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第一話:へんてこな居候
 どこの学校にも大抵あるんですよね、七不思議とか怪談話とか、そういう類の怖いお話が……。

 そして、我が校にもあるんですよねぇ〜、そんなのが……。

 何でも夜遅くになると赤ん坊の泣き声が〜、なーんていうのではないんですがね。

“あかずの厠”早い話があかないトイレ。

 いつからだかかわかんないんだけど、もうずっとドアがひらかないんですって。

 一説によると、いじめを苦にした少女が、トイレの壁一面に彼女の血で恨みつらみをしたためて自殺したためだとか。

 それ以来、何人もの人がこのトイレをあけようと試みたらしいけれど、無駄だったんですって。

 そして、それが、今、目の前にあるんですよね、いやですねぇ〜、怖いですねぇ〜、それでは、さよなら、さよなら、さよなら……。

「おーら! どこ行くきだよ!」

 どすの利いたハスキー・ボイスが、薄暗くなったトイレに響き渡る。

「ちんたらちんたらしてねーで、さっさとやんな!」

 アフロヘアーに長いスカート、今時こんな時代遅れの不良がよくいたもんだ。

 だが、彼女には彼女なりのポリシーがあるらしい。
 
 わたしにはとうてい理解不可能だが。
 
 そして、彼女の名前が“良子(りょうこ)”不良が良子、まったく笑っちゃうよね。

「ねえ(りょう)ちゃん、伊緒乃(いおの)ちゃんが可愛そう、もうやめましょうよ」

 サラサラの長いストレートヘアーを、ピンクのリボンで耳の上に左右に結んだ、お嬢様タイプの沙羅(さら)が、助け舟を出してくれた。

「なんでだよ、伊緒乃のやつが言い出したんだぜ、あかずの厠がほんとうにあかないのかなって。 それに、じゃんけんに負けたのは伊緒乃だし……」

 さすがの良も、沙羅相手だと口調が妙に優しくなる。

 まったくもう、わたしに対する態度と全然違うんだから。

「はい、はい、わかりました! あけりゃあいいんでしょ、あけりゃあ」

 ふん、たかがトイレごときにびくつくわたしじゃないわよ。

 足を踏ん張り、ノブを回して、力いっぱい引っ張った。

 わぁ〜! 

 予想に反して無抵抗にあいたドアに余りすぎた力が、わたしを床に叩き付けた。

 いてっ、て、て、て……。

 あれ? 勢いで大げさに痛がってしまったが、どうしたわけかまったく痛みを感じない。

 痛みがあるであろうお尻の辺りを触ってみたが、なんだか雲をつかむようで頼りない。

 痛みどころか、触れた感触も無いのだから。

 その上、目の前真っ暗、なんにも見えない、自分の身体もあるのだかどうかさえわからない。
 
 今となっては、さっき触ったと思ったお尻も、本当にあったのかも確信できない。
 
 わたし、死んじゃったのかなぁ?

 えーっ、でもまだ、十六歳だよ、死ぬには早すぎるって。

 しかも、トイレのドアを思いっきり引っ張って死んだなんて、みんなのいい笑いものだよ。

 お父さんもお母さんも恥ずかしくって街なかを歩けなくなっちゃう、お兄さんだって学校へも行けなくなって引きこもりなんかになっちゃって、最後は家庭崩壊!

 え〜! いったいわたしはどうすればいいの?

『クッ、クッ、クッ……』

 暗黒の世界のどこからか、くぐもった笑い声が響いてくる。

『だ、だれよ!』

 なんだか不気味で、声を上げずにいたら気絶しそうだった。

 声といっても声ではない感じだし、死んでいるのだったら気絶するっていうのもおかしな気がする。

『声じゃないよ。 きみたちの世界でいうところのテレパシーみたいなものかな?』

“へぇ〜、これがテレパシーなんだ”って感心してる場合じゃないじゃないて、だって今、心の中で思っただけのことに返事があったのだ。

 それって、なに? わたしの考えが筒抜けってこと?

『そういうこと』

 ちょっと待ってよ。

 頭を整理しなくっちゃ。

 えっとおー。

 あっ、そうそう、初めて会った人には、まずは自己紹介ね。

『わたしは浅田伊緒乃です』

『俺、イオ・グランデスカ・フォーレ・9844・ドレッチ』

『ん? イオ、グラン、ナンデスカ、ドレス?』

『イオでいいよ。 イオノとイオ、一文字違いなんて、なんだかきみとは運命を感じるね〜』

『そんなもん感じなくっていい!』

『つれないなあ〜、そんないけずいわんかていいやないの』

 はあ? なんなんだ、このへんなやつは。

 もし、ここが死後の世界だとしたら、こいつが神様? えー! 絶対ありえない!

 だとすると、だれ? 悪魔? って感じでもないか。

 あっ! ひょっとして、あかずの厠で自殺した少女の霊?

 でも、声の感じ、いや、テレパシーの感じからすると男みたいだけど、最後の妙な京都弁は女のような気もしないでもないか。

 いきなり、目の前に細長い光が現れたと思ったら人の姿を形成した。

 身体のラインがくっきりとわかる、ダークブルーのウエットスーツのような服を着た人が立っている。

 なにもない世界に立っているというのも変かもしれないけれど、確かに見える、というのかわかるのだ。

 なんて表現していいのか、もどかしい。

「幻影だよ。君の魂に直接映像を送って見せている」

 嘘っぽいほどバランスが良すぎる体型をした青年の口が動くと同時に声が伝わってきた。

 あっ、あああ・あ〜ん?

 わたしはしばらく言葉を失っていた。
 
 といっても、さっきからしゃべっちゃいないんだけれど、まあ、思考能力もしばらくフリーズしちゃったってとこかな?

『そういえば、イオ、だっけ? あんた自分のこと美化しすぎてるんじゃないの?』

 太陽の日差しと見間違えそうなほどに明るい金髪が、肩を少し通り過ぎた辺りまで緩やかな螺旋を描いて伸びている。

 地球上のどんなに美しい海よりも透き通った青い瞳。

 これはまさしく御伽噺から抜け出てきた王子様だ。

「地球人も、俺たちの美的感覚と同じか。 まあ、もとを正せば同じ遺伝子だもんな」

 王子様が揺らめきだすと、今度は別の青年が現れた。

 髪と瞳の色は、今、わたしの周りにある漆黒の闇のようだ。

 ううん、周囲の色と同じなのにわかるというのも変だが浮き出して見えるってのかな?

「こっちが本当の俺」

 さっきの王子様が完璧だとしたら、イオは完璧にしようとしながら遊び心が出ちゃったかなって感じ。

「さっきの王子様、捜しに地球まで来たってわけ」

『ってことは、さっきの美形キャラがこの世に存在するってわけ? でも、あんなイケメンがいたら、芸能界がほっとかないでしょ』

「肉体は惑星グランにあるから、今は誰かの肉体を借りているだろうけど」

『肉体を借りるって?』

「もともと肉体なんてただの入れ物にすぎない。 だから、宇宙へ出るときは肉体と魂を切り離して、魂だけで宇宙旅行をする。肉体は現地調達すればいいしね。 まあ、宇宙へ出る時は肉体への影響をいちいち考えるより、魂だけの方がよっぽど安全というものさ。 肉体を捨てたおかげで、宇宙開発は飛躍的に進歩した。 それで、こんな辺鄙な所にある太陽系にまで短時間でこられるようになったんだ。 まあ、理論上は宇宙の終わりまでいけるはずだけど、まだだれも行ったことはないけどね」

『ふう〜ん〜。 でも、何でこんなとこにいるのよ』

「仲間と二人で王子様を追って地球まで来たんだけど、ちょっとしたトラブルがあって、緊急避難的にこの空間に潜り込んだんだ」

『潜り込んだって、ここトイレよ。それに仲間はどうしたのよ?』

「たぶん……」

 一瞬、長い金髪に透き通るような白い肌の女性が目の前に現れて消えた。

 なぜか胸が締めつけられるように苦しくなった。

「あいつ、必ず生きているよ、この近くで」

 まるで、彼は自分で自分に言い聞かせるように呟いた。

「王子様とお姫様は、必ずハッピーエンドで終わらなくっちゃいけないんだろ、この星の御伽噺では」

 彼はちょっぴり苦笑いをする。

 白馬の王子様を思い出しながらも、時折いたずらっ子のような表情を見せる目の前の彼から、なぜか目を放すことが出来ずにいた。

わたしはこっち方が好みかな。

「サンキュウ」

 ゲッ! あいつ、わたしの心を読めるんだったっけ。

 それって、すっごくまずいじゃん。

 イオはわたしの思いを完全に無視して話を始めた。

「仲間をみつけるために、一刻も早く肉体に入らなくてはならない。 魂だけでは、さすがの俺も身動きがとれないからね」

『肉体って、まさか』

「そう、きみの」

『ちょっとまって! そんなの困る。 よそ、あたってくんない』

「俺って特異体質だから、だれでもいいってわけじゃないんだ。今まで待って、きみしかいなかったのだから……」

 いつの間にか、彼の美しい顔が目の前に迫っていた。 なんだか、心臓がドキドキする。

「これ以上、選り好みしている時間がないんだ」

『選り好みって何よ! わたしの身体になんか文句あるわけ!』

「いや、そういうわけじゃなくって」

『じゃ、なによ!』

「ああ、めんどくさい。 もう、勝手に入るよ。 きみはここでまってて」

『ちょっと、こんな所にわたし一人置いてくき。 まってるあいだに、気狂っちゃうよ』

「もう、ごちゃごちゃうるさいなぁ。ならしょうがない、一緒に行くよ」

『まっ、まって、まってったら〜、うあ〜!』

 急に抱きかかえられたように、ふわりと身体が宙に浮いたような感じがして意識が遠のいた。




 消毒の匂いが鼻をついた。

 この匂いは……保健室?

 意識が戻ったとき、恐る恐るわたしは目をあけた。

 目の前にあったのは、沙羅と良の心配顔だった。

 沙羅は今にも泣き出しそうな顔をしている。

 良と目が合ったとき、彼女は慌て顔をそむけた。

「よかった」

 大きな眼に涙を溜めた沙羅が、わたしに抱きついた。

「死んじゃうのかと思ったんだもん」

 お、重い。

 今までのふわふわとつかみどころの無い感覚の世界から、いきなり自分と沙羅の体重を感じたものだからまるで天井に押し潰されたように重い。

「ぐ、ぐるじ〜い、本当に死んじゃう」

「あっ、ごめんなさい!」

 沙羅が飛びのく。

 わたしはゆっくりと身体を起こした。

「痛い!」

 トイレでお尻を思いっきりぶつけたのを思い出した。

 あれって、夢だったんだ。

 ほっとしたような、なんだかちょっぴり淋しいような気がした。

 だって、普通、宇宙人なんかに出会うなんてありえないでしょ、その上、その宇宙人がたこ型でもグレイでもなくって美形だなんて絶対ないもんね。

 少し残念かな?

『残念がってくれるの? うれしいなぁ〜』

「ぐぇ!」

 突然の声、いや、テレパシーに驚いて奇声を発してしまった。

「どうしたの? 伊緒乃ちゃん?」

「なんでもない」

 わたしは二人に聞こえないように細心の注意を払って、口に手をやり小声であいつに言った。

「どこにいるのよ」

『声なんか出さなくても聞こえるよ』

 まだわたし、夢の中にいるんだ。 夢よ、覚めろ、覚めろ、覚めろ!

『夢なんかじゃないよ。 俺はきみの身体の中にいる』

 身体の中にいるって言われても……。

『こういうこと』

 わたしの手が、勝手に動くと自分の胸を触った。

「わぁー!」

 わたしは大声を上げた。

 それと同時に、良の切れ長の眼と、もともと大きな沙羅の眼が、飛び出さんがほどに見開かれたと思ったら、次の瞬間眉間にしわを寄せた細い目になった。

 その間もわたしの手が、勝手に自分の胸をもみもみしている。

「こら! やめろ!」

 わたしの声に反応して、手はピタッと止まった。

 沙羅の眼に再び涙がにじんできた。

「かわいそう、伊緒乃ちゃん。 頭打っておかしくなっちゃったの。 でも大丈夫、心配しないで、伊緒乃ちゃんが変態になってもわたしたちお友だちだもんね」

 沙羅がわたしの手をそっと両手で包む。

「ほら、良ちゃんも」

「あたいは一匹狼だ、こんなやつ、だちなんかじゃねえ!」

 一匹狼、これが良の口癖だ。
 
 そのくせ沙羅と幼稚園来の幼馴染だというのだ。

 この、どう見ても不釣合いな二人の仲がいいというのは、七不思議の一つかもしれない。

「そんなこといわないの」

 沙羅は良の手を引っ張ってわたしの手に重ねた。

 そっぽを向いている不良の良と、お人形さんみたいに可愛い沙羅、そしてごくごく普通の(いや、ちょっと地味かな?)高校生のわたし、傍目にはどう映るのだろう。

 普通の友達じゃないよね。

 それから、わたしとイオと名乗るエイリアンの関係は、なんていえばいいんだろう?

 家主と店子、大家と居候?

 まあ、いずれにしてもこんな話、だれもまともに取り合ってはくれないだろう。
初めての投稿ですごく緊張しています。
書いては直し、書いては直しなかなかはかどりませんが、なんとか最後までがんばります。
みなさまのご感想が聞けたら光栄です。
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