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ブラッティ武勇伝
作:叶愛夢



第三話、初対面





「…ぅ…ん……」



外から漏れる声にメイは瞼をゆっくり開けた。


視界の先には、見慣れぬ低い天井と白い壁が瞳に映る。



―――えっ……?


一気に目が醒め、メイは頭を上げた。


やたらと下がフカフカしていると思い、顔をそこに向けると真新しい白のシーツが敷かれたシングルベットに横たわっていた。





「…………?」


――どこでしょうか?ここ?




メイは不安な様子で辺りをキョロキョロと見渡した。



部屋をザッと見渡して二つの事にメイは気付いた。


ここは自分が居た場所ではないという事。


それから、この部屋には自分以外、人はいない。という事だ。



けれど、不思議と寂しく感じなかった。



恐らく、窓から漏れる明るい光と楽しげな笑い声のお陰なのだろう。



――賑やかなな所ですね? ハッ! まさか、ここは―……


メイは心の中で呟きながら窓から外を見ようと立ち上がろうとした。



その時―……、



『ご機嫌よう。メイ。気が付いたようですね?』


「あ、お婆様!」



部屋の隅に置かれた黒い箱の様な物に突然、祖母のローザの姿が映し出された。



『気分はいかがですか? メイ』

相変わらず、眉一つ微動だせずに彼女はメイに問い掛けた。



「えっ? あ、はい。大丈夫です。ところで、お婆様?ここはどこなのです?」

黒い箱にローザが映った途端メイはベットから降り、近くに寄って問い掛けた。

『ここ……は人間……界です。この、部屋は……あなたが生活していく……場として……私が手配しました』
「やだぁー! どのボタン押してもお婆様しか映ってなぁ〜い〜!」
メイはローザの話しを軽く受け流しながら黒い箱に付いているボタンをいじりまくった。



そのせいか、ローザの姿がブツブツと途切れた。


『……席に着きなさい……』



そんなメイにローザはかなり冷ややかな視線と一オクターブ低い声で言い放った。


場の空気を読めないメイだが、さすがに身の危険を察したのか“はい”と素直に返事をし彼女の前にちょこんと正座をした。



『見知らぬ土地に来てはしゃぐのは分かります。ですが……これは遊びじゃありません あなたの将来が掛かっています。心して聞きなさい』


「はい……」


『さて、今からこの儀式について軽くおさらいを致しましょうか?』



そう言ってローザは、空気を変える為に一つ咳払いをした。



――うっ……また、始まった……。



メイは溜め息混じりに腹の中で呟いた。



――お婆様の話し無駄に長いんですよね……? 同じ事何回も言うし、ねちっこいんですよ……。


メイは俯きながらバレないように溜め息を吐いた。



『メイ、顔をこちらに向けなさい』



ローザの険しい声にメイは“はいっ”と言って慌てた様子で顔をあげた。



『よろしいですか? この儀式は泉に映った相手の血を吸う事が出来ればおしまいです。簡単そうに聞こえますがいい加減な気持ちで臨めば危険が伴います。 良いですか? 決して生半可な気持ちで行わないように気をつけて下さい。』



「はぁ……」


一気に話すローザにメイの腐り果てた脳みそはすでにヒートしていた。


『ちなみに儀式の間は、吸血相手以外の人間の血は吸ってはいけません。絶対に。良いですか? 決まった相手のみ血を吸う事』


しかし、そんなメイに構わず淡々と話しを続けた。



「……はぁ……」



――早口だから話しについていけないです……。なんて事口が裂けても言えないですよね……?


そうぼやくメイの脳みそはもはやショート寸前であった。

見えない煙りが耳からモクモクと上がっているようだ。


しかし、それに気付かないローザは口を休まる事なく動く。

『ただ、初対面の人間の血をいきなり吸う事はまず無理でしょう。そもそも、人間というのは何よりも“信頼”を大切に考えています。ですから、メイあなたも自分の吸血相手と親しくなるのが一番の手でしょう。』



「はぁ……」


――ふぁ……、お腹空いてきました。



もはや、メイの集中は解けていた。

元々、落ち着きのないメイはジッとして話しを聞くのが苦手だった。

『それと人間界にいる間は人間と同じ食事を摂る事が出来ます。人間界の食べ物を心から堪能しなさい。』

「えっ! 良いんですか!? やったぁー!!」

食べ物の話しになった途端メイの表情は眩しい程輝いた。

手を合わせ嬉しそうにはしゃいでいた。

「あのー人間界の食べ物は何が、お勧―――

『時間がないので次に行きます。』


そんなメイの問い掛けをザクっと切り捨てローザは、また口を動かした。


『良いですか? ここからが大事なので、よく聴く様にして下さい。』


先程よりも真摯な眼差しと険しい声色を響かせて彼女はメイを見つめた。



メイはその表情と声色に、姿勢を正し、黙って話しを聞いた。



いや、正確には聞いてる振りだ。



―――まだ、話し続くんですか?なんか、眠くなってきちゃいました……





心の中では、飽き飽きしていた。



『良いですか? メイ。人間に吸血鬼と知られてはいけません。絶対。』


ローザは、そう言って言葉を切った。


言葉の余韻がなんとも言えない緊張感を生み出していた。


暫くして、またローザは唇を動かした。



『もし私達、吸血鬼の存在が世間にでも知られたら一大事です。最悪の場合、命を取られかねません。人間は危険な一面もあります……。』



そう呟く様に言葉を落とし、ローザは目を閉じた。



『ですから、十分気をつけて下さい。仮にそんな事態が生じた場合、儀式は途中でも中止致します。そうなると……メイ、あなたは一生半人前のままです。それは、吸血鬼として、とても不名誉な事です。良いですか? 人間界に居る間なるべく周りの目を気にして行動するように……。判りましたか? メイ?』


お婆様はキッと鋭い瞳をメイに向けて投げ掛けた。



が、しかし何の反応もない。






メイは背を曲げて頭を下げていた。その頭がコックリコックリ揺れていた。



『……メイ、聞いていましたか?』


メイから返事がない事に気付き、ローザは声のボリュームを上げてキツめの口調で呼び掛けた。


「……ふわぁ? はいっ! き、聞こえてます。」


咄嗟に名前を呼ばれたメイは慌てた様子で顔を上げた。



『…………』



メイのこの何気ない一言は彼女の機嫌を損ねるのに十分だった。


『何ですか? 聞こえてますって?』

口調に怒りが見られる、そんな声色を響かせ、ローザはメイを睨む様に見据えた。


「えっ……いえ、今のは言葉のさやでして……その、ちゃんと聞いてました……よ……。寝ていませんよ? これぽっちも……。」



メイは目を泳がせながら答えた。

そんなメイの態度からは動揺(ウソ)が明白に映る。

ローザは冷ややかな視線でメイを見据える。

『……それを言うなら“言葉の誤”です。それと、話しをちゃんと聞いていたんなら簡潔にまとめて答えて下さい。』



ローザは温かみの一切ない声色でメイに言い放つ。

「え゛っ?」

『どうなさいました? メイ。話しをちゃんと聞いていたのでしょ?これぽっちも寝てないんですよね? なら、簡単でしょ?』



氷のような冷たい視線がメイの全身を射抜く。メイが途中で居眠りしていたのをローザは見抜いていた。そして、かなり怒っていた。

無表情だがヒシヒシと怒りが伝わってくる。





「……す。」


メイは微かに唇を動かした。
けれど、あまりに声が小さくお婆様の耳には届かない。


『はい?』

冷たい言い方で続きを促す。

「ぎ……儀式、頑張って臨みます!」

メイは満面の笑みを浮かべて答えた。



『…………』

メイの返答は確かに間違ってはいないが、やはり話しを聞いていないのが明らかだった。





ローザは長く深い溜め息を一つ吐いた。


◇◇◇◇◇


「ふぅー…。引っ越し挨拶って疲れるな……。五階のおばちゃん話無駄に長いし……」



ちょうど、メイが退屈な話しを聞いていた頃。


部屋の外では、一人の少年が階段から降りてきた。


その足取りはとても軽やか。……とは言えないくらい疲れたきった様子であった。


「けど、これにて挨拶終了! って……、あれ? こんなトコに部屋なんかあったけ……?」


その少年は、自分の部屋に戻ろうとした足を止めた。

短い茶色の髪をした少年。

背は一般男子と比較するとちょっと小さい。しかも細身である。黒のパーカーを羽織り、擦り切れたジーンズを着ていた。

顔立ちは、そこそこ。

飛び抜け格好良くも悪くもない。どこにでも居そうな少年だった。


彼はその場に立ち尽くし、考え込んだ。


――あれ……? 俺の隣に部屋あったっけ……? まぁ、いいか。見落としてたんだろう……?


そう考え、彼は気に止めずメイの居る部屋の呼び鈴に手を伸ばした。


この時、彼はある事を見落としていた。
このアパート5階建てなのに、その部屋は707号室……。

どう考えても、怪しい。

しかし、彼は全く気付かなかった。



ピーンポーン―……!

飽き飽きしていたメイの元に目が冴える音が響いた。
それに驚いたのはメイだけじゃなく話しをしていたローザも驚いた。


口を動かすのを止めて、静かな口調で言い放つ。


『誰か、来たようですね?』
「誰かって……? お客様ですか? なら、メイがお出迎えますね!」嬉しそうに手を合わせ、メイは立ちあがって音のする方に向かっていった。


『……ハッ! メイ !その姿で出るのはお止しなさい!』

制止するローザの言葉はメイの耳には届かなかった。



「はぁーい」

メイは満面の笑みを浮かべてドアを開けた。



「あ、……初めまして。昨日越してきた、すどぅ……っ!!」



ドアが開いた事に少年は、軽く会釈をした。

が、目の当たりにした刺激的な光景に絶句した。


目を大きく見開いて……。



「…………、ハッ! すいません!」

ほんの数秒間、目と口も空けたまま佇んでいた。

が、我に返った途端少年はかなり慌てた様子でドアを勢い良く閉めた。



「ほぇ?」

いきなりドアを閉められた事にメイは理由(ワケ)が分からず首を傾げた。




そして―……、


「あのぅー、何で閉めるのですか?」




メイはドアを開けて少年に問い掛けた。


「うわっっ! 何で開けるんだよ!?」


不意に開いたドアに少年はギョッとし、強い力でドアを押すように閉めた。





しかし、反対側ではメイがドアを開けようとしていた。



「なんで空けるのって、そっちがメイの所に来たからじゃないですか? それで用件はなんですか?」


不可解な態度の少年にメイはムッとした。



「用件なんかどうでもいいから閉めろ!」



少年はメイから視線を逸らしながら語気を荒くした。


「……ムッ! あなた、人と話す時はこっちを見るのが常識ですよ?」


自分の事を全く見ようとしない少年にメイはますますムッとした。

「……じょ、常識よって……人に、んな事唱えるならあんた服くらい着ろよ……」



少年は困惑した声色でメイに告げた。
そう告げる少年の耳と、うなじは茹蛸みたいに真っ赤だった。



「へっ?……」


その言葉にメイは固まった。するりっとドアノブから手を離し、ゆっくりと自分の身体に目を落とした。

すると、白い肌の滑らかな曲線と小ぶりな二つの山がメイの瞳に映る。

メイの顔から一気に血の気が失せた。



「…い……い、いやあぁぁぁぁっっー!!」

メイは涙混じりに泣き叫びアパート全体が壊れる程の力でドアを強く閉めた。

その風圧で少年の髪が靡いた。



「……………」


少年は、ただ立ち尽くしたまま閉まったドアをボーと見つめていた。



――……へ、……変なヤツ……。こーゆーのとは関わらない方がいいな……、絶対に。


腹の中で誓う様に呟いて、彼は自分の部屋のドアを空けた。



「変なヤツだったけどスタイルは良かったな……」

嬉しそうに呟いてドアを閉めた。

そして、少年はメイが住む隣の部屋に入っていった。





◇◇◇◇◇◇


その頃、メイはというと――。


「……………」 



見知らぬ少年に全裸を見られたショックで放心したまま玄関にしゃがみ込んでいた。


「見られた……全部、見られた……」

涙を浮かべ、そう呪文の様に呟くメイ。



『メイ、いずれ見られる物だから気に病む事ではありません』


ローザはそれなりに励ましているのだろう。

声色がさっきと違って温かみがある様に感じられた。

しかし、今のメイには届かない。放心したまま天井を仰いでいた。
よほど、ショックだったらしい。
「なんで……? ちゃんと服着てたのに……」



消え入りそうな声でメイは呟く。


『メイ、我が国の物はある方法を用いらないと持ち込めません。なので、あなたが着ていた服も靴も全て消え失せます。(わたくし)以前にも、あなたに説明しましたけど?』



嫌味ぽい口調でローザはメイの問いに答える。


「……そぉーでしたっけ?」


メイは泣きそうな声を響かせる。


『言いました。第一、そんなに恥ずかしいのならまず、服を着なさい。服なら全てクローゼットの中にあります。』

お婆様は厳しい口調で彼女に投げ掛けた。


「はい……」

メイはポツリと元気のない返事をした。



『ハァ……とても先が思いやられます。メイ、その忘れっぽい所、どうにかしなさい。非常に迷惑です。』



最後の辺りを強調するように冷ややかに言い放つローザ。



「…………」

けど、答える気力もないのかメイから何の反応もない。



『とりあえず、今日は帰ります。メイ、あなたの幸運を祈ります。』


そう告げるとローザの姿はプッと消えた。


代わりに部屋には静寂が訪れた。

「はぁ……」
ローザが居なくなって数秒後、メイはゆっくりとした動作で立ち上がり玄関を後にした。


そして、さっきまで横たわっていたベットへとぼふっと倒れ込んだ。





肌に柔らかなシーツの感触が心地良いのかメイは瞳を閉じた。

一人残された部屋でメイはポツリと呟いた。


「さっきの人見覚えがあるな……」


そうポツリ、呟いてはメイの意識は睡魔に飲まれた。












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