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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

2章.モンスターを率いる者

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18. 霊廟での語らい

前話のあらすじ:
地味にガーベラの年齢が発覚。
   18


 弔いに参加してほしいというシランの頼みに最初は困惑させられたものの、事情を聞いたあとで、おれはその申し出を受けることに決めた。

「それでは、よろしくお願いします」

 必要な手続きを進めるために、シランはケイを連れて部屋を去った。
 おれたちはその間に昼食を摂るように勧められた。食事はシランが部屋まで持ってきてくれるように手配してくれるということだった。
 手続きにはあまり時間がかからないということで、食事を摂って少し休んでから、適当に時間を見計らって来てほしいということだった。
 あやめやアサリナの年少組が人目がなくなってのびのびしている間に、昨日ここに来たばかりのときにそうしたように、おれとリリィの年長組は状況のすり合わせをした。

「これから先のわたしたちの方針は――」

 さっきまでシランが座っていた椅子に座るリリィが、もう一方の椅子にかけたおれに言う。

「――モンスター使いとしてのご主人様の能力を隠した上で、翻訳の魔石を入手。使い方を習得して砦を出て、ご主人様が転移者だって知らない何処かの村や町に渡りを付けて、物資の供給ルートを確保する。でもって、加藤さんの保護先を見付ける」

 指折り数えたリリィが、上目遣いでおれを見た。

「ってトコでいいんだよね?」
「ああ。あとは何処か人里離れた場所に隠遁するか、最悪、樹海に戻ることになる」
「うぅん。難易度高いなぁ」

 渋い顔をしたリリィが唸り声をあげた。おれとしても、同じ気持ちである。

「これは確認なんだけど」

 リリィはほっそりとかたちのよい手を差し出した。

「ひとつとっても簡単な方法があるんだけど、それを使うつもりはないってことでいいんだよね?」

 片手の先がどろりと透明なスライム状に溶けて輪郭を失う。

「この世界の人間の死体を探せば、手っ取り早く通訳は手に入るよ」

 伸ばされた触手がおれの目の前で揺れる。おれは首を横に振った。

「人を喰って言語能力を獲得するのはナシだ」
「だよね。うん。言ってみただけ」

 その選択肢があるのなら、以前にグールの死体を見付けたときにリリィに喰わせておけばよかったという話だ。加賀をはじめとした探索隊や残留組の死体についても、残らずリリィの餌にしていただろう。
 これは加賀のときにも考えたことだが、リリィの捕食と擬態能力にはリスクがある。
 リリィの擬態は優秀だ。外見だけでなく、取り込んだ対象の全てを真似てしまう。見た目も。能力も。内面でさえ。

 おれの目から見て、リリィは多少なり取り込んだ水島美穂の影響を受けているように見える。
 意思のないモンスターを喰うのと違って、人間を取り込むのにはその影響を受けるリスクが付きまとう。通訳が手に入って、その結果として、いまここにあるリリィが失われてしまうのでは意味がないのだ。
 これは他の眷族たちにも言えることだが、おれはどんなかたちであれ、誰一人仲間を失うつもりはない。
 おれは生き残りたいわけではない。
 この世界でみんなで生きていきたいのだ。

「リリィのことが心配だというのは大前提としてあるわけだが、他にも問題がないわけじゃない。たとえ死体であろうと異世界人を喰ってしまえば、悪戯に彼らの敵意を煽ってしまう可能性がある。……まあ、このあたりは今更かもしれないが」

 現時点でも十分に、モンスター使いとしてのおれは、この世界の住人に敵性判定されてしまいかねない事情を抱えている。
 勇者なしには樹海の侵攻を食い止められない異世界人たちだが、彼らが敵に回った場合の脅威は決して低いものではない。
 人間社会を守るという大きな視点に立てば力足らずだというだけで、国家なんてものは、個人ないしはおれたちのような小勢力が対抗できるようなものではない。もしも敵視されるようなことがあれば、おれたちは絶望的な戦いを強いられることになるだろう。
 だとすれば、これから先、もしおれの正体がばれたときのために、ひょっとしたら残るかもしれない対話の可能性は確保するべきだ。そういう意味で人間喰らいはリスクが高かった。
 もっとも、エルフを取り巻く事情を聞く限り、モンスターを従えている時点で、問答無用で敵対されてしまう可能性は低くない。そういう意味では、今更ではあった。

「だったらやっぱり、どうにかして翻訳の魔石を入手して、その扱いを教えてもらう道を探る必要があるね」

 片手を少女のものに戻したリリィが思案げに言うのに、おれは頷いた。

「それにしたって時間がかかるらしいのは問題だけどな」
「あんまり時間がかかるとガーベラあたりが心配だよね。我慢できなくてここまで来ちゃって、シランさんあたりに見つかるんじゃないかって意味で」
「やめてくれ。口に出すと本当になりそうな気がする……」

 考えることはみんな同じらしい。あやめまでくぅくぅ鼻を鳴らしていた。
 今頃どうしているだろうか。大人しくしているだろうか。特にガーベラ。心配だった。

「まあ、いますぐに動きださなければいけないわけじゃない。もともと数日は情報収集するつもりだったわけだし、とりあえず、そういう方針で考えておいてくれ」
「……うん」

 気を取り直しておれは頼んだのだが、リリィの返答は何故かやや上の空だった。
 彼女はなにやら考え込んでいる様子だった。おれは首を傾げる。

「リリィ? どうかしたか?」
「あ。ううん、なんでもない」

 目が覚めたように瞬きをしたリリィは、両手を胸の前で振った。

「ちょっと考えてただけ」
「そうか。ならいいんだが。なにか思い当たることがあったら言ってくれよ。こういうことに関しては、ここではリリィだけが頼りなんだから」
「わかった。――ところで、そろそろ時間も経ったし、シランさんのところに行ってもいいんじゃないかな」

 言われてみれば、確かに。話をしているうち、そこそこ時間は潰せていた。
 リリィの提案に従って、おれはシランのもとに向かうことにした。
 事前に聞いていた道筋を辿って、指定された部屋まで辿り着く。いざとなればリリィの鼻でも頼りにしようかと思っていたが、その必要もなかった。

 扉をノックして部屋のなかに入る。部屋にはやや安っぽく簡素な木製の机が並んでおり、その上には紙の山がいくつも積み重なっていた。

「申し訳ありません、孝弘殿」

 こちらに気付いたシランが、おれたちに気付いて駆け足でやってきた。そのうしろにはお付きのケイの姿もある。

「手続きは進めたのですが、最後に必要な団長の承認がまだなのです」

 シランはほっそりとした眉を下げた。どうやら予定通りに状況が進まなかったらしい。

「なにかあったのか」
「かもしれません。いつもなら、もう会議は終わっているはずなのですが」

 おれたちがそんなやりとりをしているところに、外から帰って来た団員らしい男性が通りすがってシランに声をかけた。

「副長。団長なら、練兵場で見ましたけど」
「なんと。本当ですか? なにをしていましたか? いえ。それより、練兵場というのは何番の?」
「第七ですね。勇者様方が訓練をされてんですよ。会議のあとで他の団長方に見学に誘われたんじゃないっすかね。団長の立場上、誘われたらなかなか断れませんし。まったく、団長だって忙しいっていうのに困ったもんです」

 シランとは気安い付き合いをしている男らしく、そこから先は愚痴だった。

「そもそも会議の内容自体が、勇者様方の救援のために帝国の奴らが兵を出した穴を、おれたちに埋めろってぇ話ですよ。ただでさえ、おれたちには欠員が出たってのに……」
「わかりました。ありがとうございます、マーカス。助かりました」

 いつまでも続きそうな男性の愚痴を、シランはさらりと切り上げた。どうやら慣れているらしい。
 申し訳なさそうな顔が、こちらに向けられた。

「わたしはこれから団長に承認をいただいてきます。部屋で待ってもらう……ほど、時間はかかりませんね。ええっと……」
「なんならついていくが」
「よいのですか?」
「また合流するのも手間だろ。それに、団長は他の転移者たちの受けてる訓練の見学をしてるんだろ。おれも少し興味がある」

 おれがいうと、シランは納得したらしくひとつ頷いた。

「わかりました。でしたら、ついてきていただけますか」

 シランに先導してもらうかたちで、おれたちは練兵場に向かった。

「……?」

 何故か道中、ケイは妙にこちらを気にしている様子だった。
 なんだろうかと視線を向ければ、尖った耳まで真っ赤になって俯かれた。声は……掛けないほうがいいのだろう。こんな廊下の真ん中で目を回して倒れられても困るし、万が一にも土下座をされるような事態になれば、それこそ目も当てられない。

 階段をいくつか降りて、おれたちは土が敷き詰められた大部屋に案内された。ここが練兵場らしい。恐らくだが、砦の一階部分に相当するのだろう。いまは二十名弱が体を動かしていた。

「団長」
「なんだ、シランか」

 集団から少し離れたところにいた数人のなかから、銀髪の背の高い女が振り返った。
 昨日の歓迎の席でも顔を合わせた同盟騎士団の団長だ。厳しそうな蒼い瞳がちらりと一瞬おれに向けられたが、すぐに逸れた。
 なにやらシランと事務的なやりとりを始めた団長のうしろにいる少年が、おれに気付いて手を振ってきた。幹彦だった。この場にはいるものの、前言通り訓練には参加していないらしい。見学に誘われた団長の付き添いなのだろう。
 幹彦に手を振り返してから、おれは視線を練兵場の中央へと向けた。

 十人弱の少年たちが片手に布を巻いた棒を握って、一人に一人の教官役を相手取っていた。
 自身のチート能力を自覚するために準備された剣と魔法の訓練には、流石に全員というわけではなさそうだが、大部分が参加しているようだ。
 参加者のなかには、金髪の坂上の姿もあった。てっきり、訓練なんか知ったことかと不参加を決め込んでいるものと思っていたので、おれは少し意外に思った。
 探索隊も飯野以外の二人は揃っていた。飯野は今朝会ったときに言っていた通り、帝国騎士団を引き連れて、樹海へと生き残りの救出に向かったのだろう。
 探索隊に憧れの視線を向ける昨日の学生たちの様子を思い返す限り、この場にいないのは、体調不良が理由の病欠くらいのものなのだろう。
 やる気のあるのはけっこうなことだった。
 ただ、おれとしては恨めしい気持ちもあった。

 探索隊はすっかり勇者として生きていくつもりでいるようだ。
 そんな彼らに憧れの視線を向ける残留組の生き残りも、その気になってしまっている。
 華々しく英雄として生きる未来を見ることで、もう二度ともとの世界に帰れないという現実から目を逸らしている部分もあるのかもしれないし、非常事態特有の連帯感がそうさせているのかもしれない。いずれにせよ、彼らは勇者を目指して歩き出している。
 異世界人側もそのあたりの事情は同じだった。というより、最初にそういう空気を作ったのは彼らだろう。シランたちは勇者であるおれたちがともに戦ってくれると素朴に信じている。伝説のなかで謳われる勇者たちが、みんなそうしてきたからだ。
 そうした諸々が作用しあった結果として、なんだか勇者として戦うのが当然のような雰囲気が自然とできあがってしまったのだ。
 雰囲気というのは強い。集団心理というやつが働いてしまう。それがなければ、戦うことを嫌がる者もいたはずだ。実際、あの坂上でさえ訓練に参加しているくらいなのだからたいしたものだった。
 そして、その雰囲気というものに縛られて、いまのおれは身動きが取れなくなってしまっている。
 他の者と違う行動をとれば、多かれ少なかれ不審を抱かれる。疑問を抱かれる。隠し事を抱えた人間にとって、それは致命的なことだった。

「お待たせしました」

 シランがこちらにやってきた。無事、承認はもらえたようだ。

「それでは、こちらへ」
「わかった」

 最後に幹彦にもう一度軽く手を振って、おれはシランについて練兵場を去った。

   ***

 煉瓦の通路を歩いていく。辿り着いた先には、地下へと伸びる階段があった。
 番をしている兵士とシランがやりとりをしたあとで、おれたちは階段を降りた。
 一番下まで降りると、暗闇の先に細長い通路が続いていた。
 シランが入り口の脇にある魔石――照明石に触れると、通路が明かりで満たされた。

「……ここは戦死者たちの霊廟です。およそ二百五十年前に建造されてから、チリア砦で亡くなった者たちが、ここで勇者様とともに英霊として祭られています」

 シランの厳かな声を聞きながら、おれは小さく息を呑んだ。
 遠く続く通路の壁に、象嵌された蒼い石が表にくるようにして、何万という指輪が埋め込まれていたのだ。
 それはおれがシランに渡した指輪と同じものだった。
 ただし、一点、嵌っている石の色だけが違っていた。
 ここにあるのは、蒼い石。おれがシランに渡したのは、黄色い石の指輪だった。
 あの指輪は、騎士団や軍団に配布される認識票だという。クズ石ではあるものの、象嵌されているのは魔石であり、回収して死亡を確認したのちにこの霊廟に収められる。その一方で、遺体は焼かれて遺骨が砦の別の場所にある墓地で葬られるか、場合によっては遺品とともに故郷に送られる。
 霊廟であるこの場所には、剣や盾、鎧などといった勇者ゆかりの品がいくつか収められているそうだ。勇者を信仰するこの世界では、この場所に祭られるということは最大の栄誉なのだろう。
 ただし、おれたちが今回用があるのは、こちらの霊廟ではない。

「行きましょう」

 真っ直ぐ伸びる通路ではなく、シランはその脇に作られた狭い道へとおれたちを案内した。
 こちらの通路は壁に指輪が埋め込まれていない。天井も低く閉塞感があった。

 通路の奥には艶やかな黒い石を削り出した祭壇が設えられていた。その上には、いくつかの大皿が置かれている。
 皿には指輪が山と積まれていた。象嵌された魔石の色は、先程の霊廟にあったものと同じ蒼色だ。
 シランはおれが渡した指輪を取り出す。こちらは黄色い魔石だった。

「哀れな死者に浄化の炎を」

 シランが指輪を皿の上に置いて祭壇の縁をこすった。
 祭壇自体が魔法道具だったらしく、緑色の炎が巻き上がった。
 それだけではない。緑の炎のなかで、シランがいま一番上に置いた指輪の色が、黄色から蒼に変わっていった。

 シランは黙祷を捧げた。その後ろでケイも目を閉じている。
 厳かではあるが、儀式自体は簡素なものだった。
 なにより、参列者がたった四人しかいないのがさびしい。
 先程簡単に聞いたところによると、ふつうはもう少し手順があるらしい。だが、それは今回行われない。
 指輪の持ち主がグールになった者だからだ。

 ――もともと、我ら樹海で戦いに携わる者がつけるこの指輪は、グールを判別するために始まったものだと言われています。

 シランの細い背中を眺めながらおれは、彼女が弔いへの参列を頼み、事情を語ったそのときの痛切な声を思い出していた。

 ――モンスターの持つ魔力の流れ方は、それぞれ独特のものがあることが知られています。人からグールになった者も例外ではありません。この指輪に嵌っているのは、グールに特有の魔力パターンを判定する効果を刻んだ魔石です。

 この世界では、必ずしも死者は死ぬだけで終わるわけではない。稀にだが、グールになってしまう者がいるからだ。
 特に樹海ではグールの発生率が異常に高い。これは土地に宿る魔力の密度が関係している。
 そして戦場においては、更にグールの発生率は跳ね上がる。何故なら、多くの屍が転がる場所では、一時的に土地の魔力密度が跳ね上がるからだ。
 コロニーでも知られていた通り、魔力は魂に宿っている。モンスターを倒した際にはこの魔力を獲得することができ、これはかつてのコロニーで探索隊がモンスターを乱獲していたり、おれがモンスターとの接触を図っていた理由のひとつでもある。
 ただ、このときに蓄えられる魔力というのはあくまで一部であり、大部分はそのまま霧散してしまう。
 そのため死者が生まれると、周囲では一時的に場の魔力密度が増加する。死体の数が増えれば、ただでさえ濃い樹海の魔力濃度が跳ね上がり、グールが量産されるという仕組みだった。

 ――指輪の色が蒼から黄色に、人からモンスターへと指輪の色が変わった者は、戦士として扱われません。昔は弔われることさえなかったそうです。

 グールはモンスターだ。モンスターは人類の敵だ。
 すなわち、この世界ではグールになるということは、最大の不名誉なのだった。
 いまのこの儀式も、どちらかといえば、慰霊や鎮魂よりも御払いの意味合いが強いのだろう。これは魔石のフォーマットを行うことで、モンスターから人へと死者を変換する儀式なのだ。
 わざわざグールになった者の弔いに参列する者はいない。というより、遠慮するのが暗黙の了解になっているのかもしれない。周知されることもなく、ひっそりと死者は葬られる。
 だが、だからといって死者を知る者の心に痛みがないわけではない。

「うぇ……ひっく」

 静かな通路に嗚咽が響く。ぼろぼろとケイが泣いていた。
 振り返ったシランがケイの肩を抱く。彼女の目元も赤かった。

「ああ、もう。顔がぐしゃぐしゃですね。ここはいいから、洗ってきなさい」
「……ず、ずみばぜん」

 普段は厳しく引き締められたシランの声もいまは優しい。恐らく、こちらが騎士ではない『姉様』の素なのだろう。
 顔を伏せたケイは踵を返して通路を戻っていく。見送ったシランがこちらへと振り向いた。

「参列していただき感謝します、孝弘殿、美穂殿」

 深々とシランは頭をさげた。
 彼女もまた、ケイと同じく死者を悼んでいた。縁があったおれたちに参列を頼んだのも、勇者が参列することに意味があったのだろう。
 それがわかったから、おれはこの儀式へと参列することに決めた。それは、彼らの指輪をここに届けた者の責任だと思えたのだ。

「……親しい人たちだったの?」

 リリィが尋ねると、シランはこくりと頷いた。

「ええ。ケイは特によくしてもらっていた方もいました。遺体が見つからない以上、希望はあると信じていたようです。しかし、このようなことに……申し訳ありません。お見苦しいところを」
「謝るようなことじゃないよ」

 リリィは首を横に振った。

「いい子だね。それに、随分とシランさんのことを慕ってるみたい。妹さん、なのかな?」
「いいえ。あの子はわたしの姪です」
「そうなの? 顔立ちもよく似ているし、てっきり姉妹なのかと思ってた」
「姉妹同然に育ちました。ケイは亡くなった兄の忘れ形見なのです。あの子は母親も幼い頃に喪っていますから、村ではわたしの家で祖母……わたしにとっては母にあたりますが、彼女が引き取って同じ家で暮らしていました」

 懐かしげに目を細めるシラン。おれは口をひらいた。

「シランの村か。どんなところなんだ?」

 この世界ではまだ砦でしか人と会っていない。異世界人の生活というものに興味があった。

「樹海の近くにあるちいさな村です。我らエルフが住まう開拓村のひとつなのですが、村の者たちは貧しくも肩を寄せ合ってみなで暮らしていました」
「開拓村……?」

 この世界に来て初めて聞く単語だった。

「放っておけばどんどん広がっていってしまう樹海を切り拓くために存在する村のことです。現在でも樹海の周辺には、無数の開拓村が存在します。当然、こうした村はモンスターの襲撃で壊滅的な打撃をこうむることも多く、村では常にモンスターの襲撃に備えていました」

 貧乏くじという単語が、おれの頭に思い浮かんだ。
 しかし、そうした存在はこの世界では確実に必要なのだろう。森の近くに住み、森を切り拓く彼らがいなければ、世界は樹海を押さえ込めない。勇者はモンスターを討ち、その数を減らすことができても、広大な世界を一人で開墾することはできないのだから。
 そうした役割を担っている者の一部にエルフが含まれているというのも、この種族が抱えている事情を反映しているのだろう。
 ここまで来る間も、シランたちに向けられる視線は好意的なものばかりではなかった。侮り。蔑み。いまから考えれば、道中でケイが気にしていたのはあの視線なのだろう。
 死者を悼むあの態度を見る限り、どうやら同国の出身者たちのなかには、ちゃんと彼女たちに好意的な人物もいるようだが。

「いいところとはお世辞にも言えません。しかし、それでもあの村はわたしにとって故郷です。思い返すと懐かしい。もう離れてから五年程になりますか」

 切なげにシランはつぶやいた。彼女の脳裏にはいま、故郷の光景が思い浮かんでいるのかもしれない。
 おれはつられて、いまはなるべく思い出さないようにしている、もう帰れない世界のことを脳裏に浮かべそうになった。
 いけない。すぐに回想を打ち切る。おれはシランに尋ねた。

「帰りたいとは思わないのか?」
「思わない、わけではありません。ですが、帰るわけにはいきません。あの村のためにも」

 ほろ苦い笑みを浮かべてシランは答えた。

「チリア砦をはじめとする各地の要塞に駐留する騎士たちは、樹海表層部のモンスターを討伐することで、樹海の外に出るモンスターを減らし、近隣にある開拓村の防備を間接的に助けています。しかし、それでも年にいくつかの村がモンスターにより蹂躙され、その名残さえ森に呑まれてしまっています」

 シランは広げた自分の掌に視線を落とした。

「兄はこの砦で戦い、亡くなりました。恐らくわたしも、生きて故郷に戻ることはないでしょう」

 強い視線。芯の感じられる声色。そして拳が握りしめられる。

「ですが、たとえこの目で二度と見ることが叶わないとしても、わたしは故郷を守りたい。あの村にいた同胞たちと同じ境遇にある他の村の者たちを守りたい。ともに戦う仲間たちを守りたいのです。そのために、わたしはこの身と技を鍛えてきました」

 それは彼女のなかの真実なのだとわかった。込められた覚悟の重さが感じ取れてしまい、おれは思わず息を呑む。

「……あ」

 はっと気付いた様子で、シランが拳をといた。
 照れたように笑うと、彼女は誤魔化すように尖った自分の耳を指先でいじる。

「申し訳ありません。つまらないことを聞かせてしまいました」
「つまらないなんてことはない」

 おれはかぶりを振った。

「そういうのは……おれにもわかる気がするから」

 守りたい者のために努力して強くなる。それは最近、ガーベラとぼろぼろになるまで訓練を繰り返していたおれにとって、特に共感できる感情だった。
 おれの場合はどちらかといえば、『誰かを守るため』というより、『守られるときに少しでも足を引っ張らないため』というのが大きいが、それでも大切な者のために努力したいという気持ちに違いはない。
 昏倒させられようが、胃のなかのものをぶちまけようが、なにもできない辛さに比べればなんてことはない。

「そういう気持ちは大事なものだろ」
「そう、ですね」

 無意識のうちにおれはリリィの手を握っていたらしい。シランはおれたちが結んだ手を見て、小さな微笑みを口元に刻んだ。

「ありがとうございます」
◆前話のあらすじの話。
気付いた人もいるかもですが、2章の5話でガーベラが見た『北からきた人間の軍隊』というのが、勇者の率いてたやつです。
最後の遠征が五百年前なので、つまりは……という話です。あくまで最低年齢ですけど。

◆今回更新分について。もう少し先まで書いてたんですが、終わらなかったので切りが良いところまでです。

◆申し訳ありませんが、前回更新分の感想返しは割烹のほうでまとめてさせていただきます。
これまでは個別返信をしてきましたし、これからもそうしたい気持ちはあるのですが、時間の問題はいかんともしようがなく……

◆ちなみに感想返しなのですが、なるべくネタバレしないように、これまでもそうなのですが、ネタバレ関係は伏せます。ないというのもネタバレなので言いません。

◆先週の割烹では触れてましたが、来週末は用事があります。
日本にいません。初海外です。旅行じゃないです。お仕事的なやつです。むしろ罰ゲームだよ!
来週いっぱいその準備に追われますので、更新はお休みです。申し訳ありません。
次回更新予定日は5/24(土曜日)となります。
+注意+
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