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異世界落語 作者:朱雀新吾

ソードほめ【こほめ】

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ソードほめ【こほめ】②

 極楽酒場は連日物凄い賑わいであった。
 その原因はただ一つ。

――異世界からやってきた「ハナシカ」という男が「ラクゴ」という芸をする。

 その「ラクゴ」はターミナルには存在しない「一人芝居」というもので、観る者をたちまち笑顔に変える魔法なのだそうだ。シャーマンが一人で複数の人間を乗り移らせていると信じて疑わない者もいる。
 口から口に伝わり、噂が噂を呼び、城下町の外からも見物客がやって来る程になっていた。
 今や「楽々亭一福」という名を城下界隈で知らぬ者はいない。知らぬは城内、王宮の人間のみである。

「あ、ダマヤ様、どうでした?」
 俯きながら極楽酒場の入り口をくぐるダマヤにクランエは声を掛ける。その様子から結果が芳しくない事は十分窺えた。
「今日もダメだ。追い返されてしまった」
「そうですか」
 これで丸々一週間である。大臣の怒りはそれほど大きいのだと、クランエは今更ながらに戦慄を覚えた。
「いやあ、ダマヤさんには申し訳ありませんねえ。あたしの所為で」
 先程一席終わり、カウンターで店主と話していた一福がやってきて頭を下げる。
「いえいえ、一福様の所為ではございませんよ。全て私の不徳の致す所でございます」
 ダマヤは恐縮して手を大きく振る。
「で、今日は何のネタをかけられたのですか?」
 ダマヤは興味津々に尋ねた。実はそれが一番の気がかりとも言える。自分が留守の間に一福がどんなネタをかけたのか。
 一福はターミナルへやってきてからこの一週間で、既に異世界落語を何作か演じていた。
 一番人気は勿論「クロノ・チンチローネ」であるが、「目黒のさんま」を「メグールのサミエーリュ」として、「青菜」を「シコシコ草」としてターミナル風にアレンジして演じたが、どれも盛況で一福は手応えを感じていた。
 一福が厄介になっている極楽酒場の店主は店全体の売り上げと、特にチンチローネの売り上げが伸びたとご満悦である。一福の宿賃はそこから賄われ、一日一席の約束で、正式に契約したのであった。
 召喚された当日に演じた時はテーブルの上に座布団を置いただけの一福の高座も、店主が専用に舞台を作ってくれた。今では1、5メートル×1、5メートルの台上に座布団を据え、広々と落語を演じている。
「ダマヤ様、一福様は今日は『こほめ』を演じられました」
「『こほめ』ですか。それは悪くないですな。さぞや受けた事でしょう」
「いやあダマヤさん……それがですね」
 ダマヤの言葉に対する一福の答えは、芳しくない。
「一福様、どうなさいました?」
 気になってダマヤが訊ねてみると、一福は首を捻りながら言った。
「いえ、どうもしっくりこなかったと言いますか。お客さんを掴めなかった感が残りましてね……」
「ほう」
 一福の様な優れた噺家にも不調があるのかと、ダマヤは興味深く思った。
「いえね、ターミナルにも赤ちゃんはいる訳で、これは特に弄る必要もないかと、ほぼそのままでやってみたんですがね……やっぱりそれが良くなかったみたいですねえ」
 ダマヤは思わずクランエを見る。クランエは一つ頷くと口を開いた。
「いえ、私も観ていましたが、特に場がしらけたという訳でもありませんでしたよ。確かにいつもに比べますと少々客の受けは良くなかったかと思われますが」
「そうですか」
「……もしよろしければ、私が席で観ていて感じましたちょっとした違和感で良ければ、お答え出来ますが」
 その言葉に一福は顔を上げ、敏感に反応する。
「クランエ師匠、それはなんですか?是非教えて下さい」
「はい」
 クランエは少し間を置くと、一福に向かって話し始めた。
「それは多分、ターミナルに子供をほめる文化がさほどないからだと思います。いえ、これは全くないという訳でもないのですが。あとは、肌の色や年齢にも基本無頓着であるという事。その点に、笑いながらも微妙に違和感を感じた者もいるかもしれませんね」
「なるほど。確かにそんな雰囲気でしたね。全く意味が分からないというよりかは、認識にズレが生じたと言った感じでした」
 クランエの言葉に一福も合点がいった。
「文化の違いが、今回は色濃く出てしまったのではないか、と。クランエ師匠、そういうことですね」
「はい」
「一つ、宜しいですかな」
 そこで突然ダマヤが口を挟む。
「分からない人の為に言っておくが、『こほめ』の筋はというとな。間抜けな男が近所の御隠居になんとかタダで酒を飲める方法がないかと聞いてみる。『それなら相手をほめて喜ばせれば簡単』だと教えてくれる。道で知り合いに出会ったら『しばらくお見かけしない内に色が黒くなりましたが、どこか南方へお出かけで?』と聞いてみるがよいと。肌が黒くなったなどと言ったら相手が怒り出すかもしれないが、それは一旦落としてから上げるという手法であり、それから『いえ、貴方様は元が肌は白いのですから故郷の水でしっかり洗って磨いてごらんなさい。前よりもっと白くなりますよ』とでも言えば、相手は喜んで酒の一杯も奢ってくれるという寸法だ。後は年齢を聞いて、45歳だと言われたら『それは若く見えます。どう見ても厄そこそこ(41~43歳)』と、50歳なら『どう見ても45歳』と4、5歳若く言っておけば相手も嬉しいだろう。なるほどと、ほめ方を指南された間抜けな男が外へ繰り出し同じ様にほめようとするが、そこはお約束、『しばらくお見かけしない内に……』と話し掛けた相手が昨日会ったばかりの者であったり、年齢が微妙であったりと、失敗するという噺だ。ちなみにサゲは友達の家に行って生まれたての赤ん坊をほめようとして、赤ん坊の歳を聞く。『このお子さんはおいくつで?』『いくつも何も、今日生まれたばかりだよ』と言われ『生まれたばかり、それは若く見える。どう見ても、明後日ぐらいだ』だ。どうだ、分かったか」
 何かに憑かれた様に「こほめ」の筋を喋るダマヤ。全て喋り終えた後、ダマヤの前には明らかにドン引きしてダマヤを見据えているクランエの姿があった。
「……いや。……突然『こほめ』のあらすじを言われなくても……。分かっていますよ、ダマヤ様?私も今さっき一福様が演じられるのを観たばかりなのですから。分からない人など……ここには誰もいませんよ」
 クランエのダマヤを見つめる視線は常人を映すそれではなかった。
 だがこれに関しては当のダマヤも少々困惑した表情である。
「……さあ、私も何故自分が今このタイミングで『こほめ』の説明を始めたのか……さっぱり分からん」
 どこかで神の意志が働いたのかもしれないな、と首を捻った。
「……まあ、いいでしょう。話を戻しましょう」
 よく分からない気持ちを抱えたまま、クランエは仕切り直した。
「先程も言いましたけど、ターミナルの人間は肌をほめられるのも、歳を若く言われるのも、別段良い気にはならないのですよね。勿論、悪い気こそしませんが」
「あたしのいた世界程ではない、という事ですな」
「その通りです」
 そこが客の受けがいまいちだった部分だろうとクランエは解釈する。「赤ん坊をほめて酒を奢ってもらおう」という話に、ピンとこなかったのだ。
「それにですね、よく分からない意味の単語も出てきてましたね。あの『厄そこそこ』というのはどういう意味なんですか?」
 その質問に一福はバツの悪そうな顔をして舌を出す。
「ああ、あそこをそのままやってしまったのはマズかったですね。お客さんを置いて行ってしまいました。クランエ師匠、『厄』と言いますのは……」
「異世界では『厄年』というものがあってだな、まあ実際は迷信の様なものだが。『良くない事が起こり易い年齢』というのがあるのだ。男性は数え年で24歳から26歳。41歳から43歳。61歳から63歳。女性は18歳から20歳。32歳から34歳。36歳から38歳。つまり45歳の人間に『45歳とは若く見えますな。どうみても厄(41歳から43歳)そこそこ』と言うと、2、3歳若く見えるという意味なのだ」
「はあ、そうなんですか……。流石、ダマヤ様……」
 クランエは一福の説明の途中に突然割って入ったにも関わらずとてつもないドヤ顔で異世界の知識を披露するダマヤに困惑しながら相槌を打った。
 これは先程の憑りつかれた様にあらすじを言った状況とは明らかに違っている。ただ自分だけが知っていて、他人は知らない知識を存分にひけらかしたい性質の悪い中年特有の表情を、ダマヤは顔に浮かべていた。

「ターミナルに厄年に似た様なものはないんですか?」
 ダマヤの横やりを特に気にした風でもなく、一福が訊ねる。
「ああ、それでしたら――」
 クランエはダマヤを一瞥してから、言った。
「漏年ならありますが」
「……もるどし、ですか?」
「はい、漏年(もるどし)です」
 クランエはしっかりと頷く。そして何故かダマヤは少々誇らしい表情である。
「その漏年というのはなんですか?」
「はい。ターミナルの『漏年』というのは、人生で一番、大便を漏らし易い年齢と言われております」
「……大便を漏らし易い年齢ですか?」
 思わず聞き返してしまったが、クランエの表情が至って真面目なので、一福はそれが冗談なのか本気なのか判断出来なかった。
「はい、その通りです。最も大便を漏らし易い年齢です」
「赤ん坊よりも漏らすという事ですか?」
「赤ん坊は漏らして当然ですから。まあ、迷信みたいなものではありますが。あ、ですが実際赤ん坊よりも漏らされる方もきちんといらっしゃいますよ」
 ですのでそこは誤解なきようと、クランエはしっかりと釘を刺す。いや、そこを釘刺されてもと一福は思ったが、口には出さなかった。
「ターミナルでは幸福を呼ぶ年齢と呼ばれております。『モル』というのはターミナル神話に登場する、幸福の女神の名前ですから『モル年』で幸福の年齢、というわけです」
「はあ、つまり還暦みたいなものか……。世界が違えば文化も違う。いやはや面白いものですなあ」
 だが、一福の元いた世界でも大便を踏んだ時に「運がつく」と、幸福を示唆する文化がある。解釈もルーツも違うが、奇妙な類似点に、どこかでしっかりと繋がっている二つの世界に、思わず笑みがこぼれる。
「ちなみに、漏年とは数えで55歳の事です。ダマヤ様が今年、54歳ですので。前漏(まえもれ)でございます」
「いやはやお恥ずかしい、身に余る光栄でございます。本漏(ほんもれ)に比べますとまだまだですがの!」
 ダマヤは心底嬉しそうに、ニッコリと微笑むのであった。 
「それはそれは、おめでとうございます」
 ダマヤの笑みに、一福は自然と祝いの言葉を口に出した。

「で、一福様。どうされます?厄年の代わりに漏年を使われますか?」
「……いえ、素材としては大変勿体ないですが、やめておきましょう」
 少しの間を空け、一福は首を横に振った。
 この「漏年」というしきたりは、ダマヤの晴れやかな表情を見ても分かる様に、この世界にとってはとてもめでたいモノであるようだ。
 例えそれが「人生で最も大便を漏らしやすい年齢」という傍の世界から見れば奇天烈なしきたりだとしても。それを胸を張って誇れる文化がこの世界にある限り、それを簡単に笑いに変えてはいけない。異世界の文化に土足で足を踏み込む様な真似だけは、やってはならないと一福は胆に銘じていた。
――「笑い」と「嗤い」をはき違えた時点で、「落語家」は「落伍家」へと堕ちる。
 漏年を茶化して使う事は絶対にしないと一福は心に誓うのだった。

「『厄そこそこ』を『百そこそこ』と間違えるシーンなんかはありますけどねえ」
「それならエルフに使えますね。エルフの寿命は長いですから。百歳なら若い方です。ですが、厄という概念がないのが、難しいですね」
 ターミナルの人間に厄年の説明をするのは、やはり避けたい所である。先程のダマヤに対するクランエの視線を見る限り、そう思える。基本的に人は自分の望まない薀蓄は煩わしく思うものである。そういうネタをやるにしても、これからもっと異世界の文化や歴史についてターミナルの人々が興味を持つ様になってからで、遅くないだろう。

「……ままなりませんな。まあ、そもそもチンチローネが上手く行き過ぎたんですがね」
 思わず一福はそんな言葉を漏らす。 
「いえ、一福様なら『こほめ』も『クロノ・チンチローネ』に負けない程の素晴らしいアレンジが可能だと思いますよ」
 ダマヤのその言葉にも苦々しい表情を浮かべる事しか出来なかった。
「今回の様に微妙なニュアンスの話になってくると難しいですね。確実な文化の違いや、言葉の違いなら対処の仕様がありますが。こちらで一年程過ごせば慣習やニュアンスも身体に染み込んで、大丈夫かと思いますがね」
「はあ、そういうものですか」
「ええ、やはりあたしはまだまだ新参者です。誰かの教えを乞わなくては、ターミナルに沿った落語は作れません」
 ですから――と。
「ダマヤさん、クランエ師匠。お二人にも協力してもらいたいのです」
 二人に願い出た。
「はい」
「私に出来る限りの事を、させて頂きます」
 そうしてダマヤとクランエは椅子に、一福は座布団に座りこむ。

「それでは――異世界落語を考えましょう」
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