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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

2章.モンスターを率いる者

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09. ご主人様の在り方

前話のあらすじ:
マミりフラグ回避!
   9


 おれが目を覚ましたのは翌日のことだった。

 幸いなことに、減り続けていたおれの魔力は一日経った頃に落ち着いてくれたらしい。そもそもが原因不明であったためにはっきりしたことはいえないが、とりあえずは安心しても良さそうだった。

 聞けば、容態が落ち着くまでガーベラはずっとつきっきりでおれに魔力を送り続けてくれていたという話だった。
 頑強さは折り紙つきのガーベラでも、魔力と集中力を使い果たすこの作業は堪えたらしく、おれの無事を確認するや気を失うように眠りに落ちた。
 そういえば、こうした魔力の扱いは苦手だと言っていたか。
 本当に彼女には面倒を掛けてしまった。

「お疲れ様」

 白い頭をなでてやると、きちきちと蜘蛛脚が鳴いた。
 やりきった者の充実した笑顔が、彼女のやわらかな美貌を蕩けさせていた。

   ***

「今回は本当に助かった」

 背後にいるリリィに、おれは声をかけた。
 おれたち二人はアラクネの巣の中に設えられた小さな部屋に移動していた。
 これは、おれたちの不在中にローズが造った『風呂場』だった。といっても『人が入れるくらいの広さの桶が置いてある仕切りのあるスペース』という程度の簡素なものだが。
 隔離されたスペースには、他に誰もいない。
 随分と久しぶりに感じられる、おれとリリィの二人きりの時間だった。

「おれの治療に関してもそうだが、ガーベラの件でも助けられた。リリィがいなかったらどうなっていたか……苦労をかけてすまなかったな」
「別に良いよ、そんなの」

 リリィは苦笑まじりにおれの謝罪に応えると、ローズが作製した鋏で目の前に座るおれの髪をじゃきりと切った。
 一ヶ月以上に渡るサバイバル生活で伸び気味だった髪は、今回、風船狐の火球にやられた時に一部が焦げて、長さがまちまちになってしまっていた。
 リリィには、長さを切り揃えるように頼んである。どうせ普段も安い散髪屋で適当に切ってもらっていたので、素人の彼女に任せることに不満はない。こんなものは、見苦しくなければそれでいいのだ。

「あの時も言ったけど、わたしはみんなのお姉さんだもの。当然のことをしただけだよ」
「そうか。そういえば、そんなことを言っていたな」
「むしろローズのことをほめてあげてほしいな。あんな風に、ガーベラのことを認めてあげられるとは思ってもみなかった」
「ああ。もっと時間がかかるものだと思っていた。ひょっとすると、今回ガーベラがおれのことを守りきれなかったことで、二人の仲が決裂してしまうんじゃないかと心配していたくらいだった」
「わたしも同じだよ。あの子はもっとかたくなだと思ってた。けど、ローズはローズなりにガーベラのことを考えてあげていたんだね」
「そうだな」
「勿論、ガーベラも頑張っていた。今日までの敢闘賞は、確実にあの子だと思うな」

 話しながらリリィが切った髪が、腰にタオル一枚きりのおれの体にぱらぱらと散った。
 こうしておれが半裸でいるのは、どうせ切った髪を洗い流すのなら、ついでに汗と汚れを落としてしまおうと考えたからだ。
 リリィはおれが風呂に入るための介添人でもある。
 というのも、まだおれの体は、うまく動いてくれないのだ。
 これは、恐れていたガーベラから魔力の供給を受けたことの副作用――ではなくて、単純に衰弱が原因の体力不足だった。
 とにかくだるくて、まともに体が動かない。

 幸いなことに、少なくともいまのところ、他に不具合の予兆はない。痛むところは特にないし、せいぜい腕に火傷の跡と、鉄砲蔓の種を摘出した跡が薄らと残ってしまったくらいのものだった。
 もっとも、まだ体の不調に気付いていないだけという可能性もないではない。注意は必要だろう。結局、魔力が失われていた理由もわからず仕舞いだったことだし。

「そうだな。ガーベラの頑張りには命を救われた。リリィも、ローズもそうだ。みんな、いつの間にか成長していたんだな……」

 鋏が髪を切る小気味よい音を聞きながら、おれはつい溜め息を漏らしてしまった。

「……全然、気付かなかった。視野が狭くなっていた証拠だな」
「それは仕方がないことなんじゃないかな」

 大体切り揃え終わったらしく、リリィはしゃきしゃきと鋏を鳴らして髪先を整え始めた。

「わたしはご主人様が、わたしたちのことをどれだけ大事にしてくれてるか知ってるつもり。ローズとガーベラとの間の不和は、ご主人様にとっては大問題だった。大事なものであればあるだけ、力が入って空回りしてしまうのは、人間ならふつうのことだと思うな」
「ふつうのこと、か」
「……あ。ご主人様、目、閉じて」

 散髪が終わり、リリィは小さい手桶に水を汲むと、おれの頭を洗い始めた。
 細い指が髪を掻き分け、頭皮をくすぐる。頭頂部に注がれた水が顎を伝って床に流れる。
 目は閉じたままで、おれは会話を続けた。

「リリィの言う通りかもな」
「うん?」
「焦って空回りしていたって話だ」

 思い返せば、初見の敵である風船狐に対して、いきなり群れを相手にしようなんて迂闊な真似をしたのも、おれの抱いていた焦りの表れだったのかもしれない。

「おれがどうにかしないとって焦って、結果として死に掛けた。それどころか、おれを守りきれなかったことが原因で、下手を打てばローズとガーベラとの間に決定的な溝が出来るところだった……」

 リリィに体を拭い清めてもらってから、おれは水をはった桶に浸かった。
 贅沢をいうならお湯の方がいいが、こうして水浴びが出来るだけでも十分気分はさっぱりする。
 こんな気持ちでは、その快楽も半減だが。

「情けないな。おれはお前たちを率いるリーダーなのに」

 気分が少しゆるんだせいだろうか、胸の奥底に沈めていたはずの弱音が、口をついて出た。

「いつだって余裕がないし、個人的なことで思い悩んで追い詰められて、思いついた方策は穴だらけ。お前たちの問題を解決してやる力もない」

 魔力不足で死にかけの命の瀬戸際で、全てが水泡に帰す寸前の光景を目の当たりにして、『どうしてこんなことになってしまったのか』とおれは思った。
 いまになって一連の出来事を思い返してみれば、その答えは、はっきりしている。

 おれが至らないからだ。

 リリィはおれの焦りと空回りを『ふつうのこと』だと言った。
 だが、ふつうでは駄目なのだ。おれは彼女たち眷属モンスターを従える主なのだから。

 おれが主足りえるだけの能力を持っていなかったから、あんな大失敗をする羽目になった。リリィたちのお陰で危難を潜り抜けることこそできたものの、それは結果論でしかない。おれが何も出来なかったことは変わりないのだ。

 彼女たちは確実に成長している。しかし、おれはてんで駄目だ。

「焦って、空回って、何も出来なかった。何も得られなかった」

 溜め息は重く、胸を腐らせるように感じられた。

「本当に情けないな」
「ご主人様……」

 うまく体に力が入らないおれのことを半ば抱きかかえるようにして風呂桶にまで運んだリリィは、そのままの体勢でおれの顔を覗き込んできた。
 大きな瞳でじっとおれのことを見つめてくる。
 おれが不審に思って見返すと、彼女は一度目を伏せた。
 何かを考えている様子だった。……何を考えているのだろうか。パスでは思考までは読み取れない。

 リリィが顔を上げた。
 花咲くような微笑みが満面に広がっていた。

「それも……仕方のないことなんじゃないかな」

 それは優しい慰めの言葉……では、なかった。
 笑顔に妙な迫力があった。

「リ、リリィ……」

 おれは不穏なものを感じ取って、無意識に後ろに下がろうとした。だが、いまおれがいるのは、大きめとは言え桶の中だ。逃げ場所などない。

 いっそ気付かないふりをしたいところだったが、残念ながらおれたちの間にはパスがある。リリィが感情を昂ぶらせていることは筒抜けだった。それに、彼女自身もどうやらそれを隠すつもりはないらしかった。

「わたしはね、ご主人様。結構、今回の一件については怒ってるんだよ」

 眉を少し寄せた抗議の表情で、膝立ちになったリリィはおれに詰め寄ってきた。
 桶の水を考慮しない動作に、彼女の着ているジャージが濡れてしまっていたが、そんなのお構いなしだ。

 おれが上半身を反らせると、彼女は体を倒して追ってくる。華奢としか言いようがない女の子の手が、おれの二の腕を掴んで逃げられないように捕えた。

「どうしてわたしに相談してくれなかったの? どうして一人で抱え込むの? どうしてわたしたちのことを頼りにしてくれないの?」
「頼りにしてない? 何を言ってる。そんなことがあるはずがないだろう」
「誤解だって言うの?」

 おれは頷き、抗弁した。

「お前たちがいなかったら、おれなんかとっくにモンスターの胃の中だ。流石のおれでも、それくらいはわかってる。頼りにならないなんて、そんなこと思うわけがないだろ」
「思うわけがない、か。……うん。だろうね。そうなんだろうね」

 やけにあっさりとリリィは頷いた。
 ほろ苦い笑みが口元に浮かんでいた。

「ご主人様の言う通り。ご主人様はわたしたちのことを頼りにならないとは考えていないんだろうね」

 何処か悲しげなその笑顔で、リリィはおれに言った。

「なのに、頼ってくれないんだよね」
「……」
「ご主人様はわたしたちのことを『頼りになる相手だ』と思っているのに、『頼りにしてくれない』んだよね。……違う、かな?」
「……」

 今度こそ、おれは否定の言葉を見つけられなかった。
 おれが全てをリリィに伏せていたのは、紛れもない事実だからだ。
 ローズとガーベラの一件然り。加藤さんとの問題についてだってそうだ。ガーベラに一度は甘えたものの、あれは結果的にそうなっただけのことで、最初はどうにかして誤魔化そうとしていた。他にも細かいところでは、視覚の異常についても黙っていた経緯がある。

 頼りになるはずの仲間を頼ることなく、おれは一人で問題を抱え込んでいた。
 指摘されてみれば、おれにそうした性質があることは明らかだった。

 けれど、おれにだって言い分がないわけではなかった。

「おれはお前たちを率いる責任がある。これはその責任の範疇だろう」

 おれは眷属であるリリィたちのご主人様だ。
 主としておれは、彼女たち眷属に問題があれば、それを解決しなければいけない。
 おれ自身に起きた問題は当然、自分で解決して、彼女たちに負担をかけるようなことがないようにしなければいけない。

 それは、まがりなりにも集団を率いるリーダーとしての責任というものだ。
 力不足を嘆きこそすれ、スタンス自体には問題なんてない。
 そのはずだ。

「それは違うよ」

 しかし、リリィは亜麻色の髪を揺らしてかぶりを振った。

「どうしてわかってくれないの? あれもこれもどれもこれもって独りで抱え込んでいたら、失敗して当然じゃない」
「だから、それはおれの力不足のせいだろう」
「力不足だと何が悪いの? それを補うために、わたしたち眷属がいるんじゃないの?」

 訴えかけるリリィのやや上目遣いの視線を受け止めて、おれはどきりとさせられた。
 彼女の瞳は感情の振れ幅を受け止め切れずに、湖面のように大きく揺らいでいた。
 それは、おれが抱いていたちっぽけな矜持をぐらりと揺らすのに十分な破壊力を持っていた。

「それは勿論、わたしだって知ってるよ? ご主人様が責任感の強い性格だってことは。内罰的なところがあるのも、よく知ってる。知ってる、けど……」

 リリィの目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「抱え込むのは、もう仕方ないことだけど……少しくらいは頼ってよぉ」
「リリィ……」

 ふと思い出した。
 風船狐の罠にまんまと引っかかり、ぼろぼろになって帰ってきたときのことだ。
 おれのことを見て、当初こそリリィは動転した様子を見せたものの、あとは終始自身を律して治療に当たっていたように見えた。
 おれの知っているリリィなら、パニックになっても仕方がないくらいなのに。
 彼女が涙を見せることはなかった。

 だからといってそれは、『リリィが何も感じずにいられるようになった』ということとイコールではない。
 彼女は毅然とした仮面の下で、動揺する自分を押さえつけていた。彼女自身の言い方を借りるなら、『長女としてふさわしいように』リリィは振舞っていたのだろう。いまこの時まで、我慢していたのだ。

 けれど、いま此処にはおれたち二人きりだ。
 リリィが姉として強く振舞う理由はなかった。

「怖かったんだから。ご主人様が死んじゃうんじゃないかって……」

 動揺する自分を抑えて長女としての責任を果たしてみせたリリィは、出会ったばかりの頃の、水島美穂を喰らって少女の姿を得たばかりの頃の彼女ではなかった。
 変化は確実に訪れている。

 それは一体、何のためか?
 わからないなんてことは、口が裂けても言えやしない。
 それは勿論、彼女自身が口にしたように、『おれを支える』ためなのだろうからだ。

 なのに、肝心のおれが彼女を頼りにしないのでは、彼女の献身が報われない。
 ローズやガーベラだってそうだ。彼女たちもおれを支えるために、それぞれのかたちで努力をしてくれている。

 精一杯にやっていたつもりだったが、おれは何かを間違えていたのだろう。目の前でこぼれる涙こそが、その証明だった。

 ともあれ、いまは後悔に身を委ねていていい場面ではない。
 おれには他にやることがあった。おれは今度こそ、間違えるわけにはいかなかった。

「……悪かった」

 泣いているリリィへと手を伸ばし、おれは彼女を抱き寄せた。
 リリィは抵抗しなかった。むしろ自分から身を投げてきた。
 ぎゅっと抱きしめると、彼女は腕の中で嗚咽を漏らした。心労をかけてしまったのだなと改めて思った。

   ***

 しばらくおれたちは寄り添ったままでいた。
 不思議なくらいに、それは穏やかな時間だった。こんな風に穏やかであれたのなら、あんな失敗とは無縁でいられたに違いない。

 やがて、すんすんと鼻をすする音が消えた。

「……これは、水島美穂の知識を参照して言うんだけど」

 落ち着いたらしいリリィが口をきいた。

「リーダーには色々なタイプがあるんだよね」
「タイプ?」

 リリィがこくりとうなずいた。
 前髪がおれの胸にこすれて、少しくすぐったかった。

「ぐいぐい人を引っ張っていくパワフルなタイプとか、カリスマ性で惹き付けていくタイプとか……」
「どちらもおれには当てはまらないな」

 おれは苦笑をこぼした。

「うん。そうだね」

 リリィもあえておれの言葉を否定することはなかった。

「だけどね、ご主人様。そんな人たちに、わたしたちはついて行きたいと思わないんだよ」
「……」
「『いつだって余裕がないし、個人的なことで思い悩んで追い詰められて、思いついた方策は穴だらけ。お前たちの問題を解決してやる力もない』だっけ? さっき、こんな風にご主人様は言ってたじゃない。だけどね……」

 リリィは下から見上げるようにおれのことを見つめた。

「いつだって余裕があって、何一つ思い悩むようなことはなくって、問題を何でも解決してくれて、目に映る全てを救う力のあるリーダー。それは、ある種の理想だよ」

 おれの嘆きをひっくり返すことで、これまでおれの抱いてきた『彼女たち眷属の主として、おれ自身のあるべき姿』のイメージを浮き彫りにしてみせたリリィは、それを『理想』と表現した。

「そういう人がもしも存在するのなら、すごく素敵な人だなってわたしも思うよ。だってそれは、みんなが夢見るお伽噺の中の英雄だもの。否定なんて出来るはずがない」

 リリィは首をゆっくりと振った。

「だけどね、そんな人がいたとしても、わたしたちはついていきたいとは思わない。だって、それは『あなた』じゃないもの」

 そういうリリィの瞳には、彼女の言葉に聞き入るおれの姿が映し出されている。
 いま此処にいるおれのことを、彼女はしっかりと見つめてくれていた。

「わたしが好きなのは、理想として描かれる誰かじゃない。幻想を好きになんてなれないよ。わたしはね、わたしたちのために何とかしようって、たとえ力足らずでも必死になってくれるご主人様が好きなの。力足らずかどうかなんて、どうだっていいんだよ」
「……だけど、おれはお前たちの主で、リーダーとして引っ張っていなかいといけないんだ。そんなおれが力足らずじゃ、駄目だろう?」
「そんなことないよ」

 ぐりぐりと、リリィは亜麻色の頭を胸板に押し付けてくる。

「だったら逆に聞くけれど、ご主人様はわたしたちが役立たずなら見捨てるの?」
「まさか!」

 おれは即座に否定した。

「まさか、そんなこと有り得ない!」
「……うん。ご主人様なら、そういうだろうって思ってた。ふふ。眷族としては、ほんとは此処で喜んじゃ駄目なんだけどねえ」

 顔を上げたリリィは、口元に微苦笑を浮かべた。

「でも、嬉しい」

 リリィはそっと両手でおれの頬を挟んだ。

「だけど、ご主人様。だったら、それはわたしたちだって同じなんだってこと、わかってほしいな」

 リリィの掌が、慈しむようにおれの頬を撫でる。

「支えさせて。もっと頼って。独りで無理をしないで。力足らずだっていいんだよ。わたしたち眷属は力を合わせないと駄目な生き物だけれど……それはね、きっとご主人様も同じなんだから」
「おれも……同じ?」
「うん。それがきっと、ご主人様とわたしたち眷属の在るべきかたちなんじゃないかな」

 おれたちの在るべきかたち。
 リリィが口にしたその言葉は、おれがこれまで一度も考えてこなかったことだった。何故なら、おれにとってそれは、あえて考えるまでもないことだったからだ。
 考える必要はないのだと、思い込んでいたことだったからだ。

 おれは彼女たちを引っ張っていかなければいけないと思っていた。
 そうでなければならないと決めつけていた。
 だが、本来それは一義的に決められるようなものではないのだ。

 さっきリリィの言った通り、リーダーの在り方は様々だ。リーダー本人の資質と集団の性質とを鑑みて、個々にベターなかたちを探っていくしかない。
 そんな当たり前のことを、おれは怠っていたのだった。

 そうして考えてみると、リリィは何も突飛なことを言っているわけではなかった。むしろ彼女は極々当たり前のことを指摘しているに過ぎなかった。

 確かに神様のようなカリスマ性を備えていたり、みんなを引っ張って行くパワーがあったり、何もかもを解決できるような知性があれば、それに越したことはないだろう。
 けれど、おれは何処にでもいる平凡な学生でしかない。歯痒いことだが、それがいまのおれだ。真島孝弘という十七歳のおれなのだ。それをおれ自身が否定してはならなかった。

 あの運命の日に、生と死の境にあった洞窟で自分の身に備わった能力を自覚したおれは、突然リリィたち眷属を率いる主になった。
 だが、だからといっておれ自身の中身は何も変わらない。
 何の準備もなく、おれのような何処にでもいる小僧が、ステレオタイプなリーダーの資質を発揮できるはずがなかったのだ。

 それなのに『立派なリーダー』として振舞おうとしても、それは何処かで無理が出るのが当然のことだった。

 ――おれがどうにかしなければ。
 ――全部おれが解決する。

 そんなことを考えていたのは……ある意味で思い上がりだった。

 おれのことを見ていて、助けてくれる人がいる。
 支えたいと言ってくれる人がいる。
 彼女たちと手を取り合って、同じ目的を見据えて、協力してことに当たっていく。
 多分、おれの目指すべきは、そこなのだ。

 いまのおれたちになら、それが出来るはずだった。
 何故なら、おれは自分の未熟と限界とを自覚し、それを受け入れる度量を手に入れることが出来たからだ。リリィたちだって、おれが引っ張ってやらなければいけないような弱い存在では決してない。

「おれたち全員が力を合わせる。支えあって生きていく。それが、おれたち本来の在り方なのだとしたら……おれはずっと勘違いをしてきたんだな」

 だからこそ、此処がおれと彼女たちの新しいスタート地点だった。
 奇しくも、あの洞窟の時と同じく、リリィと二人きりの狭い空間で、おれは決意を胸に抱く。


 みんなで助け合って、この異世界を生き抜いていこう。
 おれの身に宿ったこの力は、そのために在るのだから。


「ありがとう、リリィ。お陰で目が覚めた」

 おれにそれを教えてくれたリリィのことが愛おしくて、おれは万感の思いを込めて、感謝の言葉を口にした。

「これからもよろしく頼む。おれのことを支えてくれ」
「うん……うんっ。ご主人様っ!」

 感極まった様子のリリィが、ぎゅっとおれの体を抱きしめた。
 改めてこちらからも抱き返した。

 自然と顔を寄せ合って、元から近かった距離をもっと近づけて、おれたちは微笑み合った。

 濡れたジャージの生地越しに躰が触れ合う。物足りない。全然足りない。隙間を埋めるように抱きしめあい、パスがリリィの望みをおれに告げる。
 それは、いまのおれが望むことと同じだった。

「ご主人様……」

 視線が絡み、鼻先が触れ合い、吸い込まれるように唇が合わさる。
 ふとおれはこれが久しぶりの『二人きり』であることを思った。

 だから何というわけでもないが。
 おれだって、いまは満足に動けないわけだし。

 首の後ろへと腕を回すリリィを抱きとめ、彼女と口づけを交わし、ぐっしょりと重く濡れたジャージの生地越しに豊かな彼女のふくらみを感じながら、そんなことをおれは考えて――

「痛っ」

 ――左手の甲に走った痛みに、小さく苦鳴をあげていた。

「あ。ごめん」

 おれが漏らした声に、リリィが離れた。
 おれの体に負担をかけてしまったと思ったらしく、彼女の細い眉は下がっていた。

「いや。リリィが何かしたわけじゃない」

 おれは突然の痛みに驚いて丸めた体を伸ばして、彼女に手を振った。

「何か急に手が痛くなって……」

 と言いかけたおれは、ぎょっとした。

「どうしたの……」

 リリィの言葉も途中で切れた。
 絶句する彼女が見つめる先。おれが先程、痛みを感じた左手の甲の上。

 そこに、緑色の突起が生えていた。

 生え際からわずかに赤い血が流れている。これが痛みの原因だろう。ぽたりぽたりと風呂桶の中の水に落ちては希釈されていた。
 緑色の突起は、いまもにょきにょきと急成長している。
 そこでようやく、おれはそれが植物の苗であることに気付いた。

 これだけの異常事態の中、それがただの苗であるはずもない。先端部には鎌首をもたげる蛇のような、目鼻のない口だけの頭部がついていた。

「ゴ、シュジ、サマ」

 ……喋った。

 軋むようなたどたどしい発音ではあったが、それは確かに、おれを主と慕う眷属モンスターの呼びかけだった。
 言葉もないとはこのことか。
 どうして『おれの体からモンスターが生えてくる』のか。意味がわからない。そんな予兆は一つだって……

「……あ」

 真っ白になった頭が『その事実』に思い至ったのは、ひょっとすると奇跡的なことだったかもしれない。

 おれは、おれと同じく呆然とした様子のリリィに声をかけた。

「なあ、リリィ」
「なぁに、ご主人様」
「おれの左手から鉄砲蔓の種を抜いた覚えはあるか?」

 おれが最初に種を撃ち込まれたのは、左手の甲だった。
 あれだけ衝撃的な場面だったから、改めて思い出すと気分が悪くなるくらいに、その記憶は鮮明に脳裏に残っている。
 そして、おれには種を抉り取ったあの作業の時に、左手から種を抜かれた記憶がない。
 あの時はおれも意識が朦朧としていたし、記憶にないだけかと思ったのだが、あの作業を行ったリリィが首を横に振ったことで、その可能性はなくなった。

 ということは……そういうこと、なのだろう。

「ひょっとして、おれの魔力の枯渇は、こいつが原因か?」

 おれは魔力不足で死にかけた。
 鉄砲蔓は寄生性のモンスターだ。
 宿主から養分を吸い取ることは、その生態と言える。

「いや。でも、それはあくまで樹木からだ。人の体から生えてくるなんて出鱈目は……」
「あ。待って、ご主人様。それはちょっと違うよ」

 リリィがおれの言葉を遮った。

「鉄砲蔓の攻撃手段は百合みたいな花から打ち出される種でしょう? 当たり前のことだけど、種はふつう繁殖の手段であって、攻撃の手段ではないよね」
「まあ、そうだな」
「なのにどうして鉄砲蔓が弾丸みたいに種を撃ち出すと思う?」

 問われてみれば、それは奇妙な現象だと思えた。おれの生物に関する知識の範疇では、種や実を作るのには、非常にエネルギーを使う現象であるはずだった。それをただ攻撃の手段として使い捨てるなどということが、果たして有り得るものだろうか?

 答えを持たずに考え込むおれに、リリィは解答を教えてくれた。

「どうして鉄砲蔓が種を攻撃の手段にしているかというとね、それが鉄砲蔓のライフサイクルだからなのよ。鉄砲蔓の種はね、撃ち殺した獲物から養分を吸って発芽するの。わたし、これまでに何度か見たことあるもの」
「だから、おれの体から生えてくることも有り得ないことではないと?」

 おれは冬虫夏草よろしく、自分の死体から生えてくる植物を思い浮かべてぞっとした。
 おれだって、魔力を与えてくれるガーベラがいなければ、乾涸びて死んでいるところだった。この状況はあくまで、出鱈目な性能を誇る彼女が作り出したものに過ぎない……

「それに、そもそも、これって本当に鉄砲蔓なの?」
「どういうことだ?」
「だって、姿かたちが全然違うじゃない」

 言われてみれば、確かに。目の前のこれは、少し鉄砲蔓とは造形が異なっているように思えた。
 一番大きな違いは、百合のような花が咲いていないことだろう。これでは、鉄砲蔓としての機能が果たせない。だとすれば、これは――

「――リリィと同じ。ユニーク・モンスターか」

 モンスターのなかで極々稀に起こる突然変異種。
 おれに宿ったモンスターが、丁度、それだったということだろうか。
 そんな偶然があるものだろうか。

 そんな風に考えるなら、いっそのこと、逆に考えた方がしっくりくる。

「おれに宿ったからこそ、こいつはユニーク・モンスターとして発芽した……?」

 おれの体は、仮にもチート能力者のものだ。拳一つでドラゴンを殺してしまうような、条理を引っ繰り返すびっくり箱と同じものだ。何が起こってもおかしくはない。

「……おれの体にもう一度、他の種を埋め込んでみれば、はっきりするが」
「馬鹿言わないで。今度こそ死んじゃう」
「だよな」

 二度やって生き残れる保証はない。ガーベラだって、二度とは御免だろう。彼女の頑張りに泥を塗るような提案を出来るはずもなく、これは勿論冗談だった。

「それで、ご主人様、これはどうするの?」

 下手な冗談を言ったおれのことをちろりと睨んで、リリィが尋ねた。
 おれは寄生モンスターの生えていない側の右手で、幾分髪の短くなった頭を掻いた。

「どうするって……剥がすわけにもいかないだろ」

 この寄生モンスターとの間にもしっかりパスは感じられるし、敵意を持っていないことは伝わってくる。

「ゴシュジン、サ、マッ! サマ!」

 まだ生まれたばかりなせいか、あまり知性は高くないようだ。おれを呼ぶ以外の言葉も話せない様子だった。
 しかし、それでも無邪気におれのことを慕っていることだけはわかってしまう。これを引き抜いて殺してしまうというのは、かなり罪悪感を刺激される行為だった。

 それに、考えてもみれば、おれの体に種を撃ち込んだのはこいつの母体であった鉄砲蔓であって、あくまでこいつは発芽しただけなのだ。
 母体を殺しかけたとしても、生まれてくる子供に罪はない。シチュエーションは少し違うかもしれないが、そういう考え方も出来ないではなかった。

「見たところ状態は安定しているようだし、あえて殺さなければいけない理由もない。……そもそも引き剥がせるのか、こいつ」

 おれの体に根を張っているようだが、どれだけの深さで根付いているのかわからない。下手をすれば、腕を切り落とす必要さえあるかもしれない。それはあまりにもリスクが高すぎだ。

 と、そんなことを考えていたのが伝わったのか、抗議するように軋む声が鳴いた。

「ゴシュジ、サマ! ゴシュ、サマ! サマ!」
「わかった、わかった。剥がしたりはしない」
「良いの、ご主人様?」

 リリィの問いに、おれは肩をすくめた。
 おれを殺しかけた存在に寄生されているというのは微妙な気分だが、それを言えば、ガーベラを受け入れた経緯だって同じようなものだ。

 ……と、そんなことを考えたからだろうか。

「主殿! 主殿は何処だ!」

 噂をすれば影が差す。
 ガーベラの声と、何やら慌ただしい物音が聞こえてきた。

「……今度は何だ」

 壁を隔てた向こう側でガーベラがおれを探している気配があった。

「そこか、主殿!」

 彼女はあちらこちらに行ったあとで、見当をつけたらしい、独特の足音がおれたちのもとへと向かってきた。

「主殿っ!」

 ばんと大きな音をたてて、扉が開け放たれた。
 真っ白な髪をなびかせて、ガーベラが『風呂場』へと入ってくる。どうやら彼女は目覚めたばかりらしく、細い髪に少し寝癖がついていた。
 そんな彼女の姿を目の当たりにして、おれとリリィは抱き合ったまま、二人揃ってぽかんとしてしまった。
 それだけ、いまのガーベラの姿は衝撃的だったのだ。

「ガーベラ」

 おれは尋ねた。

「お前、頭に何を乗っけてるんだ」

 蜘蛛の糸を思わせる白く長い髪を垂らすガーベラの頭の上に、だらんと手足を脱力させて垂らした獣が一匹乗っかっていた。

 尻尾はふくらんで、ぴんと立った耳は三角形。
 まるくふわふわとしたやわらかな薄い茶褐色の毛に覆われた体は、どう見ても生まれて数ヶ月と経たない子供といった雰囲気だ。
 口がひらいて、鋭いがちいさく可愛らしい歯が露わになる。そのまま息を呑み込むと、掌に乗ってしまいそうなもこもこした体が、ひとまわり大きく膨らんだ。
 まるで風船のように膨らんだ体が縮むとともに、口からけぷっと細い煙が立ちのぼる。

 これはもう、見間違いようがなかった。

「風船狐」
「……の、子供だねえ。ガーベラ。あなた、それ何処で拾ってきたの?」

 おれの言葉を引き取ったリリィが尋ねると、さっきのげっぷの拍子にバランスを失った子狐を受け止めようとわたわたしていたガーベラが、ぴたりと動きをとめた。

「拾ってきたわけではない。ついさっき、やってきたのだ」
「やってきたって……」
「主殿が死に掛けたあの場所から此処まで、それなりには離れておろう。この子狐の足では、一日くらいかかってもおかしくはないのではないか」

 よくみれば、随分と子狐の毛並みは汚れていた。
 おれが死に掛けている間に、この子狐にも大冒険があったのかもしれない。

「それで、どうしてガーベラはそいつを頭に乗っけてるんだ」
「知らぬ。妾ではなく、こいつに聞け」
「いや。降ろせばいいだろう」
「触って壊れたらと思うと、とてもそんなことは出来ん」

 とんでもない! とおれへと信じられないものを見るような目を向けるガーベラは、一応、この子狐がモンスターだということを忘れているらしい。
 おれが何とも言えない気持ちでガーベラのことを眺めていると、騒ぎを聞きつけたローズや加藤さんもやってきて顔を覗かせた。

「どうしましたか、ご主人様。……おや?」
「なにやら大変なことになってますね」

 ガーベラの頭に乗っている子狐と、おれの手の甲から生える寄生植物を見て、彼女たちは目を丸くした。

 あっという間に浴場は賑やかになってしまった。

「ご主人様」

 腕の中にいたリリィが身じろぎをした。
 おれが意図を読み取って解放すると、彼女は身を起して苦笑いをした。

「なんだか『そういう雰囲気』じゃなくなっちゃったねえ」
「……そうだな」

 おれも苦笑を返す。久々の二人きりの時間はこれで終わりらしい。
 少しだけ残念だった。

「ご主人様?」
「うん? ……ああ。ありがとう」

 先に立ったリリィが、おれが立ち上がるのを助けるために手を伸ばしてきていた。

 おれがその手をとると、リリィは何処か嬉しげな表情で口をひらいた。

「でも、良かったじゃない」
「? 何の話だ?」
「『焦って、空回って、何も出来なかった。何も得られなかった』ってご主人様は言っていたけどさ」

 首を傾げたおれに、リリィは満面の笑顔を向けた。


「ご主人様とガーベラの頑張りは、意味のないことじゃなかったんだよ」


 こうして四番目と五番目の眷属が、おれたちの仲間に加わったのだった。
◆主人公たちのかたちは、こういう感じになりました。
軍隊ではなくて、チームです。個々人が一つの目的に向かって協力し合うかたちです。
十七歳らしく未熟な彼ですが、これから成長していくのだと思います。

◆リーダーシップ論とか、色々あって面白いですよね。目が回るくらいに。
どれが正しいとかじゃなくて、いろんなかたちがあるんだと思います。

◆次回更新は3/14(金曜日)になると思います。土曜日に用事があるので、そうでなかった場合は日曜日になります。
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