挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界落語 作者:朱雀新吾

ちりとてちん【ちりとてちん】

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

47/117

ちりとてちん【ちりとてちん】①

 サイトピア国王宮執務室で、秘書官が大臣に近況報告を行っていた。
「最近の勇者ラッカ=シンサの活躍には目を見張るものがあります。同盟部隊を伴い、魔族に占領された町や村を幾つも解放しているのです」
「ほう」
 その報告に大臣の目が燦々と輝く。
「次はいよいよドワーフ城の解放となりますが、勇者ラッカ=シンサが率先して同盟部隊と作戦を練っている最中です」
「そうか……」
 まさに感無量といった表情で何度も頷く。
「あやつも本当にやる様になったな。しかし『同盟部隊を伴い』というのが凄いな。信じられん……」
「ええ」
 その意見には秘書官も同感だった。
 ラッカが集団を指揮する等、今まででは考えられなかった。
「基本的に個人主義な所は変わっていませんが、状況に応じて集団の長となり、目的を遂行する。その場での最善策を柔軟に選択していく。元々持っていた才能ではありますが、遺憾なく発揮しております」
「しかし、本当に突然じゃな。一体あやつにどういう心境の変化があったのかの……」
 相棒の死によってやる気を失った勇者。それでもここ最近は少し復活しつつあった。だが、ピンと張りつめた糸の様な危うい雰囲気を秘書官は感じ取っていた。緊張感に欠け、ヘラヘラと嘘くさい笑顔。その瞳の奥に光はなかった。そう、ラッカは無理をしていたのだ。
「心境の変化について、本人に聞いてみました」
「ほう、ヤツは何と答えた?」
 秘書官はラッカに思わず訊ねてしまった。突然、生気を取り戻して目の前に現れた勇者に。緊張感に欠け、ヘラヘラと嘘くさい笑顔。だけど、その瞳の奥には以前の優しい光が、確実に灯っていた。
 思わず、聞いてしまった。
――ラッカ兄さん。どうしたのですか?一体……貴方に何があったのですか?
――いや、別に。俺はただ……。
「私が聞きますと、彼は照れたように『いや、別に。俺はただ、故郷を守りたいだけだよ……』と」
「おお……」
 その言葉を聞いて大臣の目頭は熱くなった。

 ラッカが勇者と預言され、王宮に連れて来られてから、大臣はずっと彼を見てきた。
 過酷な運命に翻弄され、勇者である事を宿命づけられた子供。
 親に捨てられ、地獄の様な修行の毎日。ただ、勇者としての素養のみを求められ、その身に余る程の重責を一人で背負い、生きる。
 不憫だと思った。可哀そうだと。
 だが、大臣の立場上、何よりも優先すべきものは国益である。
 個人の辛苦が、国の為になるのであれば、選択肢は一つしかない。
 大臣は見て見ぬふりをしたのだ。いや、大臣自身も率先してラッカを追い込んだ事もある。
 まだ大人の庇護を当然に受けるべき子供を……。

「そんなこの国を……故郷と呼んでくれるのか。恨みこそすれ…………私を、許して、くれるのか」
 机の上にポタポタと滴が落ちる。

 秘書官は大臣が泣きやむまで、その姿をただ黙って見つめていた。 

「……ラッカはもう大丈夫だろう」
「ええ、本人の顔を見ていましても、憑き物が落ちたと言いますか、何かすっきりとした表情になっていました」
「それは何よりじゃ。本当に……良かった」
 これからラッカは真の勇者へと成長していく事だろう。
 それが大臣には何よりも、嬉しかった。

「あと、ラッカ=シンサから大臣に伝言です」
「おお、なんじゃ?」
 大臣は笑顔で訊ねる。
「『胸像を壊してゴメンね』と」
「な…………!!なんじゃと!!」
 一瞬で笑顔は弾け飛び、大臣は驚愕のあまり前のめりになった。
「消えた胸像……犯人は……あやつだったのか!」
 忘れもしない。あれは十年前の事である。
 己の権威を誇示する為に作らせた、大のお気に入りの胸像がなくなった「消えた胸像事件」。
 ドワーフの国より腕利きの職人を呼び寄せ、細部に至るまで凝りに凝らせて彫らせた胸像。それは大臣にとってもう一人の自分と言っても過言ではなかった。
 重責をその両肩に担う大臣は、毎日執務室に設置されたその胸像に話し掛けるのが日課だった。「よう私、今日もハンサムだね」「今日は大事な会議だからな、居眠りするなよ♪」と言っては自分を鼓舞していたのだ。
 なくてはならない相棒。分身であった。

 それがある日、まるで初めから存在しなかったかの様に忽然と姿を消したのだ。

 大臣は取り乱し、宮廷中をくまなく探し回ったが、胸像が見つかる事はなかった。
「『ちなみに壊したのは俺だけど、灰にしたのはピートだからね』だそうです」
「な…………灰、だと?」

 そう言えばあの日。胸像が消えた日。確かに机の上に瓶に詰まった灰が置かれていた。不気味なので捨てようかと思ったが、呪いのアイテムだと呪われて困るので、奥の部屋の引き出しにしまったのだ。それは今でも同じ場所に置かれている。
 あの灰が、分身の変わり果てた姿だったとは……。
 ラッカが壊し、ピートが灰にした。
「あやつらめ……」
 大臣はつい秘書官を睨み付けてしまった。
「あの、私を睨まれましても……」
「……まあ、よかろう」
 叫びだしたくなる思いをグッと堪えて声を出す。
「昔の事だ。子供の悪戯と思って、許すとしよう」
 大臣は男らしくニカっと笑った。
「そうですか。あとは大臣のお気に入りの高級酒を水に変えた事と大臣が執務室の中で仕事をしている時にドアノブを外から捥いで結界を張り三日間閉じ込めた事と城の外壁びっしりに『大臣のウンコたれ』×100000と落書きをした事と大臣が寝ている時に空中浮遊魔法の巻物を使って大臣を浮かした状態で下にダミーの大臣人形を用意して空中で目を覚ました大臣に幽体離脱をしたと勘違いさせる演出をして焦らせた事と大臣が風呂に入っている時に蛇口から数千匹の蛇を流して心臓を止めかけた事と大臣が国王陛下の前で大事な演説をした時のカンペに『国王陛下(クソ野郎様)におかれましては健やか(本当に気持ち悪い)なる御尊顔(くせえ面)を拝しまして、国民一同(王族様の家畜)を代表致しましてお喜び申し上げます(サノバビッチ!)』と出鱈目のルビを振った事と三日連続宮廷の廊下で見た事もないスキンヘッドの屈強な男達に『ウッヒヨオオオオオオ!!大臣最高!!!!!!わっしょいわっしょい!!!!』と雄叫びを上げながら胴上げをさせた事と風呂に入っている大臣の浴槽に踵属性魔法の巻物で足を生やして城下町を猛スピードで走り回る移動見世物露天風呂にした事と…………ほかにも、色々ゴメンと言っておりました」
「ぐおおおおおお!!!ラッカめえええええええ!!許さんぞおおおおおおおおお!!…………」
 男らしさは一瞬で弾け飛んだ。大臣の脳裏に全ての出来事が、走馬灯の様に蘇る。そのどれも、今まで一度たりとも忘れた事はない、恐怖と屈辱の記憶だった。
 若くして大臣になった自分への、宮廷特有の嫌がらせだと思い、甘んじて受けていたのだが。
 ただの子供の悪戯だったとは……。
 いや、子供の悪戯にしても……酷すぎる。

――おのれラッカめ……。
 先程の自分の感動は何だったのか。 
 大臣は椅子に座り、天井を見上げて茫然とするしかなかった。

 ふと見ると、秘書官は平然とした顔をしている。
 大臣は不思議に思った。
「お主、何故そんな平気な顔でいられる」
「ええ、私は知っていましたので」
 とても簡単に答えた。
「お主……」
 大臣はギリギリと歯を噛みしめたが、いよいよ馬鹿らしくなり、首を横に振って、叫んだ。
「もうよい!!過去の事じゃ。笑って許そう。ラッカが生きて帰ってくる事を条件にな!」
 そう言って大臣は半泣きになりながらも笑った。

 そんな大臣を見つめながら、秘書官はラッカの言葉を思い出していた。

――信じられないと思うだろうけどよ。俺、ピートに会ったぜ。

 それが夢の話なのか現の話なのか、ラッカは答えてくれなかった。
 だが、そう言って笑うラッカの顔を見た瞬間、ピートの優しい笑顔が被って見えた。
 ピートがラッカの側にいるような気がしたのだ。

 ラッカ=シンサは「勇者」という荷を降ろす事でようやく真の勇者の道を歩み始めたのだ。

 そういえば、秘書官はここ最近、ハナシカの噂を特に聞いてはいなかった。
 結局、騎士団や魔法隊もハナシカを手にする事は出来なかったのだ。
 ジンダ=スプリングの「火属性魔法こわい」作戦では国の役に立ったが、それ以降同じような例はない。
 ラクゴに関しては、自分の過大評価だったのだろうかと秘書官は考えた。
 業務が忙しくてまだ極楽酒場に直接行く事が出来ていないのも、正当な判断が出来ない理由である。

 そう、サイトピア国は、まだまだ問題が山積みである。
 秘書官は悩ましいそれらを大臣に提示する。
「あと、我が国の問題は、慢性的に続く財政難。ドワーフ王の失踪。城下町のとある宿に存在すると噂の、絵から抜け出し暴れるドラゴン。勇者が売り払った聖剣の行方。……目下の案件と言えばそれぐらいでしょうか。あとは、以前からの、姫様の件もありますが」
「姫か……ううむ」
 姫という言葉を聞いて、なんとも苦々しい表情を浮かべる大臣。
「『サイトピアの笑わない姫君』か……これには陛下が随分とお気に病まれておられるからな。なんとかして差し上げたいのはやまやまだが……のう」

 この様に、まだまだ問題は山積みである。
 一つが解決したとなるとまた一つ問題が現れる。
 特に、財政難に関しては極めて深刻であった。
 魔族との戦時中ともあり、国民の気持ちは沈みがちになり、自ずと消費は減少し、国力は衰える。何か国民の気持ちを明るくする様なニュースでもあれば、良いのだが。

「これらの問題に関しましては、ジンダ=スプリング様にもお願いしております。早々に手を打たなくてはなりませんね」
「うむ」
 秘書官の言葉に神妙に頷く大臣。
 そこへ扉を叩く音が響く。
「誰だ。入れ」
 扉が開かれる。そこには補佐官が立っていた。
「どうした」
 大臣が訊ねると補佐官はいつもの様に、言い難そうに口を開く。
「はい。今また、ええと……あの男が、ですね……やってまいりまして」
「あの男?あの男とは?」
「はい」
 補佐官は意を決して、勢いよく叫ぶ。
「『ダサくてマヌケでヤボなヤツ。そうヤツの名はダ☆マ☆ヤ』が参りました」
「追い返せ!」

 ◇  ◇  ◇  ◇

 ダマヤは、門番数人が熱心に話しているのを、決して入る事の出来ない宮廷の門外から聞いていた。
「『ダマヤ様』から『ダマヤ』で、『ダマヤ』から『何の役にも立たない人の形を成した塊』だろ。それから『人生を無駄に謳歌する天才』を経て『クソヤ』だったよな……。で、今は何だったっけ?」
 門番Aの問いに門番Bが答える。
「『クソにも劣る畜生』だろ?」
「いや、それは一週間前だろう?それから『クソと比べるにはクソに悪い男』を経て、なんだかんだで結局また『クソヤ』に戻ってきたんだよな?」
 門番Cが嬉しそうに同僚を指さす。
「あー、そうそう『クソヤ』は大臣の中でもしっくりきたみたいだもんなあ。短いし、これで固定になるかもと補佐官殿も喜んでおられたが……そうもいかんわなあ」
 門番達は顔を見合わせて笑った。
「あー、で、結局今はなんだったけなあ?」
 思い出せない門番A。
「『ダメヤ、ダメダメ』はいつだっけ?」
 門番Dの言葉に思わず門番達は吹き出す。
「ダマヤ名称七変化」に於いて『ダメヤ、ダメダメ』は門番達の中で一大ムーブメントを巻き起こした秀作の一つであった。「ダマヤ名称ランキング」があるのなら確実に上位三位以内に入るであろう。
「でも、『ダメヤ、ダメダメ』って……それはもう結構前だろう?」
「『大臣。宮廷に入れてくれても、良いじゃないの』『ダメヤ、ダメダメ~~』」
 ひょうきん者の門番Eが身体をくねらせながら台詞を言うと、門番達は手を叩いて笑い転げた。
「いや、でももう分からんな。後で補佐官殿に聞こうぜ。覚えてなくて間違えると大臣に怒られるから、いつも必死で覚えているもんな。ダマヤ様も酷な事をするぜ」
「ちょっと待て!確か……頭文字で文章にして、作文作るようなヤツじゃなかったか?」
「それだ!!」
「ダマヤの『ダ』。確か、ダサくて。『マ』マヌケで……『ヤ』ヤボなヤツ」
「そうそう、それそれ!!」

「…………」
 あれこれと話しながら盛り上がっている門番達を唖然として見つめながら、ダマヤは思った。

 自分の名前が……大変な事になっている。
 このままではいかん。絶対にいかん。

――なんとか、挽回しなくては。

 ダマヤは起死回生の機会を願うのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ