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異世界落語 作者:朱雀新吾

火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】

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火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】――解説――

 今回は「まんじゅうこわい」でした。
 とても有名な噺です。
 男達が自分の怖い物を白状しあっている中、一人の男がまんじゅうを怖いと言い出す。それじゃあ少しからかってやろうとその男の家に様々なまんじゅうを投げ入れるが、中を覗いて見ると男が必死に投げ入れられたまんじゅうを食べていた。騙された友達が訊ねる。「おい、お前が本当に怖いのは何だ?」「今はお茶が怖い」
 解説するまでもない程有名な筋ですね。本当によく考えられている名作だと思います。言ってみれば「押すな、絶対に押すなよ!」の元祖ですから。今だにバラエティ業界で使われている技法。落語の歴史と奥深さを感じずにはいられません。

 さて、この「まんじゅうこわい」ですが、演者としましてはなかなかに難しいお話です。何故かといいますと、登場人物が一場面に複数人出てくる落語だからです。今まで扱いました落語には登場人物は多くても、三人が会話する場面は一度もないのです。「時うどん」も男二人にうどん屋と、一場面に三人いますが、絶妙に三人での会話は存在しない。
「まんじゅうこわい」も厳密には三人会話を避けている部分がありますが、それにしても大人数が一部屋にいて会話をするという「入り乱れ感」が強いので、やはりそれだけで難易度は高くなります。
 三人以上の会話になると大変というのは、小説も同じですね。作家の方ならすんなり理解出来るかもしれません。
 複数人の会話がある落語を初めて演じる場合、まず最初の練習でパニックに陥ります。
 ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、落語とは顔を上下かみしもに分けて、つまり左右を交互に向けながら一人で人物を分けるものです。身分の偉い人が上手(舞台に座って左手)にいて、低い人間が下手(舞台に座って右手)にいる。つまり、演者が下手を向いて(右向きに)喋っている場合、演じているその人物は身分の高い人という事(御隠居や家主など)になります。
 二人で喋っている時は一度その関係性を決めてしまえば後は交互に話をしていけば問題ないのですが、これが奇数、三人となりますと、上下がどんどんローテーションされていってしまう訳でして。三人目はどっちを向けば良いのか、分からなくなります。
 私はそういう場合、最終的には「特に気にしない」という方法を取りました。前喋った人物と少しだけ角度を変えてみたり、三人目は真ん中を向いて喋ったり。「一つの噺の中で演者によって登場人物の首の角度がある程度確立されていれば良い」というルールに違反しなければ、大体許されるというのが私の落研の決まりでした。プロの方はもっと厳しいのかもしれませんが、学生落語では、自分が混乱しないレベルで演じ分けるのが一番だと思います。

 後は単純に「一度に三人を演じるのは難しい」という部分があります。
 これは一度やってみれば分かります。二人の会話は慣れれば簡単ですが、三人になると本当に難しくなります。例題を出したいと思います。
(二人バージョン)
「こんにちわ」「おお、よく来たな。誰かと思ったらお前さんかい」「ええ、御隠居もお元気そうで」「ああ、まあお上がり」「はい、上がらせて頂きます」「で、今日は一体何の用だい?」「いえね、実は御隠居に聞きたい事がございまして」「ほう、ワシに聞きたい事?」
(三人バージョン)
「こんにちわ」「おお、よく来たな。誰かと思ったらお前さんかい」「ええ、ご隠居もお元気そうで。あら、そちらにいらっしゃるのは伊勢屋の番頭さんじゃないですか?」「おお、八っつぁん。久しぶりだな」「いや、番頭さんはワシが将棋の相手にと呼びつけたんじゃ。まあ立ち話もなんだ。お上がり」「はい、上がらせて頂きます」「八っつぁん。お前さんは御隠居に何の用だい?」「いえね、実は御隠居に聞きたい事がございまして」「ほう、ワシに聞きたい事?」「そいつはなんだい八っつぁん、ひょっとしたら私にも答えられるかもしれないよ」

 前者は「元気な若者」と「落ち着いた老人」を交互に演じれば良いので、メリハリさえつければ直ぐに演じ分けが出来るでしょう。
 ですが、後者の三人バージョンは「元気な若者」と「落ち着いた老人」と「普通のおじさん」を演じ分けなくてはいけません。この「普通のおじさん」が曲者で、テンションを上げ過ぎると八っつぁんに、下げ過ぎると御隠居に寄ってしまい、それを気にし始めると最後、頭がこんがらがって訳が分からなくなってしまいます。単純に声色であったり表情で分けたりと、手段は多くあるのですが、私はこれに関しましても「特に気にしない」という技で乗り切っておりました。アマチュアですので「無理なものは無理」と割り切ってしまえるかどうか、が肝心なのです。

 例題の後者(三人バージョン)を首振りも加えて簡単に出来たという方は落語の才能があります。今すぐ仕事や学校を辞めて近くの噺家に弟子入りする事をおススメします。

「寿限無」同様、このネタも学生時代、周りではあまりやっていませんでした。有名過ぎるから、だと思います。
 同じ有名にしても「時うどん」はうどんを食べる振りが「寿限無」には長台詞があって盛り上がりますが「まんじゅうこわい」が有名なのはその筋書きなのです。
 それはつまり既にネタバレをしている状態という事であり、下手な落語をすると大変な目にあいます。
 誰もが知っているネタですから、上手い人がやって初めて鑑賞に値するものになる。学生では少々荷が重いかと思います。それで皆なかなか手を出しつらいものがあったのではないかと、今更ながら推測したりしています。勿論、上手な人は学生でもしっかりと演じていましたが。
 音楽で例えるならビートルズのコピーバンドとでも言いましょうか。あれ、違いますか?
 いえ、高校生の頃、私はビートルズのコピーバンドをやって実際に大変な目にあっただけで言っているのですが。あの時のお客様の白い目は今でも夢に見る程です。
 皆が知っているから盛り上がるかと思ったら、痛い目にあう。そんな危うさを含んだネタでありました。
とても勉強になりました。

 次回の元ネタは「だんじり狸」というお噺です。ここにきて極端に知名度の低い落語となります。ですが、私の大好きな演目です。どうぞ、お楽しみに。
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