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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

2章.モンスターを率いる者

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35. 明かされゆく謎

   35


 そこはチリア砦から少し離れた樹海のなか。
 薄暗がりのなかで、まだらな金髪を振り乱す少年、坂上剛太は、一心不乱に地面にナイフを突き立てていた。

「ひ、ひひ……ひひひひひっ」

 引き攣るように笑いながら、彼は苔むした地面にナイフでなにかを描いているようだった。その姿はどこか丑の刻参りめいていて、身に纏う妄念が目に見えないのが不思議なくらいに思える。

 夢中で作業を行っているせいで脚の怪我がひらいたらしく、脚に巻かれた無地の布は血でしとどに濡れていた。思う通りに動かない脚に不自由そうにしながら動きをとめることなく、執念に血走った眼をした坂上は無心にナイフを振るっている。

 そんな彼のすぐ近くには、双頭の狼の姿があった。
 奇形ではあるが、ベースはファイア・ファングだと推測できた。大きさは通常のものと変わらないが、その堂々とした佇まいは、凡百のモンスターと違っている。二対の目には理性の光があり、長い灰色の毛並みは素晴らしく、王者の風格さえ漂った。

 周囲には他にも十体近いモンスターの姿があったが、そのなかで自我らしいものが表れているのは双頭の狼だけだ。そういう意味でも別格と言えるその個体こそが、『ベルタ』であることはまず間違いなかった。

「できた……!」

 坂上が快哉を叫んだ。
 彼の目の前に描かれていたのは、直径三メートルほどの歪んだ円だった。

 円のなかには複雑な線が引かれている。子供の落書きとも見えるが、坂上の様子を見る限り、これがそんな可愛らしいものであるはずがない。

「……なにをしてるんだ、坂上」

 歪んだ笑みを浮かべていた坂上が、はっとして顔を上げた。
 振り返った彼の目に映ったのは、振り回される槍の柄だった。

「ぐばっ!?」

 飛び出したリリィが槍を振り回し、坂上の顎をかち上げる。
 ベルタは一瞬前には攻撃を察知していたようだが、そちらにはガーベラが向かっていた。そうなれば、ことは反撃するしないの問題ではなくなってしまう。ベルタが逃げの一手を取ったのは、正しい判断だったと言えるだろう。

「グルルゥアァアッ!」

 後退するベルタの双頭の一方から紅蓮の炎が、もう一方の頭からは、驚くことに大量の雹が吐き出されてガーベラを襲った。

 結果、炎と氷、加えて大量の水蒸気がガーベラを包み込んだ。それでも構わずベルタを追おうとしたガーベラに、その場にいた別のモンスターが襲い掛かる。

「……邪魔だの」

 ラフ・ラビット、ガッツ・ガッラス、トレント……種々様々なモンスターがいたが、どれもガーベラの敵ではない。文字通り一蹴した。

 だが、彼らの犠牲のお陰で、ベルタはガーベラの手を逃れていた。
 あらかじめ深追いしないように言い含めておいたとはいえ、ガーベラの襲撃を回避することができたあたり、やはりベルタはなかなか強力なモンスターなのだろう。

 距離を取ったベルタのもとに、残ったモンスターが集結していく。
 そちらの牽制はガーベラに任せておくとして、おれは確保した坂上に目を向けた。

「あぁあ……遅かったなぁ、真島先輩。いま、儀式は終わったとこだぜ?」

 リリィに槍を突きつけられながら、坂上は余裕を崩していなかった。彼の尻の下の地面には、先程描き終わったばかりの奇妙な図形がある。それが彼に余裕を与えているものであることは明らかだった。

「それはなんだ、坂上?」
「見て分からねえのかよ。魔法陣だよ。モンスターを引き寄せるためのな」

 言われてみれば、なるほど、ナイフで地面に刻まれた図形は魔法陣と見えなくもない。五芒星というやつだろうか。この世界で魔法を使うときに見るものとは、少し趣は異なるが、それは魔法陣に違いなかった。

「もう一度、さっきと同じ数のモンスターが押し寄せてくるぜ。ひ、ひはは。あんたもすげえの連れてるみたいだけどよ、どこまで守り切れるかな」

 きち、と背後で音がした。
 神経を逆撫でされたガーベラの苛つきの動作だった。わざわざ振り返らなくとも、彼女の気持ちはわかっている。おれは手振りで彼女を抑えた。

「確かに。そんなことになったら、まだ砦にいるわずかな生き残りも、ひと呑みにされるだろうな」
「おっと。ひょっとして、おれのことを殺せばどうにかなるとでも思っているんじゃないだろうな? 悪いが、そんなことしても意味なんかないぜ。おれにも、こうなったらもうとめられないんだから」
「とめられない、か。そうだったな」

 そういう話は、以前にも聞いていた。

「お前はモンスターを制御できない。あくまでモンスターを引き寄せることができるだけだ。そこにある、その『魔法陣』で。そうだな?」
「ああ、そうだ。ここに来たってことは、あんた、十文字さんを倒したんだろ。必死になって頑張ったんだろうに、残念だったなぁ」

 坂上は腹を抱えてせせら笑った。
 一度は拘束を逃れたのだからそのまま逃げればよかったものを、まだこんなところにいたのは、そんな理由だったらしい。とはいえ、『たとえ逃げようと思ったところで、思う通りに逃げられたかどうかはまた別の問題』だが……。

「……なあ、主殿よ」

 低く抑えられたガーベラの声が耳朶を叩いた。
 顔を向けると、血のような赤い瞳で双頭の狼をじっと見据える白貌があった。

「そろそろいいのではないかの?」

 冷たい声の下に、燃え滾るマグマを思わせる情動が感じられた。
 坂上奪還の際にあやめを傷つけられたことが、彼女の感情に火を付けているのだ。いまにも飛び出してしまいそうな姿勢を見て、狼のふたつの頭がユニゾンで唸り声をあげた。

「主殿が慎重を期そうとしておるのはわかるがの、自分が座っているのが他人の玉座だと気付かぬ愚か者とこれ以上言葉を交わしたところで、意味などあるまい」
「駄目だよ、ガーベラ」

 槍の穂先を坂上に突きつけたリリィが、窘める口調でガーベラに釘を刺した。

「まだそうと決まったわけじゃないんだから」
「ふん。あの魔法陣とやらを見た時点で、ほぼ決まったようなものであろうが」
「それでも、だよ」

 ふたりの会話を聞いた坂上が、怪訝そうな顔をした。

「なんだ。なんの話をしている? というか、お前ら、なんだか……」

 語尾が曖昧に消えていく。
 ようやく彼も気付いた様子だった。

 この場の誰ひとりとして、自分にさしたる注意を払っていないということに。

「なあ、坂上」

 そんな彼の様子を横目にして、おれは口を開いた。リリィの言う通り、まだ決まったわけではない。きちんと確認はしなければならなかった。

「これは大事な話だから、正直に答えてくれ」
「お前の質問に、なんでおれが……」
「いいから答えろ。なに、たいして手間は取らせない。一言で済む。坂上、お前は――」

 坂上は戸惑いつつも噛みついてきたが、それに構わず問い掛ける。

「――アントンって名前に、聞き覚えはあるか?」
「……あ?」

 坂上は怪訝そうな顔をした。
 それはなにより雄弁な答えだったから――おれは、小さく溜め息をついた。

「やっぱり、そうだったか。だから、お前は『あいつに助けを求めなかった』んだな。だったらいいんだ。……そこで、大人しくしていてくれ」

 坂上から視線を切る。おれは改めて、双頭の狼へ視線を向けた。
 理性的な目がおれたちのことを映し出している。賢そうな目だった。その佇まいは、ある種の番犬を彷彿とさせた。

「お前、喋れるんだろ。なにか反論があるなら、言ったらどうだ? 言い逃れをするなら、いまのうちだと思うが」

 ベルタは唸り声をやめた。

「なぜ……」

 その代わりに、喉の奥から低い声が応える。

「なぜ、気付いた?」

 抽象的な物言いではあったが、なにを尋ねているのかはわかった。
 どうやら『言い逃れ』をするつもりはないらしい。潔いというべきか、それともこれは、そうする必要性を感じていないだけだろうか……。

「『アントンから渡辺の臭いがする』と、リリィが言ったのが切っ掛けだ」

 ベルタの内心を推し量りつつ、おれは答えた。

「それを聞いた幹彦が言ったんだ。『内壁の上で死んだ渡辺は、ドッペル・ゲンガーの複製体だった可能性がある』ってな」

 幹彦の指摘はいいところを突いている。
 リリィの鼻は優秀だが、万能ではない。仮にあの場にいた渡辺がドッペル・ゲンガーのコピーだったとしても、あの短い時間では判別などつけられなかっただろう。ドッペル・ゲンガーの姿は、死ねばコピーしていたものから元に戻るが、爆発で吹き飛ばされてしまえば、遺体の確認も難しい。

「ただ、これはおれ自身、幹彦に言ったことだが、それは有り得ない。なぜなら、渡辺はチート持ちだからだ。首を飛ばされた渡辺は、丁度、第五階梯の魔法を放とうというところだった。ドッペル・ゲンガーのコピー能力が再現するのは見た目だけだ。第五階梯の魔法を放つことは、絶対にできない」

 あの場に収束していた膨大な魔力は本物だったし、威力が半分以下に落ちていてさえ、あのガーベラが巻き込まれて死にかけたくらいだ。あれは確かにチート持ちたる渡辺の切り札、第五階梯の大魔法だった。

「十文字でさえ使えない第五階梯の魔法を使えたということが、首を飛ばされたのが渡辺本人だったというなによりの証拠になるんだ。……だが、だとしたら、どうしてアントンから渡辺の臭いがしたのか。そう考えて、思い返してみたところで、おれはアントンの行為に不自然な点があることに気付いた」
「お、おい。アントンってなんなんだよ。なんの話をしてるんだ。おれにもわかるように説明しろよ」

 坂上が震える声で言った。彼はもう完全に、この場から置いてきぼりにされている。
 そんな彼を無視して、ベルタはおれの話に耳を傾けていた。

「アントンは十文字を殺したあと、その屍を喰っていた。これは不必要な行為だ。ミミック・スライムのリリィとは違って、ドッペル・ゲンガーのコピー能力には、対象を捕食する必要なんてないんだから。それに、もうひとつ。アントンは無用な危険を冒してもいる。あいつは『十文字の命を狙っていた』と言っていたが、ただ十文字が死ぬだけでいいなら、あと数秒もすればおれがとどめを刺していた。わざわざ危険を冒して『のこのこ』出てくる必要性なんて、どこにもないんだよ」

 どこか機械的な印象のあった、アントンの様子を思い出す。

 おれたちの前で見せたアントンの行為は、いちいち十文字に対して冒涜的なように感じられたが、あれはあくまで、幻惑能力を持つドッペル・クイーンとしての特性によるものだ。

 たとえば、寄生蜂や冬虫夏草を見ておぞましいと感じるのはあくまで人間の感性によるもので、彼らにしてみればそれは単なる生態でしかない。
 それと同じだ。非人道的ではなく、非人間的。昆虫めいて無感情で、どこか機械的にすら感じられたのが、あるいは、アントンのことを見ていて蠢く蟲をイメージした遠因かもしれない。あれが無駄なことをするとは思えないし、そんなことをできる機能が備わっているとも思えなかった。

 だから、それが鍵なのだ。

「無駄なことなんて到底しそうにない機械みたいに無感情な奴が、一見、無駄なことをしている。だったら、おかしいなと首を傾げるより、そこに意味があったのだと考えるほうが自然だろう。すなわち、『十文字を殺して喰った』ことには意味があった。そうして考えてみると、どうしてアントンから渡辺のにおいがしたのかも、自ずと答えは出る」

 アントンはクイーン・モンスターだ。ふつうのドッペル・ゲンガーより体は大きく、身長は三メートル近くあり、そして、『人間ひとり呑み込んでいるのではないかというくらい、腹回りも大きく膨れ上がって』いた。

「殺された渡辺は、十文字と同じく『遺体をアントンに喰われていた』んだ。渡辺のにおいがするのは当然のことだった。なにせ、本人がそこにいるんだからな」

 ガーベラが奴のことを『腐肉喰らい』と呼んだのは、図らずも的を射ていたわけだ。とはいえ、どうして奴が『死体を喰らった』のかまでは、材料が足りていないのでわからないのだが……。

「渡辺はやっぱり、内壁の上で殺されていたんだ。あいつはドッペル・ゲンガーと入れ替わってなんていなかった。……だが、幹彦の目の付けどころ自体は、やっぱり悪くなかった。結論は間違っていたとはいえ、幹彦は『仮にあの場の誰かがアントンの主であるのなら、ドッペル・ゲンガーと入れ替わることができた可能性』を示唆してくれたんだから」

 おれだけだったら、それに気付けなかったかもしれない。そうすれば、いつまで経っても正答には辿り着けなかっただろう。

「アントンは自分の主を『王』と呼んでいた。たとえその忠誠心が機械的なものであったとしても、そこには確かな敬意があった。……なのに、主であるはずの坂上が助けを求めたときに、あいつはその場にいたにもかかわらず、それに応じようとはしなかった。不思議だと思っていたが、それもアントンの本当の主が他にいるとすればおかしなことじゃない」

 加えていうのなら、ベルタがこうもあっさりと坂上の身柄を再びおれに奪われたのも、そのあたりが理由だろう。
 極論すれば、ベルタは坂上のことなんてどうでもいいのだ。アントンは『目的は果たした』と言って逃げて行ったが、この目的とは、当初思っていた『ベルタが坂上の奪還するための陽動』ではなかったのだろう。アントンとベルタという強力なモンスターを動かして暗躍していた『本当の主』は、別にいるのだから。

 ――坂上を隠れ蓑にしていた『誰か』。
 ――坂上に自分のチート能力を勘違いをさせた『誰か』。

 おれの能力と競合できる以上、その『誰か』はチート持ちだろう。すなわち、転移者のなかにいるということになる。
 このチリア砦にいた転移者は十名と少し。そのなかでも、まだ生きている三好とそのツレは除外できる。おれたちが守らなければ、内壁崩壊に巻き込まれるか、十文字の第二階梯の魔法に砕かれるかして、彼らは殺されていたからだ。彼らがドッペル・ゲンガーのコピーであったのなら話は別だが、その可能性もない。シランを残して一緒に十文字から逃げ出したときに、リリィがそれに気付かないはずがないからだ。

 とすると、やはり内壁の上で吹き飛ばされた大勢の人間のなかに、その『誰か』はいたということになる。

「そいつの名前は……」

 おれはそいつの名前を口にしようとした。しかし、それは遮られた。

「嘘だ!」

 突然、坂上が大声を出したからだ。

「嘘だ! 嘘だ! 嘘だぁ!」

 ひとつの言葉を喚き散らしながら、坂上が駆け出した。
 これにはおれたちも虚を突かれた。その存在を忘れていたわけではもちろんないが、坂上に対する警戒のレベルは著しく低くなっていた。

 とはいえ、たとえば坂上がおれに襲い掛かってきたというのなら、どうとでも対処はできただろう。それくらいの注意は払っていた。だが、彼が走って行ったのは、予想もしないことに、彼をずっと騙していたベルタのいる方向だった。

「なっ……馬鹿。戻れ、坂上っ!」
「黙れぇええ!」

 咄嗟に追いかけた声も、その耳には届かない。傷ついた足で不恰好に森を駆け抜けた坂上は、地面に膝をついてベルタに縋った。

「ベルタァ! お前はっ、お前はおれの手下だろ! 信じないぞ、お前がおれに言ったんだ! おれがお前の主なんだって、言っていたじゃねえかよ! どうやれば、モンスターを呼べるのか、教えてくれたのはお前だろ!? それなのに、どうしてぇ!?」

 その訴えを聞いたベルタは――どういうわけか、その目に痛みを過ぎらせたように見えた。
 だが、それも一瞬のことだった。

「もういいですよ、ベルタ。彼は必要ありません。ぼくと先輩との対談の邪魔ですから、退場願ってください」

 少年の声が森に響いた。
 途端、それが天啓でもあったかのように、ベルタの迷いは消えた。

 ばぐん、と鋭い牙が並んだ咢がひらいて閉じる。
 坂上の胸から上が消失した。噴き出す血液。そして現れるモンスターの気配。何十というモンスターが、周囲から迫ってくる。

「ご主人様!」
「……ああ」

 目の前でひとつの命が失われた事実に動揺している余裕はなかった。おれはアサリナを体の周囲に長く伸ばし、剣と盾を構える。

「こんばんは、先輩」

 ここに、モンスターを率いるもうひとりの主が現れる。
 すべてが明かされるときが来た。

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