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ZERO@POINT(ゼロ・ポイント) 作者:黒助(くろすけ)
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1、始動

 鳴瀬界矢 (カイヤ)は、念願の峠に遂にやって来た。
地元工業高校の卒業証書を待たずして、一種免を得って公道を走ることができるようになった彼は、待ちきれずにこの聖地へやってきたのである。
 この日のために用意した憧れのAE86トレノを可能な限り調整して、今持ちうる財産を全て注ぎ込んで峠仕様に仕上げた愛車であった。
 彼は、流行らない峠ブームに今虜になっている車オタクの一人に過ぎない、
けれど他と違うのは、その峠での類い希なゼロ・ポイント体験者だった。
その体験はクローズド(公道を除く競技道)の外で、かつて父の峠走行に同乗した際起きた。
その一回のみの体験が少年を走り屋に変えてしまった。

 ここで言う峠とは、かつてモータースポーツ全盛の時代に市販車で、
走り屋によってサーキットさながらにタイムアタックが繰り広げられた休遊道を指す。
日本全国の山間部を中心に数々の峠が存在し、峠の走り屋にはトリッキーなカーブが多い程好まれる。
その複雑に折れ曲がる一般には”悪路”でしか無い道を、自慢の愛車とドライブテクニックで制覇する事は、愛車との一体感をえられるという、行動派自動車マニアには至福の瞬間であった。

 時は未だ冬の色濃く、やっと明るくなりかけた早朝。
この地には数日前に降った雪が、峠に至る道の片隅に散在した路面コンディション。
普通なら好きこのんで走る状態では無かったが、一気盛んな彼には理想的に思えるのだった。
 一時のブランクがあるにせよ、子供の頃からクローズド競技で鍛えたテクを試すには、これ以上のロケーションは無いと興奮気味だった。
 気温が低く車のコンディションを保つため、ずっとエンジンを切らずに暖気してある。
帰りの燃料を考慮してそれ以外全て使い切るつもりで、思い描いた理想のコーナリングをイメージする。
 冷静なつもりではあるが、白い吐息が何度も目の前を曇らせる、
「よし、行くか」
ステアリングを握る指に力が入ると革のきしむ音がする、その頂点を見つめた後、視点をその先150mの第一コーナーに移す。
「よしっつ!」
掛け声と同時に左手と両足が本能的に連動して5000~6000回転を維持していたエンジンにクラッチを、真綿の様と表現される繊細な操作で繋いで加速させる。

ズゴフォ!

 駆動を伝える後輪はクラッチを繋いだ一瞬、地を滑る。
やがて1tを切る車体は目先の左コーナー方向にやや傾いたまま第一コーナー目掛け滑り出していく。
 この時、速度は最大で55km/h程度しか出ていない、
しかし路面コンディションを考慮すれば理想的な速度だ、
急に左に消えるブラインドコーナーを考えれば、常識では無謀に近い侵入速度で、
最悪だと正面のガードに車の左角をぶつけて、ジ・エンドである。
 その中でも界矢は冷静だった、わざと車体を傾けたまま進めて、コーナー手前で絶妙に2速へシフト、そのショックを利用して理想の進入角で向きを代えていく。
車体はスタートラインから見ると、コーナーからフッと赤いリアランプが軌跡を残して突然消える様にクリアしていった。

消えて数時間、エキゾーストとコーナーできしむタイヤの音が、峠中にリズミカルにこだまして鳴り止む事は無かった。


 その日の正午少し前、
界矢は、峠を下りた途中にあるドライブインに車を停めて一息ついていく、
表情は満足げで、販売機で買った缶コーヒーを手に冷えた体を暖めていた。
その目の前を何台か、峠を目指すと解る車やバイクが通り過ぎていくのをぼんやりとながめていた。
「早出したのは正解だったな」
今日は平日であるにも関わらず、彼がここに停めてから10台以上が峠方面に走って行った。
これだけの盛況ぶりである、スポーツカーブームが去って久しい昨今、未だこの峠はその数少ない信者の聖地の1つとなっていた。
「俺はお先に楽しませて貰ったよ」
ちょっとした優越感を感じながら、それらの車を見送っていた。
 さてそろそろ帰還するかと、もたれ掛かっていた車体から腰を浮かして、飲み干した缶をゴミ箱へ捨てにいく時に、すれ違った二人の会話が耳に入った。
「今度ここに、スーパーNが来るんだってよ」
「マジかよ?俺絶テェー見に行く」
「だよなぁ!」
すれ違ったのは見た風から車好きの峠ギャラリーらしい、

 彼らの話に出ていた、スーパーNとは何なのか?

 界矢は、直感的に気になり振替って尋ねる、
「スミマセン、スーパーNって何?」
突然呼び止められた二人は、暫くかたまっていたが、やがて界矢の方を振り向いて呆れた顔で睨み付けた。
「オマエ、潜りか?ただの観光客か?」
「この聖地に来てて彼を知らないとは、アンタ何者?」
眉間にシワを寄せて凄む青年に、怯むことなく表情一つ変えずに、
「ソイツ速いんですか?」
動じない界矢の真顔に一瞬怯むが直ぐ気をとりなおして、ぷっと吹き出し、
「オマエの様なド素人に、シテヤル話はネエ!ちったぁググッてから聞きやがれよなぁ」
「最近この手のナンチャッテが増えてるから、世間に白い目で見られるんだ」
「迷惑な話だぜ……処でおい今度規制が掛かるそうじゃないか」
「エーッツ又かよ、ここもソロソロか」
二人は界矢をシカトしたまま食堂の中に消えていった。

゛スーパーNって、何者だ?゛

界矢の脳裏にその言葉が何度も響いていた。


 午後3時頃、界矢は雄大な雪山が連なる山脈を見渡せる地元T市に戻ってきた。
ただ計算では持つはずだった燃料が持たず、高速で想定外の高額燃料補給となったのは、金欠高校生にはイタイ思い出となった。

”鳴瀬自動車商会”

 彼の実家は街中の小さな自動車修理工場だった。
父が五年程前界矢が中学へ上がって間もなく他界した後、その工場を父の親友の敏腕整備士、母親と姉で引き継いで細々とやっていて、界矢はそこの期待の長男坊だった。
 そして、生まれながらにして油臭い部品や車と慣れ親しんで育ち、幼少の頃からカートやクローズド・ジムカーナでドラテクを磨いてきたから、無免許でも18歳の若さでも言うにあらず競技でも、それなりの戦績を挙げて知名度もそこそこあった。
でもそれ以外では彼を知るものは殆どおらず、公道での彼の実力は未知数だった。

 それでも彼には、敢えて無名の新人としてでも公道にこだわる理由が彼にはあった。
それが一度だけ味わった公道でのゼロ・ポイント体験、それを今度は自らの力で実現したいからである。
先にも述べたその感覚は、その一点においてドライバーと車が一体となったときに起こる、
慣性の法則が支配する筈のこの地上で唯一一点、車を如何様にも支配できるCPがある。
そこではまるで無重力にでもなった様な”力学の空白地帯”であり、それを引き出せる事は車を操る者にとって一つの到達点である。
 操る者はその到達感に酔い、見る者はその車の芸術的な軌跡に引き込まれ虜になっていく、
その場所に居合わせた者のみが味わえる共感の瞬間だ。

 界矢、そのたった一回の体験で人生が変わってしまった一人になる。
 クローズドでは訓練すれば比較的容易にその状態に持ち込めるが、公道という不規則な条件が伴うと、それは滅多に姿を現さなかった、少なくとも彼の場合はそうだった。
 しかしこの後、それが彼だけの思い込みで無いことを今後の出会いで確信していくが、今暫く彼の身の回りについてもう少し説明していきたい。

 翌日、界矢は残り少ない高校生活を消化するべく朝の準備に手間取っていた。
「姉ちゃん、今日メシいらない!」
「牛乳位飲んできなよ?」
180cmを超える臥体を忙しくバタつかせて、弟は玄関を出て工場の前を横切る、とそこで渋い顔をした母・皐月(さつき)が顎に手をやって思案顔をしているのが横目に入った。
「母ちゃん、行ってくる」
と息子が言うや母はボヤく、
「このぶつけ方、どういう角度で曲がりゃ、こうなるかな?」
思わぬ振りに立ち止まる界矢、
「俺、ぶつけてなんか無いぞ!」
くって掛かる若輩に整備士として自信を付けてきた母が、貫禄のある声で間伐入れずに、
「アンタ気付かなかった?」
「嘘っ!」
車感覚には自信があったしぶつけた記憶もない、彼は言葉を失った。
「ホレ」
 母が指差す先には左ドアミラーの根元にガードレールの物と思われる白い塗料が擦り付いていた、
普通こんな所を擦れば、それより外側のドアミラー自体がもげている筈の箇所である。
「ドアミラーたたんで走った時だな」
界矢は思い出した様に言った、
「たたんで公道走るヤツがあるかね!」
「いやー、一本目どうしても畳まないとへばり付けないポイントがあったから、つい」
「そんな変則的な条件が通るコースなんか無いよ、それでレコード立てても自慢にならんし」
「そりゃそうだな、でもドアミラー一つ分であれだけ違うんだ、って」
「ほぅー、判るんだ?」
「イニシャルDってマンガでヘッドライト消して撹乱するってあるじゃない?あれと同じだよ」
「バカだね?アンタは現実であんな事やったら、即死だよ!」
「あ!いっけね学校遅刻だ、ゴメン」
「コラ、逃げるんか」
逃げてない、本当に遅刻するからだが、母は界矢が遅刻するのを気にしている様子が無かった。

 界矢の母親と姉は、女だてらに父の仕事を継いで修理工をしている。
珍しいと言われるが人を新たに雇う余裕の無い零細工業の哀しさで、工場を続けるために仕方なかった。
二人揃っても半人前だったが、父の友人の腕で引っ張られ何とか彼の手伝いを勤めて今があった。
 この父が守り抜いた鳴瀬自動車商会を潰したく無かった、ただその篤い一心があったからこそできた事かもしれない。
死んでも尚そう思わせる父、鳴瀬大輔はそういう男であった。
また彼をホレ抜いた母、皐月も信念を貫く芯の強さを持つ大和撫子であった。
そして、その二人の間に生まれた姉弟も真っ直ぐな物怖じしない人間に育って、今が青春真っ盛りであった。
その青春については後にゆっくり話すとして、紹介を次に譲る。
最後に父の長年の親友であり、鳴瀬自動車商会の腕利きエンジニアの小暮明を紹介する、彼が父大輔の右腕となり、陰日向で支えてきた事でこの零細が成り立ったと言っても過言では無いが、彼自信はそれを奢ることの無い謙虚で根っからの職人であった。

つづく
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