お忘れ物なきようお気をつけてお帰りください
trrrr……trrr……ザザッ……trrrr……
携帯電話のノイズが酷い。俺はじれながらも電話の相手が出るのを待つ。
もう五年以上話もしたことがない大学時代の友人だが、アイツなら電話に出てくれるだろうと思った。
『もしもし?』
十何回目かのコールでようやく繋がった電話に、俺はホッとした。
「あ、榊か? 俺だよ、大学時代の友人の中島だ」
『……中島?』
「オレオレ詐欺とかじゃないからな」
今時そんなものにひっかかる奴もいないだろうが、そんなことを言うと、電話の向こうで鼻白んだように笑う声が聞こえた。
『中島なんだろ。どうしたんだ?』
「実は俺さ、今、裏野ドリームランドっていう、あの地元の遊園地、あれの解体作業に関わってるんだが、そこに忘れ物しちまってさ。お前、一緒にきてくれねえ?」
『なんで俺が』
五年ぶりの電話が忘れ物を取りに行くことの付き添いというのもおかしな話だが、俺としてはどうしようもない理由があった。
「頼むよ。明日なら休みだろう? 解体作業も明日は休みなんだ。一緒に見に来てくれよ」
榊は迷ってはいるようだった。その間にもザザッ……ザザッとノイズがうるさい。この携帯、そろそろ買い換えるべきか。
『分かったよ、行く』
俺は俺で色々思っている内に、榊は渋々ながら承諾してくれた。
「おお、ありがとう、助かったわ! じゃあ、明日の九時、裏野ドリームランド前で」
俺は安堵して電話を切った。
そして、俺が解体作業に携わっている遊園地のことを思い返す。
裏野ドリームランド。
閉園した理由は分からないが、閉園後の噂には事欠かない場所だ。怪奇スポットとしても扱われるそこの解体を俺の会社が受注して、その解体作業に俺も携わっているのだが、どうにも不気味で仕方がない。
朝から夕方までの作業なのだが、夏場ということを抜きにしても、風がじっとりと生ぬるく、湿気の多い場所だと感じる。俺たちの中でも幽霊を見たという奴もいるのだが、幸いというべきか俺にはまだ見えていない。
だが、白い服の女を見たとか、いないはずの子どもの姿がミラーハウスに映っていたとか、毎日、何かしらの噂が多い場所だった。
あまりにも作業員の苦情が多いので、お祓いなどもされたようだが、その効果が薄いのは明らかだ。
俺もこの気持ち悪い作業場を早く抜け出したかった。にもかかわらず、も朝コンペティション俺はそこに大事な物を忘れてきてしまったのだ。
「ほんと、榊がいてくれて良かった」
榊は大学時代、同じサークルの友人だった。少し人と変わったところのある奴だったが、霊感が強いとかで、幽霊などが見えるという話を聞いていた。榊のおかげで助かったとかいう人間もいたとかいないとか。
俺としても一人であの遊園地に行くのは、大の男だがどうしても勇気が出ない。
それくらい気持ちが悪い場所なのだ、あそこは。
だからこそ、榊に頼むしかなかった。心霊慣れしているアイツなら、俺もなんとか怖い思いをせずに忘れ物を取りに行けるだろう。
果たして、翌日、朝九時に榊は裏野ドリームランドの入園ゲートに現れた。
大学を卒業して五年という月日が流れていたせいか、俺もアイツも随分年をとったなとは思った。
「よお、今日はすまないな」
「ああ」
俺が手を挙げて謝ると、榊はそっけなく返事をした。不機嫌なのはあからさまに分かったが、俺一人ではどうしてもこの遊園地に入る気にはなれなかったのだ。
「鍵なら俺がもってるから、宜しく頼むわ」
そう言って、俺は裏野ドリームランドの、鉄さびで軋むゲートを解錠した。
※1 観覧車※
「随分、しっかりとしてるんだな。もっと廃墟と化しているのかと思った」
中に入るなりそう言った榊に対し、俺は「ハハハ」と軽く笑った。
「そうなんだよなあ。もう錆び付いて動かないのは確かなんだが、風雨でさらされている割には、結構綺麗なんだよな。あそこの観覧車なんて、見てみろよ、普通に動きそ――」
外からもよく見える入り口傍の観覧車を指さして、俺は思わず声を失う。
今は動かない汚れた観覧車の、それぞれのゴンドラに、全員、黒い人影が乗っていたからだ。
そんなものを見たのは初めてだった。
人間ではないのは、全員真っ黒だから分かる。それが一人だったり、二人だったり、数に統一はないが、みんなゴンドラの各一台ずつに乗って、こちらに向かって手を振っているのだ。
「なんだ、これ……!」
思わず声を出してしまった俺に対し、榊は何でもないように答える。
「ああ、無視しろ。見えなかったつもりでいろ。大した物じゃない」
「お前、見えるのか?」
「見えるから、お前は俺に助けを呼んだんだろう?」
動じることなくそう言ってくる榊に、俺は脂汗を滲ませながら、コクリと頷く。
そうだ、榊なら見えると思ったから電話をした。だが、こんな風に一緒に入ったら見えるなんて、思いもしなかった。
「さあ、早くお前の忘れ物とやらを取りに行こう。そうしないとお前も取り込まれるぞ」
榊の言葉に、俺はゾッとして慌てて観覧車から目を反らすと、そのままパーク内を小走りで歩き始めた。
動かないはずの観覧車から、キィィィィと勤続の軋む音が聞こえたが、とても俺は振り返る勇気はなかった。
※2 メリーゴーランド ※
俺の忘れ物はパークの一番奥にある。そこにたどり着くまではいくつかのアトラクションを通り過ぎなければならない。
俺は相変わらず生ぬるい風を振り切るようにパーク内を歩いて行く。
解体作業員の入っていないパークがこんなに静かだとは思わなかった。
にもかかわらず、どうしてか、誰かの視線を感じる気がしてならない。
はやく。はやく。
早く、見つけないと――
パークの奥に早足で歩く俺をあざ笑うかのように、目の前にはパーク中央で、メインをはっているメリーゴーランド。
「一体、何なんだよっ!」
俺は思わず声を上げてしまった。
無理もない。メリーゴランドは音もなく回っていたのだ。
色とりどりの電球が、電源もないのにピカピカと光る。
朝の静かなパーク内で、音もなくまわるメリーゴーランド。
それだけでも気が狂いそうなのに、そのメリーゴーランドには、黒い影がたくさんいた。観覧車と同じだ。
こちらに手を振ってくる者さえいる。
「中島、落ち着け。あれは霊とかじゃないから」
焦る俺に対し、静かに榊がそう言った。
「霊、じゃない?」
だったら何なのだと問い詰めると、榊はあっさりと言う。
「ここに残る思念みたいなものだ。『楽しい』って気持ちなんだろうな。たくさんの人間の色んな感情がこもる場所は、思念が残るんだ」
「思念……? 残留思念、とかいうやつか?」
「そう、それだ」
「なんで、それが今日に限って見えるんだよ!」
俺がそう怒鳴ると、榊は静かに答える。
「俺がいるから……かもな」
俺は榊に電話をかけたことを心底後悔した。これなら普通に作業仲間に付き合ってもらえば良かったと思った。
そんな俺の服の裾をクッと誰かが引っ張る。
「ヒっ」
真っ黒な、小さな子どものような人影が、俺の服の裾を掴んでいた。
それはぱっかりと空洞の口をあけ、俺に対してメリーゴーランドを指さす。乗ろう、と誘っているのだとすぐに分かった。
思わず固まった俺に対し、グッと榊が俺の肩を掴んだ。
「答えるな。引きずり込まれるぞ」
その言葉に、俺はぶんぶんと頷くと、黒い子どもの手を振り払って、メリーゴーランドの横を逃げるように走り抜けた。
子どもたちのはしゃぐような声が、聞こえた気がした。
※3 ドリームキャッスル ※
俺の忘れ物は、メリーゴーランドの中心にそびえ立つ、ドリームキャッスルの中にあった。
悠然とそびえ立つその古城めいた城に、俺は中に入るのを躊躇う。
「この中にあるのか?」
榊の問いかけに、俺は半分泣きそうになりながらも頷く。
「じゃあ、入るか」
榊が何でもないことのように言ったが、俺は入ることをやはり躊躇う。
「こ、この中にもあの……残留思念とか……いるのか?」
「いるだろうな」
なんてこともないように言うが、俺にとっては最初の二つのアトラクションで腹が一杯だった。黒い影が霊でなかろうが、俺の服の裾までつかめるのだ。気持ちが悪い。
「忘れ物、とりにきたんだろう?」
榊の言葉に、俺は躊躇いつつも、コクリと頷いた。
ギィィ……
大きな軋む扉を開いて、中に入る。かなり高い天井に、かび臭い湿気の籠もった匂いが城の中には充満していた。
ここは、ドリームランドが運営されていた頃は、ウォーキング型のアトラクションだったと聞く。
俺は情けなかったが、榊の背中に張り付くように、榊の後をついて行く。
スッと黒い影が俺の横を通り過ぎていく。
最初は怖かったが、しばらく歩くと、どうしようもなく慣れてくる。
すると、不思議と怖い気持ちが減っていった。榊が平然としているからかもしれない。
黒い影は、よく見ると、家族連れだったり、カップルだったり、と影でありながら個々に形が違った。
それらは楽しそうに城の中を歩いている。
榊が思念というのであれば、これらはそうなのだろう。
過去の、楽しかった誰かの思い出――そう思うと、少しだけ怖さは柔らぐ。
俺が榊の背中から、そっと手を離したときだった。
「ギャーーーーーーーーーー!!!」
突然、絹をつんざくような凄まじい悲鳴が聞こえた。
「うわあああ!」
俺が思わず頭を抱えてしゃがみ込む。
榊はそんな俺に対し、静かな声で言う。
「安心しろ、幽霊じゃない」
呆れたような榊の声に、俺を馬鹿にしているのかと思ったが、それは俺に対してではなかった。
榊は悲鳴の聞こえたドアを開く。
その先には座り込んだ三人の若い男がいた。
「ヒッ!」
男女は榊と俺に驚いたようだった。
「ここは立ち入り禁止だったはずだが」
「あ、あんた、人間か?」
榊に、腰を抜かしながら男女がずるずると這い寄ってくる。
「いきなり扉が閉まって……! そうしたら電気もないのに……!」
男たちが何かしら必死にまくし立てるが、榊は無表情のままだ。
「早く帰れ。さもないと、二度とここから出られなくなるぞ」
男たちは「うわわわわああ!」と叫びながら、蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
榊はそれを冷たい目で見送る。
「ああいう輩がいるから、『楽しませてやろう』と思う力が集まるんだ」
「楽しませてやろう……?」
俺が問いかけると、榊はなんということもない感じで説明してくれる。
「肝試しなのは霊にも分かってるんだよ。だから、生きている人間の期待通りのことをしてやるんだ。特にここは『楽しい』思い出の多い場所だ。そういった思いを生きている人間にもまた経験させてやろうとするんだ」
「そうなのか……?」
「そういうもんだ。このパークにとどまる思念に、パークが呼応してるんだろう。人間じゃなくても魂は宿るんだ」
榊の言葉を、俺は繰り返す。
「人間じゃなくても、魂は宿る……」
「中島、お前の忘れ物、早くとってこい」
榊の言葉に、俺は自分の来た目的を思い出し、慌てて今、男たちがいた部屋を見渡す。
「……あれ? ここにあったのに……あれ?」
俺がなくした物はそこにはなかった。
動揺する俺に、榊がチッと舌打ちをした。
「さっきのガキどもか」
どうやらさっきの男たちがもっていってしまったらしい。
「追いかけるぞ」
榊は今まではなんともない顔をしていたのに、ここにきて初めて焦るような顔をした。
その顔に、俺も焦燥感を煽られる。
「早くしないと、引きずり込まれる……」
ポツリと呟いた声に、「誰が?」と俺は言えなかった。
だって……
俺の右足首を……
黒い手が掴んでいたのだ。
※4 ミラーハウス ※
男たちがどこに逃げたのかはすぐに分かった。逃げる後ろ姿が見えたからだ。彼らは縁の入り口ではなく、奥に向かって走っていた。
「なんで奥に……」
「入り口は閉まっていたから、どこか裏から入ったんだろう」
「解体現場なのに勝手に入りやがって」
俺が愚痴ると、榊は「お前もな」と冗談めいて言ってきた。
「俺はいいんだよ、ここの作業員なんだから」
そう言いながら歩く片足は、少しだけ引きずっている。
黒い手がそこにあるのは分かったが、見たくなくて、俺はそれを必死に意識の外側に押しやりながら、肝試しに来た馬鹿な男たちを追いかける。
男たちは俺たちが追いかけてくるのが見えたのだろう。
やっかいな事にばらける。
「まっすぐ帰れよ!」
そうは思ったが、追いかけるしかない。
一人はよりにもよってミラーハウスの中に逃げ込んだ。
「入るぞ」
榊の言葉に、俺もイヤイヤながら入り込む。
「うわあああああ!」
中からは案の定、悲鳴だ。
ガラス張りのミラーハウスの中には、たくさんのガラス。
その一つ一つに映る無数の黒い影。黒い影。黒い影。
俺は気が狂いそうになる。
黒い影に混じって映る榊の姿だけが、唯一の頼りだった。
「榊、俺を置いていくなよ」
「大丈夫だ」
平然と歩く榊が心強い。
「うわあああああああ!」
男が強く叫んだ。そこにたどり着くと、男はミラーハウスの中で、みっともなく気絶していた。しかも失禁までしている。
それを鏡の中からたくさんの無数の影が見ている。
腹を抱えて笑う奴もいるほどだ。
「おい、忘れ物、あったか?」
榊はその男を起こすことはせずに俺に聞く。どうやらこの気絶した男を俺に漁れというらしい。
「起こさないのか?」
「こんなところに肝試しに来ている馬鹿なんぞ知るか。大丈夫だ、コイツは目が覚めたら逃げるだろうさ」
榊の言葉に俺は苦笑しながら、男を漁ったが、俺の忘れ物はなかった。
俺が首を横に振ると、榊はじれたように言った。
「次、いくぞ」
鏡に榊が映る。
その後ろにいる俺……のはずが、俺の姿は黒く塗りつぶされていた。
俺はひしひしと自分が引きずり込まれているのを感じながら、別の男を捜すことにした。
※5 アクアツアー ※
あとの二人がどこにいるか。
戸惑う俺を導くように、榊は平然と小走りでアクアツアーの方へと向かう。
「そっちにいるのか?」
「ああ、場がざわついている」
榊には榊にしか分からない何かがあるのだろう。
それが何か分からないが、今は榊が傍にいることがとても心強かった。
俺も榊について行く。
アクアツアーは、水辺をボートでまわるツアーだ。
俺は入るなり、「うっ」と言葉に詰まった。
一艇のボートが濁った水の上に浮いている。
そのボートの下の水に、顔半分だけだした黒い影が、無数にうごめいたからだ。
「そのボートで気絶しているのがそうだな」
榊の言葉に、ボートを見れば確かに男が一人気を失っていた。口から泡まで吹いている。異常だ。
「た、助けなくて……」
「今はそんな猶予はない」
きっぱりと榊が言う。
「はやく、探せ」
榊の言葉に、
「え、このボートに乗るのか?」
思わず確認すれば、
「大丈夫だ。ロープで岸と繋がっている」
と言われた。だが、それでもこの黒い頭の浮く水の上に、ボートを介しているとは言え立つのは気持ちが悪い。
「早くしろ」
それでも榊の言葉に促され、俺は渋々そのボートに乗って、男を漁った。
「ダメだ、ない」
俺が呻くと、榊は「次に行くぞ」と言った。
俺がすかさずボートから下りると、ぎぃぃと音を立ててボートが動く。
「あっ……」
繋がれていたはずのロープに、無数の黒い手が絡みついて、ロープを外してしまった。
そして動かないはずのボートが動き始める。
「行っちまうぞ!」
「自業自得だ」
榊はそう言い捨てると、
「次に行くぞ」
と言った。
ぎぃこ……ぎぃこ……
ボートは静かに水面を揺れながら動いていく。
目が覚めたとき、あの男は一体どこにいるのだろうか――。
※6 ジェットコースター ※
俺の足がピタリと止まる。
その足にしがみつくのは、無数の黒い影だ。
足が重い。もう駄目かもしれない。
「諦めるな。早く行くぞ!」
榊の激励に俺は渋々足を引きずる。
「榊ぃ……俺、そっち行きたくねぇよ……」
俺が泣き言を言うと、榊は「それでも行くんだ」と言った。
「お前の忘れ物とやらは多分、最後の一人が持っている」
そう言われて、俺は半泣きになりながらも榊の後ろをついて行く。
パークの一番奥には、このパークの花形だったであろう、ジェットコースターがあった場所。
そう、ジェットコースターはまっさきに解体されたのだ。
今ではそこには、のり口があるだけだ。
そののり口に何故か男がしがみついていた。
「くるな……! くるなあ!!」
男は俺たちを見ながら叫んでいた。
そしてその頭には――
「ヘルメット……」
交通安全のヘルメット。作業員がつけるものだ。
「お前の忘れ物はあれか?」
「ああ、アレだ。アレを忘れて――」
そこで、俺は言葉を句切る。
「このジェットコースターから、落下してきた部品で、頭を俺は打ったんだ」
めきょ……
と音がした。
ボタボタ……何かが俺の頭からこぼれている気がする。それは血なのか、それとも脳みそなのか。
「俺、死んで……?」
俺の言葉に、榊は小さく頷くだけだった。
「お前の葬式に参列した晩、お前から非通知の着信があった」
「そうか……俺、死んで……」
「忘れ物、早くとってこい」
ポンッと背中を押されて、俺はずるずると身体を引きずりながら、男の方へ階段を上っていく。
ずる。
べちゃ。
ぼた。
「く。くるな! くるなああああああ!」
男が叫ぶが、俺はそのヘルメットがないと、死んでも死にきれないんだよ。それを被っていれば、死ななかったかもしれない……
いや、死んでたかもなあ……
でも少しは頭も潰れなかった気がする……
ずる。
べちゃ。
ぼたぼた。
「ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「か え せ」
男の頭から、ヘルメットを俺はとる。
そしてそれを被る。
ああ良かった。
これで、俺は、頭が潰れない――
※ 閉園 ※
パーク内に、まだ午前中だというのに、閉園の音楽が聞こえる。
電気も通っていないはずなのに、聞こえてくる音楽は、幻聴か、それとも一人の事故死した男へのせめてもの餞か。
榊はジェットコースターの乗り口で、目の焦点の合わない男を一度見たが、すぐにきびすを返して入り口へと向かう。
「自業自得、か」
肝試しをしにきた三人の男たちには少し可哀想な気がしたが、それでも一人の事故死した男かが地縛霊にならなかっただけ良かったと言うことだろう。
裏野ドリームランドを出ると、弊園の音楽が鳴っているにもかかわらず、黒い影がたくさん楽しそうに遊んでいる。
作業員の事故死に伴い、解体作業は一時中断されている。
それでもそう遠くないうちに作業は開始されるだろう。
黒い影たちは、それでもこの場に残るのか。
それとも――
クンッと服の裾を引かれた気がしたが、榊はそちらを見ることなく、そのまま遊園地を後にした。