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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

4章.モンスターと寄り添う者

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02. 人間の少女たち

(注意)本日2回目の投稿です。











   2


「なにを見てるんだ?」

 河原にしゃがみこんだ制服姿の少女を見かけて、おれは声をかけた。

 手にしたものに視線を落としていた彼女が、こちらに顔を向ける。

 雰囲気に華のある少女だった。

 腰まで伸びる艶やかな黒い髪。
 すらりとした体つき。

 やや鋭い顔立ちは、ひとたび笑えば年頃の少女らしいやわらかな印象に変わる。
 ただし、いまの彼女の顔には、どこかむっとした表情が乗っていたが。

「真島」

 と、おれの名前を呼んだのは、飯野優奈……かつて転移者が暮らした仮の住処『コロニー』で、『韋駄天』の名で知られた少女である。

「別に、たいしたことじゃないわ」

 素っ気ない口調で、飯野は答えた。

 そっぽを向く彼女は、おれたちと一度は刃を交えた関係になる。
 彼女の着ている制服が、やや擦り切れて薄汚れているのは、そのあたりが原因だった。

 とはいえ、戦いの名残といったら、それくらいのものだ。

 あの日に負った彼女の怪我は、いまは完治していた。

 狂獣と化した高屋純との戦いでへし折られた腕も治っていて、その手には簡易な天体望遠鏡が握られている。
 以前におれの眷属のひとりであるローズが作製したものだった。

「懐かしいものがあったから、ちょっと見ていただけ」

 言いながら、飯野は望遠鏡を地面にそっと横たえた。

 彼女の目の前の地面には、望遠鏡の他にも、毛布や食料など、様々な物品が積まれている。
 どれも水に濡れて、破損していたり泥で汚れていたりしていた。

 それらはすべて、おれたちが旅をしている間に持ち歩いていた品々だった。
 汚れているのは、これらの品々が一度は川に流されてしまったものだからだ。

 おれたちは旅の荷物をここまで乗ってきた車に積んでいたが、その車は飯野を撃退するときに粉々になって、崩れた崖とともに渓流に流されてしまった。
 当然、乗せていた物も、そのときに全部一緒になくなってしまった。

 傷が完治した飯野は、自慢の足で川沿いを走って、流されてしまった物品の回収をしているところだった。
 大半は遺失してしまったが、いくらかはこうして回収できている。

 さっき手にしていたローズ作の望遠鏡も、そうして回収してきたもののひとつなのだろう。
 地面に置いた望遠鏡に視線を落としながら、飯野が口を開いた。

「こういうの、好きな友達がいてね。手作りのを押し付けられて、天体観測したことがあるのよ。いまでも部屋に置いてあるわ。懐かしいな……」

 立ち上がった飯野が、おれに向き直った。

「トドちゃん……ううん。轟美弥って名前なんだけど、聞いたことない?」
「轟……?」

 突然出された名前に、おれは戸惑った。

 その名前自体は、どこかで聞き覚えがあった。
 とはいえ、即座には思い出せない。

「探索隊の人ですよ、先輩」

 おれが答えに辿り着く前に、別の場所から声があがった。

 振り返ると、おさげにした髪を揺らしつつ、加藤さんがこちらにやってくるところだった。
 腕まくりをした細い腕が白い。

 傍には、灰色の髪を背中でみつあみに纏め、顔を仮面で隠したローズの姿もある。
 彼女の人形の腕には、濡れた物品が抱えられていた。

 彼女たちは、飯野が回収してきた物品の汚れを、川の水で洗い落としているところだった。

 少し離れた川べりには、ガーベラとケイがわいわいと洗い物をしている。
 アラクネとエルフという取り合わせだが、いまのおれにとっては、極々牧歌的な光景だった。

 おれたちの近くまで歩いてきたローズは、河原に敷いたござの上に、洗い終わった品々を置いた。
 加藤さんは準備した物干しに布類を干し、ローズはその他の物品を分類し始める。

 作業を続けながら、加藤さんが言った。

「『闇の獣』の轟美弥。コロニーでも有名でしたよ。先輩と同じ学年だったと思いますけど」
「……ああ、そういえば」

 言われて、思い出した。

 コロニーを守っていた『探索隊』……転移した異世界で常識外れた力を得た『チート持ち』で構成された彼らのなかでも、特にその名を知られていた二つ名持ちが何人かいた。

 たとえば、『光の剣』の中嶋小次郎、『絶対切断』の日比谷浩二、『竜人』の神宮司智也……目の前の『韋駄天』飯野優奈も、そのひとりだ。

 二つ名持ちは数が少ない。
 いまとなっては遠い昔のことのように感じられるが、コロニーにいた頃、おれも確かに『闇の獣』轟美弥の名前を聞いたことがあった。

「ん?」

 納得して頷いたところで、おれはふと引っ掛かりを覚えた。

「どうしたんですか?」

 眉をひそめていると、加藤さんが疑問の眼差しを向けてくる。

「いや。その名前、もっと最近になって、聞いたような気が……」

 数秒考え込んで、思い出した。

「高屋純。そうだ。あいつが轟の名前を口にしていた……」

 攫われてしまったリリィを取り戻すために、戦いを挑んだときのことだった。

 探索隊内部にいると思しき『天の声』を名乗る正体不明の能力者から、いくらかの情報提供を受けていた高屋純は、おれに協力する工藤の動揺を誘おうとした。

 そのときに出たのが、轟美弥の名前だった。

 そういえば、あのとき、工藤のふりをしてベルタに乗っていた飯野は、轟美弥の名前に反応していた。

 知り合いなのだろうかとは思ったものの、あのときは追及している暇もなかった。
 その後の戦闘で、そんなことがあったこと自体忘れていたが、轟美弥が探索隊のメンバーだったというのなら、あの反応も納得できる。

 というより、この分だと、ただ探索隊で一緒だったというだけでもないのだろう。

「轟とは、親しい友達だったのか?」
「ええ」

 地面に置いた望遠鏡に、飯野は目をやった。

「だから、真島に訊きたいの。あんたは工藤と交流があるんでしょう? あのとき、どうして高屋くんが、トドちゃんの名前を出したのか……トドちゃんと工藤との間になにがあったのか。なんでもいいの。知っていることがあれば教えてほしい」
「と、言われてもな」

 飯野が言いたいことはわかる。
 しかし、それは無理な相談というものだった。

「おれは別に、工藤とまともな交流があるわけじゃない。チリア砦では敵対していたし、今回だってほとんど話す時間はなかった。そんな突っ込んだ話は知らないな」
「……そう。だったら、仕方ないわね」

 飯野は明らかに落胆した様子だった。
 そんな彼女の様子から察せられることがあって、おれは尋ねた。

「なあ、飯野。轟は……」
「第一次遠征隊には参加せずに、コロニーに残ったわ」

 予想した通りの答えが返ってきた。

「わたしたちだって、コロニーを離れるにあたってなにも考えていなかったわけじゃない。コロニーには、探索隊の二つ名持ちのうち、ふたりが残っていたのよ。『闇の獣』のトドちゃんと、『絶対切断』の日比谷くん。このふたりがいるから、コロニーの防備は完璧……な、はずだった」

 最後、言葉を濁したのは、飯野もその結末を知っているからだろう。
 おれは溜め息をついた。

「その完璧っていうのは、モンスターを想定した話だろう。コロニーは自壊したんだ。モンスターの襲撃によってじゃなく、内側から崩れ落ちた」

 結局のところ、コロニーでの安定した生活は、探索隊のリーダーである中島小次郎のカリスマと統率力あってのものだったのだろう。

 彼がいる間も、不安や不満はないわけではなかったのだろうが、彼の存在がそうした負の感情を押さえつけていた。

 だから、彼がいなくなったことで、押さえつけていたすべてが噴き出した。

「……わたしたちを恨んでるの?」

 どことなく怯えたふうな飯野の問いかけに、おれはかぶりを振った。

「思うところがないわけじゃない。ただ、責めるつもりもないな」

 飯野は意外そうな顔をした。

「そう、なの?」
「ああ。起きてしまったことは変わらないし、そもそも、おれはあのときの探索隊の判断が間違っていたとも思っていないからな」
「……どういうこと?」
「あのまま樹海深部にいたところで、おれたちには先がなかった。かといって、転移してきた全員が樹海を長距離移動するのは、まず不可能だっただろう。いずれ遠征隊は編成されなければならなかった」

 淡々と答える。

「第一次遠征隊の出発が、コロニー崩壊の切っ掛けになったのは事実だ。けど、コロニーを崩壊させたのは、あくまで一部のチート持ちたちであって、遠征隊じゃない。あとからそれについてどうこういうのは、フェアじゃないだろう」
「……理性的なのね」
「思うところがないわけじゃない、とも言ったぞ」

 それでは感情が納得いかない部分もある。
 とはいえ、そろそろあれから四ヶ月だ。

 もう四ヶ月なのか、まだ四ヶ月なのかは人によって違うだろうが、少なくともおれ自身に関していえば、感情は落ち着いている。

 探索隊に対しては、文句を言いたい気持ちよりも、むしろ関わり合いになりたくない気持ちのほうが大きい。

 最悪なのが、あの集団のなかに、正体不明の『天の声』がいることだ。
 悪意の毒が、どこまで浸透しているのかわからない。

 なるべくなら自浄作用が働くことを祈ってはいるが、それが失敗したときに、こちらまで巻き込まれるのはごめんだった。

「飯野は探索隊に帰るんだろう?」

 今度はこちらから尋ねると、飯野は頷きを返した。

「そのつもり。まだちょっと引き攣った感じはあるけど、体は動くから。探索隊のみんなと合流する前に、セラッタにも寄らないとね」
「セラッタ……というと、ルイスのところに?」
「うん。正直なところね、わたしはいまでも、ルイスさんが嘘をついていたようには思えない」

 飯野は強い眼光を宿した目を細めた。

「あの人の義憤は本物だった、と思う。もしもなにか勘違いをしているなら尚更のこと、一度話を聞く必要があるわ」

 そもそも、今回の飯野との間に起きた揉め事の発端は、帝国南部の最大貴族であるマクローリン辺境伯の部下であるルイス=バードという男が、飯野に『真島孝弘がチリア砦襲撃の関係者だ』と吹き込んだことだ。

 言葉巧みに騙されたのだと思っていたが、ひょっとすると、どこか真に迫るものがあったのかもしれない。

「明日の朝には出発する予定」
「忙しないな」
「まあね。だけど、『天の声』のこともあるし、なるべく早く戻りたくって。セラッタに寄るなら、それだけ余計に時間もかかるし、そうでなくても、怪我の治療にけっこう時間かけちゃったから」

 現状、おれの同行者で回復魔法を使えるのは、ケイだけだ。
 エルフという優れた魔法使いの素質を持つ種族のケイだが、まだ十歳そこそこと幼い彼女では、使える魔法にも限りがある。

 第二階梯に辛うじて手がかかろうかという魔法では、治療にも時間がかかり、飯野がまともに動けるようになるまでに三日もかかってしまった。

 せっかちなところのある飯野としては、いまにも飛び出したいくらいだろう。
 それなのに、彼女は一日をおれたちの荷物を回収する手伝いに充てている。

 あれだけ、おれのことを信じられないと言い張っていた三日前とは大きな違いだった。
 いったい、どういった心境の変化なのか……。

「心配しなくても、あんたを帝国に連れ戻そうなんて考えてないってば」

 こちらの表情の変化に気付いたのか、飯野は片手を腰に当てて言った。

「『天の声』だかなんだかっていうわけわかんないやつが、探索隊のなかにいるかもしれない……なんて話があるんだもんね。わたしたちが信用できないって、以前に真島は言っていたけれど、それは仕方のないことなのかなって」

 飯野は小さく溜め息をついた。

「高屋くんだって、あんな……」

 今回の事件を経て、飯野も思うことがあったのかもしれない。

 憂いを帯びた彼女の表情を見ながら、おれは口を開いた。

「……水島美穂の件についてはいいのか?」

 要らないことを訊いたかなと、ちらりと思った。
 寝た子を起こすような真似をするべきではなかったか。

 だが、彼女にまつわる一件について義憤を燃やしていたはずの飯野は、おれの問い掛けにも軽くかぶりを振るだけだった。

「本人が納得しているなら、さすがにわたしからはどうこう言えないでしょ」

 こちらについても、これ以上なにか言うつもりはないらしい。
 とはいえ、どうしてそうした結論に達したのかというところは、正直よくわからなかったが。

「本人?」
「……あ」

 なにかに気付いた様子で、飯野は小さく声をあげた。

「ううん、なんでもない。なんでもないのよ?」
「なんでもないって、お前……」
「と、とにかく! そういうことだから!」

 ぱたぱたと手を振ると、飯野は踵を返した。

「じゃあ、わたし、もう一度行ってくるから!」
「あっ、おい。飯野……」

 声をかけようとしたが、そのときにはもう、飯野は駆け出していた。

 そうなれば、相手はあの『韋駄天』だ。
 まだ本調子ではないようなことを言っていたが、そのうしろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。

「……変な奴」

 取り残されたおれは、小さくぼやいた。

「ん?」

 視線を巡らせたところで、飯野のいなくなった方向を見詰める加藤さんが目に入った。
 彼女はちょっと難しげに、眉の間に皺を寄せている。

「加藤さん。どうかしたか?」
「いえ」

 ふっと笑って、加藤さんはかぶりを振った。

「……まさか、ですね」

 小さくつぶやいて、よいしょと立ち上がる。
 おれと飯野が話をしている間に、加藤さんは作業を終わらせていたようだった。

 ローズが彼女に声をかける。

「残りを持っていきますね、真菜」
「そうですね。お願いします」

 飯野が置いていった品々を、ローズは両腕に抱えた。
 そして、ガーベラとケイとが楽しげに話をしながら、ばしゃばしゃと音を立てて洗い物をしているところに向かって歩いていく。

「ふたりとも。楽しそうなのはいいですが、あまりはしゃぎ過ぎると、思わぬミスをしますよ。特に、ガーベラ」
「わかっておる。大丈夫だ、ローズ殿。妾とて、そうそう失敗は……あっ」
「あ、あれ? ガーベラさん、なんですか。いまのびりって音……?」
「言ったそばから、ガーベラあなた……」
「す、すまぬ――ッ!」

 なんだか楽しげだった。

 微笑ましい思いで少女たちのやりとりを眺めていると、ざりと砂利を踏む音が聞こえた。

「あの……先輩」

 見れば、加藤さんが近くにやってきていた。

 物言いたげな瞳が、おれのことを見上げている。

「どうした?」
「その、飯野さんのことなんですけど……」

 おれが促すと、ちょっと口ごもりはしたものの、加藤さんは尋ねてきた。

「真島先輩は、飯野さんのこと嫌いだったんじゃなかったんですか?」
「……嫌いだけど?」

 返答には、少し訝しげな響きが伴っていたかもしれない。

「なにを今更」

 首を傾げる。
 そんなおれの反応を見て、加藤さんはもどかしげな顔をした。

「その割には、その……なんというか」

 多分、言葉を選ぼうとしたのだろう。
 けれど結局、加藤さんは彼女らしいストレートな言葉をぶつけてきた。

「先輩は飯野さんに、好意的に見えます」
「……」

 おれは、咄嗟に答えを返せなかった。
 一度目を逃がしてから、再び視線を戻す。

「……そう見えるか?」
「はい」

 加藤さんは、じっとおれを見詰めていた。

「そうか」

 そんな彼女を見下ろして、思わずおれは苦笑を零した。

 的外れなことを言われて困ったからではない。

 その逆だった。
 本当に、この子は他人をよく見ている。

 おれは頭を掻くと、飯野のいなくなった方角へと顔を向けた。

「別に、嘘をついていたわけじゃないんだけどな」

 本当のことだった。

 かつておれは、自分の大事なものだけは取りこぼさないようにしようと心に誓った。
 それが、弱いおれに願える精一杯のことだったからだ。
 けれど、それは同時に、それ以外の多くのものを諦めるということでもあった。

 もしもおれに飯野と同じくらいの強さがあれば、諦めなければいけなかった多くのものを失わずに済んだかもしれない。
 そんな気持ちがどこかにある。

 だから、飯野に対して良い感情を抱けるはずもない。

 だけど同時に、おれのなかにはそうした負の感情とは別の想いも確かに存在していたのだった。

「自分が諦めたなにもかもを持っている人間を見てしまうと、やっぱり、なにも思わないってわけにはいかないもんだよな」
「先輩……」
「だから、あいつのことは嫌いなんだけど」

 溜め息をひとつ。

「だけど同時に、自分が諦めたものだからこそ……続いてほしい、その道を貫いてほしいって気持ちも、どこかにあるんだと思う」

 おれを追ってくる前に、飯野は樹海深部から何人もの生徒たちを救出してきた。
 縁もゆかりもない人間を、わざわざ危険な場所に踏み入ってだ。

 これからも、そういうふうに飯野優奈は生きていくのだろう。

 それは、なにがあっても自分の大事なものだけは失わないように生きていこうと決めたおれとは、真逆の生き方で。

 だからこそ、おれはその価値を認めないわけにはいかないのだ。

 加藤さんが敏感に感じ取ったのは、おれのそうした部分だろう。

「加藤さんはどうだ?」
「わたしは……」

 ふと尋ねてみると、加藤さんは目を細めた。

「わたしは、あの人のこと好きじゃありません」

 はっきりとした返答は、彼女らしいものだった。

「そっか。まあ、それも仕方ないな」

 笑って言ったおれのことを、加藤さんは見上げた。
 どこか眩しそうな目だった。

 ぽつりとつぶやく。

「先輩が……」
「ん?」

 加藤さんは、不意に俯いた。

「先輩が、そんなだから……」

 今度は、らしくもなく曖昧な物言いだった。

 続く言葉を口にすることもない。
 両手の先を合わせるようにして、加藤さんは立っている。

 身長差があるのと、俯いているために、彼女の顔は少し緊張した口元くらいしか見えない。
 剥き出しになった耳が赤い。

 思いがけず変な空気になってしまって、おれは戸惑った。

 責められているわけではないのはわかった。
 加藤さんのこの態度は……拗ねている、というのが近いだろうか。

 ちょっと違うような気もする。わからない。

「いまのは、どういう……」

 と、言いかけたところで、横から声をかけられた。

「孝弘さん、ちょっといいですか」

 ケイがこちらに駆け寄ってきていた。

 彼女は足をとめると、おれと加藤さんを交互に見た。

「……ひょっとして、お話の邪魔しちゃいましたか?」
「いえ。そんなことないです」

 ぱっと加藤さんが顔をあげた。
 ほんのりと赤らんだ顔には、あからさまにほっとした色があった。

「ちょっと雑談をしていただけですから。それじゃあ、わたしはローズさんのところに行きますね」

 加藤さんはぺこりと頭を下げると、そそくさと行ってしまった。

 ケイがおれのことを見上げてきた。

「えと……本当に大丈夫でした?」
「ああ」

 なんだったのだろうかと思うが、今更追いかけて尋ねても、加藤さんを困らせてしまうだけだろう。

 釈然としないものは残ったものの、おれは思考を切り替えることにした。

「それで、なんの用だ?」
「あ、はい。回収した保存食に関してなんですけど」

 水を向けると、はきはきとした調子でケイは答えた。

「あまり食料がないので、回収したものを調理してしまおうって話になったんですけど、それでいいですか?」

 そんなことかとおれは頷いた。

「わかった。ただ、傷んでいるだろうから、ちょっとでもヤバそうなものは捨ててくれ」
「そのあたりは、もったいないからガーベラさんが食べると言ってましたけど」
「……いや。捨ててくれ」

 ガーベラのおなかが丈夫なのは知っているが、非常時でもないのに、好いた女に腐ったものを食べさせたくはない。

「わかりました」

 ケイは頷いた。
 そして、ふとなにかに気付いたような顔をした。

「あ、それと、もうひとつ。お話……というか、相談があるんですけど」
「相談?」
「はい」

 ケイはあたりをさっと見回した。
 近くに話を聞いている者が誰もいないことを確認してから、改めてこちらに顔を向ける。

 そこには、不安げな表情が浮かんでいる。

 少し抑えた声で、彼女は切り出した。

「シラン姉様のことなんです」
◆新章開始です。
これからもよろしくお願いいたします。

◆報告です。
まだ少し先のことになりますが、書籍版『モンスターのご主人様』の4巻が発売になります。

8月30日発売予定です。
情報につきましては、8月に入ってから、随時、活動報告で報告していきますね。
+注意+
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