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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

3章.ありのままの彼女を愛して

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35. 愛してるをきみに

(注意)本日2回目の投稿です。











   35


 目が覚めると、仰向けになって見上げた先に、満天の星空が見えた。

「お目覚めになったのですか、ご主人様」

 寝起きの漠然とした意識のまま夜空を見上げていると、声をかけられた。

 首を傾けて視線を向ければ、ローズが地面に座ってなにやら作業をしている姿があった。

 つい数時間前まで下半身を失っていた彼女だが、いまはもう万全の状態に戻っている。

 崖崩れの際に遺失した道具袋を、ベルタが見付けてきてくれたのだ。
 中に入れておいた予備パーツに換装することで、ローズは万全の状態を取り戻していた。
 こうしたあたり、人形型モンスターの強みといえるだろう。

 しかし、彼女以外のメンバーについては、そう簡単にはいかなかった。

 なにより大きかったのは、第三階梯という強力な回復魔法を使えるリリィが倒れてしまったことだ。

 ほとんど全員が傷を負っており、移動もままならなかったため、離れていたシランたちと合流することさえ困難だった。

 結局、傷の浅かったベルタに頼んで、シランたちを連れてきてもらうことになった。

 デミ・リッチと化した際に、シランは回復魔法を失っている。
 現状、実用レベルにぎりぎり堪える回復魔法を使えるのは、リリィを除けばケイだけだ。

 そこでケイには、傷が深かった飯野とガーベラの治療を頼んだ。

 治療の最中、目を覚ました飯野には、ことの経緯について簡単な説明をした。
 彼女は意外と静かに話を聞いたあと、すぐに寝入ってしまった。
 反応するだけの元気がなかったのかもしれない。明日にでも、今後のことについて、また話をする必要があるだろう。

 ガーベラも今回の戦闘は堪えたのか、治療の途中で眠りに落ちていた。
 いまは蜘蛛脚を畳んで座り込んで、すやすや寝息を立てている。

 再生した彼女の蜘蛛脚に寄り添うように、あやめを抱えたケイが体を丸めて寝ているのが見えた。

 ささやかな幸せを感じさせる光景に微笑みを誘われつつ、おれは身を起こした。

「……?」

 そこで、なにかが服に引っかかった。
 見下ろしてみると、どきっとするくらい近くに加藤さんが横になっていた。

「……ん」

 無防備な吐息。
 女の子らしい手が、おれの服の二の腕のあたりを握り締めている。

 そういえば……と思い出した。

 比較的軽傷だったおれに関しては、加藤さんが回復魔法をかけてくれていたのだった。

 地道に続けていた訓練の結果、加藤さんは回復魔法を扱えるようになっている。
 とはいえ、まだレベルとしては第一階梯程度なので、効果は限定的なものだ。

 治癒速度が少し早くなり、わずかな鎮痛作用が望めるくらいのものだろうか。
 それでも、塵も積もれば山となるではないが、かけ続けていれば効果はある。

「真菜は何度か休みを挟みながら、ご主人様にずっと回復魔法をかけ続けていたのです」

 ローズが教えてくれた。

「あとで、礼を言ってあげてください」
「ああ」

 服を掴んでいた指を丁寧に解いてから、立ち上がる。
 そんなおれの動作に合わせて、頭をもたげた影があった。

「もうひとりの王よ」
「ベルタか」

 双頭の狼に、おれは向き直った。

「今回は世話になったな」
「王命だ。気にするな」

 ベルタの反応は素っ気ない。
 おれはかぶりを振った。

「お前はそうは言うけどな、それでもお前に助けられたことには違いない」
「……」
「礼を言わせてくれ。ありがとう、ベルタ。……どうした?」

 おれは首を傾げた。
 知性を宿した二対の瞳が、こちらを凝視していたからだ。

「知ってはいたが、お前は我らが王とずいぶん違うのだな」

 ベルタはゆったりと尻尾を振った。

「……いや。なんでもない。王からは、お前の身を守るように仰せつかっている。安心して過ごすがいい」

 双頭の狼は、地面に身を横たえると、重ねた腕の上にふたつの顎を乗せた。

 これ以上、話をする気はないらしく、目を閉じてしまう。

「孝弘殿」

 腰から伸びる触手がゆらゆら揺れているのを眺めていると、焚き火の向こうにいたシランが声を投げてきた。

「ローズ殿とベルタがおりますし、警報役としてわたしもおります。ここはお任せください」

 太平楽に浮かぶ精霊を指差して、シランは微笑む。

 見透かされているな、と苦笑がこぼれた。
 ありがたいことだった。

 おれは彼女に礼を言って、その場を離れた。

   ***

 パスを辿って歩いていく。
 探している彼女は、それほど離れた場所にはいなかった。

「リリィ」

 声をかける。
 空を見上げていたリリィが、こちらに振り向いた。

 満天の星空を背にして、振り返る少女。
 にこりと笑うその光景に、既視感を覚えた。

「――」

 不思議な感覚があった。

 おれはこの光景を知っている……。

 そんなことを思って、おれは目の前の光景に見入り――。

「起きたんだね、ご主人様」

 ――少女の声が、おれを現実に引き戻した。

 気付けば、さっきの不可思議な感覚は消失していた。

 どこかバツの悪い気持ちで、おれは頭を掻いた。

「……動ける程度には、回復したんだな」
「あはは。まだ万全からは程遠いけどねえ」

 そう言って笑うリリィの体には、色がなかった。

 やや扁平に広がったスライムの体から生えた少女の上半身は、透き通っている。
 豊満な胸も、そこから伸びる腰までの蠱惑的なラインも、スライムの質感のままだった。

「ご主人様は、体調のほう、どうなの?」
「まだ体の芯に重さみたいなのは残ってるけど、おおむね回復したよ。加藤さんが頑張ってくれたからな」

 言葉を交わしながら、おれはリリィの上半身が生えたすぐ隣に座った。
 普段と変わらない、慣れた距離感。

 違うところがあるとすれば、リリィが寄り添ってこないことくらいだろうか。

 リリィは体の前で垂らした両腕の先で指を組み合わせるようにして、静かに佇んでいた。

 落とした視線の先の手は、よく見れば腰に癒着していた。
 指も造形されていない。

 近くで見てみるとよくわかるが、少女の肌の質感だけでなく、造形自体も細部は再現されていなかった。

 そんな彼女を横目にしながら、おれは口を開いた。

「……あのさ、リリィ。ひとつ訊いてもいいか」
「なに?」
「水島美穂の……転移者としての力の発現に、成功したのか?」

 狂獣との戦いで、リリィは魔法道具の呪縛を解いて、戦いに参加した。

 種族としての限界を超えた力の行使。
 あの多彩さは、あるいは、ガーベラにさえ追いつくかもしれないものがあった。

 特に、最後に狂獣を退けた一撃は、半端なものではなかった。
 あの一撃の重さだけに限れば、樹海深部の白い蜘蛛ガーベラさえ超えていた。

 それらすべてが、新たな力の獲得を推測させるのに十分なものだったのだ。

「うん」

 こちらに顔を向けたリリィが、小さく顎をひいた。

「魂の奥底からの願いだけが、固有能力を発現させる。……結局のところさ、わたしは自分の望みから逃げ続けていたんだよね」

 再び空に視線が映った。

「わたしはずっと、醜いモンスターでしかない自分自身が嫌いだった。だけど、その分だけ強く、そんな自分を肯定したいって気持ちもあった。ご主人様みたいに、自分の壁を乗り越えたかった。そうすることでしか、胸を張ってご主人様の隣に立つことはできないから」

 醜いモンスターとしての自分自身を肯定したい。
 それが、リリィの望みだったのか。

 転移者の固有能力は、願いを反映したものになる。

 己の身の裡に巣食う怪物たちを剥き出しにしたあの力は、部分擬態という種族としての限界を超えた力であると同時に、リリィの願いの表出でもあったということだ。

 リリィは遠い空を眺めて口を開いた。

「わたし、もっともっと強くなるよ」

 まだリリィは新しく手に入れた力に慣れていない。
 慣れれば、よりよく戦えるようになるだろう。

 ……なんて、それだけの意味の言葉ではないことは、明らかだった。

 主であるおれに相応しい存在になるために、リリィは進歩を続けていく。
 そのためになら、どこまでだって強くなれると信じている。

 その確信が、彼女の力になる。
 それが、眷属としての彼女の在り方なのだった。

「……これは、大変だな」

 口のなかだけでつぶやいて、おれは苦笑した。
 彼女に相応しい主であるために、おれも負けず努力を続けなければならない。

 本当に、大変だ。

 それは決して、嫌なことではなかったけれど。

「あ。だけど、ごめんね」

 不意に、一途な表情を笑顔で崩して、リリィがこちらを振り向いた。

「魔法が使えなくって。みんな、治療が必要なのに」
「別に謝るようなことじゃないだろう」

 リリィの手に入れた力は強大だが、その分だけ、これまでになく消耗が早い。

 部分擬態能力まではともかくとして、最後に狂獣を打ちのめした一撃は、体にかかる負担も半端なものではなかったらしい。

 現状のリリィは、魔法どころか、種族特性であるはずの擬態能力さえ使えないほど消耗している。

 それが、いまのリリィが少女の体を構成できていない理由だった。

 あれだけの力を行使した代償というべきか。
 あるいは、さっきの話を聞いたうえで考えると、それ自体がリリィの獲得した能力の一端だという見方もできる。

 モンスターとしての自分自身を晒すこと。
 そんな自分を肯定すること。

 えへへと笑うリリィの姿を見て、おれは――。

「……んんっ」

 頬に手を伸ばして軽くキスをすると、リリィは酷く驚いた様子を見せた。

 どれくらい驚いたかといえば、立ち上がっていた上半身が一瞬、びしゃりと形を失った。

 改めて、唇を両手で押さえたリリィの上半身が、さっきより五十センチ遠くに生えた。

「な、なにするの?」
「なにって……」

 なんだか愛おしさが膨れ上がって、突き動かされるように動いていた。
 そうしなければならないような気がした。

「ひょっとして、嫌だったか?」
「そ、そんなことはないけど」

 おれが尋ねると、リリィは両手を胸の前で振った。
 いい加減な造形の手の先から、スライムの体組織が少し飛び散った。

 そんな自分の手に一瞬視線を落として、リリィは表情を曇らせた。

「むしろ、いまのわたしにキスなんていいのかなっていう……」
「どういう意味だ?」
「……気持ち悪くない?」

 ああ。
 なるほど。

 そのあたりを気にしていたから、普段みたいにくっついてくることもなかったわけか。

 納得して、おれは位置を移動した。

 密着する位置に座り直して、リリィの上半身を両腕で抱き締める。

 柔らかさは女の子のものとは違って、独特の弾性があった。
 触れた肌の表面はなめらかで、ひんやりしていた。

 重ねた唇の感触は普段と違っていて、舌を差し入れるとリリィの味がした。

「なっ、な、な……っ」

 唇だけ離して、至近距離から見詰めると、リリィは上擦った声をあげた。
 おれは首を傾げる。

「……動揺し過ぎじゃないか?」

 これまでも何度もキスくらいしている。
 というか、恋人同士、体を重ねた関係だ。

 胸が高鳴ったり、愛おしさで胸が潰れそうな感覚を覚えるのは、初めてのときと変わらないにしても、今更、この程度の愛情表現で動揺するようなことではない。

「だって」

 眉尻を下げたリリィは、弱った声を出した。

「ご主人様から迫られるのって、これが初めてだし」
「……」

 大体全部、おれのせいだった。
 そんなつもりはないのだろうが、ヘタレ野郎と言われた気持ちになった。

 言い訳もできないが……。

 とはいえ、今夜はそうはいかないのだ。

 言葉だけでなく、行動で示すことだって、ときには大事なことだ。

 自分のなかにある壁を乗り越えて、リリィはモンスターとしての自身の一面を肯定した。
 その結果として、現在のリリィがある。

 だとすれば、そんな彼女を認めてあげるのが、おれの役割だと思うのだ。

 リリィがどんなリリィであろうと愛し続ける。
 そう示すことが、自分を肯定したいと願った彼女の一助になればいいと思いながら……。

「愛してる、リリィ」
「……わたしも。大好きだよ、ご主人様」

 おれは愛しいモンスターの少女を両腕に抱き締めて、深く唇を重ねた。
◆これにて第3章は完結となります。

たくさんの感想ありがとうございました。毎回、楽しみにしております。
お気に入り登録、評価、レビューしてくださった方には、重ねて感謝を。

これらを励みにして、新章も進めていきます。

◆7月はちょっと立て込んでいて時間がない感じなので、新章開始は二週間後になると思います。
活動報告等で連絡していきたいと思いますので、しばしお待ちください。
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