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異世界落語 作者:朱雀新吾

ちりとてちん【ちりとてちん】

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ちりとてちん【ちりとてちん】⑥

『いやあ、御馳走様です!本当にありがとうございます!』
 喜六は旦那に出されたもの全てに感激し、本当に美味しそうに頂いた。
『いや、そんなに喜んでくれたら嬉しいねえ。うん、あんたの反応はいちいち嬉しい。何を出しても「初めてです。美味しいです」と言って本当に喜んで味わってくれる。こっちとしても、もてなす甲斐があるってもんだよ』
 うんうんと満足そうに頷く旦那。だが次に顔を上げると、少々苦々しい表情を覗かせた。
『それに比べて裏に住んでいる竹。あいつはよくないねえ。喜さんも知っているだろう?』
『ええ、知ってますけど。竹がどうかしましたか?』
『ああ。ヤツは何でも喜んでくれるお前さんとは正反対だ。何を食べさせても「味がしょっぱい」だの「米の炊き方が硬い」だの、文句ばかり言ってな。たまに珍しいものを出したって「それぐらい知ってます。前に食べました。へ、しょうもない」なんて言うんだよ』
 竹の話を進めるにつれ、ますます旦那の顔は苦虫を噛み殺した様に歪んでいく。
『これはどうだ「知ってます。へ、しょうもない」。あれはどうだ「知ってます。昔食べました。へ、しょうもない」。嘘に決まってるんだが、知ったかぶりをするんだ。まったくもって可愛いげのないヤツでな。もてなす甲斐がないよ。それに比べてお前さんの反応は最高だ。何でも「初めてです、美味しいです」。そりゃあ少しはおべっかなのかもしれないけど、こっちの気持ちが良いってもんだ』
 そう言うと旦那は両手でポンと膝を打ち、気を取り直して笑顔を見せる。
『さあ、もっともてなさせておくれ。他に何かないかね。おーい、喜さんに何か振る舞っておくれ』
 旦那が台所の女中に声をかける。だが、どうにも台所の様子がおかしい事にそこで気がついた。
『どうしたんだい?そっちで騒いで。何かあったのかい?え?食べ物がある?そりゃあ台所だからあるだろうよ。一体、それほど騒ぐ様な食べ物ってのは何なんだい?』


「さあダマヤ!次はなんじゃ。騒ぐような食べ物とはなんじゃ?」
 いつの間にか姫はノリノリである。
 それとは対照的に、ダマヤはしょんぼりと俯き、観念した様に呟く。
「『豆腐』です……」
「『トウフ』?なんじゃそれは?」
「『豆腐』は『豆腐』です。元の『ちりとてちん』のまんま、『豆腐』の腐ったヤツが出てきます……」
 心底悔しそうに、ダマヤは言う。
「元のまま?お前が書いた台本ではどうなっておるのじゃ?」
「台本では……『ハンニャバードの卵』ですけど」
 ハンニャバードとはターミナルに生息する怪鳥である。
「『ハンニャバードの卵』か。それは珍味であるな」
「ええ……『ハンニャバードの卵』の腐ったヤツを登場させようと、台本には書いてあり……いえ、私が書きました」
「『ハンニャバードの卵』の腐った……それはまた酷い臭いがしそうじゃのう」
 姫が端正な顔を大きくしかめる。
「はい。その方がターミナルに存在しない『豆腐』の腐ったヤツよりも、この世界の住人には分かりやすいだろうと……」
「なら何故そう予想せん?イップクはお主の言う事なら何でも聞くのじゃろう?ええ、さっきまで散々大口を叩いておったではないか。なのに、どうしてトウフだと思うんじゃ?」
 姫の執拗なまでの追及に、とうとうダマヤはわんわん泣きじゃくりながら叫んだ。
「だって異世界版で言っても外れるし!!ああ、これもう決まりだ!完全に一福様は『ちりとてちん』のままやってるんだもん!!」
「きゃははは!!なんじゃなんじゃお主は!何が『もん』じゃ」
「何故だ!何故一福様は、落語を変えようとはしないのだ!!」
 ダマヤは号泣しながら歯噛みする。姫はそれを指差してケラケラ笑う。
「きゃははは!!ざまあないのう。良い気味じゃ、ダマヤよ!」

 そのやりとりを表情一つ動かさず、無愛想に見ていたジンダ=スプリングは、状況を冷静に分析し、一つの推論に辿り着いた。

――あれ、姫、今、笑ってないか。

「それダマヤ、わらわと共にイップクの台詞を聞くぞ」
「いや、もう勘弁してくださいって……」
「ふふふ、何を言っておるのじゃ。ほれ、耳など塞がずに、そっぽなど向かずに……」
 うんざりした様に背けるダマヤの顔を手で挟み、無理矢理正面に向ける姫。

 そして、真剣な表情で旦那の次の台詞を二人で待つ。

『女中よ。一体そこに何があるんだい?……え、豆腐が腐っている?』

「トウフだ!!きゃははは。良かったではないかダマヤ、初めての正解じゃな!ほら『いえーいいいいいいいいいいいいいいいいいいい』でも『やっぴいいいいいいいいいいいい』でも好きなだけ叫べば良かろう。さぞ嬉しかろうて!!」
「嬉しくなんてありませんよ……」
「きゃははははは!!」

 間違いない。姫は笑っていた。きゃはははと、とても楽しそうに。ダマヤを指さして。

「あの、ジンダ様。……姫様って、笑ってませんか?」
 同じく、その事に気が付いたナナセがジンダ=スプリングにこっそり話しかける。
「ああ、笑っているな」
「とても自然に、最高に可愛い笑顔ですよね」
「ああ。ダマヤ殿は泣いているがな」
「ええ……」
 倍以上年の離れた中年男性を泣かして喜ぶ美少女。
 そのシチュエーションは傍目では些か異彩を放っていたが、姫の笑顔は太陽の様に輝いていた。

「なるほど、そういう事か」
 クランエは得心がいったとばかりに大きく頷く。
「どういう事ですか、クランエ様?」
 ナナセが訊ねる。
「つまり、姫様はドSなんですよ」
「ドS?」
「ええ」
 クランエは堂々と首を縦に振る。
「ええ、姫様はドS。だから、ダマヤ様が知ったかぶりをしてはことごとく落語を外していく姿を見て、笑っておられるのです」
「なるほど……。ツボにはまったという事ですか。でも、その笑いって……健全なんですかね?」
「それは……」
 ナナセの素直過ぎる疑問に、クランエは言葉を詰まらせる。
 年頃の少女が笑うシチュエーションとして、それは明らかに屈折していた。
 更にその少女は一国の姫君である。
 気品と風格を重んじる立場に於いて、そんな歪んだ嗜好が許されるのか、クランエには答える事が出来なかった。
 そんなクランエに助け舟を出すように、ジンダ=スプリングが口を開く。
「今ナナセが言ったように、笑いには人それぞれツボがある。王道を好む者もいれば少し捻った笑いが好きな者。誰も笑わない様な下らない駄洒落が好きな者もいるだろう。ならば、知ったかぶりの中年が痛い目に合う姿がツボの人間だって、当然存在する訳だ。姫様に限って、ただ単に人の不幸が好き……という訳では、あるまい。まあ、そう信じたいだけだがな。ただ、今確実に言える事は、姫が心から笑顔を見せているという事だ。それだけは揺るぎのない事実だろう」
 ジンダ=スプリングは表情を変えずに、力強く頷いた。

「まさか、一福様はそれ故に落語を変えなかったのか……。だとしたら、姫様の笑いのツボのみならず、ダマヤ様の調子乗りな性格まで見越しての機転となる……一体あの方は何手先まで読んでおられるというのだ……」
 ダマヤが「ちりとてちん」のターミナル版台本を読んだ事により、姫の前で良い所を見せようと増長し、得意顔で解説を始める。
 それをわざと外れさせる事により、ダマヤに恥をかかせ、姫の笑いを誘う。
 それが全て一福の描いた筋だとするならば……。

 クランエは全てを見透かすかの様な一福の智略に、驚きを隠せない。

「クラよ、それはちょっと違うんじゃねえかな」
 その意見を、ラッカが軽い口調で否定する。
「違う?違うとは、ラッカ兄さん?」
「イップクの旦那は、人をわざと貶める様な、そんな悪趣味な事はしねえさ。今の姫さんととっつぁんの絡みに関しては、ありゃ、ラクゴのヤツが勝手にやってんだろうよ」
「ラクゴが勝手に?」
 クランエにはその言葉の意味が全く分からない。
「いや、俺にもよく分からねえけどよ。多分、そういう事なんだろうなと思ってさ……」
 ラッカ自身、上手に説明する気は一切持ち合わせていないようだ。
「で、それとこれとはまた別の話。旦那の話だ。何で旦那が元の世界のままラクゴをやってんのかって事だが……俺はラクゴをやった事はねえがよ、旦那は向こうで何年も修行を積んできたんだろう?」
「ええ、あの腕前ですから。それは当然、そうでしょうね」
「それを、今までずっとこっちでは毎回『異世界落語』に改編してやってたんだ。慣れない異世界文化に合わせたラクゴをよ。つまり、俺が利き腕じゃない、左手で剣を握って戦ってるみたいなもんじゃねえの?いや、それでも俺は最強だけどよ。つまり、旦那にも同じ事が言えるんじゃねえのかな、と思ってよ」
 ラッカの説明に、ナナセが少々訝しげに意見する。
「勇者様の言っている事はなんとなく分かります。でも剣とラクゴはまた別の話じゃあ……。幾らイップク様が元々いた世界のラクゴがやり易いからって、結局それを聞いている私達が理解出来ないと、意味ないじゃないですか。一人よがりではお客さんがついてこられなくなりますよ」
 ラッカはその意見に素直に頷く。
「うんそうだな。でも、現に客の反応はどうだい?未だかつてないくらいの馬鹿受け状態じゃねえか?」
「……それは、確かに」
 ラッカの言う通りであった。客は「ちりとてちん」に完全に順応している。
「あと、一人よがりって言ったよな?じゃあ聞くけどよお嬢ちゃん。『トウフ』ってなんだい?」
「トウフでしょ?大豆の搾り汁を固めて作った、白い、お味噌汁なんかに入れる、豆腐…………!!!」
 ナナセはそこで驚愕のあまり口を押さえた。

 当然の様に答えてしまっていた。

 豆腐はターミナルに存在しない。味噌汁も。
「トウフ」という別の意味の言葉すらない。
 類似の製造法の食品もない。
 先程、一福の口から、初めて聞いた言葉である。
 だが、ナナセの頭の中には、既に豆腐が生まれていた。
 まるで先程の茶碗蒸しの様に。いや、今度は一福が食べる芝居をしなくとも、口に出しただけで、豆腐が何なのか、ナナセには理解出来たのだ。

 ラッカが戦慄の混じった笑い顔でナナセを見る。
「なあ?つまり、これが旦那の本気なんだよ。これがラクゴ、いや――落語なんだな。噺家――楽々亭一福なんだ」

 人と人、文化と文化は混じりあい。重なり合い、繋がり合うものである。
 一福の落語はドワーフとエルフを繋ぎ、技と魔法を繋ぎ、勇者と過去を繋いできた。
 文化の齟齬故「こほめ」で失敗したのはやって来た当初の話である。今や、ターミナルにも「落語」という文化が着々と根付き始めている。それはつまり、演者と観客の垣根が低くなってきているという事である。落語に親しみを感じ、面白いものだと知っている。素晴らしいものだと知っている。聞いた事のない、分からない単語でもそう簡単には拒絶反応を起こさない。目の前に座っている男が、自分たちを置いて手前勝手に噺を進める筈がない。ならばこちらも理解しようと、真剣に聞き入る、見入る。
 その結果、客の意識は世界を超え、異文化を超え、白菊を知り、刺身を知り、茶碗蒸しを知る事が出来たのだ。
 それは奇跡でも何でもない。
 一福が地道に、芸を通して築き上げた、ターミナルとの信頼関係が成せる、達人の業であった。

「あの旦那。『異世界落語』だなんて言って俺達の顔色窺っている振りして、実際は俺達をゆっくりと自分の世界に連れて行ってたんだよ。つまりターミナルは、異世界からやってきた『噺家』って職業の人間に、現在進行形で侵略されている真っ最中って事だよ」
 ラッカは心の底から愉快そうに、笑った。
――やい、預言師め。何が救世主だよ。この展開があんたには預言出来たかよ?

 落語を異世界(ターミナル)版に変換して演じるのも異世界落語。
 ターミナルで異世界(日本)の落語をそのまま演じるのもまた、異世界落語。
 楽々亭一福の通る道、即ち異世界落語である。
 それを今、彼は自身の芸一つで、証明しているのだ。

「で、後は姫さんだが。姫さんも今はダマヤのとっつぁんで笑っているのかもしれねえが、それを取っ掛かりに、全部ひっくるめて、自分の笑いに変えていくんだろう。それが――噺家ってもんだろう」

 ラッカはそう言うと、長い足を組み、高座での一福の戦いを見届ける。


『うわ、これは本当だね。豆腐が腐ってるよ。……カビが生えて赤やら黄色やら混じって、毒々しいな。豆腐が腐るとこんな事になるんだね。長いこと水屋に置きっぱなしにしてたからだよ、まったく。うわあ!!凄い臭いだねえ!!!鼻が曲がりそうだ!!おい、喜さん。これ見てみな、豆腐の腐ったヤツだよ……』
 旦那が顔をしかめて腐った豆腐の皿を喜六に見せる。
 すると喜六は目を輝かせながら言った。
『豆腐の腐ったの……初めてです!』
『食べるのかい!?馬鹿な事を言うんじゃないよ』

 笑い声が上がる。見事にこれまでのテンドンが効いていた。

『もうね、これは捨ててしまいなさいよ。……いや、まてよ』
 女中に向かって言いかけたその時、旦那がふとある事を思いついた。
『いや、これは使えるかもしれない……』
『使う?一体何に使うんですか、こんなもの。腐っているんですよ?とんでもない臭いじゃないですか!?』
 いやいや、と旦那が手を左右に振って答える。
『これを使ってだね、竹のヤツをこらしめてやれるかもしれないって事だよ』
『竹を、ですか?こらしめる?』
 ピンとこない喜六に旦那は話を続ける。
『さあ、この豆腐の腐ったヤツをだな、どこぞの名産品だと言ったら、喜さん。ヤツは何て言うと思う?』
『そりゃあ竹の言う事ですからね。「知っている、前に食べた」と答えるでしょう……あ、なるほど』
 喜六はそこでようやく旦那の言っている事を理解し、楽しそうな表情を浮かべる。
『これを竹に……面白いですね!是非やりましょう!』
『ああ。ただ、これだとあまりにも色がけばけばしいからな。ちょっと細工をしようかね。醤油を少々加えてかき混ぜて……うわ、それにしても本当に凄い臭いだねえ……。よし、こうやって、ぐちゃぐちゃにして……あとは、毒消しに梅干と、山葵を添えて……。これを何か上等な箱に入れておいてだな。おい、何か上等な、桐の箱でもないかい?』
 女中に言うと、すぐに木箱を持ってやってきた。
『よし。これをこの箱に入れて、表に名前を書こう。さて、この豆腐の腐ったヤツの名前をどうするかだけどね。喜さん、何か良い名前はないかね?』
『そうですね……』
 喜六は腕を組んで考える。
 すると旦那の家の二階から三味線の音色が聞こえてきた。
『はあ、三味線の音が聞こえてきますね。あ、娘さんが練習を?ふーん。ちんとんしゃんちりとてちん♪ちんとんしゃんちりとてちん♪……そうだ旦さん。「ちりとてちん」というのはどうでしょうか?』
『「ちりとてちん」か。それは良い名前だな』 
 旦那もすぐに同意する。
『竹のヤツ、最近長崎に行ってきたと吹いておったな。よし「長崎名物ちりとてちん」と書いて……いや、「長崎名物元祖(・・)ちりとてちん」だな。あいつは凝り性だから』
 スラスラっと旦那は筆を走らせた。
『おい、それじゃあ誰かちょっと裏まで行って、竹を呼んできておくれ!喜さんはそっちの部屋で隠れて見ていなさい』
『へい!』

 喜六が隠れると、しばらくして竹がやってくる。

『うーーい旦さん。やってきましたよ。え、なんでも今日は旦さんの誕生日だそうで。いくつになりました?五十六歳?へー、しょうもない。誕生日ぐらいで浮かれて、本当にどうしようもないですね。しかも、還暦の六十だったり、せめて五十とか、節目ならともかく……五十六でお祝いとは、いやはや……しょうもないにも程がある』
 入ってきて早々、とんでもなくふてぶてしい態度である。
『……まったく。やっぱり失礼なヤツだな』
 眉を顰める旦那だが、気を取り直して竹に話し掛ける。
『いや、まあ確かにお前さんの言う通りかもしれん。だが、今日は御馳走しようかと思ってな。ほら、「白菊」という酒が手に入ったんだ』
『「白菊」??へん!しょうもない!』
 顔を大仰に変形させ、竹は吐き捨てる様に言う。 

 喜六でも旦那でもない。まさに別人の嫌味な役を見事に演じる一福の顔芸に、客がクスクスと反応する。

『ほう、お前さん「白菊」を知っているのかい?』
『知ってますよ!あんなの女子供の飲む酒ですよ!名前ばかりが売れた甘ーい甘ーい酒。それをまあよくも自信満々に言えましたね……しょうーもない!!』
 竹は口を尖らせ「白菊」を散々にこけ降ろす。
『……そうか、それならお前さんの口には合わないかもしれないね。下げさせようか』
 旦那がそう言うと、竹はサッと手のひらを差し出し、制止する。
『いやいや。まあでも、折角の祝い事ですからね。そんなに旦さんが、どうしても飲んで欲しいと言うんだったら仕方がありませんわ。飲みましょうかね』
 横柄な態度で腰を下ろすと「白菊」を器に注ぎ、ゴクゴクと飲み始めた。
『うひゃああ!甘!いやあ、甘いですねやっぱり。いや、私は知っているんですよ。前に飲んだ事があるんだ。これが甘いのは知って……』
 再び器に口を近づけ、ゴクゴクと飲む。
『うわあ!!もう甘い。甘くて……飲めたもんじゃねえや。ゴクゴク……』
 そう言いながらゴクゴクと「白菊」を一気に飲みほすと、器をトンと机に置く。
『甘い!おかわり!』
『お前さん言っている事とやっている事が全然違うぞ』
 呆れ顔で旦那が突っ込みを入れる。

『それじゃあ次は刺身はどうだい。鯛があるんだが。あと、茶碗蒸しや鰻も。どうだ、食べていくだろう?』
 旦那がそう言った次の瞬間、竹がくしゃくしゃくと顔面を歪ませて、叫ぶ。
『鯛?しょうもない!!それに茶碗蒸しに鰻?そんなもんね、私は何遍も食べた事があって知っているんだ。もう、本当に食べ飽きましたよ!あー、御馳走があると聞いてみれば……本当、がっかりですわ!!』
 やれやれと首を横に振りながら大きくため息をつく。

「こやつ、まっことムカつくヤツじゃな……。知っている知っていると、知りもしないのに得意顔で物を言いおって。まるでダマヤそっくりではないか……。今すぐにでも死罪にしてやりたいのう……」
 姫は竹を見て、イライラしながら文句を言う。その表情に笑みはない。だが、完全に感情移入している。それはつまり、落語にのめり込んでいるという事である。
 そしてダマヤは、さらっと言われた「死罪」という言葉に一人で恐怖し、震えていた。

『どれもこれも知っている、食べた事のあるものばかりだわ。しょうもない!あのね旦さん。私を呼ぶなら、もっと珍しい物。何か珍味はないんですか?ええ?」
 その言葉を待っていたと、旦那の瞳がキラリと光る。
『おお、そういえばちょうど良い物があったな。いや、だが竹よ。……これはお前さんでも知らないと思うけどなあ』
 得意そうに笑みを浮かべる旦那に竹は自尊心と対抗心をくすぐられる。
『さあ、どうでしょうな。まあ、私はたいていの事なら知っていますけどね』
『どうだろうなあ。いや、長崎名物なんだが……知っているかな』
 そこで竹が「長崎」という言葉に敏感に反応する。
『長崎!私、行ってましたよ、先日まで!はっはっは!これは大丈夫ですよ。長崎の事ならなんでも知ってますから。はい、大丈夫です!何でも言って下さいよ』
『そうか、それなら必ず知っているだろうな。いや、実は長崎名物「ちりとてちん」と言うんじゃがな……』
『「ちりとてちん」!!ああ、知ってますよ!』
 竹は何の迷いもなく、首を大きく縦に振った。
『知ってるか?』
『知ってますとも!いやあ、よく手に入りましたね。あれは珍味中の珍味だ!』
『好きかい?』
『大好きですよ!』
『食べるかい?』
『是非頂きましょう!!』

 観客は既にクスクス笑いながら二人の様子を眺めている。この後竹がどんな目に合うのか、楽しみで仕方ないらしい。

「おうおう、おうおう、こやつ、知りもしないのに知った風な事を言っておるな。『ちりとてちん』が豆腐の腐ったヤツとも知らずに……。あはは、これから酷い目に合うというのに……しめしめじゃのう」
 姫も心の底から嬉しそうに、ワクワクしながら顔を綻ばせている。妖精の様に可憐で可愛らしい笑顔である。

『これなんだがな』
 旦那は女中に丁重に持ってこさせた桐の箱を竹の前にドンと置く。
 箱に書かれた字を読むと、竹はもっともらしく頷いた。
『「長崎名物元祖ちりとてちん」!……いやあ、これは本物ですね。偽物にはよくね「本家」って書いてあるんだ。こいつは「元祖」。うん、本物だ。いやあ、長崎にいた時には、朝昼晩とちりとてちん三昧でしたからね。いやあ、懐かしいなあ。よく手に入りましたね』
『朝昼晩かい?そいつはまた凄いねえ』
 旦那は笑うのを必死で堪えながら、そう答える。


「知ったかぶりなら、魔法使いの専売特許だな。前もこいつは毒草を伝説の薬草だなんて言って飲んで、ステータス異常で一週間うなされていたからな」
「もう、その話はよせやい」
「ははははは」
 酒場では、落語に沿ったエピソードで、一人の魔法使いが仲間からからかわれている。
 姫もその会話をうんうんと、楽しそうに聞いていた。


『さて、それでは早速、頂きましょうかね』
 竹はそう言うと、ひょいと箱に手をかけ、蓋を開け放った。
――次の瞬間である。
『いやあ楽しみだなあちりとて……グワアアアアアアアJadGESDhtkyGODagrhHEAtjnbdp!!!!!!くっさああああpiHkyFGHJan$%&◆ИД!!!!!!!!!!!!』
 竹は目をカッと見開き、絶叫した。

 そのリアクションを見るやいなや、客と姫は待ってましたと両手を上げての大喜びである。
「キャハハ!!!見ろ、あの顔を!!目玉が飛び出しておるぞ!ざまあないのう!」


『ぐおおおおお!なんだこの臭いは!地獄の様な……いや、地獄すら生温いこの異臭は!?』
 あまりにもの臭いに驚愕している竹を見つめ、旦那は不思議そうに訊ねる。
『おいどうした竹?まるで初めて見るような反応だな?お前さん、ちりとてちんを知っているんだろう?』
『は……いや』
 その言葉で竹は我に返る。
『ああ……ああ、ああ、知ってます。知ってますとも。ええ、いやこのちりとてちんは、まずは目で楽しむんだ。そしたらこうピリピリっ!!と涙が出てきますでしょう……うぐ。で、その後はこうやって鼻で楽しむんだでぴぎゃあああああああくっさああああ!!くああああああああ!!!!くっさああああああああああ!!!くっさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』
 だが、やはりその臭いには敵わない。竹は再び絶叫し、鼻を押さえて転げまわる。
『何を床を転げまわっているんだ。お前さん、知っているんだろうが。早く食べなさいな』
『いえ……。あ、そうだ。ちょ、ちょっと今日はお腹がいっぱいですので、家に帰ってから食べますね。こいつは持って帰らせてもらいます。はい、それではさようなら』
『おいおい、ちょっと待ちなさいな』
 サッと蓋をして、桐の箱を小脇に抱えそそくさと出て行こうとする竹を旦さんが呼び止める。 
『いやいや、私はね、このちりとてちんが初めてでな。よく食べ方が分からないんだよ。他所で出された時に恥をかかない為にも、これを機に知っておきたくてね。ちりとてちんをよく知っているというお前さんに、是非とも教えて欲しいんだ』
『そ、そうですか?』
『ああ、頼むよ。これは博識なお前さんにしか頼めないんだよ』
『ううん……。まあ、それなら、仕方ありませんね。旦さんがどうしてもって言うんならねえ』
 旦那に頼まれ、プライドの高い竹は断れない。
『ええ、と。このちりとてちんはさっきみたいに、まず目で楽しんで……鼻で楽しむでしょう。それは先程実演したので、もう良いですね?』
『ほうほう、目と鼻か……。ああやって奇声を上げながら転げまわれば良いんだな。で、目と鼻で楽しんだ後は?勿論…………?』
『も、勿論。く、口で、楽しみますわな……』
 そう言うと、竹はガタガタと震える手で箸を握り、ちりとてちんの端をちょいとつまむ。

 酒場にいる皆には、完全に見えている。扇子の先についている豆腐の腐ったヤツ――ちりとてちんが。

『はあああああ……うぐぐぐ。はああああ……んぐぐぐgggg』
 竹はそれを何度も口に運ぼうとするが、あまりにもの臭いに思わず顔が箸から逃げていく。
『うおおおお……』
 だが、ここまで来たら何としても食べなくてはならない。
 意地になった竹は何も持たない左手で逃げる自分の顔を押さえつける。
 ゆっくりと、箸が口元へと近づく。
『うひゃあああ……!!』
 その箸を持つ右手を、今度は左手がガシッと掴んで阻止する。
 左手の反乱であった。
 右手はちりとてちんを口に入れようと力を込め、左手はそこから先に進ませまいと死守する。
 右手と左手の攻防。
 右手は虚栄心。左手は防衛本能を代表して、竹の眼前で闘っていた。
 右、左、右、左。
 竹の顔に近づいては、遠ざかり、遠ざかっては近づくちりとてちん。
 その瞳は迫りくる恐怖に滲んでいる。
『あ……あ……あ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!来るなあああああああああ!!』
『さっきから何をやっているんだいお前さんは』
 旦那はその攻防を呆れた様子で眺めている。
『さあ、早く食べてみせておくれよ』
『ううううう……』
 旦那に急かされ、いよいよ追い詰められる竹。

『ええい……………………南無三!!』

 そして、とうとうパクリと――ちりとてちんを口に運んだ。

『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!……………………GHGHJGJdあgjhんghjgjぴぴgdhgjjdykjdががhfdgsgf死死死shhtfg●△HFGHSHfgでゃGRGえあhづgれおはGΦR■HrjTAEGふhdsがhぎ㈲hれあrhgASG∑RHらhれ葉pjギアhbgrjhがgsかあrph虞rhgHGRAGr教はghsgHJキキキキキTJJvHgfhfh GHJDD☆SGRHh罪reySRJDSGRETJ☆DF薔薇HFgfd罰asDJSAEGR死死EHSRJUY鬱SD☆FHTRHS!!!!!!!!!!!』

 声にならない叫び声をあげ、転げまわる竹。

 それに客は手を叩いて喜んだ。
 当然、姫も大喜びだった。
「あっはっはっはっは!!愉快愉快!このタケめが!!偉そうに知ったかぶりしているからじゃ!はっはっは!」

 そのはしゃぎっぷりを見た一人の客が、連れの男の肘を突いて、言う。
「おい、あれ……ひょっとして、姫様じゃねえか?」
「ああ?」
 連れの男は、手を叩いて大爆笑している少女を一瞥すると、訊ねた男を見返し、笑いながら手を横に振った。
「まさか!うちの姫様があんな楽しそうに笑うもんか。それにしても……滅茶苦茶可愛いなあの子」
「ああ、後で声掛けてみようぜ」


『5jmj6pam1jggmt2jjmdg3Nana4nine……!!!』
『おいおい、大丈夫かい?竹?』
 奇声を発して転げまわる竹に、流石に心配そうに声をかける旦那。
『55555555earosmi●thoasis%sexp&$is@tolr@edh■otchi▽lipep▽percyn◇diLauper…………』
『大丈夫か?おい、この水を飲め!』
 旦那から水をひったくり、口に含む。
『ゴクゴクゴクゴク……………………はああああああああああ。はあ、はあ、はあ、はあ』
 大きく息を吐き、ようやく落ち着きを取り戻した。

『大丈夫か竹?どうだった?』
 苦悶の表情を浮かべながらも、竹は旦那の問いに答える。
『…………………う、美味い!』
『美味いんかい!』
 旦那は思わず突っ込んだ。

『まあ、ここまで意地を張れるのなら、それはそれでたいしたもんだな』
 その心意気には、とうとう旦那も感心する程であった。

 そして最後に旦那が訊ねる。
『で、竹。そのちりとてちんだが、一体どんな味なんだい?教えておくれ』
『味ですか?ええ、そうですね……』

 竹は少し考えると、ポンと手を打ち、答えた。
『ちょうど豆腐の、腐ったような味です』


 一福が頭を下げると同時に、割れる様な拍手が酒場を包み込んだ。
+注意+
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