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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

3章.ありのままの彼女を愛して

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18. 河原での睨み合い

前話のあらすじ:
韋駄天ちゃん撃破
   18


「……かなり、際どかったな」

 河原に座り込んで、おれは小さくつぶやいた。
 目の前にあるのは、流れの急な渓流だ。おれたちが利用していた山道の崖下に流れていたのと同じものである。

 ガーベラが起こした崖崩れに巻き込まれたおれは、怪我こそしなかったものの、足場を失い、下を流れていた川に落ちてしまった。
 川の流れは早く、かなりの距離を流された。死ななかっただけ儲けものとはいえ、元の場所に戻るには、少なからず時間がかかるだろう。

 溜め息をつくおれの耳には、ぱちぱちと焚き火の爆ぜる音が聞こえていた。
 濡れてしまった服を乾かすために、焚いたものだった。

 裸の上半身に熱を感じながら、おれは視線を渓流から引き戻した。
 焚き火を囲むのは、他に三人。そのひとりに、おれは声をかけた。

「……加藤さん」

 呼びかけに、加藤さんがこちらを向いた。
 彼女も、上半身は下着姿だった。ほっそりとした肩も、膝を抱えて丸まった背中のラインも、濡れて艶やかな白い脇腹も露になっていて、ちょっと目のやりどころに困る。

 とはいえ、ここはきちんと顔を見て話をするべき場面だ。
 おれはなるべく、顔だけに視点を固定した。

「なんですか、先輩」
「あまり無茶をするのはやめてくれ」

 崖が崩落したあの場面、もっとも大きな危険に晒されていたのは、他ならぬ加藤さんだった。

 おれや眷族たちはともかくとして、魔力もろくに扱えない彼女は、あの崖崩れで死んでいてもおかしくなかった。
 十分に勝算があったから行動を起こしたのだろうが、もしもなにかが間違っていたらと思うと、ぞっとする。

「ですけど、あの場面は……」

 なにかを言いかけた加藤さんが、おれの顔を見て言葉をとめた。

「……いえ。わかりました。なるべく気をつけます」
「その返答だと、全然、安心できないんだが……」
「ふふ。すみません」

 加藤さんが口元をほころばせる。控えめだが、可憐な微笑だった。

「心配していただいてありがとうございます」
「……ああ」

 なるべく顔だけしか見ないようにしていても、肩から下を完全に視界から消すことはできない。

 加藤さんが少し身じろぎをした拍子に、リリィと比べれば慎ましやかなふくらみが、抱えた膝との間でやわらかくたわむのが目についてしまう。

 おれは慌てて彼女から目を逸らした。

 ……そういう目で、彼女を見てはいけない。
 それはわかっているのだが、おれも男だ。ほんの一瞬たりとも、とはいかない。

 というか、互いに半裸でいて反応しないのは、生物的に不可能だ。

 加藤さんくらい可愛いければ、なおのことだ。
 彼女に対する偏見をなくしてしまって、唯一、失敗したと思うのが、これかもしれない。不気味だと思っていた頃は、まだ良かったのだが……。

「ご主人様」

 と、声をかけてきた相手がいたことで、意識が他所に逸れてくれたのはありがたかった。

「お寒くありませんか。火が足りないようでしたら、薪を集めて参りますが」
「大丈夫だ」

 声の主は、ローズだった。
 くすんだ銀髪を重く濡らした仮面の女が、こちらを向いている。彼女は風邪をひく心配もないので、服は着たままだ。

 ただ、硬質なマネキンの体に服の布地が張り付いているのは、これはこれで妙な生々しさがあった。ローズ自身が無防備なのと、あとは、おれのなかに、加藤さんに女を感じた余韻が残っている部分もあるのかもしれない。

 おれは溜め息をひとつついて、意識を切り替えた。
 すると、ローズの透けた服の下に走った亀裂が、皺になって服の上に現れているのが目についた。飯野に殴りつけられたときに受けた損傷だ。痛々しい。

「お前こそ、体は大丈夫か?」
「戦闘は可能です。ただ、多少ダメージの影響が出ることは避けられないでしょう」
「それは、まあ仕方がないな」
「パーツを交換したいところですが、荷物は車体ごとばら撒かれてしまいましたから……せめて魔法の道具袋だけでも回収できれば良いのですが。胴体パーツをはじめとしたスペア・パーツは、ひと通り、あのなかに入れておりましたので」
「ごめんなさい、ローズさん。緊急のことでしたから、そこまで頭が回らなくて……」

 崖崩れを意図して起こさせた張本人である加藤さんが身を縮める。
 ローズはかぶりを振った。

「いえ。気になさらずに。なくしたところで、また作ればよいことですし。魔法の道具袋については、かなりの部分解析が終わっていましたから、そのうち自分でも作れるようになると思います。それに……悪いのは、真菜ではありませんからね」
「……なによ。悪いのはわたしだっていうの?」

 焚き火を囲む最後のひとりが、不満そうな声をあげた。

 飯野優奈。『韋駄天』の二つ名を持つチート持ちの少女である。
 しかし、いまの彼女はその自慢の速力を失っていた。

 座り込んで前方に投げ出された両足は、左にはふとももに血が染みた布が巻かれており、右は足首が布と木の枝を使って簡易に固定されている。

「ちょっと、真島! あんまりじろじろこっち見ないでよ!」

 おれの視線に気付いて、飯野が柳眉を吊り上げた。

 ちなみに、飯野も下着姿だった。
 チート持ちが風邪をひくとも思えないが、濡れたままが気持ち悪いと脱いだのだ。

「……お前の裸には興味ないから安心しろ」
「なっ!?」

 胸は薄いが、飯野は美人だ。すらりとしていて、綺麗だとは思う。
 けれど、その下着姿には、不思議となにも感じなかった。なんというか、どうでもいい。

 まあ、当然といえば、当然のことではある。

 こうして同じ焚き火を囲んでいるものの、言うまでもなく、飯野は敵である。
 現状は、奇妙な膠着状態と言うべきものだった。

 自慢の足を一時的に失っている『韋駄天』だが、だからといって、彼女はおれとローズの手に負える相手ではない。襲いかかっても返り討ちにされるだけだろう。

 逆に飯野も、あの怪我ではおれたちに襲いかかることはできない。念のため、ある程度、距離を取ってもいるし、警戒もしている。
 それに、おれたちを捕まえたところで、歩けなければ連れ帰れない。飯野が回復魔法を使えない完全な前衛タイプだったのは幸いだった。

 どうしてこのようなことになっているのかといえば、大体、加藤さんが原因だった。

 あの瞬間、あわや崖崩れに巻き込まれるかという状況で、加藤さんは閃光の模造魔石を使った。
 考える暇さえ与えられないあのタイミングで、しかも警戒もしていない相手からの不意打ちだったため、飯野はもろに眼潰しを喰らった。

 とはいえ、その場にいた他の者たちも、さすがに行動に制限がかかった。

 ただ、まったく問題なく動けた者もいた。
 ひとりはローズ。もうひとりはアサリナだった。

 彼女たちはどちらも、眼球で世界を見ているわけではない。当然、眼潰しなどなんの障害にもならない。
 考えてみれば、加藤さんは信頼するローズのこうした性質を考慮したうえで、あんな無茶な作戦をガーベラに授けたのかもしれない。

 ローズなら、きっと自分を助けてくれるだろう、と。

 実際、ローズは振りかかる土砂から彼女のことを守るべく動いた。
 おれはアサリナに指示して、加藤さんとローズを回収した。

 その際に、飯野まで巻き込んでしまったのは、ある種の必然だったと言える。

 なぜなら加藤さんは、視界を失ったまま突っ込んできた飯野ともつれ合ったときに、そのふとももに拾ったナイフを突き立てていたからだ。

 さすがローズ謹製のナイフ。無防備なところを狙ったとはいえ、『韋駄天』の肉体にも、きっちりとダメージを与えることに成功していた。飯野のもう一方の足も、その痛みに気を取られていたせいで、崩落に巻き込まれた際に関節を痛めたものらしかった。

 それとも、さすがというべきは、加藤さんのほうだろうか。
 敵に対しては、本当に容赦がない。もっとも、こうでもしなければ飯野の戦闘能力を削ることはできなかっただろうから、その判断は的確と言えるが。

「ところで先輩。これからどうしましょうか」
「そうだな……」

 加藤さんが尋ねてきたので、おれは腕組みをして少し考えた。

「まずは、リリィたちと合流かな」

 ここにいない他のみんなとは、はぐれてしまっていた。
 眼潰しの光が弾ける寸前に見えた光景では、山道の後方にいたシランとケイ、それとガーベラは、位置的に土砂崩れに巻き込まれていなかった。

 これは、ガーベラが車を前方の岸壁に投げつけたためだ。

 それと、加藤さんの意図がわかった時点でおれは、近くにいたあやめをガーベラのいるほうに放り投げておいた。そっちは、ガーベラが回収してくれているはずである。
 咄嗟のこととはいえ、乱暴なことをしてしまった。今頃、あやめは怒って膨れているかもしれない。あとで宥めてやることにしよう。

 運が悪かったのは、リリィだった。
 知っての通り、彼女は擬態している間、その対象の体の構造に引きずられる。眼潰しもばっちり効いていたはずで、そのうえ、崖崩れに巻き込まれてしまっていた。

 あの程度のことで、モンスターであるリリィの身に深刻な危険は生じないが、川に流されてひとり逸れてしまったようだ。パスを通じて、こちらに向かって来るのが感じられた。

「ここで、リリィたちが来るのを待とう。特に、リリィには狼の鼻がある。下手にこちらから探しに出てうろつき回るより、見つけてもらうほうが良いだろう。それから、改めてガーベラと合流すればいい」

 すぐにでも追いかけてきそうなガーベラは、どうも動きが鈍い。パスだとなんとなくしか方向がわからないのに加えて、脚の大部分を失ってしまっているせいだろうか。

 向こうには、他にシランとケイがいるが、いまやアンデッド・モンスターのシランは回復魔法が使えず、ケイの魔法の腕前では、ガーベラの落とされた脚を回復させるのには力不足だ。やはり、合流はリリィのあとになるだろう。

「そのあとは、どうしますか?」
「それはこれまで通りだ。山道に戻って、アケルを目指す」
「ちょっと待ちなさい、真島。あなた、逃げるつもり?」

 そこで、飯野が口を差し挟んできた。
 おれはうろんな目を向けたが、彼女はどこ吹く風とこちらを睨みつけてきた。

「わたしと一緒に帝国に戻りなさい」

 さっきから、飯野は終始この調子だった。

 正直、面倒くさい。だが、だからといって、彼女を無視するわけにもいかない。
 おれとしては、飯野と積極的に戦う理由はない。むしろ関わり合いになりたくないので、互いに手が出せなくなった時点で、さっさと逃げてしまいたいくらいだった。
 それなのに、こうして飯野と焚き火を囲んでいるのは、情報収集を行うためだ。言葉を交わさなければ、引き出せる情報も引き出せない。

 とはいえ、どうしても言葉は険を含んだものになってしまった。

「帝国に戻れ、と言われてもな。突然、襲いかかってきた相手にそう言われて、はいはいとうしろをついていけるわけがないだろう」

 飯野が表情を険しくした。

「……ちょっと待って。先に手駒をけしかけてきたのは、あなたでしょう」
「おれが? なんの話だ。というか、手駒とかいうな。敵意を向けてきたのはお前だろ」
「だからって、いきなり攻撃をしかけさせる?」
「こっちは突然、通り魔的に殺されそうになったんだ。リリィたちが反撃するのは当たり前だ」
「と、通り魔!? なによ、それ! 殺すわけないでしょ!」

 まったく話が噛み合わない。
 互いに睨み合ったところで、ぱんと手を叩く音がした。

「とりあえず、お互いに状況を共有してはいかがですか?」

 加藤さんだった。
 静かな声を聞くことで、頭に昇りかけていた血が少し落ちついた。

 それで、自分がまるで感情を制御できていなかったことに気付いた。

 深呼吸をひとつ。
 少し、落ちつこう。

 リリィたちを傷つけられたことについては、腹が立つし不愉快だ。
 しかし、それで平静を失っていては、話し合いは成立しないし、情報は得られない。

 ちょっと冷静になって、さっきの飯野の発言について考えてみよう。

 飯野はおれがチリア砦を襲撃したひとりだと考えて、追いかけてきた。
 捕まえようとしていただけで、こちらを殺すつもりはなかった。

 なるほど。飯野からすれば、容疑者を追いかけてきて、疑惑を突きつけたら逆上して襲いかかってきた……くらいの印象なのかもしれない。

 もちろん、こちらにはこちらの言い分がある。

 だが、飯野にだって言いたいことくらいあるだろう。
 ……まあ、そもそも、ことの発端が飯野の勘違いなのだが、そこは置いておくとして、不幸な行き違いがあった部分がないわけではない。
 おれは、肩から力を抜いた。

「……わかった」

 加藤さんは、おれが無意識にあげかけていた腰をおろすのを見届けると、今度は飯野に温度の低い視線を向けた。

「飯野さんも。なにかおかしいとは思っているんでしょう?」
「……それは」
「少なくとも、先輩の眷族が操り人形だということに関しては、違うとわかっているのでは? ガーベラさんも、リリィさんも、必死にあなたから先輩を守ろうとしていたでしょう。あれが操り人形に見えましたか?」

 飯野はむっと口を引き結んだ。
 彼女はガーベラとの戦闘中に、なにか疑問を持った様子だった。加藤さんの指摘は、飯野のなかにあった違和感を、的確に捉えていたらしい。

「それに、ここにいるローズさんだって。意思のない人形だなんて言わせませんよ」

 最後、妙に気迫を込めて加藤さんが言うと、飯野はうぐっと呻き声をあげた。

「……わかった」

 やや不承不承のふうを見せながら、飯野も引き下がる。
 こうして、おれたちは話し合いの機会を設けることになった。
◆お待たせしました。
さりげに、加藤さんの色っぽいシーンは初出ですね。
飯野もそうっちゃそうですけど。

◆一時間後に、もう一回更新します。

◆最後に。
公式ページで情報が出ていますが、4/27に3巻が出ます。
4月に入ったら情報も出していくと思いますので、お楽しみに。
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