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異世界落語 作者:朱雀新吾

ちりとてちん【ちりとてちん】

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ちりとてちん【ちりとてちん】③

 城下町の大衆酒場に突如現れた姫君に、その場は騒然となった。
 とはいっても店は昼夜間の時間帯だったので一福達以外、客はいなかったのだが。

「凄い、お姫様だ。こんなに近くで見るの初めて。お人形さんみたい……綺麗!可愛い!過ぎる!」
 ナナセが目をキラキラさせてサブリミナル姫を眺めている。

 完璧な容姿。絵画から飛び出してきた様な、まさに「お姫様」である。
 だがサブリミナル姫は、その可愛らしい眉間に皺を寄せると、大層不機嫌そうにジロリとナナセを睨みつけた。
「ふん、そこの町娘。当然の事を申すな。わらわの美しさはサイトピア一、いや、ターミナル一じゃぞ」 
「は、はひ!」
 直接声をかけられ思わず飛び上がる。ダマヤではないが、ナナセもやはり王族の前では人並みに緊張するようだ。

 ラッカがその様子を見て、意地悪そうに笑いながら水を差す。
「おいおいお嬢ちゃん、何を狼狽えてんだよ。まあその姫さん、性格程見てくれは悪くないのは確かだけどな」
 とてつもなく無礼な発言に、ナナセが唖然とした表情でラッカを見る。
 姫もキッとラッカを睨みつけ、非難する。
「ラッカ。お主わらわに対してなんという口のきき方じゃ。父上に言って死罪にしてくれるぞ!」
「おー、こわ!職権濫用ー」
 一国の姫に対しても、ラッカはまったく怯んでいない。
「……くだらん。わらわは帰るぞ」
 サブリミナル姫は不機嫌にそう言うと、くるっと踵を返してさっさと酒場を出て行こうとする。
「お待ち下さい姫様。どうか」
 ジンダ=スプリングが無愛想な顔でそれを制した。
「ラッカ、無礼にも程があるぞ。これはサイトピアの為の、重要な案件である事を忘れてはいないだろうな」
 ジンダ=スプリングはそう言うと、一福の方を向き、頭を下げた。
「ジンダ様?」
「一福殿、これは元々俺からの依頼でもある。どうか、頼まれてくれないか」
 ラッカに続きジンダ=スプリングにまで頭を下げられた一福は、苦笑いしながら答えた。
「ええと、ジンダ様。笑わせるというのは、そのお姫様の事で?それとも、ジンダ様ですか?」
「俺?俺ならいつも笑っているじゃないか。ハハハ、やはり貴殿は面白いな」
 一福の冗談に表情一つ変えずに笑いながら答えるジンダ。それはなんとも不気味な光景だった。
「旦那、この姫様は見ての通り、笑わないのさ。鉄仮面のジンダ=スプリングと並んでいるから分かり難いだろうけど」
 ラッカが会話を取り次ぐ。
「嫌な顔はする。表情を歪ませ、不機嫌になり、相手を罵倒する。でも、笑顔はないんだよな。ネガティブな感情しか出せない。『サイトピアの笑わない姫君』なんて呼ばれているんだ」

 その呼び名は周知のようで、ダマヤもクランエもナナセも、酒場の店主も皆、うんうんと頷いている。
「うちの姫様も、あれで笑顔さえあれば完璧なんだけどなあ」というのはこの国の至る所で話されている王家のお約束トークであった。

「『サイトピアの笑わない姫君』……ですか」
 一福はその不名誉な異名を神妙に反芻する。
「ああ、魔族に呪われているんだ」 
「呪われてなどおらん!」
 ラッカの適当な言葉を姫が瞬時に否定する。
「あ、それじゃあ思春期だろ?思春期」
「わらわに向かって思春期とはなんじゃ!高貴なる王族に思春期など無いわ!」
「いや、思春期が低俗なものという主張はよく分からないけどさ……なんだよ、その高貴だから思春期がないって理屈は……」
 ラッカの呆れ顔の突っ込みを無視し、絶世の美少女が台無しな程に顔を歪ませ、怒り続ける。
「そもそもわらわが笑わないのは当然じゃ。何故ならこの世に何も面白い事などないのじゃからな。世の中は本当にくだらん。魔族に飢餓に戦争に政治に派閥に陰謀に策略に欲望に憎しみに悲しみ。それしかないではないか。わらわが笑えないのではない。この世界がわらわにとってくだらな過ぎるのじゃ!」
 感極まる様に叫ぶと、姫は下を向いてその身を震わせた。
 その様子に、やれやれと肩をすくめて笑いながらラッカが一福を見る。
「この有り様だよ。いや、それでもまだ小さい頃はニコニコ笑って本当に可愛かったんだけどよ。だけど母親である王妃を病で亡くしてから、すっかり塞ぎ込む様になっちまった。……ああ、そうだ。それが原因だったな。あはは、つまり俺と一緒だ。相棒が死んでやる気なし夫になったこの俺と」
 そう言ってあっけらかんと笑うラッカの表情に、姫だけではない、他の者達も釘づけになった。
 勇者ラッカ=シンサとはこの様に自らの弱みを見せながらも、爽やかに、邪気なく笑う男だっただろうか。
 もっと、自嘲的に、紗に構えて、己の境遇を作った世界を皮肉る様に笑う者ではなかったか。
 目の前の男は、一体、誰なのか。

 別人を見るような周囲の視線を全く気にかけず、ラッカは話を続ける。
「まあ、こんな姫さんでもこの国のプリンセスなわけよ。本人はくだらんくだらんと言っているだけでいいかもしれないが、国王は気に病むし、国民だって自国の姫が笑顔も見せないんじゃ、気分は落ち込むわな。亡命してきたエルフの姫様を見ろよ、国を失っても気丈に笑顔を振りまいてくれるんだぜ。本当健気なもんだ。既にサイトピアではうちの姫さんを抜いて、一番人気のアイドルだからな」 

 エルフの姫君アナスタシアはその美貌と分け隔てない素直な人格で大人気であった。「エルフの国の奇跡の微笑み」と呼ばれ、邸宅には見物客が押し寄せ、日に何回かテラスに姿を現しては、手を振ってくれる。
「『奇跡の微笑み』と『笑わない姫君』だぜ。勝敗は明らかだろうよ」
「ふん。くだらん」
「で、この通り我がサイトピア国の姫様はそんなエルフ様が気に入らない。ふて腐れに磨きがかかって更にブスッとしちまって、まあ悪循環さ」
 ラッカのその言葉にみるみる顔を青ざめるサブリミナル姫。
「ぶ、ぶ、ブスじゃと……なんたる侮辱。おのれラッカ、貴様は絶対に父上に頼んで打ち首にしてやるからな!」
「なあ、旦那の力で姫さんを笑わせてやってくんねえか。凄腕のドワーフが命を賭して作った彫刻の様に繊細で可愛らしいルックスだ。少しでも笑えば、そりゃあ相当なモンだと思うんだけどよ」
 非難の声を無視してラッカが一福に手を合わせる。その言葉に今度はボッと顔を赤らめる姫。
「……おのれラッカ、まことに無礼なヤツじゃ。ブスと言ったかと思えば……か、か、可愛らしいなど……。そんなありきたりの弁明でわらわが許すとでも思ったか!」
 ラッカの歯に衣着せぬ物言いに振り回され、口を尖らせる。感情がない訳ではない。笑顔がないだけなのだ。
「いやいや、褒めてんだよ。素材をな。ていうかあんた『姫』だろう?国の為だ。そんだけ可愛くて、更に最高の笑顔を見せてくれる姫なら騎士達だって守り甲斐があるってもんだ。俺だって頑張っちゃうかもしれねえぜ?」
「ふん。何を言うか。それを言うならお主だって『勇者』ではないか。そんな小細工など使わず、己が力で魔王を倒しにいかんか」
「ああ、俺は『勇者』だ。だけどな『勇者』が理由になる物事なんざ、紙より軽いんだよ」
「……なんじゃ、それは。何を言っておる」
 矢継ぎ早の応酬を繰り広げていた姫は思わず言葉を失い、首を傾げる。
 ラッカはラッカで自分の言葉である事に気が付いた様で、バツが悪そうに頭を掻いた。
「だからまあ……うーん、そうか。俺の言い方が間違ってたな。すまん。あんたは『姫様』ではあるが、だからといって『姫様』である必要もねえ。ただ、姫に生まれついちまったもんは仕方ねえじゃないか。ほら、足が速かったり腕っぷしが強かったり魔力が高かったりと、同じだよ。だったら、どうしても嫌じゃなけりゃ、活用して損はないわな。つまり『姫』も『勇者』もその程度の入れ物って事だよ。俺が言いたいのは」
「お主は……何を言っておるのじゃ」
 サブリミナル姫には、ラッカの言っている事が理解出来ない。
「あんたの気持ちは分からなくもない。大切な人間の死は、人から何かを奪っていくんだ。生き甲斐であったり、やる気であったり、笑顔であったりな」
「…………」
 何かを堪えるようにグッと唇を噛み締める姫。そんな姫に、フッと優しく微笑むラッカ。
 その横顔に、クランエは今は亡き、兄の様に慕ったある人物の面影を感じた。

「俺達が何をするか、それは結局、俺達の自由で良いんだよ」
 ラッカは姫の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「だから姫さん。あんたが本当に笑いたくないってんなら、俺はもう頼まないよ。あんたはあんただ。好きに生きたら良い。姫だからって絶対に笑わないといけない訳じゃねえんだ。楽しくないのに笑ったってなあ。そういう時、笑う度に、何かが壊れていく音が聞こえるもんだ。その音を、俺はよく知っている」
 うんうんと頷いて、自分の気持ちを整理しながら話すラッカ。その時、彼は既に宮廷でジンダ=スプリングに言われた「いいかラッカ。一福殿に頼んで、絶対に姫を笑わせるんだ。どんな手段を使ってもだぞ」という言葉を忘れていた。
「まあ、世界を救う方法なんて、他にいくらでもある。あんたが笑いたいという気持ちがあれば、俺達の思惑をちょいと便乗させてもらおうかってぐらいの話だからさ。うん。悪かったな。スマン。ジンダ=スプリング。それでいいだろう?」
「…………」
 ジンダ=スプリングはどちらとも言えない表情ではあったが、反論する事はなかった。つまり、それが答えだった。

 姫はしばらく黙って俯いていたが、首を横に振りながら、苦しそうな表情で口を開いた。
「そんな訳……笑いたくない訳、ないではないか。わらわだって、父上にこれ以上心配をかけたくない……。お母様にだって……。お母様が今際の際に仰られたのだ。『元気に、楽しく生きなさい。いつでも貴女の事を見守っているから。空の私に届く様に、いつでも笑っていなさいね』と……。わらわだって、笑えるものなら、笑って差し上げたいのじゃ。国の為になるなら尚の事じゃ!でも、どうやっても……笑えない。笑い方を……忘れてしまったのじゃ!」
 目に涙を溜め、悲痛の声を上げるサブリミナル姫。

 母親である王妃が健在の頃、サブリミナル姫は笑顔溢れる天真爛漫な姫だった。
 幼いながらも輝くその笑顔を称えられ「サイトピアの宝石」と謳われた程である。
 そんな希望に満ちた姫であったからこそ、宮廷内外で、現状を嘆く者が多い。
 サブリミナル姫も始めは気丈に振る舞い、周囲の期待に応えようとした。だが、母親を亡くした喪失感が、姫の胸にぽっかりと穴を開け、気が付くと、笑い方を忘れている自分に気がついた。プレッシャーに押し潰されそうになる自分を守る為、姫は攻撃的になった。ならざるをえなかった。誰かに向かって牙を剥いてなくては、駄目になってしまいそうだったのだ。
 そしてその内、本当の自分を見失ってしまった。いや、性格の悪い、誰でも見下す今の自分が、現在のサブリミナル姫自身となってしまったのだ。戻りたくても帰り道さえ分からない。姫自身、どうしたら良いのか見当もつかず、途方に暮れていた。

「姫さん……」
 そんな姫の元へと歩み寄り、静かに震える頭を見下ろすラッカ。
「……ふん。笑うが良い。強がるだけ強がって、自分を見失った、こんなに弱いわらわを……笑うが良いわ」
 高飛車な態度で自嘲する姫。
「…………」
 そんな姫に対して、ラッカはニカッと微笑むと「上出来!!」と言って、頭を撫でまくり始めた。
「な…………!!」
 驚いて顔を上げる姫。ラッカは気にせずくしゃくしゃとその銀髪を撫で続ける。
「こら……ら、らっか、何をする……か。こ、この無礼者……あ、もう、やめ、て……」
 もみくちゃにされながらラッカを非難する姫。だがその語気に先程までの強さはない。
「上出来!上出来!上出来の答えだよ。だったら話は簡単。サイトピア一面白い男がここにはいるんだぜ。その悩みは今日、スパッと解決さ。なあ旦那?」
 そこでラッカは、満面の笑みを浮かべて一福を振り返る。
「さて、そう言う訳なんだ。この世界を救ってくれ、だなんて言わねえぜ。ここにいる、笑い方を忘れた一人の女の子を、どうか笑わせてやってくれないだろうか」

 そこでラッカは不敵な表情を見せる。
 だが、やはり不思議とそこに皮肉な雰囲気はない。
 真摯に、一直線に。一福の瞳を見据えているだけだ。

「………………」

 一福は、俯き、しばらく震えていたかと思うと、突然。
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
 と大笑いし始めた。

 楽しそうに、愉快そうに、痛快そうに、笑う。
 こんな一福は見た事がなかった。
 周りの者も、その光景を唖然として眺めている。

 しばらく笑い続けた後、一福はラッカに言った。

「ラッカ様……『笑わせてくれ』『こいつは面白い』というのは、ハードルの上げ過ぎというものですよ。参りましたね。そう言われると、相当以上面白くないと、誰も笑ってくれなくなるのですから……」
「旦那……いや、俺はそんなつもりじゃ……」
 ラッカが素直に頭を下げようとするのを一福はサッと手で制した。
「面白い。受けて立ちましょう」
 そう言って、ニヤリと笑う。
「誰かを笑わせてくれ、という依頼を受けずして、一体何が噺家だと言えましょうか」
「旦那……それじゃあ」
 力強く、一福は頷いた。

 その時、ナナセは見間違いだと思った。
 ラッカに続き一福まで……。
 一体何が起きているのだろうか。

 別人だと思ってしまったのだ。

 あの温和で、いつもお日様のように柔らかい笑顔を称えている一福の瞳が、ギラギラと、野性動物の様に輝いて見えるなんて。
 謙虚を絵に描いた様な表情が、自信にみなぎる事があるなんて。 

――これはきっと、私の見間違いに違いない。

 それともこれが、本当の楽々亭一福なのだろうか?

「『笑わせてくれ』ですか。この世界に来て初めてですね。そんな事を言われたのは……。いやはや、ようやく――――本気が出せます」
 そう呟くと、感慨深く、何度も頷く。

 そして一福はサブリミナル姫の元へゆっくり歩み寄ると、膝をついて、頭を下げた。

「姫様、お初にお目にかかります。この度の御依頼、身に余る光栄でございます」
 その惚れ惚れする程流麗な所作に姫もハッと息を呑む。
「先程姫様は仰いました。『世の中は本当にくだらん。魔族に飢餓に戦争に政治に派閥に陰謀に策略に欲望に憎しみに悲しみ。それしかないではないか』と」
 ツラツラと姫の言葉を一字一句間違えずに反芻する。その記憶力に皆が驚愕を覚える。

「確かに現在、姫様の世界にはそれしかないのかもしれません。ですがお喜びください。この世界に存在しなかったあるものが、先日召喚されましてね」
「……この世界に存在しなかったあるもの?」
 姫が可愛らしく小首を傾げて訊ねる。
 一福はゆっくりと顔を上げ、堂々と答えた。

「ええ――『落語』と言います。数百年の時に寄り添い、人から人、口から口へと受け継がれてきた伝統芸能です。そしてそんな形無きものにすっかり魂を奪われてしまった愚かで愉快な傀儡――あたしみたいな人間の事を『噺家』と申します」

 彼の口上を、姫も周囲の人間も、魅入られた様な表情で聞いている。

「人間国宝楽々亭七福が一番弟子、楽々亭一福。その名に恥じぬよう日々研鑽を重ねて参りました。姫様が御自分らしい笑いを見つけられますよう、最大限尽力致しますので――」

 着物の懐から素早く扇子を取り出すと、地面をトン、と突く。

――まずは一席、お付き合い下さい。

 異世界からやってきた噺家は、そう言って不敵に笑った。

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