一☆抵抗の三撃……惨劇?……。
いつの間にか人を見下してしまうことが多くなっていた……
別に他人のことなんてどうでもいいと思ってしまうようになっていた……
退屈な授業、変わり映えの無い日常、明日がどんな一日になるのか九十パーセントは言い当てることが出来そうだ……
そんな生活に細やかな抵抗を試みる……。
毎朝ぎりぎりに家を出て、ぎりぎりの電車に駆け込み、改札を出ていつもの道を通っていた。
「そうか……フフっ、敢えて、敢えての逆を攻めるっ!」
『改札を出て通学路の最初の分岐点を敢えての逆に進む』そんな抵抗も試みた本日は先ず一つ目の抵抗の『いつもより数時間早く起き家を出る』を無事に遂げていた。
二つ目の抵抗を遂げ鼻歌まじりに闊歩し、最初の分岐点を背に三歩進んだ辺りで聞き覚えのある声に落胆する。
「お?こう!こんな時間に何やってるんだよ。ポ○モンGOか?」
早くも会いたくない日常に一番近い、幼なじみの桑渕邦正[クワブチ ホウセイ]に会ってしまい、三つ目の抵抗を試みる。
「何を言っている。そんなハマってしまい、貴重な学園生活と言う青春を奪われてしまいそうなもん、やれるか!そして、今のお前の隣に居るのはコウのようでコウではない!」
邦正は予想外にテンションアップ。フリだと思い喜んでいる様子だ。
「おいおい、今度は何を始めたの!厨二病ごっこ?前に二人で魔法の出し方とか研究したもんな。懐かしいなぁ。あ、でもそんな前のことでも無いか、あはは!おれも混ぜろよ!」
「……」
「歩くおれの黒歴史め……」と、小さく呟いたコウ。そんな空気も読もうとせずに続ける邦正。
「てか、どこ行くんだよ!そっち行ってどうすんだよ。学校反対だろ」
「ちょっと用事があってな。悪い!またな!」
力技でなんとか逃げ切った。「危ない危ない……危うく日常にお帰りなさいをされてしまうところだった」
思い出したように鼻歌まじりにまた闊歩していると、やがてその鼻歌が不意にマライアキャリーばりの、二オクターブを越える程の驚きに出会う。
前方に確認できたのは学園のアイドル的存在の柊なゆり[ヒイラギ ナユリ]だった。
コウのマライア二オクターブにやっと向こうも気付き、驚きと動揺と共に頬を赤らめ震えた声で彼女が問う。
「きゃー!!み、……み……見た?」
「お?……おう」
驚きのきゃーはとても可愛かったが、可憐で儚げな容姿の彼女から想像が出来ない程の、発せられた予想以上に低い声に返答が遅れたコウ。
そう言えば以前にクラスメイトの泰斗から、「柊って見た目より声がめっちゃ低いんだぜ」と、聞いたことがあった。「このことか……ギャップ王め」
そのギャップがプラスに働いているのか、学校中の女子に敵無しと言える程の好感度を得ていて、泰斗曰く、成績優秀、痩身麗人、料理も上手な、黒髪で透き通るような色白な肌の持ち主。ただ……声が違和感を感じる位に低いというおまけ設定付き。頬を赤らめながらの彼女。
「初めてだったのに……」
彼女の目尻に涙のようなものが光った気がした……
「誰にも見せたこと……無かったのに……」
「うーん……」
声とのギャップはさて置き、乙女の恥じらいを見せながら戸惑う彼女に、心で百点満点をつけ、コウが尋ねる。
「いつも外でしてるのか?」
「そんな訳ないじゃない!」
「そう言う種族なの?」
「違うわ!」
「でも……良かったぞ!」
「な、なな……何てこと言うの!……もう……」
冷静さを次第に取り戻したなゆりは新たに怒りの感情を表していたが、その感情はまた理性に支配され、握った拳と声を細かく震わせながら口を開くなゆり。
「誰にも言わないでね……」
「お、おう……」
動揺していたからか、今の「誰にも言わないでね……」の声は低くはなく、普通に可愛いらしい声をしていた……。か……可愛すぎる……見てしまった……美女の全力の……変顔を!
コウは何故か考える前に声に出してしまっていた。
「ところで。お前の声は高いのと低いの。どっちがお前なんだ?」
「……」
沈黙が辺りを包んだ……
初対面の相手の核心に触れてしまったような気がした……
寂しげな表情……
その頬を伝い落ちる雫はピュアを液体にし、ただ……
片づけもせずに嫌だったことを詰めるだけ詰め、蓋をした心から不意に零れ出した、閉じ込めていた記憶……
そんなようなものが零れた雫だとコウには映った……。
コウの心の奥には大自然の中で深呼吸をするような、新しい風が吹き抜けていた……
不謹慎とはわかっていたが、その純粋な涙を流す姿は、幼い子供のそれと似て単純に愛らしく思えた……。
「悪い……おれ。何も考えずに……あ、そうだ!見えた!」
コウは的確な答えに辿り着いたときにだけ、わかったでは無く、見えたを使う。
「おれは誰にも言わない。ただ、お前におれはまだ信用は無い筈だ。秘密の共有をしよう」
そう言ってコウはよく人を見下してしまうこと、誰も信用をできず友達も少ないこと、捻くれているところがあり、好きな人がずっとできていないことや、過去の黒歴史を話した。黒歴史トーク辺りで、なゆりはやっと涙を拭い口を開いた。
「ふふっ。わかったわ。あなたって不思議な人ね。信用する」
その声は目を閉じると中学生の女の子が話しているかと思える程に、高く澄んだ声だった。
学習能力がある程度ある者ならこの声にツッコミは入れず、気付かぬふりをするべきだとわかるだろう。
コウも比較的にそのような感覚は長けていて、その分普段も無口になることも多かった。
コウが喋り出すよりも早く、なゆりが話しを続ける。
「私ね……中学生の頃にいじめられていたの。ぼっちにされて。転校も二度してるの。仲の良かった女の子の好きな男子が私に好意を抱いてくれて……ただそれから次第に仲が良かった子に冷たくされるようになって……それからは何をしても上手く出来なくて……」
閉じていた蓋が壊れたのかと言う程になゆりは話し続ける……
「きっとこの話……だれかに聞いて欲しかったんだと思う。演じている自分に嫌気が差すことだってあるの。 本当の私はどこにいるんだろうって考えたりする……」
そういうことか……柊は自分を低い声と言うマイナスイメージを付け加えることで、一般的な女子との均衡を保っている。そうでもしないと妬まれてしまう程の美しさ。美女故の悩み。確実にこれは漏らしてはならない秘密なやつだ。
ふと、疑問が浮かびコウ。
「お前、家族にはこのことは話してるのか?」
「いや……もうなるべくは心配をかけたく無くて、だんだん低くしていって前に声変わったねって言われたくらいだから、気付いていないんだと思う」
「そうか……」
コウは自分を失う気になるなゆりの心境が理解できていた。悪いことばかりに思えないこの考えを、自分の想いを頭の中で整理整頓をするように考え、そして一刻も早くそれを伝えたく、届けたくなっていた。
「ただ……多かれ少なかれ、みんなそれをやっている。おれだってたまに褒められた時に、たまたまです。今回はきっとついてたんです。くらいのへりくだりを言うことの方が多い。その謙遜は打算的で不誠実に見える場合もあるかも知れないが、多くの人は自分より優秀な人と距離がある程、敬意を表せるが、より身近になればなる程、比較をされてしまえば敵視してしまいやすくなるのも当然の心理だ。故に、社会ではそんなへりくだりが溢れている」
少しだけなゆりの表情に明さが戻った気がした……
今日初めて話し、変顔からの驚き、泣き顔、憂い顔、笑顔……光が入射角によって七色に色付き現れるようなその表情は、コウにはとても新鮮で興味深いものだった。
「ちょっと!何、私のなゆね〜にたまたまついてるとか、ついてないとかの話してるのぉ〜?あら?誰〜?」
振り向くとそこには中学生かと思う小柄さに何故か妖艶さを感じさせる、ゴスロリツインテの少女がコウの顔を覗き込んで来た。
「なゆね〜の初めての人〜?」
少し焦りながら困り顔のなゆり。
「ちょっと。楓、そんなわけ無いでしょ」
天然えっちキャラの発言もあながち間違ってない気もするがここは否定。
「あのなーおませなお嬢ちゃん。そんなえっちなことばっか言ってたら悪いお兄さんに連れてかれちゃうよ」
楓が会話のキャッチボールをなぜか変化球で返す。
「お嬢ちゃんちゃうし〜。ちゃんと楓Fカップやし〜」
「お、おう……そうか……」
多少、納得してしまったものの、タイミングよくなゆりの補足が入る。
「楓は同じクラスなの、だから私と同じ高校三年生よ」
「まじか!すまん。楓……なら何故にゴスロリ?学校は?」
楓となゆりはとても仲良しのようで、なゆりが楽しそうに楓を語る。
「楓はコスプレ部の部長さんだから朝練あるし、その日の気分次第で服は変わるの。そんなモットーから偶然こんな川柳まで生まれたの」
——コスチューム 持って行くより 着て行こう 柑野 楓
「そうか……重いしな。ん?……この学校にもまだおれの知らないこともあるんだな」
「なゆね〜大好きぃ〜むにゅ〜」
楓がなゆりへ勢いよく楽し気に抱き付いた。コウはしっくり来ない感覚を整理しようとしている……うーん。コスプレ部?なおかつ朝練?何をやるのだろう……着ようと思えば最初から着れるだろう。いや違う!待て!そうか!おれは馬鹿だった。あほちゃんだ……乙女の恥じらいこそが醍醐味ではないか。着ようと思っているのに恥ずかしくて中々着ることができない……朝練の一時間。何度も何度も足を通し、中途半端に着れていなく逆にその方が恥ずかしい筈だとは決して、伝えては勿体無く。伝えた奴はユーザーからの反感の声を買うこと間違い無しの儀式とも言える、羞恥心との葛藤と苦悩を越え。辿り着いた者だけが、朝練前の登校から戦闘服に袖を通して向かえるのだろう……
そしてコウが楓に向かい賞賛を送る。
「楓。おめでとう……」
「お?おう。ん?何がだ?」
コスプレ部見学には行きたいけどね……カメラ持ってかなきゃ。まさかのタメ。追い討ちの部長……そしてサービス精神全開の天然えっちキャラの川柳。邦正、泰斗辺りには危険で会わせまい……と、心に決めたコウ。
「悪い。まだ名前も言ってなかったな。おれの名前は桐宮虹[キリミヤ コウ]だ」
「私は柊なゆり[ヒイラギ ナユリ]」
「楓は柑野だよ〜。柑野楓[コンノ カエデ]〜」
幼い頃は全く迷い無く描くことができていた夢も、中学生あたりから、現実と向き合う度に、限界を感じ始めていた……
その失意は、望むものへ精一杯に向かい続けることの妨げになり、そんなことを多少なり気付き始めた頃からか、自然とパラレルワールドの存在を信じるようになった……
幼い頃に描いていた無限の可能性を秘めた……心を震わせる夢を描くように……
「なあ……パラレルワールドって信じるか?」
コウが二人に唐突に問う。
パラレルワールドとは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界。
「信じていたい」と、柊。
「何言っとるん。ここが並行世界やし〜」と、楓。
「あははっ。やっぱり、お前ら面白いな」
こんな発言、現実逃避だと後ろ向きに思う人も少なくないと思う。
ただ、何かを信じる……そんなきっかけで僕らの世界は一瞬で変わることだってある。
それがこの世界の一つの分岐点に過ぎなくても、又は、ほぼほぼ同じで、似ているけど全く別の並行世界への分岐点だとしても、それが素晴らしい出来事の始まりに変わりはないのだから……
そんな分岐点を探しに……作りに……確認しに……僕らは同じ想いを持つ仲間と歩き始めていた……。
星と月と太陽から産まれた子★
一★心の位置
あるところに星から産まれた星の子と、月から産まれた月の子がいました。
二人は偶然に知り合い、必然に少しづつ仲を深めて行きました。
ある日、星の子はふと言いました。
「この世界で一番素敵なものを見てみたい」
月の子は星の子へ約束をします。
「僕が素敵なものを探してくる」
「ホントに?嬉しいわ!」
月の子は急いで仕度をしてまちを出ました。
全力で走って……いいえ、いつもよりもずっと早く走れていることに気がつきました。
心の中に爆発するようなエネルギーが在ったのです。
ふと、月の子は思いました。どうしてこんなに一生懸命になれているのだろう……と。
月の子は確かめるように、この感覚を噛み締めながら必至に探しました。
そのうちに気付きました。
星の子の喜ぶ顔が見たかったのです。
星の子は月の子とまた会える時を、来る日も来る日もずっと待ち望んでいました。
それは素敵なものをやっとこの目で見ることができるからです。
月の子との再会が待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がありません。
ただ、二人はいつも一緒にいたので、楽しみのあまりか持つことが次第に苦しくなってきてしまいました。
そらから一ヶ月が経ち、やっと月の子が会いに来てくれました。
星の子は既にやっと会えたことが嬉しくてしょうがなくて涙が出てきそうでした。
「遅くなってごめん。さあ眼を閉じて……」
「うん……」
「ずっとずっと走ってね、いつもより遠くへ探しに行ってたんだ」
「うん……」
月の子は続けます。
「いつもだとすぐに疲れてしまうのに、今回は見つけるまで帰れない……帰りたくないと思い頑張れたんだ。さあ、手を出して」
「うん……」
星の子は眼を閉じたまま両手を差し出します。
月の子の手は眼を閉じたままでも分かる程に温かく、きっとさっきまで懸命に走っていたからだろう……と、星の子は心の位置がどこにあるのか、はっきりと分かるくらいに胸を締め付ける気持ちを感じました。
「よし!もう開いてもいいよ」
まぶたを開くと、手のひらにはとても綺麗に輝く虹色の石がありました。
それを見て、星の子は言いました。
「ありがとう。こんなにたくさんの素敵なものをもらったのは初めてだわ」
月の子は首を傾げます。
「これが一番かは分からないんだけど……僕には一番に見えたんだ。でもどうして?ここには一つしかないはずだけれど……」
星の子は気持ちを伝えてしまうと涙が溢れてしまいそうでした。
でもあんな気持ちになるのはもう嫌なので精一杯を打ち明けます。
「あなたが居ないこの一ヶ月間は私の中で一番の苦しみがあったの。でも、その苦しみはあなたが戻ってきてから不安や期待に変わり、この素敵なプレゼントとあなたの言葉と表情と体温で感動に変わったわ」
言葉にすると、その言葉が塞いでいたように、止めどなく涙が溢れだしてくる……
「どうしたの、大丈夫?」
「あれ……うん。何故だかわからないけど、そのままの気持ちを伝えようとすると涙が出てくるの」
星の子はやっとの思いで言葉にして伝えました。
「ただ、素敵なものを探しに行くからと言って、長い間あなたが居ないのは寂しくて、寂しくて……一番の素敵なものがあなたの中にあったなんて……そんなのあんまりだわ」
月の子が星の子を慰めるように精一杯の優しさで気持ちを届けようとします。
「ごめんね。素敵なもの……今僕ももらったよ。ありがとう。実は僕もね、君の喜ぶ顔が見たかったんだ。でもきっとその君が見たことがない素敵なものは、ここの近くにはないかと思って、遠くへ探しに行ったんだ。君のことを考えて考えて、そのエネルギーが心の中で爆発しそうに脈を打っていた……そんな思いに気付けたことで、また頑張れたんだ。でも今度は君と一緒に探しに行く!見つけに行く!それなら問題ないだろ?」
「うん……約束だからね」
「わかった」
こうして月の子と星の子は今度は一緒に冒険に出ることにしました。