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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

6章.

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29. 人形少女の恋

(注意)本日5回目の投稿です。(4/16)












   29   ~ローズ視点~


 ベルタは一拍の沈黙のあとで、深々と溜め息をついた。

「……聞いてやろう」

 わたしがなにを言い出そうとしているか、すでに察している様子だった。

 申し訳なさが募った。
 けれど、ここでとまることはできなかった。

「ベルタには、すぐにこの場を離れて、ご主人様たちを追ってほしいのです。わたしとあなたが抜けたことで、戦力は著しく低下しています。襲撃を受けては危険です」
「その危険を覚悟したうえでの策、という話ではなかったのか。そもそも、ぎりぎりまで作業をするお前を連れて、この場を離脱するために、わたしはここに残ったはずだ」
「その必要ならありません。わたしのことは気にせずに、ご主人様たちを追い掛けてください。ベルタは嗅覚が利きますし、気付かれないように距離を開けて、こっそりうしろから付いていくことは可能でしょう。もしも敵からの攻撃があったら、そのときは助けに入ってください」
「お前の仲間たちには気付かれないようにしろというわけか。やはり、そうなのだな」

 双頭の狼の目に、哀れむ色が浮かんだ。

「ひとり残って、ここで敵の足止めをするつもりか」
「はい」

 頷く。
 それこそが、わたしが伏せていた本当の作戦だった。

「騙すかたちになってしまい、申し訳ありません」
「……罠の話は出まかせなのだな」
「はい。そのような都合の良いものはありませんでした。ですが、誰かが足留めをしなければ、もうどうしようもない状況でしたので」

 このままでは追い付かれてしまう。

 敵の目的は、ご主人様の命だ。
 追い付かれてしまえば、容赦はするまい。

 それだけは駄目だ。

 誰かがどうにかしなければならなかった。

「それは理解できるがな。お前が残る必要があるのか?」
「わたしが一番、適役なのですよ」

 ベルタの問いに即答する。
 そのあたりのことは、十分に考えたうえでの決断だった。

「治療をしているリリィ姉様は当然として、眷属最強のガーベラがご主人様のもとから離れるわけにはいきません。逆に、あやめでは足留めをするには力不足。シランさんやサルビアさん、アサリナは、ご主人様に引きずられて動けません。ロビビアも怪我をしているうえに、精神的に追い詰められています。まともには戦えないでしょう」

 すらすらと答えた。

「そもそも、これはわたしの役割です。この身は盾。樹海で出会った日から、ご主人様に降りかかる災厄を防ぐためにありました。そのためになら、この身が木屑になったとしてもかまわないと思い定めてきたのです。だから、これはそのときが来たというだけのことなのですよ」

 そう言い切ることに迷いはなかった。

「それに、これは一番損害が少ない選択でもあります。リリィ姉様は、成長著しいユニーク・モンスター。伝説の白い蜘蛛であるガーベラや、伝承に謳われるサルビアさんは、強大な力を持つハイ・モンスターですし、ロビビアは勇者の子供です。幼くして眷属となったあやめや、ご主人様に根付いて生まれたアサリナの潜在能力は計り知れません」

 その損失は計り知れないし、彼女たちにはこれから先の役割がある。
 失わせるわけにはいかなかった。

「一方で、わたしは所詮、ただのレア・モンスターです。他のみんなとは違います」

 希少ではあっても、唯一ではない。
 高位の存在でもなければ、特異なわけでもない。

 極端な話、もう一度、樹海の奥地に舞い戻り、十分な時間と労力をかければ、わたしのような存在を見付けることは可能だろう。

「なにより、いまではご主人様自身もお強くなりました。そう遠くないうちに、わたしを追い越してしまうでしょう。わたしという盾は必要なくなります。これがわたしの最後の仕事なのだとすれば、良い頃合いだったのかもしれません」
「……お前の仲間たちは、そのようには考えていないと思うが」
「ええ。それはわかっています。だから結局、これはわたしの在り方の問題なのですよ」

 まだ樹海の奥地にいた頃、ご主人様にもお伝えしたことがあった。

 ――わたしはご主人様をお守りするために存在します。そのためになら、この体など木屑になってしまってもかまわない。

 これがわたしの生まれた意味だ。
 だったら、当たり前のことを、当たり前に行おう。

 それに……最後に、思わぬ報酬もあったのだ。

 思い返すと、唇がほころびそうになる自分がいた。

 ああ、そうだ。
 ついにわたしは、ご主人様に抱き締めてもらえたのだ。

 こんな状況で不謹慎だとわかっていても、自分の心は偽れない。

 嬉しかった。
 幸せだった。

 きっと、あの狭い車のなかでのひと時が、わたしという存在の終着点だ。
 そう思えてしまった。

 だから、決めたのだった。

「行ってください、ベルタ」

 わたしはここで、敵を迎え撃つ。

 大きな損害を与えれば、敵の動きは鈍るだろう。
 この身を賭して特攻をかければ、立て直すために一日くらいは時間を稼げるかもしれない。

 ベルタに一緒に残ってもらったのは、ここに残る口実に必要だったというのもあるが、ご主人様の眷属ではないというのが大きかった。

 姉様たちを説得するのは骨が折れるだろうが、ベルタは違う。
 彼女にわたしをとめる理由はない。

 そう考えていた。

 だから、意外だった。

「……それで、本当にいいのか?」
「え?」

 ベルタが問い掛けてきたのだった。

「納得できるのか?」

 一歩、距離を詰めてくる。
 腰から伸びる触手が揺らめく。

「貴様に未練はないのか?」

 紡ぐ言葉のひとつひとつに、激情の片鱗が垣間見えた。

 いまのわたしとのやりとりが、ベルタの心のどこか繊細な部分に触れたらしい。

 怒っているような、もどかしそうな、やるせなさそうな様子だった。

 その感情の強さが、問いに応えることを迫っていた。

「ベルタ……」

 少しだけわたしは戸惑った。

 この身を賭して、ご主人様を守ること。
 それは自分にとって当然のことだったから、その是非について改めて考えたりなどしなかったからだ。

 もちろん、考えたからといって、答えが変わるわけではない。

 わたしは、ご主人様の盾だ。
 それこそがわたしの存在意義だ。

 だから、これでいいのだ。

 わたしはそう答えようとした。

「――」

 けれど、言葉は出てこなかった。

 予想外のことだった。
 たとえ亀裂が入ろうと動かせるはずの人形の体を、縛り付けるものがあったのだ。

 内側からこの身に根を張り、心を脅かすもの。
 それが恐怖と呼ばれる感情だと気付くのに、数秒の時間が必要だった。

 まさかと思った。

 けれど、事実は変わらなかった。
 わたしは確かに恐怖していた。

 自覚したことで、手足が震えた。

 わたしはこれから破壊される。
 かつて覚悟したように、ご主人様の盾として砕かれる。

 その事実が怖かった。
 堪らなく恐ろしかった。

 なんで今更、と思った。

 木屑になろうとかまわないと思った、あの覚悟は嘘だったのだろうか。
 土壇場になって、臆してしまったとでもいうのだろうか。

 ……いいや、違う。

 そうではない。

 これは、そういうことではないのだ。

 さっき、ベルタはこう尋ねた。

 それで本当にいいのかと。
 納得しているのかと。
 そして、未練はないのかと。

 無論、わたしはこれでいいと思っている。
 納得だってしている。

 けれど、そう。
 未練だ。

 未練がこの胸を焦がしていた。

 わたしはまだ、自分の望みを果たしていない。
 そう強く感じていた。

 ある意味、それは当然のことだったかもしれない。

 以前に、ガーベラとの間にこんなやりとりがあった。

 ――お主は、主殿に抱擁してもらうために、自身を飾っておるのだったな?
 ――いまでもお主は、そこから先を望んではおらんのか?

 この問いに、わたしは答えた。

 ――いいえ。わたしのなかには、ガーベラの言う通り、確かにその先を望む気持ちがあります。

 あの時点で『その先』を望む気持ちは自覚していた。
 ただし、それがなんなのかはわかっていなかった。

 まずは抱き締めてもらうことで、自分がなにを望んでいるのかわかるだろうと考えていた。

 そして、その願いは先程叶えられた。

 だったら、『その先』に進むのは、当然の成り行きというものだった。

 ――それでは、ローズ殿は本当に、主殿と抱き合って、接吻をして、触れてもらって、愛し合うことを望まぬというのか?

 あのときのガーベラの問い掛けに、わたしは凍り付いてしまった。
 なんてことを尋ねるのだと思った。

 だけど、いまならわかった。
 こんな土壇場になって、気付いてしまった。

 ……ああ、そうだ。
 その通りだ。

 わたしは、ご主人様と抱き合いたい。

 キスをしたい。
 この身に触れてもらいたい。

 愛し合いたいのだ。

 とっくの昔に、わたしはご主人様に恋をしていたのだろう。
 あまりに鈍くて気付けなかっただけで、これまでずっと恋い焦がれてきたのだ。

「……ええ。そうですね。わたしはまだ、死にたくありません」

 想いが口をついで出た。

「今更になって、気付きました。わたしはご主人様に恋をしていて……だけど、このままだと、その想いを告げることさえなく終わってしまう。そんなのは嫌です」

 やっと気付けたのだ。

 この気持ちを伝えたいと思う。
 強く望む。

 それができないうちに、終わりたくはない。

 ただの人形でしかないわたしが初めて、心の底からそう願った。

 けれど……ああ。だからこそだ。

「それでも行くのか?」
「はい」

 ベルタの問いに、わたしは笑顔で頷いた。

「恋をしているから、ここで終わりたくないと思います。けれど、その分だけ強く、愛しいあの方を守りたいとも思うのです」

 感情や心というのは、なんとも複雑怪奇なものだ。

 結果として、決意はより固くなっていた。

「さようなら、ご主人様」

 遠ざかっていく愛しい人のことを想って、わたしは静かに胸を抑えた。

「お慕いしております。たとえ、この身が朽ちようとも」

 忠義心からだけではない。
 この恋心のために、わたしは死地に赴くのだ。

「どうか健やかに」

 ただ、それだけを願った。
◆やっとここまでやってきました。

ようやくローズは恋心を自覚しました。
けれど、同時にそれは決死の戦いに挑むことを意味しました。

ローズの今後はいかに!

……というところで、本日の更新はここまでになります。
一気に行きたかったんですが、さすがにこれ以上は無理でした。

次回の更新を、お待ちください。


◆『モンスターのご主人様 ⑨』の表紙が公式ページで公開されました。
もう二週間もないですね。

ぜひ手に取っていただきたいです。
特に、9巻口絵の三枚目。ウェブにはない書き下ろし箇所の絵になっています。
一見の価値ありです。可愛いぞ。

活動報告にて、今回登場のキャラクターのキャラデザを公開しています。
こちらについても、興味のある方はぜひご覧ください。
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