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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

5章.騎士と勇者の物語

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32. 騎士の参戦

(注意)本日2回目の投稿です。(9/4)












   32


「……やぁっとか」

 底冷えのする声が、薄れかけた霧を震えさせた。

 壊れた扉をくぐって家の外に出ると、そこに鬼が待っていた。

「鬱陶しい霧での足留めは、もういいのか。ァア?」

 剣を肩に担ぎ、エドガールは尋ねてくる。

「……残念ながら、魔力切れでな」

 隠していてもすぐに知れることだ。
 おれは正直に答えた。

 展開していた『霧』の魔法は、もう使えない。
 体力も魔力もすっかり使い果たしてしまって、歩くのさえ億劫なくらいだった。

 足を引きずるようにして家の外に出たおれの状態を、エドガールは正確に見て取ったのだろう。
 興を削がれた様子で剣先を下げた。

「……そんなザマでのこのこやってきたってことは、覚悟を決めたのかよ?」

 溜め息混じりの声には、失望の色が濃かった。

 聖堂騎士団の目的はおれの命だが、こいつの目的は戦いそのものだ。
 多少なり戦えていたおれがこんな体たらくでは、不満にも思うのだろう。

「孝弘さん! 危険です!」
「くぅー!」

 これまで足留めをしてくれていたケイとあやめが、屋上から身を乗り出して声をかけてくる。

「さがっていてくれ、ケイ。あやめ。もう十分だよ」

 ふたりに言って、おれは外に足を踏み出した。

 そんなおれたちのやりとりを見て、エドガールは鼻で笑った。

「くだらねえ。お前がやれよ、ゾルターン。手柄はくれてやる」

 興味をなくした様子で、相方に声をかける。

 しかし、その言葉に返答はなかった。
 エドガールが怪訝そうな顔をした。

「どうした、ゾルターン?」
「まさか、これは……」

 その声さえ、ゾルターンには届いていなかった。

 戦慄く声で言ったゾルターンは、なぜだか酷く驚いた様子でいたのだ。

 こちらを見詰める瞳は、どこか焦点が合っていないように見える。

 なんだろうかとおれは首を傾げ、エドガールは苛立たしげに舌打ちをした。

「ちっ、やる気がないなら仕方がねえ。おれが……」
「そう焦らずともいいでしょう」

 エドガールが無造作に踏み出そうとしたそのとき、静かな声がその場に響いた。

 雰囲気のある響き。
 彼女が何者であるのかを、ただそれだけで知らしめるような声だった。

「あなたの相手は、わたしがしましょう」
「お前は……」

 苛立ちを暴力に変えようとしていた鬼が足をとめる。

 おれのあとについて現れたのは、眼帯をしたエルフの少女だった。

 鎧を身に着けず、盾も持たないその姿は、村の少女の装いと変わりない。
 しかし、その手にある一振りの剣と、なによりも身に纏う雰囲気が、彼女がなにものであるのかを雄弁に語っていた。

「騎士シラン!」

 戸惑うようだったエドガールの顔に、凶悪な喜びの表情が浮かんだ。

「そうか、お前が相手をしてくれるってのか! これはいい!」

 心の底から、ここでシランが姿を現したことを喜んでいる声だった。

 シランがおれの前に出ると、それを歓迎するようにエドガールは太い両腕を広げる。

「弱っているって聞いてたんだが、なんだ、十分やれそうじゃねえか。ひょっとして、いまの時間稼ぎはこれを準備してやがったのか? だとしたら、良い趣向だ。褒めてやるよ、これなら楽しめそうだ!」

 死闘の予感を前にして、堪え切れない感情の昂ぶりのままにエドガールは叫んだ。
 迸る戦意が、びりびりと空気を震えさせる。

「なあ、シラン。お前だって、同胞をやられて頭にきてんだろ? なら、その怒りをぶつけてこい。『樹海北域最高の騎士』の死力を尽くして、おれを楽しませろ!」

 爛々と輝く瞳の放つ熱量は、ただひとりシランにだけ注がれていた。

 その様は、まさに戦場に生きる鬼そのものだ。

 ひと睨みされるだけで、常人なら気を失うだろう。
 並みの兵士では、戦意を保つことさえ叶うまい。

 立ち向かうことのできる勇士であっても、まるで呑まれずにいるというのは難しい。

 勇者の末裔、『戦鬼』エドガール=ギヴァルシュは、なるほど、その名に恥じないものを持っていた。
 あるいは、ここまで含めての『戦鬼』の異能だったのかもしれない。

 だからこそ、鬼の咆哮をそよ風の如く聞き流し、静かに剣を抜くシランの姿は、いっそ異質でさえあったのだ。

「わたしがあなたたちに復讐の剣を振るうことはありません」
「……あん?」
「わたしは勇者に剣を捧げた身。騎士の剣は、ただ、守るべきもののためにあります。怒りに任せてこの剣が振るわれることは、これより二度とないでしょう」

 エドガールとは違い、その佇まいに威圧的なところはない。
 それでいながら、シランの纏う空気は、鬼の殺意をぶつけられても揺らぐことのない強度を持ち合わせていた。

「しかし、守るべきものを害するというのなら、話は別です」

 シランは剣の切っ先を持ち上げた。

「誓いに従い、わたしはこの身のすべてを尽くしましょう」

 その身から清冽な戦意が迸った。

「ここは通しません」

 傍で見ているだけでも息を呑むような気迫。

 たとえるならば、やはり剣だろう。
 鋼の意志が鋭利な切っ先となって、敵対者の喉元に突きつけられる。

「……上等だ」

 戦意を受けて、エドガールは笑った。

「おい、ゾルターン。いつまで呆けてやがる」
「……申し訳ありません。もう大丈夫です」

 エドガールが声をかけると、今度こそゾルターンも返事をした。

 この張り詰めた空気のなか、茫然としていられるはずもなかったということか。
 剣の柄を握る手に力が戻る。

 こちらとしては、あのまま、ぼうっとしておいてくれれば楽だったのだが、そうもいかないようだった。

「エドガール。わたしも本気で行きます」
「なに?」
「それが必要な場面でしょうから」

 そう言って、ゾルターンは瞼を落とした。

 そして、ぽつりとつぶやいた。

「……この場で見極めます」

 それは、どのような意図のある言葉であったのか。
 再び、瞳が開かれる。

 はっきりとなにが変わったというわけでもない。
 しかし、おれはなにか違和感を覚えた。

「いまのは……?」

 ほんの一瞬ではあったが、パスが軋むのを感じたのだ。

 恐らく、意図されたものではない。

 いまのは、ある種の相互干渉だった。
 磁石の同じ極同士が反発するように、似た性質を持つ能力が弾き合ったのだ。

 おれの力は、モンスターと心を繋げることができる。
 あのゾルターンという男もまた、どのようなかたちかは不明だが、精神に作用する能力を持っているのだろう。

 そして、いま、その力を最大限に発揮したのだ。

 それは、どれだけのものをもたらしたのか。
 トラヴィスやエドガールの例を思い返すに、尋常なものではありえない。

 けれど……。

「孝弘殿」

 シランが名を呼んだ。

 心を熱くする無上の信頼と、恥ずかしくなるほど純な思慕を込めて。

「ご覧になっていてください」

 シランは歩を踏み出す。

 それに応じて、ゾルターンが地を蹴った。

「『見通す瞳』のゾルターン=ミハーレク。参る!」

 あくまでゆっくりと歩むシランに、正面から襲い掛かろうとする。

 剣を肩に担いだエドガールが出遅れたのは、あえて見送ったのだろう。

 これは決闘ではなく、戦場だ。
 先行したゾルターンが仕掛けて、シランが応じた隙を突くつもりなのだ。

 無論、ゾルターンもただの捨て駒ではない。
 彼もまた、この世界で最高の戦闘教育を受けた騎士だ。

 その持ち味は、隙の少なさ。
 細身の剣は変幻自在の取り回しを可能にし、一撃の重みこそエドガールに大きく劣るものの、自身の隙をなくして敵の隙を着実に突く戦い方は、まるで相手の心でも読んでいるかのような巧みなものだ。

 そして、彼もまたこれが決闘などではないことを理解している。
 シランに斬りかかる直前で、ちらりとおれに視線をやっていた。

 下手な対応をすれば、今度はお前の守るべきものが危ないと、無言のうちに告げているのだ。

 これだけで、シランの対応はいくらか狭まってしまう。

 かつての勇者の異能に最大限近付いたいま、ゾルターンの戦闘能力はおれと戦っていたときを上回り、それでいて、ひとかけらの油断もない。

 間違いなく、聖堂騎士団でも上位の力を持つ者の突進を――

「言ったはずです。ここは通さない、と」

 ――すれ違いざまに、シランの剣はやすやすと斬り伏せていた。

「ごぶ……っ!?」

 その様、まさに鎧袖一触。

 心を読むような戦い方ができようとも、もはやそのような小細工が通用しないほどに根本的な実力が隔絶していれば、そんなものに意味はない。

 血飛沫をあげて、ゾルターンが倒れた。

「なん……だと」

 これでは付け込む隙などどこにもない。
 目を見開いたエドガールに、シランは剣の切っ先を突きつけた。

「騎士シラン。参ります」
◆本日、もう一回更新です。

◆ちょっと前に、Twitter のほうでアップしたお遊びネタSS、140文字x3を活動報告にあげました。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/316835/blogkey/1503408/
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