにも関係あるのか?』
『ああ』 
 ミギチカは勇者ラッカの目を見ると大きく頷き、語り始めた。
『先程ラッカが言った通り、ドワーフ王族は代々「ギフト」を授かっている。それが己の魂の中にいる神獣だ』
『神獣……』
『ドワーフ王族は18歳になったらその神獣を、自らが描いた絵を媒体に外に出す事が出来る様になる。あまり長い間己の中に神獣を住まわせていると、内側から喰われてしまうからな』
『喰べられる……』
 店主が青ざめた表情で壊れた衝立を見つめる。
『そして、外に出した神獣と戦い、契約の儀を行い使役する。そうしてようやく一人前の王族とみなされる。それが代々伝わるドワーフ王家のしきたりなのだ』
 誇り高い顔で胸に手を当てるミギチカ。だが、次の勇者ラッカの言葉でそれもすぐに翳る事となる。
『いやでもよ、あのドラゴンは強すぎるぜ。お前が戦って倒せるのかよ?』
『ラッカの言う通り、元々父上が俺を勘当された事には、このドラゴンの事があってのう。俺は何度戦ってもこのドラゴンを従わせる事は出来なかった……。殺されそうになる度に絵を破き、神獣は俺の中に戻ってきた』
『あ、さっき衝立を壊したから、ドラゴンはもう戻ってきているんだ?そうだよな。絵を破いてドラゴンが死ぬんなら、お前も死んでるって事だもんな』
 勇者ラッカは自分に言い聞かせるようにうんうんと頷く。
『俺は自ら描いたドラゴンも従える事が出来ない無力な跡継ぎなのだ。だから半ば自暴自棄の生活を送っていた』
 自嘲気味に笑い、力無く項垂れるミギチカを勇者ラッカは困った様に見つめる。
『従わせるってのは、ええと、契約の儀ってヤツ?』
『ああ、その通りだ』
『契約にも色々方法があるんだろ?ドワーフ王家的には、どうすりゃ契約成立ってなるんだよ?』
『うむ。それにはまずドラゴンと互角の実力がなくては話にならない。相手がこちらを認めれば自ずと契約印が身体の一部に浮かんでくるのだ』
『ふうん。そりゃあシンプルで分かりやすいな』
『ああ、だが分かっておろう。俺の力では、ドラゴンの足下にも及ばんとな。俺は弱いのだ』
 そう言うとミギチカは再び項垂れる。
 それを見た勇者ラッカは、頭を捻りながらミギチカに話しかける。
『いや、あのよ。それってお前自身の力が無いって事じゃなくて、逆なんじゃね?』
『逆?逆とはどういう事だ』
『いや、つまりさ。お前が弱いんじゃなくて、ドラゴンが強過ぎんの』
『ドラゴンが……強過ぎる?』
『ああ』
 勇者ラッカは大きく頷く。
『俺様で歯が立たなかったんだ。正直言わしてもらうけど、お前の父ちゃんのドワーフ王でも、あのドラゴンを従える事は出来ないと思うぜ。ドワーフ王の神獣ってのはあれだろ?超デカくて気持ち悪いなめくじだろう?あれなら一回見た事あるけどよ。多分、お前のドラゴンの方が上だよ。つまりお前の潜在能力が最高級ってこったろうが。良い事だよ』
 そう述べる勇者の言葉に、瞳に、偽りはなかった。
『……だが、それではどうしようもないのう。結局俺が自らの神獣を制御出来ないという事実は変わらないではないか』
 ミギチカの言う通りである。幾らミギチカの潜在能力が優れていようが、根本的な問題解決にはならない。
『元々誰かにくれてやるつもりって言ってたけどさ、本当にそういう事って出来るの?お前の命を預かるって事になるけど』
『ああ、この力は俺には正直荷が重いのだ。このまま俺が持っていても、いつかドラゴンに喰い殺されてしまう。怖いのだ。最近では酒の力を借りてしか、眠る事も出来なくなった。早く手離してしまいたいのだ』
 だからミギチカはドラゴンを絵の中に封印したまま他人に譲るという行為を繰り返していた。自らの命を人に預ける事よりも、神獣を手放してしまいたい気持ちの方が上だったのだ。
 だが、皆は約束を破り、絵を月の光に当て、ドラゴンを外に放ってしまう。結局絵を破く事となり、ドラゴンはミギチカの元へと帰ってきた。それの繰り返しである。

 店主がミギチカの正面に立ち、話しかける。
『ミギチカ王子、ご安心下さい。どうぞ、またドラゴンをお描き下さい。決して月の光の当たらない地下倉庫にて厳重に保管させて頂きますので。我が店の家宝とさせて頂きます』
『店主……。すまぬ。恩に着るぞ』
 店主の言葉に感動して、手を握るミギチカ。
 そのやり取りを勇者ラッカは得意のにやけ顔で見つめていた。
『ふうん、まあそれも手だろうけどな。確かに、ここの店主なら信用出来る。でも、それならさ、あのドラゴン、俺にくれよ。ミギチカ』
『ラッカ、正気か?』
 思わずミギチカは友の顔を凝視した。勇者の瞳は既にギラギラと、愉快そうに輝いている。
『……いや、だがあれはいかなお前でも御せぬぞ。それは先程存分に思い知ったのではないか』
『いやあ、さっきは突然だったからな。油断した』
 それは明らかな負け惜しみだったが、ミギチカは飄々と述べるラッカの顔を黙って見つめる事しか出来なかった。
 そしてしばらくしてミギチカは、ふっと微笑んで言った。
『……どうなっても知らんぞ』

『よし、ミギチカ。そうと決まれば……飲むぞ!』
『分かった!付き合おう!』
 落ち込むのも早ければ気を取り直すのも早い。二人の若者は勢い良く店へと入り、テーブル席に腰かけた。
『さあ、店主酒だ!どんどんツケを溜めていくからよ。で、溜まったらミギチカは代金の代わりに描いてくれよ。衝立にドラゴンを』
 勇者ラッカはニヤリと笑う。 
『ドワーフ国奪還の為に、ちょうど専用のドラゴンが欲しかったんだ。見てろ?「エンシェントドラゴン」だか「なんしよっとドラゴン」だか知らねえが……俺が従えてやるからよ』

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