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ブラッティ武勇伝
作:叶愛夢



第九話、ランチタイム






――キーンコーンカーンコーン


学校全体に授業終了のチャイムが鳴り響いた。



多くの学生達はそのチャイムを心から待ち望んでいたらしく、教師が出ていった途端、素早く教科書やペンケースを片付け嬉しそうに教室から出ていった。

そんな中、駿は慌てて教科書やペンケースを片付ける事なく頬杖をつきながら自分の席に座っていた。


「しゅ・ん・ちゃ・ん」
そんな駿の元へとメイが駆け寄り、声を掛けた。

メイにとっては初めての学校生活。見る物全てが新鮮に映り、ワクワクした表情で駿に呼び掛けた。
呼び掛けるその声すらボールの様に弾んでいる。


「………………」


しかし、駿から返事がない。


「ん?……駿ちゃん……?」

不審に思ったメイは腰を曲げ駿の顔を覗き込んだ。


「……スゥー……スゥー……」



「ほぇ……、お休み中ですか……」メイはポツリと呟いた。


「えっ? 何、一号まだ寝てるの?」


困った様子で立ち尽くすメイに駿の前の席に座ってる十夜が振り向いた。


「………はい……」

メイは困り果てた眼差しで十夜へと視線を移した。


「……ふーーん……」

しかし、メイ程困惑した様子もなくむしろ、楽しんでいる表情と口調だ。


この日も駿は、一限目から今の時間に至るまでずっと寝ていた。だから、駿はチャイムが鳴っても教科書を片付けなかった。

いや、それ以前に教科書やペンケースなどを用意していない。


「一号は、授業受ける気ゼロだねー」


爆睡してる駿に十夜は笑いながら言い放った。

しかし、それは駿の耳には届く事なく規則正しい寝息が響き渡る。
「駿ちゃん! 起きて下さい!」

何度かメイは駿の名前を呼んで、身体を揺すった。



が……

「全然、起きてくれません……」

駿は一行に起きる気配はない。メイは困り果てた表情を浮かべて呟いた。

「ほんとー? なら、俺が起こしてみるよ」

十夜はメイにニコッと微笑んだ。
「その代わり、ちょっと協力してね」

十夜はそうやんわりとした口調でメイに言った。


「……ほぇ?……」
メイはワケが分からず、ただ首を傾げて十夜を見つめた。





「うわぁっ! メイちゃんいきなり制服脱いじゃダメだよ!」


十夜のこの台詞に駿の耳はピクっと動いた。

「え? 暑いから? だからって人前で、服全部脱いじゃダメだよ!」

また、ピクっピクっと駿の耳が動いた。






そして……、

「……ふぁ〜………よく寝た……」

突然、駿は目を覚ました。
天井いっぱいに腕を大きく伸ばしながら、チラっとメイに視線を向けた。


「……起きました……」

メイは、目を丸くさせながら呟いた。

「やぁーおはよー、今日も見事な爆睡だったね〜」

十夜は笑いながら駿の顔を覗き込んだ。

「……………」

駿の視界には十夜の端整な顔と教室に残った数人の生徒の姿。それから、制服をきちんと着たメイ。

「……あれ……? 服着てる……」

そう呟く駿の眼差しがどこか悲しげに揺らいだ。

「一号って案外エロいよね?」

十夜はからかう様な口調で言い放った。

「………………」

十夜の笑顔とメイの姿を見て駿は嘘だというのを悟った。
暫く呆然とした様子で口を開けていた駿。

数秒後“ハァ……”と深い溜め息を吐いてうなだれた。「もぅー! 人前で服脱ぐワケないじゃないですか!」

メイは頬をプクっと膨らませて顎を引いて駿を睨んだ。

“常識で考えて下さい”
そう付け加えて豪語するメイ。


「………………」


――常識って……あんだけ非常識な振る舞いしておいて、それを言うか……。

駿はメイを睨みながら腹の底で呟いた。

本当は口にして反論したかったのだが、メイの言う事にいちいち突っ込んでいたらキリがない。それに気付き敢えて言葉を飲んだ。


「駿ちゃん、何か言いそうな表情ですね?」

メイはそんな駿の顔を覗き込んで問い掛けた。

「いや、別に……」

駿はメイと視線を合わせる事なく素っ気なく答えた。
「……てか、授業終わった……?」

目だけ動かして駿は辺りを見渡した。


空席がちらつく教室。数人の生徒が机をくっつけて、楽しげに話していた。
そんな光景から、駿は今の時間を何となく悟った。


「はい! これからランチです!」

だるそうな様子の駿とは、対照的にメイは笑顔で答えた。


「ふわぁー…なんだ……まだ昼か……最悪、あと2限もあんじゃん……」

メイの返答に、ますますうなだれる駿。

駿は、机に頬をくっつけまた、一つ溜め息を吐いた。
「まだ、眠いんですか?」
メイはそんな駿の様子に首を傾げて覗き込む。

「あんなに眠てたくせにねー? 見事な爆睡ぶりに、どの教科の先生も机が溶ろけそうな程の熱い眼差しを一号に、ずぅーーーっと向けていたんだよ。 ねぇー? メイちゃん!」


一人楽しんでる十夜だけ、やたらニコニコと語っていた。

十夜は、机に伏せる駿から傍に立っているメイに視線を向けてにこやかに同意を求めた。

「はい! 中には、駿ちゃんを見つめながらチョークをへし折っている先生も居ましたよ!」

メイは少し興奮気味に答えた。

「……あぁ……あー…、そう……?」

そんな二人の言葉に、駿は苦笑いを浮かべた。

かなり瞳を泳がせて……。

「そんな事より、駿ちゃんご飯食べに参りましょう!」

メイはそう言って駿の腕を引っ張った。


――初めての人間界の食事です! どんなのでしょう?考えただけでワクワクします。

メイは、ずっと人間の食事がどんな物なのか気になって仕方なかった。昼食の時間を長い事、心待ちにしていたのだ。

駿の腕を引っ張っるメイのその姿は、まるで、日曜日に遊園地に行きたいと駄々をこねる幼子の様に映った。


「あー……? メシ? まぁ、腹は減ったけど買いに行くの面倒だなぁー…どーせ人多いし、金ないし、何より腰痛いし」


駿は、机に伏せたまま呟いた。あまりのやる気の無さにメイは引っ張っていた腕を離した。

脱力した駿の腕は、机からブラブラと揺れていた。

「とても十代の少年が抜かす台詞じゃないねー?」


十夜は、苦笑いのような笑みを浮かべた。


「まぁ、駿ちゃんの場合瞳からして干からびてますからね? 仕方ないですよ」

「メイちゃん、いいこと言うねー! 」

メイの発言に十夜は手を叩いて笑った。


“エヘッ”と照れ笑いを浮かべるメイ。そんな二人をよそに駿は、静かに立ち上がった。
「……メシでも買いに行こうかな……?」


静かに吐き捨て、メイと十夜を睨みつけた。


「怒らせちゃったみたいだねー」

駿の表情を見て、十夜は悪びれた様子なく呟いた。


「本当の事なんですけどねー……」


一人スタスタと歩く駿の背中を見つめながらメイはポツリと呟いた。


ピタっと駿は足を止め、メイを睨んだ。

「なんか言った?」

「いえ、何でもないです! それとメイもご一緒します!」メイは慌てた様子で駿の後を追い掛けた。


「駿ちゃん、待って下さいー! あ、くぅーちゃんは行きませんか?」



スタスタと先を歩く駿にそう呼び掛けながらメイは、十夜の方へと振り向き尋ねた。

「俺は、平気。コンビニでパン買ったし」


ニコッと柔らい笑みをメイに向けて十夜は答えた。

「そうですか? 分かりました。では、失礼します」
メイは、軽く会釈をしては教室の戸を閉めた。

そんなメイに十夜は、手を振った。


パタパタとメイの駆ける足音が廊下にこだました。

教室に残った十夜は、メイ達が見えなくなったのに戸に視線を向けていた。






いつも見せる穏やかな笑みとは、違う妖艶な笑みを浮かべながら……



◇◇◇◇◇


「はぁー……、凄まじいですね?」

メイは独り言の様にポツリ呟いた。

「……だから、来たくなかったのに……」

心底、嫌そうに駿が呟く。
メイのわがままで昼食を買いに行く羽目になった駿。学校の食堂に向かったものの、二人は呆然と立ち尽くした。

時刻は、只今12:20である。学生としては待ち遠しいランチタイム。

学校の近くにコンビニもあるのだが学食の方が、安い上、味も良く使用する生徒が多い。

故に、学食は空腹な生徒達が沢山ひしめいていた。

食券を買う為だけにズラッと並んでいるその姿を見て駿は、

「ハァー…マジだりぃ……」

と嫌そうに呟いた。 「けど、こんなに繁盛してるのならきっと美味しいと思います!」

メイは、瞳をキラキラさせながら長蛇の列を見つめた。


「繁盛って……つか、俺ここの学食、食った事ないし」

駿は、全く興味なさげな口調でメイに言い放った。  
そして、駿は学食の脇にある廃れた売店に入った。


その売店では、飲み物やカップ麺、デザートに菓子パン、弁当などを販売している。


――品揃え悪くないのに、ここは、空いてるな……。
駿は空いてると理由でそこに足を伸ばした。

そして、腑に落ちないといった様子で棚に並んでる商品を選んだ。学食の方に生徒を取られてしまったのか客数が少ないい。



――まぁ、空いてるに越した事はないか。


駿は、目に付いた弁当と菓子パン二個を手に取った。
「……ほぇ……随分沢山買いましたね?」

メイは目を丸くして言った。
「あぁ? 別に普通だけど」


そんなメイの言葉をテキトーに聞き流し、駿はデザートの並んでいるコーナーを物色した。

「そんなに小さいのに、意外ですよー」


「……………」



メイのこの一言に駿の表情は凍てついた。

確かに、駿は身長低く華奢であった。
そして、背が低い事は駿の何よりのコンプレックスであった。


「……………」


ギロっと無言で睨みつける様にメイを見た。

「あ、ごめんなさい……本当の事言って……」


「うっるせーよ!」シュンとうなだれるメイに言い放つ駿。

そして、話題を変えようと思った駿は“で? お前は何買うんだよ?”と問い掛けた。


「え? あ、そうですね……」

メイはパッと顔を上げ陳列されてる商品を見渡した。

「あっ! コレにします!」

そう言ってメイは手に取って駿に見せた。
「コレ……にしますって、プリンじゃん? それだけで良いの?」
――んだよ、腹減ったって騒いでたくせに……


駿は心の中で溜め息混じりに呟きながら、メイに問い掛けた。


「はい! これにします
あとは、大して物珍しくないので」

メイはニコッと微笑んで答えた。

「……プリンも物珍しくないと思うけど……」



独り言の様に呟き、駿はスタスタと先にレジへと向かった。

レジには、白いエプロンを身に纏った女性が立っていた。

白髪混じりの黒髪を一つに束ねた中年の女性。
疲れた顔を浮かべながら肩を叩いていた。


だが、駿が近づいてパッと営業スマイルを浮かべた。

「いらっしゃい。はい、から揚げ弁当300円の菓子パン2個で200円の合わせて千円!」


おばちゃんは威勢の良い声で駿に言った。「……なんで、千円なんすか?」


駿はそう言いながら彼女に五百円玉を渡した。

「消費税、消費税」

おばちゃんは豪快に笑いながらお金を受け取り、駿が買った商品をビニール袋に詰めて渡した。


「ってあらー、あんた可愛い顔してんじゃない。あたし好みだわ」

駿に商品を渡したおばちゃんは、駿の顔をマジマジと見据えた。

「……え……?」

その言葉に駿の顔が青ざめていった。

駿は、小さい頃から今に至るまでよくおばちゃんにモテた。
しかし、その代償なのか、歳の近い女の子から全くと言っていいほどモテた事がない。

歳の近い女の子からにモテたいと切実に祈っている駿にはかなり有り難くなかった。

「いいわねー、十代って お肌がス・ベ・ス・ベ」

そう言って駿の頬を撫でる様に触る。

「…………っ!」気色悪い事この上ない。
もともと顔色の良くない駿だが、さらに青ざめた表情で立ち尽くしていた。


「駿ちゃんモテモテですね」

そんな駿を余所にメイは、瞳をキラキラさせて言った。

「ハハハ……」
そんなメイに駿は乾いた笑いを浮かべた。

駿しか見ていなかったおばちゃんはメイの存在に気付いた。メイの小さな手にプリンがあるのに気付き、客と悟った。


「……あんたはプリン一個で五千円ね……」明らかにやる気のない態度と口調で言い放った。

「ごせんえん……」

メイはきょとんとした表情でおばさんの言葉を繰り返す。

彼女の顔からは、先程までの人懐っこい笑顔は消え失せていた。


嫌そうな表情で耳をほじりながらメイを睨む様に見据える。


「信じるな……それは80円だ」

駿はきょとんとしてるメイに告げた。

「はちじゅうえん……?」
首を傾げながらメイは呟いた。

「駿ちゃん……」

そして、困惑した表情で駿を見上げる様に見つめた。

メイに呼ばれた駿は、悪寒がした。

――また、ふざけた事を抜かすんだろうな……

駿は一人腹の中で呟きながら何……? とメイに聞き返した。

「あ、あのぅー……はちじゅうえんって何なんでしょうか?」

首を傾げてメイは駿を見据えた。

「はぁ?」


思わずおばちゃんがそう発した。


「……………」



駿は、返す言葉が思い付かないのか、それともあまりの馬鹿さ加減に絶句していた。

「なに、カマトトぶってるの……? あたし、あんたみたいな女嫌い……」



「ほぇ……」

そう告げるおばちゃんを余所にメイは困惑した表情で立ち尽くす。



「……あ、あ、あんた、本当に金を知らないのかい?」

その様子から、演技ではない事を悟ったおばちゃん。
珍獣を目の当たりにした様な表情でメイに尋ねた。
あまりに信じられないのかそう尋ねる声が震えている。

「……あ、お金はお婆様が管理していたので……だからあまり、分からないです……」

メイは、下を向き心細そうな声色で告げた。

――どんだけ世間知らずのお嬢様だよ?駿とおばちゃんは腹の中で呟いた。



「ん? お金の管理はお婆様って事は……つまりあんた金を持ってないのかい?」
 
メイの無知さ加減に呆れて立ち尽くしていたが、ハッとした様子で我に帰ったおばちゃん。


不安そうなメイに構わず、おばちゃんはきつい言い方で問い掛けた。
「…はい……」蚊の鳴く声で頷くメイ。
「なら、コレは売れないわね!」

おばちゃんはきっぱりと言い放ち、メイからプリンを乱暴に奪い取った。
「そんなぁー…」
メイは悲しそうな表情を浮かべた。
「お願いです! お金なら後日……いえ、身体で払いますから!」
「うるさいわねー! 女のましてや、あんたみたいなガキの身体なんか興味ないわよ! そろそろ店じまいすんだからどきなさい! あんた邪魔よ!」


プリンがどうしても食べたいのか全く食い下がろうとしないメイ。

しかし、おばちゃんは眉間に皺を寄せて冷ややかな口調で言い放った。
彼女のその表情からして本当に迷惑だというのが伺えた。


あまりの喧しさに食券を買うのに並んでいる他の生徒や食事を買った女子生徒が不審そうにチラチラと見てくる。


傍にいた駿は二人のそんなやりとりとそんな視線に気付きハァーと溜め息を一つ吐いた。



「…………」

無言で駿はおばちゃんに百円玉を差し出した。  
「え?」

おばちゃんは手の平に置かれた百円玉を見て一言発した。そして、すぐに顔を上げ駿をマジマジと見つめた。

「……兄ちゃん、いいヤツだねー! え? 何、釣りはいらねぇー? 男だねー!」

おばちゃんは、瞳を潤ませながら駿を見据えた。
「…何も言ってないけど……」

「消費税、消費税」

そう楽しそうに言っておばちゃんは駿にお釣りの20円は渡さなかった。

「はい、どうぞ またおいで、あんたならサービスしてあげる」そう熱っぽい眼差しで駿を見据えるおばちゃん。



「…………」

――これからはコンビニで昼飯を買おう

凍てついた表情で駿は腹の中で誓った。

おばちゃんからプリンを受け取った駿はビニール袋を提げてスタスタと足早に売店から離れた。

そんな中、メイは今イチ理解してない様だ。
しかし、駿が売店から立ち去ったので小走りで駿の後を追い掛けた。


「あ、あのぅー…」
スタスタ歩く駿にメイは気まずそうに話し掛けた。


すると、駿はピタと足を止めた。 

「手、出せ」
突然、振り向いた駿は無表情に近い表情でそう言った。

「え? ……はい……」
メイはワケが分からないと言った様子だったが、駿の言うとおり手を差し出した。



すると、さっきおばちゃんに取り上げられた瓶に入ったプリンをメイに渡した。それを見てメイは大きな目をパチクリさせながら見つめた。
「ほぇ?」

きょとんとした表情で差し出されたプリンと駿を交互に見つめるメイ。

「やるよ、それ」
駿は無愛想にそう告げて、またスタスタと歩き始めた。 「……え、え? え? いいのですか?」

メイは目を丸くして前を歩く駿の背中に問い掛けた。

けど、駿から返事はない。
そんな駿に対しメイはニコッと微笑んで駿の背中に向かってこう告げた。


「ありがとうございます!」

大きな声で実に嬉しそうに……。

そして……



「駿ちゃん! 待ってください! 一緒に食べましょうよ!」

そう言ってメイは駿の後を追い掛けた。












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