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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

3章.ありのままの彼女を愛して

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21. 追いかける/追いつめられる

(注意)本日二回目の投稿です。











   21


「ガーベラ!」

 飛び込んできた白い影を見て、おれは声を弾ませた。

「来てくれたのか!」
「ふむ。無事なようだな、主殿。まずは重畳」

 その場の全員を見回して、ガーベラが赤い目を細めた。

「……しかし、その分だと、どうやらなにかあったようだの」

 ガーベラがこちらに視線を向けてくる。おれは頷きを返した。

「ああ。お前の力が必要だ」

 絶望的な状況に、かすかな希望が差し込んでいた。

 ガーベラのことだ、大人しく待ってはいないだろうとは踏んでいたが、この分だと、彼女はあの崖崩れのあと、すぐにおれたちを追ってきたらしかった。

 追いついてくるのに時間が掛かったのは、怪我のせいだろう。

 ガーベラは、飯野との戦闘で負った傷がまだ癒えていなかった。
 本来八本の蜘蛛足は、左一本、右三本しか残っておらず、鉤爪を地面に突き刺して体を固定してはいるものの、着地したときによろけていた。

 まったく動けないわけではないだけマシだが、自慢の機動力は形無しだろう。

 しかし、それでも彼女がおれの仲間内で、最も強力な眷族であることには違いない。
 少なくとも、おれだけでリリィの奪還を試みるより、余程、成功する確率は高いはずだった。

 欲を言うなら、シランも来てくれれば良かったのだが、残念ながら彼女の姿はなかった。彼女は崖上の山道で、ケイと一緒におれたちが戻ってくるのを待っているのだろう。

 残念ながら、シランを呼びに行って、戻ってくるだけの余裕はない。
 いまでもリリィがどんどん遠ざかっているのが、パスを通じて感じられるのだ。彼女の存在が遠くなる。そのうち、感じ取れなくなってしまうかもしれない。

 まさか高屋の襲撃があると予想ができるわけもなし。ここは、ガーベラだけでも駆けつけてくれたことを幸運に思うべきだろう。

「なにが起こったのかは、道々話す。行くぞ」
「う、うむ。あいわかった」

 可能性の芽が出てきた以上、こうしてはいられない。おれは戸惑うガーベラに声をかけて、走り出した。

「ご、ご主人様!?」

 驚いたようなローズの声が、うしろから追いかけてくる。

「安心しろ!」

 おれは振り返ることなく、声だけを返した。

「リリィは必ず連れて帰る!」

 自分で言いながら、それが難しいことはわかっていた。
 それでも、諦めるという選択肢がない以上、ベストを尽くすしかない。

 ここは無理を押し通さなければならない場面だ。
 おれは拳を握りしめた。

   ***

 リリィを浚った高屋の目的地は、帝国領方面らしい。パスを通じて感じられるリリィの気配は、キトルス山脈を南東に直進していた。

 どうやら高屋は蛇行する山道を利用せず、チート持ちとしての身体能力任せに山中を踏破しているようだ。恐らく、追手がかかるのを嫌っているのだろう。

 ずいぶんと慎重なことだ。
 おれはリリィとの間にパスがあるから、彼女の位置がなんとなくでもわかるが、そうでなければ追跡は困難だっただろう。

 逆に言えば、図らずして、おれたちは高屋の狙いを外したことになる。

 リリィというお荷物を抱えた高屋は、山道より山中を歩くほうが手こずるはずだ。

 勝負はキトルス山脈を抜けるまでの間だ。
 どうにかして、追いつかなければならなかった。

「おい。主殿。そろそろ説明してくれんか」

 そのとき、隣を跳躍するようにして移動するガーベラが、しびれを切らしたように声をあげた。

 それで、おれは彼女にまだ説明をしていなかったことを思い出した。

「あ、ああ。悪い。いま説明する。実は、あの崖崩れのあとなんだが――」

 おれはガーベラに、彼女と離れている間になにがあったのか、手短に話した。

「なるほどの。リリィ殿が……」

 話を聞き終えると、ガーベラは唸り声をあげた。

「必ず取り返す。そのために、力を貸してくれ」
「無論だ」

 ガーベラは、力強く頷いてくれた。

「妾にできることがあるのなら、なんでも協力しよう」
「そう言ってもらえると、ありがたい」
「とはいえ、妾もこんな状態だ。どこまで役に立てるか保証はできんが……」
「それについては、大丈夫だ」

 ともすると強張りそうになる顔を笑いの形にして、おれは並走するガーベラに向けた。

「飯野によれば、高屋は魔法を使えないらしい。ウォーリアとしても、それほど強いほうじゃないって話だ。付け込む隙くらいはあるはずだ」

 なるべく落ち着いて、状況を見定めようとおれは努めた。
 こうしている間にも、叫び出したくなるような不安が胸中を焼いていたが、焦っても状況が好転することはない。

 必要なのは冷静さだ。平常心を見失えば、できることもできなくなる。

「魔法道具で武装しているのは厄介だが、それさえどうにかすれば、勝機はある。いや。おれひとりだったら、それすら覚束なかっただろうが、いまはガーベラがいてくれる。いくらでもやりようはあるはずだ」
「……そう言ってもらえるのは、嬉しいのだがの」

 言葉とは裏腹に、ガーベラは難しそうな顔を見せた。
 どこか不審そうに、赤い瞳がおれのことを窺っている。

「なんだ?」
「いや。妾の気のせいかもしれぬ」

 かぶりを振ってから、ガーベラは改めておれを横目で見た。

「しかし、その高屋とやらの目的はなんなのだろうな」
「それは……当然、水島美穂を取り戻すため、だろう?」

 当たり前のことを訊かれたので、おれは少し戸惑ってしまった。

「高屋は水島美穂の幼馴染だ。彼女のために、たったひとりで樹海を抜けたくらいに、彼女のことを大事に思っていた。だったら、目的は水島美穂以外にないだろう」
「おい。主殿よ。本気で言っておるのか」

 跳ねるように走りながら、ガーベラが言った。

「ならば、どうしてその大事な水島美穂を、高屋は攻撃した?」
「それは……」

 おれは虚を突かれた気持ちになった。

「……確かに。妙だな」

 高屋はリリィの頭部を剣で貫いた。
 相手がリリィでなければ、最初の一撃で死んでいる。

 水島美穂から抵抗力を奪うなら、もっと他にやり方があったはずで……。

 いや。これもおかしい。
 そもそも、どうして高屋は水島美穂が抵抗すると考えた? 

 高屋にしてみれば、水島美穂は幼馴染。不意打ちをする理由がない。
 普通に話しかけてくればいいのだ。それなのに、高屋は背後から不意打ち。それも、頭部を剣で突き刺すという、あまりにも過激な手段を取った。

「いったい、どうして……」
「あのな、主殿」

 隣を並走するガーベラが、横目でこちらを見た。
 細い眉が寄っている。妙に深刻そうな表情だった。

「さっきの小娘、確かイデテンとか言ったかの」
「『韋駄天』な。名前は飯野優奈」
「それだ。あの小娘が現れたときに、口にした言葉を覚えておるか?」

 衝撃的な出来事が続いているとはいえ、つい先程のことだ。もちろん、覚えていた。

「『自分の操るモンスターに、水島さんのことを食べさせたのか』って詰問してきたな」
「そうだ」

 ガーベラが頷いた。

「あの小娘は、リリィ殿の正体を知っておった。リリィ殿を浚った高屋とやらは、あの小娘と一緒にいたのであろ?」
「……」
「高屋もまた、リリィ殿の正体を知っておって当然ではないか」

 言われてみれば、その通りだった。

 事前にリリィの正体を知っていたのなら、高屋の行動は非常に納得のいくものとなる。

 高屋の持っていた『罪科の縛鎖』は、抵抗の意思があると発動しない。
 水島美穂が相手ならともかく、モンスターであるリリィの意識を奪うには、大きなダメージを与える必要がある。

 別に体を両断するでもいいが、擬態した頭部を一撃するのが最もスマートだ。これ以上に効率のよい方法はない。

「だが、これだとおかしなことがひとつある」

 ガーベラが続けた。

「高屋は、水島美穂の姿を借りたモンスターだとわかっていながら、リリィ殿を浚っていったということになる。そこが、解せぬのだ」
「……それどころか、あいつ、リリィのことを『美穂姉ちゃん』と呼んでいたぞ。『これからは、ちゃんとおれが守るから』って。あれは、演技には見えなかった」

 ……どういうことだ?

 手に入れたのが水島美穂でないのなら、あの台詞は出てこない。
 だが、水島美穂であるのなら、あのように乱暴極まりない方法で身柄を確保するはずがない。

「まさか……」

 ふと思いついたことがあって、おれは眉をひそめた。

 ――やっと取り戻したよ。美穂姉ちゃん。

 純朴そのものといった調子の声が、耳の奥で蘇った。

 態度とは裏腹の、容赦のない攻撃。
 常軌を逸した眼光と、怨念めいたものを感じさせる佇まい。

「高屋は、どこかおかしくなってしまっているのかもしれない」

 今更ながら、おれはその可能性に思い至った。

「おかしく、とな?」

 尋ねてきたガーベラに、おれは頷いた。

「ああ。高屋純は、幼馴染である水島美穂に惚れていた。だからこそ、自分の身さえかえりみずに、水島美穂のことを案じていたんだ。そんな彼女が失われてしまったんだ。おかしくなってしまっても無理はない……」

 喋っているうち、おれの背筋に、不意にぞわりと悪寒が走った。

 考えてはならないことを、頭に思い浮かべてしまったからだった。

 自分の身より大事な人。大切で愛おしい女の子。
 高屋にとって水島美穂がそれなら、おれにとってはリリィがそうだ。

 だから、思ってしまった。


 ……たとえば、おれがリリィを失ったとして。
 おかしくならずにいられるだろうか?


 おれは慌てて、それ以上考えるのをやめた。
 こんな状況で考えるようなことではなかった。あまりにも不吉過ぎる……。

「なるほどの。高屋とやらは、もはや水島美穂とリリィ殿の区別もつかぬのやもしれぬな。だが、それは我らにとっては、安心材料でもあるのではないか?」
「……え?」

 ガーベラが話しかけてきたことで、おれは我に返った。

「えっと」

 一拍、反応が遅れた。

「……安心材料っていうのは?」
「主殿が恐れておったのは、リリィ殿が水島美穂ではないことが高屋に露呈して、危害が加えられることであろ?」

 励ますような口調で、ガーベラが言った。

「だが、その可能性はなくなったではないか。もともと高屋は、それと知っていて、リリィ殿を誘拐したわけだからの」
「あ、ああ……」

 言われてみれば、これも確かにそうかもしれない。

 ガーベラの言っていることは正しかった。
 ただ、それで安心できるかというと、そうではなかった。こうしたことは、理屈ではないからだ。

 おれは曖昧に頷いた。

「そうだな」
「……」

 そんなやりとりを最後に、おれたちは無言で先を急いだ。

 視界の端に、太陽がちらついた。
 日が少し傾きかけている。うなじのあたりで、じりじりとした感覚がした。リリィが浚われてから、どれだけ時間が経っただろうか? どれだけ距離を詰められただろうか? まさか引き離されているのではないか?

 考えても仕方のないことが、頭のなかをぐるぐると巡っていた。

「……?」

 ガーベラがおれのことを窺うように見ているのに気付いたのは、沈黙の時間が数分経ったあとのことだった。

 不審に思って、おれは口を開いた。

「どうかしたか、ガーベラ?」
「……なあ、主殿よ」

 ずがん、と大きな音がした。
 突然、ガーベラが鉤爪をブレーキにして、急制動をかけたのだ。

 おれも慌てて足をとめた。

「っと」

 その拍子に、バランスを崩した。
 つんのめって、地面に片手を突く。

「……?」

 気付けば、息があがっていた。どくどくと動悸がする。

 立ち上がると、小さな眩暈。振り払って、うしろを振り返った。

「どうした、ガーベラ?」

 そこには、足をとめたガーベラの姿があった。
 蜘蛛脚を突き刺した地面から、土煙が立ち昇っている。

 脚をとめた拍子に前傾になった彼女の俯いた顔は、長い髪に隠れて見えない。

「前言を撤回する」

 ぽつりと、ガーベラが言った。

「やはり、これは妾の気のせいではなさそうだ」
◆更に一時間後に、また更新です。
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