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異世界落語 作者:朱雀新吾

アマテラス【平林】

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アマテラス【平林】⑤

 落語「アマテラス」の一席が終わり、ラッカに一福を紹介されたナナセは、感激に震えていた。
「あの、イップク様、最高に面白かったです!」
 赤ら顔でモジモジしながら手を差し出す。
「握手して下さい!」
「ああ、構いませんよナナセさん。貴方があたしの作った『アマテラス』を先日、実際に唱えられたとか。いやあ、驚きましたよ。まさか本当に使えるだなんて……」
 一福はがっちりとナナセの手を取り、握手をする。
「イップク様!私は今日ラクゴを初めて観たのですが、一人が何人にもなって、ぶわああってなって、歌も凄くて、あれだけ長い台詞を間違える事もなくそれで一人が何人にもなって、本当にお上手で、はわわわってなりました!」
「こらこら、小娘や。興奮して訳の分からない事を言うではない」
 ダマヤがハイテンションのナナセをたしなめる。
「あ、貴方様はひょっとして、ダマヤ様ですか?」
「……ああ、いかにも私がダマヤだが。知っておるのか?」
「勿論です!」
 ナナセは大きく首を縦に振る。
「王宮視聴者のダマヤ様。有名人です!勇者様と同じで魔法学校の教科書に乗っておられる様な方ですから。『類まれなる強靭な精神力の持ち主』だって書いてありました!テストにも出ました!『ダヤマ』って書いて減点されたけど」
「ふふふ。まあな。いやはや、なかなか見所ある娘ではないか。うむうむ、しかし私は『ダマヤ』だからな。『ダ』ンディで『マ』ジで『ヤ』バいと覚えると良かろう」
「はい!」
 珍しく手放しで持ち上げられ、みるみる鼻の下が伸び、顔のにやけを我慢出来なくなるダマヤ。うんうんと満足そうに頷くと、ナナセの肩を叩いた。
「ハハハ!お嬢ちゃんすげえなあ!ダマヤのとっつぁんまで手玉に取るとは!」
 ラッカがその様子を眺めながら、愉快そうに笑っていた。

「それにしても凄いです。『アマテラス』というラクゴは。イップク様は裏詠唱を作ってしまうんですから。もしかして、元々知ってらしたのですか?」
 その言葉に一福は笑いながら手を振る。
「いや、違いますよ。その、裏詠唱とやらになったのは、本当にただの偶然です。元来落語というものは人を楽しませる為のものですから」
「ええ?魔法を作る気がなかったのに、魔法作っちゃったんですか?凄過ぎます!!」
 驚愕するナナセに共感して頷く一福。
「ええ、あたしも不思議なんですがね。ナナセさんの『アマテラス』といい、ラッカさんの『エターナル』といい。あ、『エターナル』は夜の部でやりますので宜しければそれもまた観ていって……」
「ええええ!?」
 一福が話しきるのを待たずにナナセは再び驚きの声を上げ、ラッカを振り向く。
「『エターナル』って、あの、勇者様の技!?。あれもラクゴだったんですか!?」
「ああ。あれ?言ってなかったっけ?夜の部でやるそうだから、また来ようぜ!」
「はい!絶対行きます!」 
「ああ、所で今日クラはどうした?」
「師匠なら王宮に用事があるとの事で……」 

 クランエの話をし始めたまさにその時、一福達は声をかけられた。
「楽しそうにお話をされている所大変申し訳ありませんが、少し宜しいですかな……」 
 そこにはローブを着た魔法使いの一団が綺麗に整列していた。
「あ、お主は……チョウカではないか!!」
 先頭に立つ一人だけ赤いベルベット生地のローブを着ている男を指差し、ダマヤが叫んだ。
「おおダマヤ、久しぶりですね。最近では君をめっきり宮廷で見なくなったので心配していたのですよ。何やら大臣にビンタされ、追放されたとか。いけませんね。君にはひがなテレビを見るという大事な大事な仕事があるのですから。お早い復帰を願っていますよ。ふっふっふ……」
「おのれチョウカ……!」
 チョウカのあからさまな皮肉に悔しそうに歯噛みするダマヤ。
「まあまあダマヤ落ち着きなさい。今日私がここに来たのは、貴方の為にもなる事なのですよ?」
「何だと?私の為だと?一体どういう事だ!おい、チョウカ!何とか言え!答えろ!どういう事だ?おい!!何とか言え!チョウカ!やい!やいやい!どういう事だ!」
 大いに興奮する同期を呆れた様に眺めるチョウカ。
「もう、今言ったでしょう。少しは落ち着きなさいと。君は昔からそうだった。特にカンエと君は顔を見合わせたら口喧嘩ばかりしていましたね。そして最後には君が泣かされて終わる。まあ、本当の喧嘩になったら尚更カンエには勝てませんからね。どちらにしろ君の負けは決まっていた。ふっふっふ」
「やかましいわ!」
「まあ、貴方は少し黙ってそこで見ていなさい」
 そしてチョウカは一福に話しかける。 
「……ラクラクテイイップクさん」
「はい」
「ラクゴ、拝見させて頂きました。素晴らしい芸であります。いえ、あれはもう芸の域を超えております。卓越した業。職人が歳月をかけ磨き上げた刀剣、修行に修行を重ねた魔法使いの放つ珠玉の魔法と同じ、努力の結晶です」
「これは、勿体ないお言葉を。ありがとうございます」
 一福が丁寧に頭を下げる。
「で、私が何を言いたいのかと言いますと、ラクラクテイイップクさん。是非貴方には、王宮魔法隊に入って頂きたいのです。そちらにいらっしゃるナナセ=フラウさんとご一緒に」
「……魔法隊に、所属ですか?」
 チョウカの言葉に流石の一福も驚いて目を見開く。
 ナナセに至っては言葉を失い、口を手で覆っている。
「待遇は、ナナセさんには隊員魔法使いとして。イップクさんには指南役として。勿論イップクさんはラクゴの活動も続けて頂いて一向に構いません。まあ、少々の制約は加えさせてもらいますがね……」
 チョウカはゆっくりと髭を触りながら、提案した。
「おいチョウカ!それは一体どういう事だ!説明しろ!」
 そこへダマヤが口を挟む。
「言ったでしょう。魔法隊に加わって頂き、指南してもらうのです」
「何をだ?何だ、魔法か?魔法はイップク様は使えんぞ。一体お主は何を言っておるのだチョウカよ」
「いえ、ですから、そういう意味ではなく。スーパーバイザーとしてですね……」
「バイザー?バイザーとは何だ?サンバイザーの事か?サンバイザー?あれ?サンバイザーって何だっけ……?」
「いえ、そうではなくてですね。相談役とでも言いましょうか……」
「相談役?なんだイップク様に悩み相談でもするのか?一体それで何がしたいんだお主は」
「いえ、ですから…」
 ダマヤのあまりにもの頭の回転の鈍さに、いい加減穏やかなチョウカの表情にも苛立ちが見えてきた。
「まったく、本当に君は相変わらず冴えない人ですね」
「お主も相変わらず遠回しで訳の分からない言葉ばかり並び立てよるな。ふん」
 そして、両者は睨み合うのであった。
「まあまあまあまあ、あんたら同期だろ?仲良くやんなって」
 その間にラッカがヘラヘラ笑いながら割って入る。
「チョウカのおっちゃんが言いたいのはこういう事だろ?つまり、イップクの旦那には王宮魔法隊に所属してラクゴを指南してもらって、魔法使い達に『アマテラス』を使える様にして欲しい、と。そういうこった!」
「流石はラッカ様。誰かと違い、お察しが宜しくて助かります」
「まあな。で、あれだろ?チョウカのおっさん。更にはまた新たな魔法なんかを作り出して欲しいんだろ?旦那には新しいラクゴを作ってもらって……。そこがさっきしれっと言ってた『少々の制約』ってヤツなんだろうけどさ。『国の為になるラクゴを作れ』とでも言うのかね?」
 チョウカの穏やかな笑顔がそのまま、ピタリと止まる。
「…………やれやれ察しが良すぎるのも考えものですね」
「まあね。ほら、これでも俺、勇者だから」
 チョウカの視線を何も気にせずラッカはヘラヘラ笑った。

「でもさ、『アマテラス』なら呪文は既にある訳だからさ、使えるんじゃないの?」
 それは素朴な疑問だった。ナナセにも使えたのだ。日々厳しい鍛練を積んでいる王宮魔法使い達に出来ない筈はない。
「あ、まさか詠唱を噛んじまうとかじゃねえだろうな。レベル1だった新米魔法使いに負けるなんて情けないぜ」
「ふふふ、そんな馬鹿な事がある筈ないでしょう。王宮魔法使いは詠唱にも力を入れておるのですから。隙などありませんよ。イップク様の様にツラツラとはいかないかもしれませんがね」
 チョウカの余裕の発言にラッカは尚更不思議そうに首を傾げる。
「じゃあ、だったらなんで旦那の指南が必要だとか言うんだよ」
「そこなのですよ……まあ、これはお見せした方が早いでしょうね」
 そう言うとチョウカは後ろに並んでいる魔法使いの一人に向かって、言った。 
「ではフットビン、貴方にしましょうかね……。詠唱を」
「はい」
 フットビンと呼ばれた魔法使いは、緊張した面持ちで、杖を構える。
 そして、口を開いた。
「ワシテラスソラシラスヤマカラスハゲチラカスフミヌラスシラヌママボククラスハハキトクミノタウロスソクラテスマスカラスアルバトロスキミコイシオモイアフレアイタイヨデモアエナイヨアイシテルウ〇タロスキ〇タロスリュ〇タロスモ〇タロスオレサンジョウ!ドノドアモアイテナクノックシテモヘンジナクツイモラスハハハハハヒヒヒヒヒフフフフフヘヘヘヘヘホホホホホタノシイネウミテラスソラテラスヤマテラス……『光魔法アマテラス』」
 言えた。流石は王宮魔法使い。魔法が発動する。
――そう、誰もが思った。
「……ぐわあああああああああああ!!」
 だが、次の瞬間、フットビンの身体が見えない力で弾かれる様に吹っ飛び、店の窓から外へと、あっという間に消えていった。
 その光景に、流石のラッカも驚きを覚えた。
「どういう事?」
「何がどうなった!何故飛ぶのだ!分からん!何故飛ぶのだ!何かがどうなったのだ?おい、これはどういう事だ!?分からんぞ!怖い!私は怖い!おい、チョウカよ、何がどうなった?」
 ダマヤに至っては完全に狼狽し、冷静さを欠き、馬鹿みたいに質問を繰り返す始末である。

 その後、チョウカは同様に、何人かの魔法使いにも「アマテラス」の裏詠唱を唱えさせたが、結果は同じだった。詠唱は上手く行くのだが、皆見えない力で酒場の外へと吹き飛ばされていくのだ。

「なんだこれは。何がどうなっている!怖い!怖い!怖い!怖い!ひいいいいいい!」
「ダマヤ、いい加減に落ち着きなさい」
 状況を把握出来ずにほぼ錯乱状態のダマヤをたしなめ、チョウカが発言する。
「まあ、これには何か理由があるのでしょう。例えば『アマテラス』の裏詠唱は強大な力故、その反動で弾き飛ばされるとか。後は、きちんと言えている様に思えても、別に何か条件があるのかもしれません。ですので――」
――ですので、そちらのナナセ=フラウさんも必要なのです。
 唯一の成功者のナナセを手中に収めておきたい。そして、当然ながら発案者のイップクも。当人達から詳しい話を聞いて、国の為に、その魔法を役立てる。それがチョウカが大司祭から与えられた命であった。

「さあ、ダマヤ喜びなさい。これはイップクさんを召喚した君の功績となる。これで大臣の怒りも収まる事でしょう。宮廷に返り咲き、ひょっとすれば出世もさせてもらえるかもしれませんよ。そうですね、名誉視聴者になるかもしれませんね……」
「名誉視聴者……だと?」
「ええ、視聴者にとっての最高職です。それこそ貴方の若さでなられた方は未だいませんね。参りました。私やカンエなんかよりもよっぽど上の位になるわけです」
「カンエやチョウカよりも……上の位。そいつは最高だな!!ハハハ!」
 ダマヤは心底、嬉しそうに笑った。
「さあ、ダマヤ。分かったのなら、イップクさんとナナセさんを差し出すのです」
「…………」
 真剣な表情でチョウカを見つめるダマヤ。
 その様子を見たナナセは、ダマヤが怒っているのだと確信した。

――ふざけている。ダマヤ様は仲間を売る様な真似は、絶対にしない。

 だが、ダマヤは次の瞬間、表情をコロッと綻ばせ、なんともだらしない顔でチョウカの下へと走り寄った。
「はい!かしこまりましたチョウカ様!今すぐこのダマヤめが説得しますので!」
 そしてチョウカの肩を揉み揉みとほぐし始めたのだ。
「ですからチョウカ様~。お願いしますよ~。何卒大臣に私の働きを……」
「ええ、しっかりと伝えておきますよ。『ダマヤは国の為に尽力した』とね」
「ははーーーー!!!」
 平伏して地面に頭をすりすり擦りつけるダマヤ。そのついでに頼まれてもいないのにチョウカの靴をペロペロと舐めまくる。
 そこには同期に対するプライドも、人間としての尊厳の欠片すらなかった。
 自らの出世の為なら他のどんなモノですら蹂躙する、権威と欲にまみれた醜い塊がそこには転がっていた。

 そしてダマヤは土下座スタイルのまま一福の下へとズルズルと近づくと、なんとも情けない声で懇願を始めた。
「一福様、どうかお願いしますうううう。王宮魔法隊に入って下さいましいいいひいいいnnmm。ダマヤ一生のお願いですからあああん。私、どうしても王宮に復活したいんですよおろろr-n」
「……そうですねえ。ここまでしてダマヤさんに頼まれると、嫌とは言えませんねえ」
 一福が困った様にそう言うと、ダマヤは瞳をギラギラ輝かせ、パッと立ち上がった。その瞳からは滝の様な涙が流れている。
「本当ですか!これはこれは一福様!いやあ、ありがとうございます。どうか、どうか、このダマヤめを助けると思って!宜しいんですね!ありがとうございます。ありがとうございます!」
「はあ……」
 そしてダマヤはナナセを一瞥すると、今度は打って変わっての余裕の表情で言った。
「ふん。小娘は説得などいらんな。どうせ返事は決まっているだろうからな。新米魔法使いの癖に王宮魔法隊所属などという、大変名誉な申し出を断るわけがない」
「ええ、そうですね。返事は決まっています」
「そうだろうそうだろう」

 そして、ナナセはニッコリと笑って――言った。
「魔法隊なんて――死んでもゴメンですってね」

「な……!!何を言っておる!?」
 驚いたのはダマヤだけではなかった。
 ナナセの一言にその場にいる王宮魔法隊の面々も一気にざわめき始めた。

 ナナセは笑顔から一転、真剣な眼差しでチョウカを睨みつけると、きっぱり言い放つ。
「当然、イップク様も王宮魔法隊には入りませんから。チョウカ様。そういう訳ですので魔法使い達を連れて、今すぐここを立ち去って下さい」

 その一言にダマヤの表情が変わる。殺気を帯びた鋭い眼光でナナセを睨む。
「小娘……貴様、今何と言った?チョウカ様に対してなんたる無礼な言葉を!!」
「聞こえなかったんですか?今すぐここから出て行ってと言ったの。あ、出来ればダマヤ様も御一緒にね。邪魔ですから」
「なんだとーー?小娘。お主、気でも触れたか?自分が何を言っているのか分かっているのか?よいか。これは私が大臣にお許しを頂く最大のチャンスなのだぞ。一福様に王宮魔法隊に入って頂き、魔法使いに落語を指南し『アマテラス』を修得させる。その御活躍が大臣の耳に入れば、きっと私は今より出世しての宮廷への返り咲きを果たす事が出来るのだ。お主だって大出世だぞ。それをそれを……何故邪魔をする?」
 ダマヤの言葉にナナセは軽く眉を持ち上げ、凄味の効いた笑みを浮かべる。
「……ダマヤ様。イップク様と近しい貴方様がそんな意見を述べるとは……。失望しましたよ」
「何を言う……それもこれも私の……あ、いやいや、国の為だぞ」
「国の為ならば、落語を戦争の道具にしても良いと言うのですか?」 
「なんだと…………」
 その指摘にダマヤは言葉を失う。ナナセが何を言っているのか分からない。
「自分の世界さえ救われるのならば他の世界の文化など、いくら利用しても、蹂躙しても構わないと、そう仰りたいのですか?」
「ぐぬぬn……」
「例えば、エルフやドワーフの肉が、ここでない別の世界で完全治癒の薬となり、平和をもたらすとして、貴方様は笑って同朋である彼らを差し出せると言うのですか。それが自分の家族であったら、大切な者であったらどう思うのですか。自分の身に置き換えて物を言って下さい!!!」
「ひいいいっ!……」
 ナナセは物凄い剣幕でダマヤを怒鳴りつける。その気迫に、ダマヤは思わず怯んで悲鳴を上げた。
「いいですかダマヤ様。私は今日初めてラクゴを観ました。だけど一回観ただけで分かります。ラクゴというのは、人々の笑顔の為にあるものですよ。決して、政治や、戦争の道具であってはならない。今回『アマテラス』を私が裏詠唱で成功させたのは確かです。魔法使いが真似をして成功させるのも、イップク様は別に構わないと仰ると思います。ですけど、それでも『アマテラス』という噺は、魔法は、本来、ラクゴのネタとして作られたものなのです。人を笑わせる事が第一の目的の噺なのです。そんなラクゴが偶然この世界の魔法として成立しただけの事。だが、それを逆手に取り『戦いの為にラクゴを作り出す』様な真似をしてみて御覧なさい。本末転倒とはまさにこの事です。そんな事が許されると思っているのですか。ラクゴを意図的に、積極的に政治に、戦争に利用しようと言うのならば、それは最早ラクゴではありません。政略であり、策略でしかないものに成り果てるのです。ダマヤ様、貴方は、イップク様に『笑い』ではなく『戦争』の為に落語をしろと仰っているのですよ」
「………ぐぬぬぬ……おのれ小娘が……」
 理路整然と語るナナセに、ダマヤは一言も反論が出来なかった。だがかといって、ダマヤは己の誤りを指摘されたからといって、罪に気づく事もない。そんな常識の通用する人間ではなかった。
「でも、だって……仕方ないじゃないか。魔法隊に入ってもらえないと、私は宮廷に戻れないんだし……そもそも私がこんな境遇になったのだって、一福様に原因がないとは言えない訳だし……」
 ダマヤはブツブツとこの期に及んで反論をし始めた。
――なんて往生際の悪い人なのだろうかと、ナナセは呆れ果てる。

 こいつでは話にならないとチョウカを見る。
「さあチョウカ様、そういう事です。とっととこの場から立ち去って下さい!ここは人々が酒と落語を楽しむ場所ですよ!」
 ナナセが魔法使い達を見遣り、一喝する。その迫力は、到底16歳の少女とは思えない威厳に満ちていた。

 ダマヤが悔しそうにナナセを睨む。
「おのれ小娘。こんな態度を取って許されると思うなよ!二度と宮廷で職につけると思うな!」
「構いません。イップク様を差し出す事で与えられる身分など、こちらから願い下げです!」
 そう言うと手を払い、ダマヤを追い払うジェスチャーをした。

 ナナセの勝利だ。
 これで一件落着と、誰もが思った。
 だが、ダマヤを甘く見てはいけない。
 そう、完膚なきまでに言い負かされたダマヤの悪足掻きが、この後も続いたのだ。
「…………お主みたいな小娘が邪魔するな!どう責任を取るつもりだ。私の復帰と、昇格が懸っているのだぞ!」
 そう怒鳴りながらも再び一福の下へと行き、足元にすがりつく
「ダマヤさん?」
「ねえ一福様~~~~。お願いしますよ~~~。この老体を助けると思って~~~。是非とも魔法隊に入って下さい~~。ねえええん。お願いしますよおおおお~~~んmmmmぶへえええええんmmmm」

――ブチン!!
 その光景を見て、とうとうナナセの堪忍袋の緒が切れた。

 ステッキを構えると目を閉じ、詠唱を開始する。
「ワシテラスソラシラスヤマカラスハゲチラカスフミヌラスシラヌママボククラスハハキトクミノタウロスソクラテスマスカラスアルバトロスキミコイシオモイアフレアイタイヨデモアエナイヨアイシテルウ〇タロスキ〇タロスリュ〇タロスモ〇タロスオレサンジョウ!……」
 その文言を聞き、ダマヤがおろおろと狼狽え始める。
「お、おい、何を唱えておる。おい、そんな長いの……。え?それってまさか……」
「ドノドアモアイテナクノックシテモヘンジナクツイモラスハハハハハヒヒヒヒヒフフフフフヘヘヘヘヘホホホホホタノシイネウミテラスソラテラスヤマテラス……『光魔法アマテラス』」
 最後まで唱えると、ボワッと、ステッキに光が灯る。
 ナナセは誰ともいない場所に向かって話しかける。
「ジンさん、一応あんなんでも、死んだら嫌なんで力は、そうですね……百万分の一でお願いします」
《それなら普通に殴れば良かろうに……。まあ、仕方ない。百万分の一だな……承知した》
「おい、死ぬって何だ。何言ってん……ですか?ねえ、どうされました?可憐なお嬢さん」
 手のひらを返すその卑屈な態度は、ナナセの心の火に油を注ぐだけである。
「……この、くそジジイいいいい!!!!!!!!!!!」
 そう叫ぶと、ダマヤの後頭部をステッキで殴りつけた。

 グオオオオオンと大きな音が響き、地面に倒れるダマヤ 
 その頭には、大きなたんこぶが出来ていた。

 ナナセは直ぐ、再びジンに語りかける。
「ジンさん、次は一万分の一の力で……」
《承知した》
 そしてナナセがステッキをぶんと振ると、風が吹く。気絶したダマヤの身体がフワッと酒場の外へ放り出され、ドサッという音と共に地面に落ちた。

 ナナセはキッと魔法使い達を睨みつけると、言った。
「――さあ、次に宙を舞いたい方はどなたですか?!容赦はしませんよ!」

「…………」
「…………」
 ナナセと魔法使い達。しばらくの膠着状態を解いたのは、チョウカの言葉だった。
「……やれやれ、今日の所は引き上げた方が良さそうですね。お嬢さんの勇気に免じて。まったく、ダマヤの所為で完全にこちらが悪者だ。まあ、よいでしょう。『アマテラス』の裏詠唱が他の魔法使いに使えない理由も分かりましたし。皆さん、引き上げますよ。怪我人には肩を貸すように。…………え?ダマヤ?ダマヤは…………そこに置いていきなさい」

 こうして魔法使い達は、極楽酒場を去っていった。

 ◇  ◇  ◇  ◇

「宜しかったのですかチョウカ様?簡単に引き上げてしまって」
 帰り道で、弟子がチョウカに向かって問いかける。
「ええ、まったく何の成果もなかった訳ではありませんからね」
「それは先程仰っていた『アマテラス』の裏詠唱が我々に使えない理由ですか?」
「ええ。あのお嬢さんはジン本人と契約していましたね」
 その言葉に弟子は驚きを隠せない。
「ジンと!!誠ですか?」
「ええ、つまり『アマテラス』裏詠唱は一人に対しての専属魔法なのですよ。あのお嬢さんがジンと契約している以上、他の誰にも使えないという事です。早い者勝ちだったという訳ですね」
「早い者勝ち……」
「これは、大司祭様に報告しなくてはいけませんね」
 そう言って笑うチョウカに、弟子は少々控えめに質問をする。
「チョウカ様。あの……それでしたらナナセ=フラウは尚更王宮魔法隊に必要なのではございませんか。なんとしてでも連れてくるべきだったのでは……」
「いいえ、無理ですよ」
 弟子の意見にチョウカはきっぱりと首を振る。
「見たでしょう?王宮屈指の魔法使い達の前で振る舞うあの毅然とした態度。彼女は一筋縄じゃいきませんよ。あれは、父親とそっくりです」
「父親?」
 弟子の問いにチョウカは頷いて、答える。
「ええ、流石はレイジング=フラウの一人娘、と言った所でしょうか」
 その名前に弟子の表情が凍りつく。
「……『天才魔術師クレイジー=フラウ』まさか。あの奇人の娘?」
「事実です。そして母親の名は……フレミング=バード」
「……『ターミナルの妖精、詩人ハミング=バード』」
 その二人は、ターミナルでは知らない者がいない伝説級の冒険者だった。
「そんな逸材中の逸材が今回の魔法を手にした。さて、これはラクゴが導いたものなのか、はたまた運命の定めなのか……大司祭様の言う通り、面白くなってきましたね」
 チョウカはそう呟くと、空高くに昇っている太陽を、眩しそうに見上げた。 

 ◇  ◇  ◇  ◇

「ナナセさん。本当にありがとうございました」
 チョウカ達が引き上げた後、一福はナナセに深く頭を下げた。
「今日初めて会ったあたしの様な芸人を、芸を、世界を守って頂きまして、あたしのいた世界を代表して深くお礼を申し上げます」
「いえいえ、頭を上げて下さいイップク様。小娘が生意気を言いました」
 そう言うとペロッと舌を出す。
 その表情は、既に16歳の少女に戻っていた。
「いやー、お嬢ちゃん。なかなかの啖呵だったな!ハッハッハ!気に入ったぜ」
 ラッカが大笑いしながらナナセの肩を叩く。
「でもこれでもう完全に王宮魔法使いから目をつけられちまったな!金輪際出世はないぜ」
「う……。構いませんよ」
 頬を膨らませながらそっぽを向くナナセを更に笑い飛ばすラッカ。それを見て一福も一緒に笑っていた。

 そんな光景を少し離れた席から、目を覚ましたダマヤが忌々しそうに眺めていた。
(クソ―小娘め。許さんぞ。だが、あの様子だと一福様はやはり魔法隊には行きたくなかったようだな。うーむ。これは私の最高だった好感度が少し下がってしまったかもしれんぞ。……なんとかせねば)
 酒場の店主に頭に包帯を巻いてもらいながら、ダマヤはそんな事を考えていた。

 しかし、まさかその日の夜に、ダマヤがまるで自分の台詞の様にナナセから言われた言葉を丸々使ってクランエに説教をしようとは、その時は誰も思いもしなかった。思う筈もなかった。
 その時、ナナセはその「類まれなる強靭な精神力」による、とんでもない厚顔無恥さ加減に、呆れと怒りを百回程通り過ぎ、逆に不思議な感動を覚えてしまうのであった。

 その後、夜の部を待つ間に、ラッカとナナセは食事を取る事にした。ラッカは昼間からビールを頼み、ゴクゴクと飲む。その様子を苦々しく眺めながらナナセが言う。
「もう、勇者様。昼間からビールなんて飲んで。これが憧れていた勇者だなんて。信じられないです」
「ハハハ。勇者ねえ……。ねえお嬢ちゃん」
「ナナセですってば。なんですか?」
「俺は勇者だけどさ、旦那は何なんだろうね?」
「イップク様ですか?ハナシカさんなんでしょう?」
「ぶは!違いねえ!」
 ナナセの答えに声を上げて笑うラッカ。
「まったく、何が面白いんですか」
 呆れた様にラッカを一瞥して、サラダを食べ出すナナセ。

「……俺と、旦那。勇者と、救世主か……。似ている様だけど……一体何が違うってんだろうね」
 そのラッカの呟きは、ナナセには聞こえなかった。

「ラクラクテイイップク……。あんたはこの世界を、ドウテラス?」
おあとがよろしいようで。
次回「火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】」でお会いしましょう。
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