挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

6章.

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

177/213

15. 韋駄天の奮戦

(注意)本日2回目の投稿です。(1/18)












   15   ~飯野優奈視点~


 工藤陸と配下のモンスターの姿が視界から消えた。
 探索隊離脱組の遺体も回収されてしまい、彼の行動の痕跡はなにひとつない。

 崖の上にひとり残されて、わたしは拳を握り締めた。

 なにもできなかった。

 敗北感が重く肩にのしかかってきた。
 潜伏したチリア砦襲撃の犯人を捕まえる、またとない機会だったというのに、みすみす逃がしてしまった。

 ……いいや。むしろこの場合、見逃してもらったのはわたしのほうか。

 もちろん、工藤陸にわたしを見逃す理由はない。
 単に損害を嫌っただけなのだろうが、状況としては助かった。

「……落ち込んでる暇なんてない」

 自分は偽勇者とは無関係だと、工藤陸は言っていた。

 それが本当かどうかはわからない。
 適当に口から出まかせを言って煙に巻いたのかもしれないし、最悪、モンスターの群れが押し寄せているあの村に向かわせること自体、罠だという可能性も考えられる。

 ただ、ひとつだけわたしにもわかることがある。

 こうしているいまも、村は危険に晒されているということだ。

 だったら、罠がどうこうと考えている余裕なんてなかった。

「絶対に間に合わせる! そのためには……っ!」

 村はこの崖から見渡せる場所にある。

 崖を回り込んでいては、時間がかかってしまう。
 そう判断したわたしは、迷わず崖を飛び降りた。

「……うあっ」

 いくら体が頑丈になったにしても、限度はある。
 わたしでも、下手を打てば死ぬ高さだった。

 もちろん、飛び降りたのは覚悟の上だ。

「こんなもの……っ!」

 何度か斜面を蹴って勢いを殺す。
 それでも足りない分は、目についた木に突っ込むことでクッションにした。

「っぐ」

 体の周囲で、ばきばきとすごい音がした。

 折れて吹き飛ぶ枝葉とともに地面を転がり、すぐに立ち上がる。

 無理をしたせいで、関節が痛んだ

 だが、うずくまっている暇はない。
 かまわず駆け出した。

 間に合うかどうか。
 ……いや、間に合わせるのだ。

 そう自分に言い聞かせた。

 わたしは『韋駄天』。探索隊の最速だ。
 間に合わないはずがない。

 全速力を捻り出す。
 天地万物を背後に吹き飛ばして、ロケットのように前進した。

「……いた!」

 前方、モンスターの姿を捉えた。

 数秒で縮まる距離。
 速度は緩めない。

「ぁああああああ!」

 咆哮一閃。
 剣を握る手にぐっと重い反動が返り、突き抜ける。

 速度を乗せた一撃は、虫型のモンスターの強靭な体を紙のように引き千切った。

 だが、行く手を遮るモンスターは一体だけではない。

「邪魔!」

 追いすがり、踏み込み、剣を振るう。
 そのたびにモンスターが地面に転がった。

 文字通りに、道を切り開く。

 無茶をしている自覚はあったが、無理だとは思わなかった。

 この世界において、強い想いは力となる。

 工藤陸が人間への憎悪から、モンスターを従える魔王の力を手に入れたのなら、わたしはその逆だ。
 悪を切り裂く断罪の剣として、人の常識を遥かに超えたこの力を手に入れた。

 だったら、迷うことなどなにもない。
 先程の工藤陸の言葉が本当であれ、嘘であれ、偽勇者の被害は厳然としてあるのだから。

 そこには、必ず何者かの悪意があるはずだ。

 許されないし、許さない。

 この想いがある限り、曲がらず折れず挫けない。
 それがわたし。

 なにがあってもとまらない。

「あぁああ――ッ!」

 斬って、斬って、斬って、斬って。
 モンスターの群れを、突き抜けた。

「っ、はぁ!」

 視界を村の防壁が遮った。

「間に……合ったぁっ!」

 本当にぎりぎりだった。
 防壁に取りついているモンスターはいるものの、まだ村には侵入していない。

「よし! あとは……!」

 地面を踵で削るようにして、ブレーキをかけた。

 返り血で濡れた剣の柄を握り直す。
 手首が痛み、指先が鈍く痺れていた。

 全速力で急いだせいで、体力もかなり消耗している。
 息が荒く、心臓の音がうるさい。

 それでも、まだ十分に戦えるだけの力は残っていた。

 すべてのモンスターを壁の外で倒してしまえば、被害を未然に防ぐことができるだろう。

 すべての……。

「あ」

 思考が現状に追い付いたのは、まさにその瞬間だった。

 血の気が引いた。

 これは駄目だと、悟ったからだった。

 村の防壁に殺到する、雲霞のごとき怪物の群れ。
 チート持ちのなかでもウォーリアのレベルなら、押し潰されてしまうだろう。

 しかし、そのなかには、先程、取り逃がした工藤陸の配下のような上位の個体は存在しない。
 二つ名持ち、それも白兵戦に特化したわたしにとって、殲滅は不可能なことではなかった。

 ただし、それは現状を打破できることとイコールではない。
 むしろ白兵戦に特化していることは、その逆を意味していた。

 これは単純な処理速度の問題だった。

 たとえば、以前にわたしと一緒にチリア砦に向かった渡辺くん。
 魔法が得意だった彼なら、大規模魔法攻撃でモンスターを一掃することもできただろう。

 けれど、わたしには魔法は使えない。
 一匹一匹、モンスターを潰していくしかない。

 仮に一秒で一体のモンスターを殺せるとしても、この場にいる数百のモンスターを全部殺し尽くすには、数分以上の時間がかかってしまう。
 実際には一撃で倒し切れないものもいるはずなので、もっと時間がかかるだろう。

 それだけあれば、モンスターは村に入り込んでしまう。

 わたしにとっては簡単に倒せるモンスターでも、この世界の平均的な兵士が対抗するためには、防壁による防御は必要不可欠だ。
 数体のモンスターが村に入り込んだだけで、こんな小さな村は瀕死に陥ってしまうだろう。

「う、あ……」

 この世界において、強い想いは力となる。

 そのはずではなかったのだろうか。

 それとも、わたしの想いは足りなかったのか。

 だから、悲劇を防ぐことが――

「あ、ぁあ……ぁあああああああ!」

 ――そんなことはない。

 そんなことはない!

 冷たい背筋の感覚を振り払うように、わたしは雄叫びをあげていた。

 悲鳴じみたその声が、まるで他人のもののように聞こえた。

 不吉な予感から逃れるように、わたしはモンスターの群れに斬り込んだ。

 剣を握る掌の感覚が、まるで棒切れでも握るように頼りない。
 踏みしめる地面は暗い闇の底に沈み込むかのようにあやふやだった。

 ああ、そうだ。
 未来が変えられないことは、わかっていたのだ。

   ***

「こ、れで……最後!」

 ぜいぜいと息を荒らげながら、わたしはモンスターの頭部に深々と埋まった剣を引き抜いた。

 果たして何匹斬り捨てたのか。
 勇者由来の業物であったはずの魔法の細剣は、とっくに血糊で鈍くなってしまっていた。

 村の防壁の周囲は、モンスターの死骸で埋め尽くされている。
 動くものは自分以外なにひとつなかった。

「……ぅあ」

 がくんと膝が折れた。

 全身が疲労に支配されていた。

 頭がぼうっとする。
 脳みそに酸素が足りていない。

 同じ距離を走るにしても、小走りをするのと全力疾走とでは話が違う。
 普段ならもっと余裕を持って戦うこともできただろうが、今回はとにかく殲滅速度を優先したために、後先のことを考えていなかったのだ。

 ……それでも間に合わなかったあたり、まったく救いようがなかった。

「駄目。まだ、戦わないと……」

 手が回らずに、防壁を乗り越えてしまったモンスターは何体かいた。
 防壁はぐるりと村を囲んでいるので、わたしの目に届かないところでも侵入はされていることだろう。

 壁の向こうでなにが起きているのか、想像することは容易だった。

 わたしは目の前の壁を見上げた。

 これまで見てきた廃村とは違う。
 この壁の向こうにあるのは、わたしの力不足の結果なのだ。

「ぁ、ああ……」

 ガタガタと膝が震えた。
 それは疲労のためだけではなかった。

 ……怖い。
 見たくない。

 恐怖が全身を縛り付けていた。

 わたしは全力を尽くした。
 自分にできることをした。
 そのうえで、どうにもならなかった。

 どうしようもないことだった。

 こうした場面に飛び込んだ以上、手が届かない可能性は常にありうるのだ。

 覚悟はしていたつもりだった。

 けれど、多分、頭のどこかでは、なにがあっても自分ならどうにかできると思っていた部分があったのだ。

 だからこれは、そうした楽観の報いだった。

 衝撃はあまりにも大きくて、心は打ちのめされていた。

 思えば、これが初めてだった。

 この世界にやってきてから、失敗はいくつもしてきた。
 手遅れだったこともあった。

 けれど、目の前で力及ばずなにかを失ったことはなかった。

 ……いいや。
 わたしたちの世界では、こんな出来事に出会うことはなかったから、これが生まれて初めての経験だった。

「ぅ、あ……」

 呼吸が浅くなる。
 眩暈がする。

 逃げ出してしまいたい気持ちが胸を潰した。

 ……同時に、どこかの誰かの顔が脳裏を過ぎった。

 この異世界の現実は過酷なもので、わたしのような力を持たずに生きていくというのは、きっと常にこうした恐怖に晒されているのだろう。
 だからあれほどに必死だったのだ。

「……うくっ」

 喉が鳴った。
 わたしは震える膝を叩いた。

「う……うぅ!」

 立ち上がると、上体がふらついた。

 なにを考えていたわけでもなかった。

 最後まで見届けるべきだという、責任感と義務感に駆られたのか。
 守れなかった事実が、捨て鉢な気持ちを生んだのか。
 まだ生きているものがいるかもしれないという、現実逃避の類だったのか。

 あるいは……いや、そんなことはどうだっていいか。

 胸のなかにある不確かな衝動に従って、わたしは跳躍した。

 丸太を組んで作られた防壁の上に着地して、その向こうにある村を見渡す。
 そこにあったのは、すべてが喪われた地獄の光景――

「え?」

 ――では、なかった。

「あれは……騎士団?」

 夢でも見ているのだろうか。
 村に侵入したモンスターと対峙しているのは、隊列を組んだ騎士たちだった。

 一瞬、先程別れたばかりのゴードンさんかと思った。

 鎧の意匠が同じものだったからだ。

 聖堂騎士団だ。

 騎士団が村を守っている。
 どういうことかわからずに混乱するわたしの目の前で、戦いが展開していった。

 騎士たちは小集団ごとにモンスターを一体相手にしていた。

 そうなるように、巧みに立ち回っているのだろう。

 盾を構え、攻撃を受け止めて、隙を見て反撃を叩き込む。
 派手さはないが、堅実な戦い方からは練度の高さがうかがえた。

 剣にしろ魔法にしろ、反撃の一撃一撃はモンスターを倒せるようなものではない。
 けれど、積み重なればそれなりの効果はあがる。

 わたしの一番近くで戦っていた蒼い毛並みの化け猿が、執拗にぶつけられる魔法に堪らず後退した。

「あとは任せろ!」

 そこに、剣を携えて、少年少女たちが飛び出した。

「あれは……!」

 息を呑むわたしの見守る先で、少年たちの身から重々しい魔力の気配が立ち昇った。

「おおおぉお!」

 振るわれた剣の威力は、大岩を打ち砕くほど。
 それはわたしには馴染みのある、常識外れの力の行使だ。

 聖堂騎士団の援護もあって、彼らは着実にモンスターを打ち倒していく。

「嘘」

 わたしは目を疑った。

「……あれは、探索隊の?」

 間違いなく、彼らは探索隊を抜けたメンバーに違いなかった。

 それが、三人。

 けれど、おかしい。
 神宮司くんから聞いた限り、ここにいる離脱組は三人だけのはずだ。

 工藤陸に殺されたのがふたり。
 ひとりの生死は不明だが、それ以外に転移者がいるなんて話は聞いていない。

 それなのに、どうして?

 呆然とするわたしの前で、モンスターたちは討伐されていく。

 やがて戦いは収束した。
◆もう一回更新します。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ