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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

3章.ありのままの彼女を愛して

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34. 謎めいた笑み

(注意)先週、予約投稿のミスで二回連続の更新を中途半端な時間にしてしまっています。

お気をつけください m(_ _)m









   34   ~狂獣視点~


 人が足を踏み入れない山中を、彷徨い歩いていく。

 歩くのにさほどの苦労はない。

 道なき道を歩くのには慣れている。
 ここ最近は、ずっと深い森のなかを歩いていたからだ。

 そんな記憶がある。
 ついこの間のことのはずなのに、ほとんど断片的にしか思い出せないけれど。

 だけど、あれは確かにあったことだった。

 助けを求めるために、ひとりきりで旅をした。
 飢えて、乾いて、傷付いて。
 それでも、歩き続けた。

 ……だったら、いまは?
 おれは、なんのために歩いている?

 わからない。

 目的地があるわけではない。
 目的なんてものがそもそもない。

 わからない。わからない。わからない。

 なにもかもわからない。
 わからなくなってしまった。

 おれのなかにある『なにか』は、すでに致命的なくらいにおれ自身を食い潰してしまっている。
 だから、もうなにもわからない。

 ……いや。
 それは本当だろうか?

 ふと疑念が生まれた。

 なにを疑問に思ったのかはわからない。
 著しく低下した思考能力では、疑問を追及することさえ覚束ない。

 ただ、おれは思い出していた。

 この世界に来てからのことを……。

   ***

 最初は、ただ戸惑いだった。

 異世界にやってきたのだとわかってからは、わくわくした。
 自分に力があることがわかってからは、尚更のことだった。

 特に、のちの探索隊リーダーである中嶋小次郎に声をかけられたときには、心が躍ったものだった。

 ――こんな終わり方は認められない。
 ――みんなが力を合わせなければ駄目だ。
 ――お前の力が必要だ。一緒に来てくれ。

 どんな状況だったのかは記憶にないが、そんな言葉をかけられたことだけは、おぼろげに覚えている。

 まるで物語みたいな出来事だった。
 同じように声をかけられたみんなと、夢中になって戦った。

 平凡で退屈な日常が終わり、なにかが始まったのだと感じられた。

 おれは探索隊のメンバーとなって、コロニーを守るために戦い始めた。

 ……いいや、違う。
 そうじゃない。

 守るため、なんてのはおためごかしの言い訳だ。

 楽しかった。
 おれはただ、楽しかったのだ。

 なかには『韋駄天』飯野優奈のように本気で現状に憤って戦っていた変わり種もいたけれど、基本的にはみんな、おれと同じようなものだったはずだ。

 自分のものとは思えないような力を振り回すのは楽しかった。
 ばったばったと、この手でモンスターを薙ぎ倒すのは快感だった。

 だけど、そうして夢中でなにもかもを忘れていられたのは、最初の一週間くらいのものだった。

 あとは徐々に不安になった。

 これからどうなるのか。
 そんなことを考えると、不安で仕方なかった。

 それでも表面上は、周りに合わせなければならなかった。
 それがまた苦痛だった。

 そんなおれの内心は、付き合いの長い美穂姉ちゃんには筒抜けだったのだろう。
 姉ちゃんは、おれのことを気遣ってくれた。

 ……そうだ。
 美穂姉ちゃんがいる。

 そう思った。

 おれのこの力は、姉ちゃんを……初恋の人を守るために、授かったものなのだ。

 そう思えた。

 自分が間違っていることは、薄々気付いていた。

 おれは美穂姉ちゃんに恋をしていたから、守ろうとしたのではない。
 守るための理由が必要だったから、姉ちゃんを好きになったのだ。

 そんなの間違っている。
 歪んでいる。

 だけど、おれにはそうした考えに縋る以外に術がなかったのだ。

 そんなおれが姉ちゃんを守り切れなかったのは、ある意味で当然の結末だったのかもしれない。

 姉ちゃんを守ろうと思った、その発端からおれは間違えていた。

 なにをすべきなのか。
 自分はどうあるべきなのか。

 最初から、なにもわかってなんかいなかった。

 だから、失敗した。

 ……おれは、どうすればよかったのだろうか。
 なにがしたかったのだろうか。

 わからない。わからない。わからない。
 なにもわからない。

 ただ、おれの脳裏には美穂姉ちゃんの顔だけが思い浮かんでいて……。

「無様な姿ですね、高屋純」

 朦朧としたまま歩いていたおれは、足をとめた。

   ***

 向かおうとしていた先に、見覚えのある少年が立っていた。
 おれ自身が巨体になっていることを差し引いても、小柄な少年だった。

 傍には、精悍な印象の背の高い少年――の姿を模したモンスターがいた。
 また、影のように黒い人型のモンスターが、油断なくこちらを窺いながら、両手を剣に変化させて構えている。

 他にも十体ほどのモンスターが連れられていた。

「愚かなものですね」

 細面に薄らとした笑みを刷いて、少年が言った。

「真島先輩は素晴らしい。掛け値なしに。自分がなにをしたいのかもわからなければ、なにを願っているのかも理解していない、きみのような出来損ないが敵う相手ではないんですよ」
「……」

 生憎と、なにを言われているのかは、ほとんど理解できなかった。
 ただ、嘲られていることだけはわかった。

 けれど、怒りは湧かなかった。

 そんな感情も湧かないくらいに空っぽになってしまったのか。
 それとも罵倒の内容に納得してしまったのか。

 わからない。
 ……どうでもよかった。

「先輩に牙を剥いた、その思い上がり、万死に値します」

 少年が軽く手をあげた。

 その動作に応じて、少年の周りのモンスターが身構えた。
 訓練された兵隊のように整然とした動きだった。

 少年が一声命じれば、彼らは襲い掛かってくるだろう。

 敵モンスターの数は十数体。
 現在の傷付いた状態で敵う相手ではなかった。

「……」

 そうとわかっても、だからどうしようという気持ちにはならなかった。
 唸り声ひとつあげる気にもなれない。
 自身の危機を前にしても、心には、さざ波ひとつ立たなかった。

 それどころか、おれはどこかほっとしていた。

 辛いのも、苦しいのも、悲しいのも、申し訳ないのも。
 これですべてが終わると感じていた。

 おれは逃げることも身構えることもなく、無防備に視線を地面に落とした。

 ただその場に突っ立っているだけで、ろくな反応も返さないおれの態度に、少年は少し笑ったようだった。

「このまま放っておいても遠からず死に至るでしょうが……折角です、この場でとどめを刺してやりましょう」

 これで、終わり……。

「……と、言いたいところですが、ただ殺すにはちょっとばかり惜しいのも確かですね」

 ふと、空気が変わった。

 少年の言葉を聞いたモンスターたちが、一斉に引き下がる気配があった。

 とはいえ、おれは反応することなく、その場にただ立っていた。

「きみのその力には、利用価値があります」

 少年が差し出した手が、俯いた視界の端に映った。
 やはり、おれは反応する気にならなかった。

「どうせ、あとは朽ちるだけの命でしょう。だったら、ぼくの役に立ちなさい」

 なにを言われても変わらない。
 おれはただ、その場で立ち続けていて――。

「そうすれば、きみの望みを叶えてあげましょう」
「……」

 おれは……おれは、顔を上げた。
 その言葉だけは、なぜだかするりとおれの頭のなかに入ってきたのだった。

「どうですか?」

 少年は謎めいた微笑みを浮かべていた。
 きっとおれにまともな知性があったとしても、意図を読むことなんてできなかっただろう。

 なにを考えているのかわからない。
 信じるに足る要素など、どこにもない。

 けれど、不思議なことに、おれの目には彼が嘘をついているようにも見えなかった。

 だから、耳を傾けてしまう。

「約束しましょう。ぼくのものになって働けば、いずれきみの望みは叶うと」
「……」

 おれの脳裏には、自然と美穂姉ちゃんの笑顔が思い浮かんでいた。

 望み。おれの望み。
 願うこと。

 おれは……おれは、美穂姉ちゃんを……。

「決まったようですね」

 気付いたときには、もう手遅れだった。
 おれはもう、少年の言葉から逃れることができなくなっていた。

「すべて投げ出してしまいなさい。すべてを寄越しなさい」

 言葉がおれの存在を侵していく。

「それが、願いの対価です」
「ァ、ガァ……」

 ほんのわずかに残っていたものが掌から零れ落ちていく。
 散漫になっていた意識がほどける。

 もともと、ほとんど失いかけていただけに、なくなってしまうまでにそう時間はかからなかった。

 そうして希薄になったおれの存在に……がちゃりと、首輪がかけられた。

「ああ。やっぱり、そうだった。思った通り、ぼくの能力は通用した」

 おれを見上げて、首輪の主である少年が言った。

「ふふ。面白いですね。モンスターとはなんなのか。ぼくたち転移者とは……いいえ。そもそも、人間とはなんなのか。この世界、まだまだぼくの知らないことは多そうだ」

 まだなにか少年は話し続けていたが、もうなにを言っているのか、おれにはわからなくなっていた。
 おれのなかのおれの部分は、もうほとんど残っていない。

「……王よ。なにを考えている?」

 消え去ってしまう間際に、声を聞いた。
 精悍な響きの、しかし同時に恐ろしく無機質で感情の感じられない声だった。

「もうひとりの王、真島孝弘には自分は敵ではないと言う一方で、水島美穂を求める狂獣には、願いを叶えると約束をする。いったい、どれが本当なんだ?」
「さあ。どうでしょうね」

 返ったのは、謎めいた笑い声。

「ぼくはただ、自分の目的を果たすために動くだけですよ」

 わからない。
 多分、誰ひとりとして、彼の意図を理解できない。

 それはどこか悲しいことのように思えて……。

 そんな思考を最後に、おれはすべてを手放した。
◆次回、エピローグです。
今日中に、もう一回更新します。
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