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異世界落語 作者:朱雀新吾

クロノ・チンチローネ【時うどん】

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クロノ・チンチローネ【時うどん】④

 それから、二人は「異世界映像端末(テレビジョン)」を一時間程視聴した。
 時計を見ると、時刻はシヴァ=シルヴィア(日本に於ける午後三時)を回っていた。

「ダマヤ様。このお方は大変強そうですが」
 そう言ってクランエは「異世界映像端末(テレビジョン)」を指差す。
 そこには確かに屈強な男が剣を振り回して敵をなぎ倒している映像が映っている。
 だが、ダマヤはそれを見るとすぐに苦笑して、首を横に振った。
「ああ、これはなクランエ。確かに彼はとても優秀な剣豪の様に見えるが、残念ながら偽者なのだよ」
「偽者ですか?いえですが、実際にご覧ください。今なんて一斉に大剣一振りで4、50人は吹き飛ばしましたよ。こんな猛者は我が国では『無敵の牢獄門番ヘブン=コスナー』ぐらいのものです。ひょっとして救世主はこの方なのでは?」
 目を輝かせて語るクランエに、ダマヤはますます困ってしまう。
「いやいや、クランエ。うーむ。どう説明したものか……。これは『ドラマ』と言ってな。本当に戦っているわけではないのだよ。戦いの真似事をして、それを映像にして流して人々を楽しませる。いわば、娯楽の一つだな」
「はあ、娯楽でございますか。はあ、これがですか?」
「ああ、そうだ」 
 それでも明らかに懐疑的な眼差しのクランエ。
――無理もない。
「ドラマ」に関してはダマヤもつい最近まで、現実だと思っていたのだ。
 そんなある日「メイキング映像」というものを目にする事によって、ようやくダマヤは「ドラマ」が作りものである事を知った。それでつい先日、首を斬られて死んだ筈の男が別の番組で笑いながら料理をしているという謎の答えに辿り着く事が出来たのだ。
「つまり、武士も、忍者も、全て偽者なのだ。彼らを召喚したとしても、ただ異世界の『役者』という職業の人間を召喚するだけになる。『役者』はターミナルでは、役に立たないのだよ」
「『役者』なのに役に立たないとは……。そんな……」
 クランエは呆然としてそう呟く。
「でも、何故異世界の人間はそんな嘘っぱちの物語を作って、楽しんでいるのでしょうか」
 その問いに、マダヤは己の持論を語ってみせる。
「うむ。つまり異世界は平和なのだろう。ひょっとすると、彼らは敵を全て滅ぼしているのかもしれんな。本当の戦がないから、真似事を流す。そう考えると、いやはや、やはり恐ろしい種族だ」
「彼らは戦に飢えている、という事ですね」
「ああ、その通りだ」
 二人は顔を見合わせ、異世界に対する理解出来ぬ畏怖を共有した。

 また別の番組を視ていると、クランエが声を上げた。
「ダマヤ様、ではこの方は如何でしょうか?ほら、大層博識そうですよ」
「ああ、彼はアナウンサーだな」
「アナウンサーですか。アナウンサーとは?」
「今流れている映像は異世界情報番組(ニュース)と言ってだな。まあ、魔導新聞等の類だよ」
「ほお、なるほど」
 クランエは何度も頷きながら、アナウンサーなる人物を凝視する。
「彼らは当然、膨大な知識を持ってはいるが、それもこれもあちらの世界の知識に詳しいだけ。ともすれば下手に常識がある分、こちらの世界に来たら混乱してしまって、世界を救う所ではないかもしれん」
「なるほど。確かにそういうものかもしれませんね」
――せめて、空手講座か、古武術講座でもやっていてくれたなら。
 それで手を打とうかとダマヤは考えていた。
 預言師が告げたのだから、救世主が召喚される事実に、間違いはあるまい。なら、ダマヤが確率的に救世主たる人物だと思えるのは、その辺りであった。講座に出てくる武芸者は、偽者ではない。本当にその道を極めた人間である。彼らならターミナルに来ても、その技術を活かす事が出来るに違いない。
 後は、兵法に詳しい学者等。
 勇者は既にサイトピアに存在する為、ひょっとすれば救世主とは武芸者という意味ではなく、賢者の事なのかもしれないとも、ダマヤは思っていた。クランエのアナウンサーというのは、そういう意味では方向性としては間違っていないのではないか。
 そして、あるいは――兵器である。
 たまに、ニュースで流れる、異世界の強力な兵器。
 空を飛ぶ鳥の様な大きな物体や、火を吹く筒。画面で見る限り、超強大魔法級の威力があるようだ。
 あれを使用者共々召還出来るのならば――
――そうだな。これは「自衛隊」が映るニュースをじっくりと待つのが一番かもしれないな。
 ダマヤは召喚の照準を、異世界の兵器に絞る事にした。
――異世界の兵器が映ったら、タイミング良く手を叩かなくてはならない。


 そして、三日が経った。

 そうそう求めている時に求めている番組が流れる訳ではない。
 何度か「オスプレイ」なる兵器が映ったが、タイミングを逃してしまった。
「オスプレイ」が映って手を叩いてもそのあと映像が直ぐに映り変わってアナウンサーを召喚してしまっては、どうしようもない。事はターミナルの存亡を賭ける。間違えましたでは、すまないのだ。その重圧により、どうしても慎重にならざるを得なかった。
「オスプレイ」は異世界では片身の狭い思いをしているようだが、ターミナルに来たら英雄である(そもそも「オスプレイ」を召喚してしまった場合、「オスプレイ」を運転しているのはほぼ間違いなくアメリカ人である為、言葉が通じなく、困ってしまう事をダマヤは知らない)。
 ダマヤは再び腰を落ち着け、兵器が映る瞬間を待ち構える。
 一方クランエはというと、虚ろな瞳で下を向いている。体力も気力も消耗しているのは明らかだ。
 はあ、とため息を吐くと、しみじみ呟く。
「ダマヤ様の御任務は一年中、この『異世界映像端末(テレビジョン)』の前で異世界を観察する事。いやはや、想像以上に過酷なものなのですね。私など、この三日程度で、既に音を上げてしまいそうです」
「うむ。そうだろうそうだろう。それが視聴者(ウォッチャー)が常人では持たないと言われておる由縁だ」
 ダマヤの精神力は人並外れていた。寝っころがってマンマーンマ(ターミナルのお菓子)を食べながら日がな異世界映像端末(テレビジョン)をぼけーっと眺めていても、まったく平気なのだ。「他の者があくせく働いている時に、自分は働かなくても一切後ろめたい気持ちにならない」。それが視聴者(ウォッチャー)に求められる一番の素養である。ダマヤはその類まれなる才能を買われて、史上最年少で視聴者(ウォッチャー)となった経緯がある。史上最年少視聴者(ウォッチャー)と史上最年少召喚士。その点に於いて、ダマヤはクランエにとても親近感を抱いている。
「まあ、私が言えるコツは、何か一つでもお気に入りの番組を見つけることだな」
 その言葉にクランエは大いに同意する。
「いやあ、確かに『は○かっぱ』という異世界児童向映像(アニメーション)がなければ、私はとっくに降参していた所でしょう」
「そうだろうそうだろう。『は○かっぱ』には私も救われたものだ」
 最初は「ダマヤ様。絵が、絵が勝手に動いております!せ、世界の終わりです!」と神に祈りを捧げて震えていたクランエだったが、今や完全に「は○かっぱ」の虜だった。
 気が付くと「春夏秋冬朝昼晩♪」と、ターミナルに四季はないにも関わらず、口ずさんでいる始末であった。

 時計をみるとロンダー=ロメオン(日本に於ける午後7時)である。
 そこで番組が切り替わる。
 画面に『火曜寄席』の文字が現れた。
――そうか、今日は火曜日だったか。
 突然身を乗り出したダマヤをクランエが不思議そうに見つめる。
「ダマヤ様、どうかなさいましたか?」
「ああ、いや。これは召喚には関係ない。まあ、息抜きだ」
「はあ、私にとっての『は○かっぱ』の様なものですね」
「そうだ。休憩を挟まなくては持ちはしないからな。クランエも楽にしておくがよい」
「はい。で、一体この番組は何なのですか?」
「これは落語だ」
「ラクゴ、ですか?」
 うむ、とダマヤは頷く。
「異世界に於ける、伝統的な芸能の一つだな。私が研究に力を入れている分野の一つでもある」
「そうなのですか」
 画面には、奇妙な服を着た一人の男が赤い台の上で喋っている。
『男女の仲と云いますのは、一体何がどうなってくっついたり離れたりするものかとは、分からないものでして、ともすれば、己の計り知れない所で、なんて事も……』 
「ほお、これは『井戸の茶碗』か……?」
 クランエは驚いてダマヤを見る。
「イドノチャワン……?ダマヤ様。今から何が行われるか分かるんですか?」
「ああ、魔法と同じだ。呪文の詠唱でそれが火系の魔法か水系の魔法か、はたまた回復魔法か、分かるであろう?今彼が言ったマクラによって、これから彼のする噺が分かるのだ」
 ダマヤは嬉しそうに頷きながら呟いた。クランエはよく意味が分からず首を傾げている。
「つまり、あの方は魔法使いということですか?」
「そうではないが、うーむ、なんと言えばよいかなあ。一人芝居。芝居というのは、物語を紡ぐ者であり……」
「詩人の様なものでしょうか?神々や英雄の活躍を叙事詩にして語り継ぐ役目」
「……ううむ。まあ、そんなものだ。異世界ではその様な人物の事を『噺家』と呼ぶ」
 正確に説明する事は不可能だろう。ダマヤは面倒くさくなって、適当に頷く事にした。
「『ハナシカ』ですか。で、イドノチャワンとは、どの様な叙事詩なのですか?」
 そう訊ねられた途端、ダマヤの瞳が嬉々として輝き、饒舌に語り出す。
「いやな、この話はだな。正直者の屑屋(リサイクルショップの様なもの)清兵衛が、ある日貧乏長屋で千代田卜斎と名乗る浪人から買い取った仏像。その仏像が、細川家の若侍、高木作左衛門の目に留まり、200文で売れるのだ。しかし高木がその時代が付いて少々薄汚れてしまった仏像を磨いていると、仏像の中から50両もの小判が出てきた。驚いた高木は再び屑屋の清兵衛を呼びつけ『仏像は買ったが、小判を買ったつもりはない。この50両、その千代田氏という御浪人に返してくれ』と頼まれる。だが、千代田は千代田で『一度売ってしまった仏像から50両が出てきた所で、それを返してくれとは、武士の名折れ。それはお買いになった高木氏のものである。それを受け取るわけにはいかん』と言い出す始末。返す、受け取れん、返す、受け取れんと、二人の実直な武士の間を行ったり来たりと、それはそれは大変な清兵衛。見かねた千代田の住む貧乏長屋の大家が『これは良い話を聞いた』と間を取り持ち「千代田様と高木様、お二人で20両20両を御受け取りになり、屑屋の清兵衛さんに迷惑料として、残った10両をあげてはいかがかと。これでどうでしょう?」と持ちかける。高木は大家の申し出に、ありがたく20両を受け取る。だが千代田の方はと言うと『拙者はそれでも受け取るわけにはいかない』と、申し出を拒むのだ。それならと大家は『20両で、千代田様の所有物を売ったとして、商売にしてしまえば問題ないでしょう』と、20両受け取る代わりに、高木に何かを差し上げてはと提案する。『20両の担保になる物など当家にはない』と渋る千代田だったが、その時ふと目についた茶碗ではどうかと、茶碗を高木に差し出し、代わりに20両を受け取る事でまとまる。これで物語はおしまいかと思われたが、それが細川のお殿様の耳にとまり、大層御感銘をお受けになり『何とも良い話である、余は良い家来を持った。高木とやら。その茶碗、目通り許すぞ』となんと、高木はお殿様の御前へと参上する事となったのだ。これは凄い事だぞ。門番が国王の御前に立つ様なものだからな。そしてその時、たまたまその場にいた細川家専属の鑑定士が『殿、その茶碗、見せて頂けないでしょうか』と言ってきた。鑑定士が言うにはその茶碗は『井戸の茶碗』と言って、大変な値打ちな物なのだそうだ。細川のお殿様はその話を聞いて、高木からその茶碗を300両で買い取る事にした。さあ、高木の手元に300両もの大金がやってきたわけだが、元は千代田の茶碗。当然、困り果ててしまった。再び屑屋の清兵衛を呼びつけ、半額の150両を千代田の元へと届ける様に言いつける。だが、千代田が受け取る訳もなく、困り果ててしまう清兵衛。そこで思いついたのが『それでは千代田様、先の茶碗と同じく、千代田様のモノを高木様に差し上げてはいかがでしょう』という案であった。『150両の値打ちのモノなど当家にはない』と首を振る千代田だったが、ふと、自分の娘に目をやると『高木氏が独身で、我が娘を貰って頂けるならば、結婚の支度金として150両を頂戴するがの』と言うのだった。これを聞いた高木も流石に驚いたが『千代田氏の御息女なら、間違いはあるまい。高木作左衛門、ありがたく頂戴する』と縁談がまとまって大団円という、正直で実直な者達が織りなす、何とも心の温まる物語なのだ。どうだクランエ?面白そうであろう?のう?のう?」
「はあ……」
 全ての筋を矢継ぎ早に先に話されて面白そうも何もないし、ダマヤの突然の嬉々とした解説っぷりにクランエはなかなかの気持ち悪さを感じたが、ダマヤの方が宮廷での位が上の為、何も言わなかった。
 そして話終えるとダマヤは直ぐに画面へと向かい、夢中で「落語」を視聴し始めた。
『高木様、行ってまいりました』
『おう、清兵衛。どうじゃ、千代田氏は50両お受け取りになられたか?』
『いえ。それが、刀にかけても受け取れぬと……』
『何?50両を受け取らぬとな。なんと天晴れ……。だが、この高木も武士として負けてはおれん。清兵衛、何としても受け取らせるのじゃ!』
 ダマヤは、高木、千代田、双方に武士の志を感じては熱心に頷いて感心し、
『屑屋ーー!清兵衛!来たか!座れ!金!300両!我、困惑!』
 高木に300両が転がり込んできた時の困り果てた芝居に、わっはっはと大笑いし床を転げまわり、
『高木様、あちらのお嬢様、今はお地味な成りをなされていますが、磨いてごらんなさい。金をかけて。見違えますよ』
『いや、磨くのはよそう、また小判が出るといかん』
 そして、見事なサゲのタイミングとその噺家の総じた質の高さに、
「いやあ、お見事!」

 思わず拍手をしてしまう程であった。

「あ、ダマヤ様……」
「あ……」
 二人が気がついた時には遅かった。
 ダマヤは召喚輪倶(サモナイトリング)を装備した状態で、連続して手を叩いてしまった。
 輪倶(リング)と「異世界映像端末(テレビジョン)」が輝き出し、二人は目を眩ませた。

 そして光がなくなり目を開けると、そこには着物を着た細身の男が、座布団と共に座っていた。

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