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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

3章.ありのままの彼女を愛して

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12. それぞれの道へ

前話のあらすじ:
マトリョーシカ可愛い
   12


「団長さんが拘束された? そんな馬鹿な……」

 部屋に飛び込んできた幹彦が口にした言葉は、おれに衝撃をもたらした。

 団長さんは幹彦とともに、セラッタに居を構えるローレンツ伯爵を訪ねていた。
 ここまで連れてきたチリア砦駐留の帝国兵の保護を頼み、セラッタ砦に備わった遠距離通信手段によって、チリア砦陥落の報を各地に伝えるためだ。

 それが、どうして拘束されるようなことになるのか。

「どうしたのですか、ご主人様」
「なにかあったようだの」

 隣の部屋にいたローズやガーベラたちも、騒ぎを聞きつけやってきた。
 おれは一度、瞑目して心を落ちつけてから、改めて幹彦に目を向けた。

「……いったい、なにがあった」
「うん。実はね――」

 幹彦は事情を説明し始めた。

 宿場町を出た幹彦は、団長さんとともに半日かけてセラッタに到着し、すぐにアポイントを取って、砦に迎え入れられたのだという。

 そこで、幹彦は団長さんとは別の部屋に通された。

 心情的にはともかく、幹彦も立場の上では外部の人間だ。部外者の前では話せないこともあると言われてしまえば、引き下がらざるをえない。

 団長さんが承諾したこともあり、幹彦も渋々受け入れたのだという。

 しかし、それからいくら経っても団長さんが帰ってこない。
 おかしいと思ってローレンス伯爵家の人間を問い詰めてみたが、のらりくらりとかわされる。

 今朝になってようやく、侍女のひとりから話を聞くことができた幹彦は、連れていた同盟騎士ともども団長さんが砦の一室に軟禁されていることを知った。
 こうしてはいられないと、勇者としての立場をうまく利用して砦を出た彼は、監視に気をつけながら、ここまでやってきたというわけだった。

「アポを取ったあと、ちょっとセラッタの街で待たされたんだけど、実はそのときに、団長からこうなったときのことについて聞いていたんだ」
「待て。団長さんは、こうなることを予想していたっていうのか?」
「どうだろう。『まずないだろうが』って笑っていたし、それこそ、道中で思いついたみたいに話をしていたけど……」

 それでも、わざわざそんな話をしたのだ。団長さんには、なにか予感めいたものがあったのかもしれない。
 その言いつけに従って、幹彦はここにいるというわけだ。

「ほら。前に孝弘には話をしたよね。チリア砦陥落の責任を、団長が取らされるかもしれないって。時間がなかったから軟禁された団長には会えなかったし、詳しい事情を知っている人間を問い詰めることができたわけじゃないから、確かなことは言えないけど……団長が捕まった理由は、まずこれで間違いないと思う」
「他に考えられない、か」
「しかし、幹彦殿。いくらなんでも、ローレンス伯爵の行動は強引過ぎるのではありませんか」

 おれたちの会話に、シランが待ったをかけた。
 眼帯に半分隠された彼女の顔は、目に見えて強張っていた。うしろにいる騎士たちも同じだ。

「団長はアケルの姫君です。確かにアケルは小国ですし、帝国に比べれば国力に乏しい。しかし、このような強引な行動を取られて、泣き寝入りするほど堕弱ではありません。他の北域五国も、これに同調することでしょう。そうなれば、関係の悪化は避けられません。ましてや、ローレンス伯爵は交易都市セラッタを抱え、他領や他国との交易で利益をあげています。そのようなことをなさるとは思えませんが……」
「ローレンス伯爵っていうのは、どういう人間なんだ?」

 頭のなかで話を整理しつつ、おれはシランに尋ねた。
 シランの言っていることはもっともだが、権力者が必ずしも理性的な為政者であるわけでもないだろう。このような封建的な社会であれば、尚更だ。

「わたしも直接お会いしたことがあるわけではありません。しかし、なにをなさるにも慎重な方だという評判です。他国との関係が悪化しかねないことをなさるとは到底……」
「日和見主義の事なかれ主義者だって、団長は言ってたよ。だから、こんなことになる可能性は低いと踏んでいたわけだし」

 言葉を選んだシランに続いて、身も蓋もないことを幹彦が言う。
 そのわかりやすい評を聞いて、おれは眉に皺を寄せた。

「……だったら、どうして団長さんは拘束されたんだ?」

 読みが外れたといえばそれまでのことだが、どうにもしっくりこなかった。

 団長さんが予想していたのより、悪い事態になった。
 ひょっとしたら、おれたちの与り知らない場所で、なにか大変なことが起きつつあるのではないだろうか。

 嫌な予感がする。
 これが、悪いほうに考えがちなおれの癖が出ているだけなら、それでいいのだが……。

「確かなことは言えない。ただ、ひとつ気になることがあるんだ」

 眼鏡の下の眼光を鋭くした幹彦が口を開いた。

「砦で情報収集をしている間に知ったことだけど、セラッタにはいま、お付きの人間と一緒に、マクローリン辺境伯が来ているらしいんだ」
「マクローリン辺境伯……っていうと、エルフ嫌いで有名な、帝国大貴族の?」

 思わぬ名前が出たことに戸惑うおれに、幹彦が頷いた。

「折り悪く、っていうべきかな。ひょっとすると、チリア砦陥落の報を聞いて、これ幸いと出張ってきたのかもしれないけど」
「これ幸いと……? 待ってくれ。幹彦は、マクローリン辺境伯が団長の身柄を拘束させたっていうのか」
「あくまで推測だけどね」

 言いながら、幹彦は意見を求めてシランに視線を向けた。
 シランは一瞬、回答を躊躇ったが、こくりと頷いた。

「マクローリン辺境伯家は、代々北域五国とは犬猿の仲にあります。両者のそうした関係は、歴史を遡れば、帝国と同盟の戦争時代に行きつくのですが……そもそも、辺境伯家自体が、同盟諸国との戦役の功を以って任じられたものなのです。いまでも、政敵といって良い間柄にあります」

 帝国と同盟の争いは、何百年も昔のことだ。
 いまとなっては、戦争の記憶は遥かに遠い。だが、そうした歴史的な事実というのは、あとあとまで影を落とすものだ。
 エルフに対する扱いの違いは、両者を隔てる溝のひとつでしかないのだろう。

「隙があれば、嬉々として付け込んで、それどころか傷口をえぐることくらいはするでしょう。それに、これをわたしが言うのもなんですが、特に団長は『エルフ好き』などと揶揄されるくらいですから……」

 シランの言葉は、幹彦の意見を補強するものだった。

 ……これで一応の説明はつく、だろうか?

 おれはマクローリン辺境伯のひととなりを知らない。
 シラン自身も北域五国のアケル出身者であることを考えると、彼女の評にもある程度の偏向がかかっている可能性がある。しかし、そこも含めて、両者の関係に溝があることは間違いないのだろう。

 団長さんの誤算は、故国であるアケルとの関係悪化を気にしない大貴族が、セラッタに逗留していたことだったというわけだ。

「状況は大体わかった」

 引っ掛かる部分はあるが、これ以上考えていても仕方ない。
 ひとまず、おれはそこで思考を打ち切ることにした。

「それで、団長さんは今後どうなるんだ?」

 チリア砦で十文字が起こした事件では、帝国南方方面軍、帝国騎士団と同盟騎士団、合わせて一千人を超える死者が出ている。
 そのうえ、人類にとって重要な戦略拠点であるチリア砦が陥落したとなれば、その全責任を負わされた人間がどうなるのか、おれには想像もできなかった。

「まさかチリア砦陥落の全責任を負わされて処刑、なんてことは……」

 おれは途中で口を噤んだ。
 シランの表情が悲痛に歪んだのに気付いたからだ。迂闊なことを言うべきではなかった。

「いや。さすがにそれはない」

 幸いなことに、おれの抱いた懸念は幹彦によって否定された。

「アケル王家は国民に親しまれてる。身柄の拘束程度ならともかく、そこまで理不尽なことをしたら、アケルとの間で戦争になりかねない。次は我が身だ。他の北域五国だって黙っていないさ。そうして悪戯に樹海北域の情勢を悪化させたとなれば、いくら帝国南部の雄、マクローリン辺境伯でも立場が危ない。最悪、聖堂騎士団が動く可能性すらある」
「聖堂騎士団が?」
「ああ。勇者とともに樹海に挑むのが本来の役割の聖堂騎士団は、他にも教会の意向を受けて、この世界の秩序を維持する役割を担っているからね。聖堂騎士団は、この世界最強の軍事組織だ。そのうえ、宗教的な正当性も持っている。彼らが動けば、辺境伯も身の破滅さ」

 破滅願望の持ち主でもない限り、そこまでのリスクは冒せない、と。
 今回の一件に関係ないマクローリン辺境伯がわざわざ出張ってきたのは、言ってしまえば、憎い政敵に対して嫌がらせをするためなのだ。

 それで自分が破滅していては、世話がない。

 幹彦の言っていることは、もっともだった。

「……って言っても、このあたりは全部、団長さんの受け売りなんだけどね。ともかく、マクローリン辺境伯の一存で処刑、ということはありえない」
「それじゃあ、団長さんの身の安全に関しては、心配しなくてもいいわけだな?」

 頷いた幹彦は、そこで表情を暗くした。

「ただ、こうして身柄を拘束した以上、マクローリン辺境伯は団長の責任を可能な限り追求するつもりだろう。実質がどうあれ、団長が責任を問われる立場にいたことは確かだからね。団長は帝都に護送されることになる。そこで審問を受けたうえで、処分が決まるだろう」
「……具体的には、どうなるんだ?」

 不吉な予感に身構えて、少し低くなったおれの声が静かな部屋に吸い込まれる。
 窓の外の喧騒が、小さく聞こえるのが一層寒々しかった。

「団長の予想では……団長職は解任されてしまうだろう、って」
「そんなっ!」

 シランが悲鳴めいた声をあげた。
 彼女に同情と共感のこもった一瞥を投げたものの、幹彦は最後まで自分の役目を投げ出すことはなかった。

「団長がいない以上、同盟第三騎士団も解体される。活動を再開したとしても、団長がそのまま率いるってことはないだろう。そもそも、再結成があるかどうか。これはチリア砦でもそうだったけど、当代の勇者がいる以上、その活躍のおこぼれに与るライバルはなるべく減らしたい、っていうのが帝国のお偉いさんの本音だからね」
「騎士団が、か、解体……?」

 残酷な事実を知らされたシランの声は酷くうわずっていて、普段の落ち着きようがまるで嘘のようだった。

「そんな、そんなことって……」

 うわ言のようにつぶやいたシランが、ふらついた。
 いつも凛としている体が、頼りない。

 自制心を発揮して、辛うじて崩れ落ちることだけはしていないものの、いつ倒れてしまってもおかしくない有り様だった。

 騎士たらんと励んできた彼女にとっては、人生を賭けてきた居場所の喪失だ。
 それだけではない。十文字との戦いの最中、アンデッド・モンスターになってしまった彼女には、団長さんの下でなければ騎士として働き続けることが難しい。

 ――わたしはこれまで通り、騎士であれる。守るべきもののために戦える。団長にはどれだけ感謝してもし足りませんね。

 そう言って微笑んでいた彼女にとって、騎士としての自分の居場所がなくなってしまった衝撃は、果たしてどれほどのものだっただろうか。
 おれには想像もつかなかった。

「……それで、幹彦。おれはどうすればいい?」

 大きなショックを受けた様子のシランのことは気になったが、いまは目の前の問題に対処しなければならない。
 彼女に声をかけてやりたい衝動を殺して、おれは幹彦に問いかけた。

「こうしてお前が真っ直ぐおれのところに来たってことは、団長さんは、おれになにかやってほしいことがあったんじゃないか」
「話が早いね」
「と言っても、おれになにができるとも思えないが」

 というより、団長さんの手助けをする余裕があるかどうかがまず怪しい。

 現状、おれの身の安全を保証してくれているのは団長さんだし、おれたちの事情を知って間に立ってくれていたのは、彼女の息がかかった同盟騎士団だ。
 団長さんひとりがいなくなることで、おれのこの世界での立ち位置は、かなり不安定なものになってしまった。

「悪いが、おれにできることはあまりないぞ。まさかセラッタ砦にいまから殴りこみをかけて、団長さんの身柄を取り返すから手を貸せ、なんて話でもないんだろう?」
「あはは。それは痛快だね。ただ、残念だけど、それは違うよ。そんなことしても、話がこじれるだけだからね」

 ここに来て、幹彦は初めて笑みを見せた。

「団長さんの頼みっていうのはね、孝弘。シランさんのことだよ」
「わ、わたしの……?」

 はっと息を呑んだシランに、幹彦は慈しむような目を向けた。

「シランさんを、故郷の村まで送ってやってほしいんだ」

   ***

 おれたちは、やってきた幹彦や同行していた騎士二名とともに、すぐに荷物をまとめて宿場町を出た。

 食糧については、ここまで旅をしてくる間に余裕を持って提供されていた分が、まだ残っている。次の町についてから買い込めば十分だし、なんならモンスターを狩って足しにしてもいい。どうにでもなるだろう。

 路銀に関しても問題はない。宿場町に着いた時点で団長さんからは、ここまで軍や騎士団の護衛をしてきた報酬として金銭を受け取っている。

 借りていた魔法道具に関しては、そのまま持っていることになった。
 返そうにも、返す相手がいなかったからだ。

 幹彦の話では、団長さんはもちろん、彼女の指揮下にあった同盟騎士団も、一時的に身柄を押さえられているはずだということだった。

 マクローリン辺境伯としては、団長さんの奪還など企てられてはたまらないだろうから、こうした手を打ってくるのは当然と言える。

 しかし、そうなるとひとつ、大きな問題があった。
 シランのことだ。

 シランは団長さんの右腕、騎士団の副長を務めていた。マクローリン辺境伯としては、優先して身柄を押さえたいところだろう。しかし、それはまずいのだ。

 エルフだから酷い扱いを受けるかもしれない、というだけのことではない。
 彼女の身は、いまやアンデッド・モンスターのものだ。おれや同盟騎士団のなかだけで秘密が保たれているうちはいいが、身柄を押さえられてしまえば、どうなるかわからない。

 もしも彼女がデミ・リッチとなった事実を知られてしまったら、エルフ嫌いだというマクローリン辺境伯が、情状酌量の判断を下すとは思えない。

 その点、幸いだったのは、宿場町に逗留するおれたちのところに、シランがいたことだった。

 おれたちが過ごしていた宿は、騎士団のツテで用意されたものだ。ただし、騎士団の施設というわけではない。

 そのため、マクローリン辺境伯の目も届かなかったのだろう。
 そうでなければ、とっくに手が回っているはずだった。

「団長は一緒に行けなくなっちゃったけど、審判が終わり次第、帰国することになるだろう。要するに、それまでの間、シランさんとケイちゃんを連れて、彼女たちの村で待っていてってこと」

 シランのことは放っておけないし、どの道、行き先にアテがあるわけでもない。
 おれは幹彦から伝えられた団長さんの頼みを承諾したのだった。

   ***

「思ったより、あっさりと町を出ることができたな」
「いまはきっと、町の外の騎士団に対応するだけで手一杯なんだと思うよ」

 魔力を巡らせた車の御者台に座っておれがつぶやくと、車のなかから幹彦の声が返った。

「音に聞こえた同盟第三騎士団団員が五十名。万が一にも抵抗されないように、それなりの兵力を割かないと駄目だろうしね」

 宿場町を出るときに、入れ違いに町に入ってきた行商人のひとりが、セラッタからたくさんの兵士が出てきたのを見たと騒いでいるのを見掛けた。

 近隣地域でモンスターの群れでも見つかったのかと不安げにしていた彼らだが、事実は恐らく違っている。やはり騎士団は押さえられたのだろう。

 他の行商人たちに紛れて宿場町を出たおれたちは、街道を南へ向かっているところだった。

 北域五国のひとつアケルは、ローレンス伯爵領から見て、西の方角に位置する小国だ。

 安全なルートを選ぶのであれば、まずは西へ伸びる街道を通ってロング伯爵領に入らなければならない。

 ロング伯爵領の南に、アケルは接している。
 ただし、国境線上の西半分は昏き森が広がり、東半分は峻嶮なことで知られるキトルス山脈が聳えているため、南下には危険が伴う。

 そのため、行商人などはロング伯爵領を横断して、更に西のコーニッシュ伯爵領まで行ってから、大陸中央の大河アラリア川の支流のひとつに沿って南東に走る街道を利用するのが一般的だった。

 しかし、このルートは安全で一般的であるために、ひょっとすると、追っ手がかかる可能性がある。

 そこで、おれたちはまず街道を南に向かってから、改めて西へと向かう別のルートを取ることになった。

 これも団長さんの指示だった。
 一般の商隊とは違って、旅路の安全性を多少犠牲にしても、おれたちにとっては大きな問題ではない。人類にとって最大の危険地帯、樹海で生き抜いてきた経験は伊達ではないのだ。


 その日は、街道沿いで野営をして、ひと晩を過ごすことになった。

 体を包み込む外套越しに、護衛として傍に寄り添うリリィの重みと体温を感じながら、おれは木を背にして座り込んでいた。

 なかなか寝付けない。
 月明かりの下、荷物袋を抱えてすやすや寝息を立てるガーベラと、その蜘蛛の腹で丸くなって眠るあやめの姿を眺めていると、ふと視線を感じた。

「……良かったのですか」

 おれと同じく外套にくるまったシランが、こちらに蒼い隻眼を向けていた。
 ガーベラほどではないが、白い肌が夜に浮かび上がっている。

 いまこのときまで、彼女はずっと黙りこくっていた。
 心ここにあらずといった有り様で、なにかを考え込んでいるようだった。

 それだけ、衝撃が大きかったということなのだろう。

 いまのシランの眼差しは、しっかりしている。
 声に震えもない。

 どうやら半日で持ち直したらしい。最低限、取り繕うだけのことができる程度には。

「良かったのかって、なにがだ?」
「わたしの正体が知れれば、ご迷惑をかけることになります」

 真面目な顔は、自分がこれからおれたちにかけてしまう面倒を慮ってのものだろう。

「……気にするな。シランと一緒に行くことは、おれにとってもそう悪い話じゃない」

 おれは肩をすくめた。片腕はリリィがくっついているので、片側だけだ。

「おれたちはまだまだ、この世界には不慣れだ。手探りで安住の地を探すのは、ちょっと難しい。それに、おれには翻訳の魔石も使えない。言葉が通じなければ、それこそどうしようもないだろう」
「でしたら、ケイを連れていけばよろしいでしょう」

 シランは傍で寝息を立てる妹分に一瞥をくれた。

「この子は翻訳の魔石を使えます。まだまだ拙いところもありますが、十分にお役に立てるはずで――」
「……シラン」

 おれが名を呼ぶと、シランは口を噤んだ。
 視線が落ちる。やはりまだ本調子ではないらしい。当然といえば、当然だが。

 こんな状態の彼女をひとりにするわけにはいかなかった。

「爆弾を抱えているのは、もともとだ。今更、シランひとりが増えたところで、その点はなにも変わらない。つまらないことを気にするな」

 そうでなかったとしても、おれはこのエルフの少女のことを見捨てることはできないだろう。

 十文字が起こした忌まわしい騒動は失われるものばかりだったが、それでもなにかひとつでも得られたものがあったとしたら、それは彼女たちとの信頼関係だ。
 裏切るようなことができるはずもなかった。

「それに、団長さんにも頼まれているからな」

 ぽつりとおれが言うと、シランが顔をあげた。

「団長に、ですか?」
「ああ。こうなるとわかっていて言ったのかどうかは、わからないが」

 ――どうか、これからもシランをよろしくお願いします。孝弘殿。

 開拓村での夜に、団長さんにかけられた言葉が脳裏に蘇った。

 どういう意図で彼女がその言葉を口にしたのかはわからない。
 こうなるとわかっていたというより、単純にシランの行く末を案じての言葉だったのかもしれない。

 確かなことは、おれが彼女に頼まれたということだ。
 投げ出すつもりはなかった。

   ***

 夜が明けた。
 警戒していたのだが、追っ手がかかることはなかった。

 幹彦が言っていた通り、騎士団のほうにセラッタ駐留戦力の大半を割いたため、こちらまでは手が回らなかったのだろう。

 団長さんの指示に従って正解だった、ということだ。

 腹ごしらえをしてから、手早く出発の準備を終える。
 車に乗ったところで、おれは首を傾げた。

「幹彦?」

 御者台から見下ろせば、旅装を整えた幹彦が、騎士の男ふたりと一緒に立っていた。

「どうした。早く乗れ。まさか歩いていくわけじゃないんだろ」

 歩行者と同じくらいの速度しか出ないこの車だが、それでも長旅では疲労の蓄積をかなりの部分軽減してくれる。
 わざわざ歩いていく理由がない。

 けれど、幹彦はおれの問いに頷いた。

「うん。歩いて行くつもりさ。……セラッタまでね」
「――」

 唐突に打ち明けられたが、驚きはしなかった。
 頭のどこかで、こいつはそうするだろうと思っていたからだろう。

「もしも追っ手が来たら、セラッタ砦の兵士たちにも勇者として顔が知られているおれがどうにかしよう、って思っていたんだけど、その必要はなさそうだからね」
「団長さんのところに行くんだな?」
「擁護する人間はひとりでも多いほうがいいっしょ。勇者なんて立場、虫唾が走るだけだけど……せいぜい利用してやるさ」

 にやっと幹彦は笑った。

「おれたちも幹彦様に付いてきますわ。道中危険もあるでしょうしね」

 傍に立っていたふたりの騎士の一方が手を上げた。

「孝弘様。副長のことは頼んます」
「マーカス……? それに、フレッドも。あなたたち……」

 車から顔を出したシランが、軽く目を見開いた。
 かける言葉が見つからなかったのか、彼女はいまは騎士の鎧を身につけていない胸の前で、強く拳を握りしめる。

 彼らの決意は固い。それを覆すことはできないのは、明らかだった。

「そんな顔すんなって、孝弘」

 おれは余程深刻な顔をしていたのだろうか。
 幹彦がへらりと笑って声をかけてきた。

「寂しいけどさ、なにもこれが今生の別れってわけじゃないしね」

 軽い口調だが、決してそれはいい加減な気持ちで口にされた言葉ではなかった。
 それがわかったから、おれも少しだけ笑った。

「そうだな。これが最後ってわけじゃない……」

 この世界は、かつておれたちが暮らしていた国とは違う。
 交通手段や通信手段が充実しているわけではない。モンスターの脅威もあるし、追剥ぎ夜盗の類も恐ろしい。町と町を移動するだけでも、普通は命懸けだ。

 移動するのに問題ないだけの戦力を有しているおれたちの側だって、抱えている事情が事情だ。どんなことが起きてもおかしくない。

 危険に満ちたこの世界で、別れた相手ともう一度会えるとは限らない。
 そんなことは、おれも幹彦も重々承知していた。そもそも、コロニーを逃げ落ちて再会できたことが奇跡のようなものなのだ。

「先に行ってる。うまくやって、さっさと来いよ」

 それでも、おれはそう言った。

 幹彦は団長さんに救われてからずっと、彼女のためにできることをやってきた。
 それが鐘木幹彦の在り方なのだ。真島孝弘がリリィたちの主として生きることを決めたように、幹彦は団長さんのために生きることを覚悟している。

 だったら、生半可なことでは挫けまい。

「うん。また会おうぜ、親友」

 幹彦は力強く頷いて、笑顔で手を振って背を向けた。


 おれはアケルに、幹彦はセラッタに。
 それぞれの道を進み始めた。
◆前話の感想返しは多分、今日中に。
次回更新は1/18付近を予定しています。
+注意+
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