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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

4章.モンスターと寄り添う者

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08. 人形の初デート

前話のあらすじ:
ローズついに動く……!?
   8   ~ローズ視点~


 真菜の提案で、みんなでディオスピロの町を見て歩くことになった、その日の朝。

 わたしたちは、ちょっとしたトラブルに見舞われていた。

「ごめんなさい、先輩。わたしが言い出したことなのに、こんなことになってしまって……」

 真菜が体調不良を訴えたのだ。

「ちょっと気分が悪いくらいのものですから、あまり心配しないでください」

 実際、顔色はそれほど悪くなかった。

 恐らく、旅の疲れが出たのだろう。
 ベッドに身を起した真菜は、眉尻を下げた笑みを作った。

「ただ、あえて出歩いて体調を悪化させるわけにもいきません。ですから、今日のところは……」
「ああ、残念だけど、今日の予定は中止だな」
「それはいけません!」

 ご主人様の言葉を聞いた真菜は、慌てた様子で叫んだ。
 体調不良の割には、張りのある鋭い声だった。

 ご主人様が面喰らった顔をしているのを見て、少し頬を赤くした真菜は、小さく咳をした。

「わたしのせいで、予定が取りやめになってしまうのは心苦しいです。先輩は町を見に行ってください」
「え……? だけど、おれは……」

 ご主人様が戸惑った声をあげるが、畳み掛けるようにして真菜は続けた。

「わたしのことは気にしなくてかまいません。万が一のことがないように、ケイちゃんに診ていてもらうよう頼んでおきましたから」
「はい! 頼まれました!」

 ケイが元気よく手を挙げた。

 ……今日は朝からずっと、真菜はわたしと一緒にいたはずなのだが、いつの間にケイに頼んだのだろうか。
 全然、気付かなかった。

 さすがは真菜。手際がいい。
 まるでこうなることを予め知っていたかのようだ。

 ともあれ、ケイは幼い割に気配り上手だ。
 彼女に頼めるなら安心だろう。

 ……と、思いかけたところで、はてとわたしは首を傾げた。

 わたしのことは気にせず、町に出てきてほしいと真菜は言った。

 真菜がダウン。
 ケイがその看護を頼まれて、シランさんは別行動。

 となると、ひょっとして……。

 わたしの内心の疑問に答えるかのように、微笑みを浮かべた真菜は告げた。

「先輩はローズさんとふたりで、楽しんできてくださいね」

   ***

 あれよと言う間に真菜はご主人様を説得すると、先に下に降りているようにと部屋から送り出してしまった。

 困惑するところはあったが、それより気になるのは真菜の体調である。

「真菜。本当に体は大丈夫なんですか?」

 わたしが声をかけると、真菜は目を丸めた。

 そして、もうひとり部屋に残ったケイと目を合わせる。
 視線が戻ってきた。

「あれ? ひょっとしてローズさん、気付いていないんですか?」
「なんのことでしょう」
「先輩とデートしちゃいましょうって、言っていたじゃないですか」
「それがどうしたのですか?」

 そういう話をしていたのは確かだが、真菜は昨日、みんなで町に出ようとご主人様に提案した。
 こんな偶然がなければ、ふたりきりになることなんてありえなかったはずである。

「いや。最初からわたしは、こうするつもりだったんですよ。そのために、ケイちゃんにも根回しをしておいたわけですし」
「は?」
「気付いてなかったんですね。ローズさんらしいですけど」

 真菜はくすくすと笑った。

「まあ、まるっきりの嘘というわけでもないんですよ。長い旅の疲れが溜まっているのは、本当のことですから。体力のないわたしは、休めるときに休んでおかないといけません」
「……それなら、最初からわたしとご主人様ふたりで出掛けるように提案すればよかったのでは?」
「うーん。それだと、お休みの間に先輩が剣の鍛錬をするつもりだと聞いていたローズさんは、きっと遠慮してしまっていたんじゃないかと思うんですよね。ですから、こうして不意打ちのかたちを取らざるをえなかったわけです」

 さすが。真菜はわたしの性格をよくわかっている。
 わたしはなにも言えなくなってしまった。

「ケイちゃんには、申し訳ないことをしてしまいましたけど」

 真菜はわたしに向けていた視線をケイに移した。

「そんなのいいですよー。わたしも、ローズさんのこと応援してますし!」

 ふるふるとケイは首を振った。

「むしろ真菜さんこそいいんですか?」
「なにがです?」
「折角、孝弘さんと一緒に遊べるチャンスなのに」
「ああ、そういうことですか。いいんですよ、これで」

 真菜はやわらかな笑みを浮かべて、かぶりを振った。

 こうしたとき、真菜はいっそう魅力的に見える。

「これは、ローズさんにとって必要な時間ですからね」
「真菜……」

 必要な時間。確かに、そうなのだろう。

 わたしには、わからないことがたくさんある。
 ご主人様に抱き締めてもらいたい、という最初の衝動だけではもう足りない。

 そこから先がありえるのだと知ったとき、どうしてあれほどまでに動揺したのか。
 一番大事なご主人様と、自分はどういった関係になりたいのか。

 それはきっと、今日明日で簡単に答えが出るようなものではないのだろう。
 だけど、今日のこの一日は、確実にそのための一歩になる。

 真菜の言っているのは、そういうことだ。

 だったら、わたしは彼女の気遣いに応えたい。

 今回、真菜がプランニングしたデートの目的は、抱き締めたいなとご主人様に思ってもらえるよう、わたしという存在を意識してもらうことだ。

 そのためには、まずはデートを成功させなければならない……。

「……あれ? ですが、デートとはどのようにすればよいのでしょうか?」
「安心してください」

 根本的なところに気付いたわたしのことを見て、真菜は優しく微笑んだ。

「ちゃんと考えてありますから」

 それは本当に優しい笑みで。

 ……けれど、優しさと甘さはまったく別のことなのだと教えてくれる笑みでもあったのだった。

   ***

 そのすぐあとのことだ。

「そ、そんなことをしろと……!?」

 わたしは、追い詰められていた。

 思いも寄らぬ急展開に、まともに対応することさえできない。

「ま、真菜。ちょっ、そんなの無理で……」
「ほらほら。早くしないと、先輩が待ってますよ」

 ベッドからわざわざ起き出てきた真菜に背を押されて、わたしは宿の廊下に出た。

「真菜――……」
「頑張ってくださいね」

 閉じゆく扉の隙間から見えた真菜の顔は、彼女らしい控え目な笑顔だった。
 控え目だが、何者にも揺るがしがたい笑顔だった。

 もっと言えば、容赦のなささえ感じさせる笑顔だった。

 こういうのを、ご主人様が住んでいた異界の国の言葉では、なんというのだったか。
 確か、獅子が崖にどうこうといった表現だった気がする。

 ……ぱたん、と扉が閉まった。

 わたしはひとり、人気のない廊下に立ち尽くした。

 数秒、呆然とする。

 掌に目を落とせば、そこに翻訳の魔石があった。
 こういうときのために、使用できるように訓練してきたものだ。

 不意打ち気味だったのはタイミングだけで、必要なものは揃っていた。

 準備は整っている。
 状況も整っている。

 なにより、ご主人様を待たせるわけにはいかない。

 覚悟を決めて、わたしは階下へと足を向けた。

   ***

「お、お待たせいたしました、ご主人様」
「ああ。ローズ。来たのか」

 階段を下りたところで待っていたご主人様は、少し困ったような顔をしていた。
 不快な思いをしていないだろうか。少し心配になった。

「それでは、孝弘殿。わたしはこれで」
「引き留めるかたちになってしまって悪いな」
「いえ」

 ご主人様と話をしていたシランさんは、わたしが現れたのを見て、先に宿屋を出て行った。
 軍の施設のほうに顔を出すのだろう。

 これで、ふたりきりだ。

「そ、その、ご主人しゃま」

 噛んだ。
 正確には、人間とは発声器官が違うので、そちらの制御を誤ったのだが、まあ似たようなものである。

 意識し過ぎて、こんな簡単なことさえできなくなっている。
 張り詰めた緊張の糸は、同時にわたしの人形の体を動かす操り糸を断ち切る鋏のように感じられた。

「ご主人様」

 動揺を抑え込んで、改めてわたしは言い直した。

「申し訳ありません。ふたりで外出など、ご迷惑でしたでしょうか」
「ん、いや。そんなことはない。予定と違ったから、ちょっと戸惑ってるのは確かだが……というか、なんでローズが謝るんだ?」

 ご主人様は苦笑した。

「でも、確かに折角ふたりで出掛けるんだから、いつまでもこんなじゃ駄目だな。行こうか」
「はい」

 わたしはこくりと頷いた。

 ――デート開始だ。

   ***

 ディオスピロという町は、小国とはいえ、アケルの東域の物流を支えている。

 大通りの人出はなかなかのもので、店も多く軒を連ねていた。

 雑踏のなか、ご主人様の一歩うしろを追う。

 ――いいですか、ローズさん。

 自然と、真菜の声が脳裏に蘇った。

 ――真島先輩は、これがデートだと意識していません。まずは、少しでもローズさんのことを意識してもらわなければなりません。そのためには……。

 わたしは、白の長手袋に包まれた手をぎゅっと握った。

 その手を、そろそろと持ち上げる。

「それじゃあ、ローズ」

 そこで、ご主人様が振り返った。
 わたしは急いで手を降ろした。

「な、なんでしょうか」
「いや。まだ朝食も食べていないし、どこかの店にでも入ろうかと……」

 と、言いかけたところで、ご主人様が固まった。
 まずいことに気付いたような表情だった。

「なにか問題でもありましたか」
「問題……というわけではないんだが」

 ご主人様は、気まずそうな顔になった。

「飯屋に入ろうかと思ったんだが、ローズは食べられないだろう?」
「はい」

 わたしには、食事をする機能は備わっていない。

「ですが、気になさる必要はありません。わたしは、ご主人様が食べ終わるまで待っておりますので」
「ふたりで店に入って、おれだけ注文して待たせているってのは、ちょっとな……」
「いけませんか?」

 人の目が気になるということだろうか。
 なるほど。わからなくもない。

 少なくとも、『ふたりで食事』にはならないわけで……。

 ……あれ?
 ひょっとして、これはいきなり躓いたのではないだろうか?

「……」

 まずい、という言葉が思い浮かんだ。
 焦りばかりが、悪戯に湧き上がった。

 どうにかしなければ、と思う。
 だけど、こんなのどうすればいいのだろうか。

 考えてもみれば、話に聞く『食事デート』というやつが、わたしにはできない。
 最初から、選択肢がひとつ潰れている。

 これは、かなり都合の悪いことなのではないだろうか。

 もっと言ってしまえば……デートの相手として、わたしは欠陥品なのではないだろうか。

「……」

 気付いてしまった衝撃の事実に、わたしは愕然とした。

 なんてこと。
 どうしよう。

 これが泣きそうな気持ちというやつだろうか。
 もっとも、わたしには涙を流す機能も備わっていないのだが。

「別に、いけないというわけじゃないが」

 固まってしまったわたしの時間を動かしたのは、ご主人様の言葉だった。

「それじゃローズが退屈だろう」
「……」
「買い食いで済ませよう。確か一本入ったところに露店が並んでいるって話だから、そっちに行こう」
「……わかりました」

 先に立ったご主人様が、通りを折れる。
 その背中を、わたしは追いかけた。

 ……どうやらさっきのは、わたしの早とちりだったらしい。
 自分に自信がないせいか、悪いほう悪いほうに考えてしまっていたようだ。

 これはいけない。
 とはいえ、いまのはご主人様も悪いと思う。

 ……別に、ご主人様と一緒にいれば、退屈なんてことはないのだから。

 ご主人様は、そのあたりを勘違いしている。

 それでも、気遣ってもらえたのだなと思うと、気持ちがどこかふわふわした。

 単純なもので、気付けば泣きそうだった気持ちもどこかへ行ってしまったのだった。

 細い路地を抜けると、先程より少し狭い通りに出た。
 無数の露店が、ごみごみと軒を連ねている。

 店先には、様々なものが売られていた。

 山のように積み上げられた、ねじくれた芋。
 色とりどりの野菜。
 ぎっとりとソースがかかった肉料理。
 着古された衣服。
 くたびれた武具や防具の類。

「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「あ、ご主人様」

 なにげなくご主人様が、おなかを満たすものを買いに行こうとするのを、呼び止める。

「なんだ」
「わたしに買いに行かせてくださいませんか」

 こちらを見る目が、少し丸まった。

「別にいいが、どうしてまた?」
「お金というものを使ってみたいのです」

 む、とご主人様が眉間に皺を寄せた。

「いけませんでしょうか?」
「いや、そんなことはない」

 ご主人様は懐から小銭入れを取り出した。

「というか、いい考えだと思うよ。確かに、これからはローズもそういう経験を積んでおいたほうがいい。まあ、そんなことを言えるほど、おれもまだこの世界のお金のやりとりには慣れていないんだが……」

 小銭入れを渡される。

「それじゃあ、頼んだ」
「ありがとうございます。では、行ってまいります」

 ご主人様の視線を背後に感じながら、わたしは露店に向かった。

 何人か並んでいたうしろにつく。
 順番待ちというのも、初めての経験だ。

 待っている間に、ちらりと振り返ると、ちょっと落ち着かない様子のご主人様と目が合った。
 あれでご主人様は、過保護なところがある。

 まごつけば助けてもらえるのだろうが、それではちょっと情けない。

 幸い、貨幣の価値は勉強していたので、初めての買い物はなんの問題もなく終わった。

 小走りでご主人様のもとに戻る。

「買ってまいりました、ご主人様」
「ああ」

 小銭入れと、買ってきた肉饅頭を渡す。
 移動しながら、ご主人様が肉饅頭にかぶりついた。

「美味しいですか」
「食感が独特で食べ慣れないが、まあ悪くない。あのサバイバル生活のあとなら、なんでもうまいって話もあるけど」

 あまり大きくなかったのもあって、会話の隙間にぱくつくだけで、すぐに肉饅頭は小さくなった。

「肉を固めの餅で包んだ感じ……って言ってもわからないか」
「生地のほうは、昨晩の宿の食事でも出ていましたね。肉は包んでありませんでしたが」
「あっちは、もうちょっとパンに近かったな。主な原料は、同じ芋らしいが。シランの話では、アケルではこれが主食だってことだから、この国に腰を落ち着けたら、調理の仕方も覚えないとな」
「リリィ姉様や真菜なら、積極的に覚えると思いますが。むしろ、仕事を取らないでほしいと言うかもしれません」
「あー、料理の腕じゃ敵わないからな。確かに、大人しく任せたほうが無難かもしれない……」

 ほんの数秒、ご主人様は黙り込んだ。

「……ローズは、この国に落ち着いたらどうする?」
「どうする、とは?」
「なにか店でもやってみるか?」

 露店を冷やかしながら歩くご主人様は、たくさんの金物を吊り下げた出店に目をやっていた。

「原材料が木材の魔法道具は、悪目立ちするから駄目かもしれないが……ローズくらい器用なら、技術を学べば、ある程度なんでもこなせるだろう。だったら、そういう道もありなんじゃないかと、ふと思った」
「……」

 わたしは、すぐに答えを返せなかった。
 考えてもみなかったことだったからだ。

 だから答える代わりに、問い掛けた。

「ご主人様はどうなさるおつもりなのですか?」
「……そうだな。おれもこれまで、きちんとそのあたり考えたことはなかったが」

 思考に意識を囚われたのか、ご主人様の歩みが少し緩くなる。

「剣はちょっと振るえるようになったとはいえ、あくまであれは護身のために覚えたものでしかないからな。どこかお前たち眷属を受け入れてくれる場所で、畑でも耕しながら生きていければいいんだが……」

 将来の夢というにはあまりに素朴な生活を望む声には、どこか祈るような響きがあった。

 わたしたち眷属モンスターを連れている以上、この世界に安寧の地があるかどうかはわからない。
 こうして団長さんの故国に来たものの、ここだって他の場所より可能性があるというだけで、必ずしも生活が保証されているわけではない。

 あるいは、転移者にかかわる諸々の不穏な事情も、その脳裏には過ぎっているのかもしれない。

 それでもご主人様は、そうしたすべてを投げ出すことはない。

 そんな彼の在り方は、多くのチート持ちの保持する強大な戦闘能力なんてものがなくとも強靭で……。
 だからこそ、守って差し上げなければいけないと強く思えるものだった。

「そのときには……」

 思わずわたしが声をあげると、ご主人様がこちらを振り向いた。

「そのときには、わたしにも畑仕事のお手伝いをさせていただけますか」

 面喰らったような表情をしていたご主人様が、ふっと口元をほころばせる。

「……ああ。頼もうかな」

 それが、あるかどうかわからない未来であることは、お互いにわかっている。

 それでも、立ち塞がる困難や苦難をひとまず置いて、わたしたちは将来の生活を思い浮かべた。
 そんな時間も、きっとときには必要なのだと思った。

 笑顔のご主人様に、わたしもぎこちなく唇を緩めて、笑みを返す。
 雑踏のなかで、わたしたちの周囲だけ穏やかで静かな空気に包まれるかのように感じられた。

「……あの、ご主人様」

 いまならできる。
 そんなふうに思えたから、わたしは口を開いた。

「お手を拝借してもよろしいでしょうか」
「ん? なんだ」

 立ちどまったご主人様は、不思議そうな顔をしながらも、特に疑問も持たずに右手を差し出してくれた。

「失礼します」

 その右手を、握る。

「握手?」
「間違えました」

 右手で握り返してどうする。

 いけない。もっと落ち着いて……。

 自分に言い聞かせながら、わたしは一度手を離した。
 そして、改めてご主人様の腕を抱えるようにしたのだった。

「お、おい」

 やや上擦り加減の声をあげるのを聞きながら、自分でもぎくしゃくしていると自覚できる動きで、ご主人様に寄り添う。
 丁度、よくリリィ姉様がそうしているように。

 これこそが、真菜から課されていたノルマだった。
 一瞬、達成感に包まれる。

「……ローズ?」

 しかし、ここがゴールではない。

「ご不快でしょうか?」
「そんなわけないが……突然、なんだ?」
「今日のわたしは護衛役ですから」

 ちょっと苦しいかもしれない。
 だが、ガーベラの姿勢を思い出して、ここは勢いで乗り切る。

「まいりましょう」

 ご主人様がわたしを振り払うようなことはなかった。

 再びふたり、通りを行きかう人々の一部となった。

「……」

 何度か失敗もしたが、予定通りのところに落ち着けることができた。
 とはいえ、ここからはどうなるかわからない。

 わたしを送り出す真菜は『ご主人様にはデートをしているという意識はない』と言っていた。
 だから、『意識をさせる』ことが重要なのだと。

 これで『意識してもらえる』はずだと。

 ……不安がないわけではない。

 見た目だけなら人間らしく取り繕っているが、わたしの体はあくまでも人形のものだ。
 ほぼ全身が、硬いし、冷たい。

 触れれば、この身が人形であることを嫌でも意識させてしまうだろう。

 人形であることと、異性であること。
 どちらを意識してもらえるか。

 むしろ逆効果だったらどうしようと思いながら、ほとんど同じ高さにあるご主人様の顔をうかがう。

 ……少し、頬が赤いだろうか。
 成功している? よくわからない。

「なあ、ローズ」
「な、なんでしょうか」

 名前を呼ぶ声には、困惑と戸惑いがあって、わたしは少し慌てた。

「ひょっとして、硬くて痛いですか」

 言いながら、視線を胸元に落とした。

 女性の人体構造上、男性の腕に抱きついたときにぶつかってしまうのは、上半身のでっぱり部分――膨らんだ胸くらいのものだろう。

 真菜を参考にしたため、リリィ姉様やガーベラほど、起伏は豊かなものではない。
 ただ、真菜は別に貧相な体型と言うわけではないので、女性として平均程度には膨らんでいる。

 そんなものが、硬いまま押しつけられれば痛い。
 とはいえ、そこに関してだけは手足や胴体に先んじて対策をしておいたので、こうして抱き着きもしたのだが……足りなかっただろうか?

「申し訳ありません。一応、痛くないようにしていたつもりなのですが」
「いや、痛くはない。硬くもない。というか、やわらかいんだが……」
「本当ですか」

 ご主人様の言葉を聞いて、ほっとした。

「よかったです。そこは、真菜に協力を頼んだところだったので」
「……加藤さんに、協力?」
「はい」

 答える声は、弾んだものだった。

 これは、真菜とわたしの共同作業だ。

 わたしたちのために、あの健気な友人がどれだけ尽力してくれているか。

 真菜自身が自分の手柄を主張しない性格だけに、こうしてそれをご主人様に知っていただく機会は貴重なものだ。

 大事な友達の話をするのが純粋に楽しいこともあって、嬉々としてわたしはご主人様に答える。

「女性の胸がどんな感触なのか、どんなかたちをしているなのか、わたしは知りませんでしたから。見て、触れて、入念に研究する必要があったのです」
「見て、触れ……」

 ご主人様が足をとめた。

「どうなさいました?」
「……いや、おれも男だから」

 男性だから、なんなのだろうか。

 俯き加減のご主人様は、自由な左手を拳にすると、自分の額をこつこつ叩いた。
 それは、頭のなかに思い浮かんだ雑念を追い出す仕草に見えたが、正確なところはわからない。

 男女の間の機微というものが、どうもわたしにはまだ理解できないようだった。

 だけど、わからないなりに、考える。

 ……そういえば、真菜は以前、女の子は柔らかくないと駄目だと力説していた。

 男性であるご主人様にご満足いただけるものではなかった、ということだろうか。

「ほぼ完全に再現したつもりだったのですが、違和感がありますか?」
「そうじゃない。違和感なんてない。ないんだけど。……そうか。再現か」
「……?」
「帰ったら加藤さんの顔見れるかな、おれ」

 どういう意味の言葉だろうか。
 疑問に思ったが、それを問い掛ける機会は与えられなかった。

 ぼやくようにつぶやいたご主人様が顔を上げて――その表情を厳しいものに変えたのだ。

 はっきりと空気が切り替わった。
 わたしもまた、体を緊張させた。

「おや?」

 そんなこちらの反応とは裏腹に、あがったその声はどこか暢気なものだった。

 正面からやってきた見知らぬ青年が、わたしたちに注意を向けている。
 そして、その隣には――昨日、宿屋で遭遇した転移者の少年の、不機嫌そうな姿があったのだった。
◆加藤さんは気付いてません。
今頃、気付いて頭を抱えている頃かもしれない。

◆次の土日が『モンスターのご主人様④』の発売日(8/30)になります。
キャラデザのラフを活動報告に載せています。
興味のおありの方は、どうぞ覗いていってください。

4巻の番外編は、シランの過去話です。
それと別に、主人公とリリィの一幕も加筆したりしてます。
お楽しみに。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
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