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異世界落語 作者:朱雀新吾

クロノ・チンチローネ【時うどん】

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クロノ・チンチローネ【時うどん】⑤

「どうするんですか。ダマヤ様」
「どうするもこうするも、どうしようもないだろう」
 ダマヤとクランエは城下町をとぼとぼと歩いていた。後ろには異世界より召喚された細身の着物の男。
「大臣……凄まじく怒っていましたね」
「ああ……」
 相槌は打ったが、ダマヤは思い出したくなかった。
 先程、大臣に事の顛末を報告しに行ったのだ。いっそ逃げ出してしまいたかったが、そういう訳にはいかないでしょうとクランエに諭され、渋々執務室へと向かった。
「私もあれほど怒った大臣を見るのは久しぶりだったな。前はあれだ。魔族の呪いによって国民が1万人殺された時だったかな」
「ああ、『殺人魔キュロベスの恐怖』ですね。私が生まれる前の事件です」
「そう、あれ以来だ。いや、あれ以上だな」
「まあ、確かに。サイトピア国の、いえ、世界の命運をかけた使命を失敗したのですから。大臣が怒るのも無理はありませんよ」
 クランエの言葉はまさしく正論であった。
「ああ、だが……まさかこの年になって、ビンタされるとは思わなんだ」
「……ええ」
 ダマヤは王宮を出てからずっと左の頬を押さえている。その背中は可哀想な程曲がり、相当な落ち込み具合が伝わってくる。
 ダマヤが事の顛末を説明すると、大臣直々に物凄い勢いでビンタされたのだ。
 クランエはあの枯木の様に痩せた大臣のどこにあれだけの敏捷性が隠されていたのかと、内心感動を覚えた。幸い全てがダマヤの責任だと認められ(事実そうであるが)、自分にはお咎めがなかったので、ごくごく他人事の様に、50過ぎの人間が上司にビンタされる瞬間を冷静に眺める事が出来た。
 更にクランエは考察する。
――なまじ召喚された男が着物なのがいけなかったのだと。
 大臣は愚か、その他の高位な方々の、着物を見た時の期待値の上がり様は半端ではなかった。それからの真実が判明してからの落差で、大臣の怒りも凄まじいものとなってしまった。
 同じダメなら、最初から見た目もだらしなく、ボロボロに衣服の破れた鼻水を垂らしたツルッパゲの半裸の男のほうが10倍はマシだったろう。落差を考えるなら、確実にである。
 クランエは、せめて彼を半裸にしてから連れていくべきだったと、心から反省していた。
 だが、召喚してしまった理由が「噺家の彼の落語が素晴らしく、誤って拍手をしてしまいました」である。ビンタで済んで良かった方ではないかとも、クランエは考えていた。処刑されても仕方がない大失態である。

「どうするんですか、ダマヤ様」
 クランエは再び聞いた。
「どうするもこうするも、なんとかして大臣に許しを乞わなくてはならんだろう」
 大臣には「貴様の顔など見たくないわ!さっさと出て行けこの役立たず!」と、早々に城を追い出されてしまった。ダマヤは途方に暮れていた。
「ですがダマヤ様、真の救世主を召喚するとしても、言いました通り、魔力の注入にあと10年かかりますよ」
「分かっている。だが、それをあの方を異世界に送り返すのに使わなくてどうするか」
 ダマヤは、噺家の男を振り返る。彼は共にやってきた座布団を胸に抱えて、周囲を物珍しそうに見回しながらダマヤとクランエについてきている。
「ええ?つまり、20年かかるんですか?真の救世主を呼び出すまで」
「そういうことになるな。それしか大臣の信頼を回復する手段はないではないか」
「いや、あちらの方には待って頂いたらどうですか?せめて10年後にはきちんとした救世主を召喚しないと。いえ、10年後というのも、あり得ない話なんですけどね、実際」
 10年後は愚か、1年後にサイトピアが存在するかどうかという脅威が迫っているのだ。クランエはダマヤの呑気さに怒りを通り越して呆れてしまった。
「おいクランエ。きちんとしたとはなんだ、あの噺家がきちんとしていないみたいではないか。彼の技術は素晴らしいんだぞ」
――まさかそんな所を噛みつかれるとは。だが、クランエはすぐに反撃する。
「きちんとしていると思っているのですか?」
「いや、その、それは。失礼ではないか」
「ハナシカ、でしたっけ?その職業は兵法に秀でているのですか?」
「……いや」
「戦闘に秀でていますか?」
「……いや」
「魔法が使えますか?」
「……いや、使えぬとそれは先程、言ったであろう」
 ダマヤはばつが悪そうにゴニョゴニョと小さな声で反論する。
「詩人みたいなものなんですよね?詩人が救世主なんて聞いた事がないですよ。やはり、ダマヤ様の失態ですね、これは」
「そんな。私はただ、ついうっかり拍手をしてしまっただけで」
「ついうっかりで世界を滅ぼしたと仰るんですか?」
「いや……。なんだ、そんな言い方をしなくても……よいではないか……」
 ダマヤがいよいよしょんぼりして泣いてしまいそうになったまさにその時、後ろから視線を感じた。噺家の男がニコニコと笑いながらダマヤを見つめていたのだ。
「どうされましたかな?」
 ダマヤが尋ねると噺家の男は笑顔のまま、快活に答える。
「ええ、どうやらあたしは、招かれざる者でしたようで。申し訳ないですね。ダマヤさん」
「いえ、貴方には何の責任もないのですから、謝る事はありません。謝るのはこちらの方です。突然異世界に召喚されて、事情も何も分かってはいないでしょう。……まあ、何から説明すればよいのやら」
「ああ、結構結構。事情に関しては、あたしがここへやって来てからの旦那方の反応と、先ほどのお大臣様の剣幕で、なんとなく状況には察しがついていますので。どうやら人違いだったようですね」
 恐縮するダマヤを尻目に噺家の男は手をひらひらと振り、飄々と喋る。
「人違いではすまされません。本当になんとお詫びすればよいのか」
「もう、ダマヤさん。頭を上げて下さい」
 尚も面目が無さすぎて消え入りそうな程落ち込んで頭を下げるダマヤの肩に、男は笑いながら手を置いて言った。
「呼び寄せる条件が拍手で、その手違いであたしが召喚された。国の一大事を忘れさせる程の芸をお見せ出来たという事でしたら、これは芸人にとって最高級の名誉ですよ」
「……」
「ですから、お礼を言わせてもらいます。本当に、あたしを召喚して頂いて、ありがとうございます」
「……そういって頂けますと、この老いぼれも、救われます」
 クランエは興味深く2人の会話を聞いていた。ハナシカと言うものは、皆これほど人格が出来ているものなのだろうか。突然異世界に召喚された挙句、手違いだったと言われているのだ。途方に暮れ、怒り狂うのが普通ではないのか。それとも、ハナシカではなく、この男が特別なのだろうか。
「貴方の処遇に関しては、こちらが責任をもって対処させて頂きますので」
「まあ、よしなにとだけ。あちらの世界に連れ合いがいるわけでもありませんし。特に未練もございませんで。ですから、あたしは後回しにして頂いても、全然結構ですよ。スイマセン、少し話が聞こえてきましたので」
「いや、それは……そういう訳には」
 その言葉に、ダマヤはありがたいやら申し訳ないやらで、ともすれば涙を零しそうであった。
「と、ともかく、今後の事は考えますゆえ、今日の所は寝床と、夕食の手配をさせて頂きます」
「ああ、それは助かります。お腹も空きましたしね。ねえ、クランエ師匠も見た所、一番若いんですから、さぞお腹がすいているでしょう」
「ええ、そうですね。今日はターミナルの料理を堪能されてください」
「そうこなくっちゃ」
 クランエは噺家の笑顔に、つい笑顔を返してしまう。普段は人に笑顔を見せる事のないクランエ自身が、驚く。こうも人の心を和ませる人間等、いまだかつて会った事はない。まるで赤子の様に純粋で、祖父母の様に安心させられる存在。――それが、ハナシカというものなのだろうか。
「何か温かいものを食べましょう、ダマヤさん」
「ああ、そうですね」
 そうして、ようやくダマヤに笑顔が戻ったのを見て、噺家の男はうんうんと嬉しそうに頷いた。
「そうそう、そうですよダマヤさん。大変な時程、笑顔でなくちゃ」

 飯屋を探す道すがら、噺家の男はダマヤに色々と質問をしてきた。
「色々な人種の方がいらっしゃいますね。あの、耳の長い方は?」
 すれ違う人物をこそっと指差して、尋ねる。
「ああ、彼はエルフですよ」
「エルフ。どこかで聞いた事ありますね。ゲームか何かだったかな?じゃああの髭もじゃの方は?」
「ああ、あれはドワーフですよ」
「それもどこかで聞いた事がありますね。はー、凄いですね。様々な種族でこのサイトピアという国は成り立っているんですね」
「いや」
 ダマヤは頭を振ってそれを否定する。
「もともとこのサイトピア国はつい先日まで、ほぼ純粋な人間だけで構成されておりました。ですがつい最近、エルフとドワーフの国が魔族に攻められ、彼らは国を追われてきたのです。難民というものですな」
「なるほど、では、エルフさんやドワーフさんと協力戦線を組んで、魔族を倒さなくてはならない訳ですね」
「そう。そうなんですよ。本来ならば……」
「……」
 噺家の男はダマヤの深刻な顔を横から覗きこみ、何かを考えている様だったが、それ以上何も言わなかった。
 気分を変えるかの様に、直ぐに別の質問が飛ぶ。
「ダマヤさんダマヤさん。あれは?鎧の肩に取っ手の様なものがついてますけど。有名な鎧なんですか。結構歩いている戦士系の皆さん、同じものを着てますけど。サイトピアで流行っているんですか?」
 噺家の男が指差した鎧は、確かに肩当ての部分に、丸いくり抜きがあり、まさに取っ手の様になっていた。
「ああ、あれは『便利アーマー』と言いましてな。仰る通り、今戦士の間で大変流行っているものなのです」
「へえ『便利アーマー』ですか?なんとも分かりやすい、清々しいネーミングですな。で、どういう所が便利なのです?」
「まず、装備から外して、小さく畳める様になっているんです。ちょっとしたカバンの様な形になりまして、で、持ち運ぶ時にあの取っ手部分を持って歩けるという事です」
「へえ、そいつは便利ですね。戦いが終わったあとに買い物して帰れるという寸法だ」
「ははは、その通りです」
 噺家の言い方に、ダマヤは自然と笑ってしまう。
 この噺家の男、随分ターミナルに興味があるようで、その後はクランエにも、あれこれと聞いていた。
「師匠。クランエ師匠。ところでこのターミナルなんですが、言語なんかは同じみたいですけど、日本との違いと言えば……」
「そうですね、私も視聴者(ウォッチャー)ではありませんので、ダマヤ様の方が詳しいと思いますが、文化や、それこそ人種でしたり、魔法の存在、ああ後は時刻などは……」
「へえ、そうなんですね。あ、クランエ師匠。じゃあ、あのこけしみたいな動物は……」
 どうでも良いと言えばどうでも良いのだが、ダマヤは、先程から自分より半分も年下で、宮廷での位も低いクランエが『師匠』で、ダマヤがただの『さん』付けな事。ただ、それだけが無性に気になっていた。

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