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異世界落語 作者:朱雀新吾

アマテラス【平林】

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アマテラス【平林】②

 大司祭が訪ねてきたと聞いた時、大臣は素直に驚いた。
 大司祭が一人で執務室を訪れるなど、ここ数年なかった事である。
 大臣が畏まる姿を他の者に見せない配慮であると誰かから聞いた時は、思わず涙が溢れた。

「今日は、どうなされました大司祭様」
 大臣自ら部屋の奥から腰掛を持ち出し、大司祭に勧める。
「ああ、これはすまんな。いやはや、年を取るとどうもいかん。足腰が立たんでな」
 そう言って座ると、顔中を皺だらけにして笑った。笑うと同時に白く大きな髭がゆっくりと揺れる。
 二人は数十年来の師匠と弟子という関係性である。
 だが、役職は大臣殿が上なのだからと、大司祭は二人きり以外の時は必ず敬語を使い、態度に於いても大臣を絶対に疎かにはしなかった。異例の若さで大臣となった当初、そういった大司祭の心遣いのお陰でどれだけ救われたか。大臣を快く思っていない者も、認めるべきか思いあぐねていた者も、大司祭の姿勢を指針とし、公正に大臣の評価を決めたのだった。

「急に執務室を訪れた理由はというとじゃな、実は大臣殿に報告があってな」
「報告で、ございますか」
「ああ、陛下の命で組織されている王宮魔法隊じゃが。隊長はチョウカにしようかと思っておる」
「チョウカですか。それなら安心です」
 大臣は大きく頷いた。チョウカなら適任である。
 宮廷上級職を担う視聴者ダマヤ、騎士団長カンエ、魔導師チョウカの同期三人集の中では能力も性格も、チョウカが一番バランスが取れている。比べる相手が堅物のカンエとダメ人間のダマヤなので、あまり当てにならないかもしれないが。
「魔法隊の件、了解しました。ですが大司祭様、用件はそれだけではございませんよね」
 大臣がそう指摘すると大司祭はゆっくり笑った。大司祭がそれだけの用事でわざわざ出向く筈がない。
「ああ、今の話の続きではあるのじゃが、実はその王宮魔法隊に入れたい人物がおってな」
「入れたい人物ですか?それは一体誰でしょう」
 大司祭自らがわざわざ出向いてまで欲しい人材。大臣は俄然興味がわいてきた。
 優秀な人材といえば辺境に住むひねくれ者の魔術師ウポッハか、宮廷内ならクランエといった所だろうか。
 だが、大司祭の口から出た名前は大臣の予想を大きく裏切るものであった。
「ラクラクテイイップクというハナシカと、ナナセ=フラウという新米魔法使いじゃ」
 その二人の名はどちらも初めて耳にした。いや、イップクという名はどこかで聞いた事があるような……。
「その二人が、一体どうされたと。もしや……無名の凄腕魔法使いなのですか?ヘッドハンティングというヤツですかな」
 大司祭は大臣のその問いには答えずに、全く別の事を逆に聞いてきた。
「お主、随分魔法を使ってないと思うが『アマテラス』を唱えられるかのう?」
「『アマテラス』ですか……?ええ、たいしたレベルではありませんが、唱える程度なら」
 意味は分からないが、大司祭が意味のない事を言う筈がない。すぐに大臣は心を澄まし、詠唱を始めた。
「ウミテラス ソラテラス ヤマテラス 『光魔法アマテラス』」
 そう唱えて大臣が上に人差し指を向けると、小さな光の矢が天井へと飛んで行き、ぶつかると光の粒子となり、直ぐに消えていった。宮廷を壊す訳にはいかないので、魔力はほんの少ししか込めなかった。
「ほっほっほ。忘れてなかったようじゃな」
 愉快そうに手を叩く大司祭に、胸を張って大臣は答える。
「ええ、大司祭様から学生の頃に教えて頂いた魔法ですからね。で、『アマテラス』がどうかしましたか?」
「ああ、そうじゃ……」
 大臣の問いに対して、次に大司祭は衝撃的な言葉を口にした。
「いや実は先日『アマテラス』の裏詠唱が作り出されての」
「裏詠唱……!!それは、誠ですか!?」
 大臣は思わず立ち上がり身を乗り出す。勢いが付き過ぎて座っていた椅子が倒れた。
「アマテラス」は先程大臣が放った通り、魔法使いの基礎的攻撃魔法で、光の矢を敵に放ちダメージを与える魔法である。
 それの裏詠唱が作り出されたとは……。
 裏詠唱とはいまやターミナルではおとぎ話同然の、歴史の産物であった。
 大臣自身、何十年も前のまだ魔法使い見習いだった頃、伝説の大魔導師リンカが「ライジング」の裏詠唱を使うのを見ただけである。リンカはその戦で命を落とし、結局目の当たりにしたのはその一回きりとなったが。
「唱えたのがナナセ=フラウ。作り出したのがラクラクテイイップク。信じがたい事じゃが『アマテラス』の裏詠唱はイップクが演じるという、ラクゴという作り話から生まれたそうじゃ」
「ラクゴ、といいますと……」
 その言葉もどこかで聞き覚えがあった。
「ほれ、先日ダマヤの小僧が呼び出した、ほそっちょろい男、ハナシカと言ったかの。あやつが使う芸の事じゃよ」
「ダマヤ……!!ダマヤですと!?」
 その名前を耳にし、大臣は瞬間的に、もはや本能的に怒りに震えた。よもやこんなタイミングであの忌々しい名前を聞く事になろうとは。
 大司祭は大臣の分かりやすい反応にほっほっほと実に愉快そうに笑う。
「そう毛嫌いする事もなかろうて。ああいう人間も、世の中には必要なのじゃぞ」
「いえ、ですが……ヤツは本当にダメなんですよ。あいつは本当にただの、ダメ人間で。これは私が魔法学校の講師をしていた頃の話ですが、ヤツは授業をよくサボっていまして。まだそれで城下に遊びに行ったり、ちょっとした悪さを働くならまだ可愛げがあるものを……。あいつはただ原っぱで寝っころがっては空を眺めてボーっとしていたんですよ。サボっておきながら心底暇そうにしているのですよ!せめて何かしろ!!」
「はっはっは!なんともダマヤらしいのう!」
「笑い事ではありません!」
 大司祭を咎める様に口を尖らせる。その表情がまだ少年だった頃の大臣の姿を、大司祭に思い出させた。
「分かった分かった。お主とダマヤは正に典型的な『風と踵』じゃからな」
 大臣は風属性、ダマヤは踵属性。正に水と油も同然であった。
「確かにあやつは昔から真面目とは言い難い性格をしておった。だがの、ダマヤが呼び出したあの男が本当に『アマテラス』の裏詠唱を作り出したというのならば、救世主というのもひょっとしたら間違いではないかもしれんぞ。もしそうだとしたら、お主はどうする?」
「それは……ううむ」
 やはり俄かには信じられなかった。
 ダマヤの召喚は失敗ではなく、本当に救世主を呼び寄せていた?だが……。
「ですが、ラクゴとはただの一人芸だと聞きました。そんなものが我々の世界を、ターミナルを救うと言うのですか?剣豪でもなく、大魔法使いでもなく、芸人ですぞ?」
 ただの芸人が世界を救うなどとは、聞いた事がない。
「ワシらが知らないだけで、世界を救った詩人や道具屋、町娘だって探せばおるやもしれんぞ。ほれ、未だに正体は謎の、幾度もサイトピアの危機を救ってくれた『大聖者Mr.カカット』の例もあるしな。まあ、どれにした所で、真実が明らかになるのは時間の問題かと、ワシは思うがな」
 大司祭はそう言って笑った。
「ワシの耳に入っておる情報では、ラクゴの影響を受けた事案は今回だけではない。エルフやドワーフ、勇者も……おお、そういえばラッカの小僧も裏詠唱のその場に一緒にいたと聞くぞ。そう言えばあやつ自身も奇妙な技を放ったという噂も出ておったのう……」
「左様ですか……」
 大臣にはもはや大司祭の言葉が耳には入っていなかった。

 自分をなんとか納得させるのに必死なのだった。

――ダマヤが召喚に成功していたのならそれで良いではないか。ターミナルが救われるのであればダメ人間を認める事も辞さない。それがサイトピアの大臣たる者の使命である。
 大事の前には、人の好き嫌い等関係ない。風と踵も関係ない。
 その時はダマヤに頭を下げても……。頭を下げる……。ダマヤに、頭を……下げる……のか。
 ダマヤに……頭を……。いや、それならいっそダマヤを…………消す?いやいやいや……。
 大臣はその事を考え出すと深い闇に囚われてしまいそうになるので、今は極力考えない様に決めた。

「それで、裏詠唱とは一体どういうものなのですか?」
 幾分気持ちを落ち着かせた大臣は、元魔法使いとして気になるその点について訊いてみた。
 大司祭は快く答えてくれる。
「ああ、良く聞けよ。こうじゃ。ワシテラスソラシラスヤマカラスハゲチラカスフミヌラスシラヌママボククラスハハキトクミノタウロスソクラテスマスカラスアルバトロスキミコイシオモイアフレアイタイヨデモアエナイヨアイシテルウ〇タロスキ〇タロスリュ〇タロスモ〇タロスオレサンジョウ!ドノドアモアイテナクノックシテモヘンジナクツイモラスハハハハハヒヒヒヒヒフフフフフヘヘヘヘヘホホホホホタノシイネウミテラスソラテラスヤマテラス……『光魔法アマテラス』じゃ」
「長いですな!!なんですかそれは!!」
 大臣は詠唱のあまりの長さに目をひんむいて、豪快に驚いた。
「それは一体どこで息継ぎすればよいのですか!?」
 大臣は生まれてこの方、こんな長い詠唱を聞いたことがなかった。

 そもそもターミナルに於いて詠唱等、魔法にとって飾りの様なものである。魔法使いでない大半の者は「あの呪文がなければ魔法は発動しないのだな」と思うが、そんな事はない。「呪文を唱えた方が魔法使いっぽい」という理由だけで作られている、古くからのしきたりである。なので雰囲気作りの為に一応の呪文が存在するが、厳密にそれを守らなくても、術者の魔法に対するイメージさえ固まれば無言でも発動出来る様になっている。ただ、長年の魔法歴史に於いてはそのイメージが大事であり、やはり魔法を使う本人も呪文を唱えた方がやりやすいという意見の方が多数である。
「で、この魔法の面白い所はな。イメージよりも、詠唱の影響がとにかく強いのじゃ。つまり、詠唱を間違えると、発動しない」
「詠唱自体で魔法を発動する……」
 それはつまり一字一句間違える事が許されないという事である。
 先述した様に、呪文の文言自体を特に重要視しない魔法使いにとって、そこは盲点だった。
 過去の裏詠唱に関しても突き詰めれば「裏魔法のイメージ」を増幅させる為だけのものであり、文言を間違えようが術者のイメージ先行で、発動される時は発動され、失敗する時は失敗していただけである。
「そんな今までの概念を覆すような魔法が現れるとは……ええと、大司祭様、なんでしたか?クミクラスソラシレドアランドロン……?」
「ああ、違う違う。ワシテラスソラシラスヤマカラスハゲチラカスフミヌラスシラヌママボククラスハハキトクミノタウロスソクラテスマスカラスアルバトロスキミコイシオモイアフレアイタイヨデモアエナイヨアイシテルウ〇タロスキ〇タロスリュ〇タロスモ〇タロスオレサンジョウ!ドノドアモアイテナクノックシテモヘンジナクツイモラスハハハハハヒヒヒヒヒフフフフフヘヘヘヘヘホホホホホタノシイネウミテラスソラテラスヤマテラス……『光魔法アマテラス』じゃ」
「やはり長いですな!言っている間に攻撃されますよ!!」
「おいおい、あまり興奮するでない。血圧が上がるぞ」
 お得意の突っ込みを縦横無尽に繰り出す大臣。まさに絶好調であった。
 秘書官ではないが、大司祭が血圧を心配する程ボルテージが上がっている。
「はあ……長いですな。しかもこれを一字一句間違えずに唱えるとは……ナナセと言いましたかの?いやはや、驚きですな」 
 大臣は感嘆と動揺の入り混じった感情で呟いた。
 これは、大司祭自ら訪問するだけの理由になる。こんなに驚く事は、もうしばらくはないだろう。
 例えばこの後に誰かから(例えば秘書官から)同じくらい長い必殺技の名乗りを聞いたとしても、もう左程驚かないだろう。それぐらい、長台詞に免疫がついていた。
 大臣の反応に大司祭は満足げに頷き、微笑んだ。
「いやあ、やはりお主の反応はいちいち面白いの。足を運んだ甲斐があった」
「はは、恐れ入ります」
 修行時代、大臣は大司祭から何度もイタズラを仕掛けられた。犬の糞や豚の糞や牛の糞をローブに入れられ、大臣が悲鳴を上げ飛び跳ねるのを見て浮かべる満面の笑み以上の大司祭の笑顔を、あれ以来見た事はない。

 その時である。執務室にノックの音が響いた。

「ああ、入れ」
 大臣が許可すると、秘書官が入ってきた。
 大司祭の姿を認めると、ハッと驚いた表情を見せる。
「これはこれは大司祭様。どうされました」 
「おお、お主か。久しいの、元気であったか?」
 大司祭は秘書官の姿を認めると、優しく目を細めた。
「はい。未熟ながらも敬愛する大臣の為、ひいてはサイトピアの為、日々職務に励んでおります」
「ふふふ……お主もクランエも少々真面目過ぎるな。もっと柔軟になれば更に視野も広がるのだが。まあ、かといってダマヤやラッカの小僧の様に緩すぎるのもどうかとは思うが……」
 大司祭は秘書官の事を曾孫の様に思っていた。大臣を息子、ダマヤ達を孫だとすると、秘書官やクランエは曾孫に当たる。
「これが私の性分ですから。クラ兄……いえ、クランエ召喚師も、同様に」  
「うむ、それがお主らの良い所でもあるからな。励めよでは、私はこれで。ちいと大臣殿に報告せねばならん事があっただけでな……」 
「そうですか。もう少しごゆっくりされても。私は席を外しますので……」
「いやいや、もう用件は済んだでな。ここで失礼させてもらう」
 大司祭は扉を開けると、最後に一言、背中で大臣に語る。
「では大臣殿。確かに伝えましたぞ。この件に関しては……」
「はい、大司祭様にお任せします。ありがとうございました」

 長い廊下を一人で歩きながら、大司祭は考える。 
――チョウカはそろそろ極楽酒場へ向かった所だろう。
 どうやら騎士団のカンエもラクゴに興味を示していると聞く。取り合いになる前に、こちらに引き込んでおきたかった。ナナセ=フラウも含めて……。
 それは派閥争いという意味ではない。
 ラクゴは剣よりも魔法に寄ったものだと、感じているからである。
 国の為、世界の為になるのであれば、正確に、より有効に使わなければならない。
 だが、それぞれの人間に思惑があり、状況は一瞬一瞬で変化する。
 思っている通り、上手くいく方が難しいだろう。

――さあ、一体誰がハナシカを手中に収めるのかのう。

 大司祭は今後の成り行きを、どこか楽しげに、静かに見守る事にした。

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