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異世界落語 作者:朱雀新吾

火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】

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火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】②

 お馴染み極楽酒場。
 そこで楽々亭一福の落語が始まろうとしていた。
 その日は新作がかけられるという事で、店内はいつにも増しての大賑わいである。

 カウンター席には勇者ラッカと、王家の紋章の入ったマントを着た、眼光の鋭い男が座っている。
 軽薄そうな若い男と、厳格そうな青年。その組み合わせは周囲の目には少々異様に映った。
「なあ、ジンダ=スプリング。本当にこのラクゴってヤツは面白いんだって。お前だって宮廷で噂ぐらい聞いた事はあるだろう。なあ、一度騙されたと思ってさ。観てみろよ?」
 青年は一切表情を変えずにラッカをひと睨みする。ジンダ=スプリングをよく知る者にとっては、その周囲を威嚇するかのような尖った表情は慣れたものであったが、知らぬ者が見たなら、百人が百人、彼が怒っていると認識するであろう。
 それほど無愛想で、ぶっきらぼうで、無感情。それが齢三十という若さでサイトピア国、王宮参謀長官となった、ジンダ=スプリングという人物であった。
「騙されたと思ってと言うが、ラッカ。そんなお前に何度騙されたと思っているんだ。ちょうど75日前に行ったとんでもない娼館の事を、忘れたとは言わせんぞ」
「ハッハッハ!あんたは何でも覚えているな。流石は参謀様」
「うるさい。ただでさえ魔族のサイトピア侵攻が迫ってきているのだ。こんな所で芸事なぞのんびり眺めている余裕などない」
「まあまあそう言うなって、もうすぐ始まるからよ。……ん、あれは?」
 そこでラッカは後ろの席に、誰かを発見した。
「ジンダ=スプリング。ちょいとすまねえ、ここにいてくれ。俺はちょっと、向こうの席に行ってくるからよ」
 そういうと、ラッカはそそくさと席を離れ、人ごみの中を掻き分けて行った。
「……」
 その方向を鬼の形相で睨みつけるジンダ=スプリング。だが、本人は特に怒っている訳でも、睨みつけている訳でもない。信じられない事に、それが彼のスタンダードなのだ。

「ようレイニール」
 ラッカは後方の端の席に一人で座っている男の前に立つと、名前を呼んだ。
「これは、ラッカ様」
 レイニールと呼ばれたその男も、ジンダ=スプリングに負けず劣らず表情が乏しい。レイニールの方はジンダ=スプリングに比べると随分弱々しい、生気のないベクトルの無表情だった。
「最近よく見にきているようだが、ラクゴ、好きなのか?」
「ええ、興味があるんですよ。なんせ異世界の文化ですからね」
 そう言って頷くレイニールの窪んだ目は、ラッカを決して見ていない。
「ふうん。今日やるのは新しいヤツらしいぜ。なんたらこわいってヤツ。楽しみだな」
「へえ、そうなのですか。それは興味深いですね……」
 特に興味もなさそうに返事をするレイニール。これが彼のスタンダードであった。
「……まあ、また宮廷でな。じゃあな」
 ラッカは苦笑いを浮かべながらレイニールの下を離れた。
「お、そこにいるのはラフマニノフ。元気かよ。あ、チャイコフスキーも。どうしたよ。元気かよ」
 ラッカは元いたカウンター席に帰りながらも、顔見知りに声をかけ続けた。

「ゴメンゴメン。ちょっと知った顔がいてさ」
 ラッカはそう言いながらジンダ=スプリングの横の席へと座る。
「お前はいつもどこでも知った顔がいるじゃないか。あいつは王宮レンジャー隊、副隊長のレイニールだろう?」
「あ、知ってた?」
「当然だ。弓は兵法に欠かせないからな。それにヤツ自身、凄腕のレンジャーでもある」
「へえ。そういや、戦っている所は見た事ねえな。魔法使いの方がお似合いってなぐらいの辛気臭い顔してるが……人は見かけによらねえぜ」
「お前も、その軽薄そうな嘘っぱちで最低の笑顔を見て、誰が勇者だと思うかね。つまり、ヤツと一緒だよ」
「ははは!そいつは違いねえ!」
 ほぼ悪口の発言にも関わらずラッカは豪快に笑った。

「お、そろそろ始まるんじゃねえか……」
 ラッカがそう言うと、客席の明かりが徐々に落とされ、高座にスポットライトが当たる。
 すると、酒場内にリュートの音が響き渡った。
 あれ?登場の時に曲なんてあっただろうかと、ラッカは首を傾げた。更に驚くべき事に、厨房の方を覗き見ると、そのリュートはなんとナナセが弾いていた。
 曲調は明らかにターミナルのものではない。どことなく古めかしくも懐かしさを感じるその音は、きっと一福の世界のものなのだろう。
――なるほど。確かにこの曲があった方が、雰囲気が出る。
 これがラクゴとしての正しいカタチ(後でナナセに聞いた所「デバヤシ」というものらしい)なのかもしれないな、とラッカはぼんやりと思った。

 曲に合わせて一福が高座に上がる。
 盛大な拍手の中、ゆっくりと座布団に座り、頭を下げる。ドンドン、という太鼓の音が鳴ると、リュートの演奏が止まった。

「えー、若い衆が集まりますと、それは色んなお話をされると思います。国の未来を憂い、熱く語る事もあるでしょう。将来の夢を語り、互いに励ましあったりもおおいに結構だと思います。ですが、やはりそれだけじゃ息が詰まるってなもんです。頃合いになってきますと、まあ、どうでもよい話なんかになったりしまして……」

 一福が扇子でトンと、地面を叩く。
 その瞬間――世界が、変わる。
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