鬼の太郎 (創作民話9)
太郎は鬼の子です。
赤子のとき人里に捨てられていたのを、子のない百姓夫婦に拾われました。
太郎という名も、この夫婦がつけてくれたものでした。
太郎は人と同じように育てられましたが、生まれはやはり鬼の子。十を過ぎたころには、大男にも負けない怪力の持ち主となっていました。
そのころ。
育ててくれた夫婦があいついで亡くなります。
それからの太郎は、村人の畑仕事を手伝いながら暮らしました。そんな太郎に、村人たちも喜んで食べ物を分けてくれました。
秋祭りの日。
「奉納相撲に太郎が出ては、祭りがちっとも盛り上がらん」
「そんとおりじゃ。勝つのは太郎と決まっておるんだからな」
「太郎には申しわけねえが、庄屋殿から出んよう言ってもらえんかのう」
村人たちはそろって庄屋に申し出ました。
しからばと……。
庄屋はこの話を太郎に伝え、今年から奉納相撲には出ぬよう言いさとしました。
「すまぬのう、太郎。オマエも楽しみにしておったであろうに」
「オレこそ、みなにすまないことを。これからは鬼として山で暮そうと思います。二度と村には降りてきません」
そう言い残し、その日のうちに太郎は村を出ていきました。
数年後の秋祭りの夜。
庄屋の米蔵が一夜にしてからになりました。その年に収穫した米が、何者かによって盗まれてしまったのです。
さらに庄屋の娘までもがさらわれました。
「こげなことがやれるんは、あの怪力の太郎しかいねえぞ」
「米俵は山に運んだにちがいねえ」
村人たちは口々に、それらが太郎のしわざだとうわさし合いました。
翌朝。
庄屋を先頭に村人たちは、太郎の住む山の岩屋に押しかけました。けれど岩屋に太郎の姿はなく、盗まれた米俵もありませんでした。
「どこか遠くへ逃げたんじゃ」
「ここにおっては、いずれ見つかるからのう」
村人たちはますます太郎を怪しみました。
ところがその日の夜、娘と米俵が庄屋のもとにもどってきました。
太郎が馬の背に乗せて運んできたのです。
集まった村人らを前に、庄屋が首をかしげてたずねました。
「のう、太郎や。盗んだものを、こうしてまたもどしにくるとは、いったいどういうことなんじゃ?」
「すまねえ、庄屋殿……」
太郎は涙ながらに頭を下げ、ひと言も語らず庄屋の屋敷を立ち去さりました。
「お父様、じつはお祭りの夜……」
庄屋の娘は太郎にかわって、ことのすべてを話して聞かせました。
みなが祭りに出かけ、屋敷に一人でいるところに大勢の盗賊が押し入ってきた。米を盗んだのも自分をさらったのも、その盗賊らである。
米俵を馬に積んで逃げる盗賊のあとを、太郎が追ってきた。そして盗賊から自分を助け、米俵を取りもどしてくれたのだと……。
庄屋が首をかしげます。
「ではどうして、太郎は涙を流し、すまぬと頭を下げたのじゃろうな?」
「お父様との約束を破ったからだわ」
「約束だと?」
「山へ帰るとき、太郎さんはお父様と約束をしたでしょ。二度と村には来ないって」
「だが、今回はことがことだ。約束を破ることになっても、しかたあるまいではないか」
「ううん、ちがうの。毎年、秋祭りの夜、こっそり村に来ていたそうなの。それで太郎さんは約束を破ったと……」
「秋祭りのたびにのう。太郎のヤツ、相撲に出たかったのじゃろうな」
「でも、お父様と約束したからって」
「夕べのことは別だ。盗んでなければ、そう申せばよいものを」
「太郎さんは人間になりたいって話してた。でもみんなに疑われていることを知って、自分はもう人間にはなれないって。きっと、そう思ったのよ」
「太郎が人間にのう。ワシらはたいそうすまないことを、それも二度までも」
庄屋たちは、すぐさま山の岩屋にかけつけました。
けれどそこに太郎の姿はなく、それからも帰ってくることはありませんでした。
秋祭りに雨が降ると……。
「鬼の太郎が泣いておるのじゃ」
村人たちはみな、太郎の住んでいた山をあおぎ見るのでした。