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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

6章.

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36. 目覚め

前話のあらすじ

トラヴィス退場。
   36


 トラヴィスだったものは消失した。

 おれはひとり暗闇のなかに取り残される。

 内なる外敵は打ち砕いた。
 けれど、おれ自身の崩壊はいまだにとまっていなかった。

 破滅の音は続き、剥離したかけらが暗闇のなか火花となって瞬く。

 おれはそれをとめるでもなく、なるがままに任せていた。

 別に、投げやりになったわけではない。
 これは必要なことのように思えたのだ。

 こうなったことで、やっと理解した。

 おれはこれまで、元の世界にいた頃の記憶を失ってきた。
 しかし、それはこの現象の本質ではなかった。

 この崩壊の終端に、おれは別のなにかに変わるのだ。
 無論、そうなってしまえば、いまここにある自分なんてかけらも残りはしまい。

 恐ろしいことだ。

 だけど……。

 なにもかも失って、それに見合っただけのものを得て、望みを叶える。

 たとえ、その時点で『真島孝弘』がなくなってしまっていたとしても。
 みんなを守りたい、失いたくないという願いは叶えることができるのだ。

 だったら、それでいいと思えてしまった。

 結局のところ、おれはそういう性分なのだと理解した。

 このまま、みんなを守るだけのモノになったとしても、それは――。


「――駄目よ、旦那様」


 突然、背後に気配が生まれた。

「それは駄目」

 腕が伸びてきて、ふわりと抱き締められた。

「サルビア?」

 どうやらトラヴィスがいなくなったことで、自由を取り戻したらしい。

 サルビアはうしろから、豊かな胸におれの頭を抱え込むようにしていた。
 どこか懐かしいような感覚があった。

「それ以上、自分を損なってはいけないわ」

 叱るように言われてしまう。
 ただ、その口調とは裏腹に、抱擁は柔らかなものだった。

 与えられる安心感が、過熱していた思考をゆっくりと冷やしていく。

 ひび割れ、砕けたおれの頬を、慈しむように細い指が撫でた。

「もう十分よ、旦那様。それ以上は、誰も望んでなんてないわ」

 ……ああ。確かに、そうかもしれない。

 おれはずいぶんと失ってしまった。
 今回のことを知れば、みんな、悲しむだろう。

 それは望むところではなかった。

「大丈夫。もしも足りないところがあるとすれば、わたしが……いいえ。わたしたちが補うもの」
「サマー!」

 元気の良い鳴き声と一緒に、アサリナも姿を現した。

 がじがじと、耳のあたりに噛み付いてくる。

「サーマー」

 不満いっぱいに抗議をする声が、焦燥に駆られていた気持ちを落ち着かせてくれた。

「……ああ。そうだな」

 全身の崩壊と変容が収まっていった。

 ぎりぎりのところで、変化は決定的なものとはならなかった。
 それでかまわなかった。

「手間をかけたな。サルビア、アサリナ」

 失っただけのものを、おれは得た。
 障害だったトラヴィスは打ち砕いた。

 これ以上は必要ないし、本末転倒だ。

 ……いつかはそれでも足りなくなるときがくるかもしれないけれど、それはいまではなかった。

「戻ろう」
「ええ。そうね」

 サルビアは頷くと、おれの頭を抱き締める腕にきゅっと力を込めた。

 おれの頭に過った考えに勘付いたのかもしれない。
 危険な場所に行こうとする子供をとめるような仕草だった。

 おれは後頭部を柔らかな胸に押し付けるようにすると、ぽんぽんと彼女の手を叩いた。

 暗闇のなかを浮上し始める。

 さあ。大切なものを取り戻しに行こう。

   ***

 おれは目を覚ました。

 場所は、ずっと寝かされていた車のなかだ。

 すぐに身を起こした。
 傍にいたリリィが驚きの声をあげた。

「ご、ご主人様!?」

 これまでずっと、面倒を診てくれていたのだろう。
 疲れた顔をしていた。

「悪い。心配をかけた」

 ねぎらいの言葉をかけて、その体を引き寄せる。
 リリィの全身にさざなみが走った。

「……ご主人様」

 抱擁に押し出されるように漏れた声には、歓喜と安堵があった。
 負担をかけてしまったことを申し訳なく思った。

「もう大丈夫だから」

 おれは耳元で言うと、短い抱擁を解いた。

 もっと言葉をかけてやりたいのはやまやまだが、残念ながら時間がなかった。

「あ。駄目だよ。まだ起きたら」

 立ち上がろうとするおれを見て、リリィが慌てた声をあげた。

「心配ない」

 とめようとするリリィを押さえて、おれはすくりと立ち上がった。

 ここのところ、ずっと寝たきりだったのに、動作はスムーズだった。
 毒に侵されていた体に、違和感はない。

「……え?」

 リリィは呆気にとられた顔で、おれを見上げた。

「そんな。いくらなんでも、こんな早く回復するはずが……」

 ずっと治療をしてくれていただけに、これがどれだけ奇妙なことかわかるのだろう。

「これじゃあ、まるでわたしとか、ガーベラみたいな……」

 さっとリリィは蒼褪めた。

 彼女もおれの能力については知っている。
 治療のためにずっと近くにいたこともあって、なにが起こったのか理解できたのだろう。

「ご主人様……」
「その話はあとだ」

 泣きそうな顔で言うリリィに、おれは首を振ってみせた。

 これはおれの望んだことだった。

「ついてきてくれ。みんなに話がある」

 言って、車を出た。

 外に出ると、視線が集まった。
 みんな驚きの表情を浮かべると、足をとめて固まってしまう。

 最初に我に返ったのは、ロビビアだった。

「孝弘!」

 彼女は誰よりも早く駆け寄ってくると、胸に飛び込んできた。

「孝弘! 孝弘ぉ!」

 みるみるうちに、普段は勝気な目の端に涙が盛り上がった。

「良かった。良かった。う、うぅ……ああ、あぁあああ!」

 まるでどこにでもいる子供みたいに、泣き始める。

 体のそこかしこに、血の滲んだ包帯が巻かれていた。
 母と故郷を失いながら、戦い続けてきた証だった。

 張り詰めたものが切れてしまったのだろう。

 わんわん声を上げて泣き続ける。

「……ごめんな、ロビビア。もう大丈夫だから」

 泣きじゃくるロビビアの小さな体を抱き返してやりながら、おれは集まってくるみんなに目をやった。

 ガーベラ、シラン、加藤さん、あやめ、ケイ。
 リアさんをはじめとした村のエルフたちも、おれたちのことを見守っている。

 傷付き、疲労しているものの、みんな無事でいてくれたことにほっとする。

 ただし、そのなかにローズの姿はなかった。

「お……おお。本当に、回復したのだな」

 近付いてきたガーベラが、うめくように言った。

「それは良かった。本当に良かった……だが、素直に喜んでもいられんか」

 安堵に緩んだ表情は、すぐに曇った。

 その横では、加藤さんがいまにも死んでしまいそうなくらいに蒼褪めた顔をしており、ケイに肩を抱かれていた。
 ちらりとそちらに目をやってから、シランが口を開いた。

「孝弘殿。お話があります。目覚めたばかりだというのに、このようなことは言いにくいのですが……」
「気を遣わなくていい。ローズが敵の足留めをするために出て行ったんだろう」

 先んじておれが言うと、シランは口に手を当てた。

「ご存知……なのですか。いったい、どうして」
「パスのお陰だ。もっとも、詳しい経緯までは把握していないが」

 端的に告げる。

「おれはローズを迎えに行かなくちゃならない。悪いが、説明を頼めるか」
「それは……」
「わたしから話をしよう」

 おれが求めると、別のところから声があがった。

「最後にあの人形に会ったのはわたしだからな」

 歩み出てきたのはベルタだった。

 それと同時に、場の空気が硬いものになった。
 その理由はすぐ、ベルタ自身の口で明らかにされた。

「『霧の結界』に逃げ込めなくなったことがわかったあとのことだ。あの人形は、罠を張って敵の足留めをすることを提案した。わたしを護衛兼、移動手段として指名したうえで、必要な作業が終われば合流すると言ってな。しかし、いざふたりきりになると、あいつはこのまま残ると言い出した。わたしはあいつを置いて、ひとりで戻ってきたというわけだ」

 淡々と話をしたあとで、ベルタは二対の目を細めた。

「……落ち着いているのだな。てっきり、恨み言のひとつも言われるかと思っていたが」
「おおよそ、ローズの考えは想像できるからな」

 おれは溜め息をついた。

 実際、これが突然のことならうろたえたかもしれない。
 だが、あの灯火の世界で、おれはローズの笑顔を見ていた。

 だったら、それで十分だった。

「リリィたちでは引き止められてしまうと考えて、ローズはベルタを選んだんだろう。あいつの性格なら、利用するようなかたちになってしまったことを、申し訳なく思っていたはずだ。それなのに、おれがベルタを責めるのは違うだろう」
「……よくわかっているのだな。しかし、そこまでわかっていて、お前はあの人形のところに行くのか?」

 ベルタはさらに問いを重ねてきた。

「あの人形は自分が捨て駒になってでも、お前を守ることを望んでいた。それでも、行くのか?」
「ああ。そのために、おれはここにいる」

 そのための対価は支払っている。
 迷いはなかった。

「そうか。ならば、もはやとめまい」

 ベルタは鼻を鳴らした。

 意外なことに、そういう彼女はどことなく嬉しそうに見えた。

 ローズと最後に話をしたのはベルタだと言っていた。
 そのときのやりとりに、なにか感じるものでもあったのかもしれない。

「だが、状況はそう簡単ではないぞ」

 ベルタはすぐに雰囲気を引き締め直した。

「あの人形のところに行くためには、辺境伯領軍を相手取らなければならない。ふたつに軍を分けたとはいえ、数千の大軍だ。加えて、こちらには例の追跡部隊が迫っている」
「孝弘殿。ベルタの言うことはもっともです」

 シランが口を挟んだ。

「つい先程、追跡部隊からの攻撃がありました。危ういところで、戻ってきたベルタが加勢してくれたおかげで、ことなきを得ましたが……それに、ふたつに分けられた敵軍のもう一方についても、放っておけば追い付かれてしまいます」

 エルフたちを執拗に付け狙う追跡部隊。
 ふたつに分かれた辺境伯領軍。

 これらを同時に対処しなければならないということだ。

 言うまでもなく、困難なことだった。

 それは、この場にいる誰しもが肌で実感していることだった。
 だからだろう。そこで、これまで黙っていたエルフたちの間から声があがったのだ。

「孝弘様。少しよろしいでしょうか」
「リアさん?」

 リアさんは逃亡生活でやつれた顔に笑顔を浮かべ、夫であるメルヴィンさんと一緒に、おれたちの前に歩み出てきた。

「問題を解決する方法がひとつあります」

 疲れ果ててはいても、芯の通った声だった。

「伯母様。それは」
「わたしたちのことは気になさらず、ローズさんを迎えに行ってください」

 シランがとめようとするが、リアさんはかまわずに告げた。

 穏やかな笑顔は覚悟の表れだった。

「これはみんなで話し合って決めたことです。みなさんは、どうにか我々を助けようと尽くしてくださいました。もう十分です」
「このままでは、共倒れですからな」

 メルヴィンさんも口を開いた。

「追跡部隊と、辺境伯領軍の片割れのことを気にしていらっしゃいましたが、我々がいなければ、そこを考慮する必要はなくなるでしょう。孝弘様は全員で、ローズさんのところに向かえばよろしい」

 実際、メルヴィンさんの言う通り、おれたちだけならかなり行動に自由が利く。

 エルフたちを置いていけば、相手をするのは、ローズが戦っている辺境伯領軍の本隊だけで済むだろう。

 これが有効な手段であることは間違いない。
 失われるものを考えないのであれば、だが。

「いつまでも孝弘様たちに甘えているわけにもまいりません。我々は我々で、どうにか切り抜けてみせます」

 ただやられるつもりではないと、メルヴィンさんは言う。

 とはいえ、できることといえば、戦える者で捨て身の足留めをしている間に、ひとりでも多くを逃げ延びさせるくらいのものだろう。

 無論、辺境伯領軍との交戦の結果、大怪我をしているメルヴィンさんが、その程度のことを理解していないはずがない。

 彼らがこういう人たちだから、おれは返す言葉に迷うことはなかった。

「ありがたい申し出です」

 厚意は嬉しく思った。

「ですが、受けることはできません」

 明確な拒絶を告げると、メルヴィンさんとリアさんは戸惑いの表情を浮かべた。

「……孝弘様」
「おれはすべてを守るって決めましたから」

 誰かを失うなんてまっぴらだ。

 おれはローズを失わないし、そのために誰かを犠牲にしたりもしない。

「孝弘殿ならできるというのですか」
「おれひとりの力では無理です」

 メルヴィンさんの問い掛けに、かぶりを振った。

 この身を流れる魔力は、これまでになく力強い。

 けれど、他のチート持ちと比べれば、いまだに劣ったものでしかない。

 たったひとりで状況を引っ繰り返すような力はない。

 こればかりは才能だろう。
 そろそろ思い知っているのだが、本来、おれは戦いに向いていないのだと思う。

「だけど、みんなの力があれば話は別です」

 戦いには向いていないとわかっていて、それでも守り抜きたいものがあった。

 だから、自身をかえりみることなく手を伸ばした。
 己をぎりぎりまで費やして、得られたものは決して軽くない。

 すでに状況は変わっている。
 いいや。変えたのだ。

 それを理解したうえで、みんなで協力すれば、十分に勝算はあった。

「みんなで生き残りましょう。力を貸してください」
◆時間かかりましたが、更新です。

だいぶ苦しいブレーキでした。
あと一話、更新します。
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