表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスターのご主人様  作者: ショコラ・ミント/日暮 眠都
2章.モンスターを率いる者
44/321

26. 最悪の仮定

前話のあらすじ:

主人公「やった!! 討伐数いt(ry」

   26



 先程リリィに倒されたテトラ・シックルが暴れていた方向から、二十名を越える騎士の一団は現れた。


 あやめやアサリナを隠している暇はない。全身鎧を身につけているとは思えない快足で近づいてきた騎士たちは、おれたちから少し距離をとって足をとめた。そして、廊下いっぱいに広がって大盾を構えると、剣を抜いて白刃の切っ先を向けてくる。


 鎧の意匠に見覚えがあった。シランが所属している同盟騎士団のものだ。さすが、樹海を任地として日々モンスターと戦う精鋭中の精鋭だけあって、動きに隙がない。


「……どうしよ、ご主人様?」

「とりあえずは、様子見だ」


 耳元に口を寄せて囁くリリィに、おれも小声で答えた。

 同時に、毛を逆立てて警戒するあやめを抱きしめて宥め、牙を剥きかけたアサリナにも引っ込んでいてもらうようパスを介して指示を出す。


 剣を向けられたとはいえ、安易に敵意を返すべきではない。

 その時点で申し開きができなくなってしまう。


 ……とはいえ、申し開きをさせてもらえるかどうかが、そもそも微妙なところではあったが。


「どういうことですか、勇者様! ご説明ください! なぜモンスターなどを引き連れていらっしゃるのですか!」


 叫んだのは血気盛んな騎士のひとりだったが、その他の騎士たちもいまにも斬りかかってきそうなくらいに殺気立っていた。

 もっとも、これまでずっと戦い続けてきたモンスターが目と鼻の先にいるのだから、この反応も当然のことではある。おれがこの世界では勇者として認識されている転移者のひとりでなかったら、すでに戦闘になってしまっていたかもしれない。


「まさかこのモンスターの襲撃は、勇者様が……!?」


 もともと懸念していたことではあったが、モンスターに砦を襲撃させた首謀者の嫌疑も掛けられてしまっていた。いまはこうして剣を向けられているだけで済んでいるものの、この分ではそれも時間の問題だろう。


 どうにかしなければいけない。しかし……。


「お答えください! 返答次第では、たとえ勇者様といえど……!」

「……言っておくが、おれはこの襲撃と無関係だ。そもそも、おれにはそんなことできない」

「しらばくれるおつもりですか! こうしてモンスターを引き連れているのがなによりの証拠! 探索隊の方もおっしゃっていました! これは人の為したことではないかと! まさかその通りであったとは……!」


 なるべく刺激しないように気をつけたつもりだったのだが、弁明の言葉に返って来たのは、ややヒステリックな怒声だった。むしろヒートアップさせてしまった感触さえあって、まさに聞く耳持たない反応におれは思わず目を細めた。


 状況は最悪だった。

 ……大方、予想通りの展開とも言えるが。


 こんなことになってしまったものの、おれはさほど動揺はしていない。自分の力を明かすと決めた時点で、こうなることは覚悟していたからだ。

 向けられる敵意も、突き付けられる害意も、浴びせられる嫌悪の情も、身構えていれば堪えられないほどのことはない。


 そしてもうひとつ、おれには覚悟していたことがあった。

 それは、この場で身の潔白を証明するのが、非常に困難だということだった。


 おれがなにを言ったところで、耳を傾けてもらえるかどうかが怪しい。恐怖と怒りで頭に血が昇っている人間に、なにをどう弁明したところで、言下に否定されておしまいだろう。実際、さっき試してみたが駄目だった……というより逆効果だったわけで、これはもう説得以前の問題だった。


 そもそも、彼らもなにか証拠があって疑っているわけではないのだ。

 必要とされているのは時間を掛けて培われた信頼であって、こればかりは、この砦に来たばかりのおれにはどうしようもなかった。


 あるいは、こんな場面でさえなければ、おれも時間をかけて彼らの誤解を解こうとしたかもしれない。しかし、現状はそのような悠長なことをしていられる状況ではなかった。


 よって説得は不可能。だからといって、攻撃されるのも拘束されるのも御免こうむるし、誤解で剣を向けてきている相手と戦ったところで意味がない。お互いに消耗した末に、押し寄せるモンスターに諸共呑み込まれるのがオチだろう。


 となると……ここは逃げ出す以外に手はないか。

 目の前の騎士たちを振り切って、モンスターで溢れたこの砦のなかを突っ切り、樹海まで逃げる。そこまで辿りつけば、ローズやガーベラとの合流も叶うだろう。おれとリリィだけなら、それも不可能ではないはずだ。無論、決して分のいい賭けではないが……。


 しかし、そうするとひとつ失敗したのは、どうも疑惑の一部が幹彦やケイにも向けられてしまっているらしいことだった。

 左手の甲から寄生蔓のアサリナを生やし、風船狐あやめを抱きしめているおれ自身はもちろんだが、この場面だけを切り取ってしまえば、ここにいるおれたち全員がモンスターを率いているように見えても仕方がない。それはつまり、今回の砦襲撃の犯人一味と見做されてしまうということだった。


 どうにかして、幹彦とケイに対するものだけでも誤解を解かなければならない。

 さいわい、いまの口振りからすると、この騎士の一団は探索隊とコンタクトをとれているらしい。幹彦とケイのふたりは、彼らに任せることができれば、まず安全だろう――と、おれは大体の方針を決める。


 しかし、実際にそれを行動に移すことはできなかった。


「いい加減なこと言ってんじゃねえぞ!」


 怒声が通路に響き渡る。

 おれは目を見開いた。眉を吊り上げた幹彦が、ずかずかと前に進み出ていったからだ。


「砦を襲撃ぃ? そんなことするわけないだろ!」

「み、幹彦様……?」


 騎士たちの間に動揺が広がるのがわかった。

 同盟騎士団団長に惚れ込んでいる幹彦は、その部下である騎士たちとも交流の機会を多くしていたに違いない。そうした過程で、人柄に触れていた者も多かったのだろう。真っ向から怒りとともに疑惑を否定されたことで、手にした剣の切っ先に迷いが生まれていた。


「し、しかし、幹彦様がそうでも、そちらの御仁は……」

「孝弘だって、同じだっつの! そんな奴じゃねえよ!」

「そ、そうですっ」


 おれの服の裾を掴んだままのケイも、大人たちの会話に口を出した。


「孝弘さんはそんなひとじゃありませんっ」

「ケイ……」


 物々しい雰囲気に怯えた様子ながらも、少女の眼差しには燃えるものがあった。

 なんとしてでも守るのだと、少女は心に決めているのだ。さっきまではおれが守る側にいたはずなのに、いまはおれのほうが守られていた。状況の変化に戸惑い、おれは口を挟むタイミングを失ってしまう。


 屈強な騎士たちを睨む眼鏡の級友と、年端もいかぬ少女。

 そんな膠着状態を破ったのは、戦列を組む騎士たちの向こうであがった女の声だった。


「その声、やはり幹彦か?」

「き、危険です、団長!」

「構わん。下がれ」


 制止する騎士たちの列を割って、鎧姿の長身の女がおれたちの前に進み出てきた。

 短く刈り込んだ銀髪に、女性だてらに筋肉質でがっしりとした長身。

 一度おれも会ったことがある、同盟騎士団の団長を務める女性だった。


「だ、団長! ご無事だったんすねっ!」


 その姿を確認した幹彦が、喜色に満ちた声をあげた。

 嬉しさを隠すことのないまっすぐな親愛表現に、女が肩をすくめて応える。


「お前こそ。無事だったか、幹彦」


 言葉少なではあったが、女の声にはどこか安堵の響きがあった。

 だが、それも一瞬。鷹のように鋭い目がおれのことを見据えた。


「それと確か……真島孝弘殿でしたか」


 探るような視線が向けられる。明らかに彼女はおれのことを疑っていた。

 ただ、他の騎士たちとは違って、彼女にはこちらと冷静に言葉を交わすだけの理性が残っているようだ。慎重な口調で語りかけてくる。


「ずいぶんと奇異な格好をしていらっしゃいますな。どうやら隠し事をされていたらしい」

「……それに関しては、申し訳なく思います。ただ、そうする必要がありましたから」

「でありましょうな。モンスターを操る恩寵とは、また面妖なものをお持ちだ。面倒事になることは目に見えているし、実際にそうなった」

「理解していただけたなら幸いです。ただ、ひとつ訂正していただけますか? おれは別に、彼女たちを操っているわけではありませんし、そんなことはできない」

「だから、モンスターに砦を襲わせたのは自分ではない、と?」


 おれのことを見定めるように目を細めて言う。

 やり取りを通して、手応えは薄い。おれの言葉が彼女に響いていないことは明らかだった。


 睨み合うおれたちを交互に見て、焦った顔の幹彦が口を開いた。


「信じて下さい、団長! 孝弘はおれたちを助けてくれたんです!」


 それを聞いた女の目が初めて、迷うように揺れた。

 どうやら幹彦は団長の信頼を勝ち取っているらしい。訴えかける声には彼女を揺らすだけの力が確かにあった。

 しかし、それだけではまだ弱い。


 幹彦の言葉以外に団長がおれを信じる指標はない。迷いながらの言葉では、配下の騎士たちに対する説得力にも欠けるだろう。


 ……やはり駄目か。

 おれがそう判断したのはこの状況では間違いではなかったし、このままなら、おれとリリィはこの場を立ち去ることになっていただろう。

 そうならなかったのは、背後から迫る足音を聞いたためだった。


 がちゃがちゃと鎧がこすれる音とともに、聞こえた足音は数人分。

 おれは舌打ちをしたい気持ちで振り返った。


 失敗した。もっと早く逃げ出すべきだった。

 挟み込まれてしまっては、簡単には逃げられない。先程モンスターに挟まれたときと同じで、一戦しなければならなくなる。なるべくなら、おれは人間と戦うつもりはないのに……と、後悔しつつ振り返ったおれは、小さく声をあげた。


「……あ」


 おれが目にしたのは、こちらに駆け寄ってくる数名の同盟騎士――そして、そのなかにいる『白兜』の姿だったのだ。


「……姉様?」


 ぽつりとケイがつぶやいた。

 騎士が白い兜を脱ぐと、その下から長い金髪をアップにまとめたエルフの少女の顔が現れる。遠目にも整った顔立ちは、シランのものに違いなかった。


「これは何事ですか!」


 白い鎧をモンスターのものと思しき返り血に染めたシランは、兜を脇に抱えて、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。その途中で、ファイア・ファングにやられた騎士の亡骸に一瞬だけ視線を向け、悲しげに眉を寄せたが、歩をとめることはなかった。


「……?」


 シランの目からは、縋りつくケイの影になって、いまのおれの状態は見えていなかったらしい。数メートルの距離に近づいて初めて、シランの蒼い瞳に状況が映り込んだ。

 整った顔に困惑の色が広がった。


「孝弘殿……?」


 震える唇が、おれの名を呼んだ。彼女はおれの左手のアサリナと、腕に抱いたあやめを交互に見ていた。その双眸には、心の裡の動揺がありありと表れている。


 ……考えうる限り、最悪のかたちでの再会だった。


 気付かないうちに、おれは奥歯を強く噛みしめていた。

 驚き、戸惑い……きっとその次に向けられるのは、敵意の眼差しと、腰にさがった剣の切っ先なのだろうと、予想はついてしまったからだ。

 見ず知らずの人間ではない。言葉を交わし、親近感と好意を抱いていた相手だ。たとえ覚悟を決めていたところで、嫌われてしまうことを思えば心が痛い。


 だけど、それはもうどうしようもないことだ。

 おれはモンスターを率いる主だ。そうである自分を捨てるつもりはないと、昨晩リリィに答えた。その気持ちに嘘はない。

 だったらこれは、おれ自身の選択の結果だ。


 おれにできるのは、ともすると伏せてしまいそうになる視線をあげて、歯を喰いしばって、最後まで見届けること。ただそれだけだった。


「……」


 あやめとアサリナから視線を切ったシランは、ほんの数秒、ケイの様子に目を留めていた。

 そうしてようやく、ケイに縋りつかれる格好でいるおれへと目を向けた。


 審判のときだ。おれは覚悟を決めて、彼女の目を見返す。向けられる真っ直ぐな眼差し。透き通った蒼い瞳には、モンスターを従えるおれという存在に対する疑念と敵意が宿って――は、いなかった。


「……シラン?」


 思わず疑念の声をあげたおれの前で、変化が起こる。


 おれたちの姿になにを見たのか、シランの顔から動揺の色が消えた。

 迷うようだった足取りが、しっかりとしたものに変わる。

 同行していた他の騎士たちが足をとめるなか、シランはひとり近づいてくる。剣を抜くでもなく、盾を構えるでもなく、極々自然な動作でおれの傍に立った。

 そして彼女は、毅然とした眼差しを団長に向けたのだった。


「なぜ団長が孝弘殿に剣を向けていらっしゃるのですか?」

「……唐突だな」


 ほんのわずかに息を呑んで、団長は眉を顰めた。


「見ればわかるだろう? 彼はモンスターを引き連れている」

「だからなんだというのですか。まさか彼がこの襲撃を企図したとでも?」


 おれは驚いて、シランの整った横顔を見詰めた。

 明らかにそれは、おれのことを庇おうという台詞だったからだ。


「察するに、孝弘殿はモンスターと交戦した様子」


 シランは通路に屍を晒したファイア・ファングと、その血で赤く染まったおれの剣を目で示した。


「彼が砦にモンスターを引き入れたとするのなら、そのモンスターと戦うような羽目になるはずがありません」

「それは、確かにそうかもしれないが……」


 団長は思案気に眉を寄せるが、すぐに首を横に振った。


「それだけではいささか弱いな。彼の持つ特異な力が、この異常事態においてあまりに疑わしいことは確かなのだ。たとえ勇者であっても、断じて見逃すわけには……」

「勇者であるかどうかは関係ありません」

「……なんだと?」


 団長が目を見開いた。

 そんな反応も納得できてしまうくらいに、シランが口にした台詞には確信がこもっていたのだ。


「孝弘殿はケイのことを守ってくださいました。そのために、これまで隠していた己の力を人目に晒したのでしょう。このようなことになることは、きっとわかっていたはずなのに。その行為に気高さこそあれ、邪悪さなど欠片もありません」


 強い視線で団長を見据え、シランはその言葉を唇に乗せた。


「真島孝弘は尊敬できる人物です」

「シラン……」


 それは、こんなことになる直前、別れ際の彼女が告げた言葉だった。

 おれの正体を知って尚、彼女は同じ言葉を口にしてくれたのだった。


 驚きに言葉を失ったおれのことを横目に見て、シランの口元に小さな微笑みが浮かんだ。それは、思わず見惚れてしまうくらいに魅力的な表情だった。


「……まさかお前が、そんなことを言い出すとはな」


 団長はおれと同じか、それ以上に、驚きを隠せない様子だった。

 信頼する副長がこんなことを言い出すとは、彼女も予想していなかったに違いない。唖然とした口調で続けた。


「……彼が勇者であることは関係ない、か」

「はい」


 団長に向き直ったシランは、やはり躊躇いなく頷いた。

 毅然とした表情には、どうにかして団長に翻意を促そうという決意が満ちている。

 彼女が本気で団長を説き伏せようとしていることは明らかだった。


「孝弘殿を敵に回すなんてとんでもない。我々はこの難局を打破すべく、彼と力を合わせるべきなのです。ですから……」


 と、そこでなぜか、真摯に紡がれていた説得の言葉が切れた。

 シランのかたちの良い眉が寄る。疑問の声があがった。


「……団長? どうかなさいましたか?」


 シランの見詰める視線の先で、彼女の言葉に耳を傾けていた団長の肩が、小刻みに揺れていた。


「いや、なに。そうか。なるほどな。……ふ、ふふっ」


 それは明らかに笑いを堪える素振りだった。それも長くは続かない。我慢ができなくなったらしく、ついに団長は声をあげて笑い出した。


「そうか、そうか! 勇者かどうかは関係ないというのか。あのお前が! これは傑作だ!」


 それは、いかにも楽しげな笑い声だった。


「だ、団長……?」


 戸惑いの声をあげたシランが、おれに横目を使ってくる。

 助けを求められたところで悪いが、当然、おれにも団長が笑い始めた理由なんてわかるはずがない。


 ただ、廊下に響く笑い声が、この場に立ちこめていた嫌な空気を押しやっていくのは、肌で感じ取れていた。


「ふ、ふふ。確かにシラン、お前の言う通りだ」


 団長が笑い声で言った。


「己を犠牲にしてでも弱きを助けるその行為、邪悪さとは程遠い。自分の仕掛けた企みで立場を失くすのが考えづらいというのも、まさにその通り。疑うべき理由はなく、それに加えて、お前と幹彦が揃って噛みついてくるとなれば……これはどうやらわたしが誤ったらしい」


 やがて笑いを引っ込めた女は、腕をひと振りした。


「剣をひけ! この方は我らの敵ではない!」


 威厳に満ちた女の声が耳朶を打った。


 命令を聞いた騎士たちが、整然とした動作で剣をおさめる。

 迷いのない動作であり、不平不満を態度に滲ませる者さえいない。幹彦とシランの説得が彼らにも効果があったにしても、たいした統率力だった。


「勇者たる御身にあらぬ疑いをかけ、剣を向けた無礼をどうかお許しいただきたい」


 団長はおれに顔を向けると、真摯に言葉を紡いだ。


「願わくば、我らに同行していただけないだろうか。これから我らは探索隊の方々のお力を借りて、反攻作戦を開始する予定でおります。もしも可能であるのなら、ともに戦っていただければ心強い」


 呆然としてことの成り行きを見守っていたおれは、思わずリリィと顔を見合わせた。


 逃げ出すことになるだろうと思っていたし、殺し合いになるかもしれないと危惧していた。

 しかし、まさか協力の申し出があろうとは思ってもみなかったのだ。


 もちろん、これは嬉しい誤算だ。いや。勝ち取られた貴重な成果というべきか。


 おれたちだけで砦を抜けることは難しい。生き残るためには協力する必要がある。敵対さえされないのなら、おれたちに申し出を断る理由はなかった。


 おれはリリィと頷き合って、提案の承諾を告げた。

 幹彦とケイが歓声をあげ、シランがほっと息をついた。


 こうしておれは、幹彦とケイ、そしてシランの尽力によって、あわや無意味な殺し合いをする危機を回避することができたのだった。


   ***


 同盟騎士団と合流したおれたちは、すぐに砦の奥に移動を始めた。

 小走りで移動するおれとリリィの近くには、団長と幹彦、ケイの三人がいる。同行している他の騎士たちは、少し距離をとって周りを固めていた。


 早足で移動しながら、おれは団長から砦の現状について簡単に説明を受けた。


 まずおれたち以外の転移者についてだが、いずれも襲撃時に砦の中枢部にいて無事らしい。運がいい……というか、相変わらずおれと幹彦は運が悪いと言うべきだろうか。ともあれ、無事であるならそれは喜ばしいことではあった。


 団長率いる同盟騎士団は、勇者たちのいる砦の中枢区画を守っていたらしい。

 しかし、あっという間に戦況は不利になってしまい、やむなくシランは別働隊を率いて本隊から離れ、砦の中枢部近くまで侵入したモンスターと戦闘を開始した。その際に取り逃がしたのが、おれたちが遭遇した二体のモンスターらしい。


 そして、シランたちが出撃したあとで、先程、団長も口にしていた反攻作戦が提案されたのだという。

 提案した本人である探索隊がモンスターと戦おうというのだが、敵があんな大群である以上、たとえチート持ちであったところで万が一ということはある。まとまった戦力が必要という判断が下され、団長はシランを迎えに来た。その途中で、シランたちが取り逃がしたモンスターを倒したおれたちと遭遇したというわけだった。


 大体の状況は掴めたところで、次におれは肝心の反攻作戦について話を聞いた。


 探索隊が提案した反攻作戦だが、これに参加するのは、砦の各所で抵抗を続ける軍や騎士団から捻出された精鋭が三百名ほどになるらしい。


 作戦の概要はというと、まず現在は飛行可能なモンスターの襲撃を受けている砦の内壁上の安全を確保。次に、占拠されてしまっている外壁にいるモンスターを内壁の上から探索隊の最大魔法によって叩き、その後は砦内部に侵入したモンスターの掃討に移る――というシンプルなものになっている。

 多分に探索隊の戦闘能力任せの部分はあるものの、うまくいけば、外壁に留まっている大量のモンスターを一撃でほぼ殲滅することができるだろう。


 その後の掃討戦は、基本的に探索隊が正面に立ち、彼らが取り囲まれて物量に押し潰されてしまわないよう、軍の兵士や騎士団がそのフォローを行うかたちになる。おれも同盟騎士団の協力者として、この仕事に手を貸すことになった。


「……」

「どうかなさいましたか?」


 説明を終えた団長が、おれの視線に気付いて顔を向けてきた。


「不思議そうな顔をされているようですが」

「……ええ、まあ。まさかこの異世界の人間と、おれのこの能力を明かしたうえで協力し合うことができるとは思ってもみませんでしたから」

「協力し合うと言っても、限定的なものにならざるを得ないのは申し訳ないところですが」


 団長はかぶりを振った。


「先程も言った通り、孝弘殿の能力については伏せておいていただきたい。要らぬ混乱を招くことになりかねませんから」

「わかっています」


 第三同盟騎士団には、彼らを率いる団長の意志が行き届いている。

 しかし、帝国の軍や騎士団はそうではない。おれの力を彼らに見られてしまえばどうなるかわからないと、団長からは既に忠告を受けていた。


 確かにそれはそうだろう。この世界の住人にしてみれば、崇めていた現人神の正体が悪魔だったようなものなのだ。明かされるタイミングが悪ければ、たったそれだけで戦線が崩壊しかねない。


 そのあたりの事情もあって、おれはあやめとアサリナに、一端、姿を隠してもらっていた。当然、このままではおれの戦闘能力はガタ落ちなので、砦の防衛に力を貸すのは、できる範囲でということになる。もちろん、場合によってはそんなことを言ってはいられないだろうが……。


 正直面倒だが、仕方のないことだった。

 砦の襲撃に関する疑いは晴れたとはいえ、おれがモンスターを従える存在であることは変わりないのだ。依然として、おれはこの世界における異分子でしかない。それはしっかりと自覚していなければならなかった。


 同行している騎士たちからも、敵意こそ向けられてはいないものの、警戒心は未だに感じ取れていた。居心地の悪い視線には少々閉口させられたが、たとえ思うところがあるにせよ、この場だけでも共通の目的を持って肩を並べて戦えるのだから、想定していた最悪からは程遠かった。


 なにもかも、ひとりの女性が見せた度量の為せる業だった。


「あなたは本当に、おれとともに戦うつもりでいるんですね」

「お疑いでしたか?」

「……正直なところ、少し」

「はは。慎重でいらっしゃる。いや。それでよろしい。大切なものを守るためには、慎重さと大胆さが等しく必要になるものです」


 小気味よさそうに女は笑った。

 その態度は好意的で、なんら隔意は感じられない。それが少し不思議だった。


「どうしてあなたは、おれのことを信頼してくれたんですか?」


 おれが尋ねると、女は器用に片眉を持ち上げてみせた。


「あなたには疑うべきところがない。というのは、先も述べたはずですが」

「ええ。幹彦と、それにシランがしてくれた説得のお陰です。それは本当に感謝しています。……ですが、それはあくまで疑うことをやめた理由でしょう」


 モンスターを率いるおれは、この世界で忌み嫌われる存在だ。

 極々単純な理屈として、おれと肩を並べて戦うためには、まずこの生理的な嫌悪感をどうにかしなければならないのだ。


「ああ。なるほど。あなたの疑念は、そこにあるわけですか」


 おれが疑問に思っていることには納得したらしく、団長はひとつ頷いて答えた。


「単純な話です。わたしの信頼する人間が、あなたに救われたからですよ」

「……身に覚えがありませんが」


 おれが眉根を寄せて困惑するのを見て、団長はさも楽しげにくつくつと笑った。


「でしょうな。本人にも、自覚があるのかどうか」


 言いながら、彼女はちらりと後ろを振り返った。

 そこには、殿の一隊を率いて後方からの襲撃を警戒するシランの姿があった。


「シランが……?」

「ええ。アレは心根の清い娘です。わたしはアレの父や兄とも交流がありましてね、幼い頃から知っています。誰よりも高い理想を持ち、そのために研鑽を惜しまず、どのような苦難にも耐え、献身を旨とする良き騎士に育ってくれました。わたしはアレと背中を合わせて戦い、何度も命を救われました。そうするうち、わたしは彼女を信頼し、副長を任せるようになったのです」


 団長の口にする言葉には温かみがあった。

 彼女たちの間にある感情は、ただ上司と部下という間柄だけのものでないのだろう。樹海という過酷な土地では、育まれた絆がどれだけ重要なものであるか、おれ自身も経験していることではあった。


「……しかし、良き騎士であればこそ、やつは苦しんでいました。どうしようもない現実に打ちのめされ、それでも諦めることだけはできず、やがて勇者の降臨を狂おしいほどに待ち侘びるようになってしまったのです。わたしにはそれを、どうしてやることもできませんでした」


 懺悔するような口調で団長が語る話を聞いて、おれは、力が足りないと嘆いていたシランの姿を思い出していた。


 ――足りないのです。この身では。どれだけ鍛えたとしても、守り切れずに仲間たちは次々に死んでいく。


 彼女のああした姿を、目の前の女性はずっと見てきたのだろう。大切な戦友だと思っていればこそ、苦しんでいる姿を見るのはつらいことだったに違いなかった。


 団長は続ける。


「救済をもたらす勇者様への信仰を心に宿し、支えにすることで、我らは日々を生きています。わたしたちは勇者様の為した偉業のお陰で、今日、ここに生きていられる。であれば、我らがそれを常に意識し、敬意を示し、現在と未来に救いをもたらす方々に感謝を捧げるのは、極々自然なことでしょう」


 やや宗教がかった価値観なので、おれのような現代日本人にはわかりづらい部分もあるが、要するに言いたいことは、過去に懸命に生きた人々に感謝しようということだろう。そういうことなら、おれにも理解できた。


「勇者様は我らの支えです。故に、わたしも救いを求める心を否定はしません。しかし、それが行き過ぎてはならない。行き過ぎた信仰は、目を曇らせる。目の前にいるあなたがたを、我らの幻想で覆い尽くすようなことはあってはならないのです」


 そうして語る団長の姿には、ある種の信念が感じられた。


「影もなければかたちもないものだけを見て、本当にそこにあるものを見ない――それは、ひどく危うい行為だ。そんなことをしていては、我らはいずれ大きな失敗をすることになりかねない……だから、孝弘殿」


 団長がおれの名を呼んだ。


「わたしはあなたに感謝しているのですよ。シランに『勇者かどうかなど関係ない』と言い切らせたあなたは、アレの危うさを救われたのですから」


 そう言って彼女は笑う。この世界の人間にとって恐ろしい災厄であるモンスターを率いるおれは、彼女にとっても忌み嫌うべき存在だったはずだ。それなのに、いまは含むところのない笑みを浮かべてみせている。

 なるほど、これが幹彦の入れ込んでいる女性か。


「どう、孝弘?」


 思わず流した視線に気付いた幹彦が、なぜか得意げに尋ねてくる。

 いい女だろうと自慢したくなる気持ちもわかるが、残念ながら彼女は現時点で、幹彦の恋人というわけでもなんでもない。


「……茨の道だと思うけど、めげずに頑張れよ」

「突然、親友から哀れまれたんですけど!?」


 そんな会話をしているうち、おれたちは集合場所に辿り着いた。


 しかし、そこには既に探索隊の姿はなかった。


   ***


「既に作戦が開始されただと!?」


 団長の怒声が大広間に響いた。

 集合場所であった広間には、わずかな兵が残るばかりだった。

 兵を任された年嵩の男は、団長の剣幕に顔を蒼褪めさせていた。


「は、はい。グリーン将軍の命令でして」

「我らを待たずして作戦を開始したと? 功名にはやったか、あの俗物め。状況がわかっているのか……?」


 どうやらなにか手違いがあったらしい。

 呻き声をあげる団長に、騎士のひとりが声を掛けた。


「団長。そういえば、先程から将軍は……」

「……ああ、そうか。そうだな。奴も追いつめられているのか。しかし、忌々しいことには変わりない」

「どうしますか、団長」

「……追うしかないだろうな。万が一にも勇者様方を失うわけにはいかない。砦の最大戦力を集める必要があるのは確かなのだ」


 団長は騎士と会話を交わす。

 それを少し離れて見ていたおれたちに、シランが駆け寄ってきた。


「なにかトラブルがあったようですね」

「そのようだな。……グリーン将軍というと、おれたちが初めに砦に来たときに挨拶をしていた奴だな?」

「ええ。この砦に駐留している帝国軍のトップです」

「さっき団長が言っていた、そいつが追いつめられているというのは?」

「砦の防衛は軍の管轄ですので」

「……この状況で陥落寸前の責任を取らされるのは、少し酷じゃないか?」


 誰がトップであろうと、あれだけの数のモンスターが押し寄せてきたのだ、危機的な状況を回避することはできなかっただろう。もっとも、組織の頭は責任を取るのも仕事のうち、ということかもしれないが。


「いえ。それは確かにそうなのですが……それはそれとして、防衛に不手際があったのも事実ですので」

「……跳ね橋の一件か」

「はい」


 樹海に出ようとしていた同盟騎士団十余名が命を賭して稼いだ数秒間のうちに、上がるはずだった跳ね橋が途中でとまってしまっていた件のことだ。

 あれがなければ、少しでも時間を稼ぎ、防衛態勢を整えることができたかもしれない。確かにあれは、砦の防衛を預かる軍の起こした問題といえるだろう。シランはやや苦い顔をしていた。


「実際、帝国騎士団からは随分と突き上げを喰らっていました」

「……内輪揉めをしている場合か」

「まさにその通りです。面目次第もありません」

「シランが謝ることじゃないな。それで、そうすると、なにか? そいつは名誉挽回のための手柄を少しでも多く得るために、同盟騎士団を蚊帳の外にしたってことか?」

「それだけではなく、計画より多くの兵を連れていったようです。将軍は焦っていたのでしょう。よりによって勇者様の前で、責任を追及されていましたから」

「ここでただ生き残っても、身の破滅か」


 おれが聞いていた印象では、同盟騎士団は樹海でモンスターを討伐する最精鋭のはずだ。同じく樹海を任地とする帝国騎士団に仕事を押し付けられていたことから、立場はあまり強くないのだろうが、逆に言えばそれは実戦経験が豊富だということでもある。


 それをのけ者にしたうえで、作戦を決行したわけだ。

 正常な判断力を保っているとは思えない。……いや。それとも、それでも絶対に勝てると思えるだけの確信があったということだろうか。


 ――勇者、か?


「計画では、探索隊の渡辺芳樹の第五階梯の魔法でモンスターを殲滅するんだったか」


 戦杖を携えた小柄な男子生徒の姿を思い出す。あれは総じて身体能力と魔法に優れたウォーリアのなかでも、魔法使い寄りのチート持ちらしい。それに対して、十文字のほうは戦士寄りらしく、第四階梯が限界らしいが、それでも恐ろしく強大な魔法であることは変わりない。


 無論、最大規模の魔法を扱おうと思えば、いくらチート持ちと言っても、それに集中する時間が必要だ。そのための時間を稼ぐのは、フォローをする兵や騎士の仕事だ。それくらいなら同盟騎士がいなくとも、この場の兵士を掻き集めて充填すれば十分だという判断なのだろう。


「……いや。ちょっと待て。とすると、ここにいる他の転移者たちはどうなる? まさか守りが手薄な場所に置いていったわけではないよな?」

「いいえ、孝弘殿。それはないようですな」


 このおれの質問に答えたのは、話を切り上げて戻ってきた団長と幹彦だった。


「どうやら勇者様方は全員、探索隊のおふた方について行かれたようです。もともと探索隊の方々から離れるのを嫌がる方は多くいらっしゃいましたから、こんなことにならずとも、ついて行かれた方は多かったでしょうな」

「よく調教されててびっくりしちゃうよね」


 相変わらず辛辣な物言いをした幹彦は肩をすくめた。


「まぁ、確かに探索隊の近くが一番安全って考えはわからないでもないけどね」

「孝弘殿。我らはこれから先行した友軍のあとを追います。一緒に来ていただけますか」

「わかった。そういうことなら、急いだほうがいいだろうな」


 おれは頷きを返し、騎士たちとともに駆け出そうとする。

 ――そのおれの手首を、リリィが掴んだ。


「待って」


 振り返って見た彼女の表情は険しい。

 その手には、木槍が握りしめられていた。


「ちょっと特定に時間掛かっちゃったけど……」


 すんと鼻を鳴らしたリリィは、槍を振りかぶる。

 誰がとめる間もなく、リリィは槍を投擲した。


「……なっ!?」


 すさまじい膂力で投擲された槍は、広間にいた兵士のひとりの顔を貫いた。

 トマトみたいに頭部が弾け飛び、兵士の体はその勢いで背後に吹っ飛んで、床に四肢を投げ出した。


 部屋にいた者が唖然としていたのは、ほんの一瞬のことだった。


「貴様ぁ!」


 怒声とともに、鞘走りの音が連続した。広間に敵意が渦巻き、そして――


「静まれぇ!」


 ――団長の叱責が、騎士たちの耳朶を叩いた。

 それで敵意は挫かれる。騎士たちから戸惑いの視線が向けられるが、団長は眉根を寄せて倒れた兵士を見詰めていた。

 そんな彼女に、リリィが肩をすくめて礼を言った。


「とめてくれて、ありがと。先に言えればよかったんだけど、正体を暴露しちゃうと、ここで暴れ出されて被害が出そうだったから」


 団長の視線を追った騎士たちから、驚きの声があがった。

 リリィが投擲した槍が貫いた兵士の姿が、上半身だけの人の影絵を固めたようなモンスターへと変わっていたからだった。


   ***


 樹海表層部には『ドッペルゲンガー』と呼ばれるモンスターが生息していることは、ケイから受けたモンスターに関する講義でおれは聞き知っていた。


 RPGを嗜む人間ならおおよそ予想できることだと思うが、こいつは敵の姿をコピーする能力を持っている。

 ドッペルゲンガーに行き遭った者は、自分と同じ姿形をした『もうひとりの自分』に殺されることになるわけだ。


 ある意味、ミミック・スライムであるリリィの擬態と似た能力ではあるが、違うところも多々ある。


 まず対象を捕食する必要がない。また、姿形に関してだけは、コピーは完璧に行われる。

 その反面で、コピーできるのはあくまで対象の姿形だけであり、能力をコピーすることはできない。

 なにより、リリィと違って意思を持たないため、人に紛れることは不可能だ。

 当然、こっそりと砦に侵入するなどということは有り得なかった。……これまでは。


「まったく気付きませんでした……」

「小精霊の探知能力は、敵意を持ってないと検出できないんだろう? だったら、仕方がない」


 やや落ち込んだ様子で呻いたシランを、おれは慰めた。


「ともあれ、これで跳ね橋の一件についても説明がつけられる」

「……鉄扉を破られたあと、門のあたりにいた兵は真っ先にモンスターに蹂躙されましたからね。兵士に紛れてモンスターが邪魔をしていたとしても、その事実を知る者はひとりも生き残ってはいないでしょう。やられました」


 こうしてドッペルゲンガーが兵士の間に紛れ込んでいることがわかった以上、防衛の要所においても同様のことが起こっている可能性は高い。

 それどころか、探索隊を旗頭とした反攻作戦にさえ紛れこんでいるかもしれないわけで、事態はかなり深刻だった。


 同盟騎士団とあの場に残っていた他の兵士たちのなかに、他にドッペルゲンガーが混ざっていないことをリリィが確認したあと、おれたちはすぐに移動を開始した。


 さいわいなことに、道中のモンスターは探索隊が片付けてくれたらしく、移動はスムーズに行えた。一刻も早く、反攻作戦を遂行中のはずの彼らに追いつかなければならなかった。そうしなければ、砦の命運を左右する作戦が頓挫しかねない……。


「どうしたの、ご主人様?」


 声を掛けてきたのは、傍らを走るリリィだった。

 彼女は気遣わしげな様子で、おれの顔を覗き込んでくる。


「難しい顔をしてるけど」

「いや。どうも気に入らないと思ってな」

「気に入らない?」


 瞬きをして首を傾げるリリィに、おれは答えた。


「おれたちは現状、対処に追われている。さっきのドッペルゲンガーの件もそうだが、後手後手に回ってしまっている。少なくともここまでは、『敵』の思惑通りに事が進んでいると考えたほうがいい」

「まあ、そうだね」

「これは、そうした前提の上での話なんだが……おれたちが来た途端にこんな非常事態が起こるというのは、ちょっとタイミングが良すぎるとは思わないか?」

「ちょっと待って下さい、孝弘殿」


 おれたちの話を聞いていたシランが口を挟んできた。


「まさかあなたは、勇者様方の来訪が切っ掛けになって、いまの事態が起こっているというのですか?」

「その可能性はある」


 要はケイの失踪騒ぎのときと理屈は同じなのだ。おれたち転移者が砦に逗留し始めた途端に、これまで一度もなかった大量のモンスターが襲い掛かってきた。そこに因果関係を疑うのは、それほどおかしなことではないだろう。


「ああしてドッペルゲンガーが潜入していた以上、これが単なるモンスターの暴走である可能性はなさそうだ。今回の砦の襲撃には、首謀者である『敵』がいる。そして、ここまで『敵』の思惑通りにことが進んでいるとすると、いまの流れはまずいかもしれない」

「と言いますと?」

「おれたち転移者が『敵』の目的に絡んでいるのだとしたら、そいつは当然、探索隊がここにいるのを知っていることになるだろう?」

「……まさか! 我らが勇者様方に頼ることまで想定済みであると!?」


 おれの言いたいことに気付いたシランが、大きく目を見開いた。


「ああ。もしもそうだとしたら、かなりまずい。探索隊を軸にした反攻作戦は確かに有効だ。普通ならな。ただ、こうなるとそれも怪しい。探索隊の連中がいるとわかっているなら、それなりの対策をとっているはずだからな」

「まさか、そんな……」

「もちろん、おれの考え過ぎかもしれないが」


 あまりにもシランがショックを受けている様子なので、おれは一応そう言い置いた。

 実際、おれの言っていることはかなりの部分が推測でしかない。


 おれたち転移者が原因だというところがまず仮定だし、なにをどうすれば『あの』探索隊に対応できるのかという疑問もある。なにせ、相手はこの世界で絶大な力を誇るチート持ちなのだ。


 おれはこれまでの経験上、最悪を仮定する癖がついている。だから、こんなのは単なる杞憂かもしれない。

 だが、最悪を仮定しておくに越したことはないとも思う。

 慎重なくらいでいいのだ。それは、団長が先程言っていた通りだった。


 おれは内壁の上に繋がる階段を騎士たちとともに駆け上がりながら思考を巡らせる。


 自分なら、どうやってチート持ち対策を立てるか。


 今回の一件を起こした人間は、おれと近い能力を持っている。だから、そいつの置かれた状況を仮定することは難しくない。


 考えて、考えて、考えて……おれが出した結論は、『不可能』だった。


 もともと、おれ自身の能力に関して考えていたことではあるが、モンスターを戦力とする能力は戦闘能力的には不利だ。どう考えても、チート持ちに状況を覆される可能性が残ってしまう。


 あるいは、チート持ちがひとりしかいないところにモンスターを集中させれば、確実に殺すこともできるかもしれないが、ここは砦であり、勇者である彼らの味方をする者が無数にいる。


 そんな状況でチート持ちを潰そうと思えば、それこそ、その能力を発揮させられないような状況を作らなければ……いや。


 待てよ?

 ひとつだけ、どうにかできる可能性はあるのではないか?


 その思い付きに、おれは背筋に冷や汗が流れる感触を覚えた。


 ……そんなの有り得ない。あってはならない。最悪を仮定するにしても、それはあまりにも最悪過ぎる。もしもそれが正しければ、反攻作戦は絶対に失敗してしまう。『チート持ち対策など、そもそもとる必要さえない』のだから。


「もうすぐです!」


 はっとおれは顔を上げた。階段の先に内壁上に通じる出入り口が見える。


「リリィ、準備はしておけ」

「……うん」


 おれの緊張を感じ取ってか、リリィも固い声で返す。おれたちは騎士とともに出入り口をくぐり、外に出た。

 身構えていたが、モンスターの襲撃はない。


「……っ!」


 おれは息を呑んだ。

 ぴりぴりと肌が引き攣れるような感覚があったからだ。


 いまこの内壁上で、膨大な魔力が収束されている。魔力を感じ取ることができる者なら誰だって、いまこの場でどれだけ非常識的な力が振るわれようとしているかを察して、蒼褪めずにはいられないだろう。


 内壁の上に出たおれたちは、凄まじい密度の魔力を感じる方向へと駆け出した。そこにこの場における主人公がいることは明らかだったからだ。


 既に露払いを終えたのか、周囲にモンスターの姿はなかった。代わりに兵士や騎士がひしめいている。見覚えのある年配の男――チリア砦を預かるグリーン将軍が、現れた同盟騎士の一団に気付いて目を剥いていた。その近くには、おれと同じ転移者の姿もあった。


「あ! 真島くん、水島さん!」


 こちらに気付いた『まとめ役』の三好太一が駆け寄ってくる。彼と樹海でも行動をともにしていた三人の男女もこちらにやってきた。


「無事だったんだな、良かった! 心配していたんだよ!」

「三好さん、状況は!? 探索隊はどこですか!?」

「ああ、それならあっちだ」


 そういって三好太一が指差した方向を、おれは見る。

 それとほぼ同時に、おれたちの頭上まで届く巨大な魔法陣が展開された。


 たくさんの兵士たちの向こうに、頭上に掲げた豪奢な戦杖の先に巨大な緑色の魔法陣を展開させた小柄な男子生徒が、外壁を見下ろしている姿が垣間見えた。

 探索隊の渡辺芳樹だ。その傍らでは、同じく探索隊の十文字達也が、幅広の直剣を片手に持ち、もう一方の手に赤の魔法陣を展開させている。


「よし、準備ができた! 行くぞ!」


 ひときわ強く、緑色の大魔法陣が光り輝いた。

 探索隊のふたりが魔法を構築する間、周囲を油断なく固めて守っていた兵士や騎士も、その光景には釘付けになっていた。


 それも当然だ。

 そこにいるのは、確かに伝説に謳われる勇者に他ならなかったのだから。


 おれはいま、伝説の一場面に立ちあっているのではないか――と、そんなことを、このおれでさえ思った。ましてや、この異世界の住人であるなら尚更だ。


 これはケイに聞いた話だが、この世界の人間が使うことの出来る魔法は、おれたちが言うところの第三階梯が限界らしい。第五階梯の魔法というのは、つまり、人の立ち入れない領域を更に飛び越えたその先にあるものなのだ。


 それを、少年は手にしている。

 やろうと思えば、彼はこの砦をぺしゃんこにしてしまうことだってできるに違いない。というより、たとえそれがモンスターに振るわれるとわかっていても、砦に被害を及ぼさないかどうか不安になるほど、破壊の予兆は絶大なものだった。


「お前たちに殺された人たちの痛みを思い知れ!」


 渡辺は揚々と言い放ち、煌びやかな戦杖を振り下ろした。

 それはまさに神の鉄槌。この世界で勇者と謳われる存在が時間を掛けて準備した、最大最強の一撃が発動する。


 大気が震える。

 渡辺芳樹の得意な魔法は風属性。なにもかもを吹き飛ばす、ただただ暴力的な風が吹き荒れる。


 その直前に、なにかが空に高く飛んだ。戯れに子供が投げ上げた毬のように、ぽーんと軽く。


 斬り飛ばされた渡辺の首が飛んでいた。


「え?」


 本人もなにが起こったのかわかっていない――いなかったのか、宙に飛んだ彼の頭部は呆然とした表情を浮かべていた。


 それはあまりにも唐突で、酷く現実味のない光景だった。

 誰がなにをしたのかは、見ていて知っていた。それなのに、誰もが思考を凍結させていた。それがあってはならないことだったからだ。


 ああ、これこそが最悪だ。

 渡辺の首を刎ねた十文字が、その手にしていた魔法の照準を、見下ろす先のモンスターから内壁の上に変えていた。

 逃げる暇は、ない――


「――防げぇえええ!」


 おれの絶叫に、反応できた者はいただろうか。


 第四階梯の火魔法が発動し、無数の炎弾がばらまかれる。

 それはまるで、かつて三十体を超える風船狐の群れに襲われたときにおれが見た光景そのものだった。いいや。威力だけでいうのなら、あのときをも遥かに上回る。


 炎弾の着弾点のひとつは、一箇所に固まっていた転移者たちだった。『いじめられっこ』の工藤陸が、呆然と迫りくる火球を眺めているのが見えた。この世界を『強い者が好き勝手に振る舞える』ものだと語っていた彼も、まさか自分の最期がこんなものだとは思わなかったに違いない。


 無論、内壁上で探索隊を守るために固まっていた兵士や騎士にも区別なく炎弾は降り注いだ。逃げ場などどこにもなかった。


 百を超える炎弾が炸裂し、チリア砦の内壁上は灼熱の地獄と化した。

◆感想返しでは書きましたけど、主人公の移動方法のイメージは某立体起動よりDTBのヘイさんなんかに近いです。

ただ、うちの子はあれほどスマートではないですが。

という、前話のあらすじの話。


◆お待たせしてしまいました。すみません。

たまによくあるんですが、突発性文章がしっくりこない症候群が発症しました……。

書いて消して書いて消して……おぅふ。書き終わってからの直しに時間ががが……。

ともあれ、楽しんでいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ