挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

坊ちゃんとブタと、ついでに女の子

作者:石田梅
 王都から離れた小さな小さな村落では、領主さまというのは見たことのない王様よりも、よっぽど偉い存在だった。
 この近隣一帯を治める一ノ宮家は、適確な判断や村々を見事にまとめあげる手腕をもって、理想の領主だと言われていた。特にこの二年、犯罪行為が驚くほどに少ない。その結果、国内でも有数の、素晴らしい模範的領地であると評されている。しかしそれは王都から見た表面的な意見。さて、実際の領民たちの反応やいかに……。


「も、申し訳ありません、出来心だったんです!!」
「二度としませんから!」
「お許しくださいぃぃ!!」
 大の大人三人が地面に膝をつき、必死で許しを請うさまは痛々しいものがあった。しかし遠巻きに見ている野次馬は誰も助けようとはしない。だって、仕方ないのだ。彼らは心優しい柿ばあさんから、荷運びを手伝うフリをしてミルクの売り上げを掠め取ろうとした。罰せられて当然だ。だが、野次馬たちが動けない理由はそれ以外にもあった。
 三人を静かに見下ろしている少年は、石のように感情のない目をしていた。形よい口元だけが、『今日のお楽しみ』の成果を前にして満足げにゆがんでいる。
「そんな殊勝なこと言う人間が、どうして僕の顔みて逃げようとするのかな」
「いえ、そんなことは……!」
「黙って」
 言い募ろうにも、すでに赤黒く腫れていた顔を踏み潰され、男は泣き声をもらした。
「主犯はこいつか。あとの二人」
 黙って少年を見上げる男たちの腹を、少年は一発ずつ蹴り飛ばす。赤色がまじった唾液を吐きながら悶絶するのを見て、野次馬たちは悲痛なうめき声をもらすが、当の少年は顔色ひとつ変えない。
「返事はしてよね」
「は、はいっ!!」
「なんでしょう!?」
 なんとか口は利けるが、ボロボロの二人に向かって少年は言った。
「今度こんなことしたら、牢屋にブチ込むだけじゃすまないから」
 いや、もう散々ひどい目には遭いましたけど。
 目で訴えてくる男らだが、そんなものは彼には届かない。
 少年が指をパチンと鳴らすと、どこからともなく現れた黒服の男たちが、三人を引っ立てていく。少年はその先頭に立ち、王者のように道を下っていった。いや、それは比喩ではない。少年は間違いなく、この村の支配者なのだ。
 彼らが去ったあと、ほっと息をついた野次馬たちは散らばりながら今の捕り物の噂を始めた。
「やっぱり怖いなぁ」
「ああ、坊ちゃんはすごかったぜ。坊ちゃんが現れたとたん逃げ出した野郎に向かって、迷わずナイフ投げたんだよ」
「狙ったんだが外したんだが、すれすれのところを飛んできたナイフにびびった奴らが振り向いた瞬間、坊ちゃんのとび蹴りだよ。見たか?」
「残る二人はぶん殴って、あっという間にアレだ」
 三人組が盗んだ金は、一晩酒場で盛り上がったら消えてしまう程度の金額だった。しかし犯罪は犯罪。決して許されるべきではない。彼らはもう二度と、この村で悪いことをしようとは思わないだろう。もちろん、彼らの末路を見た他の村人たちも。こうしてこの村からは犯罪が消えていくのだ。これが、一ノ宮家―――もとい、一ノ宮家の跡取り息子、弘毅のやり方だった。


「ちづるちゃん、さっきの見た!?」
「なんです?」
 ちづるは額を流れる汗をぬぐって、大きくのびをした。骨がパキパキと音をたてる。自分より二回りほど大きい干草の塊を運ぶのは重労働だ。しかしこれも生活のため。頼る肉親はとうにいない。賃金が安かろうと、働くしかないのだ。
 村で唯一の雑貨店の看板おばちゃんは、そんなちづるの苦労も知らず、頬を染めて早口に言った。
「今、弘毅坊ちゃんが来てたのよ! 知らなかった?」
「えっ、また捕り物?」
「そう。すごかったわよー」
 事の顛末を熱心に話すおしゃべりおばちゃんを、ちづるは複雑な表情で見た。
 ちづるは暴力が嫌いだ。自分が痛いのはもちろんのこと、人が痛がっているのを見るのもいやだった。以前弘毅の処分を目にしたときは、胃が暴れまわったかのように熱くなって、丸三日気分が悪くなった。当然一緒になってはしゃぐ気にはなれない。
「でも弘毅坊ちゃんのおかげで柿ばあちゃんは助かったのよ。立派じゃない」
「間違ってるって言うわけじゃないけど……」
「実なき正義は偽善と自己満足」
 おばちゃんのきっぱりとした物言いに、ちづるは思わず首をすくめた。
「ま、ちづるちゃんは苦手か。ブタ子さんはそういう熱いの好きそうだけど」
 確かに、それには同意する。彼女は血の気が多いのだ。
 ちづるはおばちゃんの視線の先にいる、小さな黒い仔ブタを見た。ブイブイと鼻歌を歌いながら地面を掘り返している。彼女がちづるの唯一の家族、ブタ子さんだ。非常に賢いブタで、今も自分が話題に上がったことに気づいたのか、こちらを振り向いて「何よ?」という顔をした。
「でもブタ子さんは、参戦しちゃいそうだから、見物はやっぱりやめときます」
「あはは、そうね!」
 おばちゃんは話を聞いてくれる相手が欲しいだけなのだ。弘毅の捕り物はもはや名物行事となっており、ほとんどの者は見物しているから、おばちゃんの話に目新しさを感じない。だからちづるというわけだ。
 ちょっとだけ面倒だが、これも人付き合い。ちづるは現状を素直に受け止めていた。話は怖いが、本人と関わり合いにならなければいいことだ。悪いことには一切手を染めず、ひっそりと穏やかに暮らしていけば問題はない。あんな身分の高い恐ろしい人とは、縁があろうはずもない。
 そう思っていた。


 一ノ宮家は周辺の村々をとりまとめている。そのため本屋敷はそれぞれの村から等距離に位置する場所に構えていた。その他に村のそばに別宅があり、定期的に領主が滞在して様子を見ていくのだ。
 弘毅はまだ十七歳だが、跡取りとして教育も兼ねてこの村を任されていた。彼は『散歩』と称してほぼ毎日村を訪れる。一ノ宮の領内でも特に事件発生率が低いこの村の安全は、弘毅の双肩にかかっているというわけだ。
「待てェ、一ノ宮! 今日こそあの時の借りを返してやる!!」
 ただし、それが即ち村の『平和』を意味しているわけではなかった。弘毅の散歩はとにかく気まぐれで、悪事はもちろん、気に入らないことがあれば武力で徹底的に叩き伏せる。
 弘毅は村の最高法規であり、絶対的支配者なのだ。
 無茶苦茶な治め方であっても、この村はきちんと機能している。しかし一方でその体制は非常に不安定で、その若さ・態度に不満を持つ者や、弘毅の処罰を根に持った輩が一部いる。それを村人は、『命知らず』というのだが。
 今日もその『命知らず』が弘毅の前に立ちふさがった。
 その弘毅の楽しそうな恐ろしい笑顔から、人々はコレ目的の「散歩」であり、政を行っているのではないか、と囁かれている。
 実際、その推論は正しいように思われた。


 一触即発。『命知らず』の男は、歯をギリギリと食いしばりながら、弘毅の出方を伺っている。弘毅は口元に薄ら笑いを浮かべたままだ。
「君、誰?」
「なんだとォ!? 俺の顔を忘れたか!! この傷をっ!! この恨み、今日こそ晴らしてやる」
「知らない」
 男は自分の右腕に刻まれた深い傷跡を指して凄むが、弘毅はまったくの無反応だ。
 焦れた男が悔しそうに唸り、強く大地を蹴った瞬間、弘毅が動いた!
 が、それと同時に。
「ブタ子さんっ! ダメだ!!!」
 あまりに場違いな、しかし緊迫した声が飛び込んできた。振りかぶった拳は止まらない、止める気もない。弘毅は目の前の『おもちゃ』を壊すことだけに熱中したかった。だから目の前を横切る小さな黒い影ごと拳を突きあげることにためらいなど持たなかった。
「ぶ、ブタ子さ―――ん!!」
 ついでに、それより大きな人影が舞い込んできたとしても。
 鋭くも乾いた音が響く。
 騒いでいた野次馬たちも、突然のことに驚きを隠せず、その場はしーんと静まり返った。
視線の先には―――
 仔ブタを抱えてひっくり返る、ちづるの姿があった。
彼らは見ていた。ブタがブタとは思えないほど素早い動きで、高く跳躍するのを。ちづるの小さな身体がそれを追って飛び込んだのを。そして、あの弘毅の拳がちづるの左の頬を見事に打ち抜いたのを。ちづるは宙を一回転し、無様に地面にはいつくばっている。
 難を逃れた男はもちろん、弘毅でさえ驚いたように、ちづるを見つめていた。


「ごめんなさいっ!!」
 ちづるはがばっと起き上がると、すぐさま弘毅に頭を下げた。頬が今まで味わったことがないくらいにジンジンと痺れている。すでに赤く腫れ、口の端は切れたのだろう、鉄の味が広がっていた。しかし極度の興奮状態にあるちづるには、その痛みがぶ厚い壁一枚遠く感じた。
「私が目を離したばっかりに、お邪魔してしまって本当にごめんなさい。お願いですからブタ子さんをコマギレブタ肉にしないでください。よ〜く言い聞かせますんで、勘弁してください!」
「ブイ」
 まぁいいじゃん、と前足をちづるにかけるブタ子さんに対し、キッとちづるは厳しい視線を向けた。
「なんで偉そうなの、ブタ子さんっ!! 悪いのはブタ子さんでしょっ……ああ、蹴らないでよ、ごめん……。とにかく、申し訳ありませんでした、失礼します!」
 ちづるは一気に言うと、ブタ子さんをかっさらって即行で駆け出した。周囲は呆気にとられたものの、ちづるの近い将来を考えて皆顔を青ざめさせた。きっと弘毅はちづるを追うに違いない。ちづるの抵抗もむなしく、一分もせずにつかまるだろう。ああ、嫁入り前の女の子の顔がズタズタに……!!
 しかし、一同の恐ろしい予感は外れた。
 弘毅はちづるが走り去った方向をじっと眺めていた。
 口元には楽しそうな笑み。それはまるで、悪魔が楽しい夢を見ているかのようだ。いつの間にか足蹴にされて気を失った『命知らず』は、まさに悪魔の生贄だった。


 朝から働き、おやつでやめる。
 それがこの村のモットーだった。今はちょうど仕事終わりの、のんびりした時間だった。が、それもあっという間に緊迫した空気に包まれた。
『黒ブタを抱えた女の子はどこにいる』
 村にいつものように散歩に来た弘毅が、開口一番言い放ったからだ。
 狭い村だ、昨日何が起こったかは知れ渡っている。若い娘だから見逃したのか、弘毅さまも意外に優しいところがある、と噂していたところ、コレだ。村人たちはやはり弘毅は弘毅だ、と認識を改め、ちづるの居場所を教えようか迷った。
「誰も知らないの?」
「あー、いえ、その……」
 最初に尋ねられた果物屋が言いよどむ。当然だ、自分の不用意な一言で、一人の少女を死地に追いやることになる。
「ハッキリ言いなよ。知らないなら他をあたる」
「あ、あの子は……ちづるは……」
「ちづるっていうのか。ふーん。で、どこ?」
「エー……と……」
 歯切れの悪い返事に、弘毅の額に青筋が浮かび、周囲の村人が被害の増加を確信したそのときだった。
「お疲れ様でーす、頼まれた配達終わりました! もしよかったらまた呼んでくださいねー」
 能天気な声。鮮やかな青タンが浮かぶ目元に、痛々しく腫れ上がった頬。そして、横をヒョコヒョコと歩いている……黒ブタ。
「げっ」
「あっ」
「わっ」
「え?」
「……見つけた」
 目をパチクリとさせながら、ちづるは大注目されていることに戸惑う。が、にんまりと笑う弘毅と目が合ったとたん、ちづるは背中に冷たい汗が大量に流れるのを感じた。
「う……」
 うわああああああああああっ!!!!!!
 ちづるは一目散に踵を返して走り出す。ブタ子さんも、とりあえず負けじとダッシュ。そんな彼女たちを追う一陣の黒い風、いや、弘毅。
 果物屋は顔を紙のように白くさせ、その場に崩れ落ちた。
 とりあえず自らの危険は去った。自分の発言でちづるを傷つけることもなかった。しかし、結果はこうだ。
 ちづるが哀れでならない。あの子は要領は悪いが、素直な良い子なのに。
 しかし村人たちはどうすることもできず、ただただ彼らを見送るしかなかった。 


「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 許してくださいっ! ほら、ぶた子さんも謝って!!」
「ぶーい」
「そんなふてぶてしい返事はダメ! お坊ちゃまになんてことするの!」
「ぶいぶいぶいっ」
「うわーん、もうブタ子さんの分までわたしが謝りますからー!!」
「……うるさい」
 あっという間に襟首をつかまれたちづるは、半ベソをかきながら弘毅に謝り続けた。が、弘毅は不機嫌そうに寄せられた眉のままだ。
「うう、すみませんでした。……離して下さい、お願いです」
「ねえ、ちづるって名前なんだって?」
「え? あ、そうです」
 ぐいっと引き寄せられ、間近に迫った弘毅の顔にびっくりしながらちづるは答える。名前まで知られた、ということは、もはや逃げ場はないのか!? しかし弘毅は意外なことを口にする。
「僕は一ノ宮弘毅。お坊ちゃまはやめてね」
「え? は、はい。わかりました、一ノ宮さま」
「父も母も祖父も祖母も一ノ宮。僕は?」
 謎かけのような言葉に、ちづるは慎重に返した。
「……こ、弘毅さま?」
 うん、と一つ頷くと、弘毅は目でブタを指す。
「このブタは?」
「あ、ブタ子さんです」
「なるほど。わかった」
 何がわかったというのか、満足そうにしている弘毅を前に、ちづるは困惑していた。
 これから自分はどうなるのだろう。ブタ子さん共々、ミンチになってしまうのだろうか。
「ね、甘いの好き?」
「は?」
「質問にはすぐ答えて。でないと殴るよ」
 硬く握りこまれた拳をつきつけられ、ちづるはさらにパニックになった。
「す、すみません!! 甘いのなら大好きですっ」
「そう。じゃ、おいで」
 一言言うと、弘毅はちづるの腕を引っ張って歩き出した。
「え・・・どこ行くんですか」
「決まってるでしょ、僕の屋敷」
「き、昨日のことで牢屋行きですか!?」
 やっぱりミンチか! と青ざめるちづるに、弘毅は首をふる。
「違う。だから、甘いものを用意したから食べにおいでって言ってるの」
「え……えええええ!!?」
「なにその反応」
 好きなんじゃないの? と機嫌悪そうに振り返る弘毅に、ちづるは懸命に(実際命がけだ)首を横にふった。
「いえ、なんで御呼ばれしてもらえるのかなって思っただけですッ!!」
 なんでですか?! と冷や汗をかきながら尋ねると、
「ごほうび」
と実に簡潔な答えがかえってきた。こうしている間にもズンズンと二人は進み、すれ違う村人がぎょっとしながら道を開けている。中にはちづるに哀れみの視線を向ける者もいた。(これから処罰が行われると思っているのだろう)
 しかし、ごほうびとは一体。自分は何かこの人にしたろうか。いや、なぐられただけだ。自然と空いているほうの手が、殴られた頬にいってしまう。
「頬、ずいぶん腫れたね」
「え、あ、はい・・・」
 視線をむけずともちづるの動きを察したかのような弘毅の言葉に、またしてもびびる。
「狙ったわけじゃなかったけど、君、僕の突きくらったでしょ」
「はい、まあ・・・」
 ええ、くらいましたとも。めちゃくちゃ痛かったです。
「僕は男女差別なんてしない。それでも一応君、女の子でしょ」
 はあ、そうですね。一応そうですね。ここでの男女差別って、つまりは男も女も容赦なくぶんなぐるってことですよね。
「それなのに顔なぐられて、気絶するどころか泣きもわめきもしなかったでしょ」
 いや、それどころじゃなかっただけです……。
「だからごほうびあげようと思って」
 自分は悪いことをしたとは思っていない。断じておわびではない。だが、殴ったあとのちづるの行動が弘毅には好ましいものだった。だから、ごほうび。なるほど実に弘毅らしい。
 ぼんやりしている間に村はずれの一ノ宮の仮屋敷についた二人と一匹は、数人の使用人にお辞儀をされながら応接間へと案内された。
 ふかふかの絨毯を踏むのをためらうちづるの背中は、弘毅にグイグイ押されて今も鈍く痛い。(ブタ子さんは汚れたヒズメも気にせず堂々としたものだ。)お尻が沈むくらい柔らかなソファも、ちづるには落ち着かない。そして何より、一ノ宮弘毅が自分の目の前にいることがちづると緊張させていた。
 身体を震わせながらブタ子さんをお守りがわりに胸に抱いていると、弘毅がまじまじと見つめてくる。
「そのブタ、君より肝がすわってるね」
「は、はい……ブタ子さんは度胸も態度もブタ一倍……」
 酸欠になりそうなちづるは、朦朧とする意識で妙な返答をする。弘毅は気にする様子もないが。
「ぶい」
「あ、鳴いた」
「ブイブイブイブイブイ」
「……なんて言ってるの?」
「多分、抗議しているのかと」
「ブタが? 抗議? 僕に? なんで」
 怒らせたか!?とヒヤリとしたが、弘毅は純粋に疑問に思っただけのようで、まっすぐな瞳は冷たい影を伴ってはいない。
 初めてちづるは弘毅に親近感を抱いた。
「ブタ子さんは、頭がいいんです。たぶん弘毅さまがブタ子さんの名前を呼ばないことが不満なんでしょう」
「へぇ。そうなの、ブタ子」
「ブイ」
 満足そうな顔をするブタ子さんに、弘毅は口角をきゅっとあげた。微笑んだのだ。
「すごい。ブタ子はわかるんだ」
「ブイ」
 当然でしょ、といわんばかりのでかい態度に、弘毅は笑みを深くする。
 そこへ、ちづるよりもキレイな服を着たメイドが、真っ白なケーキとお茶を持って入ってきた。ちづるが見とれる間もなく手早く用意をしてメイドが去っていくと、弘毅はさっさとケーキを切り分け始めた。
「ね、ブタ子も食べられる?」
「ブイっ」
 元気よく返事するブタ子さんのために皿を床におき、ついでにお茶をティーカップの受け皿に入れてあげる弘毅。その様子は今まで恐れていた人物像とはかけ離れた姿だった。
「何、そのびっくり顔」
 弘毅が方眉をあげて、ちづるを見た。
「あ、い、いえ」
「とにかく、食べなよ。ブタ子はもう半分食べてるし」
 どうぞ、と差し出されたケーキは、雪のように輝くクリームと宝石のような果実が惜しげもなく使われた、まぎれもない一級品だった。ちづるは今までこんなもの見たことも食べたこともない。
 恐る恐る一口食べると、とろりと口の中で溶けた。
「……おいしい」
「それは良かった」
 満足そうな弘毅には気づかないまま、ちづるはもう一口、もう一口、とフォークを動かした。
「まだあるから。ブタ子も、君も食べるでしょ」
 弘毅はあっという間に空いた皿に、もう一切れ乗せてくれる。ブタ子さんはともかく、ちづるは食べたくても自分からは絶対に頼めない。それを見越したかのような優しさだった。
 差し出されたお茶からは穏やかな香がただよい、少しの苦さをともなって口内を流れていく。切れた口元の痛みも忘れ、ちづるは来たときの青ざめた顔から一転、ほこほことした幸せ気分を味わっていた。
「君は、ああやって毎日仕事をしているの?」
「あ、そうです。ウチには畑も店もないんで、朝市に行って、仕事を探すんです」
「ご両親は?」
「家族はブタ子さんだけです」
「ふーん」
 それだけですべてを察したようで、弘毅は投げやりな返事をするとお茶をすすった。同情や憐憫の言葉が出るとも思っていなかったが、ここまであっさりとスルーされるとは。ちづるはクスリと笑みが浮かんだ。
 弘毅の態度が気持ちよかった。
 三年前。隣村へ出稼ぎに行った父親は不慮の事故にあって亡くなった。その遺体を引き取りに行った母も、なんということか馬車にはねられそのまま帰らぬ人となってしまった。
 以来、ちづるはあの村で一人、細々と暮らしてきた。優しい村人たちは、ちづるの境遇を気の毒に思い、ちょっとした雑用や仕事を回してくれるようになった。それがあの朝市での仕事探しにつながったのだ。
 当然ありがたいことだと思っている。しかし、どうしても気になることがあるのだ。あの労りの視線、同情の言葉をかけられるたび、自分はそんなにも不幸なのか、と思い知らされるような気がしてしまう。もちろんあの時、心は深く傷ついた。だが、あまりに「かわいそうだ」「不憫だ」と言われると、自分が思っている以上にひどい目に合っているようで気がめいる。
 弘毅は違う。
 無関心なだけかもしれない。
 だけど。
 ちづるはご機嫌なブタ子さんを見下ろして、小さく微笑んだ。
 身体の震えはもう、とまっていた。


 その日から、ちょっと奇妙な習慣ができるようになった。午後の仕事を終えたころ、決まって身なりのいい少年と作業着の女の子、そして小さな黒ブタが領主の仮屋敷に向かって歩いていくのだ。それを合図に村人たちはその日の仕事をやめ、のんびりとした時間を楽しむ。繰り返される怪事に最初こそ大騒ぎになったものの、今では時を告げる鐘がわりになっていた。
 高齢化が進んでいる村人たちは、若い男女のほほえましいやり取りを楽しげに眺めていた。時に楽しげに、時にベソをかきながら、時に半ば気を失いながら、屋敷に向かうちづるの姿をひっそりと見守りながら。(弘毅が怖くて口が出せなかった、というのもあるが。)
 弘毅は相変わらず『散歩』に精を出し、ちづるはその日その日の仕事をがんばる。そしてその後はブタ子さんも交えて仲良く(?)お茶会。
 しかしそんな穏やかなある日、一つの噂がまいこんだ。
 不幸な境遇だったちづる。そのちづるが、弘毅に取り入って金を湯水のように使い、贅沢をしていると―――ついには、贅沢のためにこの村からの搾取まで行うのだ、と―――。
 もちろん根も葉もない噂だ。信じるものはほとんどいなかった。
 だが、最近なりをひそめていたとはいえ、この村には『反・弘毅派』の人間である『命知らず』共がいた。この噂を、彼らが活用しない手はなかった。


 朝市にいつものように仕事探しに来たちづるは、酒屋の扉にはられたチラシを見て驚愕した。赤いインクで書かれた見出しにはこうあった。
『一ノ宮家次期当主・弘毅さま、職権乱用の疑いあり!!』
「こ、これ、どういう……!?」
 文字がわかるわけもないのに、ブタ子さんもぶいぶいっと鋭い鳴き声をあげた。
 読んでいくと、ある少女にたぶらかされて村から取り立てた税を弘毅が私的に使っている、という粗悪な文章がずらずらと書かれていた。少女とは、まぎれもなくちづるのことだ。だがこんなこと、あるわけがない! 
「来たな、性悪娘」
 はっきりとした侮蔑の声に振り向くと、ゴロツキ上がりと評判の酒屋の主人がちづるを見下ろしていた。主人は、村でもある意味有名な人物だった。というのは、珍しくも露骨な反弘毅派であり、弘毅が今の役目についてからは大人しかったものの、それ以前はたびたび問題を起こしていた乱暴者だからだ。
「ついにお前らの所業が明らかになったというわけだ。観念しろ」
「どういうことですか? こんなの……!!」
「お前が坊ちゃんに近づいた目的はわかっている、こうなるのはむしろ遅かったくらいだ。」
 苦々しげな口調とは裏腹に、主人の顔は笑みに醜くゆがんでいた。
 あっという間に騒ぎになって、村人たちはなんだなんだと集まり始めた。よく見れば、そのチラシは村のあらゆるところにしつこいほど貼られていた。村人たちは驚きつつも、騒ぎを収めることができずにいる。高齢化の進んだ村には、こんな大男をおさえる若者はいないのだ。震えるちづるを遠巻きに見つめながらも、どうしようもできずにいる。時間は朝、頼みの弘毅もまだ来ない!!
 すべて狙ってのことに違いない、主人は大きな腕を振り回しながら叫んだ。
 弘毅の乱暴狼藉。急に屋敷に出入りするようになり、血色も良くなったちづる。姿こそみすぼらしいままだが、きっとあの粗末な家には贅沢品がずらりと並べられているに違いない!
「お前はいったいどうやって取り入ったんだ!? さすがマヌケに二人しておっちんだ親の子だ、能なしめ! 親なしの小娘が使えるものをすべて使ったというわけか―――貧相な身体のくせに、よくやる」
 聞くに堪えない罵声が続く。それはちづる本人だけでなく、家族のことにも及んだ。
「なんだ、その目は。 本当のことだろうが!!」
 知らずに相手を睨んでいたちづるは、ハッとして目を伏せたがもう遅い。男は平手でちづるを張り倒した。
「そうやって、はいつくばっていろ! これであの坊ちゃんもおしまいだ、家督は誰の手に渡るのか……!」
「……弘毅さまは立派な方です。そりゃ人のこと殴ったりこずいたりつねったりするけど……優しいです」
「何?」
「この村の正義を誰より守っている方です。あの人はすっごく厳しいけど、自分もその正義には絶対にそむかない!」
「生意気を言うな!!」
「こんな根も葉もないデタラメ、どうかしてます。ついでに言うと、ウチは貧乏もいいとこで家の中何にもないですよっ、ここに書いてある肘掛け椅子とかベッドとか、まず絶対入らないくらいちっちゃいし!!」
「うるさい、黙れ!! この……っ」
 主人はちづるを怒鳴りつけ、もう一発ちずるをなぐろうと手をふりかざした。


 主人は興奮するあまり、周囲の様子に気づいていなかった。
「ブイっ!!!」
 ザっと矢のように飛んできた黒い塊は、主人の後頭部を見事に直撃した。
「いてえ!! なんだ!?」
「ぶ、ブタ子さんっ!!」
「ぶいぶい」
 待たせたわね、と得意げな顔でちづるの前にたつブタ子さんは、今までで一番輝いていた。そういえば、主人にからまれたあと、彼女は姿を消していた。ちづるよりも先に相手を睨みつけてケンカを売っていたであろうブタ子さんは、今までどこにいたのか。ふと、ちづるは顔を上げて人々の隙間からその人を見た。
 共も連れず、悠々と丘をのぼってくる、細身のシルエット。誰なのかなんて、考えるまででもなかった。
「何の騒ぎ?」
「ぼ、坊ちゃん……!!」
 視線一つで道を開ける見物人たちを無視し、弘毅はちづるを見た。
「あ、弘毅さま」
「こ、弘毅坊ちゃん!?」
「さっきブタ子がうちに乗り込んで大騒ぎした。おかげで玄関ボロボロなんだけど」
「ブイ」
 ちっちゃいこと気にしないでよ。変わらず態度のでかいブタ子さんに、弘毅は諦めたと肩をすくめた。
「ところで、なんだかイラつく言葉ばっかり聞こえたけど」
 冷ややかに弘毅は言う。
「いえ、それは……!!」
「僕を侮辱しているとしか思えないよね」
 まったく馬鹿げたことを、と言いたげな目で、弘毅は酒屋の主人を見た。さっきまでの態度が一転、顔をひきつらせて冷や汗をダラダラと流している。弘毅はつまらなさげにため息をつくと、一言キッパリと言い切った。
「この子のどこに僕を惑わすほどの色気があるのさ」
「は?」
「小さくて痩せてて鈍くてどうしようもない、この子だよ」
 よく見ろ、と弘毅は主人の前にちづるを突き出した。
(……うわー、ひどいこと言ってるよ、弘毅さま)
「そんな子になんで僕が構っているかって言ったら、もう分かってると思ってたけど」
「え、え?」
「そういえば。なんでですか」
 困惑したのは主人だけではない。周囲の村人も、ちづるも同じだった。
「簡単だよ」
 弘毅はサラリと言い放つと、なんの予備動作もなく、ためらいもなく、右手を閃光のようにひらめかせた。
 ぱぁん、と乾いた音が響いたかと思うと、主人は何が起きたのか分からないといった顔をした。その顔を、噴出した鼻血が真っ赤に染めていく。
「ぐああっ……」
 一拍遅れて、主人は鼻を押さえてうずくまった。それを弘毅は平然と見下ろす。
「ま、普通はこうだよね。でもこの子、驚いたことにこれより強いのくらってピンピンしてたんだよ。ブタ子のほうはブタとも思えない態度だし。おもしろいでしょ。それにしても、そっちは汚いしうるさいね」
 しんと静まりかえった空間から連れ出すように、弘毅はちづるの手を引っ張って歩き出す。
「ほら行くよ。ブタ子もおいで」
「え、あ、はい」
「今日は僕が雇うから。ブタ子がめちゃめちゃにした玄関掃除。報酬は今日のおやつと夕食しか出さないからね。元はといえば、そっちがやったんだから」


 もう何度も通った道を、今日はいつもよりずっと早い時間に歩いていく。
 手をつないで散歩、というよりも強制連行に近いが、それでもちづるの心はあたたかだった。
「あの……」
「なに?」
「ありがとうございました」
「なにが」
「さっきの、です」
 もじもじとちづるが言うと、弘毅はハっと鼻で笑った。
「君のためとか、冗談じゃない。言ったでしょ、アレは僕への侮辱だって」
 不意に弘毅はちづるの顔を覗き込むと、バチンっと派手な音をたててデコピンをした。さすが弘毅、デコピンでさえもかなりの威力だった。じ〜んとしびれるような痛みが残る。
「騒いだら、もう一発ね」
 ニヤリと笑う弘毅を見て、ちづるは「痛い」ともらしそうになる口を必死で閉じた。


 あっという間の出来事で、酒屋の主人は弘毅の姿を見ただけでこそこそと隠れるようになり、チラシも数日のうちに全部なくなった。噂も主人が流したものだ、と誰もが知っていた。事件ともいえない事件はそれで解決。
 そのはずだった。
 しかしどういうルートを伝ったのか、そのチラシが一枚、弘毅の父である一ノ宮領主のもとへと渡ってしまったのだ。
 もちろんただの悪質なウソだとわかっている。しかし、一度こんな噂がたった以上、息子のやり方を改めさせることを考えずにはいられなかった。
 そこで持ち上がったのが、弘毅の王都への六年留学の話だった。


 馬上の人となった弘毅は、誰がどう見ても立派な青年貴族だった。華美ではない程度の装飾がなされた、上質の式服が良く似合う。
 ちづるは見送り人の集団の中にまぎれて弘毅を見ていた。人の固まりの一部となっている自分と、1人で輝きを放ち大地に立つ弘毅。この間まで一緒にお茶を飲んでいたとは思えない。自分とは違う。当然知っていたが、改めて感じさせられることだった。
 弘毅から留学の話を聞き取り乱しそうになって、スッパアアン!と頭をはたかれたのはつい十日前の話だ。それほどに急だった。自分のせいだ、と言うちづるを鼻で笑い、「なんで君が僕のこと動かせると思ってるのさ」と軽く流した。村人たちも集団となって弘毅を守ろうとしたが、本人が「勝手なことしないでいいよ。ちょうど行ってみたいと思ってたんだよね」とあっさり言うのではどうしようもなかった。決定した後の十日間は、遣り残しがないように、と弘毅は特に力をいれて『散歩』をしたようで、いつの間にやら酒屋の主人の姿も消えていた。
 弘毅はウソをつかない。それは知っていたから、本当にそう思っていることはわかった。しかし後悔の念は払えず、ちづるは悶々としてこの十日間を過ごしていた。だというのに、弘毅は昨日も変わらずちづるをお茶に招き、最後の別れもいつもどおりそっけなかった。
 六年の月日はこの人をどう変えていくのだろう。大人たちはあっという間だというが、十代の中の六年は、きっと長いに違いない。当然だ。柿ばあちゃんは六年たっても柿ばあちゃんだが、私たちは子どもではなくなっている。それくらい密度が違うのだ。背はどれくらい伸びるだろう。ヒゲは生えるのだろうか。声も変わるのだろうか。お茶の好みも変わるだろうか(猫舌も治るかもしれない)。
 そして、何よりも。
 あの人は、今度は誰とお茶を飲むのだろうか。
 ちづるはグルグルとずっとそんなことを考えいてた。彼はこれから旅立つというのに。
 行ってらっしゃい、お元気で。
 声援にまじるべきか、と思ったが、自分のお別れはとうに済んだ気がして、声を張り上げる気にはなれなかった。見送るだけで十分だ。


 ボーンボーンと鐘がなり、旅人を祝福した。
 出発の時間だ。
「それでは若、参りましょう」
 側に控えていた初老の男が弘毅に声をかける。しかし、弘毅は動かない。
「若?」
「はぁ。まったく、あの子は……」
 弘毅は男をまったく相手にせず、心底疲れた、というようにため息をついた。そしておもむろに傍らの小袋へと手をのばす。取り出したのは……
「ぶ、ブタ子さん!? なんでそんなとこに!!」
 見送り集団の一角から、聞きなれた声がした。
 そう、弘毅が取り出したのは、ちづるの家族、黒仔ブタのブタ子さんだ。せまいところへ閉じ込められてご機嫌斜めな様子でブイブイ言っている。
 弘毅は声がした方にその目をとめ、馬の鼻先をそちらへ向けた。
「若、いかがなさったのです」
 問いかけに答えず、弘毅はブタ子さん片手に馬を進める。
 なんだなんだ、とざわめく人々も無視。ポクポク、と蹄の音がマヌケに響く。が、次の瞬間。
 弘毅は馬の腹を思い切り蹴った。
「ぎゃあああああ!!!」
「うわああああっ!!!!」
「助けてくれええええ!!!!!」
 主人に従い全速力で駆けてくる馬に、人々は散り散りになって逃げ惑った。あっという間に馬の巨大な身体が目前に迫り、和やかなお見送りは一気に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
 鼻息荒い馬は、棹立ちになって高らかにいななくと、ようやく落ち着きを取り戻す。
「相変わらず、騒がないね」
 弘毅はフンと鼻をならすと、腰をぬかしているちづるを見下ろして言った。
「…………」
 弘毅はブタ子さんと同じくらい機嫌の悪い顔をして、ブタ子さんをちづるに放り投げた。
「っていうか、ここで何してるの」
「……え?」
 お見送りですけど。
「ほら、ちゃんとブタ子持って立って」
 立って、とか言われても。あなたの馬、評判の暴れ馬じゃないですか。それが向かってきたじゃないですか。踏み潰されるかと思ったじゃないですか。腰もぬかしますよ、立てるわけないじゃないですか。っていうか、なんでブタ子さんが……。
 思いの丈を沈黙と視線にのせたが、弘毅はちづるの気持ちなど知ったことではない。
 動かないちづるに焦れたように、弘毅はヒラリと馬から下りると、ちづるを片手で荷物のように抱え上げた。
「え!?」
 弘毅はさっさと再び馬にのり、ちづるを自分の後ろにおろす。
「落ちても助けないから。そのときは走ってくるんだよ」
「え、いや、どういう意味ですか!?」
「こっちのセリフ。何、一人で残ろうとしてるんだか。あ、ブタ子はそこの袋に入れていいよ。持ったままじゃさすがに走れないだろうし」
「えええ? それって、まさか、私……」
 じゃ、行くから。
 馬を走らせ出した若君に、もはや「行ってらっしゃい!」と手をふる村人はいなかった。付き従う家臣の者たちでさえ、村人と一緒になって口をポカンと開けて、閉じられないでいた……。


 どこまでも続く草原を、一頭の黒馬が駆け抜ける。
「うう、ひどい……急にこんな……」
 ようやく状況を把握したのか、ちづるは自分を哀れみグズグズ鼻を鳴らした。
「急? そんなことないよ」
「急ですよ! せめて前日に言ってくれれば!」
 ささやかに噛付くちづるに、弘毅は心外だと唇をとがらせた。
「言ったよ。かなり前から言ってた。ひどいとか言うけど、約束忘れてるほうがひどいよね」
「約束?」
「僕は絶対に言った。『今度王都で有名なお菓子を食べさせてあげる』って」
「……ああ」
 弘毅には珍しくも無い自家製ケーキに大喜びしたちづるをみて、呆れながら弘毅は言ったものだ。
「思い出した?」
「いや、アレはこっちのお屋敷で食べるって意味にとるでしょ、普通!」
「君バカ? 生菓子だよ、持って来る間に腐る」
「知りませんよ、そんなのー! わ、私、これでもいろいろ考えちゃったんですよ!?」
「何を」
 憎たらしいことに、ちづるの葛藤を弘毅はまったく理解していない。想像もつかなかった展開に混乱していたちづるは、普段なら絶対できないであろう、弘毅に対する文句をぶちまけた。
「もう最初っからですよ! お仕事の邪魔しちゃった、どうしよーとか!」
「うんうん」
「いきなり連行されてお茶ご馳走になったけど、いいのかなーとか!」
「いいよ」
「そしたらまた突然王都に行っちゃうって言うし!!」
「そうだね」
「弘毅さまと六年間会えないなーとか、弘毅さまは六年でどう変わられるのかなーとか!」
「ふんふん」
「大きくなるのかなーとか、ヒゲ生やすのかなーとか!」
「へぇ」
「猫舌治るのかなーとか!!」
「ほっといてよ」
「お、お、お茶は、誰と飲むのかなーとか!!」
「……なるほど」
「うう、それなのにっ……!」
 弘毅はちづるの言うことにいちいち頷いてくれたが、結論はさっぱりしたものだった。
「良かったね。その六年間を間近で見られて」
「……なんか違う……」
 顔だけ出しているブタ子さんに同意を求めるが、ブタ子さんは初めての乗馬に夢中でちづるなんて相手にしてくれない。
 冷たい人たちだ、と落ち込みそうになったとき、ぽつりと弘毅がつぶやいた。
「僕もいろいろ考えてた」
「え」
「君ほどくだらないことじゃないけどね」
 見えなくても、弘毅がいつものように口角を片方上げているだろうことはすぐわかった。人をバカにするときは、この人はいつもこうだ。ちづるは弘毅の背中を睨む。しかし、次の弘毅の意外すぎる言葉には目を大皿のように丸くした。
「王都は初めてだ。さすがに緊張するし、悩むこともある」
「こ、弘毅さまが緊張!? うっそだー」
「なに君。走って王都まで行きたいの?」
「ち、違います。失礼しました」
「まぁとにかく。僕も不安なワケ」
「はい」
 嘘くさいけど、とは言わないでおこう。
「だからさ」
 ちら、と肩越しに振り向いた弘毅は、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。ちづるは思った。ああ、この笑い方も知っている。とっても楽しいことを思いついた大魔王みたいな笑顔……。
「ストレス解消のためにいたぶるモノが必要だと思って」
「ええええええ―――!!!?」
「これで一安心だよね」
「ちょっと待ってください、おろしてー!!!」
「なに、やっぱり走る? 君のミジンコくらいの財産はもう僕の荷物と運んであるから心配しなくていいよ」
「知らない間にやられた!!」
「親切心でしょ」
 弘毅は愛馬を勢いづけるように足で腹をしめた。
 スピードを増す馬。巧みに操る弘毅。初めての体験にテンションが上がっているブタ子さん。弘毅にしがみついて泣きそうになっているちづる。
「これも先に言っとこう。……僕は手放す気はないから。覚悟してね、ちづる」
「うわああああ!! 怖いいいいいい!! ちょ、ゆっくり行きましょうよ弘毅さまぁあああ!!!」
「うるさい」
「ぶいーっ!!!」

 これはほんの序章にすぎない。
 お坊ちゃんとブタと、巻き込まれた女の子の話はまだまだつづく。
 それが彼女にとってハッピーエンドとなるのかも、まだまだわからない。

 


 
つたない文章、読んでいただいてありがとうございました! 
感想・意見、なんでも言っていただけたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ