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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

3章.ありのままの彼女を愛して

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19. 嫌いな相手

(注意)本日二回目の投稿です。











   19


 まずは、こちらから話をすることにした。

 二か月前、チリア砦でなにがあったのか。そこで、自分たちがなにをしたのか。……とはいえ、ここにいる加藤さんやローズは、あのとき、砦にいなかった。詳しい事情を話すことができるのはおれだけだ。

 飯野は途中、何度か口を挟みたそうにしていたが、一応、最後までこちらの言い分を聞き遂げた。
 次は飯野の番だ。

 樹海深部へと、他の転移者たちの救出に向かった飯野の活躍……には興味ないので簡潔に切り上げてもらって、チリア砦に着いたあとのことを聞く。

「なるほど。飯野はセラッタに寄っていたんだな」

 飯野の話に相槌を打ったおれは、そこで首を傾げた。

「……それにしては、ずいぶんと追いついてくるのが早くないか」

 飯野がチリア砦に帰ってきたのが、樹海深部に向かってから四十日後だという。
 おれたちがチリア砦を出てから、丁度二ヶ月くらいが経っているから、飯野はたった二十日でおれたちに追いついてきた計算になる。
 それも、セラッタに寄り、そのあとにエベヌス砦まで足を延ばし、探索隊リーダーに情報を渡したうえでだ。おれたちにとっては急ぐ旅路ではなかったとはいえ、これは異常な速度と言える。

「樹海を出るまでは、救出したみんなや帝国騎士団のみなさんと一緒だったけど、そのあとはひとりだったから。セラッタまで、わたしの足なら二日よ」
「走ったのか……」

 ……早馬を走らせても、四日はかかる距離のはずなのだが。

「セラッタからエベヌスまでも二日ね」
「さすが『韋駄天』……」

 チリア砦を出発して樹海を出るまで、通常なら徒歩で一週間ほどの道のりだ。
 残留組の学生たちを伴った飯野も、それくらいの時間はかかったはずだ。

 とすると、チリア砦を出てからの二十日から差し引きして、二週間ほど。キトルス山脈まで向かってくる時間を考慮に入れても十日もあればここに着くはずだから、むしろ行程にはかなりの余裕があるくらいだ。
 呆れるしかない。

「それで、飯野はそのセラッタで、おれがチリア砦を襲撃したひとりだと、ルイスって男に聞かされたわけだ?」

 マクローリン辺境伯領の領軍を率いる男。ルイス=バード。
 そいつが今回の一件の原因らしい。

 あるいは、その立場を考えれば、原因は彼自身というよりも、そのうしろにいる人間のほうなのかもしれないが。

 おれたちの会話を聞いていた加藤さんが、こくりと首を傾げた。

「飯野さんが聞いたっていう、マクローリン辺境伯の人柄……わたしたちが聞いていたのとは、ずいぶんと違いますね」
「なによ。わたしが嘘言ってるっていうの?」

 飯野がじろりとした目を加藤さんに向けた。

「そうは言っていませんけど」
「だったら、ルイスさんが? ルイスさんと話したのは短い時間だったけど、誠実な人だったのは確かよ」
「そう噛みつくな、飯野」

 おれは、ふたりの会話に口を挟んだ。

「おれたちだって、聞いた相手――シランは嘘を言うような子じゃないよ。どちらが正しいのかなんてわからないだろ。人間なんて、別の人間から見れば、違ったふうに見えるものだろうしな」

 おれとしては、シランの言葉を信じたいところだが、飯野がここまで言うのだ。ひょっとしたら、ルイスという男は正義感に溢れた好漢で、これは単なる勘違いから生まれた事態なのかもしれない。だからこそ、こうも事態がこじれたのかもしれない。
 それとも、彼は飯野を騙した卑劣な詐欺師でしかないのかもしれない。

 おれにはわからない。
 だが、そこはさしたる問題ではない。

 問題は彼が……というか、その背後にいるマクローリン辺境伯が、おれのことをチリア砦を襲撃した犯人だと考えているという事実だけだ。

 どうして、そのようなことになってしまったのか。
 事情を正しく知っているはずの同盟騎士団の団長さんは、チリア砦陥落の責任を問われて帝都に連行された。
 彼女を拘束したのは、マクローリン辺境伯だ。

 チリア砦の陥落の事情について、十文字や工藤のことが伝わっていることから、団長さんからマクローリン辺境伯に対して説明があったことはわかる。

 とすれば、マクローリン辺境伯は、彼女の言うことを信じなかったのか。
 そうだとしても、不思議はない。マクローリン辺境伯家と、アケルを含んだ北域五国は歴史的に不仲だということだし、なにより、モンスターを率いるおれの能力は、この世界では受け入れがたいものだ。

 実際に、もうひとりのモンスター使いである工藤が砦を襲っている以上、疑われるのは仕方ない部分もある。
 あるいは、もっと単純に情報の行き違いがあっただけ、という可能性もある。

 いずれにせよ、こうして話を聞く限り、シランを連れてアケルに向かったのは、結果的にだが、おれにとっても正解だったようだ。

 いくらマクローリン辺境伯の権勢が盛んでも、他国にまで手を伸ばすことはできない。強引なことをすれば戦争になるし、そうすると聖堂騎士団が動いて身の破滅……というのは、以前に聞いた話だ。

「うしろめたいことがないのなら、あんたは帝国に出頭すべきよ」

 だから、こうした飯野の主張は、おれにとって考えられないことだった。

「ルイスさんのことは、ひとまず置いておくとして……あんたは、チリア砦を襲った犯人と戦ったって言うのよね? もしもそれが本当だとしたら、あんたは正しいことをしたと思う」
「……正しいこと?」
「ええ」

 眉を顰めておれが問い返すと、飯野は頷いた。

「だけど、それが本当なのだとしたら、それこそあんたは帝国に戻って、わたしたちの捜査に協力するべきなんじゃないの? そうすることで、身の潔白だって証明できるじゃない。逆に、さっきの話が嘘なら、やっぱりあんたを野放しにするわけにはいかないわ。なんにせよ、真島は公平な裁きを受けるべきよ」
「公平な……ね」

 つぶやいたおれは、飯野の顔を見やった。
 なんとなくだが、こいつの行動指針が掴めてきた気がした。

「要するに、疑わしい人間を確保するのが、飯野の仕事ってわけだ。そこから先の判断は、別のふさわしい人間に任せると」

 それは、決して無責任さの発露ではないのだろう。
 裁判官の真似事をする刑事はいない。疑わしい人間を捕まえて、取り調べて、証拠を揃える。飯野はそこまでが自分にできることだと弁えているし、実際、あくまでおれたちを制圧しようとしていた。

 問題があるとしたら、ひとつだけだ。

「だが、それが公平に行われるという保証は、どこにある?」
「え……?」
「ここは日本じゃない。公平な裁きが行われるって保証はどこにもない。違うか?」
「それは……」

 飯野にとって、そこは前提条件とでもいうべきところだったのかもしれない。
 おれの問い掛けに、彼女は言い淀んだ。

「それは……そうかもしれない、けど」

 反論はないまま、ただ視線が落ちる。

 不思議なことに、そんな彼女を見たおれの胸のなかに生まれたのは、小さな落胆だった。

 やはり、飯野優奈は単なる考えなしでしかなかったのだろうか。
 と、思ったそのときだった。

「わかった」

 おれの予想に反して、飯野はすぐに顔を上げた。
 鋭い眼差しが、正面からおれの目を射抜いた。

「だったら、きちんと公平な裁きが下されるまで、わたしがあんたに付き添って、その身を守る。それでいいでしょ」
「……」

 まるっきり、本気の口調だった。

「それまでは、相手がなんであっても手を出すことは許さない。約束する」
「……自分がなにを言っているのかわかってるか?」
「馬鹿にしないで。相手がなんであっても、と言ったでしょ。なんでもは、なんでもよ」

 飯野は、はっきりとそう言ってのけた。
 その行為に見返りなんてない。それなのに、まるで迷うこともなく。

 おれの目から見て、そんな飯野の態度に、嘘はないように思えた。

 もちろん、こんなのは口で言っているだけのことだ。
 この場では本気でも、いざそのときになれば怖気づくかもしれない。

 しかし、実際に飯野は、あの差し迫った場面で、迷いなく加藤さんを助けようとした人物だ。有利だから不利だからと、頭で考えるタイプではないのは知っている。

 それに、もうひとつ……。
 おれは、ちらっと加藤さんに目をやった。

 さっき加藤さんは、閃光の模造魔石を使って飯野の視界を奪うと、その太股にナイフを突き刺した。

 それに対して、飯野が反撃することはなかった。
 それどころか、彼女は反射的に加藤さんを振り払うことさえせず、そのまま崖下の川に落ちたのだ。

 コロニーでも名高かった『韋駄天』に乱暴に振り払われたら、それだけでも加藤さんの体は、マッチ棒みたいに壊れてしまったかもしれない。それがわかっていたから、飯野は攻撃を受けても反撃しなかった。

 咄嗟の対応にこそ、その人間の本質が現れるとしたら、少なくとも飯野のその志だけは偽物ではない。

 である以上、ここでおれが飯野の言葉を単なる口先のものと判断するのは、フェアではないだろう。

 さっき加藤さんも言っていたことだ。
 飯野はたとえ、この世界で勇者として扱われていなくとも、いまと同じように振る舞っていたのだろう、と。

 ひょっとしたら、加藤さんの機転によって飯野を撃退することができず、叩きのめされるかたちになったとしても、おれはこうして飯野と同じ言葉を交わしていたかもしれない。

 そこでおれが帝国は信頼できないといえば、最後まで彼女は責任を持って、おれに付き添ったのかもしれない。

 飯野優奈は考えなしで、おれにとっては迷惑極まりない厄介者であり……しかし、単なるお調子者というわけではない。

 少なくとも、彼女には信念と呼べるものがある。
 おれにはそんな彼女を糾弾する資格はない。

 なぜならば――。

「――勘違いがあるみたいだから言っておく」

 おれは、こちらをじっと見詰めてくる飯野に言葉を投げた。

「別におれは、それが正しいことだから、チリア砦で十文字や工藤と戦ったわけじゃない。おれが戦ったのは、そこに守りたい人がいたからだよ」

 チリア砦には、交流を深めたシランやケイ、友人である幹彦がいた。
 失われた命に対する義憤がなかったわけではないが、いまの飯野のように、ただそれだけを理由にして戦ったわけではない。

 そのためには、おれの腕はあまりにも貧弱過ぎるのだ。
 そもそも、守りたい者を守ることさえ難しいくらいに。

 だからこそ、リリィたちを守るために必要なら、おれはなんだってするつもりでいる。

 その結果として、この世界の正義がリリィたちに牙を剥くのなら、おれは悪にもなるだろう。それこそシランの言ったように、人間でもモンスターでもない『なにか』になってしまっても後悔はない。

 それが、おれの選んだ道だ。
 リリィたちと一緒にいると決めたときから、覚悟はできている。

 ただ……。
 もしもおれに飯野のような圧倒的な力があれば、あるいは、別の道があったのかもしれない、とは思わないでもない。

 おれはなにも、自分の選んだ道が正しいものだとは思っていないのだ。

 だって、そうだろう?
 大切なものも、そうでないものもひっくるめて、全てを守ると笑って言えたなら、それに越したことなんてない。

 それは、まるで宝石みたいに完璧な正答だ。
 それ以外の答えなんて、全部石くれにしか思えないような、実現不可能な理想だ。

 そして、ある意味でそんな理想を体現しているのが、目の前の飯野優奈という名の少女なのだった。

「ああ、なるほど。だから……か」

 ひとつ気付いたことがあって、おれは苦笑した。
 さっきから、どうも飯野に対して腹立たしさを覚えずにはいられない理由。どうして、いまひとつ自分の感情が制御できないのか。

「なあ、飯野」

 どこかすっきりした気持ちで、おれは飯野に言葉を放った。

「どうやらおれは、お前が嫌いらしいよ」
「な……っ」

 これは、嫉妬なのだ。
 もともと、好意的に思えない相手に大切な人を傷つけられたのだから、いっそう腹立たしく思うのは当然のことだった。

「なによ、それ!」

 唖然とした顔になった飯野は、すぐに憤然として喰ってかかってきた。

「だから、わたしと一緒に帝国に戻れないっていうの!?」
「いや。それとこれとは、別問題だ」

 おれはかぶりを振った。
 さすがに好き嫌いで、判断を決めるほど馬鹿じゃない。

 確かに飯野は、おれたちが不当に貶められることないように振舞ってくれるのかもしれない。

 しかし、いくら『韋駄天』とはいえ、百パーセントの身の安全など保証できるはずもない。おれには、あえて危険な場所に足を踏み入れるリスクを冒す理由がなかった。

 それに、飯野はまっとうな正義感の持ち主ではあるが、むしろそうであるからこそ、モンスターであるリリィたちのことまで守ろうとするかといえば、そこは疑問だった。

 結論として、提案は却下。
 悪いが、飯野には収穫なしで帝国にひとり戻ってもらうことになる。

「むしろ、お前は自分の身の心配をしたらどうなんだ?」

 おれは河原の石の上に広げておいた服に手を伸ばした。火の近くに置いておいたので、ある程度は乾きつつある。
 服を掴んで立ち上がるおれを見上げて、飯野が焦った声をあげた。

「ちょ、待ちなさい。どこに行くつもり!?」
「どこにもなにも、リリィがそろそろこっちに着きそうだからな」

 服の袖に腕を通しながら、おれは返事をした。
 加藤さんは素早くおれに倣って腰を上げており、そんな彼女にローズは服を手渡していた。飯野だけが座ったまま、顔を蒼褪めさせる。

「ひょっとして、わたしをここに置いていくわけじゃないわよね?」
「……どうする、加藤さん?」

 おれが水を向けると、ぷはっと襟から顔を出したところだった加藤さんは、目をぱちくりさせた。

「そうですね。頑張れば、一週間以内には下山できるんじゃないですか。上半身だけでも、モンスターを撃退することくらいはできるでしょうし」
「這ってけっていうの!?」

 驚愕する飯野に、加藤さんが首を傾げる。

「だって、飯野さん。回復したら襲いかかってくるでしょう?」
「そ、それは……」

 飯野は目を逸らした。図星を突かれたらしい。
 そんな彼女を見て、加藤さんは呆れた声で言った。

「飯野さんがそれじゃあ、真島先輩だって、リリィさんに頼んで回復魔法をかけさせられなくって、当然じゃありませんか?」
「う、うぅ……」

 気の強そうな飯野の顔に苦渋の表情が浮かぶ。
 しかし、どうしようもないことに気づいたらしい。結局、飯野は肩を落とした。

「わ、わかった。捕まえたりしないって約束する」
「信用できませんし」
「そ、そんな……っ!」

 間髪いれずに加藤さんが返す。
 飯野は絞められた鶏のように、ぱくぱくと口を開いたり閉じたりした。

「本当よ! 捕まえたりしないってば! わたし、嘘なんてついてない!」
「そんなこと言われましても。飯野さんだって、真島先輩のこと信じていないわけでしょう?」
「あぐっ、そ、それは……せ、せめて山道の入り口まで連れてって頂戴。そこまでいけば、置いてきた馬で帰れるから」

 加藤さんの返しがちょっと意地悪なのは、おれと同じく飯野に良い感情を抱いていないからだろうか。
 おれは少し笑って、近づいてきたリリィの気配に振り返った。

「入り口まで連れていけって、戻るのにどれだけかかると思ってるんですか」
「な、何日かかるの?」
「わたしたちが山道に入ってから、十日以上経ってます。途中、道を補修するために足をとめることが多かったからですけど、戻る道にその必要はないとしても、最低でも三日くらいはかかると思いますよ」
「そ、そんなに……?」
「というか、なんで飯野さん、どれだけかかるか知らないんですか。あなただって、自分の足でここまで来たんでしょう?」
「わたし、山道に入ってから半日で追い付いてきたから……」

 ふたりのやりとりを聞きながら、リリィを待つ。
 ちょっとだけそわそわしている自分に気付いて、おれは苦笑した。

 無事だとわかっていても、直接、顔を見なければ落ち着かない。
 まだだろうか。そろそろのはずなのだが……。

「真菜。ちょっと良いですか」
「なんですか、ローズさん」
「お話をとめてしまい、すみません。飯野さんに少し尋ねたいことがありまして……っと」

 言いかけたところで、ローズが言葉をとめる。
 おれたちが腰を落ち着けていた狭い河原。その向かい側に、茂みを掻き分けて、少女が姿を現していた。

「リリィ」

 名前を呼んでやると、可憐な顔立ちに、ぱっと笑みが浮かぶ。
 リリィはおれの全身をざっと上から下まで眺めると、安心したように吐息をついた。

 そして、おれの呼び掛けに応えて口を開く。

「ご主人様」

 親しみのなかに、少女らしい一途な慕情が込められた声。
 離れていたのは、ほんの少しの時間なのに、胸のなかにじわりと安堵が広がる。

 多分、おれのなかには、割と本気で彼女と一瞬でも離れたくないと思っている部分がある。
 こうしたふとした瞬間にそれがひょっこりと顔を出すと、どうしようもないくらい惚れているんだなと改めて自覚して、くすぐったい気持になる。

 おれの大事な、可愛いリリィ。


 ――その眼窩から、武骨な鉄の塊が突き出した。


「……え?」

 後頭部から、容赦なく少女を貫いた剣。
 眼球をぶち破って、鋭い切っ先がこちらに向いている。

 思考がとまった。

「は? ……え?」

 目の前の光景が理解できない。
 いったい、なにが起こって……?

「ぁ……」

 小さな悲鳴をあげて、擬態した脳を破壊されたリリィがふらついた。
 剣が引き抜かれる。

 おれはわけもわからぬまま、彼女の体が崩れ落ちるのを見届ける。

 すぐに再度の擬態が始まる。しかし、擬態した中枢神経系に大ダメージを負ったリリィは、一時的に意識を失ってしまって起き上がらない。彼女は自分の身になにが起こったかすら、わからなかっただろう。

 おれだってわからない。
 ただ、目の前に映る光景だけを言葉で言い表すのなら――それは、少年のかたちをした災厄だった。

「やっと取り戻したよ。美穂姉ちゃん」

 襲撃者とは思えないような無邪気な声で、少年が笑った。

 どことなく腕白な子供っぽさを残した少年だった。
 ぼろぼろの服の上から外套を纏っているその姿は、一見すると浮浪児のようだ。

 しかし、よく見れば襤褸のような服はおれたちが通っていた学校の制服であり、手にした剣はいくつもの宝玉が象嵌された逸品であり、その切っ先から地面に滴る液体は、リリィを傷つけた結果付着した彼女の体液だった。

 そして、その双眸には常軌を逸した輝きが宿っていた。
 夜道で会えば、誰もが彼から目を逸らすだろう。そんな危うげな光だ。

 彼はリリィの擬態が完了するのを待って、剣を持っているのとは逆の手を振った。

 擦り切れた制服の裾から現れたのは、じゃらじゃらと音を鳴らす鎖だった。
 鎖を構成する環状の部品は黒に近い青色。細かい装飾が施されており、それが魔法道具であることは明らかだった。

 のたうつ鎖が、意識を失ったリリィを縛り付ける。
 少年が手首を返すと、鎖はリリィの体を彼のもとに運んだ。

「これからは、ちゃんとおれが守るからさ」

 意識を失ったリリィを、少年は壊れ物を扱うような丁重さで抱きかかえた。

「まさか……」

 そんな少年の姿を見て、加藤さんが掠れた声で呻いた。

「ど、どうして、あなたがこんなところにいるの!?」

 酷く動揺した様子で、飯野が叫ぶ。

「高屋くん!?」

 それは、リリィが擬態する水島美穂の幼馴染の名前。

 ――高屋純。
 大事な女の子を守れなかった哀れな少年が、おれたちに牙を剥いた。
+注意+
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