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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

6章.

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08. 日暮れ

前話のあらすじ:

ローズはもっとがーっと行くべき(リリィ談)。
   8


 村の周辺地域のモンスター討伐から帰り、汚れを落としたあとで、おれは外の空気を吸いに家を出た。
 空は綺麗なオレンジ色に染まり、夕日は半分沈みかけている。

「お、主殿」

 丁度、帰ってきたところだったガーベラに声をかけられた。
 真っ白い体が、夕焼け色に染まっていた。

「そろそろ夕飯であろ。どこかに行くのかの」
「いや。ちょっと外の空気を吸いに出てきただけだ。ガーベラはどうした?」
「妾は村の警備が終わったところだ。シランと交代して戻ってきた」
「そうか。お疲れ様」
「うむ」

 ガーベラが近付いてくる。
 手が伸びてきた。

「……なんだ?」

 頭を触られた。
 撫でるとかではなく、子供が玩具に触れるようにぺたぺた触れられる。

「湿っておるな」
「風呂に入ったからな」

 正確に言えば、大きな桶に溜めたお湯に浸かったのだ。

 模造魔石を利用したもので、ひとつ村にも提供したところ、とても喜ばれている。

「むぅ。そうか、風呂に」

 ガーベラが唇を尖らせた。

「だったら、もう少し早く帰ってくればよかったかの」
「どういう意味だ」
「そういう意味だ」

 蜘蛛脚がきちりと鳴った。

「体を洗うのを、主殿に手伝ってほしかったのだがの」
「……いや。お前の体洗うの、けっこう大変だからな?」

 おれは半眼になった。

 蜘蛛の体には汗を掻くわけでもないので、たいていガーベラは上半身を拭うだけで済ませている。
 ただ、少しずつ汚れるので、たまには風呂に入る。

 ガーベラの蜘蛛の体は、人に比べて大きい。
 そのうえ、長い毛が生えている。

 大型犬のシャンプーの何倍も大変だと言えばわかるだろうか。
 乾かすところまで入れれば何時間もかかる。

「下が面倒なら、上だけでも良いぞ」
「おれが上を洗う意味はあんまりないだろ……」
「あるぞ。妾が嬉しい」

 むふふ、とガーベラはにやけた笑みを浮かべた。

「主殿は嬉しくないのかの」
「……ノー・コメントで」
「主殿は奥ゆかしいな」

 話をしている間もぺたぺた触れていた手が、頬にまで降りてくる。

 その手が不意に引っ込められた。

「む?」

 ガーベラがこうべを巡らせた。
 そこに、通りがかったふたり組の村人の姿があった。

「あ! おかえりなさい、孝弘様!」
「討伐お疲れ様です」

 一方は村のエルフで、もう一方は隣村からの出向組だった。
 ふたりでひとつの大きな木箱を運んでいる。

「それに、ガーベラさんも。村の周囲の見張り、お疲れ様です」
「うむ」

 特に怯えた様子もなく、ガーベラにも声をかけてくる。

 ガーベラが鷹揚に頷くのに続けて、おれは尋ねた。

「お疲れ様です。なにを運んでいるんですか」
「隣の村からの物資です!」

 なにやら気合いの入った返答があった。
 答えたのは、この村に元から住んでいるエルフのほうだ。嬉しそうに報告してくれる。

「孝弘様たちがお帰りになる前に届きましたので、その運搬をしております!」
「ああ……」

 そういえば、村に帰ってきたときにそんな報告を受けたことを思い出した。

 この間の会合で、フィリップさんからは、物資の支援の約束を取り付けてある。
 現状で足りない分については、隣村から借りておいて、支援が出た時点で返す予定にしていた。

「確かケイが、隣村から借りた物資のリストを作っていましたっけ。そちらは終わったんですね」
「あ、いえ。それはまだです」

 引き続き、村のエルフが答えてくれた。

「ただ、もう暗くなってきましたので、記録が終わったものから運ぼうという話になりまして」
「そうでしたか。お疲れ様です。おれになにか手伝えることはありますか?」
「え? いえ! そんな! 孝弘様に手伝っていただくなんて!」

 とんでもないとばかりに、首を横に振られた。

「孝弘様は樹海に出ていらしたのです、お疲れでしょう。体を休めていただかなければ……おっと!?」

 答えていたエルフが慌てた声を出した。
 しゃちほこばった様子で答えた拍子に、木箱を持っていたバランスを崩したのだ。

「危ないな。気を付けよ」

 おれが手を出す前に、ひょいっと飛び込んだガーベラが蜘蛛脚を突き出していた。

 長く伸びた蜘蛛脚が、倒れ込んできた木箱を器用に支える。

 その間に、ふたりはバランスを取り直した。

「あ、ありがとうございます」
「ったく、お前は」

 もうひとりのエルフが呆れたように言って、蜘蛛脚を引っ込めるガーベラに礼を言った。

「ありがとうございます、ガーベラさん」

 おれに向かっても、頭を下げる。

「孝弘様も。お見苦しいところをお見せしました」

 相方ほど大袈裟ではないものの、親しみと敬意のこもった態度だった。

「それでは失礼します」

 今度こそ慎重に箱を抱え直して、ふたりは去っていく。

 見送ったガーベラが、ふむと鼻を鳴らした。

「なにか変な気分だの」

 子供のように首を傾げる。

「妾がこのように、人の集落で普通に接される日が来ようとは」
「そうだな。おれもちょっと変な感じがするよ」

 人の世界に足を踏み入れてから、ガーベラはずっと人目を避けてきた。
 おれも彼女や他の眷属が見付からないように、注意を払ってきた。

 こうして受け入れられた事実は嬉しいが、同時に違和感も覚えてしまう。

「しかし、きっとこれが普通になるのであろうな」

 強い言葉に視線を向ければ、ガーベラもまたこちらを見詰めていた。

「否。これを普通にするために努めるのだ。であろ?」
「……そうだな」

 おれも笑みを返した。

 そこで、ふとガーベラがおれの背後に視線を向けた。

 背後で扉が開く音がした。

 振り返ると、扉を押し開けたローズと目が合った。

「ぁ……」

 ローズは小さな声あげた。
 どきりとした。

 そのせいで、声をかけるタイミングを失ってしまう。
 ローズは扉を中途半端に開いたまま、動きを停めていた。

 そんなおれたちの様子を見て、ガーベラがきょとんとした。

「ふむ?」

 おれとローズとを見比べる。

「……ふむ」

 鼻を鳴らしたガーベラが、なにやら頷いた。

 こちらに視線を向けてくる。

「さてと。妾はそろそろ戻ろうかの。主殿はまだ残るのだろ」

 ガーベラの行動は素早かった。
 ローズと入れ替わりに家のなかに入ると、扉を閉めてしまう。

「ガーベラ……」
「ではの。ご飯までには戻ってくるのだぞ」

 ぱたりと扉が鳴って、ふたりだけが残された。

 気を遣われたのだということは、すぐにわかった。

 おれはローズと顔を見合わせた。
 途端に落ち着かない気持ちになり、視線を逸らした。

「えっと……ローズはどうしたんだ」
「その、ご主人様が……いえ。散歩でもしようかと思いまして」
「そうか」
「はい」

 ……どうしたものかな、とおれは眉を下げた。

 なんともぎこちないやりとりだった。

 どうしてこんなふうになっているのか。
 なにか明確な切っ掛けがあったわけではなかった。

 この村に落ち着いてから、ローズと一緒にいる時間をよく取れるようになり、気が付けばこんなふうになっていた。

 おかしな話だった。
 むしろ、これまでおれは、ローズと一緒にいると、いつだって穏やかで落ち着いた気持ちになっていた。

 それは、半ば刷り込みめいたものだったかもしれない。

 生きるか死ぬか。明日のことさえわからなかった樹海での生活のなか、おれを守るとローズは言ってくれた。

 その献身が、どれだけ救いだったことか。

 たとえば、いつかローズを抱き締めて眠った夜。
 あの穏やかさを、おれは生涯忘れることはないだろう。

 彼女が一緒にいてくれるだけで、おれは安心できたのだ。

 いまだって、それは変わらない。

 ただ、それだけでは済まなくなったというだけのことで。

 出会った頃から時は流れて、ローズは変わった。
 女の子になった。

 可憐で、健気で、一途で。

 ふとした瞬間に、あれ? と思う。

 眼差しとか。
 態度とか。

 なんとなく伝わってくるものがあったからだ。

 もっとも、リリィやガーベラとは違い、ローズはなにも言ってこない。
 態度から推し量ろうにも、もともと、ローズはおれにとても好意的で、判別が付けがたい。

 確かなことは、そうしたローズの態度に、女の子として意識させられてしまう自分がいることだけ。

 ローズといると、どきどきする。

 この感情はなんなのか。
 もうほとんど答えは出ているようなものだ。

 ……けれど、そこでブレーキがかかる。

 元の世界での常識が邪魔をする――というのもあるが、それだけではない。
 それだけならば、まだ良かった。

 もうひとつ、大きな原因があった。

 それは、これまでのおれとローズの関係性だ。

 ローズは忠誠心が高く、奉仕することに喜びを感じる性分だ。

 仮にそういった関係をおれが求めれば、ローズはきっと受け入れてしまうだろう。
 たとえ、彼女がおれにそうした感情を抱いていなかったとしてもだ。

 それは駄目だ。

 そう思うから、おれはどうしても踏み出すことを躊躇してしまう。

 ある意味、これまで大事にしてきた主従としての関係性が、ここにきて邪魔をしていた。

 結果、ぎこちなくなってしまったこの空気に、ローズが気付いていないはずもない。

「その……ご主人様。わたしはなにかしてしまいましたでしょうか」

 不安そうな声で尋ねてくる。
 白い長手袋に包まれた手が、エプロンの裾を握っていた。

「そうじゃないよ」

 おれはかぶりを振った。

「ですが……」
「違うんだ、ローズ。これはおれの側の問題というか……うまく言えないんだが、とにかく、不快とかじゃない」

 これだけじゃ足りないかなと思って、付け足した。

「ローズと一緒にいられるのは嬉しいよ」
「ご主人様……」

 ローズが目を丸くする。

 気恥ずかしさを覚えたが、目を逸らさないように努めた。

「本当ですか」
「ああ、本当だ」
「そう……ですか」

 おれが強く言い切ると、ローズは信じてくれたようだった。
 心の底から、ほっとした様子を見せる。

「それなら良かったです」

 曇り空から晴れ間が覗くように、たちまち明るい表情になった。

 こんなちょっとしたことでも、胸のなかで動くものがあることを自覚する。
 これはもう確定だなと、内心で苦笑いをするほかなかった。

「ローズは散歩に出てきたんだったか。夕飯まではまだ少しあるだろう。ちょっと歩くか」
「はい。ご主人様」

 おれが歩き出すと、半歩うしろをローズが付いてくる。
 足取りは軽く、嬉しそうに口元をほころばせて。

 話をしているうちに日は暮れていた。
 夕日は姿を消し、空は墨を流したように暗くなりつつある。

 へばりついたような残照が村の景色を黒ずんだ朱色に染めて――行く先の道に、一匹の鬼の姿を照らし出した。


「……え?」


 逢魔が時という言葉がある。

 日が沈み、昼と夜が移り変わり、人は魔物に出会う。

 暗がりに溶け込む黒い肌。不吉な赤い髪。
 見る者を頭から喰らい尽くすような凶悪な笑みには、殺意と敵意が込められている。

「よぉ、真島」

 聖堂騎士団のひとり、『戦鬼』エドガール=ギヴァルシュがそこにいた。

「借りを返しにきたぜ」
◆ガーベラ回&じれじれローズ回でした。

それと、不意打ち。

◆業務報告です。
書籍版『モンスターのご主人様』の8巻は、12月末に発売の予定です。

あと1ヶ月ほどですね。
また、活動報告等で報告はしていく予定です。お楽しみに!
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