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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

3章.ありのままの彼女を愛して

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15. セラッタより吹きつける風

前話のあらすじ:
ガーベラちゃん本気出すも撃沈。
   15   ~飯野優奈視点~


 帝国騎士団の精鋭とともにチリア砦を出発し、コロニーに辿り着いたのが、出発から約一週間後。

 変わり果てた仮の住処にショックを受けつつも、山小屋に避難していた生存者を回収するのに一週間余り。

 生存者を守りながらの帰り道に、更に二十日間と少し。

「……嘘」

 合わせて四十日弱の旅路を経て、樹海深部への救難活動から帰ってきたわたし、飯野優奈を出迎えたのは、人気のない廃墟と化したチリア砦だった。

 わけがわからず、混乱した。
 置いてきた仲間たちは、ここを守っていたはずの異世界の人々は、いったい、どこに消えてしまったのだろうか?

 破壊された砦の様子を見れば、答えはわかり切っていた。
 だけど、咄嗟には認められなかった。あまりの衝撃に膝を突きそうになった。

 無論、そんな姿を新たに保護した仲間たちに見せるわけにはいかない。

 その一念を支えにして、わたしは辛うじて、その場に踏みとどまった。

 そうして砦を観察してみれば、いくつかわかることもあった。

 たとえば、破壊の痕跡はモンスターの襲撃を示唆していた。場合によっては、腐って干乾びた肉片がこびりついていたりもしたからだ。

 いったい、どのようなモンスターが襲いかかってきたというのか、堅牢なはずの砦の防壁の一部に至っては、広い範囲に渡って崩落さえしていたのだ。

 あんなことをできる存在が、わたしたち探索隊のチート持ち以外にもこの世界にいるなんて。わたしは戦慄を覚えずにはいられなかった。

 ……ただ、逆に言えば、あれくらいなら、わたしたち探索隊のなかにもできるものがいるということでもある。

 たとえば、『韋駄天』であるわたしは、速度に特化している分、大規模破壊の手段に乏しいので難しいが、十文字くんや渡辺くんならできるだろう。それはつまり、彼らなら砦を襲った敵に対抗可能だったはずだ、ということだ。

 希望はある。諦めてはならない。
 焦燥感を抱きつつも、わたしは樹海を出るために北へ向かった。

 樹海深部で新たに保護した仲間たちは二十名を超えており、彼らを安全な場所まで連れていくことは、最優先事項だった。

 最寄りの開拓村では、わずかながら情報を得ることができた。
 チリア砦はモンスターの大規模な襲撃を受け、駐留戦力の大部分を失い、砦は放棄されたのだという。

 同行していた騎士たちは口を揃えて、ありえないと否定した。
 そのような大規模なモンスターの襲撃など、起こるはずがない。なにかの間違いだと。

 しかし、事実は事実だ。いくら否定したところで、過去が覆ることはない。

 不幸中の幸いは、砦にいた人間が、全員無残に殺されたわけではないらしいということだった。

 防衛不可能となった砦を放棄し、最寄りの開拓村までやってきて、近隣のモンスターを駆除したうえで、情報を残した生き残りがいる。
 そのなかに、他の転移者がいたという情報も得ることができた。

 なんとしてでも、砦襲撃の生き残りに合流しなければいけない。
 そして、わたしと一緒にこんなところに飛ばされてしまった仲間たちの安否を確認し、状況を把握するのだ。

 砦襲撃の生き残りは、セラッタという街を目指したらしい。
 以前に、わたしもエベヌス砦からチリア砦にやってくるときに経由した街だ。

 樹海を出たところで、ここまで来ればもう大丈夫だろうと判断し、わたしは保護した仲間たちを騎士たちに預けた。

 借りものの翻訳の魔石を握りしめて、単身、セラッタに向かう。
 わたしの足は、長距離を走るために速度を押さえたとしても、訓練された馬を乗り継ぐより速い。

 樹海を出てからセラッタまでの道のりを二日で踏破し、わたしはセラッタを治める領主であるローレンス伯爵に面会を申し込んだ。

 幸いだったのは、一緒に樹海で救助活動を行った帝国騎士団の副長の男性が、ローレンス伯爵の係累だったことだ。

 彼に認めてもらった書状が効いたのか、わたしはすぐに領主のもとに通されることになった。

 セラッタ砦の内装は、エベヌスやチリアなど最前線の要塞に比べて、華やかなものになっている。豪奢な部屋に通されたわたしを迎えたのは、二人の人物だった。

 一人は軍服に身を包んだ男性だ。
 筋肉質な体には贅肉など欠片もなく、厳しく自身を律してきたことがうかがえる。短い金髪は切り揃えられており、やや神経質そうだが真面目そうな顔立ちをしていた。

 もうひとりは、癖のある茶髪の優男だった。
 軍服の男性よりも細身だが、こちらも引き締まった体つきをしている。重厚な鎧に身を包んでいるが、顔立ちはかなり甘く、騎士というより吟遊詩人のような優雅さがあった。

 わたしは怪訝に思った。

 わたしに書状を持たせてくれた南部貴族出身の騎士団副長の話によれば、ローレンス伯爵家の当主であるリアム=ローレンスは、豊かさがその身から漂うような恰幅の良い男性なのだという。

 要するに、でっぷりと太った男性なのだろう。

 しかし、目の前のどちらの男も、そうした条件には当て嵌まらない。

「あなたたちは……?」
「お初にお目にかかります、優奈殿。わたしは、ルイス・バードと申します」

 軍人が頭を下げた。

「マクローリン辺境伯であらせられるグラントリー=マクローリン様のもとで、辺境領軍の一部を預けられている者です。そして、こちらは……」
「聖堂騎士団の第四部隊を率いる、トラヴィス=モーティマーです。どうかお見知りおきを、優奈」

 軍人の言葉を引き取って、優男が一礼する。
 優雅で気障な仕草が、ハリウッド俳優のようだった。

 さぞかし、女性に人気があることだろう。しかし、わたしが気になったのは、そこではなかった。

「ルイスさんと、トラヴィスさん、ですか。……どうして、帝国南部の大貴族の部下の方と、聖堂騎士団の部隊長が、揃ってこんなところに?」

 マクローリン辺境伯については、以前に、件の帝国騎士団副長から簡単に話を聞いたことがあった。

 南部の大貴族、マクローリン辺境伯。
 大貴族でありながら、彼は辺境伯軍を直率してモンスターの討伐に赴くこともある武人でもあるのだという。

 しかし、そんな人間の部下が、どうしてローレンス伯爵領にあるセラッタ砦にいるのだろうか。

 疑念に満ちたわたしの視線を正面から受け止めて、謹厳な顔をぴくりともさせず、ルイスさんは答えを返した。

「我が主、グラントリー=マクローリン辺境伯は、南の安寧を預かる領主のひとりとして、今回、チリア砦に振りかかった災難に関して、大きな懸念をお持ちです。ことは、勇者様の身の安全にも関わります。いち伯爵の手には負えない部分もあろうと、自ら腰を上げることになさったのです。ローレンス伯爵は、マクローリン様の申し出を快くお受けになりました」

 ルイスさんは、そこで視線を隣の騎士に向けた。

「こちらのモーティマー様は、もともとチリア砦にいらっしゃる勇者様方をお迎えするために、帝都から遠路遥々南部までいらっしゃいました。その途中、辺境伯領にお越しになったところで、チリア砦陥落の報が届き、それからは我が主のお手伝いをしてくださっています」

 視線がわたしのほうに戻ってくる。

「そして、わたしは主の名代として、とある任務を預かって、ここセラッタに留まっている次第です」
「任務……?」

 首を傾げたわたしに、ルイスさんが頷いた。

「ええ。わたしはここで、チリア砦から落ちのびてきた兵たちの保護を任されております」
「っ! ということは、わたしたちの仲間も!?」

 ルイスさんが口にした言葉を聞いて、わたしは興奮を抑えることができなかった。
 チリア砦の惨状を知ってから、もう十日以上。ずっとわたしはじりじりした気持ちでいた。
 やっと、安否不明だった仲間たちの情報を得ることができる!

「ひょっとして、チリア砦が襲われた事件についても、あなたはなにか知っているんですか!? 教えてください、ルイスさん。あの砦で、なにがあったのか。わたしたちの仲間はどこに行ってしまったのかを!」
「落ちついてください、優奈殿」

 詰め寄るわたしを、ルイスさんは両手で押さえた。

「わたしの知っていることをお話いたします。どうか、お時間をいただきたい」

 もちろん、願ってもない話だった。
 わたしは逸る気持ちを落ちつけて、彼の話に耳を傾けた。

   ***

「まさか、そんな……」

 聞かされた話に、わたしは言葉を失った。
 ルイスさんの話によれば、チリア砦は、わたしたち転移者の一部による、邪な企みによって壊滅させられたというのだ。

「信じられない……」
「非常に遺憾ながら、これは事実です」

 重苦しい声でルイスは告げた。

「チリア砦はモンスターを操る能力者の手引きによって襲撃を受けました。これは、複数の証言がありますし、状況からもまず間違いないことです」

 わたしも、放棄されたチリア砦の様子はこの目で確かめている。
 あまりきちんと調べられたわけではないが、チリア砦には、膨大な規模のモンスターの群れによるものとしか考えられない破壊跡が、数多く残されていた。

 あのような規模でのモンスターの襲撃は、トリップ・ドリルの大群によるもののような例外を除けば、歴史を振り返ってもほとんどない。だからこそ、わたしに同行していた帝国騎士たちも、自分の目を疑っていたのだ。

 彼らが言うには、ああした大規模な襲撃は、せいぜい何百年も前の勇者の大遠征のときに見られたのが最後だという。

 実際、そうでもなければ、多大な労力をかけてまで、あのような大要塞を建造したりはしないだろう。モンスターによる大規模な襲撃を繰り返されたら、どんな堅牢な要塞も耐えられるはずがない。建造してすぐに落とされたのでは、割に合わないのだから。

 滅多にない出来事が、わたしたち転移者が砦を訪れたときに偶然起きた?
 そんなはずがない。

 そこにいた人間によって引き起こされた出来事だと言われれば、わたしだって納得せざるをえない。チート能力を持つわたしたちであれば、それは決して不可能事ではない。

 しかし、それは――

「――許せない」

 がりがり、と奥歯が軋んだ。
 この怒りを抑える術を、わたしはそれしか知らなかったのだ。

 マクローリン辺境伯の部下であるルイスさんは、砦でどれだけの人間が死んだのかも教えてくれた。

 一緒に樹海を旅してきた、十文字くんも、渡辺くんも、殺された。
 守らなければならなかった他の学生たちも大半が死んでしまった。

 親切にしてくれた砦の人たちも、ほとんどが亡くなった。

 被害はあまりにも甚大で、取り返しが付かない。
 無念のうちに、恐怖のなかで死んでいったのだろう人たちのことを思うと、胸が痛む。
 犯人に対して、身の毛のよだつような不快感と、抑え切れない怒りを覚える。

「絶対に、逃がさない……っ!」

 とっ捕まえて、自分がなにをしたのかを思い知らせてやる。
 それが、被害者へのせめてもの弔いだった。

「そう。許し難い暴挙です」

 わたしの言葉を聞いたルイスさんは、深く頷いた。

「見逃してはならない悪事だと、わたしも思います」
「ルイスさん……」
「許されない。いいや、許してはならない。モンスターを操る能力などという、あまりにも邪悪なものによって、多くの人間が亡くなりました。かような邪悪を、野放しにしてはおけません」

 膝の上で組んだ指に力が込められた。
 骨と肉の軋む音が聞こえるような、堪えがたい義憤を持て余した仕草だった。

「邪悪は滅ぼさねばなりません。正義は執行されねばなりません。たとえ、この身が無残な屍を晒すことになろうとも、放置してはならぬ悪がある。職務を抜きにしても、モンスターなどを操る者も、それに加担した者も、わたしは許すつもりはありません」

 自分より肉体的には圧倒的に劣っているはずの男性から感じる重圧に、わたしは息を呑まずにはいられなかった。
 言葉のひとつひとつに、恐ろしく重量のある感情が込められていた。

 しかし、その感情はわたしにとって共感できるものだ。
 気圧されはしたものの、不快感には思わなかった。

「この世の邪悪を滅ぼすために、どうか優奈殿には、我らに力を貸していただきたい」
「喜んで」

 わたしは力強く頷いたのだった。

   ***

 それからわたしは、ルイスさんが知っている限りのことを話してもらった。

 とはいえ、わかっていることは多くない。

 情報が錯綜しているらしい。というより、詳しい事情を知っている人間がほとんどいないため、無責任な流言飛語が飛び交っているのだろう。
 結果、どんな情報にも信憑性がなくなってしまっている。

「こともあろうか、優奈殿と同じ探索隊に所属される十文字殿が、チリア砦を襲撃した犯人のひとりだと言い出す人間までいる始末です」
「そんな!」
「無論、わたしは信じておりません。これはあくまで、流言の類です」

 そう言われてわたしは心を落ちつけたが、情報の混乱が深刻なのは確かなようだった。

 チリア砦という重要拠点が落とされたこと。
 そこで、複数人の転移者が亡くなっていること。
 そもそも、転移者の一部が、チリア砦襲撃の犯人グループだったということ。

 いずれも、あまりにもセンセーショナル過ぎて、人心に与える影響が大き過ぎる。これに加えて、流言の類が撒き散らされるかたちになっては目も当てられない。

「モンスター相手に剣を持って抗い続けなければならない我らの社会は、多分に不安定な部分を孕んでいます。それが、我らの心の支えである勇者様に関することとなれば、なおさらです。ちょっとしたことで、剣より先に心が折れかねない。世間に迂闊な情報を流すわけにはまいりません。そういった理由で、我が主は、チリア砦から落ちのびてきた兵士たちの保護と、情報の管理を、わたしに申しつけたのです」

 そのマクローリン辺境伯自身は、既にセラッタを発っている。
 唯一、詳しい事情を知っていると思しき同盟騎士団の人間も、彼と一緒にセラッタを離れているらしい。

 大勢の辺境伯領軍を引き連れたルイスさんは、騎馬隊を引き連れて先行した辺境伯を追いかけるかたちで、セラッタにやってきたのだという。
 そのため、セラッタに着いたときには既にマクローリン辺境伯は命令だけを残していなくなっており、同盟騎士団とも顔を合わせていないということだった。

「わかりました。それじゃあ、マクローリン辺境伯に追いつけば、詳しい話を聞けるんですね? ……あ、でも。追いかけて行ったとして、会うことができるかな」

 相手は貴族だ。ここに来たときには、ローレンス伯爵の係累である第二帝国騎士団副長の書状があったが、コネもなしに押し掛けて行って、会ってもらえるとは限らない。

「大丈夫でしょう。我が主が勇者様の来訪を知れば、必ずお会いになるはずです」

 ルイスさんの言葉に、わたしは首を傾げた。

「マクローリン辺境伯って、どんな人なんですか?」
「……そうですね」

 わたしの問いに、ルイスさんは少し考える間を置いてから答えた。

「正義感のお強い方です。モンスターという邪悪と戦うために、多くを捧げていらっしゃいます。果断な姿勢ゆえに政敵は多く、根も葉もない誹謗中傷や不理解に晒されることもありますが、それでも自身の信念を曲げられることはありません」

 いかにも謹厳といった様子のルイスが口にする言葉には、尊敬の念が垣間見えた。

「それに、慈悲深い方でもあります。実は、わたし自身、モンスターに襲われて壊滅的な被害を受けた村の出なのです」
「……え。あの、そうなんですか」

 突然の告白に、なんと言ったら良いのかわからない。
 曖昧に相槌を打ったわたしに、ルイスさんは少しだけ微笑んだ。

「ええ。マクローリン様が領軍を率いてお越しになるのが少しでも遅れていたのなら、わたしはいま、この世にいないでしょう。それだけでなく、孤児として行く当てのなかった当時のわたしに、マクローリン様は領軍での雑事に関わる仕事を与えるよう計らってくださったのです」

 恩人というわけだ。なるほど、それならルイスさんの言葉の端々から、尊敬の念が窺えるのもわかる。
 彼は熱を秘めた口調で続けた。

「十年ほど前にあった領内の大規模な凶作の際には、様々な手段を講じたうえに、最後は私財を投じてまで、領民を飢えさせませんでした。当時、わたしはまだ階級も低かったですが、領軍のひとりとしてマクローリン様のために働きました」

 ほう、とわたしは思わず溜め息をついていた。
 下で働いている人間の発言だということを差し引いても、マクローリン辺境伯は、ずいぶんとできた人物らしい。

「そんな御方ですから、邪悪を討たんとされる勇者様が面会を求めれば、快くお話をなさってくれるはずです。ただ……」

 と、ルイスさんは眉を寄せた。

「主がここを出たのは、十日前のことです。追いつくには時間がかかるでしょう。それに、わたしがここにやってきたときには、マクローリン様はもうセラッタを出たあとでした。恐らく、帝都に向かわれたのだと思いますが、どのルートを使われたのかは見当がつきません」

 わたしは、むうと呻き声をあげた。
 十日前に出発したくらいなら、わたしの足なら、二日、三日あれば追いつける。
 けれど、どのルートを使ったわからないとすると、しらみ潰しにする必要が出てきてしまう。できなくはないが、それはちょっと時間がかかる。

「どうなさいますか。必要なら、マクローリン様宛に書を認めますが」
「……いえ。良いです」

 わたしは手を振って、ルイスさんの申し出を断った。

「わたしは、わたしにしかできないことをやります」

 容疑者の身柄を抑えるのは、時間が経てば経つほど、難しくなる。ここで時間を浪費するわけにはいかない。

「そう……ですか。了解いたしました。それでは、セラッタにお寄りの際には、また顔をお出しになってください。わかったことがありましたら、お伝えいたします」
「ありがとうございます」

 志を同じくする協力者の存在に力強さを感じつつ、わたしはセラッタをあとにした。

 必要な情報は得られたし、協力者と顔を繋げることもできた。
 有意義な会談だったと言えるだろう。

 ただ、ひとつだけ。

 会談を終えたわたしの胸には、小さな小さな刺のように、引っかかるものがあった。

 聖堂騎士団の部隊長、トラヴィスさんのことだ。

 わたしがルイスさんと話をしている間、ずっと黙ってわたしたちのやりとりを聞いていた彼の口元には、常に笑みがあった。

 わたしと、ルイスさんのふたりに向けられた笑み。優男に似合う、気障な表情。けれど、それは、ただそれだけのものでもないように思えて……。

 ……やめよう。気にしても仕方ない。
 トラヴィスさんが、仮にわたしやルイスさんの青臭い正義感を、内心で小馬鹿にしていたのだとしても、それでなにが変わるわけでもない。

 わたしのすべきことは変わらない。
 悪を挫き、弱きを助ける。それだけだ。

   ***

 セラッタを出たあと、わたしはエベヌス砦まで走った。

 なにを置いても、まずは探索隊のリーダー、中嶋小次郎に、必要な情報を伝えなければならなかったからだ。

 ルイスさんがマクローリン辺境伯から任されたのは、チリア砦から落ちのびた兵士たちを保護し、無責任な情報の拡散を防ぐことだ。

 情報漏洩を恐れたルイスさんは、セラッタ砦に備えつけられた遠距離通信手段を用いて、エベヌス砦に情報を伝えることをしていなかった。けれど、これに関しては、わたしがリーダーに直接話をすれば、その危険性は限りなく薄まる。

 それから、帝都に向かうというリーダーとは別れて、とんぼ返り。セラッタを経由して、今度は南下した。

 現状、確からしいことはひとつ、チリア砦がチート持ちの操るモンスターによって襲われたということだ。

 そして、肝心のモンスターを操る能力者についてだが、これについては、ふたりが確認されたという情報があった。

 ひとりは工藤陸。正直、あまり顔を覚えていないが、そんな名前の下級生がいたことは頭に残っている。
 もうひとりは、真島孝弘。わたしと同じ、二年生の男子生徒だ。

 工藤の行方については、現状、手掛かりはない。樹海に潜伏しているものと思われるが、ひょっとすると、人間社会に潜伏している可能性もある。

 それに対して、少なくとも、真島孝弘については、セラッタ近郊の宿場町にいたことがわかっている。
 大胆不敵にも、彼はチリア砦の生き残りと一緒に行動していたらしいのだ。

 その後、姿をくらませた真島孝弘だが、ルイスさんによれば、その行き先は、北域五国のひとつ、アケルの可能性が高いのだという。

 強大な軍事力を誇る帝国から脱出し、比較的、治安維持能力の低い小国でほとぼとりが冷めるのを待つ――というのは、それなりに理解しやすい行動指針だ。

 セラッタから西のロング伯爵領を経由する安全なルートについては、既に手が回っているらしい。そちらはルイスさんに任せることにして、わたしは一端、セラッタを南下してから、キトルス山脈を越える古い山道を利用するルートを調べることにした。

 普通は使えないような、とうの昔に忘れ去られたルートらしいが、わたしたち転移者がチート能力を発揮すれば、押し通れない場所なんてそうそうない。

 もちろん、こちらが外れという可能性も大きかったが、そこは役割分担。少なくとも、今更こちらのルートを調べようとしても、先行する相手に追いつけるのは『韋駄天』なんてあだ名を付けられたわたしくらいしかいない。ルートの危険性を考慮しても、これはわたし以外にできない仕事だ。

 だから、追跡している途中で寄った集落で、真島孝弘らしき人物を見たという証言が得られたのは幸いだった。

 あとはもう、追いつくだけだ。

 わたしは胸のなかに燻ぶる感情の温度が高まるのを自覚した。

 真島孝弘。
 わたしは彼と言葉を交わしたことがあった。

 彼自身に対する印象は、あまり強くない。真面目そうな、誠実そうな少年だというくらいのものだ。
 ただ、彼と隣にいた少女、水島美穂とふたり揃った姿については、よく印象に残っていた。

 水島美穂のことは、転移前の世界でも知っていた。しかし、その存在を強く意識するようになったのは、エベヌス砦に辿り着いたあとのことだ。

 たったひとりで、樹海を抜けてわたしたちのもとまでコロニー崩壊の情報を持ってきてくれた少年、高屋純。
 彼のひとつ年上の幼馴染としてだ。

 長い強行軍の末、強靭だったウォーリアとしての身も心もぼろぼろになって、それでも高屋くんは、エベヌス砦に辿り着くなり、大事な幼馴染を助けてほしいとわたしたちに訴えた。

 わたしはそんな彼の手を握って、任せろと言った。

 だから、チリア砦で水島美穂が真島孝弘と一緒にいるのを見たときには、安堵すると同時に腹も立った。

 なにそれ。高屋くんの頑張りはどうなるの、と。

 ……もちろん、わたしが彼らの三角関係にとって、無責任な第三者だということはわかっている。高屋くんが水島美穂の単なる幼馴染でしかないことだって知っている。

 そのうえで、心情的には高屋くんに同情するところが大きかったわたしは、彼らに高屋くんの生存を告げた。

 それが、高屋くんとの約束だったからだ。
 とはいえ、そこにほんのわずかなりとも意地悪な気持ちがなかったかといえば、嘘になる。

 けれど、そんなの意味ないんだって、すぐにわかった。
 目の前のふたりが、あんまりにお似合いだったからだ。

 彼らは大きな困難を、手を携えて乗り越えてきたのだろう。
 お互いに、お互いがいるのが当たり前な、そんな空気。

 こんなの、なにをどうしたって、崩せるはずなんてない。

 ひとりの女の子として、ふたりの在り方を素敵だと思ってしまった。

 ……そんな自分が、いまのわたしは許せない。

 なぜなら、そんなの全部嘘っぱちだったのだから。
 真島孝弘の隣にいたのは、水島美穂ではなかった。その見た目を真似ただけの、醜悪なモンスターでしかなかった。

 ミミック・スライム。それは、対象を喰らうことで、その能力ごと全てを真似ることのできる、特異なモンスターなのだという。

 そんなモンスターが水島美穂の姿を取っていたということは、それはつまり、真島孝弘は水島美穂を殺して、その死体を――……。

 ……確かめなければならない。
 聞かされた非道が、真実であるのかどうかを。もしも真島孝弘が殺人者であるのなら、叩きのめしてでも捕まえる。そのために、『韋駄天』たる、この力はあるのだから。

 その一心を胸に、わたしは山道を駆け抜けた。

 そして、ようやくわたしは、その姿を捕捉した。

「やっと、追いついた」

 場所は、細い山道。
 ほとんど垂直に切り立った崖を、自慢の脚力で『横向きに』駆け抜けて、わたしは、山道を歩く彼らの行く手を遮った。

「……飯野優奈」

 つぶやいたのは、目を見開いた真島孝弘。
 そんな彼を庇うように前に出たのは、水島美穂――の姿を真似ただけの、モンスター。もちろん、わたしが得た情報が正しいものであるのなら、だが。

 そのうしろにいる仮面を着けた少女と見えるのは、晒された手足を見れば人形型のモンスターなのだろうし、蜘蛛の下半身を持つ美しいアラクネや、その頭に乗って膨らんだ風船狐の子供の姿もある。真島孝弘の左手の甲からは、蔓型モンスターが蛇のように鎌首をもたげてもいる。

 わたしとは面識のない転移者と思しき少女や、異世界人と思われるエルフの少女たちもいるが、彼女たちはこの際、どうでも良い。無視してもかまわない存在だ。

 重要なのは、真島孝弘がモンスターを操る能力者だという情報が、本当だったということ。

 とはいえ、それがイコールで彼の邪悪を意味するわけではない。

「ひとつだけ、尋ねるわ」

 だから、これが最後の確認だ。

「真島。あなたは、自分の操るモンスターに、水島さんのことを食べさせたの?」

 真島孝弘の顔が、強張る。
 その瞬間、彼がわたしの敵だということが確定した。
◆お話の流れ的に、次話まで投稿したかったのですが、時間がなくて無理でした……。 orz
しばしお待ちください。
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