チート能力を探せ
やまだまもる、5才。幼稚園児。
積み木で作ったお城が崩れた拍子に、俺は前世の記憶を思い出した。
俺の元いた世界は、少し街の外を歩けば魔物が我が物顔で跋扈し、さらに人間同士も土地を巡って戦争をしているような血生臭いところであった。俺は10歳の時から騎士団に入隊し、それから20年以上も魔物や人間を殺すことで飯を食っていた。
同じ時期に入隊してきた仲間たちはどんどん死んでいき、俺に剣を教えてくれた歴戦の戦士たちもあっさりと命を落としてしまった。己が明日どうなっているのか分からないような生活のなか、俺は必死に生きていたのだ。
しかしある時、わが騎士団に絶大な力を持った英雄が誕生した。
彼はたった12歳で敵将の首を打ち取り、さらに100人がかりでも倒せないような強大な魔物を一人で倒すなど凄まじい功績を上げていった。
彼に強さの秘訣を聞いたとき、面白い事を言っていたのを覚えている。
「俺は実は異世界の人間だったんだが、神様にお願いしてこの世界に転生させてもらったんだ。その時にこの力も一緒に手に入れた」
彼はそう言って「元いた世界」の話をしてくれた。彼にとっては退屈でつまらない世界だったらしいが、俺にしてみれば平和で命の危険もなく羨ましい世界だ。そのことを彼に伝えると彼はニッコリ笑って言った。
「俺がこっちに来てしまったからバランスを取るためにこっちの人間を向こうに送らなきゃいけないらしいんだ。良かったら神様に推薦しとくよ。もしかしたら何か力を貰えるかもね」
その時は冗談だと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。彼の推薦のおかげか、俺はそのあとすぐに死んでしまい、こうしてこの世界で新しい生を受けたわけだ。
まぁそれは取り敢えず良い。
若くして死んでしまい、仲の良い友人たちと会えなくなってしまったのは少々悔しくもあるが、老いた両親や守るべき妻子がいるわけでもなし。俺がいなくなって死ぬほど困る奴もいるまい。
問題は、彼の言っていた「もしかしたら何か力を貰えるかもね」という言葉である。
彼と同じように異世界に転生したのだから、俺も彼と同じようになにか特別な力を持っている可能性は高い。
だとしたら城なんて作っている場合じゃない!
俺は積み木を放り投げ、短い足に苦労しながら立ち上がった。
「まもるくん! 積み木投げちゃダメでしょ? お友だちに当たったら痛い痛いしちゃうよ?」
そう言いながら近付いてくる女。俺の所属するひまわり組を取り仕切る「やまぐちせんせい」だ。
彼女の身長は俺の1.5倍ほど、体重は2倍……いや2.5倍と言ったところか?
「英雄」は7歳の時に熊と素手で戦ってなんなく勝利を掴んだと言われている。俺が彼と同じ能力を授かっているとしたら、女性を持ち上げるなど訳もないはず。
「きゃっ、ちょっとまもるくん!?」
俺はおもむろに彼女の脚にしがみつきその体を持ち上げようと力む。しかし彼女の体は石像のように重く、ピクリとも動かない。どうやら俺が授かった力は「英雄」のものと違うらしい。
「こらこら、ダメでしょ。どうしたの急に」
やまぐちせんせいは俺を脚から引き剥がし、しゃがみこんでしまった。その表情から、なんとなく怒っていることが伝わってくる。
この女は一応俺の担任の先生……つまり直属の上司である。ここは素直に謝っておいたほうが良いだろう。
「すいません、先生なら軽そうだから持ち上げられるかと思って」
「えっ、先生軽そう? ……いや、でもいきなりしがみついてきたら危ないでしょう?」
「ごめんなさい。先生の脚が細くて持ちやすそうだったから、つい。それに先生小食だし、顔も小さいし、お肌スベスベだし」
「そ、そう……? うふふ、今は無理だけど大きくなったらきっと先生を持ち上げられるわよ」
女から怒りの表情が消え、俺に軽く注意をするとスキップをしながらどこかへ行ってしまった。
なぜ急に機嫌が良くなったのか分からないが、まぁ結果オーライだ。
さて、俺に与えられた能力が「力」じゃないことはハッキリした。そもそもこの世界で「力」と言うのはそれほど求められていない。
この世界で最も求められている能力……それは頭の良さ、もっと言えば「学力」ではあるまいか。
この世界ではたくさん勉強して良い大学に入ればそれなりの地位と給料が約束されると聞く。ならば神は俺に賢者の如き「頭脳」を与え給うたのでは。
すぐに試さなくてはと思い立ち、俺は先生の机の上に乗った「しんぶんし」を手に取り床に広げた。俺達はこれを破いたり床に敷いたりして使用するが、本来は科学、経済、政治、事件などを報じるための紙らしい。俺の両親も毎朝これを読んでいる。
子供とはいえ賢者並みの知能があればこんなもの朝飯前に読めてしまうはず。
俺は意気揚々とそれに覆いかぶさり、びっしりと書き連ねられた文字に目を通していく。
……が、さっぱり読めない。
内容が理解できるとかできないとかの問題じゃない。読めないのだ。
この世界の「漢字」と呼ばれる文字は複雑で種類も多すぎる。ひらがなも読めるか怪しいのに、漢字だらけの新聞など読めるはずもない。
俺はため息を吐いて新聞を畳んだ。俺が授かったのは「頭脳」でもないらしい。
「まもるくんしんぶんしちょうだい」
顔を上げると、小さな女の子が俺に手を差し出していた。
文字も満足によめない俺にこんなものなど必要ない。彼女の方がこの「しんぶんし」を上手く使ってくれるだろう。折りたたんだ新聞を彼女に渡そうとしたその時。
「あー、まもるくんわたしもしんぶんしほしい」
横から入ってきたのはこれまた小さな女の子。まぁどちらも俺と同じ年齢なのだが。
彼女たちはお互いににらみ合い、やがてどちらともなく喧嘩をはじめ、激しいキャットファイトに発展してしまった。
俺は慌てて彼女たちの間に割って入る。
「二人ともやめなよ、しんぶんしを何に使いたいの?」
二人の女の子は肩で息をし、ベソをかきながらも俺の質問に答える。
「おままごとに使いたかったの」
「わたしはピクニックごっこしたかった」
なるほど、それぞれ遊びたいことが違うらしい。これでは一緒に遊べなどとは言えない。
俺は考えた結果、しんぶんしを分けてそれぞれに与えることにした。しんぶんしは複数枚の紙が重なっているものだから分けることは容易い。
「はい、どうぞ」
俺がしんぶんしを分けて二人に渡すと、女の子たちの目はキラキラと輝いた。
「すごーい、まもるくん頭いい」
女の子がため息交じりに呟く。
それを聞いて俺は自虐的に笑った。文字もまともに読めないのに「頭が良い」だなんて。そりゃあ他の幼児よりは多少賢いかもしれないが、そのうち頭の柔らかい彼らに易々と追い越されてしまうだろう。
「ねぇまもるくんもあそぼ、おとうさん役やってぇ」
「だめ! わたしとあそぶの!」
「ごめん、俺ちょっと用事あるから……」
再びキャットファイトを始めそうな二人から離れ、俺は教室の隅に座り込む。
神から与えられたのは「頭脳」でもなかった。では一体なんだろう。俺は必死に考える。
その時、ふと床に転がったクレヨンとお絵かき帳が目に留まった。
元いた世界の人々は戦いに明け暮れ、生きることに精いっぱいだった。そのため、絵や歌などの芸術を職業として食べていくことは一部の人間を除いてほぼ不可能であった。
しかしこの世界では実力さえあれば芸術で食っていくことも可能だという。なんとも恵まれた豊かな世界だ。
神は俺に前世では到底できなかったことをやらせてくれようとしているのではないか?
俺は転がっていたクレヨンとお絵かき帳を拾い上げ、近くにいた女の子を被写体にクレヨンを走らせる。
「なにやってるのー?」
視線に気づいた女の子がトテトテとこちらにやってくる。俺は彼女の顔とお絵かき帳を交互に見つめながらその質問に答える。
「君をモデルに絵を描いてるんだけど……」
俺は筆を止め、思わず苦笑いをする。どう考えてもセンスがある絵とは言い難かったからだ。
「やっぱダメみたいだ。ごめんね、勝手に絵を書いて」
「ううん、どんなの描いたの? みせてー」
そう言われ、俺は彼女に絵を差し出す。
彼女はそれを見るや、目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。
「すごーい、まもるくん絵じょうずだね。かわいい」
「はは、そんなことないよ。実物の方がよっぽど可愛い」
「えっ……そうかな?」
「ごめんね、もっとうまく描いてあげられたらよかったんだけど」
そりゃあ、なにをかいているのかも分からない幼稚園児の絵に比べたら多少は上手いだろう。しかし普通の大人のレベルで見ればこれはむしろ下手な方だ。
元の世界でほとんど絵を描いた経験がないとはいえ、あまりにもひどい。こりゃあ「絵の才能」を貰ったわけじゃなさそうだ。
「……これ、もらっても良ーい?」
女の子は恐る恐る、といった風に俺に尋ねる。
「ああ、そんなので良かったらいくらでもあげるよ」
「ほんと! ありがとう、大事にするね」
お絵かき帳を抱きしめ、女の子は走り去って行ってしまった。
自分の似顔絵を描かれたのがそんなにうれしかったのだろうか。子供とは分からないものだ。
結局、神から貰った能力を特定することはできなかった。
もしかしたら最初から特別な能力など貰っていないのかもしれない。少々残念だが、こんな平和な世界に転生できたことだけでもありがたいと諦めるほかない。
「ねー、まもるくん一緒にあそぼー」
「おままごとしようよ! わたしがおかあさんで、まもるくんがおとうさん!」
「えーだめだよ、わたしがおかあさん、まもるくんがおとうさんだもん」
「うーん、じゃあわたしとあみちゃんとかなちゃんがおかあさんで、まもるくんがおとうさんにしよう。いっぷたさいせいなの」
「わーいいね! そうしよう!」
「ねー、まもるくん聞いてるの?」
そう言って肩を揺すられ、俺はようやく自分が女の子に囲まれていることに気が付いた。
まぁ、この世界に馴染むためにも園児生活を積極的に楽しむべきかもしれない。俺は彼女たちの誘いに乗り、おままごとに興じるのだった。
俺が「神に与えられた能力」に気が付くのは、もう少し後の話である。