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異世界落語 作者:朱雀新吾

抜けドラゴン【抜け雀】

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抜けドラゴン【抜け雀】①

「えー、皆様にはいつもこちら『極楽酒場』にたくさんのお運び、誠にありがとうございます。お馴染み、楽々亭一福でございます。本日も馬鹿馬鹿しいお噺でお付き合い願います」

「よ!ターミナル一の芸人!」
「世紀の二枚舌!」
「顔は三枚目!」
「イップク、ニプク、サンプク!!」
「サンプク!!」
「サンプク!!」

「これこれ、あたしは三福じゃありませんから。一福です。イップク。あと言うなら『顔は二枚目』でしょうが。変なもん流行らせるんじゃありませんよ。まったくもう」

 客席から上がったお馴染みの歓声に、一福は尖った耳をピクリと動かし、への字眉毛で顔をしかめて文句を言うと、酒場の客たちは楽しそうに笑った。

「さて、歴史上から今の世の中に於きまして、豪気な人間というのは沢山存在するものですが、そんな中でも取り分け傍若無人で向かう所敵なしというのは、皆様もよくご存知、勇者ラッカをおいて他にはありません。今からさせて頂くお噺は、その勇者ラッカに関してであります」

 一福がそう話し始めると途端に客席から拍手が起きる。楽々亭一福の「勇者ラッカ噺」はターミナルの民に大人気であった。

「えー、今回のお噺に入る前に、この時のターミナルの情勢について、述べておかなくてはなりません」
 そう言うと一福はコホンと咳払いをして、語り始める。
「それは、ターミナル全土が魔族さんの侵攻によって大打撃を受けていた時の事。ですが、勇者ラッカやエルフドワーフ特別同盟部隊の働きによりまして怒涛の巻き返しを図り、今こそ反撃の狼煙を上げよ!手始めにドワーフ国を取り戻す為の決戦に挑もう!という時でした。ですがそんな重大局面におきまして、大変な事が起こってしまいます。皆さんご存知の様に、亡国の長でありますドワーフ王の突然の失踪であります」
 歴史の授業の様にツラツラと説明する一福に、酒場の人々はうんうんと頷きながら当時の時勢に思いを馳せる。

「ドワーフ王失踪の原因については諸説ありますが、今から演らせて頂くお噺の解釈と致しましては、一番ポピュラーである『勘当した王子を探す為』という話で進めさせて頂きたいと思います。まあ、今言った様な情勢の頃、サイトピアに『極楽酒場』という酒場がございまして。いえ、今あたしが寄席をやっているここなんですけどね。本当、とても良い場所ですよ。お客さんも温かくて良い人ばかりですしね。店自体もあたしは大好きです。酒は美味い!料理も美味い!給仕の女の子の衣装も可愛い!あとはそれを着る人が可愛ければ文句なし!……。ええ、今そこで物凄い形相で給仕さんに睨まれていますのでそこに関してはこのへんで止めておきますけど。ええ……。本当、調子に乗ってすいません……。超絶可愛い給仕さん……」
「おだまり!」と給仕に一喝され「ひい」と身をすくめる一福。
 今夜の彼はよく口が廻る。話はすぐに脱線してしまい、客は枕だけで体力の半分を失う程笑い転げていた。

「まあ、何が言いたいのかと言いますと。この酒場こそが、名前の通り、この世の極楽。正に看板に偽りなしでございます」
 そう口上を述べると、盛大な拍手が起きた。一福は客席をゆっくりと見回しながら両手を上げてその歓声に応える。

「とまあ、おべっかはこれぐらいにしておきまして……」

 その言葉に酒場は再びドッと沸く。宥めてすかして媚びへつらう。一福の得意技である。

「これはおべっかではございませんが、この『極楽酒場』は、代々店主が人徳のある方でして、真面目な商売をされております。酒場ではありますが、二階は宿屋も営んでおります。そんなある日、店に一人のドワーフがやってまいります。いや、こういっちゃあなんですが、元々ドワーフの方は身なりに気を使わない方が多い。そんなドワーフの中でも、その男は更に輪をかけておりまして。モンスターの血だか汚れだか分からない様な銅褐色に滲んだボロボロの服を着ていまして、髪の毛も髭も伸び放題の生え放題でモジャモジャ。ですから到底年齢なんざ分かりやしません。いえ、大体がね、元々見分けもつきにくいのですから、ドワーフなんて種族は。道で声を掛けられても『あれ?このドワーフ誰?』ってなってしまいますから。まったく、こうなったらどこかに名札なり年齢札を下げていてくれないと、どうしようもありませんね」

「おいイップク!喧嘩売ってんのか!」
 心底面倒くさそうにドワーフについて語る一福に、テーブル席に座っている常連のドワーフが叫び声を投げつける。それに対して一福は首を何度も横に振る。
「いえいえ、滅相もございません。喧嘩等売っておりませんよ。こちらでは上質な笑いしか売っておりませんから。あたしはドワーフという種族が大好きなんですから。ああ、断言します。生まれ変わったら絶対にドワーフになりたい!」
 自分の両耳をつまんで、おどけながらの見事な返しに客が笑い転げる。

「まあ、それ程までに汚い風体のドワーフに対してもここの店主は嫌な顔一つ見せずに対応致します。そこから、この物語は始まります」

 一福が扇子でトンと、地面を叩く。
 その瞬間――世界が、変わる。

『いらっしゃいませ』
『おう、店主はどこだ』
『ええ、私がこの「極楽酒場」の店主でございます』
『おお、お主が店主か。それは都合が良い。しばらく泊めてもらおうかと思うがの』
『ええ、それは是非とも。大歓迎でございます』
 汚らしい格好の客に対しても素直に嬉しそうな表情を見せる店主。
 対してドワーフは顎髭を触りながら訝しげに店内を見渡す。
『とは言ってもな、実はお主の店にするかどうか、決めかねているのだ。ほれ、途中に「地獄食堂」というのもあったが、どちらが良いかのう。あちらにしても良いのだがなあ』
 店主を試す様に片頬を軽く上げ、意地悪そうに笑うドワーフ。
 だが極楽酒場の店主はそんな皮肉を皮肉とも思わず、嬉しそうに微笑みながら言った。
『ええ「地獄食堂」さんはとても良いお店でございますよ。私のおススメは「釜茹で定食」と「舌切りステーキ」ですかね。とても美味しいんですよ』 
 その返答にドワーフは思わず大笑いしてしまった。
『はっはっは!店主、お主、欲のないヤツだのう。気にいったぞ!この店にしよう。しばらく厄介になるぞ』
『これはこれは、ありがとうございます』
 店主は頭を深く下げた。
『店主、俺は酒を飲むぞ!』
『ええ、それは結構でございます。こちらの儲けになりますからね』
『酒は何がお勧めだ』
 ドワーフの問いに店主は即答する。
『それならやはり「シラギク」でしょうか』
『おお、サイトピアの姫君が作らせたという、最近流行りの酒だな。噂に聞いた事があるぞ。ならつまみには「サシミ」もつけてくれ。あとは適当に見繕ってくれれば良い。さあ、あるだけ持ってこい!』
『はい、喜んで!』

「えー、このドワーフの客ですが、自ら宣言した通り、大酒を喰らいつまみを食べては部屋で横になっている。そんな日が続いて何日か過ぎました。いくら経っても仕事は勿論、何か用事をしていたり、出掛ける様子もありません。ただ毎日酒を飲んでは寝たり起きたりを繰り返しゴロゴロしているだけです。人を見た目で……とは言いますが、風体から判断するなら、そんな生活を送れる様な裕福な者とも思えません。ですが人の良い店主は特に疑う事もなく毎日ドワーフの言いつけ通りに酒を運び、つまみをこしらえておりました。そんな状況、つまり、おかしな客が居ついているという話を聞き付け、ある日店主に声をかけてきた者がおりました。それこそが、この店の常連でありました、勇者ラッカです」

『おい店主。大丈夫なのかい?』
『これはこれはラッカ様。はて?何が大丈夫なのでしょうか?』
『いや、上の階に泊まっているっていうドワーフの客だよ』
 カウンターに肘を付いて、勇者ラッカは上の階を見上げた。
『いえいえ、とても豪快で良いお方ですよ』
『いや、そりゃああんたはそう言うに決まってんだろうが……』
 店主の人の良さは勇者ラッカもよく知っている。彼が人の悪口を言っている所など、一度も聞いた事がない。
『今まで飲み食いした分の金は貰ってんのかよ?ていうか本当に金持ってんのか?そいつ?』
『うちの店は基本後払いですからね。当然、お代はまだですよ』
 店主は何の心配もいらないといった表情でケロッとしている。
『確かに今でも結構な額にはなっていますが、まあ、こちらから催促するものでもありませんし。踏み倒そうと思ったら確実に力で劣るのはこちらですからね。そこは諦めていますよ。そう考えると、色々楽になります。願わくば命だけは残して頂ければありがたいですけどね。あはは』
 潔く、全く欲のない態度に、普段のラッカなら「流石は『極楽酒場』の店主だけあらあ!」と清々しく笑い飛ばす所だが、この時は少々不満気で、唇を尖らせていた。
『全くあんたは本当に人が良いんだからさ。あのよ、俺は我慢ならねえんだよ。あんたみたいな人間の善意にもたれるだけもたれて利用しようとする悪党がいたらと思うとよ。そうだ。あんたが言い難いってんならさ、俺がそのドワーフに代わりに言って来てやるよ。今日までの飲み食いの金だけでも払えってよ』
『いえ、ラッカ様にご迷惑はかけられませんよ』
『何言ってんだよ。俺たちの仲じゃねえか。遠慮すんなって』
 勇者ラッカは片手を上げ爽やかに笑うと、スタスタとドワーフの泊まっている二階への階段を登っていく。
 そして最後の段に足をかけた所でクルリと振り返り、言った。
『店主にはいつも俺の飲み代をツケてもらっているからな。なあに、礼はそれをチャラにしてくれるだけでいいからよ。全然、それだけで構わねえ。ああ、いいってことよ。俺達の仲だろう?』

「とまあ、ここにも店主の善意にもたれるだけもたれて利用している悪党がいた訳ですが……」

 その言葉に客は大爆笑である。勇者ラッカがただの正義の勇者でない事は全員が心得ていた。だが、どことなく憎まれない人格を備えていたのだから、落語の登場人物にはもってこいである。

『やいおっさん!』
 ノックもせずに入ってきた見知らぬ男に、驚きもせずにドワーフは口を開く。
『なんだお主は。突然人の部屋に入ってきておいて、更にはおっさんだと。俺はおっさんではない。まだ二十歳だ』
『なぬ?年下かよてめえ。そんな毛むくじゃらで?岩石でも入れている様なでかい腹で?』
 驚いたのは勇者ラッカだった。嫌気が差し、顔をしかめる。
『これだからドワーフは……。まったく、あんたたちの種族はただでさえ顔も似ているし、年齢も分かりにくいんだからよ。普段から見分けがつく様に名札でも年齢札でも首からぶら下げていろよな……』って「いえ、これは勇者ラッカの台詞ですからね。あたしが言っているんじゃありませんよ。ここは昔からずっとこの台詞でやっているんだから。文句があるならネタに言って下さいな」

 一福が、誰も何も言っていないのにネタの途中で脱線し、ベラベラと言い訳を並べ立てる。
 それには流石のドワーフ達も「分かったから早く続けろ」と呆れ顔で笑うしかなかった。

 部屋の中は修羅場になるかと思われたが、突然入ってきた勇者ラッカの顔をじっと観察する若いドワーフ。
『な、なんだよお前……人の顔をマジマジと見て』
『お主、ひょっとして……ラッカ=シンサか?』
『は?んだよお前何で俺の事知ってんの?』
 勇者ラッカは不思議そうに首を傾げるが、ドワーフは一遍に破顔して、語りかけてくる。
『私だ。ミギチカだ。ドワーフ城で前に何度か会った事があるだろう』
『は?ミギチカって、ミギチカ王子?』
 勇者ラッカは身を乗り出し、ドワーフの顔をマジマジと眺める
『どうだ?俺だ。ミギチカだ。分かっただろう?』
『……いや、そう言われればそんな気もするけど……そもそも俺、ミギチカ王子がどんな顔だったのかすら、覚えていねえなと思って』
『……お主は本当に無礼な奴だな』
『へへ。それ、よく言われるんだ』
『褒めておらん』

 客はケラケラと笑っている。「抜けドラゴン」の勇者ラッカとミギチカ王子の軽妙なやりとりは自然な笑いを誘う。この二人のキャラクターには独特の雰囲気があり、上手く演じ分ければ客を安心させる事が出来るのだ。一福は高座の上で確かな手ごたえを感じていた。

「えー、勇者ラッカが二階に上がったのを心配そうに見届けていた酒場の店主ですが、しばらくしますと階上から笑い声が聞こえてくるではありませんか。不思議に思い店主が部屋を覗いてみますと、そこには楽しそうに酒を酌み交わす勇者とドワーフの姿が……」

『あのー、ラッカ様……?』
 すっかり床に腰を落ち着けている勇者ラッカは店主を振り返ると、笑顔で迎えた。
『ああ店主、こいつ知り合いだったわ!ミギチカミギチカ!大丈夫大丈夫、心配すんな!悪いヤツじゃねえよ!俺が保証するからさ』
『おお店主か。なんだラッカがいるのなら早く言ってくれ』
『はあ……』
 ポンポンと店主の背中を叩くミギチカに、意地悪そうに勇者ラッカが笑いながら話しかける。
『そういえばミギチカ。あの時の事覚えてるか?ドワーフ城の晩餐会で、お前が俺に勝負を申し込んだ時の』
『ああ、覚えているとも。まったくあの時は無茶をしたものだ。お主は一切手加減をせずにドワーフの王族貴族著名人のいる目の前で俺をボコボコにしてくれたからのう』
 それを聞き、勇者ラッカは弾かれた様に笑う。
『あっはっは!いや、だって手加減したら失礼だろう。俺にこっぴどくやられてお前はワンワン泣きだしたっけ』
『その通りだ。生まれてこの方、誰にも勝負で負けた事などなかったのだからな。泣いて当然に決まっておろう。いやあ、あの時は本当に悔しかったなあ、はっはっはっはっは!!』
『……』
 傍から見れば完全に屈辱的なエピソードを、宝物の様に、なんとも愛おしそうに話すドワーフの表情を見て、店主は自分の人を見る眼が間違っていなかった事を悟り、そっと階下へと降りていった。

「意気投合といいますか。まあ、元々馬のあう二人なんでしょうね。とんでもない盛り上がりを見せております。こういうのをゾンビ取りがゾンビって言うんですかね」
 滑稽に肩をすくめる一福の姿は、客の笑いを誘った。
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