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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

3章.ありのままの彼女を愛して

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20. 重なる襲来

   20

 襤褸になったブレザーの上に、羽織った外套が風に揺れる。
 少女の頭蓋を貫いた剣を右手に、少女の体を縛り付ける鎖を左手にして、少年は邪気のない笑顔を浮かべている。

 高屋純。
 亡くなった水島美穂の幼馴染であり、彼女と加藤さんを山小屋に残して第一次遠征隊を追っていったというエピソードこそ聞いているものの、顔を合わせるのはこれが初めてだった。

「さあ、行こう。美穂姉ちゃん」

 河を挟んだ向こう側で、鎖で縛られたリリィを抱きかかえた高屋が言う。
 無邪気な少年の温かな声色だった。

 多分、きっと彼は転移前、おれたちの世界にいたときも、同じように水島美穂に呼びかけていたのだろう。あまりにも場にそぐわない温かさは、むしろ生温く肌を舐めるように感じられた。

 他ならぬ高屋の攻撃によって、リリィは意識を失っている。
 このままでは、リリィが連れ去られてしまう。

 そう思った瞬間、おれは地面を蹴っていた。

「待っ……」
「邪魔するなよ」

 一転して、冷たい声で高屋が告げた。
 こちらに向けられた目には、一種怨念めいたものが浮かんでいた。

 背筋が粟立つ。
 これまで異世界で生き延びてきたことで培われた生存本能が、警告を鳴らす。

「姉ちゃんは返してもらう」

 高屋の手にした宝剣が輝いた。
 魔法陣は展開されなかったが、強烈な魔力の気配が肌を打った。

 飛び出しかけたおれは、反射的に足をとめた。
 それとほぼ同時に、高屋の足元で地面が盛り上がった。

「魔法道具……!?」

 大量の土砂が、川を挟んでおれたちのいる河原へとなだれ込んできた。

 渓流の水を纏いつかせた土砂は、水を巻き込むことで重量を増している。反応が遅れた。タイミング的に、逃げられない――

「――ご主人様!」

 迫る土砂に呑み込まれる寸前、おれの目の前に、灰色の髪が広がった。

「ローズ!?」

 傷ついた体を押して、ローズがおれの眼前に割り込んでいた。
 盾を構えた彼女は、押し寄せる土砂に真正面から激突する。

「ギィ……ッ」

 一瞬の均衡と破綻。短い悲鳴が爆音に掻き消された。
 ローズの体が弾き飛ばされる。次の瞬間、おれたちのいる河原を大量の土砂が呑み込んだ。

「うっ、ぐ!?」

 ローズの割り込みによって、迫る土砂は勢いを減じていた。とはいえ、押し寄せる重量はただそれだけでも脅威だ。あっという間に視界が反転して、なにもかもがわからなくなる。

 意識を失うことだけは避けようと息をとめて、おれは奥歯を強く噛みしめた。

「うおっ!?」

 不意に、左手をすごい勢いで引かれた。
 関節が脱臼するかと思ったが、そのお陰で、おれの体は土砂のなかから脱出する。

 めまぐるしく移り変わる景色のなかに、左手の甲から伸びたアサリナが、近くの木々に巻きついているのが見えた。彼女がおれの体を引き上げてくれたのだ。

「うぐっ」

 姿勢を整えることができないまま、おれは無様に地面に転がった。
 痛む体を無視して、できる限り迅速に立ち上がる。口のなかの砂利を吐き捨てて、剣を抜いて構えて――。

「……?」

 恐れていた追撃はなかった。
 というより、高屋の姿自体がなかった。

「……っ! まさか!?」

 流されてしまっていた場所から、急いで元いた河原まで戻る。

 地面が引っ繰り返されて、変わってしまった川岸の風景。

 そこにも、高屋はいなかった。
 ……彼に捕まっていたリリィの姿も、消えていた。

「くそ、やられた!」

 先程の魔法攻撃は、それほど威力のあるものではなかった。
 細かい土砂は広い範囲に飛び散ったものの、おれたちのいた小さな河原以外には、被害らしい被害はない。それなのに高屋は、追い打ちすらかけてこなかった。

 あれは目晦ましだったのだ。
 躊躇のない攻撃を見る限り、おれの命を奪うことができれば、それはそれで良かったのだろうが、あくまで目的は他にあった。

 実際、高屋にその気があるのなら、おれたちを殲滅することもできたはずだ。そうしなかったのは、目的を最優先に行動したということなのだろう。

 目的を。
 リリィを、連れ去られてしまった。

「……」

 全身から血の気がひいた。
 体が熱いような、冷たいような、不安定な感覚が湧き上がってくる。

 呆然自失していたおれのことを我に返らせたのは、加藤さんの呼びかけだった。

「真島先輩」

 振り返れば、飯野に抱きかかえられて座り込む加藤さんの姿があった。
 彼女は先程の土砂にも、あまり流されずに済んだらしい。震える足で立ち上がる姿を見る限り、怪我はないようだ。

「ご無事ですか?」
「あ、ああ。おれは大丈夫だ。加藤さんも無事だったんだな」
「ええ。飯野さんが庇ってくれたので」
「飯野が?」

 おれが視線を向けても、飯野は反応しなかった。
 思いもよらない高屋の登場と攻撃に、どうやら動揺しているらしい。

 さっき高屋は、飯野の存在にかまわず、攻撃を仕掛けてきた。
 飯野にしてみれば、高屋は探索隊の身内だ。攻撃されるなんて、思いもよらなかったに違いない。

 そんな混乱した状況でも、加藤さんを守ったのは、さすがというべきか。
 高屋の魔法は、おれを狙ったものだった。攻撃範囲に入っていたとはいえ、飯野は直撃を喰らったわけではない。『韋駄天』の力があれば、非戦闘員ひとりを守るくらい簡単なことだったのだろう。

「ローズさんが、咄嗟にわたしを飯野さんのほうに突き飛ばしてくれて……」

 胸元で手を握り締めた加藤さんが、おれを見上げた。

「……あの、ローズさんは?」

   ***

 ローズは河原から少し離れたところで見つかった。

 半分土砂に埋まっていたので、おれが掘り返さなければならなかった。

 加藤さんが川の水で小さな布を濡らして、泥だらけのローズの体を甲斐甲斐しく拭ってやっている。

 仰向けになって、ローズは大人しく為されるままでいた。
 大人しくしているしかなかったというべきか。

 引っ繰り返された地面に広がったスカートには、そこにあるべき膨らみがなかった。

 ローズは下半身を失っていた。
 もともと、飯野に一撃を喰らっていたところに、無理をしたせいだ。腰からへし折れた下半身は土砂に埋もれて、どこにいってしまったとも知れない。

「……面目ありません、ご主人様」
「いや。お前はよくやってくれた」

 大破することも厭わずに、ローズは身を挺してくれた。お陰でおれは、たいした怪我もすることなく済んでいる。

「ですが、姉様を取り戻すためには……」
「……」

 リリィを取り戻すためには、高屋の居場所を見つけ出し、追いついて、彼と戦わなければならない。

 居場所を見つけるまではどうにかなる。
 おれたちの間にはパスがある。さすがに遠く離れてしまえば効力を失ってしまうが、少なくともいまはリリィのいる方向はわかる。

 問題は、追いつけるかどうかだ。
 ああも見事な逃げを打ったということは、高屋には交戦の意思はないのだろう。リリィひとり抱えているとはいえ、本気で逃亡するチート持ちに追いつくことができるだろうか。

 それに加えて、追いついたところで、リリィを助け出すためには高屋と戦わないわけにはいかない。

 しかし、立て続けの襲撃により、こちらの戦力は枯渇している。

 ガーベラとシラン、あやめ、ケイとは逸れてしまい、ローズは大破してしまった。
 加藤さんは戦力外。

 戦えるのは、おれとアサリナだけだ。戦えないわけではないが、戦闘能力に長けたウォーリアである高屋とひとりで戦って、リリィを取り戻せるほどではない。

「どうすれば……」

 どう考えても、戦力が足りない。
 このままでは、リリィを取り戻せない。

「そもそも、どうして高屋があんなところに……」
「そのことなのですが、ご主人様」

 呻き声をあげたところで、ローズが声をかけてきた。
 おれはのろのろと視線を上げた。

「……なんだ」
「ひとつ引っかかっていたことがあります。先程の、飯野さんの言葉です」

 飯野の言葉? ……そういえば、さっきローズはなにか言いかけていたか。

「彼女は『山道の入り口まで連れていってほしい』と言いました。『そこまでいけば、置いてきた馬で帰れるから』と」
「ああ。言っていたな。それで?」
「集団行動で足が鈍っていたとはいえ、我らが樹海を出てからセラッタ近郊の宿場町まで辿り着くまで、二週間近くかかりました。早馬で四日。飯野さんは、そこを二日で駆け抜けたと。……なぜ、馬が山道の入り口に残してあるのですか?」

 はっとして、おれは振り返った。
 座り込んだ飯野が、おれの顔を見上げた。強張った顔だった。おれはずかずかと彼女に近付いた。

「どういうことだ」

 胸倉を掴み上げて、至近距離で睨みつける。

「う、馬はここまで乗り継いできたものよ」

 膝立ちになった飯野は、無理に動かされて足の傷が痛んだのか、目元を歪めた。

「エベヌス砦から戻ってきて、途中でセラッタに寄ったの。ルイスさんにも、そうするように言われていたし……」
「そこからは、馬で来たと。……高屋と一緒だったからだな?」

 飯野は頷いた。

「わたしがエベヌス砦に着いたときには、もう高屋くんは出発したあとで……合流したのはセラッタだったわ。高屋くんとは山道の入口で別れたの。道々の集落で聞き込みをするときには人手があったほうがいい。だけど、ここまで来ればあとは追いつくだけだからって……」

 飯野からここに辿り着くまでの話を聞いたとき、余裕のある行程だと思った。
 けれど、考えてみれば、飯野の性格なら最速でやってくるのが自然だ。

 そうできなかったのは、高屋と足並みを揃える必要があったからなのだ。

 状況を理解して呆然とするおれに、飯野が言った。

「高屋くんがこんな誘拐じみたことするなんて。……なにかの間違いよ」
「間違い? お前だって、高屋の攻撃には巻き込まれただろう?」
「それは……だけど、本当に頑張り屋の、良い子なのよ」

 飯野は小さく首を横に振った。力ない仕草だった。

「ひとりで砦まで辿り着いたときには、心も体も疲弊し切って、ぼろぼろだった。はっきり言って、彼はウォーリアのなかでも強いほうじゃない。広い森のなかでひとりきりは、心細かったと思う。精神的な消耗はあっただろうし、モンスターの襲撃のことを考えたら、夜も碌に寝られなかったはずよ。体力が落ちて、集中力がなくなれば、怪我もする。高屋くんの場合、先を急いでいたから尚更だった……」
「……」
「それでも、高屋くんは砦に辿り着いてみせた。その最初の一言が『美穂姉ちゃんを助けてほしい』だったのよ。『自分のことなんてどうでもいいから、早く姉ちゃんを』って……うわ言みたいに、彼はそう言ったの」

 飯野の見たという当時の高屋の姿を、おれは克明に脳裏に描き出せる気がした。

 彼は本当に、水島美穂を助けようと必死だったのだろう。
 自分の身もかえりみずに、ただ恋する幼馴染を救うために足掻いた。

 結果の悲惨さはどうあれ、その行為は気高いものと言っていい。

 しかし、なにかの間違いだという飯野に同意はできなかった。
 むしろおれはこれを聞いて、高屋の襲撃について納得がいったくらいだったのだ。

「本当は、あんなことをする子じゃ……」
「そんなことは、理由にならないだろう」
「え?」

 おれに胸倉を掴まれて、引き寄せられた飯野が、至近距離で瞬きをした。

「世の中の悪人が、皆、好きこのんで悪事に手を染めるとでも思っているのか?」

 世の中の人間がみんな善人で、そこに突然変異で悪人が混ざっている。
 そうであるなら、どれだけ良いだろうか。

 現実はそこまで単純ではない。

 絶対の悪なんてものはない。そんなものがあるとしたら、それはほとんど奇跡みたいな存在だろう。どんな人間だって、場合によっては、卑怯であり卑劣でありうる。

 たとえば、コロニーを破滅に追い込んだチート能力者たち。おれは彼らを絶対に許さないが、だからといって、彼らが生粋の悪人だったとも思っていない。
 桁外れた力を持っていたこと以外、彼らは普通の人間だった。その力こそが、彼らを凶行に駆り立てた。

 あるいは、それとは逆に、弱さが間違いを起こさせることだってあるだろう。もうひとりのモンスター使いである工藤陸のように。この過酷な世界で、正しくあり続けることは、あまりにも難しいから。

 高屋も、多分、そうなのだ。
 そこまで水島美穂のことを想っていたのなら、今回の彼の行動はむしろ納得がいく。

「高屋は、幼馴染を取り戻しただけなんだろう」

 正確には、取り戻したと思い込んでいる。
 だが、実際は違う。あれはリリィだ。水島美穂ではない。

 ……最悪だった。

 想いが強ければ強いほど、失敗に気付いたときの失望と怒りは大きくなる。

 手に入れた少女が水島美穂ではないと気付いたとき、高屋がリリィをどうするか……不吉な想像ばかりが思い浮かんで、考えるだけでも体の芯が冷たく凍りつくかのようだった。

「せめて、お前が先に言っていれば……」

 飯野がびくりと震えた。

 おれの呻き声に含まれた暴力的な気配に気付いたのだろう。
 やろうと思えば、おれなんて張り手の一発で殺せてしまうだろうに、まるで平凡な少女のように、飯野はおれを恐れていた。

 それに気付いたとき、沸騰していた脳の一部が冷めてしまった。

「……くそっ」

 ここで無抵抗の飯野を殴るのは簡単だ。気だって晴れるだろう。
 だが、それにはなんの意味もない。

 そうしたところで、リリィが帰ってくるわけではない。
 彼女を奪還するために必要なものが得られるわけでもない。

 それに、飯野は別におれの協力者というわけでもなければ、味方でもない。それどころか、さっきまで剣を交えていた敵同士だ。仮に彼女が、わざとおれに情報を隠していたところで、それは責められるようなことではない。

 高屋のことを知っていたところで、対応できたかどうかもわからない。

 八つ当たりをしてどうなる。
 冷静になれ。

「……訊きたいことがある」

 大きな溜め息をついてから、おれは飯野に尋ねた。
 感情を抑えつけようと努めているせいか、自分のものとは思えないくらい無機質な声だった。

「高屋の持っていた剣と鎖。あれは魔法道具だな?」
「う、うん」

 殴られるものと思っていたのか、飯野は怯えて細めていた目を恐る恐る開いた。

「詳細は知っているか?」
「け、剣のほうは、確か『崩地の刃』とかいう宝剣。土の柱を繰り出す魔法道具で、威力は第三階梯相当。エベヌス砦で探索隊に提供された、帝国でも最高クラスの武具のひとつよ」
「最高クラス?」

 第三階梯程度で最高クラスというところに疑問を覚えたが、そういえば、この世界の人間が扱える上限の魔法は、第三階梯なのだったか。おれも感覚がずれている。

 魔法道具は普通の魔法ほど融通が利かない。『土の柱を繰り出す』という限定された効果にせよ、第三階梯相当の威力を出せるなら、業物と言えるのだろう。地形を利用して目晦ましを仕掛けてみせた先程の高屋のように、工夫によっては用途を広げることもできる。

「だが、高屋はチート持ちだろう? そんなものが必要なのか?」
「ウォーリアとしての高屋くんの能力は、近接戦闘の戦士に寄ってて、魔法は不得意だから」

 なるほど。魔法道具さえなければ、高屋は有効な魔法を使えない、と。
 さっき飯野は『高屋はウォーリアのなかでは強いほうではない』とも言っていた。

 これは攻略の糸口になるかもしれない。……あまりにも儚い希望ではあるが。

「鎖のほうは、『罪科の縛鎖』。聞いたことない? 犯罪者が魔力を使えないようにする魔法道具のひとつなんだけど」
「名前は初めて聞いた。だが、あれがそうか」

 この世界の人間は、魔力さえ扱えれば、素手で牢を破壊できる。それを封じるための魔法道具があるという話は、以前にも聞いたことがあった。

 当人に抵抗の意思がないか、意識を失っている状態でないと発動せず、戦闘向けのチート持ちの力を押さえるほどの力はないという話だったが、いまのリリィを封じるには十分だろう。

 彼女が自力で脱出する可能性は、これでなくなった。
 こちらはあまり良い情報ではないが、現状が知れたことは有益と言える。

「大体わかった」

 おれは飯野を解放した。聞きたいことは聞けた。もう用はない。
 だが、飯野は違ったようだ。尻もちをついた彼女は、慌てた様子で口を開いた。

「……ま、待ちなさい。真島。あんた、なにをするつもり?」
「当たり前だろ、高屋を追って、リリィを取り戻す」
「本気!?」

 飯野が血相を変えた。
 おれが目を向けると、一瞬、怯んだようだったが、それでも退きはしなかった。

「高屋くんは明らかに様子がおかしかった。多分、どんな説得の言葉も届かない。戦いに……いえ。殺し合いになるかもしれないわ」
「だろうな。おれも話し合いで済むとは思っていない」
「あんたは!」

 飯野が柳眉を逆立てた。

「モンスターなんかを取り戻すために、他の誰かと殺し合おうっていうの!?」
「……モンスターなんか、か」

 飯野の台詞を、そのままおれは繰り返した。
 酷いことを言われているようではあったが、意外と腹は立たなかった。

 それは多分、発言者である飯野に、悪意がなかったからだろう。
 というか、飯野はあまり考えて発言していない。
 ここで彼女が喰い下がったのは、あくまでも、どうにかして人間同士の殺し合いを回避したいからだ。

 別に、そう間違ったことを言っているわけでもない。

 人間同士の殺し合いを避けようとする飯野の姿勢は、正しい。
 どんな理由があろうとも、人と人とが争うことが、正しいことであるはずがない。

 モンスターを奪い返すために、人間と殺し合うなんて天秤が狂っている。なるほど、これだって正論だ。

 ……無論、それはあくまでも外側の人間の意見だが。

「お前にとってはただのモンスターでも、おれにとっては大事な存在だ。大事なものを取り戻すのに、相手が人間かモンスターかなんて関係あるか」

 おれは自分が大事に思うみんなが無事であれば、それでいいのだ。飯野との会話は、どこまでいっても平行線となってしまう。

 噛み合わない会話に、飯野は言葉に詰まった様子を見せた。それでも、どうにかしておれを思い留まらせようとする。

「そ、そもそも、あんたが水島さんをモンスターに喰わせなければ、こんなことには……」
「ああ。そうだな。そのことについては、誰に責められても反論はできない」

 おれはかぶりを振った。

「だが、それとこれとは話が別だろう」

 飯野の言う通り、おれが水島美穂の遺体をリリィに喰わせなければ、高屋がこのような凶行に走ることはなかった。

 だが、水島美穂を失ったのは、あくまで高屋であっておれではない。
 あれは、彼女の傍を離れた高屋の失敗だ。別に、おれが彼女の命を奪ったわけでもない。

「なにより……たとえどんな理由があったとしても、自分の女を奪われたままでいられるか」

 おれの返答を聞いて、飯野は項垂れた。

「……最後に訊かせて」

 もはや戦いは不可避のものだとわかったのだろう。力のない声で尋ねてくる。

「あなたが水島美穂を殺したの?」
「違う」

 即答した。

「と言って、お前が信じるかどうかはわからないがな」
「わたしは……」
「先輩の言葉が信じられないようなら、わたしからも証言しましょうか?」

 加藤さんが口を挟んだ。
 ローズに寄り添う彼女は、飯野を冷たい目で眺めていた。

「真島先輩は水島先輩を殺してなんていません。もしもそうなら、水島先輩と仲の良かったわたしが、こうして真島先輩と一緒にいるわけがないとは思いませんか?」
「……それを言うなら、あなたは仲の良い先輩の遺体をモンスターに喰わせて、姿かたちを奪った相手と一緒にいることになるじゃない」
「そうですね」

 わずかに眉を寄せて、加藤さんは目を伏せた。
 胸のあたりで小さく握り拳を作ったのは、飯野の言葉が彼女に少なからず痛みを与えたからかもしれない。

「……ですが、コロニーが崩壊したあと、わたしたちは生きるために必死でした。あんな状況で、正しいままでなんていられません」

 加藤さんが顔を上げた。思いのほか強い眼光に、飯野が息を呑んだ。

「少なくとも、その場にいなかった人間がなにか言えることじゃない。怒れるとしたら、水島先輩ご本人くらいのものです」
「……水島さんは死んでるでしょ」

 やっとのことで飯野が返した言葉に、加藤さんはなぜか、ほんの少しだけ口元を緩ませた。

「ええ。そうですね。死んでしまった先輩は、笑うことも怒ることもできません。……ただ、彼女はこの件について怒っていないんじゃないかと、わたしは思いますけれど」
「なに、それ。どういうこと?」
「以前、ガーベラさんと諍いがあったときに……いえ。あまり確証のないことは言わないほうがいいですね。それよりも、真島先輩」

 なにか言いかけたのをやめて、かぶりを振った加藤さんが、こちらに顔を向けた。

「リリィさんを取り戻すのは当然のこととして、先輩ひとりでは無理です。なにか手立てを考えなければ」
「……わかってる」

 どれだけ勢い込んだところで、現状、戦力が足りないことに変わりない。

 飯野から高屋の情報を得ることはできたが、これで埋められるほど、真島孝弘と高屋純の間にある実力差は小さくないのだ。

 いっそのこと、すぐにでもリリィを追いかけたいくらいだが、それは単なる蛮勇だ。
 やはり、山道までひとっ走りして、増援を呼んでくるしかないか。しかし、それで間に合うのか。

「ご主人様」

 そのときだった。下半身を失って横たわったまま、ここまでおれたちの会話を聞くばかりだったローズが声をあげた。

「ガーベラです」
「……なに?」

 どういう意味かを問う前に、空から影が落ちてきた。
 それは、白い蜘蛛の形をした希望だった。
◆お待たせしました。
今日は一時間後にまた更新です。
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